第46話
神の国にて、風の神ウィルはダーナの神殿にやってきたのだが、部屋の中は妖精でいっぱいだった。
今日はいつになく人が集まっているようだ。ダーナの神殿は、女神の神殿の中でも大きな方である。いつもだれかしら妖精がいたりするのだが、
今日はざっと数えて３０人もの妖精達が部屋の中にいた。ダーナを取り巻く妖精達、楽器を演奏する妖精達、雑談している妖精達がいる。
ダーナの子供妖精ばかりかと思ったら、部屋の奥で楽器を演奏している妖精に交じり、愛の妖精シャリィもいた。
シャリィは鈴か何かをシャンシャン鳴らしている。愛らしい妖精なので、どこにいってもシャリィは歓迎されている。
どこか色っぽいのに超無邪気な所は、クーリーフンに似ているようである。
ウィルはソファでくつろぐダーナに近づきたかったが、周りを７人の虹の妖精達に囲まれていて近づけなかった。
男の妖精はこの７人で、他の妖精は全員女性である。
「こら、お前ら邪魔」
ウィルが７人に言うと、７人がそろってウィルにアッカンベーをした。
「生意気な……」
「いいじゃないか。僕らずっとダーナにひっつきたかったんだから」
「ねー」
「かわいい」
ダーナは両隣にいる妖精の頭をなでていた。ダーナは突然できた７人の息子をかなりかわいがっていた。恋人たちが煙たがるほどである。
７人は何千年も虹から出られなかったというのだから、ダーナが同情してかわいがるのも無理はないことである。
「顔が似てるんだから一人でいいのに」
ウィルは毒づいている。
「かわいいじゃない。いっぱいいる方が楽しいわよ」
とダーナ。
「こんなにいたら邪魔だろー？」
「そんなことないわよ。ところであなたたちの名前はどうしようかしらねえ。アリアスは適当につければって言ってたけど」
７人の名前はまだ未定らしい。
「色で呼んでくれればいいんじゃないのかな？」
黄色い妖精が言った。
「色で？ 赤とか青とか？ それじゃ本当に適当すぎない？」
「僕ら名前にはこだわらないのでいいんです」
「そういわれてもねえ……」
ウィルが邪魔そうに妖精たちを見ていると、緑色の妖精がウィルの側にきて、しゃがむように指示した。ウィルがしゃがむと、妖精は耳元でぼそぼそと
何かを言った。
ウィルの表情がはっと変わった。
「そうだよな。ずっと虹に閉じ込められていたんだもんな。しばらくはダーナに引っ付いてもしょうがないな」
ウィルはころっと主張を変えて、楽器を演奏している妖精の元に移動していた。
「何をいったの？」
ダーナが聞いた。
「何も？」
緑の髪の妖精はにこにこしている。
（なんてやばい奴らだ……）
ウィルは心の中でつぶやいていた。
『前に風の女神と仲良くしてるのを見たよ』
先ほど緑の妖精につぶやかれたのはこのことだった。あの虹がかかった滝の側で、他の女神にせまられた記憶がウィルにはあった。
アリアスやジュライほどではないが、ウィルも神格が高い神である。たまにもてることだってあるのだ。
女神に引っ付いて口づけをされたのだが、それはウィルがしたわけではない。ふいに相手にされたのだ。
だが、ウィルはそんなことをダーナの耳には入れたくはなかった。自分は浮気しない男だと思われていたいのである。
「歌を聞かせて〜」
青色の妖精にせがまれて、「いいわよ」とダーナは歌を歌いだした。すると妖精達の演奏はダーナの歌に合わせられた。
美しい歌声に他の妖精達はうっとりしている。ウィルも身体が浮いたままぼんやりと歌声を聞いていたのだが、近くをちらちらとピンクのハートが飛んできて、
ウィルは驚きのあまり地上にお尻をついて落下していた。
「いてっ！ びっくりしたーなんだあ？」
どうやら愛の妖精シャリィが飛ばしたようである。
シャリィは投げキッスをしてピンクのハートをまた飛ばしていた。ハートはふわふわ漂っている。
「何を飛ばしてるんだ？」
