第19話
なんだろう。胸がすごくドキドキする。どこかにまだ出会っていない神獣がいるのかな？
それともこれから産まれる神獣なのかな？
君は一体どんな姿をしているんだろう。
会うのが楽しみだな
神の国である。
ジュリアンは、神の国にいる神獣たちには大体会ったつもりであるが、なんとなく、まだ出会っていない神獣がいるような気がしていた。
単なる予感であるが、まだまだ素敵な出会いがありそうである。
「キュイ〜」
朝、アリアスの神獣たちが3頭ガーベラの神殿の中に入ってきた。ジュリアンに会いに来たようだ。
「おはよう。今日も素敵だね」
ジュリアンは神獣たちをなでなでしている。大きなリスのような動物から変化した胴体は獣のようで4本足、顔は鷲のような神獣たちは、空を飛べるようになったので、行動範囲が広がっている。
「キュイ〜」
「キュイ〜」
「お散歩したいの？ いいよ。ちょっと待ってて」
ジュリアンは服を着替えて神獣たちとガーベラの神殿を出て行った。
「朝から賑やかだね」
昨晩から泊っていたラクアがガーベラの寝室から出て来て言った。
「ジュリアンは獣たちから愛されてるのよね」
ガーベラも寝室から出て来た。
「僕の湖の魚たちもジュリアンが来ると側に寄ろうとしているからね。すごい魅了の力だよ」
「すごいわよね。女の子の気を引くよりも、動物の気を引く方が難しい気がするわ。ライオネルもジュリアンには弱いらしいわよ」
「ライオネルも？ 神獣の分類なのかい？」
ラクアはぶぶっと笑っていた。
その頃ジンラの神殿では、アマンザのベッドにのっかってきた獣がいた。
「おはようリリー。ああ、お酒が欲しいんだ？」
豹のような顔をした金色の毛並みの神獣リリーは、尻尾の蛇がお酒を飲んで成長するという変わった神獣である。そのせいもあり、アマンザもリリーを可愛がっていた。
リリーもアマンザになついてアマンザの頬をぺろりとなめている。猫くらいの大きさだったリリーも、今や体長一メートル、日に日に成長している。
アマンザがお酒を深めの皿に入れてもってくると、リリーの尻尾の蛇達はお酒をぺろぺろなめていた。アマンザはその様子を眺めている。
「リリーは面白いなあ。大きくなるのが楽しみだな」
首輪のような神器も興味深い。リリーはお酒を飲むと満足したのか神殿を去って行った。
一緒に産まれたレオは、こちらは豹紋柄で見た目も豹っぽい。大体夕方には毎日ガーベラの神殿に帰ってきている。ここが自分の家だと思っているようだ。
ラクアが去った後、ガーベラは、「今日は新しい美容液を作るのよ」と準備を始めた。
「レオちゃん、お外で遊んできたら？」
レオはソファの上で寝そべっている。ガーベラは神殿の外で神気の花を咲かせて、それを摘んで神殿の中にある瓶に入れた。瓶にはすでにラクアに水を入れてもらっている。ピンク色の花を30個ほど瓶に入れて、木の蓋をした。
「これで後は待つだけ」
ガーベラの神殿に訪問者がやってきた。
「あら、おはよう。ディアメラ」
中に入ってきたのはディアメラである。スカート丈はモモまで、引き締まった足が露わになっている。
「おはよう」
ディアメラは挨拶をしてレオの横に腰を下ろした。
「…………」
ディアメラはなんだか物憂げな表情である。
「何か用で来たの？」
「そう。実は、言うか言うまいかすごく迷っているの」
「そうなの？」
「男のガーベラに会いたい」
「へ？」
「どうにかして男になれない？」
ディアメラは真面目な瞳でガーベラを見た。
「会ってどうするの？」
ガーベラが聞いた。
「うーん、会ってね、子作り」
「ええ！？」
ガーベラはすごく驚いてのけぞっていた。
「今まで男なしで来たのにそこまでその気になるなんて……」
