第47話

蛇の国の西の国境の向こう側は森が広がり、その奥は高い崖がそびえている。その崖の向こうを根城にしているのが蝙蝠の一族である。

彼らは夜行性のため、洞窟の中や崖の中をねぐらにし、昼間はめったに外に出ては行かない。

だが、たまに夜にオオコウモリに捕まって蛇の国にやってきたりもするため、西にある大きな街の商店の一部は夜開店し、朝になると閉まっている。

彼らの場所でとれる珍しい物と物品の交換などをしているのである。

国の国境は、戦士たちが力で飛ぶぎりぎりのラインで、それを超えると、国の保護する力がなくなるため、戦士たちはめったに国境の外に出て行くことはない。

一般人も同様である。森に入れば熊も出るし、豹や虎に出くわすこともあるのだ。よっぽどの物好きでなければ、森の中で寝泊まりしようとは思うまい。


事が起こったのは、その国境の西にある森の中だった。森の中といってもさほど奥ではない。

簡単に木を組んで作られた小さな家に、８人もの中年の男が集まっていた。その半分の身なりは農夫のようなラフな格好である。もう半分は

びしっとしたジャケットにスラックス姿だった。

時刻は昼間、男たちの顔は苦渋に満ちていた。

「まさか、メラーがやられるとは、なぜわかったのだろうか」

「こちらの行動が読まれていたとはな……」

「ちくしょうめ！」

「どうする？」

男たちは顔を突き合わせて密談をしているようである。

「どうにかしてファリーヌ様の敵を取りたい」

闇の女神の名前が出た。彼らは、俗にいう異教徒たちである。普段はひっそりとなりをひそめている彼らだったが、ファリーヌがこの国に来て

傷ついたことを知り、何かしたくなったのだった。それでこの国に集まり、様子をうかがっているところに一人がやられたのだった。


この世界にいながらにして闇の神をあがめる理由はなんなのか。

見返りのためという者もいるだろう。アシュランに不服がある者もいるかもしれない。

むかし、もう一つ別の世界がある、ということを突き止めてそのことを詳しく調べようとした学者は、アシュランの怒りを買い、二度としゃべれず、字も書けなく

されてしまったのだが、それを知った闇の神は自らの世界にその学者を連れ去った。その者は闇の司祭となり、死ぬまでアシュランを非難し続けたという。

『闇の神々も人間に影響を及ぼす神である。その神々をたたえることがいけないことなのか？』

『結局アシュランは人間たちを自分の都合の良いように洗脳しているだけだ』

異教徒の言い分も様々である。

過激な信者の中には、もう一度世界の覇権をかけて争ってほしいと闇の神に願う者もいるのだが、闇の神にはそうする気はないようである。

神々が争えば人間世界が混乱することは避けられない。闇の世界に暮らす人間たちでさえ、例外ではないだろう。

いまや人間がいてこその神々なのだ。もし、アシュランと闇の神が正面から争うとすれば、人間世界が崩壊した後に、ということになるかもしれない。


ここに集まっていた異教徒たちの中には、ファリーヌの命を受けて、王妃や生まれてくる子供のことを探っていた者も含まれていた。

「城の中に入るのは無理だな。危険すぎる。となればどうする？」

「こうなったら、噂を流してやるか。この国の王妃は闇の世界へ行ったことがあると」

「信じるかな？」

「それに噂を流せば、すぐ感づかれて、奴らがやってくるぞ」

奴ら、とは彼らにとっては敵を指している。この世界の神々の神官である。

「なら、このことを龍王に進言するってのはどうだ？　今は戦いの矛先は北を向いているが、話を聞けば再びこちらを責める気になるかもしれんぞ。

闇にわたった王妃をすえる一族なぞ、忌むべき存在だ、そういえばいい」

「そうだな……それも面白いが……」

その時、彼らがいた小屋の扉が乱暴にべきっと外された。そして中に小柄な女性が入ってきたのだった。

「あらごめんなさい。壊れちゃった」

女性は、悪びれもなく言っていた。

「お前は……」

「まさか！」

中にいた男たちがどよめいた。

「こんなところに小屋を作って潜んでいたなんて……えーと８人か。他に仲間はいる？」

女性は素早く男たちの数を数えていた。茶色い髪はポニーテールにされている。服装も茶色系統でスカートをはいていたが、腰には剣を指している。

ただの通りすがりの旅人ではないことは男たちにはすぐにわかった。その剣からは、光がもれていたのである。名前はリティア、以前この国に来たことがある

神官である。

「逃げろ！」

男たちは奥にあったドアから外に出た。だがすぐに倒れてしまった。裏手にももう一人いたのである。こちらは茶色い肌の黒髪の女性だった。

女性が男の顔に手をあてると、男はその場に崩れて寝てしまった。

