第20話
セルジュを出産後、しばらく病院で安静にしていたセリアだったが、ごろごろしていたのが飽きたので、エルバートに付き添われて病院から店が
立ち並ぶ通りに出ていた
「あー空気が違うわ〜〜」
身軽になったセリアはスーハースーハー息をしながら見慣れた通りを歩いている。その横には心配げな顔のエルバートがいた。
「セリアさん、本当に大丈夫ですか？ いきなり倒れないでくださいね」
一応病院の許可は取ったのだが、長い時間はだめだと言われていた。
「大丈夫ですよ。あーお腹が引っ込んで身体が軽い！ あんなに出てたなんて信じられない！」
「本当ですね。すっかり元のセリアさんに戻りましたね」
「赤ちゃんも元気で気分は晴れ晴れです。もっと元気になったら、将軍が、なんでも好きな服を買ってくれるって言ってくださったんです！」
セリアは衣料品の店を眺めながら言った。
「そうなんですか。よかったですね」
「はい。早く元気になろうっと♪」
どうやら興味は食欲から物欲に移ったようである。重荷から解放されて、今は足取りも心も軽いようだ。
「あ、セリア様だ。おめでとうございます」
「おめでとうございます！」
通行人達がセリアを発見して拍手していた。セリアの出産は街の新聞にでかでかと出ていたので、もちろん皆知っている。
「あ、セリア様だ！」
「セリア様、応援してましたよ！」
「どうも……」
拍手はさらにでかくなり、頭を下げていたセリアは恥ずかしくなってエルバートに移動してもらったのだった。
その頃病院ではセリアの母カーラが赤ん坊のセルジュを抱いてベッドに座っていた。赤ん坊はご機嫌でカーラを見上げている。
黒髪、黒い瞳の赤ん坊である。
部屋にはキースもいた。キースは赤ん坊をじーと見ていたが、「だめだ」とつぶやいた。
「どうしたの？」
「アナスターシャ様がセルジュが思念に答えたと言ってらしたんで何度か試しているんだが、私の思念には全然反応しないんだ」
キースが答えた。
「そうなの。その時はたまたまだったんじゃない？」
「だろうな」
「それにしても、この子ってほんといい子ねえ。あんまり泣かないし。他の子なんてしょっちゅう泣いてるって言ってたけど、
亡くなったセルジュもそうだった？」
カーラは立ったままのキースを見上げて聞いた。
「さあ、昔のことだから忘れたなあ」
キースが赤ん坊の顔をのぞくと、赤ん坊は目を閉じた。
「君の腕がいいらしい。私が抱くとどうも嫌そうにのけぞるんだ」
キースの言葉にカーラはぷっと笑っていた。
セリアとエルバートは人気の少ない裏通りに移動していた。
「どこか行きたい所はありますか？」
「聖廟に行きたいんですが、ザクート様に感謝の言葉を言いたくて」
「いいですよ。行きましょう」
聖廟とは、代々の王の墓がある建物のことである。城の南東に位置し、そこには町もある。建物は長い歴史の中何度か作り替えられたり建て増しされているが、
代々の王が眠るだけあってかなり巨大な建物だった。常時戦士達も数人常駐している。建物はかなり古いが、周りも中も綺麗に掃除されていて、花で飾られている。
この国では墓を作るという習慣はあまりなく、一族の者で墓があるのは王と王妃のみだった。教会に比べて、この場所に訪問者はそう多くはない。
祈りは教会で神に捧げるものであるからだ。だが、一族の者達も何かの記念日などにはここにやってくる。
ゆりは何度か来ただけだが、子供達も記念日などにはここにやってきていた。最近ではセルジュが生まれた時に、ザクート王に報告しにやってきている。
大きな礼拝堂のような部屋があり、セリアもそこで、ザクートに感謝の言葉を捧げたのだった。
「はあ、これですっきりしました。それじゃ戻りましょう」
セリアは顔をあげて横に座っているエルバートを見た。すると、エルバートの目元がきつく変わっていた。
「カーライル様？」
どうやら変わっているようだとセリアはすぐに気づいた。
カーライルは眉間にしわを寄せて前方の部屋のすみを見ている。セリアもカーライルの視線の先を見てみたが、何も見えなかった。
「どうかされたんですか？」
「ん？ いや、なんでもない。病院に送ろう」
「はい」
二人は立ち上がり、移動した。