ウィルはハートが飛んでいくのを眺めている。
手の空いていた妖精がウィルの腕をつかんでいた。
「あれ、受け止めてみてくださいよ。どうなるか見たいです」
「私もみたい」
「冗談じゃない」
ウィルは部屋を出て逃げていった。
「ウィル様のいくじなし」
「愛の妖精だから、あれを受けたら恋をする効果があると思うんだけどね。クーリーフン様が受けたらどうなるのかしら？ だれかに恋しちゃったりして」
女の妖精はふと思った。ここにいる妖精達も、クーリーフンのファンである。
「仲間でも効果があるのかしら？」
妖精達はひそひそ話をしていたのだが、ダーナがいつの間にか歌をやめて顔を向けていた。
「クーリーフンがなに？」
どうやらその名前が聞こえたらしい。
「シャリィのハートをクーリーフン様が受けたらどうなるかなって話してたの。さすがのクーリーフン様も誰かに恋をしちゃうかも？」
「あっそれいいかも。クーリーフンが私に恋をしてくれたら私は幸せ」
ダーナはうれしそうな顔で言っていた。
「誰も母さんとくっつけようなんて言ってないけど」
「お母さんったらまだクーリーフン様に未練があるの？」
娘の妖精達はちょっと引き気味である。
「いいじゃない。妖精の力ならそんなにすごい効果はないだろうし、ちょっとくらいいい思いがしたいの！ 神の国で一番美しい女神として、一度くらいクーリーフンを
うっとりさせたいのよ」
ダーナは真顔だった。なにせ、ずっと前からクーリーフンにアプローチしてきたダーナだったが、クーリーフンはダーナの裸を見てもなんとも思わないのである。
「でた、強気発言」
「でもそういうお母さんが好き」
「というわけで、シャリィ、協力してちょうだい。うまくことがいったら、何かお礼をするから」
ダーナは極上の笑みを浮かべてシャリィに近づいていた。シャリィは意味が分かってるのかわかってないのか、きょとんとしている。
「なんか面白そう」
「がんばれー」
「僕たちも応援するよー」
７人の妖精達もやいのやいの言い出した。
「じゃあ計画を立てましょう！」
ダーナはがぜんやる気になっていた。
「久々に燃えてるわね」
「最近閉じ込められてばっかりだったからむしゃくしゃしてるのかも？」
「確かに、最近面白いこともなかったし、こういうのもいいかも」
シャリィは勝手に神殿を出ていこうとし、妖精達に止められていたのだった。
蛇の国の王妃の部屋では昼過ぎ、蛇の目のゆりが、宝石が入っているであろう石の塊をしゃがんでじっくり眺めていた。
先ほどやってきたヴィラが、「石には掘りやすい方向ってのがあるようで、石の目にそって力を入れれば、割れやすかったりするようですよ」
といったので、石の目とやらを探していたのだった。石の塊がこの部屋にやってきて、もう３日経っている。石の形は、ちょっとしか変わっていなかった。
まだまだ宝石までたどり着けそうにない。
さすがのゆりも一日中石を掘ってばかりもいられないので、朝一時間ほど掘っている程度ではあるのだが、慣れないことをすると身体の節々が痛くなる。
宝石が掘るのを得意な男をここに連れてこようと思っても、一族の男にはいなかったので、連れてこられなかったのである。
ヴィラは職人から助言だけ聞いてきたのだった。
蛇の目のゆりは石をじっくり眺めていたが、石の目を探せと言われてもさっぱりわからない。
「どこが目なの？」
「さあ、わかりません」
ヴィラはあっさり答えた。
「もーそれじゃわからないじゃないの」
ゆりはしゃがんだままでむくれていた。
「力で石を切断するなら簡単なんですけどねえ」
「それじゃ意味がないの。私が掘らなきゃ」
今部屋にレーヌはいなかった。他の部屋で侍女が世話をしている。誰もいなかったので、ヴィラはゆりの横にしゃがんでいた。
「ねえ王妃、しばらく変でしたよね？ なんで変だったんですか？」
ヴィラはこっそり聞いていた。