「いろいろ事情は複雑なの。子供が産まれるかどうかは別として、一応そういう行為をがんばってした、という事実が欲しいの。子供ができるなら喜ばしいし。私の占いでは、人間界では来年か再来年あたり、世界の運気が下がる卦が出ているわ。それもすごく下がるかもしれない。それで、カサンドラやジェラルドと話をして、ああ、あれがあるのかもって納得したの」
「あれって？」
「大分前に大きな戦があったでしょ。あの後人間界は大荒れだったわ。ガーベラは覚えてないかも、どうもお父様の記憶操作で忘れられていた可能性があるわ。私も最近思い出したんだけど、あの時は神の国の神力もがくっと減ったのよ。だからお父様は恋人を作れだの、今のうちに子供を作れだの言い出したんだわ。私だってこの世界が大事だわ。子供ができるなら作ってもいい、今はそういう気になってる。といっても、最近産まれたばかりの若造とひっつくのもやだし、ガーベラがいいの」
「いいのといってもねえ。もし彼に代わったとしても、ディアメラ一人を恋人にはしないわよ？ あなた硬派がタイプなんでしょ？」
「そうだけど、タイプの男がいないし。神力が高い男がいいの。バリアスも将来性は高いけど、まだまだ大人にはならないし。がんばったら男に代われそう？」
「うーん……とりあえず、そういう言い方じゃよし代わるわ、って気にならないんだけど。もっと単純に、彼が好きだから会いたい。愛し合いたいって言われると代わってあげちゃおうかな、って気になるかも」
「うう」
ディアメラの頬が引きつっている。
「私は彼をあなたにはすすめないわよ。別に若くてもいいじゃない。一対一で愛し合う相手が、あなたにはいいんじゃないの？」
「わかってるわよ。そんなこと。でも、他の男と裸でくっつくなんて全く想像できない。会いたいのはガーベラだけなの」
「…………」
「だから、男に代わって」
（ディアメラは彼が結構好きなのね）とガーベラは思った。どんなにタイプじゃなくても、惹かれてしまう。それが恋というものである。
（でも、ダーナも彼を好きだし、男になると大変なことになりそう。うーん、困ったわ。ディアメラの恋を応援したい気もするし……）
男ガーベラの魂はゆりの元にいるので、男になるのも可能かもしれない、とガーベラは思った。だが交代するのがかなり怖い。
「男になれるかどうかはわからないけど、ディアメラの恋を応援したい気はする。彼の気持ちはわからないけど」
「じゃあがんばってみて」
といってディアメラは去って行った。
（きっとここに来るまでにも迷いに迷ったんでしょうねえ……大きな戦……さっぱり覚えてないわ。記憶操作、本当にされてるのかしら？ 再び男にねえ、うーん、どうしよう……）
ガーベラも悩んでしまったのだった。
暦は9の月である。
ゆりの部屋にはカールとハインリヒがやってきていた。
「過去の時代では、今年は騎士の順位を決めるトーナメントが開催されるはずですよ。私は出られなくて残念ですが、今年はどんなドラマがあるんでしょうね」
「へートーナメントかあ。実際に見てみたいわ。お祭りみたいで盛り上がってるんだろうねえ」
「はい」
カールの話題は、過去の時代の騎士の順位を決めるトーナメントである。
「トーナメントか。懐かしいねえ……カールはもし出られたら何位くらいになれそうだったんだ？」
ハインリヒが聞いた。
「25位以内を目指したい所ですね」
「カールは人気投票なら上位に来るんじゃないの？」
蛇の目のゆりが言った。なにせカールは外見がとても目立つ。国民にも覚えられやすい。人気もあるはずだ。
「それはそうだろうなあ。案外10番台に食い込むんじゃないか？ 上の連中が引退してなきゃだが。ディランはまだ頑張ってるんだろうな。まだ引退はないぞ」
「ディランは引退を考える年なの？」
「あの時代は層が厚いですからね。若い強いのがたくさん出て来たら、引退を考える感じになるんですよね……」
