第45話
クーリーフンはでかい麻袋を開けていた。
「何を持ってきたの？」
ゆりはベッドから降りてクーリーフンの横に移動した。
「ここに置いていい？」
クーリーフンはベッドを示している。
「うん」
クーリーフンは中に入っていたものをベッドの上に並べた。
でかいオレンジが５個、黄色いグレープフルーツのようなものが５個、３０㎝ほどの長細い革袋が一つ、20㎝ほどの液体が入っている小瓶が一つ、
最後に10㎝くらいの丸っこい皮袋を一つ置いた。
ゆりは大きい方の革袋をつついてみた。何かの液体のようだ。水を入れて持ち歩くような入れ物で、栓がついている。
「こんなに一杯どうしたの？」
「売りに来たの」
「ええー？」
「冗談だよ。今回のお祝いにいろいろもってきたんだ。あまりすごい物は持ってこられないし、そこそこのものであなたが喜びそうなものをお母さんが
選んだんだよ。これは太陽の石だよ。なんとずっと熱を発する石でね、人間界では結構な値段で取引されてるんだよ」
クーリーフンがゆりに小さめの袋を渡した。
「あ、あったかい」
結構重かった。中はやっぱり石のようだ。平べったい石が３つ入っている。分厚い皮の巾着袋に入っていた。
「じかに触っちゃだめだよ。やけどするからね」
「すごいね。人間界でも売られてるの？」
「西の聖域の土産物屋で、これの半分くらいのが売られてるよ。あっちは一年しか持たないけど、これはもっともつんじゃないかな？
一生は無理だけど、面白いかなって思って、お母さんがアリアスからもらってきた。こっちの果物もちょうど神殿にあったんでもらってきたって」
「はあ」
「それでこっちがダーナからもらった美容液。シミとかしわにいいって。ダーナからもらった」
「なんでダーナから？ ガーベラだってこういうの作れるんでしょ？」
「あ、知らなかったっけ。今回出てきた７人の妖精はさ、アリアスとダーナの子供だったんだって」
「はあ？」
ゆりは美容液を持ったまま、大きく首をかしげていた。
「生まれないで何千年も虹の中に閉じ込められていたんだってさ。それを見事ラーズとガーベラが出したってことになってる。だからアリアスと
ダーナからもらったわけ」
「そうなんだ……」
ゆりはぼんやり言った。
「じゃあ、ラーズにはまったく関係なくて、私はあの時あんなことしなくてもよかったの？」
「あの７人はラーズにも近い妖精だからね。関係なくはないよ。それでこれが重かったんだよ。お酒。お母さんが、王様にってさ。瓶だとあまり持ってこれないからね」
クーリーフンは皮袋を指した。２リットルは入ってそうである。
「お酒なんだ。ガーベラがくれたなんて言ったら、王様はもったいなくて飲めないかもね」
「それじゃ確かに渡したよ。あー疲れた。じゃあ僕は帰る」
クーリーフンが肩をなでながら帰ろうとしたとき、壁を通り抜けてぬっとハロルドが現れて、クーリーフンは「わっ！」と驚き、思わずゆりの後ろに隠れていた。
「クーリーフン、何をしに来たんだ？ なんだそれ」
ハロルドはベッドの上にあるいろいろなものにすぐ気づいた。
「これさ、妖精が生まれたお祝いにお母さんが、持ってけってさ。僕はただ持ってきただけだよ」
クーリーフンはゆりの後ろで説明していた。
「ふうん、神の国の物をあまり持ってくるんじゃないぞ」
ハロルドはそれ以上文句はいわなかった。あまりたいしたものでもないと思ったのだろう。
クーリーフンは（自分は黄金の腕輪を持ってきたくせに）と思ったが、もちろん口には出さなかった。
「ねえ、なんか手が痛いんだけど、理由知ってる？」
ゆりは記憶がなかったのでハロルドに聞いていた。後ろではクーリーフンが小さい声で、「あ、あ、だめ」と声を発している。
「知らん。私はもう一人のお前にある提案をした。よーく考えて結論を出せ。赤ん坊の魔法を取るのを忘れてたんで戻ってきたんだ」
ハロルドは無表情で言って、レーヌのベッドの側で右手をさっとあげた。
「じゃあな」
そしてそっけなく言って去って行ったのだった。
「はー」
クーリーフンはよろよろとゆりの前に出てきた。
「びっくりした。人間だったら寿命が縮まるところだよ」
ゆりが「ふふふ」と笑っていた。クーリーフンが来たときの蛇の目のゆりの状況を知れば、黒目のゆりもきっと笑えないに違いない。
「じゃあ、僕も行くよ」
「そう？ じゃあまたね。ありがとう」
クーリーフンは品物が入っていた袋だけ持って去って行った。
「もう一人の私に提案？ なんのことだろう」
ゆりは立ったまま首をかしげていた。
（なんのこと？）
心の中で聞いてみたが、返答はなかった。
「まあいいか。お酒かあ。子供たちに見られるとやばそうね。王様だけに渡したほうがいいかも」
なにせ子供たちも高いお酒には目がないし、神の国のお酒となれば欲しがるに決まっているのである。
ゆりは侍女に頼み、ラクシュミが起きたらゆりの寝室に来てほしいと頼んでもらった。
寝室でレーヌにミルクをあげているとラクシュミが現れた。ラクシュミはすぐにベッドの上の品物を見て、
「こんなに一杯よく持って帰れたな」と言った。ラクシュミはゆりが神の国から持ってきたと思ったようだ。
「え？ 違うわよ。それは無理でしょ。私がかっぱらってきたんじゃないの。さっきクーリーフンが来てね、置いて行ったの」
「へえ、なんでだ？」