カーライルは病院にセリアを送ると、「それじゃあ」と言って別れた。
カーライルは再び聖廟に戻り、先ほどの部屋の隅っこに行った。セリアには見えなかったが、そこには男が一人立っていたのである。
霊である。頭がはげた中年の男で、ローブのような黒い服を着ていた。いかめしい顔つきの男で、どうにも気になり戻ってきたのだった。
その霊はカーライルを見ると、喜んでいた。
『お前、わしが見えるのか？』
「ああ、ここで何をしてるんだ？」
『わしに気づくやつを待っておった。全くだれもわしに気づかん。わしは一年もここにおったというのに！』
「ずいぶんいたんだな」
『一年……いや、半年だったかも？ まあそんなことはどうでもいい。わしはかつて城で召し抱えられていたとても有名な占い師よ。わしの預言は今まで
外れたことがないくらいにあたるのだ。よく聞け。今の王妃が生む子供に災いが起るぞ。その災いのせいでこの国は滅びるだろう！』
霊が大仰に両手を広げて言い終わるやいなや、その周りに白い霧が発生した。
「ん？」
カーライルは男の言葉に驚くことはなかったが、その霧に注目した。
『うおっ！ よいか、絶対に滅びるぞ。子供は殺せ！ そうすれば助かる。うおおおおお！』
男は霧に飲まれて消え、代わりに一人の霊体が現れた。流れる銀の髪。長身で、銀色のローブ姿の男だった。雰囲気からしてかつての王であろう。
見かけは200を超えるほどか。ラクシュミよりもかなり年は上のようである。
『今のは悪霊のたぐいだ。忘れろ』
男はカーライルに言った。威厳のある声だった。
「ここに悪霊が現れるとは、悪い冗談もあるもんだ」
カーライルはあきれた様子である。一族にとってこの場所は、城や教会の次に神聖な場所であるはずだからだ。
『いつもは一族の霊がうろついているのだが、彼らがいないときにたまに現れるのだ。そして、お前のように気づいてくれる者に悪いことを吹き込む。
昔、王の反感をかって殺された占い師らしい。何度消してもしつこくやってくるのだ』
カーライルが無言でいると、『やつの言葉が気になるのか？』と霊が聞いた。
「いや。ああいう奴らを王がわざわざ駆除してるのかと思ってな まさか、皆で分担してるのか？」
カーライルが冗談まじりに聞くと、霊は笑っていた。
『いや、霊でいる者はわずかだ。ほとんどの方はいらっしゃらない。私も、たまに出てくるだけだ』
「なぜここにとどまっているんだ？」
カーライルは疑問に思って聞いた。
『さあな……お前はなぜここにいる？』
霊が逆に聞いてきた。
「私か？ さあ。思いもかけず出てきてしまったのだが、今はいろいろ気になることがあってな……人ならば、転生の輪に入ることもあるだろうに。
とどまっているのはもったいない」
『どうだろうな。私は転生しているのかもしれぬし、していないのかもしれない。今の私は生きていた時の私の魂のすべてなのか、それとも一部か、
私にもわからん』
「そうか」
魂のすべては洗われて転生するのか、それとも魂の一部分だけが離れてとどまることがあるのか。それはカーライルにもよくわからないことである。
『ただ、気になることがあったのは確かだ。今もずっと気になっている』
「それはなんだ？」
話の流れでカーライルは聞いた。
『教える気はない』
「そうか」
カーライルはあっさりあきらめた。しつこく聞く気もないようだ。
『では私は行く。さらばだ。おもしろい蛇殿』
霊は消えてしまった。
「ハザークならば誰か分ったかもしれんな……」
銀色のローブには細かい刺繍がしてあった。凝った服装からしてかなり昔だろうとは思ったが、正確な年代までは分らなかった。
ハザークならば王の顔を見て懐かしく思ったかもしれない。
カーライルは後日ハザークにその話をしてみたが、髪が長い王は多かったのでハザークにもさっぱりわからなかった。
「しかし死後も悪霊退治とはご苦労な……あいつ以外にも残っている者がいるとはな……」
ハザークはそちらに感心していた。あいつとはもちろんザクートのことである。
一方、ジュノーはへびっちが身体にひっついてから10日も経っていた。あれからへびっちはさっぱり夢に出てこなかった。