ハインリヒがせつなげに言った。過去の時代は層が厚いので、早めに騎士を引退することも可能である。引退した騎士は、裏方に回り、若者の指導にあたる。この時代の騎士というのは、半分は飾りのようなものだ、とハインリヒは今では思っている。実際に敵と戦うことは少ない。力があっても使い道はそうないのである。大きな戦でもない限りは。
「まあ引退したからって家でのんびりするわけでもないですけどね」
「引退は早いわよね。まだ頑張って欲しいな」
これはゆりの希望でもある。
「若い連中はどうなんだ？ 良いのが結構いるのか？」
ハインリヒがカールに聞いた。
「魔力が強い連中が結構いますよ。いずれは彼らが上位の騎士になるんでしょうね」
「もしカールが過去にいたら騎士長になってたかも？」
「さあ、それはわかりませんが」
（ディラン、若いのに負けるんじゃないぞー！！）
ハインリヒは心の中で声援を送っていた。
過去の時代では、九の月一日はトーナメント前夜祭である。国中お祭りのように盛り上がっている。国民の話題も先月からこの話題で持ちきりである。若い連中がどれだけ上に食い込めるか、みなの関心はそこだった。
トーナメントは一〇日ほど開催される。騎士のトーナメントはその時の国の状態や国王の体調によってやったりやらなかったりなのだが、今回は女王が身軽になったことだし、大々的にやることになった。
アナスターシャもウキウキしていたが、ちょっと心配ごともあった。「世代交代は今回か次か」、などと噂されているのだが、アナスターシャとしては、ディラン達にもっと頑張って欲しいのである。
「だって、私達の子蛇のパパ達だもん。みんなの分まで私が応援しなくちゃね」
などとアナスターシャは使命感に燃えている。ちなみに国民が参加できる人気投票にアナスターシャも参加することができた。
「フークスに入れたよ。だって、子蛇のパパだから」
とフークスに伝えると、フークスはすごく喜んでいた。
「がんばってね。パパ」
「がんばりますよ」
「ハインリヒなんてあっちじゃ死ぬまで戦士なんだもん、フークス達もまだまだがんばってね」
「そうですよね。がんばらなきゃいけませんね」
一方、若い騎士ガーライ達は、「さっさと座を受け渡せばいいのになあ。俺たちの時代だぜー」などと張り切っている。
騎士の順位に変動はあるのかどうか、明日から騎士達の戦いが始まるのである。
未来の時代では、その夜、ナナミがゆりのベッドにやってきて、過去のトーナメントの話をしていた。
「ディランにはずっと一位でいてほしいな。がんばれー！ 子蛇ちゃんも一緒に応援しよう！」
ナナミもディランを猛烈に応援していた。
「声援が過去に伝わるといいわね」
とゆり。
「夢で会えたらがんばってって言えるんだけどなあ」
二人は眠りについた。
夢でゆりは二人いた。
「トーナメント、実際に見て応援したいなあ」
「はは、そうだね。私達が行くと応援だけですまなくなりそうだけど」
などと笑いながら話していると、なんとガーベラがやってきたので二人はびっくりした。
「ガーベラ様」
「ガーベラ様！」
子供達もガーベラが大好きだが、二人のゆりも、ガーベラを見るとうれしくてたまらないようだ。
「はーい。二人とも元気？ 今日はね、あなたたちと一緒にいるもう一人のガーベラと話がしたくてきたのよ」
「男ガーベラ様と？」
黒目のゆりが聞いた。
「そうなの。ねえ、ちょっと出て来てちょうだい。そこにいるんでしょう？」
一分ほどして、幻の男ガーベラが姿を現した。
「ガーベラ様！」
蛇の目のゆりがガーベラに抱きつこうとして通り抜けていた。
「やあ」
「やっぱりステキ」
二人のゆりはぽわーんとなっている。
「それで何の用だい？」
男ガーベラが女のガーベラを見た。
「実はディアメラなんだけど、あなたに会いたがってるのよね。あなたの子供が欲しいって」
