第９話
ゆりと子供達が城からいなくなり、侍女も大勢移動していたので、城の中は静まりかえっていた。寂しくなったのかブタラのモモは王の間にやってきている。
「四十年前は、この静けさが普通だったなんてな」
あの頃のことが今では遠い昔のように思われる。ラクシュミが昔のことを思い出していると、ハザークが王の間にやってきた。
「王、王妃も祭りに行ったが、大丈夫か？」
「ムサカ殿もいるし、大丈夫だろう。周りは畑で見張らしもいいから、守りやすいそうだ」
「そうか？ 敵が来て祭りが中断されないといいがな。ああ、子供達が遊ぶ様子がみたいな」
ハザークが言う子供達とは、特にミシェイラを指しているが、ミシェイラミシェイラと言っていると、ナナミがむくれるし、レーヌも微妙な感じになるので、あえて子供達と言っているのだった。
「ハザークも行けばいいじゃないか。半日くらい城から離れても平気だろう？」
「我が祭りに？ うーん。粘土の作品を作るのは何時からだ？ ミシェイラとレーヌがそれに出たいと言っていたんだ。二人の作品を見てやりたいな」
「後で教えてやる」
「頼む」
ハザークは消えた。
「とうとうハザークまで行くことになるとは。この４０年で私も変わったと言われるが、ハザークだって変わったな」
ラクシュミは、祭りで子供達を見守るハザークを想像しつつ、笑っていたのだった。
ゆりと子供達は祭りの一時間前に会場に移動した。すでに多くの人達が畑の周りに集まっている。「土の祭り開催」と布に書かれたのぼりが立っていた。
「すごーい。結構人が集まってるね」
「東の街の人達がみんなくるんじゃない？」
ラギが言った。
「とりあえず、景品を置こうか」
「王妃、こっちのテントですよ」
ミカエルが側にやってきた。布が垂れ下がって中が見えないようになっているテントの一つが景品用である。ゆりは子供達と一緒にそのテントの中側に入り、神様からいただいた景品を机の上に並べた。すでに他の景品も置かれている。
「アシュラン様、アリアス様、お祭りが無事終わるように見守っていてくださいね」
ゆりは二人の像の前で手を合わせていた。
「ハロ様はなんでいないの？」
ミシェイラが聞いた。
「ん？ ハロルド様はこの祭りのことは知らないからねえ」
「ミーはハロ様のシンジャだから、ハロ様にもお祈りする」
「いいよ。じゃあハロルド様にもお祈りして」
「うん」
ミシェイラとレーヌは手を合わせた。
「これらの景品、いい人にもらわれるといいね」
ナナミが言った。
「ダーナ様の笛は男がもらうのか、女がもらうのか、注目ね」
「そうね。じゃあちょっと美容テントに行ってくるわ。あなたたちはどうする」
「僕たちは準備状況の確認だよね」
「うん」
ラギとシスが言った。
「私二人と一緒にいるよ。母様にはムサカさんがいるから、ジロウ君はこっちにいてよ」
ナナミが言うと、ジロウは「わん」とほえた。
「ジロウ君は本当に頼もしいですよ。王妃、ヴィクター将軍が宝探しに出ますよ。将軍朝から列にちゃんと並んでましたよ」
「へー。まだ空きはあるの？」
「大人の宝探しはもうないです。子供はまだ大丈夫かな。ロイ様はどれに出るんですか？ 旗取りと宝探しはどちらか一つだけしか出られない決まりなんです」
「僕も悩んだんだけど、旗取りレースにしたんだ。僕も並んでくる」
ロイは消えた。
「粘土遊びは？ よゆうある？」
ミシェイラがミカエルに聞いた。
「そちらは並ばなくても大丈夫ですよ」
「よかった！ ロイにーのレースみたいね」
「うん。応援したい！」
ミシェイラとレーヌが言うと、ナナミは、「ロイがすっころぶところがみたい」と言っていた。
「粘土の作品の採点は、神官様にお願いしましょ。せっかくだから参加してもらわないとね」
とゆり。
「そうですね。ムサカ様、耳が大きい王妃、かわいいでしょう？」
ミカエルがムサカに聞いた。
「朝見て驚きましたよ」
とムサカ。