（あきらめたのか？）とジュノーは思ったが、本当にあきらめたのなら出て行くはずである。ジュノーも上級戦士としていろいろ仕事がある。
へびっちのことばかり気にかけてもいられないのでしばらくほっておいた。子供達からは「蛇をくれ」コールが続いている。
この日ジュノーは城にやってきていた。部屋にはミシェイラがいる。ジュノーは上半身をはだけていた。
ミシェイラがへびっちを見たがったからである。
「へびっち、出ておいでよーあそぼーよー」
ミシェイラに懇願されても、へびっちは出て行かなかった。
「へびっちったら、ぷんだ！」
ミシェイラは怒って行ってしまった。ジュノーはちょっと申し訳なさげである。
「そうだ。イシュタールにひっついたら？ そうしたら移動するかもよ」
蛇の目のゆりが提案した。
「イシュタール殿と裸でひっつくんですかあ？」
ジュノーはそれはちょっと避けたかった。想像するだけで嫌である。イシュタールだって嫌だろう。
そこにラギがやってきた。
「本当だ。へびっち、まだいるんだー」
ラギは部屋に入るなり、ジュノーの胸元を眺めていた。
「ジュノーがすっかり気に入ったのかな？」
「イシュタールは怒ってないんでしょ？ まあいいんじゃない？」
ゆりは気楽に言った。
「赤い月までには返してあげたいんですよ。イシュタール殿の彼女のために」
「なるほど〜」
「子蛇はかなり動いたね。これは意味があるのかな？」
ジュノーの子蛇は少しづつ動いていたのだが、ついにジュノーの手の甲から肩の方に頭が移動していた。
「なんか意味がありそうよねえ」
とゆり。
「蛇が嫌いな匂いを焚いたら出て行くかもよ？」
ラギが提案した。
「えー……」
「元の子蛇も出て行っちゃったらどうする？」
ゆりは笑いながら言っていた。
「王妃、私は蛇盗人のように周りに思われてるんですよー」
お気楽なゆりに、ジュノーは恨めしげである。
「そんなことないでしょう。盗もうと思っても盗めないし。ねえ」
ゆりはラギに同意を求めた。
「へびっちの意思で行ったんだからいいじゃない。そのうち気が向いたら出て行くよ。一度匂いで試してみようよ」
ラギは試してみたいようだが、ジュノーもその匂いは苦手なのでそれは試さなかった。
その夜のことである。ジュノーは夢の中でへびっちに会った。さらにその近くに小さい薄い緑色の蛇がいたのである。
「あー子蛇だ！」
それは元々肌にいた子蛇だった。
「一緒に見るなんて、なんか感動するなあ」
ジュノーはしゃがんで子蛇の方をなでた。
「元気か？ 子蛇ちゃん。こっちにも何か名前をつけようかなあ……」
へびっちがどんと頭をぶつけてきた。
「ん？ 何だ？ ああ、同じようにかまってほしいの？ よしよし」
ジュノーはへびっちの頭をなでてやった。横を見ると、ジュノーの子蛇は丸くなり、そして上にぴょんとはねていた。
「おー元気だなあ。器用なことするなあ」
ジュノーが感心していると、へびっちがまた頭をぶつけてきた。
「何？ 何か怒ってる？」
ジュノーの子蛇はとにかく何度もはねている。
「すごい。元気だな」
へびっちは、今度は二度も頭をどんとぶつけてきた。
「もしかして、子蛇が変わりに何か訴えているわけ？」
へびっちはうなずいている。
どうやら子蛇はへびっちに頼まれたらしい。必死にはねようとしていた。
「…………」
ジュノーはあごに指をあてている。
やがてジュノーの子蛇は疲れたのか長くなってしまった。
「うーん。全然わからない」
「シャー！」
へびっちは怒ったように口を開けていた。
「冗談だよ。もしかして、カエル？ カエルを食べたいわけ？」
ジュノーが両手で制してそう聞くと、へびっちは二度もうなずいていた。飛ぶことでカエルを表現していたようである。
「カエルが食べたかったのか。なんでカエル？」
どうやらへびっちは胴体がでかすぎてはねるにはねられず、兄弟蛇に頼んだということのようだった。
へびっちは口を開けていた。
「わかったわかった。カエルを探せばいいんだろう。やっぱりイシュタール殿に全く通じなかったから私の所に来たわけ？」
へびっちはうなずいた。
「もしかして、ハザーク様の所にいればカエルが出てくると思っていたのかな？ 出てこなかったから兄弟蛇がいる私の所にきたんだ？」