「「ええ！？」」
まっさきに反応したのは二人のゆりである。
「月の女神までその気にさせるなんて、さすがガーベラ様」
黒目のゆりは心底感服していた。
「ディアメラが？ アシュランにせっつかれでもしたのかな？」
男ガーベラはわりと冷静である。
「そんな感じ。また代わることってできるかしら？」
「……前回はだれも抱かなかったけれど、もし交代してもディアメラだけってわけにはいかない。他の女の子達も抱いて良いっていうなら代わるけど」
「何人くらい？」
「あの時ハーレムにいた子は15人くらいいたかなあ」
「じゅ……じゅうご？！ 多過ぎでしょ」
ガーベラの目が丸くなっている。
「多いかな」
男ガーベラが黒目のゆりを見た。
「少ないくらいですよね」
と黒目のゆり。
「どこが少ないのよ！」
「大丈夫だよ。ほとんど妖精だから」
「じゅうご……」
女ガーベラは頭に手をあてていた。
「交代するのが怖い」
「全員を抱くか、だれも抱かないか、どっちかだよ」
男ガーベラはあっさり言って腰を下ろしていた。二人のゆりはうれしそうにくっついて座っている。
「うーん、うーん……」
女ガーベラは悩みまくっているようだ。
「あなたたちはどう思う？」
女ガーベラがゆり達に聞いた。
「ガーベラ様なら、すべての女性を幸せにできます！」
黒目のゆりが拳を握りしめて宣言するように言った。
「激しく同意」
蛇の目のゆりもうなずいている。
「そういうこと聞いてるんじゃないのよ。後々神の国がおかしなことにならないかしらねえ」
「せっかくディアメラ様がその気になってるなら、いいじゃないですか。子供ができたら楽しいですし。子供が一杯できるといいですねえ」
黒目のゆりはのんきに言っていた。
「うーん……うーん……じゅうご……」
女ガーベラは無茶無茶悩んでいるようだ。
「ディアメラ様がその気になるなんて、これを逃したらもう一万年ないかもしれないですよ。今しかないですよ」
蛇の目のゆりが言った。
「うーん、むちゃくちゃ怖いけど、これもディアメラの人生の節目なのかも？ わかったわ。ちょっと一緒に来て」
ガーベラは決心したようだ。
「僕がいない間、怖いことがないようにね」
男ガーベラは二人のゆりの頭をなでなでしていた。
「ガーベラ様、ディアメラ様を幸せにしてあげてください。他の女の子達も」
「いっぱい子供が産まれますように！」
「君達の祝福があれば、子供が一杯出来そうな気がするよ。じゃあね」
男ガーベラは立ち上がり、女のガーベラと一緒に去って行った。
二人のゆりの胸もドキドキである。
「両方並んでる所を見られるのは私達くらいじゃない？」
「そうよね。いやーすごい二人だよね。どっちも好き」
「ディアメラがついにかあ……がんばれ、ディアメラ」
「ディアメラがんば！」
二人のゆりは、勝ち気な月の女神を思い浮かべ、男ガーベラとのやりとりを想像したりもしていた。
「意外なカップルよね。浮気する男はいや、とか言いそうなのに」
「そうね。ダーナも恋人になるのかなあ。なれなかったら泣きそうだけど」
「なるんじゃない？」
「神の国の行方が気になる〜〜〜」
「後でクーリーフンに教えてもらわなきゃね」
目覚めた時、ゆりはなんとなくそわそわしていた。脳裏には、ものすごく想像が膨らんでいる。
横で寝ていたナナミが目を開けて、「私ディランに会えたかも？」と言った。
「え？ ほんと？」
「私って言うか、私じゃない。よくわからないけど、金髪だったから、もしかして子蛇ちゃんかも？」
「えーヴィラの子蛇みたいに人になってたのかしら？」
「そうかも。『パパがんばって！』って言ったの。それだけ」
「ディランの様子はどうだったの？」
「驚いてたけど、うれしそうだった。もっとお話したかったけど、それだけしか言えなかった。騎士のトーナメントのことだって気がついたかな？」