ラクシュミは果物よりも大きい方の革袋をまっさきに手に取っていた。
「これ、何が入ってるんだ？」
「お酒よ。ガーベラが王様にって言ってたって」
「ええ？」
ラクシュミはかなり大げさに反応していた。
「嘘だろう？」
「本当よ」
「ガーベラが……」
ラクシュミは自分の子供が生まれた時くらいにうれしそうな顔をしていた。革袋に頬ずりしそうである。
「子供たちにばれると飲ませろってうるさいから、隠しておいたら？」
「わ、わかった。ガーベラが……」
ラクシュミはそのほかの物はどうでもいいのか、革袋だけをもってさっさと行ってしまった。なぜこれだけの贈り物をもらったのかも理由はどうでもいいようだ。
「これで王様は一日ご機嫌ね」
今ならロイがいたずらをしても、笑って許してしまいそうである。
「ああ、産後じゃなかったらラブラブだったのに、おしいなあ」
ゆりはついそっちに頭がいっていた。
ゆりは果物と熱い石だけ食堂に運んで子供たちに見せた。
ラギとシスは果物よりも石に興味津々である。
「すごく熱いね。すごいや。話には聞いたことがあったけどさ、ずっと熱いままなんて」
熱した石で暖を取ることはあるが、しばらくすると熱は冷めてしまう。何年も持続するなんてすごい。
「太陽の石だね」
「食べたい」
ロイがオレンジを抱きしめていた。
「いいわよ。これ、全部切ってきてもらって。この子たちのは少しでいいから、あとは城にいるみんなに食べさせてあげていいわよ」
「えー」
と非難の声をあげたのはロイである。
「子供のくせに贅沢しなくていいの。そーだ、一個はジュノーにあげよう」
ゆりはグレープフルーツを一個取った。
「なんでジュノーだけ？」
ラギが聞いた。
「ジュノーの彼女にあげるの。妊婦はこういうの喜びそうじゃない？ そういえば今月は結果がでる月ねえ。今年は誰かの子供ができてるかなあ」
毎年６の月には大人の女性は妊娠の検査を受けるのである。ラクシュミが一年で一番どきどきする時であろう。
朝食後、ゆりは自分の部屋に戻り、とうとうお待ちかねの最後の瓶を手に取っていた。透明な液体だが、もちろんただの美容液ではないだろう。
ダーナがくれたものだから、すごい効き目があるに違いない。結構な量が入っている。
「うーん……」
横ではミラともう一人の侍女がワクワク顔で待っていた。
「どんな効果があるか楽しみですねえ」
ミラは自分のことのようにうれしそうである。
「ミラ、手を出して」
ゆりは小瓶の蓋を取った。
「？」
「手出して」
ゆりはミラの右手に美容液を垂らした。
「顔に塗ってみて」
「はい」
ミラはそっと顔に塗ってみた。ゆりともう一人の侍女はミラの顔に注目している。
「あ、肌がちょっと変わったんじゃない？」
「綺麗になってます」
「本当ですか？」
ミラはうれしそうに壁の鏡を見ていた。ゆりはもう一人の侍女の手にも美容液を乗せてあげた。
「ありがとうございます！」
侍女二人はうれしそうにきゃーきゃー言っている。
そうよね。私がいつも一人じめじゃいけないわ。この幸せはみんなにわけてあげないとね……
ゆりはガーベラのような広い心で思った。
昼前、ゆりは客が途切れた頃、王の間に行った。美容液を虎の国に送りたかったので許可をもらいに行ったのである。
ラクシュミは超ご機嫌で許可してくれ、シスが持って行ってくれることになった。
「行ってきたよー」
王の間で待っているとシスがやってきた。
「きっと後で鏡が開くわよー楽しみねえ」
わくわくして待っていると、３０分ほどしてから案の定鏡から声が聞こえてきた。
「ゆりちゃん！ あれは一体何なの！？」
アヤコである。
「どこで買えるの？ もっと欲しい！」
「ごめんね。買えないの。偶然手に入ったから、アヤコさんと王妃様にあげたくて……って王妃様はいないの？」
ゆりは今回は、自分の侍女みんなの顔に一回ずつ美容液をぬってあげることにし、残りをアヤコと虎の国の王妃二人に美容液をわけてあげたのだった。
虎の国にはいろいろお世話になっているからである。アヤコの側に王妃らしき女性の姿はなく、喜ぶ顔は見られなかった。
「王様が、王妃様の顔を見るなり寝室に連れて行っちゃった。シミが綺麗にとれたって、とっても驚いてらしたわよ」
「そうなの。喜んでくださったのならよかったわ」
「私の肌も若返ったみたい。ありがとー本当に買うのは無理？」
「無理なの。ごめんね」
「わかった。本当にありがとうね。さようなら」
アヤコがとてもうれしそうに笑っていたのでゆりもうれしかった。
ゆりが鏡のやり取りをしている間、シスはラクシュミを見ていた。
「フフフーン♪～」
ラクシュミは鼻歌を歌っている。見るからにご機嫌である。
ゆりとシスが王の間を出た後、
「父様何かあったの？ すごくうれしそうじゃない？」
シスは番兵に聞いていた。
「それが朝からご機嫌で、わからないんですよねえ」
番兵も首をかしげている。
「ふーん。母様は知ってる？」
シスはゆりを見た。
「さあ、どうしたのかしらねえ？」
ゆりは素知らぬ顔で首をかしげていた。
ラクシュミはあまりにご機嫌すぎたので、子供たちには「絶対何かあったはず」だと感づかれていた。
ラギに至っては、「他に父様が喜びそうなものをもらったんじゃない？」と鋭く察していたが、ゆりは「知らない振りをしなさい。王様は今まで苦労したんだから、