「今は瞬間移動もできるんですよ。美容ブースに行きましょう。ミカエル、クーガ様達がいらしたらすぐ知らせてね」
「はい」
ゆりとムサカは消えて、子供達もテントから出てばらけた。景品用のテントは戦士達が二人見張っている。美容ブースはゆりの侍女達が主に受け持っている。
ガーベラからもらった美容液を水で薄めて、そこに大量の薄い木綿を浸してあった。ゆりはそれで顔パックをしようとしたのである。せいぜい５０人かと思っていたら、ある朝、ゆりの枕の横に青い花がてんこもりになっていた。
男ガーベラがお花を提供してくれたようである。ゆりは水に花を浸してガーベラの水をさらに作ることができた。
「これでたくさんの女性を喜ばせてあげられるね」
ゆりは喜び、「王妃様の考え、ステキすぎます！」とゆりの侍女達も、今日は街の女性達のために働くことにした。美容ブースはお花の良い匂いがした。
「あー良い匂いね」
「あ、王妃様、ミケさんを連れてきますから待っててください」
いつもミケに差し入れを届けている侍女がミケを探しに行った。ミケは祭りが始まるまで暇だったので、机と椅子を借りて近くでタロット占いをしていた。タダだったので、女性が５人ほど周りにやってきている。
「その相手、あんまりよくないなあ。別れた方がいいと思うけどな」
ミケの言葉に占いを受けていた女性は、「みんなに言われるんですよねえ。やっぱり別れた方がいいかなあ」と言っていた。
「その方がいいよ」
そこにゆりの侍女がやってきた。
「ミケさん、来てください。あの方がいらしたので」
みんなの前で王妃様とは言えないので、侍女は小声で言った。
「あ、わかりました。占いをして欲しい人はちょっと待っててください。あと四人だけね」
ミケはあわててゆりの元に行った。ミケは緊張した様子でゆりに会った。
王妃の護衛を引き受けてから一年以上が経って、ようやくゆりの顔を見ることができたのだ。
「あなたがミケさん。先日は私を助けてくれてどうもありがとう。本当にありがとう」
「いえ、王妃様が無事でよかったです。(殺そうとしてすいませんでした）」
ミケは以前の自分をゆりに謝っていた。
「何度も差し入れありがとうございます。では、こ、これで失礼します」
長い間ゆりの側にいるのが恥ずかしかったのか、ミケは早々に去って行った。
「ミケさんは占いも得意なんですよ。私、近々いい人が現われるって言われたんです」
侍女がうれしそうに言っていた。
「ラーズ様ぐらいいい男が現われるといいわねえ」
とゆり。
「絶対無理だと思いますけどね」
他の侍女が口を挟んでいた。
「ねえ、ムサカさん、さっきのミケさんって、特別な力がある方なんですか？ 魔力が結構あるような気がしたんですけど」
ゆりがムサカに聞いた。今のゆりには、相手に魔力があるかどうかがわかるのだ。
「彼は、魔法も使えますよ。普通の一般人ではないですね。純粋な一族でもないですが」
「やっぱりそうなんだ。でも占いで私の危機を知ったなんてすごいですよね」
ゆりはミケが占いでゆりの危機を知り、魔道具を貸してくれたと思っていた。
「そうですね」
一方ロイは無事競技の整理券をもらって喜んでいた。
「あ、ロイ様ー！」
ミルキダスの子供ゼッドがうれしそうに近づいてきた。
「ロイ様も出るんですね。どっちに出るんですか？」
「僕は旗取りだよ」
「僕は宝探しです。絶対良い宝を探すんだ！」
ゼッドは今年十四歳である。相変わらずのやんちゃ坊主だが、学校ではムードメーカーでもある。ミルキダスは、ゼッドの性格は、自分とは真逆だと言っている。
「ロイ様ー！」
「おおっミルドとオルバじゃん。みんな出るんだ」
ミルドはミカエルの次男、オルバはフリットの長男である。二人は十九歳だ。
「はい、兄達は昨日から手伝いでここに来てるんですけど、僕たちはドルイド様がこっそり連れてきてくれたんです」
「ドルイド様には感謝！」
「そうなんだ。何に出るの？」
「僕たちも宝探しです」
「みんな宝探しか。旗取りは人気ないなあ」
