第18話

あわてて王の間に行ったゆりだったが、「陣痛だと思ったが違ってたようだ」とラクシュミに言われてゆりはずっこけそうになっていた。

「そうなの？　違ってたの？」

「生まれそうになってから行った方がいいんじゃないのか？　病院には人がいっぱいだぞ。ミカエルやキースも朝からいるようだし」

「そう？　じゃあもっと間近になったら呼んでね」

「わかった」

ゆりは部屋に戻っていった。


病院では、セリアは昨日から、「お腹が痛いかも？」「腰が痛いかも？」などと言って周りは「陣痛が来た」と騒いでいたが、本格的な陣痛はまだらしい。

セリアの言葉一つに周りが大慌ての日々だった。友人達も待ちきれないのか、毎日やってきていた。

「セリアさん、セリアさん、出産の前に一言お願いします！」

病院の個室には新聞を書く記者までやってきていた。

「言うことなんて何もなし！」

気が立っていたセリアは部屋から記者を追い出し、仕方なくエルバートが勝手にインタビューに答えたりしていた。

「うーううーうーいらいらする！」

お腹が大きいセリアは部屋の中をうろうろしながらパンを口に入れていた。

出産のために体力をつけないと、とまた最近食べまくっている。

「落ち着きなさいって、そのうち嫌でもでるわよ」

同じ部屋にいた母親のカーラが紅茶を飲みながら言った。

「そうだそうだ。ゆったりした気分でいろ」

ミカエルも平静を装って言っている。一人膝を小刻みに揺らしていたのはキースだった。キースはみんなの視線に気づいてはっと膝を止めたが、

しばらくするとまた揺らしていた。

「あのー皆さん今から待ってなくてもいいんですけど……」

セリアが言った。

「子供ってたとえ陣痛が来ても、そんなにすぐには生まれないんでしょ？」

「そうだけど、家にいても落ち着かないのよねー」

とカーラ。

「仕事してても落ち着かないし」

ミカエルが続き、

「病院にいっててくださいと皆に言われるんだ」

キースがつぶやくように言った。どうも仕事をしてても気がそぞろらしい。

「うーん……ん？　なんかまた腰が痛いような・・・やっぱり痛い・・・かな？」

セリアは腰をさすりだした。

エルバートが部屋に戻ってきた。一同が見守る中、セリアの腰が定期的に痛むようになってきた。

「これはきっと陣痛だわ」

とカーラが言い出した。ミカエルは医者を呼びに出て行った。

「つ、ついに……」

キースは立ち上がり、ごくりとつばを飲み込んでいる。

エルバートは「うーうー」うなりだしたセリアの腰をさすっていた。

「えーん、怖いよー早く出したいけど、でも怖い！」

いよいよとなるとセリアは怖くてたまらなかった。このお腹から人間が誕生するなんて、今もまだ信じられないくらいである。

医者が部屋に入ってきた。そしてセリアの様子に大きくうなずいた。

「これぞ陣痛ですよ。セリアさん、ついにこのときが来ましたね。さあ部屋を移動しましょう！」

医者は声高々に言った。どうやらかなり張り切っているようである。

「えーん、えーん、王妃様〜王妃様に会いたい！」

セリアは王妃様の側でなら、安心して出産できるような気がしていた。

「大丈夫、すぐ来てくださるわよ」

「王妃様〜！」

セリアはミカエルに移動させられて、キースはどうしていいのかわからず、部屋の中をうろうろしていた。

「落ち着いて落ち着いて」

カーラがキースに声をかけた。

「無理だ。落ち着かん。君はよく落ち着いていられるな」

「実は私も全然落ち着かないわ。セリアの側にいくから！」

カーラは部屋を出て行った。いよいよとなるとカーラでさえ緊張で手が震えだしていた。


病院の中もにわかに騒がしくなっていた。他の妊婦達も、たまたま来ていた人たちも、

皆祈るように両手を合わせている。

「ヒルデリア様、どうかセリアさんを見守ってください。安産で生まれますように」

エルバートはお守りを握りしめて廊下で祈っていた。


出産準備に入り、セリアの身体に痛みが増していた。身体が子供が産まれる準備に入ったのである。

「怖い、怖い、怖いーーーーー！！！！！」

セリアは「怖い」を連発し、看護婦から「大丈夫大丈夫」となだめられていた。母親のカーラがベッドの横で見守っている。

「大丈夫、私にだってできたんだから大丈夫よ」

「大丈夫じゃないーーーーー！」

「さーセリアさん、がんばって赤ちゃんを出しましょう！」