「きっと気がついたわよ」
「だといいなあ」
「ああ、過去も神の国も、気になることが多すぎる！」
「神の国？」
「こっちの話。とにかくみんながんばっ！」
ゆりは応援しまくっていた。
神の国では、ガーベラは男に代わっていた。と同時に神殿にいたクーリーフンは女になっている。
「しばらく悪いね」
ガーベラは服を着替えていた。前回の服がまだあったようだ。
「今回はどうして男になったの？」
クーリーフンが聞いた。
「今回は、前回やらなかったことをやろうかなと。いよいよ僕の本領発揮だな。一番はディアメラとして、その次の順番はどうしようかな」
男のガーベラはソファに座って考え込んでいる。
「なんか怖いことになりそう。しょうがない。僕はまたアマンザをからかって遊ぼうかな」
とクーリーフン。ガーベラが男の方がクーリーフンにとっては迫力がある。男のガーベラも物言いは柔らかいが、女のガーベラのように、思考を読むことがクーリーフンにはできなかった。今は、逆らえない力の差を感じるのである。
ジュリアンが神殿に入って来た。
「あのー体がおかしいんですけど」
ジュリアンまで女になってしまったようだ。
「あらら」
「数日で元に戻るよ」
「？？？」
ジュリアンは目をまん丸くしてガーベラを見ている。
「ガーベラが男になると、ガーベラよりの子供達は性別が変わっちゃうんだ。きっとシャリィも。少しの間辛抱してね」
クーリーフンが説明した。
「はあ……」
ジュリアンはガーベラに近づいて顔を眺めている。
「抱っこしてあげようか？」
ガーベラが微笑んで聞いた。
「いえ、いいです」
ジュリアンは三歩後ろに下がっていた。
「僕のことはまだ黙ってて。夜までは。だから君達もちょっと神殿にいておくれ」
「はあ……あ、そうだ、神獣って、神の国にしかいないのかな？」
ジュリアンがクーリーフンに聞いた。
「さあ、どうだろう。人間界にいるのもいるかもね。鳥とか。どうして？」
「なんとなく、まだ会ってない神獣がいる気がするんだ。海の連中じゃなくて、陸の生き物でまだ会ってない神獣がいる予感がする」
「呼んでみたら？」
ガーベラが言った。
「君が呼べば、きっと来てくれるよ」
「そうですかね」
「うん」
「……あなたのことはなんて呼んだらいいのかな。お父さん？」
クーリーフンがぷっと笑っていた。
夜、今宵は満月である。
ディアメラは月の馬車で出かけようとしていた。
ディアメラはガーベラに言ってしまったことをちょっと後悔している。
（まあいいわ。そう簡単には男になれないだろうし、夜馬車に乗っていると、時々無性にあいつに会いたくなったりするのよねえ……恋なんかじゃないと思うけど。私のタイプじゃないし、ただ気になってるだけだと思う。それなのにガーベラに頼んでしまった。だって、男ならだれでもってわけにもいかないわ。神格が高い男がいいし）
ディアメラも心の中ではいろいろ葛藤があるようだ。ディアメラが馬車に乗ると、近づいてきた男がいた。
「やあ」
ディアメラははっとして男を見ている。ゆるやかにウエーブかかった長髪、美しい男がそこにいた。
「馬車に乗せてほしいな」
「ガーベラ……」
男のガーベラは勝手にディアメラの横に乗っていた。
「随分簡単に男になれたのね」
「君のたっての願いだったんだろ？」
「たっての？ そうだっけ？ はっ」
ディアメラは馬車を走らせた。4頭のペガサスがひく馬車は空を舞った。
「今夜は月が近く感じるね」
ガーベラは月を見上げて言った。
今夜は大きな月だった。太陽はまぶしくて直視することはできないが、月ならば、いくらでも眺めることができる。夜の闇に淡い光をもたらす月、月がもしこの世になかったならば、夜はもっと人々に恐れを抱かせたに違いない。