へびっちはうなずいていた。
「そりゃハザーク様もカエルは食べないだろうな……想像もしたくないが……」
川や沼付近にいる蛇はカエルを食べるだろうが、城の中や周りにいる蛇はあまり食べない。でかい蛇は鳥や小動物の方を食べることが多いのである。
「どんなカエルがいいの？」
ジュノーが聞くと、へびっちは丸くなっていた。
「いや、そんなでかいカエルはいないぞ。カエルかあ……今の時期でかいカエルはどこかにいるのかなあ？」
ジュノーはカエルの生態にはさっぱり詳しくなかった。
ジュノーは朝起きてヴィラの屋敷に行き、カエルの相談をした。
「まさかカエルが食べたいなんてなあ。ジュノーの子蛇を使うなんて、賢いな」
ヴィラはそこに感心していた。
「どこかにでかいカエルはいるかな？」
「さあなあ。まあ、探すしかないな」
「だな……よし、だれに探させようかな」
ジュノーは自分がカエルを捕まえる気はないようだ。
ジュノーは朝学校に行き、大人に近い子供達を20人集めて、
「今日の授業は変更です。みんなででかいカエルを探すように」
と命じたのだった。上級戦士の特権である。
「えー！！」
子供達からは案の定不服げな声が飛んでいた。
「カエルいやー」
という声も飛んでいる。
「一番でかいカエルを捕ってきた者にはご褒美がありますよ。じゃん。「王妃様のお茶会」の券です」
ジュノーは「王妃様のお茶会券」と書いた紙を子供達に見せた。
「おーすごい！」
「王妃様とお茶会だって！」
「すごーい」
子供達が盛り上がってきた。ジュノーはゆりに許可を取ってはいなかったが、ゆりならこれくらい喜んで協力してくれるだろうと思っている。
「みんながんばれ。とりあえず範囲を決めるからそれを守るように。それから大人も数人いるから危険なことがあったらすぐに知らせるように。それから……」
ジュノーはとりあえず、城の北の町から西の方の森や川のあたりに子供達を行かせて探させたのだった。生物に詳しい学者に聞いてそうしたのである。
子供達は午前中カエルを探しまくった。今日が休みの下級戦士にも「王妃様のお茶会」で誘い探させたが、せいぜい3センチほどのカエルしか見つからず、
へびっちはぴくりとも反応しなかった。でかくないと食べる気にならないようである。
「うーん、しょうがないな。午後は場所を移動しよう」
ジュノーは午後は違う場所でカエルを探すことにした。
子供達のカエル探しは皆の間に思念が回ったりで子供達の噂になっていた。おもしろがって参加する者も現れている。クリスやヴィンセントも
学校の授業を抜け出して勝手に参加していた。
「カエル捕りといったら僕でしょ！ なんで誘ってくれないんだよ！ 僕も参加する！」
話を聞いたロイもすぐに飛んでいった。
その頃城ではロイ以外の子供達が食堂でその話をしていた。なぜへびっちがカエルを食べたいと思っていたのかについては皆も謎である。
「優勝したらお母さんとお茶を飲めるんだってさ」
ラギが言った。
「ロイが優勝したらどうするの？」
ナナミが聞いた。
「他の人が勝てばいいねえ」
とゆり。ジュノーからは朝手紙をもらっていた。ゆりもだれが優勝するかわくわくしている。
この日、昼で仕事が終わったシャナーンは、北の砦で他の戦士達がカエル捕りの噂をしているのを聞き、責任者がジュノーと聞いて
ジュノーに直接確かめていた。
―カエル探し大会とやらの優勝者は決まったんですか？
―え？ いや、まだだよ。なかなかでかいカエルがいなくて。今度はちょっと南の方に移動しようかと思ってる
ジュノーはシャナーンの思念に答えた。
―優勝したら王妃様のお茶会にでられるってのは本当なんですか？
―本当だよ
―私も参加します
―え？ シャナーンもカエルを探すの？
―午後はあいてるんで
―あ、そう。がんばって……
「カエルか……今はどこにいけばでかいカエルがいるかな？」
シャナーンは真面目な顔で考え出した。
こうして話を聞いた大人達も加わり、いつの間にか大がかりなカエル穫り競争が始まったのだった。
周りの連中はなぜカエルを探しているのかも知らずにカエル探しに夢中になり、昼になりようやく南の砦でミカエルに話を聞いたイシュタールは
