第61話
人間界蛇の国では例年通り梅雨の時期が過ぎて、今年最後の月に入った。気温もぐっと下がっている。
ゆりと子供達の一番の関心事は、へびっちとハザークの侍女の卵がいつ孵るかである。子供達は毎日そわそわしている。
「ハザーク様、後どのくらいで卵が孵りますかね？」
子供達は毎日のようにハザークに聞いていたが、ハザークにも分らないことだった。
「さあ、わからんな」
と毎回答えていた。
「なんだか元気がないです？」
シスはハザークの様子にそう感じたようだ。ハザークはちょっとうかない顔つきだった。
「ん？ いや、別に……」
「そうですか？」
「…………」
（やっぱり元気がないみたい？）
シスはそうそうにハザークの部屋から出て行った。
ミシェイラはクーリーフンの影響で笛を吹きたくなり笛をいろいろ買ってもらったものの、うまく弾けずにかんしゃくをおこしている。
子供用の笛だが、それでもまだ無理のようだ。
「すぐにうまくはならないよ。お母さんを見てごらんよ。30年経ってようやくうまくなったくらいさ」
とラギなどはゆりが気になる慰め方をしている。
「マーよりは絶対うまくなるはず」
ミシェイラは自信満々に言っていた。
「指がもうちょっと長くならないとね。オカリナなら指が届くかもよ？ とりあえずオカリナを吹いてみたら？」
とゆり。
「オカリナってクーは吹く？」
「もちろん吹くわよー」
ゆりは適当に答えていた。
「じゃあ吹いてみる」
「ママが持ってるの貸してあげる」
ゆりが前に練習していたオカリナを渡すと、ミシェイラはフーフー吹き出した。ちなみに耳がとてもいいレーヌは、こういうときにはさっさといなくなっている。
ゆりはミシェイラにオカリナの吹き方を教えていたが、ミシェイラはうまく弾けず、さっさとやめてしまった。やはり楽器を始めるにはもうちょっと大きくなってからのほうが
いいだろう。
へびっちの子供蛇は気になるところだが、ゆりが次に気にしているのは神の国で生まれた鳥たちである。もう結構大きくなっているはずだ。
（私の予想では、やっぱり白鳥かな？ 白鳥ってガーベラに似合うしねえ）
とゆりは白鳥をイメージしている。ガーベラに寄り添う白鳥たち、かなり絵になるではないか。
その夜神の国にいけたゆりは、さっそく側にいたクーリーフンに鳥のことを聞いていた。
「結構大きくなってるよ。サントスのところにいるんじゃないかな」
「ありがとー」
ガーベラの神殿にいたゆりは、さっそくサントスのところに飛んでいた。
カサンドラの神殿の側の原っぱに、サントスとネル、鳥がいた。
（お、おおおお！ この子があの雛！？ これは！）
あの小さかった雛が、今では20センチものでかさになっている。頭の上には飾りのようなものがちょんちょんとついていて、目は大きく、首がちょっと長くて、体つきは丸いが、いろいろな色の羽が
ちょんちょんついている。見たことがある姿だ。
（この頭、これってクジャクじゃん！ すごい、クジャクだ！ しかもすごくカラフル！ すごい！）
ゆりは心の中で絶叫していた。
（あの子、クジャクだったんだーすごい。感激ー）
ガーベラが何度も来ているだろうことを考えて、ゆりは声には出さずに、心の中で感動していたのだった。
「かわいいー日に日にかわいくなるわね。名前はどうしたっけ？」
「ジャックですよ。クジャクだったんでジャック」
ネルが言うと、クジャクは「ヒョーン」と声を出していた。
「クジャクでジャック。わかりやすくていいわね。もう一羽はどこかしら？」
「そこらの木ににいますよ」
サントスが言うと、近くの木からぴょんと飛び降りてとことこ歩いてきた鳥がいた。
（こっちは、ジャックと全然違うわ。えー猛禽類？ ハヤブサとか、鷹とかそっちっぽい）
真っ白な翼のその鳥は、まだそんなに大きくないが、キリッとした顔つきだった。翼も生えそろっていないが、ジャックとは体つきが違って首も長くない。
「おいでーシロ」
とネルが言うと、鳥はネルの元に移動して、ぴょんと飛び跳ねて抱っこされた。
（こっちは色で名前をつけたのね……鳥の種類がわからん）
「シロはキリッとしたハンサム顔ね」
ゆりが鳥の頭をなでなですると、鳥のシロは気持ちよさそうな顔をしていた。
「女の子ですけどね」
とサントス。
「女の子だっけ。この子どのくらい大きくなるかしら？」
「どうでしょうね。神獣はそれこそ新種の生き物といってもいいくらいなので、わからないです」
「一緒に生まれたのに全然違うなんてねえ」
「こんなに違うなんて珍しいですよ。クジャクが生まれたっていったらアシュランが喜んでましたよ。自分とこのクジャクとひっつけたいって」
「空の神殿にクジャクいたっけ？」
「クジャクはあそこまでは飛んでいかないですからね。地上の方にいるんですよ」