「私が？ いつの話？」
蛇の目のゆりはさっぱりわからないという顔で聞いた。
「あなたが、というかあっちの王妃が変でしたよ。そうだ、石像がいなくなるちょっと前から」
「どう変だったの？」
「うまく説明できないんですけど……いつもの目と違ってたような……」
「気のせいよ。ねえ、ヴィラ、あっちに行こうよ」
ゆりはヴィラの質問は聞き流し、違うお誘いをしていた。
「王に怒られるから無理です」
ヴィラは眉をぴくりとも動かさなかった。
「今日なら侍女も忙しいから、ばれないって」
「ばれますよ」
「今日はいろいろしてもいい気分なのになあ」
ゆりは残念そうだった。
「どこまでいろいろしてくださるんですか？」
「どこまでってそれは……」
その時侍女が顔を見せた。
「すいません。この部屋お掃除してもいいですか？」
「いいわよ」
今日は大がかりな大掃除の日だった。侍女は総出で朝から掃除をしているのだ。廊下はあわただしく侍女が行き来している。
これで別室を使うもなにもないものだ。
二人が部屋を出ていこうとするとラギとロイがやってきた。
「お母さんの部屋を探そう」
「僕がみつけるぞー」
ロイは一目散に寝室に向かった。
「何を探すの？」
蛇の目のゆりが聞いた。
「お守りだよ。僕の部屋に一杯あったんだよ」
ラギが説明し、ゆりは「何のお守り？」と聞いた。
「知らない。ミカエルが、たぶんマリカが置いたんじゃないかっていってたよ。お母さんの部屋にもあるかなあって思って」
「そうなの？」
「母様のベッドの下にはないなあ」
ゆりが寝室をのぞくと、ロイはゆりのベッドの下に潜り込んでいた。
「そんなところにあるの？」
「僕のベッドの下側にあったんだよ」
とラギ。
「マリカって、突然いなくなったメイドのことですね」
ヴィラが言った。マリカが神官見習いだったらしいとは聞いていたが、一部の人間しか知らないことだった。
「楽しいメイドだったのにね。信心深い人だったのかな？ お守りをあちこちに置くなんてさ」
「マリカ……」
ゆりはぽつりと言った。
マリカは癒しの泉から出ることができたのだろうか。ゆりはそれが気になっていた。
「お守りがいっぱいって、どれだけあったんですか？」
ヴィラがラギに聞いた。
「僕の部屋には５個。他のみんなの部屋には一個だった。どうして僕だけ５個なんだろう？」
ラギはそこが疑問だったようである。
蛇の目のゆりはヴィラと一緒にラギの部屋に向かった。ラギの部屋はもう掃除済のようだ。机の上に、木のつるで編まれたような丸い模様がいっぱい
あった。大掃除で発見されたらしい。
「マリカはどうして突然いなくなっちゃったのかなあ？」
ラギがお守りをみながらつぶやいていた。
「きっと突然用事ができちゃったのよ」
とゆりはお守りを手に取って眺めていた。魔法陣のような細かい模様が編まれている。
「こっちは黒い羽がついてますね」
丸い模様に黒い羽がついているものが二つあったので、ヴィラが手に取って眺めていた。
「羽根つきは僕のベッドの下にはっつけてあったんだよ。いつ貼り付けたのか知らないけど」
「へー？」
「それで他のは本棚と机の裏にあったんだ」
「アナスターシャ様やシス様のお部屋にもあったんですか？」
ヴィラが聞いた。
「みんなのベッドのマットレスの下に一個づつあったんだよ」
蛇の目のゆりは、なぜマリカがラギの部屋にだけいっぱいお守りを置いたのかを考えて、その理由を思いついた。
『金色の瞳を持つ人間には手を出せない決まりなの』
あの夜、闇の世界から来た女はそう言っていた。
金色の瞳には、あっちの者が狙えない効果があるのだろう。マリカは、ラギの瞳が金色ではなかったから、ラギの部屋に大量のお守りを置いておいたのだ。
レーヌがもし金色の瞳だったのなら、あの女も狙うことはできなかったというわけである。