ラギとシスは、ドロドロの土で覆われた畑を見ていた。うろうろしていたナナミ達も合流してきている。
「すごいね。かなりドロドロだね。キレイに泥だけになってる」
ラギは泥畑を見て感動していた。一つの畑が五十メートルはあるが、畑は二面、泥で覆われていた。草も全部抜いてあるのだから、結構大変な作業だったろう。
「ラリー達が頑張ってくれたんだ。裸足だから足を怪我しないようにって小石もとりのぞいたって言ってた」
シスが言った。
「畑の持ち主もよく貸してくれたね」
ナナミが言った。
「土祭りに使うんだから、縁起がいいじゃない？ それに謝礼金も払うって言ってたし。畑の横が空いてるからちょうどここがよかったんだよね」
畑の横に生えていた木々は、二十本ほど伐採されて祭りのために平地にされていた。
「そうか。確かに縁起がいいかもね。来年、良い作物が育つかもね」
ナナミは納得していた。
「この中に宝を埋めるんだね」
ミシェイラが言い、「埋めるのは石だよ」とラギが言った。
「最初に旗取りレースをして、石を埋めて、宝探しをするんだよ」
「ふーん」
「アーねえもいたら絶対参加しただろうな」
ナナミがしんみりした様子で言った。
王子と王女がこれだけそろっているのも珍しいことである。周りがざわついていた。
「かわいいな」
「二色の髪がミシェイラ様だ」
子供達は近くで眺め、大人達は少し離れたところで王族を眺めていた。
レーヌの横に座っていたジロウの耳がぴくりと動いた。この賢い犬は、今日の自分の役割をちゃんと把握している。人が発する殺気にも敏感に反応することができた。
「ウ……ウウ……」
ジロウが珍しくうなり声をあげたので、シスははっとジロウが見ている方向を見た。遠巻きに見ていた大人の男の一人がそこから離れようとし、ドルイドが捕まえて即移動させていた。
「ジロウ君、どうしたの？」
ミシェイラが聞いた。
「クーン」
ジロウは普通に戻って尻尾を振っていた。ラギとシスは目を合わせた。
「ジロウ君、ありがとう」
シスとラギはジロウの頭をなでた。子供達には今日強力な結界がそれぞれかけられていたが、それは魔法防御用で、武器による攻撃も少しは防ぐことができる。だが用心するに越したことはない。
ちなみに、ロイには本人の希望もあり結界はない。
祭り会場から少し離れた木々に覆われた場所に、テントが建てられていた。そこにドルイドが男を連れてやってきた。
「一人目でーす」
「ご苦労さん」
テントにいたハインリヒが言った。
「俺何にもしてねえよう！」
中年の男は悲鳴をあげている。
「さっきシス様と目があって逃げようとしただろ」
ドルイドが男を離して言った。
「そうだっけ？ たまたまじゃないですかあ？」
「何も武器を持ってなかったら祭り後に解放してやるよ。武器を持ってたら、土の中な」
ハインリヒがにやりとしながら親指を下に向けた。
「いやだー！！！」
男の悲鳴はだれに届くこともなかったのだった。
祭りの会場に人に化けたサントスとカサンドラがやってきた。サントスは泥に覆われた畑を見て目を輝かせている。
「ここでどんなことをするんだろう？」
「見事な泥畑だな」
カサンドラも感心している。カサンドラは人間の行事などにも感心がある。各地で行われる大きな祭りも大体把握している。神々を讃えるものなので、大体が厳かな雰囲気で行われるものである。酒祭りのように人々が楽しむ祭りの方が少ないのだ。今回は土遊び、遊びを前面に出しているので、カサンドラとしても興味があった。
人々のざわめきが大きくなった。
「神官様だ！」
「やだっ！ ステキ！」
「ちょっ……あれクーガ様だわ！」
「え？ ほんと？ 本当だわ！ 今日はなんていい日なんでしょう！ クーガ様にお会いできるなんて！ 神様ありがとうございます」
女性のうれしげな悲鳴が聞こえてきた。なんとクーガを知る女性達がこの場にいたようだ。
「え？ クーガ？」
サントスはどきりとしていた。
「神官が四人来てる。まさかクーガが来るとは驚いた。マリスもいるぞ」