「そうなんだ」
鳥たちはどちらの神気が混じっているのか、これで明らかになった。派手なクジャクはラーズ、白い鳥の方はグレンだろう。
「神獣っておもしろいわね。サントスはそういうの生んだことある？」
「昔、神獣が出てきたことがありますよ。今も子孫達がいるんじゃないかな？」
「どこにいるの？ 私みたことあったっけ？」
「ガーベラが見たことはないんじゃないかな。みんな土の中にいるんですよ。時々作物を荒らしたりしてます。」
サントスは笑いながら言っていた。
「土の中、もしかして、もぐら？」
「モグウサギというんですよ。珍しい生き物で」
「モグウサギ？」
ゆりは耳があるモグラを想像していた。
「私もまだ見たことないんですよ。彼らは夜しか出てこないみたいなんです」
ネルが鳥をなでなでしながら言った。
「夜行性なんだ。モグウサギかあ……私とサントスの神気だとどんな神獣が生まれるかなあ」
ゆりがぽろっというと、サントスはちょっとびっくりしていた。
「わーお母さん、生んで生んでー」
ネルが喜んでいる。
「神獣っておもしろいからいっぱい生みたい」
「いっぱい育てたい！ でも、神獣もいいけど、私も兄弟がほしい！ 妹でも、弟でもいいから欲しいな」
「そうね。そうね」
ゆりとネルが盛り上がっていると、サントスはちょっと恥ずかしげに離れて行ってしまった。
（姿が変わってもああいうところを見るとほっとするなあ）
ゆりは昔のサントスを懐かしく思いだしていた。
（子供が生まれるのも楽しいけど神獣が生れるのも楽しいな。ハロルドとの神獣なら……クマとかでてきたりして。ハロルドにクマって似合うし）
ゆりは一人で想像して笑っていたのだった。
13の月１０日、ちょっと肌寒い日のことである。昼下がり、ゆりはハザークの部屋で竪琴を奏でていた。ハザークは心ここにあらずといった様子だったので、ゆりもちょっと
気になっていたが、部屋にシスがやってきた。
「母様、卵にヒビが入ったよ！ 生まれるよ！」
「お、おおお、ついに！？ ついに！？」
ゆりはおたおたしてハザークを見た。ハザークも目を見開いている。
「行きます？ 待ちます？」
「え……あー……」
「へびっちがみんな来いっていってる。いや、口では言ってないけどそんな感じで、みんな下にいるよ」
「じゃあ行きましょう」
「あ。ああ……」
「どうしたんですか？ 何か心配事でも？」
「う……うーん……いや、行こう」
シスはさっさと行ってしまい、ゆりはハザークと下の部屋に行った。
ベッドの上には卵が二個置かれて、周りには５人の侍女達と、人になったへびっち、子供達がいた。一個の卵にはヒビが入っている。
「「がんばれ、がんばれ」」
ミシェイラとレーヌは声援をおくっている。
子供達はどんな色の蛇が生まれるのか、期待満々といった様子である。
そしてとうとうヒビが割れて、蛇の頭がぬっとでてきた。
「わあ！」
蛇はそのまま外にすいすいと這い出てきた。綺麗な緑色の蛇である。
「ミーにきて！」
ミシェイラが手を出した。
「それはオスだ」
ハザークが言った。
「えー！ がっかり、じゃあニーもらう？」
ミシェイラがシスとラギを見た。
「ううん、この子には、自由な蛇でいて欲しいよ」
とシス。
「そうだね。もし人に入れたとしても、入らなくていいよね」
ラギも同意していた。
「じゃあもう一匹は？」
もう一つの卵はヒビもまだ入らないままである。
侍女達は大事そうに生れた子蛇を抱っこして回している。
「……ディオネ、あのな……こっちの子は……無理かもしれない」
ハザークが、かなり言いにくそうに言った。子供達もゆりも、「え？」と驚いている。
侍女達は、分っていたのか大ショックといった様子ではなかった。
「生命力がかなり弱い。なんとかしたいとは思ったが……すまん」
「……ハザーク様のせいではありません」
侍女の一人が言った時、へびっちは何を思ったのか卵を手に取り、くしゃっとつぶしてしまった。
「きゃあ！」
「へびっち！」
卵の殻の中には、薄い緑色の蛇がいた。姿はすっかり蛇の姿をしていたが、目は白くなっていた。
「あー！」
ミシェイラは泣き出してしまった。
「そっちはメスだったか。残念だ」
「やだー！ パパ生き返らせて」
ミシェイラは泣きながらハザークに訴えている。
「ミシェイラ……」
へびっちはハザークに子蛇を差し出していた。
「まだ間に合うか？」
ハザークは両手でその子蛇を包んだ。
皆が涙目で見守る中、ハザークは子蛇に気を与えた。だが、子蛇は元気に動くこともなかった。ほんの少しだけ動く程度である。
「生きてはいるが虫の息だ」
「へびちゃん、がんばって」
「がんばって！」
子供達が泣きながら声をおくっている。
へびっちはミシェイラの手に子蛇を押し当てた。