「逃がさない。全員聖地に送還するわ。楽しい楽しい尋問が待ってるわよ」

「ぎゃー！」

二人の女性は両方から挟み撃ちにし、男たちを捕らえたのだった。

あたりには悲鳴が響いていたが、やがておとなしくなった。男たちの声が聞こえなくなり、外で待っていた男が小屋の中に入って行った。

金髪の長身で青い瞳、美青年だが神ではない。白いローブ姿で顔にもフードをかぶっていた。

「片付いたかね？」

男が聞いた。

「片付きました」

リティアが言った。男たちはみんな床に寝転んでいる。

「では私はこの者達を連れて帰るとしよう。君たちは、念のためひと月ほどはこの国に滞在してくれ」

「わかりました」

白いローブの男はさっと手をあげた。男たちの姿が瞬く間に消えて、男の姿も消えたのだった。

残った女性二人はふーと息を吐いていた。

「あークーガ様と一緒なんて緊張したー」

「本当にね。しかし、さすが瞬間移動も正確だわね。うらやましいわ」

先ほどの男も神官である。しかも、アシュランの神官戦士だった。神官戦士の中でも、あがめられる存在である。

今回の異教徒捕獲に、３人もの神官戦士が送られてきたのだった。２人で行動する彼らにとっては珍しいことである。

今回は失敗は許されないとの上からのお達しのためだった。


「マリカ姉さん、敵は取りましたよ……」

黒髪の女性は涙ぐんでいた。肌の色はかつてのマリカと一緒である。同じ夜の神官戦士だったのである。

「マリカさん、もう少しで帰ってくるんでしょ？　よかったね」

リティアが言った。

「でもアシュラン様の神官になっちゃうんだって。今までみたいに気軽に話とかできないのかなあ？」

「大丈夫じゃない？　それじゃこの小屋、壊すわよ」

二人は小屋の外に出た。リティアは「おりゃー！」と小屋に体当たりをかまし、柱をなぎ倒していた。もう一人の女性はちょっと離れて眺めている。

こういう力仕事はリティアの役目なのだ。しばらくすると、小屋はぺちゃんこになっていた。

「これでよし、まあ、仲間が捕まったんだから、他にもし仲間がいたとしても逃げると思うけど、とりあえず、近くの町や村の様子を探りましょう」

「そうね」

二人はその場を離れたのだった。



神の国では、ゆりの事件が終わってからは平和な雰囲気が続いている。

愛欲の女神ガーベラが鼻歌交じりに歩いていると、二人の妖精が近づいてきた。

「ガーベラ様、ちょうどよかったですわ。ダーナ様とディアメラ様が言い争っているんです」

「どうか止めてください」

「え？」

妖精に連れていかれると、確かに草原で二人の女神が言い争っている。

「何があったの？」

「パティウス様が悪いんですよ」

妖精が説明するところでは、ダーナにディアメラがからんできて、そこにパティウスが現れたらしい。

パティウスは「綺麗な方にあげる」と言ってキラキラ輝く花を一輪二人の間に落として行った。するとダーナとディアメラは花の奪い合いを初めてしまったという

わけらしい。

「うーん。あほらしいことで争ってるわね」

ガーベラはあきれていた。

「綺麗な方といったら私でしょ」

「私のよ」

花一輪を奪い合う女神を見れば、人間たちはがっかりしそうである。離れた大木に、ガーベラはパティウスが隠れているのを発見した。

困った悪ガキである。

ガーベラは二人の間に手を出して、すっと輝く花を奪った。

「しょうもないことで争わないの。間を取って私がもらうわ」

「ちょっと、勝手に入ってこないでよ」

ディアメラがきっとにらんでいた。

「そうよ。なんであなたがとるのよ」

ダーナはガーベラから花を奪い返していた。

「私のよ」

ディアメラはさらに花をダーナから奪っている。

「ははーん、さては、また誰かと戦いたくなってきたわね」

ガーベラはディアメラの様子に鋭く思った。また戦いたい虫が出てきたようである。

「そうよ。ガーベラが私と戦うというのなら、花はダーナに譲ってもいいわ」

ディアメラは認めていた。

「暇だからって喧嘩しないでちょうだいよ」

「そうよ。昼間は弱いだから寝てなさいよ」

とダーナ。

「うるさいわね。クーリーフンにずるい手を使おうとしたくせに」

ディアメラがずばりいうと、ダーナがたじろいでいた。

「何の話？」

ガーベラがダーナを見た。

「別にい」

ダーナは横を向いている。

「ダーナは鈴の妖精を使ってクーリーフンを自分のものにしようとしたのよ」

ディアメラは自分の妖精からその話を聞き、昼間やってきたのだった。そしてそれをとがめていたところにパティウスが飛んできたのである。

ダーナはクーリーフンを虜にする計画を立てていたが、なかなか実行されていなかった。

「鈴？　ああ、シャリィのこと？」

ガーベラはようやく思い当たった。