カサンドラも驚いていた。
「え？ ほんとだ。まずい」
マリスはサントスが知っている土の神官である。サントスは思わずしゃがんでいた。
「なるべく離れた所にいよう」
「土と太陽と月に光……この組み合わせ、アリアスだな」
なんとカサンドラはすぐにアリアスの仕業だと見抜いていた。
「アリアスったら余計なことを……」
サントスは小声で愚痴っている。
「神官がくればこの祭りの格もあがる。まあいいではないか」
聖地の神官が四人も聖地以外でそろうことはめったにない。人々はそれだけでも興奮していた。
「皆さん、お静かにお願いします。今日は聖地より、神官様もお祭りを見学しにいらっしゃいました。我々がこうしてここにいることができるのも、最高神アシュラン様がこの世界を作ってくださったおかげです。アシュラン様を讃えましょう。すべての神々に祈りを捧げましょう。今日は土の神様だけではなく、すべての神様を讃えましょう」
人々は両手を合わせて目を閉じた。
「今日は記念すべき土の祭り一回目であります。神官様と王族の方々で記念樹を植えることになっています。その後祭り開催とさせていただきます。皆さんは畑の周りで待機していてください」
神官達とゆり、子供達は少し離れた所に移動した。
「さっき王妃様がいらした？」
「え？ ほんと？」
王妃様の言葉にサントスは反応していた。
「ワンワン！」
二人の元に犬が尻尾を振って走り寄ってきた。
「お？ この犬……」
ジロウはうれしそうにカサンドラの手をなめている。楽器隊の演奏が始まった。賛美歌である。人々は声を合わせて土の賛美歌を歌い、サントスは恥ずかしそうにしゃがんでいた。
記念樹は、農家の人々が休憩所として使っている建物の横に植えることになっていたので、神官とゆりたちはそこに移動していた。東の街の教会の牧師もいる。すでに土には穴が空いていたので、土の神官はそこに苗を植えた。
一メートルくらいに育っているオレンジの苗だった。
「ミカンではなくオレンジでしたね」
ゆりがクーガに言った。
「そうでしたね」
クーガはゆりの姿が違うことが気になっていたが、ゆりが意地悪をして何も言わなかった。土の神官は若い茶色い髪の男で土色のローブを着ていた。太陽の神官は白にオレンジ色のケープをかけていた。こちらは中年の男性である。月の神官は若い女性で、薄い黄色のローブを着ていた。
苗が植えられて、子供達は拍手をした。
「いっぱいオレンジがなるといいな」
ミシェイラが言った。
「いっぱいなるといいですね」
土の神官は温和そうな男だった。
「では戻りましょう。皆さん楽しみにしていますから」
ゆりの言葉に、ムサカが一同を会場に移動させた。
賛美歌を歌った後は、司会により、レースの内容の説明がされていた。司会は、しゃべりがうまい下級戦士の男である。
「本日は我らが敬愛する王妃様より、女性の方々に贈り物があります。王妃様の侍女の方々が皆さんのお顔にパックをしてくださいます。女性の方々はどなたでも受けることができます。こちらは、先着百名様限りです。そしてさらに、お昼頃、秋野菜たっぷりのスープを皆さんにご馳走してくださいます。こちらは三百名分はあるとのことなので、並ばなくても大丈夫ですよ。一番目の競技、旗取りレースに参加される方々は畑の側に集まってください。整理券の順番に並んでください」
「王妃様の侍女さんがなんだって？」
「お顔にパックだって。パックってなんだろう？」
「とにかく並びましょう」
「急いで急いで。おばあちゃんも行きましょう」
女性達が移動していた。
「本日のスープには聖地から差し入れでいただいた野菜も入っています。土の神官様達が育てた野菜だそうですよ」
と司会。
「スープだって！ 絶対食べたい」
「聖地の野菜ってすごいな」
街の人達はいろいろな情報に目を輝かせていた。