「王妃様〜〜〜〜〜！」


病室の外ではセリアの絶叫を聞きながら、男達は落ち着きなくうろうろしていた。

「おおおおお、王妃様はいらしてくださるんでしょうか？」

エルバートがミカエルに聞いた。

「落ち着け、大丈夫だ。今、あ、来た」

ちょうどゆりがフリットと一緒に廊下にやってきた。

「生まれた？」

「まだです！」

エルバートが答えた。

「セリアー来たわよー！」

ゆりはあわてて部屋の中に入っていき、ベッドの上にいたセリアの手をぎゅっと握りしめた。

「王妃様〜〜〜〜」

セリアは涙目になっている。

「大丈夫！　赤ちゃんはちゃんと出てくるから。もうちょっとよ。がんばって！」

ゆりはセリアを元気づける言葉をいろいろ考えていたのだが、いよいよという状況になるとありきたりなことしか言えなかった。

「はい。がんばります。うーん、うーん」

「しっかりして、がんばって！」

ゆりの左目は時々蛇の目になっている。

「うーーーーーーん」

みんなが励ますこと30分、

「よし、頭が見えてきましたよ！」

ようやく医師が言った。

「もうちょっとよ！」

女性陣が声援を送る。

「うーーーーーーーん！」

一同が固唾を飲んで見守る中、ようやく赤ん坊が身体の外に出た。

「出たー！！！」

「やったわ！　セリア」

ゆりとカーラは思わず涙目で絶叫していた。二人とも緊張と興奮でかなり疲労していた。

「出た……ほんと？」

ようやく苦痛から解放されて、セリアはほっと声を出した。その時、


『よくがんばったね、ありがとう』


そんな思念を誰かから受けた気がしたが、相手がだれなのか考える間もなく、セリアは目を閉じていた。

「セリア、しっかりして！」

ゆりがセリアの頬を軽くたたいていた。

「処置をしてからすぐ王の元に運びますから」

医者は手早く赤ん坊のへその尾を切り、母体に処置を施していた。

赤ん坊は「ふぎーっ」と泣いた。

やはり男の子である。

「元気よ。元気な男の子よ。セリア、ありがとう。ありがとう」

カーラは赤ん坊を見て、今まで抑えていた涙があふれていたかのようにぼろぼろ泣き出していた。


「みんな、無事セルジュが生まれたわよー！」

ゆりは泣きながら廊下で待っている人たちに声をかけた。

「やったー」

「ありがとう。ありがとう」

キースもカーラ同様泣き出してしまっていた。エルバートも泣いている。同じく廊下で待っていたフリットはそんな二人を見てほほえんでいた。

「ミカエルはセリアを城に運んでね」

「はい」

ミカエルはうれしそうに病室に入っていった。

「将軍、おめでとうございます」

フリットがキースに祝福の言葉をかけていた。

「ああ、なんだか、夢のようだ……再び息子がこの腕に抱けるとは……」

キースは、以前こんな風に、息子誕生の知らせを受けた時のことを思い出していた。

キースの元に、ヴィクターやナザニエル、ロナウドから祝福の思念が届いた。すでに一族の間に思念は巡り、皆お祝いモードになっていた。

「あーよかった、よかった。本当によかった」

ゆりはハンカチで涙を拭いていた。

「本当に本当に生まれるなんて……」

「うんうん、よかったねえ……」

「息子が……」

「セリアさんはすごい……」

「セリア……」

ゆり、カーラ、キース、エルバートの４人はしばらく泣いていた。フリットはこの場が収まるのを待ってから、興奮したままのゆりを城に送ったのだった。


城に戻ってからもゆりの興奮は収まらなかった。子供達もいてもたってもいられなかったのか、アナスターシャ、シス、ラギ、ナナミは瞬間移動で

病室に飛んでいた。ロイは「おめでとうって伝えてね」と伝言している。

「今日はこれから宴会よ！　準備して、準備！」

ゆりはメイド達に命じて、興奮しながら広間に宴会の準備を命じた。そして休憩室にいるラクシュミに会いに行った。

ラクシュミはとっくにセリアに治癒の魔法をかけて、セリアは再び病室に逆戻りしていた。

「王様ー！　すごく感動したわよ！」

「私も感動した。すごく感動した」

ゆりはラクシュミに抱きついた。ラクシュミも心底うれしそうである。

「出産ってほんと感動するね」

「ああ、感動するな……」

「あ、そうだ、ハザーク様にも知らせてこよう！　それじゃ後でねー」