たまにはご褒美があってもいいでしょ」とラギには口止めしていた。
「苦労の３割はお母さんがかけてるじゃん」
ラギはかわいくないことを言っていた。
「そんなことないわよ。まあ２割くらいかな？ でもその分王様を幸せにしてるもーん」
それだけは胸を張って言ってもいいだろう。
ラクシュミは大切なお酒を一人占めはせず、ハザークの元に一杯送り、残りはヴィクター、ナザニエル、ロナウドの３人を夜に呼んで一緒に飲んだようである。
ミカエル達を呼ぶと、酒をもらった理由をしつこく聞かれることになるので呼ばなかったようだ。
こうして神様からの贈り物はみんなが喜んで終わった。
夜、ゆりが寝ようとすると、シスが部屋にやってきた。
「綺麗になる水、自分が使わずに、みんなにわけてあげたんでしょ？ 母様って素敵な人だね」
シスがにこにこして言ってくれた。
「ありがとう」
「おやすみ」
シスはそれだけ言って去って行った。
息子から「素敵な人」なんて言われてゆりはうれしかった。
将来的に小じわとかでてきたら、その時は、ガーベラに頼み込んで美容液をもらおう
ゆりは心の中でそう思っていたが、子供の前では秘密だった。
「ま、私の肌はまだ綺麗だからいいもんね。みんなが喜んでくれてうれしいなあ」
ゆりは寝室に行ってレーヌの頬をなでて、自分のベッドに上がった。
とても幸せな気持ちで眠りについたゆりは、しばらくして、夢の中でもう一人の自分に出会っていた。
こちらはとても気まずそうな顔をしている。
「ごめん、先に謝っておくわ」
蛇の目のゆりは、両手を合わせて頭を下げていた。
「どうしたの？」
黒目のゆりは、なんだか嫌な予感がした。
「昨日ハロルドと変なことになっちゃって。もう一度アシュラン様に会って話をしろって言われたの。それで、やっぱり守ってほしいから
相手はハロルド様でって言えって」
「はあ？」
黒目のゆりにとってはすっかり終わった話だった。
「あ、そういえば、ハロルドがあなたに何か提案したって言ってたわ。そのことなの？」
「そうなの」
「そんなこと言うなんて、驚いたわ。生身の私なんて、てっきり嫌っていうかと思ったわ」
黒目のゆりは意外そうな顔をしていた。ハロルドが好きなのは、ガーベラに入っている自分なので、この体にはさっぱり興味がないだろうと思っていたのである。
「この前ラーズと仲良くしたでしょ？ あのこと、ハロルドはかなり激妬きだったよ。それでね、ハロルドとそうなった後は、他の神と仲良くなるの禁止だって」
「えー？」
「ただし、ガーベラと同じように性技でハロルドを翻弄できたら、他の神と仲良くなってもいいってさ。挑戦してみる？」
蛇の目のゆりはうかがうように聞いていた。
「な、なにそれー！ そんなの無理でしょ！ 絶対無理！」
黒目のゆりの顔は、真っ赤になっていた。
「ハロルドと寝れば、アシュランの守りの力が手に入るのよ？」
「それがそもそもわかんないし。寝なくてもくれればいいのにくれないってことは、なんで？」
黒目のゆりは首をかしげていた。
「さあ？」
「あのことは、アシュランがただからかっただけだと思うけどなあ」
ゆりは昨晩ハロルドから聞いた話を思い出していたが、結局はアシュランしか強力な守りを人間にあげることはできないようだ。今更ハロルドを選ぶってのも
微妙な感じである。
「本当かもよ？ ハロルドって言って守りだけもらっちゃったら？」
「ハロルドと寝るなんて考えられないな……」
「相手はラーズって言っちゃだめかな」
蛇の目のゆりはぼそりと言っていた。昨晩ハロルドに紐で縛られたので、今はハロルドと仲良くなる気はあまりないようだ。
「……それ、鬼じゃない？」
「オニって？」
「ラーズって言ったら怖いことになるわよ～～～まあ気持ちはわかるけどね」
黒目のゆりも、「それはないわ」とは言えない感じである。
「でしょ？ ラーズいいよねー」
ラクシュミもハザークも前戯に時間をかけるタイプではないため、ラーズのように女性に気を使って優しく抱いてくれる男の方が、どちらかというと
生身のゆりにとってはありがたい。だが、ラーズの方がハロルドよりも好きとかいうわけではない。ハロルドとこの姿でそうなるのはいろんな意味で怖すぎる。
「でも一番世話になってて私たちのこと心配してくれてるのはハロルドだし、口が裂けても他の名前は言えないわ」
「あの時はグレンって言ったじゃない」
「あれは本当にそうなる気なんてなかったし、普通の人間だったら謙虚な気持ちでグレンを選ぶかなあと思って」
そこが全く普通の人間らしくない考えなのだが、まだ黒目のゆりは気づいていなかった。
「じゃあハロルドを頑張って翻弄しようよ」
「やだ。っていうか、無理でしょ。それに守りの力を私がもらってもさ、意味がないと思えてきた」
「なんで？」
蛇の目のゆりは首をかしげた。
「だって、もしあっちの誰かが来るとするでしょ？ 私に手を出せないとわかった敵が、子供たちに手を出したらどうするの？ 私とレーヌは助かっても、
他の子に何かがあったらやでしょ」
「それは……そうだね」
「だから、よーく考えたら、守られても意味ないんじゃないかなあ」
「うーん……そうかな……」
どちらのゆりも子供たちとラクシュミよりも、自分が守られたいなどとは思ってはいない。