「旗取りレースと同時に土投げ競争も始まります。一日を通して一番遠くに土団子を飛ばした方には賞品を差し上げます。男女ペアで参加するゲームもあります。あちらのシーソーの片方に女性が乗ってもらい、もう片方には土を載せてもらいます。見事、女性の体重と同じ土を載せた方には、賞品があたります。そして御子様だけのお楽しみ、粘土遊びコーナー。こちらは作品審査があります。素晴らしい作品には賞品が贈られます。そして午後には、蛇レースが開催されます。今日は皆さん楽しんでください」
大きな鐘の音が鳴り響いた。
「土の祭り開催です！」
「うおー！！」
人々は興奮していた。
「神官様は今日は長い時間大丈夫ですか？ 粘土の作品審査をお願いしたいんですが」
ゆりが神官達に頼んだ。
「いいですよ。今日はゆっくりするつもりで来てますから」
クーガが答えた。
「ありがとうございます」
「楽しそうだな。僕も参加したいな」
言ったのは土の神官である。
「旗取りレースは参加できますよ。どうぞどうぞ」
ゆりが言うと、「そうですか？ では」と土の神官はローブを脱いで、月の神官に渡していた。土の神官は長いシャツとズボン姿で畑に走って行った。
「子供のようなやつだ。全く」
太陽の神官はあきれ顔である。太陽の神官は神官長が自ら来ているとのことだった。真面目そうな神官である。
「月の神官と土の神官は夫婦なんですよ。結婚したばかりなんです」
クーガがゆりに説明した。
「え？ 夫婦でいらしてくれたんですね？」
「ディアメラ様に御子様が出来たので、私も思いきって結婚しました」
月の神官が言った。
「おめでとうございます」
「お母さん、美容コーナーは整理券終わったよー」
ラギがやってきてゆりに伝えた。
「そうなんだ。ああ、あちこち気になりすぎる。私は行きますね。皆さんも楽しんでください」
ゆりは美容コーナーを見に行った。ゆりにはムサカがひっついている。
「皆さんはどうされますか？」
牧師が神官達に聞いた。
「私達は適当に見学しますから、ついてなくていいですよ。牧師さんも競技に参加したらどうですか？ 景品はすごく豪華みたいですよ」
クーガが言った。
「え？ そうなんですか？」
「教会の目玉ができるかもしれないですよ」
「参加しようかな。行ってきます」
牧師はあわてて畑に向かっていた。
月の神官はレース見学にもう行っている。
「クーガ様、もしかしたら、アリアス様がいらっしゃるかもしれません」
太陽の神官が小声でクーガに言った。
「本当ですか？ 自分の祭りでもないのに？」
「ものすごくはりきっていらっしゃったんです。心配なので祭りの最後までいてもいいですかね？」
「いいですよ。我々も見学に行きましょう」
「そうですね」
二人は畑に向かった。
畑では、旗取りレースがもう始まっている。１０人ずつ泥畑を走り、ゴールにある一本の旗を取った者が勝ちという競技である。一位になった者同士が最後に競い、その中の三番までに景品が贈られるのである。
泥は皆が思っているよりも深かったため、足を泥にとられてすっころぶ者もいたりと、見ていて楽しめる競技だった。結構笑いが起こっている。大人と子供で畑が別で、子ども用の畑ではシスが旗を振り、ナナミがスタートの笛を吹いていた。大人用はミルキダスが笛を吹き、ジェナサイトが旗を振っていた。戦士達は参加者の誘導をしている。
土の神官マリスは参加者の列の最後の方に並んでいたのだが、畑の周りで見学している者達の中に、気になる者を発見した。
サントスは目を輝かせてレースを観戦していたのだが、急に腕を握られてびくっとしていた。
「そこの御方、一緒にレースに出ましょう」
「マリス！」
横にいたのは土の神官である。
「私はいいよ」
「そう言わずに」
「そうだ。参加するがいい。上着を預かろう」
カサンドラまで言い出して、サントスは上着を脱いで引っ張られていった。
「ちょ、ちょっと、マリス！」
「いらっしゃらないのかなあと思ってたんですよ。一緒に出ましょう」
「そんな恥ずかしい。クーガもいるんだよ」
「いいじゃないですか」