「カエル捕り大会？ 赤い月も近いってのにのんきな大会だな」
と笑っていた。
「ばか。何のためのカエル捕り大会だと思ってるんだ。へびっちがでかいカエルを食べたいと言い出して、こうなったんだぞ」
ミカエルはあきれ顔で説明していた。
「え？ へびっちが？ そうなのか？ じゃあ私も参加した方がいいのか？ だが仕事があるしなあ……」
とイシュタールは悩み出した。
「大勢参加してるから大丈夫だろう。ジュノーのやつ王妃をだしに使いおって……」
ミカエルは最後にはぶつぶつ言っていた。
「カエル、でかいカエル〜〜！」
ロイは城の南の方にある小さな沼地に足を半分ほどうずめ、どろだらけになりながらカエルを探していた。
勉強にもこれほどの情熱を持ってほしいものである。
そこにシャナーンが現れた。
「あ、ロイ様！ ロイ様もまさかカエルを！？」
シャナーンは普段着で長靴を履いていた。ゆりには見せたくない姿である。
「優勝するのは僕だよ！」
「負けませんよ！」
シャナーンも沼に入りカエルを探し出した。
だが、この沼地では小さいカエルしか見当たらず、二人は別の場所に移動した。
ジュノーの前には様々な色のカエルが集められていたが、一番でかいので5センチだった。
「これだけでかけりゃいいんじゃない？」
ジュノーはへびっちに話しかけたが、へびっちはびくとも動かない。
「贅沢なやつだなあ……」
そこにヴィラが様子をみにやってきた。
「うわっすごいカエル。優勝者は決まったのか？」
「まだだ。この時期でかいカエルはいないのかなあ。あっさりみつかるかと思ったんだが……」
「見つけましたー！」
ミカエルの息子ラリーが泥だらけでやってきた。
「ラリーも参加してたの」
ヴィラが言った。
「男はみんな参加してますよ。先生が許可をくれたんです。僕のが一番ですよ」
ラリーが持ってきたカエルは確かに今までのカエルよりはでかかった。
「これはいけるかもしれない」
ジュノーは期待してへびっちにカエルを見せた。するとへびっちがちらりと動いた。
「僕が優勝だ！！！！」
ラリーはガッツポーズをしていた。
「いや、まだだ。へびっちが出てくれば決まりだが……」
へびっちはじーとカエルを見ている。その時、ヴィンセントとクリスがやってきた。
「でかいのみつけましたー！」
二人が捕ってきたカエルはどれもラリーのよりは小さかったが、へびっちはジュノーの肌から顔だけだして、そのカエルを眺めていた。
「え？ なんで？」
とラリー。
「色が気に入ったのかな？」
ジュノーが言った。二人が捕ってきたカエルは黄色かった。
「やった！ 僕らの勝ちだ！」
ヴィンセントが喜んでいる。
「大きさは僕の方が上だ」
ラリーは不服そうに言った。
「へびっちが選んだのは僕のカエルだ！」
二人はもめだした。一方、肌から蛇の頭が出ているジュノーを見ていた周りは、（なんかすごい図だな……）と思っていた。
その時シャナーンがやってきた。足は半分どろだらけ、顔にも服にも泥がついている。
「カエルを持ってきました」
シャナーンが麻袋から出したカエルに皆注目した。そのカエルはラリーのよりもでかく、黄色のまだら模様だった。
へびっちはにょろんと肌から出てきて、すぐにそのカエルをばくりと食べてしまったのだった。
大人達はしーんと静まりかえっていた。子供達はあんぐりと口を開けている。
「私の勝ちですね」
シャナーンがにやりと笑っていた。
「まあ、勝ちだね」
ジュノーが言った。
「え、ずるっずるいですよ。シャナーン様までなんで参加してるんですか！」
「そうですよ！大人は参加しないでくださいよ！」
ラリーとヴィンセントは抗議していた。
クリスは「そうだそうだ」と後ろで二人を応援している。
「子供も大人もない。私の勝ちだ」
シャナーンは子供達をあしらい、ジュノーに「賞品をください」と手を出していた。
ちなみにカエルを丸呑みにしたへびっちの胴体の一部分は丸くなっている。顔は満足げだった。
「シャナーン様はいつでも王妃様とお茶が飲めるじゃないですか」
「そうですよー」
「ずるいずるい」
子供達はぶーぶー言っている。
その時全身泥だらけのロイが戻ってきた。