「それくらいだったら、私だけに何かがあった方がいいんじゃない？」
「うーん、まあそうかなあ……どうせなら攻撃する力がほしい」
蛇の目のゆりは切実にそう思った。
「いや、城全体にバリヤーを張ってほしい！」
「まあ、あっちの誰かなんてそんなに現れないだろうし、もし次があって無事だったら、アシュラン様に直訴する。だって、この世界の人間を守るのは
アシュラン様の仕事でしょ？ 私たちがこんなに悩むなんておかしいわ。職務怠慢を訴える！」
黒目のゆりが珍しく強気だったので、蛇の目のゆりは「えー」とびびっていた。
「それはちょっとやめておこうよ」
「だってそうじゃない。アシュラン様は私たち人間を守る義務があるはず。ちゃんと仕事してよって言っちゃうもんね！」
その時周りが光り輝いて、二人の前に金色の輝きを持った男が現れた。なんとアシュランである。
黒目のゆりは「ひぎゃー！！！！」ととてつもない叫びをあげて後ろに下がっていた。
「誰が職務怠慢なんだ？」
アシュランは二人のゆりの話を聞いていたのかどうか、小首をかしげて聞いていた。
「いえ、こちらの話です。こんばんは、アシュラン様」
黒目のゆりはかなり離れた所に正座をして三つ指をつき、頭をさげていた。
「私の話をしていなかったか？」
アシュランが聞いた。
「まさかそんな、臣下の話ですよ。よくさぼるものがいて、ちゃんと仕事しろっていう話をしてたんですよ」
黒目のゆりは必至に説明している。黒目のゆりも、まさかあんなことを本人にいうつもりはない。半分冗談で言っただけだ。
蛇の目のゆりは頬をぽりぽりかいていた。
「あの、どうしていらしたんですか？ アシュラン様も寝てて、つながってるわけじゃないですよね？」
（夢でもおちおち悪口もいえやしない）と蛇の目のゆりは思っていた。
「そうだ。話をしようにも他の神の手前、お前たちをちょくちょく呼び寄せるわけにもいかんだろう？ だからこういう方法をとった。
ハロルドがお前たちが会いたがってるって言ってたぞ」
アシュランはいつの間にかあった金色の椅子に座っていた。まばゆいばかりの姿である。
「あのー、やっぱり守ってほしいって言ったら、守りの力とやらをくれますか？」
蛇の目のゆりが恐る恐る聞いてみた。黒目のゆりはまだ遠くで正座している。怖くて近寄れないようだ。
「あの話はもう終わったろ？ 私は話をむし返されるのは好きじゃないな。それに他の方法を教えたじゃないか」
「女神となって神様と仲良くなればってことですか？ 神気がもらえても、持続性がないですよ？」
「切れるころにまた仲良くなればいい」
「そう簡単には……」
「定期的にそうなれば、いずれは神気がちょっとは定着するかもしれないじゃないか。今までこういうことがなかったので、これは私の想像だがな」
「なるほど」
と蛇の目のゆりは思ったが、定期的にそうなるにも限度があるだろう。
「あのー敵がまたくる可能性って、どのくらいあります？」
黒目のゆりが聞いていた。
「ないと思いたいな。向こうの神が現れるってのはわれらの契約違反でもある。簡単に来られちゃ困る。だが、何があるのか私でも
予想ができないのが世の中というものだ。私の力が衰えれば、そういう可能性はあがるな。私の力も、残念ながら万能ではないのだ」
「そうなんですか？」
「そうなのだ。完璧な世界など世の中にない。いろいろ予測して防御していても、時々予測不能なことが起こるものだ」
「あの、私一人が守ってもらってもしょうがないことに気づいたんです」
黒目のゆりがようやく立ち上がって言うと、アシュランは手をぱちんとたたいていた。
「そこに気づいたか。お前は偉い。その通り、お前が強力な私の加護をもらっても、それでも完璧な守りにはならない。
お前がその気になってくれてうれしいぞ」
アシュランがうれしそうに言った。
「え？ どの気にもなってないですが？」
一体アシュランが何を言っているのか、ゆりにはさっぱりわからなかった。
「お前が神の仲間を増やしてくれれば、その分私の力も安定できるというわけだ。がんばってくれ」
「はあ？」
黒目のゆりはぽかんと口を開けていた。
「自分のみではなく、人間界全体のことを考えるとは、さすが私が見込んだことはあるぞ」
「え？ いえ、別に……」
どうも話がとんでもない方向に進んでいるようだ、と二人のゆりは思っていた。
「いいものをやろう。側に来い」
アシュランはどうやって出したのか、手に四角い立派な木箱をもっていた。それは平べったいもので、ふたもついている。ふたには植物の模様が
彫られてあった。
「なんですか？」
近くまでやってきた黒目のゆりが聞いた。
「開けてみろ」
黒目のゆりが箱を受け取ってふたを開けると、中は細かく升目にくぎられていて、７個のいろいろな色の石が上の段に入っていた。横は３マスあいている。
下は４段空いている。つまりこの箱の中身は、５０マスにくぎられていた。
「これはなんですか？」
「この７個は今回生まれた妖精の分の石だ。お前たちが関わって妖精が生まれたら石を一個、神が生まれたら二個やる。どんどん石を集めろ」
「はあ？」
どちらのゆりもぽかんとした顔をしていた。
「石を集めたらどうなるんですか？」
蛇の目のゆりが聞いた。
「５０個集めたら、すごいバッジをやろう。それがあれば西の聖域はどこでも入れるし、なんでも買える」