「それ、元に戻しておきなさいよ。せっかくのお守りなんだから」
ゆりが言い出した。
「戻すんですか？」
ヴィラが聞いた。
「これ全部部屋のどこかにおいておきなさいよ」
「えー全部？」
「全部」
ゆりはお守りを持って勝手にラギの寝室に行き、マットレスの下に入れたり、本棚の裏に置いたり、しまいには棚の上に飾ったりしていた。
「いや、そんなに飾らなくても……」
「残りは他の部屋に戻しておいて」
「わかったよ」
ラギは渡されたお守りを持って部屋を出て行った。
「王妃はマリカと親しかったんですか？」
ヴィラが聞いた。
「そうじゃないけど、あのお守りには効果があるような気がするの。だからよ」
「そうですか」
マリカとじっくり語り合うことができず、それがゆりには残念だった。いつか、またマリカに出会いたいものである。
夕方、黒目のゆりは自分の部屋の大掃除が終わり、部屋でくつろいでいた。もう少しで夕飯という時刻である。
ジュノーが部屋にやってきた。
「王妃、この前いただいたグレープフルーツなんですが……」
「ああ、おいしかった？」
ジュノーは下げていた袋の中から黄色い丸い物を取り出した。それは２０センチほどのボールみたいな黄色い物だった。
「何それ」
「グレープフルーツですよ。彼女がもったいなくて食べずにおいておいたら、こんなにでかくなったんです」
「ええ？！」
ゆりはジュノーから丸い物を受け取ってみた。ずっしり重い。
「なんでこんなになったの？」
「これ、神の国からもらったものなんですよね？」
「うん。そうだけど……これだけでかかったら、食べごたえがありそうね」
グレープフルーツというよりは、ザボンみたいである。
「食べてみたら？」
ゆりはでかいグレープフルーツをそっと差し出した。
「えーそれはちょっと……というわけでお返しします。王妃のお気持ちだけ受け取っておくと彼女が言ってました」
ジュノーは両手で制していた。
「別に食べても害はないと思うけど」
「なんだか怖いですよ」
「もっと大きくなるのかしら？」
「かもしれないですよ。育ててみたらどうですか？ 楽しいことがあったら教えてくださいね。それでは」
ジュノーはさっさと部屋を出て行った。
「育てる？ 卵みたいに？」
グレープフルーツの中身は、果肉だけのはずだが、神の国の物だけに、何か特別な実が混じっていたのかもしれない。
「卵みたいにあっためたら大きくなったりして？ まさかね」
そう思ったが、ゆりは夜寝るときに、グレープフルーツを抱いて寝てみた。
すると夢で神の国にこれたのだが、太ももの上にはでかいグレープフルーツが乗っていた。
「うわっこっちに来るなんて……もしかしたら、神の国に戻ってきたかったのかしら？」
しかも、グレープフルーツは心なしかまたでかくなっているようである。
「よいしょ」
ゆりはグレープフルーツを抱えたまま立ち上がり、周りを見た。
地面はやけにふわふわしている。ここは空の上の神殿がある雲の上だった。ガーベラは何かの用事でここに来ていたのかもしれない。
神殿の中に入るところだったのか、用事が終わった後なのかはなぞだ。
「どうしよう。これ……やっぱり元の場所に戻すのが一番よね」
となればアリアスの神殿である。だが、アリアスは恋人ではないのでびゅっと行くことはできない。
ラーズのところに飛んで連れて行ってもらおうか、と思っていたら、神殿からグレンが出てくるのが見えた。
グレンはこちらに気づき近づいてきた。
「それはなんですか？」
どうやら両手で抱えていた黄色い丸い物が気になったようだ。
「これ？ グレープフルーツよ。ねえ、アリアスの神殿まで行きたいんだけど、連れて行ってくれない？」
「いいですよ。グレープフルーツ？ こんなに大きなものは初めてみましたよ」
ゆりはグレープフルーツを抱えたままグレンにだっこしてもらって飛んだ。グレープフルーツはますます大きくなっているようだ。