ゆりはラクシュミに抱きついたと思ったらぱっと立ち上がって休憩室を出て行った。いてもたってもいられないようである。



ラクシュミはかなり興奮したゆりに苦笑していた。

今回の出産はゆりにとってもうれしいことだったに違いないが、ラクシュミにとっては、ゆり以上にいろいろな感情が入り交じっていた。

昔のセルジュのことを、つい思い出している。

セルジュがなくなったのはラクシュミが王位についた時に起った大戦である。

その時ラクシュミはまだ大人ではなく、十分な力もなく、皆を守りきることができなかったのだ。

その時大勢が命を落とした。ミカエルやフリットの父親達が亡くなったのもその時である。

大人になったばかりのセルジュはすでに上級戦士の仲間入りを果たしてもいいくらいの実力者だった。

セルジュはキースの息子とは思えないほど陽気な性格だったので、

「本当はヴィクターの子供なんじゃないのか？」

とラクシュミが言ったほどである。するとセルジュはこう返した。

「顔は、ミハエル様に似てるってよくいわれるんですよ」

「ええ？」

「にてるでしょう？」

「そうかな？」

ミハエルはミカエルの父で、かなり美形でモテている男だったが、セルジュはそこまで美形じゃなかった。

「あまりにてないかな」

「そうですかねえ。自分ではそっくりだと思うんですが」

セルジュは本気なのか冗談なのか、たまによくわからないことを言う男だった。


（そうだ、あの性格、ロイににてるかも）

ラクシュミは初めてそう思っていた。

（私を明るくしようと周りは気を遣っていたから、セルジュもそうだったかもしれないなあ……）

今ではそんなことも思えてくる。


『王子、我々は、またここに戻ってきますから』

当時そういって皆戦に出て行ったが、城に出入りしていた者達の半分以上が、再びここに戻ってくることはなかった。


だが、70年もの時を経て、その一人は、ここに帰ってきたのである。

そう思うと、過去の悲惨な記憶もほんの少し、和らぐかのようだった。

「本当によく生まれてくれた」

ラクシュミはしみじみつぶやき、（今夜はゆり同様眠れそうにないな……）などと思っていたのだった。



夕方になった。一族の連中はお祝いモードで城同様あちこちで宴会が行われていた。病院の中は一時の興奮が嘘のように落ち着いている。

セリアは病院の一室で眠り、エルバートが強引に付き添っていた。

出産で安心したカーラは屋敷に戻り、ミカエルは城の宴会に顔を出している。

キースは宴会気分でもなく、屋敷に帰る気分でもなく、赤ん坊が寝ている病室の外にぼんやり突っ立っていた。

あんまり長いこといたので、「セルジュ様は元気ですから、心配しなくて大丈夫ですよ」と看護婦に何度も言われている。

そこにヴィクターとナザニエル、ロナウドがそろってやってきた。

「おお、おめでとう。セルジュを見に来たぞ」

「ああ、この部屋にいる」

3人はぞろぞろ病室に入り、ちょっとして出てきた。

「元気そうだな」

ナザニエルが言った。

「本当によかった。我らもほっとした。いまかいまかと気をもんでいたからな」

「全くだ。これからどうするんだ？　城の宴会に呼ばれているんだがいくか？」

ヴィクターに続き、ロナウドが聞いた。

「いや、私はいい。3人で言ってくれ。王によろしく伝えてくれ」

「ああ、わかった」

「それじゃな」

3人はしつこく誘うことはせずに去って行った。

「もう名前は完全にセルジュで決まってるんだな……」

みんな「セルジュ」と呼んでいるので今更変更もできそうにない。

「セルジュか……やはり性格はあいつと同じになるのか？　それとも……どうなるんだろう……」

キースにはそこが気になる所だった。

子供が生まれたのはとてつもなくうれしいことなのだが、その生まれ方が普通ではないために、いろいろと気になることがあるようである。

「だが、すごいことだ。セリアやカーラもがんばったが、これも、ザクート様のおかげでもあるんだなあ。世の中不思議なことがよく起こるものだ……」

キースはぼんやりとつぶやき、どうにもこの場が離れがたいのか廊下につったったままで、時々部屋の中の赤ん坊の様子をみにいったりして、

「本当に大丈夫ですから、寝てください」

と看護婦に言われていたのだった。


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