「キレイだよ。今夜の君も」
ガーベラは、目を細めてディアメラを眺めていた。
ディアメラの方は無言である。今後一体どうすればいいのか、ディアメラにはさっぱりわからなかった。
誘われるのを待つのか、それとも自分から誘うのか。
（自分からって、ええ？ とりあえず、神殿から遠く離れちゃってもいいのかしら）
馬車は猛スピードで飛んでいる。大体は、人間界を適当に巡って神の国に戻ってくるのだが。
（今日は人間界まで行くべきか行かないべきか。うーん……）
ガーベラは黙ってディアメラを眺めている。
「何か言いなさいよ。緊張するじゃない」
「何かって？ キレイだってのはもう言ったし……」
「女のガーベラに聞いたんでしょ？ あなたに会いたい理由」
「僕が好きだから会いたいって」
「好き、なんて言ってないわよ」
「そうなの？ じゃあ好きでもない男と何がしたいの？」
「ぐ……」
「ふふっ、僕はうれしいよ。他の男ではなく、僕を選んでくれたことがね。僕としては、月明かりを浴びている君を愛したいんだが、君はどこでしたい？」
「え、ええ！？」
ディアメラの顔は真っ赤になっている。
「どこかに馬車を止めて、そこでしない？」
「は？ 神聖な馬車でなんてできるわけないでしょ。誰かにみられたらどうするのよ！」
「じゃあ神殿に戻る？」
「うう……」
（戻ったら……とうとう？ こんなに長い間男なしでいたのに、とうとうそうなっちゃうの？）
ちょっと馬車がふらついてきていた。
「……あなたはどうせ恋人わんさか作るんでしょ」
「うん。だけど、最初は君を愛したい。男の僕が女を抱くのは君が初めて。初めて同士だよ。楽しそうだろう？」
（初めて……ここで躊躇してたら、最初をダーナとかに取られるかも？ それはやだわ。覚悟を決めるしかない）
「し、神殿に戻る」
「そう」
馬車は月の神殿へと戻った。外に出てきた妖精達は、ガーベラを見て驚いている。
ガーベラはディアメラを抱き上げていた。
「ちょ、何するの」
「わくわくするね。素敵な夜にしよう」
「うううう」
ガーベラは寝室までディアメラを運び、しばらく二人はそこから出て来なかった。
翌朝、ディアメラが雲の上の神殿にやってきた。
ディアメラは、何かに疲れてぐったりした様子である。
「お父様、私、恋人ができました」
ディアメラはアシュランに報告に来たのだった。
「とうとうか？ グロウががんばったのか？」
アシュランは目を丸くしている。
「グロウじゃないです。相手は……相手は……」
ディアメラの体がふらついてきた。
「ディアメラ？」
アシュランが席を立った。
ディアメラはそのまま前に倒れてしまい、アシュランがあわてて抱き留めた。
「おい、ディアメラ！」
ディアメラはぐったりしている。
（ガーベラめ、あんなに何度も……体が動かない……）
「ディアメラ！ あっ！」
ディアメラの体からもわっと何かの塊が飛び出してきた。それも二つ同時にである。ディアメラはうっすらとそれを見て、失神してしまった。
裏からグレンが出て来た。
「ディアメラ様はどうされたんですか？」
「ああ……ついに……ディアメラやったじゃないか！」
アシュランが喜びの声をあげた。
二つの塊は人の姿を取った。男と女、双子の神が産まれたのである。ディアメラは失神していたので、子供ができたことにも全く気がつかなかった。
「お母さん大変よ！ ガーベラ様がまた男になったんだって！」
「え？ 本当？！」
神殿にて、娘からそんな報告を受けたダーナは驚いている。その時、鐘の音が鳴り響いた。
「神が誕生したんだわ」
別の娘が神殿にやってきた。
「お母さん、男のガーベラ様、ディアメラ様を恋人にしちゃったんだって」
「ええ！？ ディアメラを恋人に？」
鐘は間をあけてもう一度鳴り響いていた。それから少しして、ウィルがダーナの神殿にやってきた。