グレンも奇妙な表情で見ている。
「なんだかすいかみたいになってきたわねえ」
「奇妙な果物ですね」
「そうよね。食べてみる？」
「遠慮します」
グレンにとっては、こうしてガーベラの体を抱いて飛ぶのは久しぶりのことだった。だからといってうれしそうな顔もしなかったのだが、内心喜んでいるに違いない。
光り輝く大きな神殿が見えてきた。太陽の神殿である。
グレンは地上でゆりをおろすと、「では」と言って去って行った。
「どうもありがとう」
ゆりはグレープフルーツを抱えたままアリアスの神殿の中に入って行った。神殿の中にはアリアスはいなかった。女の妖精が３人いるだけである。
「あら、ガーベラ様」
「どうかなさったの？」
その中の一人がゆりの身代わりをしたビアンナだったが、ゆりにはわからなかった。
「ちょっとアリアスに用があるんだけど、近くにいるかしら？」
ゆりはグレープフルーツを椅子に下して聞いた。
「探してきますね」
「ちょっと待っていてくださいね」
３人の妖精は出て行き、ゆりは部屋の中をきょろきょろと見まわしていた。アリアスの神殿に来るのは二度目である。
さすが神格の高さを感じさせる立派な神殿だった。部屋の中は光が取り込まれて光り輝き、他の神殿にはないような飾り物が多数置かれている。
部屋をしきる布の色は太陽を表す暖色系の色でまとめられていた。客が多いのだろう。椅子やソファも多めである。
テーブルの上にはオレンジなどの丸い果物が入った籠がおかれていた。
部屋の隅には大理石でできたダーナ像が置いてある。ダーナは優雅にたたずんでいる。
「素敵よね〜〜ほしいなあ〜〜」
ダーナの美しさをかなり正確に表現している像である。きっとジェラルドの作だろう。ダーナ像に見惚れていると、「ガーベラ？ 何の用だ？」
と声がかかった。振り向くと、オレンジ色の長い髪のアリアスが部屋に入ってきていた。今日も頭の上に太陽の形がついたわっかが浮いている。
アリアスは見るからに暖かそうで、目つきも穏やかで話しやすそうな神である。ローブ状の服を着ているのでさらに神秘的に見える。
「あのね、この前グレープフルーツをもらったでしょ？ 置いておいたらあんなにでかくなったの」
ゆりは椅子を示して、自分でぎょっとしていた。グレープフルーツは直径３０センチほどになっている。先ほどよりもさらに成長したらしい。
アリアスも見て驚いていた。
「これがグレープフルーツ？ まさか」
「本当よ。だんだん大きくなるの。アリアス、ちょっと中を見てみたら？」
ゆりは自分ではしたくなかったので、アリアスに提案してみた。
「うーん……不気味だな……大きくなって妖精でもでてきたりしてな」
アリアスはグレープフルーツを両手で触れていた。
「え？ 妖精？」
ゆりの目がきらりと輝いていた。
「今度はグレープフルーツに閉じ込められちゃったの？」
「さあ？ まあ今回は何千年も前の話じゃないだろうが……本当に妖精がいるのかな？」
アリアスは自分で言って半信半疑のようだ。妖精が生まれると聞いては、意地でも関わりたいゆりは、どうすれば妖精が出るのか考えていた。
「ねえ、ちょっとあっためてみたら？ もっと大きくなるかも」
「そうだな」
アリアスが両手でグレープフルーツをなでていると、グレープフルーツはさらにでかくなった。
これは絶対妖精だわ！ やったわ！ 早くも石をもらえるなんて！！
グレープフルーツはさらにでかくなって止まった。
妖精！ 妖精！
ゆりがわくわく顔で注目していると、やがてグレープフルーツの真ん中あたりに、横に割れ目が入った。
「おっ！」
「妖精が出る？！」
二人がじっと見ていると、グレープフルーツの上半分が上にあいた。
中からわっとオレンジ色の何かが飛び出してきて、ゆりは思わずアリアスの後ろに隠れた。
「きゃっ、な、なに？ 何が出たの？」