「え……絶対行くことないですから、別にいらないです」
黒目のゆりはきっぱり断っていた。
「すごいバッジだから持ってるだけでも名誉なことだぞ」
「はあ……」
黒目のゆりはあまり興味がなさそうである。
「あのーどうせなら今までの分もいれてくださいよ。そしたら結構たまると思うんですけど」
蛇の目のゆりが言った。
「今回からだ」
蛇の目のゆりは石を一つつまんでみた。飴のように丸い石である。綺麗と言えば綺麗だが、ただの石である。
「どうせなら宝石にしてください。そしたらもっと集めたいと思うんですけど」
つい言っていた。
「宝石がほしいのか？ いいぞ。やるから両手を出せ」
「え？ はい」
蛇の目のゆりは石を置いて両手をだした。すると、突然両手にずっしり重い感触がして蛇の目のゆりは下に沈み、手を離していた。
「ぎゃっ！」
下にあったのは３０センチほどのでこぼこした普通の石の塊だった。
「その中に一個宝石があるから、頑張って出せ」
「はあ？ なんで普通にくれないんですかー？」
「苦労して取った物の方が愛情がわくだろ？ 言っておくが、お前自身がそれを掘ることに意義がある。他人がやると宝石は出てこないからな」
（性格悪！）
蛇の目のゆりは心の中で毒づいていた。
「そういうわけで私は行く。じゃあな」
「ああーーーちょっと！」
黒目のゆりは木製のケースを持ったまま、困ったように言っていたが、アシュランは去ってしまった。
なんだかうまく丸めこまれたような気がする。
「なんなんだか……」
黒目のゆりは木箱を眺めていた。
「結局はアシュラン様公認でガーベラになってもいいってことなのかな……むしろ頑張って子供を作れってこと？
それにしても、５０個集めたらもらえるのが『すごいバッジ』って、子供のご褒美じゃないんだから……」
黒目のゆりはどんなバッジなのか想像してみたが、きっと胸につけるアクセサリーのようなものだろう。それがあれば西の聖域では買い物し放題のようである。
絶対行かないし、もらってもしょうがないけど……でも石を集めるのは楽しいかも？
最初に置かれているのは赤い石だった。虹の色の順番に並んでいて、７個目は紫色である。
これが５０個そろったらいったいどうなるのか、見てみたい気がしないでもない。
７個だけ、というのがいけない。せめて後３個くらいは並べてみたい。何かを収集したいと思うのは、人間のサガなのである。
８個目は何色だろう？ 想像するだけで楽しいかも？
黒目のゆりは、いろいろと考えているうちに石を集めたい気分になっていた。ハロルドと生身で寝るよりも、ガーベラで何かをする方がゆりにとっては
気楽である。
「妖精で一個、神様で二個かあ……」
「今までの分も入れてくれればいいのにケチよね。それじゃすぐにたまっちゃうから入れてくれなかったのよ」
蛇の目のゆりはぷんぷん怒っていた。
「妖精が三人か、神様一人に妖精が一人で１０個になるんだ。別にガーベラが生まなくてもいいのよ。私たちが関われば。それならいけるかも」
虹の妖精たちのように、どこかにひっかかってる妖精をまた見つけることができるかもしれない。
「ちょっと妖精探しをしてみようかな？ １０人いっぺんに出てくることだってあるかもしれないし、そしたら一気にたまるわ」
黒目のゆりは目を輝かせていた。やはり石を集めたくなっているようだ。
「アシュラン様に洗脳されたんじゃない？」
蛇の目のゆりはつまらなそうに言っていた。
「そうかもしれないけど、別に集まらなくても罰がないんだし、それなら集めてみるのも楽しそうじゃない。石が集まれば集まるほど、神の世界も
安泰ってものだしね。あなたはそれ、掘れるの？」
黒目のゆりは、でかい石を見下ろしていた。
「掘れるわよ。掘って見せるわよ」
蛇の目のゆりは手を腰にあてていた。
次の日、裏庭ででかい石にハンマーとタガネをもって石を掘ろうとしている王妃の姿があった。破片が飛ぶと危ないので顔には
薄い鉄のマスクをして、服装も灰色の作業着である。カンカンカンカン音がするので、皆なんだろうとやってくるのだが、王妃の姿にみな引いていた。
遠巻きにラギと侍女が数人眺めている。そこにミカエルがやってきた。
「王妃、なんという姿……」
ミカエルぼそっと言っていた。作業着のつなぎ姿は、さすがに色気もなにもあったものじゃない。
「お母さんって城にいてもいろいろあっていいよね」
ラギが全然うらやましくなさそうな顔で言った。
「あーもう、全然掘れない！！」
蛇の目のゆりは、マスクを取っていた。
「腹がたつー！！！！」
石はかなりの固さで、女の手では簡単に掘れそうになかった。
手が止まったので、ミカエルが側にやってきた。
「王妃、ハロルド様から贈り物をもらったんですって？」
ミカエルはラクシュミからすっかり理由を聞いていたようである。ゆりは朝、ラクシュミと子供たち、侍女には適当に説明していた。
「ぜいぜい」
蛇の目のゆりは疲れて肩で息をついていた。この石は、ハロルドからの贈り物だろうと子供たちにもラクシュミも侍女たちでさえも思っていた。
でなければ、突然部屋に石の塊があるはずがない。
「中に何が入ってるんですか？」
「宝石みたい」
「自分で掘るのは大変ですよ？」
「私が掘らなきゃ出ないんだって」