「へびちゃん、おいで！」
とミシェイラも手を出している。
（そんな強引な……）
とみんなが思ったが、やがて蛇はいなくなってしまった。
「あれ？ どこいったの？」
アナスターシャが聞いた。
「ひっついた！」
とミシェイラが喜んでいる。
「ええー！？」
ミシェイラの手の甲に確かに薄い蛇の姿が見える。
「すごい、強引にひっつけた……」
ナナミがつぶやいた。
「わーいわーい、おそろいだー！」
蛇がひっついたのでミシェイラは大喜びしていた。みんなぽかーんとしている。
「蛇弱いから強くなりそうにないね」
ロイがぼそっといい、ゆりはあわててロイの口を塞ぎ、シスとラギは「しっ！」とロイをにらんでいた。
「ママーありがとー！」
ミシェイラが侍女にお礼を言うと、侍女はうれしそうに涙ぐんでいた。
一晩経つと、ミシェイラの手にいる蛇は、色がちょっと濃くなっていた。蛇の瞳の色も、緑色になっている。
「子蛇の方がミシェイラから力をもらって元気になったんだな。よかったな」
ラクシュミが言うと、ミシェイラはうれしそうだった。
「かわいがるもん」
「そうか」
今までは子蛇に皆が力をもらっていたが、ミシェイラの場合は逆になったようだ。
「ミシェイラってほんといい子。かわいい」
ゆりはミシェイラを抱っこして頬ずりしている。
王の間にへびっちがやってきた。へびっちは両手に持っている蛇をラクシュミに見せている。緑の子蛇である
「お前の子供だろ？ 昨晩みたぞ。おめでとう」
ラクシュミが言った。
へびっちはおいでおいでと手招きしている。
「？」
へびっちはゆりを指して手招きしている。
「ゆりの部屋に行って欲しいのか？」
ラクシュミが聞くと、へびっちはうんうんうなずいていた。
「なんだろう？」
「さあな」
「ミーは遊びにいく！」
ミシェイラはいなくなり、ラクシュミがゆりとへびっちを部屋に移動させた。
「何があるのかしら？」
ゆりの部屋の中は別段変わったことはないようだ。
へびっちは長椅子の上で長くなっているルーの側に子蛇を置いていた。
「ルーに紹介してくれるの？」
へびっちはジェスチャーでラクシュミに何やら訴えていた。自分、子蛇、ルーを指している。
「……へびっちは、ルーはこの子の子供じゃないかと言ってるようだが」
「え？」
ゆりの目がまん丸くなった。
「へー、だからルーは特別な蛇なのか。なんだか納得だな」
ラクシュミはあごをなでている。
「ええ！ 一体どういうこと？」
ゆり一人混乱している。
「ルーは、この子蛇の子供か孫か知らんが、とにかくそういう関係だ、とへびっちは言ってる」
へびっちはうなずいていた。
「え……ええええええー！！！！！」
ゆりはかなり大げさにのけぞっていた。
「ってことは、ルーは私の蛇の血筋だってこと？」
「そうなるな」
「え……えー！？ ほんと？ ほんとなの？」
ゆりはへびっちに詰め寄っている。へびっちはうなずいていたが、どうにも信じられなかった。
「ハザーク様に聞いてみなきゃ！ つれて行って！」
ゆりはへびっちに言ったが、へびっちは瞬間移動はできないのでラクシュミにひっついていた。
「王様お願いー」
「ああ」
ラクシュミは蛇ごとゆりとへびっちを一緒に移動させた。
話をきいたハザークは、うーんとうなっていた。
「ハザーク様、本当なんですか？」
「さーそう言われてもなあ……我もびっくりだ。そう言われれば、確かにこの二匹の顔は似てるかもな」
ハザークはルーと子蛇を見比べている。
「ハザークも気づかなかったとは」
「当たり前だ。侍女がまさか子蛇を生むなんて思ってもいなかったからな。ルーが侍女の子孫だとすれば、我の血族ってことか。うーん。気づかなかったなあ。本当にそうなのか？」
ハザークはしまいにはルーに聞いていたが、ルーは、さっぱりわからんという感じでいた。
「気でわからないんですか？」
ゆりが聞いた。
「気といってもなあ。この子は完全な蛇にしか見えないからなあ……まあ、そうかもしれないし、違うかもしれない、という感じで将来を楽しみにしてればいいんじゃないか？」
ハザークはあいまいな感じで言っていた。
「そうだな。いずれそうなのかわかるしな」
とラクシュミ。
「なんだかすごい話になってきたわね……ルーが……」
ゆりはルーとの出会いから今までのことを思い出し、しばらくぼんやりしていたのだった。
10部終わり
ラギ ルーがこんなにすごい蛇だったなんて……びっくりだね
シス 本当にそうなら、母様、レイアス、ハザーク様、侍女さんの血を引いてるんだもんね。すごいね
ラギ ザクート様の血も入ってるし、すごい。ところで、１０部終わっちゃったけど、次は何があるんだろう？
シス さあ、何があるんだろうね。僕達は確実に成長してるから、いつかは話は終わるのかな
ラギ 多分（笑）