「どこかに行ってしまった」
ゆりがそろりと後ろからグレープフルーツをのぞくと、グレープフルーツは綺麗に皮だけになっていた。
「どこにいったの？ 妖精じゃないの？」
「違ったようだな」
アリアスは中から出てきた物がどこにいったのか、きょろきょろと神殿の中を探している。ゆりは怖かったのでアリアスにひっついて一緒に移動していた。
「いないな。出て行ったのかな？」
「一体何がでてきたの？！」
「よくは見えなかったが……それはいいとして、ガーベラ」
アリアスはさっと女神の背中に腕を回していた。
「どうしたの？」
「いい匂いをかいでる内にそういう気になってしまった」
「えー」
ゆりはあわてて離れていた。
「ガーベラ、今だけ愛し合おう」
「愛し合おうじゃないわよ。ダーナが見てるでしょ」
ゆりは迫ってこようとするアリアスの手を制している。
「いいんだ。ダーナはまたクーリーフンを追いかけてるし」
「えーだめだってば」
「いいじゃないか。ちょっとくらい」
「ちょっともいっぱいもだめなの」
ゆりがアリアスの手を拒否したりなんだとしていると、
「何してるんだ？」
別の声がかかってゆりははっとした。部屋の入口に、いつの間にかハロルドが立っている。
「ガーベラ、お前はなんでここにいるんだ？」
ハロルドは見るからに不機嫌そうな顔をしていた。二人は結構引っ付いていたので、あやしいと見えないこともない。
「私はグレープフルーツを返しにきただけなの。そしたら妖精が生まれそうだっていうから」
「妖精？ まさかアリアスと妖精を作ろうっていうんじゃないだろうな？」
ハロルドはとんでもない勘違いをしていたので、ゆりはぎょぎょっとのけぞっていた。
「違うわよ！」
「それもいいな。面白い妖精が生まれるかもな」
アリアスはあっけらかんと言っている。
「余計なことをいわないで。ダーナの前でそんなことするわけないでしょ？」
ゆりが部屋の隅に置かれていたダーナ像を見ると、なんとダーナ像が背中を向けていた。
「いつの間に」
「ハロルドだって何度もダーナの恋人だったじゃないか。だから別にいいじゃないか」
とアリアス。
「ダメに決まってるだろ。ほら、いくぞ」
ハロルドが不機嫌そうにゆりを手で呼んでいた。
「ところでここに何しに来たの？」
ゆりはハロルドに近づきながら聞いた。まさかゆりが来ているのを察してきたわけではないだろう。
「用事があってきたんだが……忘れた」
ハロルドはゆりの手を引っ張っていき、アリアスは「また来いガーベラ」と言っていた。
油断がならない神である。
「お前って女は……やはりアリアスとくっつく気だったんだろ？」
ハロルドは神殿を出ながらも不機嫌そうに言っていた。
「違うってばー私はそんなに欲求不満じゃないわよ」
「嘘つけ」
「本当にグレープフルーツを返しにきただけなのに……」
「自分で返しに来るな」
二人は神殿の外に出た。
「あら、モグリンどこに行っていたの？」
という女性の声が聞こえてゆりは顔を向けた。
「キキー」
二人の妖精の前にでかいリスのようなしっぽの大きな生き物がいる。
「しばらく見なかったじゃない。探したのよ？ あれ、なんだかべとべとするわよ？」
「洗ってきましょうね」
「キキー」
二人はでかいリスを連れて行った。猫よりもでかいリスである。
「あれ、リス？」
ゆりはハロルドに聞いた。
「リスっぽい生き物だな」
「オレンジ色してる。さっき出てきたのってあの子かな？ あれって普通のリスじゃないんでしょ？」
「神獣だな」
「じゃあやっぱりあの子がグレープフルーツの中にいたのかな？ やっぱり妖精じゃないのね」
石がもらえないのがわかり、ゆりはしょんぼりしていた。
「あ、用を思い出した。ちょっと行ってくるから、お前は絶対にここで待ってろ」
ハロルドは念を押すように言った。
「はーい」
ゆりは神殿の外にたたずんでいた。