「へえーそれはそれは、またからかわれたんですか。王妃は本当に愛されてますねえ」
好きでもない女を何度もからかうほど神も暇ではないだろう。周りはみんな同じように思っている。
ミカエルはにやにやしているが、ゆりはむっすりしていた。
これはハロルドからの贈り物ではなかったが、どちらのゆりも、アシュランからだとは口が裂けてもいえなかった。
「絶対掘るから、ちょっと離れてて、危ないわよ？」
蛇の目のゆりは、再び鉄のマスクをかぶって石と格闘していた。破片が飛ぶほど石が掘れてもいないので、ミカエルは側でしばらくゆりを眺めていた。
そして遠巻きに見ているラギの元に移動した。
「あんな姿をみたら、恋も冷めるんじゃない？」
ラギが聞いた。
「ああいう王妃も面白いですけどねえ。どっちの王妃も掘るんですか？」
「あっちのお母さんだけだよ。黒目のお母さんは、違うものをもらってたよ。平べったい木箱で、中に丸い石が入ってるの。でも、お母さんにしか開けられないんだ」
「へえ？ そうなんですか？」
「大方、こっちのお母さんは宝石をくれとでも言ったんじゃない？ だから意地でも掘るって言ってるんだよ。そうに決まってるよ」
ラギはずばりあてていたが、蛇の目のゆりは一心不乱に石を掘っていたので、まったく聞こえていなかった。
さて、神の国では、アシュランがハロルドと二人っきりになった時に、「王妃に会った」と伝えていた。
「それでどうなった？」
すぐにハロルドが興味を示した。
「今後は神の国の発展のためにがんばりたいって言ってたぞ。私の力が増せば、これすなわち、向こうの力への牽制にもなるからな」
アシュランは感動するように言っていたが、ハロルドはちっとも感動しなかった。
「なんだそれ」
話の内容は、ハロルドの希望とは全く違っているようだ。
「そんなに寝たいなら、夜に忍んでいけばいいじゃないか」
「別にそういうわけじゃない。神の国の発展のためにがんばりたいってどういうことだ？」
「言った通りのことだ」
「なにをどうがんばるんだ」
「神の眷属を増やすことに決まってる」
「はあ？ アシュラン、最初は、あの女に守りの力をやってもいい気になってたじゃないか」
「なってたぞ。普通の人間のように返答するならやってもいいと思ったが、結局あの姿で神と仲良くなる気はなさそうだったし、別の方法の方が好みのようだからな」
「いや、だから、ただ普通に守りの力をやってもいいじゃないか」
ハロルドも、いつまでもここでゆりのことを心配したくもなかった。
「私の守りの力をやると、もうガーベラにはなれないぞ。魂は、死ぬまであの体を離れることはない。私の守りはそれほど強力なのだ」
「え……」
「自分たちで別の道を選んだんだから、まあいいじゃないか」
アシュランが強引に選ばせただけだったが、ハロルドにそこまで言う気もないようだった。
完璧な守りと引き換えに、魂は二度と神の国に来ることはない。二度とガーベラには……
そうなると、ハロルドの心もかなり揺らいできた。
「ちょっと待て、赤ん坊には何をしたんだ？ そちらにも守りの力をやったのか？」
「赤ん坊はちょっと細工をしただけだ。守りの力というほどのものじゃない」
「じゃあ同じようにすればいいだろ」
「それはできないな。もう王妃は大人だからな。赤ん坊だからできたんだ」
「そうか……」
「まあ、守られるだけの女ってのもつまらん。せっかくやる気になってるんだからほっとこう」
「……やる気……」
すなわち、神を増やすということだろう。
あの女どもめ……そんなに他の神と仲良くなりたいか……
ゆりが前回ラーズのことを言っていたので、ハロルドはついそう思っていた。
アシュランの間に太陽の神アリアスが入ってきて、二人は会話を止めた。
「ハロルド、ここにいたか、ちょっと話がある」
アリアスが近づいてきた。
「なんだ？」
「今朝、人間界の蛇の国の西の森に、薄い黒い点を見つけた。あんなことがあったばかりだから気になってな」
「なに？」
アシュランを崇拝しない者達が集まると、それが異様な気を発するようになる。神や神官にしかわからないものだ。
一人ならばわからないが、アリアスが見えたというのだから、10人は集まっているに違いない。
ハロルドはアシュランを見た。
「小物だろ？ 神官をやればいい」
「…………」
「これ以上の大ごとはごめんだぞ、とハロルドは言いたいようだぞ」
ハロルドの思いを、アリアスが変わりに言っていた。
「続けざまに事件が起こるのはよくないぞ」
「だから未然に防ぐために神官をやれ。向こうの人間ではないだろう。お前が行くまでもない」
「しかし」
「奴らは城には近づけない。城の中にいれば、あの女性も大丈夫だろう。なあアシュラン」
アリアスは意味ありげにアシュランを見ていた。
「？」
ハロルドには意味が分からなかったようだ。
「早く神官を行かせろ」
アシュランがせかして、「わかった」とハロルドはアシュランの間を出て行った。
「気づいたのか？」
アシュランがアリアスに聞いた。
「ああ。面白いことしたな」
「まったくめんどくさい奴らだ……」
アシュランは背もたれにもたれてため息をついていた。
人間界の蛇の国のお城では、再び近くできな臭いことが起きていることも知らず、ゆりは机に伏してぐったりしていた。