「驚いた。ディアメラに子供ができたらしいよ。二人も。ダーナ、どうしたの？」
ダーナは泣きだしてしまった。
「ダーナ？」
ウィルがダーナに近づいた。
「ディアメラ様の相手、ガーベラ様だわ」
娘が言った。
「え？ ガーベラまた男になったの？」
「わーん……」
ダーナの神殿の花は、一斉にしおれてしまった。
ディアメラと別れたガーベラは、水の神殿にやってきた。ちょうど神殿の外にラクアの妹達がいて、ガーベラを見て大喜びしていた。
「ガーベラ様だわ！」
「いつ男になったの！？」
「きゃーーー」
3人はガーベラに抱きついている。
「カカ様がまた男になったー」
「ほんとだ」
娘達も驚いている。
ラクアが神殿から出て来て、ガーベラを見て仰天していた。
「また男になったの？」
「ラクア、妹達3人とももらうから」
「え？」
「さ、中に入ろう」
ガーベラは3人を促して神殿の中に入って行った。
「…………」
ラクアは口をぽかんと開けたまま、なんだか神殿の中に入るのが怖かったので、娘達と外にいた。それからしばらくして、水色の髪の子供が一人、神殿から飛び出してきて湖に飛び込んでいた。
「わっ！」
ラクアは驚いて立ち上がっている。よくみると、水の妖精っぽい子供である。女の子である。
「ええー！？」
「ネネ達やったね！」
「やったあ！ お友達ができた！」
ユリアナとイオナは喜んでいた。
「あのディアメラ様に子供ができた！」
神の国はこの話題で持ちきりである。風の妖精達があちこちにその話をばらまいている。一気に二人もできたのだから喜ばしいことであるが、喜んでいない者もいた。
ヒルデリアである。ヒルデリアとディアメラの仲は悪い。なにせ、顔も合わせないほどである。女の神はヒルデリアが名付ける決まりなので、ヒルデリアは女の子に名前をつけた。子供は文句なくかわいい双子だった。神の国にとっては喜ばしいことなので、口にだして文句は言わないが。
（一生処女で通せばよいものを。まったく……）
「お母様」
ヒルデリアの娘の一人である、花の妖精がやってきた。
ヒルデリアが顔をあげると、娘は小さい子供をだっこしている。女の子である。
「ん？」
「妖精だけど、お母様が名付けてくれるわよね？」
娘はすごくうれしそうである。
「そなたの子供か？ なんとまあかわいらしい」
ヒルデリアは娘に近づいて子供の顔を眺めた。子供も花の妖精のようだ。
「妖精にしては神力は強めだのう。将来すごい美女になりそうじゃ」
「男のガーベラ様が恋人にしてくれたのー」
「え？」
「こんなにかわいい子供までできて感激だわー」
「男のガーベラはディアメラとくっついたのではないのか？」
「前回口づけをした女の子みんな恋人にするんだって」
ヒルデリアは口をぽかんと開けていた。
こんな調子で男になったガーベラは、女の子達と仲良くなりまくっていた。そして夕方、ガーベラがダーナの神殿にやってきた。
「花が枯れてるけどどうしたの？」
神殿にはダーナの他にはウィルとジュライ、ダーナの娘達もいた。
「ガーベラ様、ディアメラ様を恋人にしたんでしょ？」
娘の一人が聞いた。
「うん。ダーナ、僕を恋人の一人にしておくれよ」
「え？」
全員が同じ反応をしていた。
「ガーベラ、ディアメラを恋人にしたんでしょ？」
ダーナが聞いた。
「そうだよ。ダーナの恋人にもなりたいよ。ウィルにジュライ、悪いが、僕はダーナのことも好きなんだ」
ウィルとジュライはぽかんとしていたが、ダーナの沈みっぷりがすごかったので、逆にほっとしていた。
「ダーナ、よかったな」
「ガーベラ……」
ガーベラはダーナを抱きしめていた。
「ティナとミナはちょっとまってて」
名前を呼ばれた二人は目を輝かせている。
「私達も恋人にしてくれるの？」
「うん。ちょっと待っててね」