「それを聞いて阻止しにきたの。クーリーフンを独り占めになんてさせないわ」

「あなたは関係ないでしょ？」

とダーナ。

「関係あるわよ。私だってクーリーフンが好きなんだから」

「まだ狙ってるの？」

「そうよ」

ディアメラはしれっと言っていた。どうにでもダーナと張り合いたいらしい。

「まあまあ、もうどうでもいいからやめましょうよ」

ガーベラは面倒そうに言っていた。

「「どうでもよくないわよ」」

ダーナとディアメラは同時に言っていた。

「クーリーフンがダーナの毒牙にかかってもいいというの？」

とディアメラ。

「毒牙って、なんてことを言うのよ。そうだわ。こうなったら、どっちが綺麗かクーリーフンに決めてもらいましょう！」

ダーナの言葉に、周りにいた妖精たちがどよめいていた。

「それでもいいわよ。誰かクーリーフンを呼んできて」

ディアメラの妖精達が散って行った。

「……クーリーフンも困るだろうにねえ、かわいそうに」

ガーベラはぼやいていた。


しばらくしてクーリーフンがやってきた。かなり戸惑った様子である。いつのまにか妖精達が周りを取り囲み、ダーナとディアメラ派に分かれて

二人を応援していた。

「クーリーフン、どちらか、綺麗な方に花を渡してちょうだい」

ディアメラがクーリーフンに花を渡すと、クーリーフンはかなり困った表情をし、ガーベラを見ていた。ガーベラは両手を広げている。

二人の女神は綺麗に見えるようなポーズをとってクーリーフンを見ている。クーリーフンは花を綺麗に半分に裂いて、二人に渡した。

「どちらも綺麗だよ。どちらかなんて選べない」

「クーリーフンったら、そんな……」

とダーナ。

「クーリーフンったら、ダーナに遠慮しなくていいのに……」

ディアメラが言っていた。

「遠慮じゃないわよ。本気でそう思ってるのよ」

「違うわよ」

「そうよ」

二人はまたもや言い争いを始めている。妖精達は「がんばれー」と応援していたが、クーリーフンはそーとその場から離れて飛んで行ってしまった。

「大体あなた男いすぎよ。子供もいっぱいいるんだからもういいじゃないのよ。いつまで若い男を追い回してるのよ」

ディアメラとダーナは手を組んで押し合っていた。

「うるさいわね。クーリーフンは見かけが若いだけで大人になりたてじゃないんだからいいじゃないのよ」

「そんなだから浮気されるのよ」

「男を知らないあなたに言われたくないわよ」

「その辺でやめなさいよ〜〜〜」

だんだん喧嘩がエスカレートしていたのでガーベラがやんわりと止めていた。


離れた所では、パティウスが「どっちか選んだほうが面白かったのになあ……クーリーフンってばつまんないの」と愚痴ていた。

その背をとんとんとたたかれた。

振り向くと不愛想な顔をしたグレンがいた。

「ヒルデリア様がおよびですよ。また花壇を荒らしたでしょう」

「やば！」

逃げようとしたパティウスはグレンに強引に連れていかれた。それに気づいたガーベラは、「みっちり怒られなさい」と地上で言っていたのだった。


ガーベラが自分の神殿に帰ると、ソファにうつ伏せになったクーリーフンの腰を、シャリィがもんでいた。

「さっきのなんなの？　なんか疲れちゃったよ」

クーリーフンは口を尖らせている。

「ディアメラはただダーナと争いたかっただけみたいだけどね。ところで、クーリーフンは、シャリィのハートを受けたらどうなるの？」

ガーベラもそれは気になるところだった。

「どうにもならないんじゃない？」

とクーリーフン。

「クーリーフンがだれかに恋をしたら、それこそ一大事だけどねえ。シャリィもダーナに何か頼まれても聞かなくていいわよ」

シャリィはうなずきながら身振り手振りで何か言っていた。

「何？」

ガーベラが聞いた。

「クーリーフンはみんなのって言ってる」

クーリーフンは通訳していた。

シャリィはさらにクーリーフンに何か言っていた。

「ダーナのことどう思ってるか？　好きだよ。ダーナもディアメラも。僕がお母さんみたいだったら、男の神に恨まれてしょうがないと思うよ。

あ、そうだ。ジェラルド工房で作っていた石像ができたみたい。近々人間界におろすみたいだよ」

「本当？　すぐ見に行かなきゃ」

ガーベラはぱーと神殿を出て行った。


シャリィはクーリーフンに身振り手振りで話しかけていた。

「女性は誰が一番好きか？　お母さんだよ。僕は外見上は男だけど中身は中性的なんだよね。だから性欲がわかないんだ。

君は誰か好きな男いるの？」

逆にクーリーフンが聞いてみると、シャリィは首をかしげていた。

「まあお母さんが強烈だから、僕らはこれでいいのかもね」

クーリーフンは納得したように言っていたのだった。


つづく

戻る

目次