今出ているのは黒目のゆりだったが、蛇の目のゆりが頑張って石を掘った疲れは、もちろんこっちにも来ている。
「宝石、あとどのくらいで掘れそう？」
ゆりは伏したまま聞いていた。宝石がある石はとりあえず部屋の隅っこに置かれている。ちょっとだけへこみができている程度だった。
「ひと月、いや２月はかかるんじゃない？」
同じ部屋にいたラギは答えた。ラギはレーヌの小さいベッドをのぞいている。
「いや、掘るの無理かも」
「あきらめてくれてもいいけどね。もともと宝石とか、そんなに興味ないと思うけどなあ……」
黒目のゆりは宝石よりもいい男を見るほうが好きなくらいである。もう一人の自分も同じかと思っていた。
「どんな宝石があるのか興味があるじゃない。お母さんはもう一人の自分のこと、もう認めてるんだね。いやだとか思うことないの？」
ラギがこの際と思い、聞いていた。
「別にないかな。ラギにとってはどっちもお母さんでしょ？」
「そうだよ。どっちも好きなお母さんだよ」
部屋に人間になったへびっちが一人でやってきた。
「あら、いらっしゃい」
へびっちはゆりに近づいて小さい紙を渡した。
「なあに？」
紙を開くと、大きく「ママ」と書いてあった。
「え？ へびっちが書いたの？ すごい！」
ゆりは感動していた。
「何？」
ラギが顔を向けたので、ゆりは紙を見せた。
「ママかあ。へびっちってお母さんのこと、やっぱりお母さんって認識してるんだね」
「ありがとう」
ゆりは背伸びをしてへびっちの頭をなでてあげた。へびっちは心なしかうれしそうである。
「へびっちは何番目の子供になるんだろう？ 生まれたのはロイ達の前だからなあ……」
ラギはぶつぶつ言っていた。へびっちはレーヌのベッドに近づいて、レーヌをじっと見下ろしていた。
「あ、そういえば、へびっちをレーヌに近づけないようにってジュノーが言ってたよ」
ラギが思いだしたように言った。
「どうして？」
ゆりが聞いた。
「悪さをすると危ないからって」
「悪さなんてしないわよね。へびっち」
へびっちは手を出すこともなく、上からレーヌを眺めていた。
「何もしないわよ」
「そうだねえ」
ゆりの足元に蛇のルーが近づいてきた。
「ねえ、へびっち、ルーかわいいでしょ？ 彼女にしない？」
ゆりはしゃがんでルーをなでながら、へびっちに聞いてみた。へびっちはルーに顔を向けたが、顔を横に振っていた。
「あら、ルーは好みじゃないの？ かわいいのにねえ」
「そういえば、へびっちの卵は生まれたのかな？ どうなってるんだろう？」
へびっちがメス蛇たちと仲良くしたという話は聞いたが、その先はさっぱりだった。
「一匹でもいいから子蛇がみたい。子蛇はお母さんの、孫だね」
ラギが孫の部分を強調し、ゆりの顔が引きつっていた。
城の周りには庭園などもあるが、離れた所は高い塀で囲まれている。城には北側にだけ大きな門があり、馬車などはそこで
受付や荷物の確認などをして中に入ることになっていた。一族の者ならば確認なしに入れるが、一族以外の者はそこで受付を済ませる決まりである。
そこにいつもの洗濯屋の馬車がやってきた。
使用人の服は大量にあるので、城だけではなく、北の街にも運ばれて洗われているのである。
「ん？ いつものケッペルはどうした？」
御者はいつもの男ではなかったので、門番が問いただしていた。
「風邪をひきましてね。私が代わりにきたんですよ」
中年の小太りのはげた男である。人がよさそうな顔をしていた。
「体調が悪い時は、奥方か息子が来る決まりだろ？ お前を入れるわけにはいかんな」
「そうですか。では服だけ持って行っていただけますか？ 私はここでおいとましますので」
男は馬車から降りて、荷台からクリーニングされた服が入った籠を３つ下した。
「しょうがないな」
門番は籠を受け取ることにした。
「実は私ここに来るのは初めてなんですよ。少しだけでいいから城を近くで見たいんですが、お願いします」
男は門番に頼み込んでいた。
「だめだ。だめだ」
「なら、ここからちょっとだけ城を眺めるだけにしますから」
「ちょっとだけだぞ。門には入るなよ」
「はい」
男は門の外からじっと城を眺めている。門番は後から来た馬車の相手をしていたので、男はそっと門の中に入ろうとした。
その時である。石門の上の部分に掘られている大きな石の蛇の瞳が光り輝き、何かが放たれた。
「ぐえ！」
男は短い悲鳴をあげてばたりと倒れてしまった。
驚いたのは二人の門番である。近づくと、男はすでに死に絶えていた。
「死んでる」
「何があったんだ？」
男の体を上に向けると、肩に傷あとのようなものがあった。焦げているようである。
周りをみたが、誰かが攻撃した様子もない。
「敵だったのかもな。どなたかが攻撃されたのかもしれない」
「危ないところだった」
門番二人は門のあたりをうろちょろしていたが、石の蛇はまったく反応することもなく、二人もまさか毎日見上げている石の蛇の仕業だとは
夢にも思わなかった。
この件は上に報告された。
その一時間後、北の街のある倉庫の中で、縛られた状態で洗濯屋の主人ケッペルが発見された。誰かに襲われたという。
やはり代わりに来た男は敵だったようである。
一体誰がその男を殺したのか、王の間に話をもってきたフリットにもわからなかった。
「誰に聞いても知らないというんですよね」