「待ってます。いつまでも」
「いいなあ。私もだめですかあ？」
他の娘が聞いた。
「ごめんね。前回仲良くなった子だけなんだ」
「残念ー」
「じゃ、行こう」
ガーベラはダーナを促して奥の部屋に行った。
ウィルとジュライは娘を見守る親のような気持ちでダーナの神殿を去った。
「一緒に酒でも飲むか」
「そうだな」
二人は移動して、酒を飲み始めたのだった。
「愛」という名がつく二人の神の交わりだったが、残念ながらダーナとの間に子供はできなかった。
「でも、ガーベラに愛されて、なんというか、自分の力があがったような気がする」
ダーナは喜んでいる。
「でも、子供ができなかったのは悔しい。ガーベラは力を抑えてる感じだった？ もっと強烈に抱かれるかと思ったけど、愛欲の神だけに」
「僕は君の恋人の一人だから、君にはあまり激しくはしないよ」
「ディアメラには激しくしたの？」
「ディアメラには他から苦情が来ないからね」
「ふーん」
ダーナはちょっと口を尖らせていた。
「でもいい。ガーベラとこうなれてうれしい。いつまで男でいられるの？」
「あと２，３日かな。あまり長い間いると、恋人が増えまくっちゃうからね」
「もー朝まで一緒にいて」
「二人をまたせてるから、その後でいい？」
「ガーベラったら」
男のガーベラはダーナの娘二人とも仲良くなり、結局服を着て4人で一つのベッドで寝たのだった。
「やっぱり愛欲の神だけにすごい精力ね」
ダーナはそこに感心している。
「男は大変だよ。愛欲の神でもなけりゃ無理だね」
ガーベラは自分で言っていたのだった。
雲の上の神殿で倒れたディアメラが目覚めたのは夜だった。目を開けると、アリアスと、綺麗な子供が二人いた。
「？」
「ディアメラ、おめでとう。本当にかわいい二人だな」
アリアスは喜んでいる。
「記憶がないわ。この子達は……」
「男の子がバルー、女の子がルナ。ディアメラ寄りの月の光の神だ」
「ええ！」
ディアメラが飛び起きていた。
「私の子供？ いつ産まれたの？」
「ディアメラが失神してから産まれたらしいぞ」
「私の子供？」
ディアメラは子供達を見た。こども達は微笑んでいる。
小さな子供ではない。すでに分別がついた頃、身長は、ディアメラの肩くらいである。二人とも金髪青い瞳、女の子の方もショートヘアだった。だが、顔付きはどちらも抜群にかわいらしい。
「なんてかわいいのかしら」
「僕は満月と上弦の月の時は馬車に乗せてね」
「私は新月と下弦の月の時よ」
二人が言った。
「わかったわ」
ディアメラは二人の手を握りしめた。
「ガーベラなんだが、他にも二人子供を作ったぞ。しかもダーナまで恋人にしたらしい」
いろいろなことがありすぎて、アリアスもどう反応していいやらわからないくらいだった。とりあえずは、妹の子供誕生を喜んでいる。
「そうなの？ まあいいわ。怒りもわかないわ。だってこんなにかわいい子供ができたんですもの。これから子供達と馬車に乗ることができるなんて、わくわくするわ」
ディアメラは子供達の頬にちゅっとキスしていた。
「そうか。とりあえず、この子は将来うちの娘とくっつけような」
アリアスは男の子の肩に手をかけていたのだった。
さて、ジュリアンは、まだ見ぬ神獣に心の中で呼びかけていた。
（君はどこかにいるんだろう？ 僕に顔を見せて）
昼間何度もよびかけていたら、ペガサスや、馬やら、熊やらいろいろな動物達が集まってしまった。しまいには龍まで飛んできている。
「まいったな」
そしてライオネルまで引き寄せられてきてしまった。ライオネルは動物達の真ん中にジュリアンがいるのを見て、（だから俺は神獣じゃないってば！）と心の中で叫んでいたのだった。
つづく
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