石がもらえると思ったのに残念だわ……
あのグレープフルーツ、ジュノーの彼女が食べようとしたらどうなってたんだろう？
目の前をオレンジの塊がやってきて、ぷるぷると体を振るっていた。さっきの大きなリスである。
「モグリンおいでー」
ゆりが呼んでみると、「キキー」と鳴きながらモグリンがそばにやってきた。やはり姿はリスそっくりである。
「かわいいわね。グレープフルーツにどうやって入ったの？」
「キキ」
「気をつけなきゃだめよ」
モグリンはたったと走って行った。かなりのスピードである。
「ガーベラじゃないか、何をしてるんだ？」
上から声が降ってきた。空を見上げるとラーズが飛んできていた。
「あら、ラーズ」
「アリアスに用なのか？」
「用は終わったの。ハロルドが待ってろっていうから待ってるの」
「そうなのか？」
ラーズがそばに近づいてきて、ゆりは柑橘系の匂いをかいだ。
「なんかレモンの匂いがする？ レモン食べた？」
「新しい香油を作ってみたんだ。どうだ？」
「おいしそうで好き」
「おいしそうって」
ラーズは笑っている。
にこにこしているとチュッと頬にキスされた。ゆりは人間の時に頬にキスされたことを思い出し、ちょっとうれしい気分になった。
「なあ、一緒にどこかへいこう」
ラーズはゆりの手を握っている。
「でも、ハロルドに待ってろっていわれちゃって」
「無視すりゃいいって」
「ふふふ、だってあとが怖いし〜〜〜」
などと言っていたら後ろからハロルドがやってきた。
「ハロルド、ガーベラを連れて行ってもいいだろ？」
ラーズはハロルドに聞いていた。
「今日は私が先約だ、と言いたいところだが、この後用があるから好きにしろ。絶対に、外でするなよ？」
ゆりはハロルドの言葉にずっこけそうになっていた。
「あのね……」
「絶対だからな」
ハロルドは近寄ってきた白馬にまたがり、かけて行った。
「中ならいいのかな？」
ラーズが横でぼそりと言っていた。
「じゃあ私の神殿に行こうか。ガーベラ」
ラーズがゆりの肩に手を乗せた。
「え？ それはちょっと、それより私、やりたいことがあるの。あのね」
その時足元に何かが触り、ゆりはわっと足をどけていた。後ろを見ると、オレンジ色のでかいリスがいた。
「あ、モグリンじゃないか」
ラーズも知っているようだ。
「妖精が探していたけど、戻ってきたんだな」
モグリンはジャンプしてゆりに引っ付いてきたので、ゆりはモグリンを抱きとめていた。すっかり毛は乾いているようだ。
「でかいからやっぱり重い……でもかわいい」
毛のあるかわいい動物に飢えているゆりは、しばらくモグリンを抱っこしていたが、モグリンはうれしそうというよりは、なんだかつらそうな顔をしていた。
「あら？ どうしたのかしら？」
「なんか辛そうだなあ」
「こういう時はどうすればいいのかしら？」
「モグリンはアリアスの獣だからな。アリアスに渡そう」
二人は再びアリアスの神殿の中に入ったのだった。部屋に入ると、アリアスはソファに寝そべっていた。ダーナ像は再び前を向いている。
「ガーベラ、今度はどうしたんだ？」
ラーズが一緒だったので、アリアスはつまらなそうに聞いていた。
「モグリンが変だぞ」
ラーズが言うと、「あ、モグリン、かえってきたのか」とアリアスはようやく気付いて飛び起きていた。
「グレープフルーツの中にいたのこの子みたいよ」
「そうだったのか。どうしたんだ？ モグリン」
「キキ……」
モグリンは苦しそうな声をだした。ゆりは椅子に座ってモグリンを膝にのせて、お腹の方に触れてみた。なんだか膨らんでいるようだ。
「もしかして、出産するんじゃない？」
「出産？ 相手はモグレンか？ モグルンか？」
アリアスが慌てて聞いていた。
「モグロンじゃないのか？」
とラーズ。どうやら、似た獣がいっぱいいるようである。
「女の子だったんだ。がんばって」