「そうか。私でもないしなあ……」
ラクシュミは（もしやドルイドが？）とも思ったが、昼間からドルイドが出てくるとも思えなかった。
「まあ、敵が死んだんだからいいがな」
「そうですが、すっきりしないですね」
結局、この件は解決しなかった。
死んだ男は敵には違いなかったが、龍がらみの敵ではなかった。
アシュランが昨晩城にやってきた際、門にある蛇に、自分を信仰しない者を攻撃するように細工をして去ったのである。
それが早々役に立ったというわけだった。
ゆりに職務怠慢だと言われてその気になったのかどうかは定かではないが、これで異教徒が門をくぐることはできない。
門の蛇は表側と裏側にもいた。正門以外から入った異教徒には、門の内側の蛇が反応する仕掛けになっている。
この世界には、闇の神々を信仰しながらもあえてこの世界で暮らす者達も存在しているのである。
彼らの多くは、闇の世界の者の手下となって働く者達だった。
神々にとってはやっかいな存在だが、全てを撲滅することはできない。
アリアスは門の仕掛けに気づいて、「面白いことをした」と言ったのだった。神としてはあまりあからさまなことはできないが、
前回は向こう側が約束を破ったのだ、これくらいの牽制ならばしてよいだろうとアシュランも思ったのだろう。
夕方、ゆりの部屋にはヴィラがやってきていた。門での騒ぎもここまでは届いてはいない。
「どうしてこの石は７個なんですか？」
木箱を見せてもらったヴィラがゆりに聞いた。みな疑問に思うことである。
「いいことをしたら増えるのかもね」
ゆりはみなに同じように答えていた。
「いいことですか。なんだろう？ 神様の子供を作れば増えるとか？」
ヴィラがずばりあてて、「え？」とゆりはのけぞっていた。
「なんでわかったの？」
「いいことって、他にあります？」
「いや、他にもいいことしてるはずだけど……」
だがゆりも、子供を産む以外では何もおもいつかなかった。ちなみに、ラギにもずばりあてられている。
「今まで王妃がガーベラになって産んだ子供が７人でしたっけ？」
「実は、最近偶然に妖精が７人も生まれて、それでくれたの」
「それは初耳ですね。どなたと仲良くしたんですか？」
ヴィラが当然のように聞いた。
「違うの。偶然できたの」
「どういう偶然です？」
「えーと……」
ヴィラはゆりの耳を軽く引っ張っていた。
「まったく、王妃はどこに行っても元気ですねえ」
「そういうわけじゃないの。あっちではそんなことばっかりしてないんだけど……」
といったものの、最近はそういうことばっかりしてたので、ついゆりの語尾も小さくなっていた。
「がんばってハロルド様の子供を増やしてください」
ヴィラがそっけなく言った。
「えー」
その時ゆりの左目が蛇の目に変わった。
「ねえ、宝石を掘るのが得意な人、誰か知らない？」
蛇の目のゆりはヴィラに聞いていたのだった。
神の国では、ゆりの石像はジェラルド工房の職人たちによって工房の外で掘られていた。
大まかな形はすでに出来上がり、今は石をなめらかにする仕上げの段階である。
「素敵な石像ができそうねえ」
今日は女神ガーベラが見物に来ていたので、職人たちの手もあまり進んでいなかった。
ガーベラは嬉しそうに石像を眺めている。一緒に来ていたクーリーフンは、離れた所にいる職人に近づいた。以前イシュタールが修行中に話をした、
蛇の国出身だといった男である。
「あなたも手伝ったの？」
「私はそちらは不得手でして、残念ながら」
「そう。王妃様、想像と違うんじゃない？」
クーリーフンはこっそり聞いていた。
「え？ いえ……」
男はちょっとどきりとした顔つきだった。石像の顔も、かなりはっきりしてきている。
「なんか違う世界から来た人なんだってさ。だからこの国出身の人じゃないんだ」
「そうだったんですか」
男は納得した顔つきだった。
「まあ、面白い人だよ」
クーリーフンはついゆりのお尻をみたことを思い出していた。
「私は長いことここにいますが、自国の王妃が掘られるのを見るのは初めてですよ。なんだかとてもうれしくて……」
男はちょっと涙ぐんでいた。一度目はミッケルがついたてを立ててこっそりと掘っていたので、彼は最初の石像を見てはいなかった。
ガーベラが石像に接近していたので、職人たちは完全に手を止めてしまっていた。メロメロ波動にやられてぼんやりしてしまっている。
「お母さん、そろそろ行こうか」
クーリーフンが声をかけた。
「えーもうちょっと見たい」
「完成したら見せてもらえば」
「うーん」
「それじゃがんばって」
クーリーフンはガーベラを抱いて飛んで行った。ガーベラの残り香が消えて、ようやく職人たちは再び手を動かしだした。
「異世界から来た王妃様か……一体どんないきさつがあって王妃になったのだろう……」
石像から推察するに、今の王妃は結構地味な外見であるようだ。だが、この場で二度も石像が掘られるなど、普通の王妃ではありえないことである。
「きっと素晴らしい王妃なのだろうなあ……」
神々が気に掛ける王妃とはどのような王妃なのか、今の王妃を誇らしく思いながら、男は石像を見つめていたのだった。
つづく
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