「僕の勝ちだ！」
ロイは麻袋から3匹のカエルを出した。どれもでかかったが泥だらけである。カエルを見たへびっちは、ジュノーに口を開けていた。
「カエルを洗って」
ジュノーは横にいたものにカエルを洗わせた。へびっちは赤いカエルを一匹ぱくりと食べた。
「やった。僕の勝ちだ！」
「いえ、もう私の優勝です」
シャナーンが言った。
「シャナーン様大人げないですよ」
「そうですよー」
子供達は口をとがらせている。
「わかった。じゃあ、君たち3人を私のお茶会に招待するよ。それでいいだろう？」
シャナーンはにこやかに3人に言った。
「えー！」
「シャナーン様のお茶会？」
「なんか楽しくなさそう」
子供達は喜ばず、シャナーンは「楽しいからおいで」と作り笑いを浮かべて誘っていた。
ロイは他の戦士に「ロイ様は準優勝ですよ」と言われて悔しがっていた。
「次こそは優勝するぞ！」
「次は前もって教えてくださいよ。こっちにも予定がありますから」
シャナーンが続けていった。どうやら次も参加する気らしい。
「それよりも王妃様のお茶会券ぼくらにくださいよ」
子供達はまだ言っている。
「いやだ」
「大人げないですよ」
「あ、わかった。僕を恐れてるんですね。王妃様を盗られると思ってるんだ」
ラリーがにやりとして言うと、シャナーンは「そんなことはない」と言っていた。
（確かにシャナーンは大人げないが……そこまで他人を牽制しなくても……）
（よっぽど王妃を他の男に会わせるのがいやなんだなあ……子供でもやなんだ。ミカエル殿以上のほほえましさだな）
ジュノーとヴィラは大人げないシャナーンにあきれていた。
「次の大会はないよ。でかいカエルを見つけたらイシュタール殿の所に持って行ってよ。イシュタール殿がなんかご褒美をくれるから」
へびっちもこれで帰るはずである。ジュノーは適当にそう言った。
「それじゃつまんないなあ」
「そうだね」
「カエル捕り大会がいいよね」
子供達はまたもや不満げだった。
こうしてカエル捕り大会は大人げないシャナーンの勝ちで終わった。それじゃかわいそうなので、ジュノーは3人の子供達が王妃様と会えるように取りはからってやった。
カエルを二匹食べて胴体が二つ膨らんでいるへびっちはとりあえずジュノーの肌に戻り、夕方イシュタールに会いに行くと、あっさりとジュノーから出たのだった。
「へびっち、よかったな。ジュノーいろいろありがとう」
イシュタールはジュノーに感謝していた。
「いえ、私の子蛇も喜んでいますよ」
子蛇が喜んでいるのか、へびっちがいなくなってほっとしているのかはなぞである。
「しかしどうしてカエルを食べたかったんだろう？ それに、私に言えばいいのに」
「まあいいじゃないですか。きっと神の国で綺麗なカエルを食べさせてもらったんですよ。な、へびっち」
ジュノーがしゃがんでいうと、へびっちはうなずいていた。
「そうか。じゃあ定期的にカエルを仕入れなきゃな」
「それじゃ私はこれで」
「本当にありがとう」
ジュノーはこれでへびっちと別れたのだった。
夕方、ロイはハザークの部屋にやってきていた。
「ハザーク様、贈り物だよ。新鮮なうちに食べてね」
ロイはさっき捕った残りのカエルを洗ってハザークの元にもってきていたのだった。逃がすのがおしかったからである。
「いらん」
ハザークはカエルの姿も見ずに言った。姿はみえなくても、カエルは袋の中でげろげろないていた。
「なんで？ でかくておいしいよ」
「いらん」
「絶対おいしいってばー」
「いらんったらいらん」
「おいしいうちに食べてよー」
「いらん。他の蛇にやれ」
「なんだよ。せっかく捕ったのにさー、えいや！」
ロイはカエルを二匹袋から出して瞬間移動で逃げた。
「あ、こら！」
カエルはハザークの部屋を飛び跳ねて、珍しく「うわっ！」と驚きの声をあげたハザークは寝室に移動してしまった。
ハザークからラクシュミに苦情の思念が届いて、シスとラギが大慌てでカエルを回収に来たのだった。ハザークの部屋にいた蛇たちも、
カエルには興味がないらしい。だれも食べようとはしなかった。
こうしてロイはしばらくハザークの塔出入り禁止になったのだった。
つづく
戻る