「キキ……」
モグリンはしっぽをぴんとあげて力んでいる。
「ラーズ、綺麗な布をもってきて」
「ああ、わかった」
ラーズは勝手に神殿の奥の部屋に行き、適当な布をとってきた。
「それは私の下着だが……」
とアリアス。
「まあいいじゃないか。モグリンのためだ」
「がんばって」
ゆりもつい力んで応援していると、やがて、モグリンのお尻の方から赤ちゃんがでてきた。
「やった、出た！」
ゆりは赤ちゃんが落ちないように手で支えていた。
モグリンは身体の向きを変えて赤ちゃんをぺろぺろなめている。
「あ、もう一匹出る！」
ラーズが言った。
３人の神が見守る中、モグリンは二匹の赤ちゃんを産んだ。赤ちゃんを布で綺麗にしてやると、赤ちゃんは「みゃうみゃう」いいながら口を開けていた。
おっぱいがほしいようである。
やがて妖精達がやってきてモグリンの寝床の用意をしてくれ、親子はそちらに移動した。赤ちゃんはモグリンのおっぱいにひっついている。
元気そうだったのでゆりはうれしかった。
「ガーベラ、服を着替えなきゃな」
ラーズが言った。
ゆりの服はモグリンの出産でよごれていた。
「ガーベラ様、すいませんでした」
妖精達が申し訳なさそうに言った。
「ううん。貴重な体験ができたわ。じゃあねモグリン、子育てがんばってね」
ゆりはラーズと神殿を出て行った。
「ガーベラの膝が気持ちよかったのかな？」
ラーズが言った。
「そうなのかしら？ アリアスうれしそうだったわね」
「そうだな」
女神の体がふいに下に沈んで、ラーズがびっくりした。
「ガーベラ！」
ラーズが女神の体を抱き起すと、女神は目を開けた。
「突然どうしたんだ？ びっくりするじゃないか」
ガーベラは自分の服についた血を見て、「きゃっ」と驚いていた。
「びっくりした。怪我じゃないわよね？」
「モグリンがガーベラの膝で出産したんだよ。今さっき、忘れたのか？」
「モグリン？ そうだったわね」
「とにかく行こう」
ラーズはガーベラの体を抱き上げて飛んで行った。
ガーベラの違いにさすがに気づいたラーズは（変わるのはいきなりなんだな……）と驚いていた。
ガーベラはラーズをじーと見ている。
「何か聞きたいことがあったら聞いてもいいのよ？」
「別にないよ」
ラーズは微笑んで返した。
人間界では夜明けだった。
「あー別の意味で興奮したわ！」
ゆりは飛び起きて部屋の木の箱を開けてみたが、やはり石は増えていなかった。
「モグリン、かわいかったなあ……リスを飼ってみたいけど、やっぱり無理よね」
ゆりは部屋にいた大きな蛇を見てあきらめたのだった。
その後、ガーベラの神殿には太陽の神殿から大量のオレンジとグレープフルーツが届けられた。モグリンの出産にかかわったお礼である。
「これ……」
ガーベラが部屋にいたクーリーフンに言おうとすると、
「もう喜ばないんじゃない？」
クーリーフンはガーベラの次の言葉を察して言った。
「喜ばないかしらねえ？」
「まさか中にモグリンが入っていたとはね。僕もびっくりだよ」
「どうやって綺麗に入ったのかしらね」
「まあ神獣だからね」
モグリンは出産準備のために隠れていたらしい。まさか姿を小さくして果物の中にいるとは、アリアスでさえ気づかないことだった。
お礼の果物は、恋人たちの神殿にわけられたのだった。
夕方、雲の上の神殿ではアシュラン主催の宴会が開かれた。ガーベラやダーナも来ていたが、ハロルドを見つけたラーズは側により、
「あの後興奮したよ」とこっそり言って離れたのだった。ハロルドは面白くなさそうに口をへの字に曲げている。
あんの、欲求不満女め……私に遠慮する、とかいう考えはまるでないな……
ハロルドはゆりに悪態をつき、酒をあおっていたのだった。
つづく
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