マリスはなかなか強引でサントスの手を離さなかったので、サントスもしぶしぶレースの列に並んでいた。クーガはその頃子供達のレースを観戦していた。皆必死に泥畑を走っている。親達は声を張り上げて応援していた。
そしてロイの出番になった。
「ロイがんばれー」
「ロイにーがんばれ！」
「ロイがんばっ！」
ゆりも一緒になって応援していた。笛の音で１０人が一斉に走った。泥に足をとられながらも皆必死である。
「うおおおお！！！」
ロイはダントツで畑を走り抜けて旗を取っていた。
「さすがロイ！」
「王子様すげえ！」
周りから拍手が起こった。
「一位の皆さんで最後にレースを行います。集まってください！」
一位になった５人が最後のレースをすることになった。そのレースでもロイは二位と結構な差をつけて一位になった。
「さすがだ。毎日走ってるだけあるね」
ラギはロイに感心していた。表彰式は大人のレースが終わってから一緒に行われるので、ゆりはクーガを誘って大人レースを見に行った。大人用はちょうど最後の組が走る所だった。
「あ、ちょうど土の神官様が出てる。牧師さんも一緒だわ」
クーガは土の神官の横にいる男に注目していた。
「あ……」
クーガはさらに、畑の周りで観戦している連中の中にカサンドラがいるのも発見していた。
「ぷっ……」
「ん？ どうしたんですか？」
ゆりが聞いた。ゆりはサントスには気がつかなかった。
「いえ、別に……」
笛が鳴り、男達が走って行った。
「マリスがんばってー。横の御方も」
月の神官も応援していた。神官達にはサントスだとばれているようだ。一位になったのはなんと牧師だった。
「牧師さんすごい！」
「足早い！」
拍手が起こっている。
「サントス様、手を抜いてませんでした？」
ゴールした後、マリスがこそっとサントスに聞いていた。
「別に。君達、もう帰るんだろう？」
「帰らないですよ。最後までいます」
「えーそうなの？」
レースを参加した者は足を洗って戻ってきた。大人用の一位決定戦が行われた。
「牧師さんがんばれー」
牧師に声援が飛んでいたが、一位を取ったのは農家の若者だった。
「やっぱり女性はなかなか参加できないか。そうよね」
とゆり。
旗取りレースに参加したのは男ばかりだった。表彰式が行われた。
「まずは子供達の表彰です。一位はなんとロイ様でした。おめでとうございます。一位と二位の景品は、なんと太陽の石です。三位の景品は剣です。皆さん拍手！」
みんな拍手をしながらも、「太陽の石って何？」「聖地で売ってるやつじゃない？」とぼそぼそ話していた。フリットが景品を子供達に渡していた。剣も立派な剣だったが、剣をもらった男の子は太陽の石が気になって見ていた。
「交換してあげようか？」
ロイが男の子に言っていた。
「え？ いいんですか？ どうしよう。どっちがいいかな」
「うちの母様は、鍋にこれを入れてゆで卵を作ってる。むちゃうまいよ」
「交換お願いします」
ロイは景品を男の子と交換し、「四位の子だれだっけ。四位の子ー」と子供達を見回して言っていた。
「僕です！」
男の子が近づいて来て、ロイはその子に剣をあげていた。
「うわーやったー！！！」
男の子は大喜びしている。
「ロイやるじゃない」
ゆりは、ロイの振る舞いに感心していた。
「続いて大人の表彰です。一位のリッツさんには、なんと……なーんと！ とある有名な方が彫ったアシュラン様の木像が贈られます！」
「えーすごい！」
「おおー！」
若者は服で手を拭いてから木像をもらっていた。
「そして二位と三位には、太陽の石が贈られます。リッツさん、太陽の石とアシュラン様の木像、交換することも可能ですが、どうしますか？」
「えーどうしよう……どっちがいいですかね？」
男は悩んでいるのか司会に聞いていた。
「あなたが寒いのが苦手というのなら、太陽の石の方が実用的だと思います。ただ、木像の方は、価値は無限大です」
「無限大？」
「聖地でもこちらの木像は買うことができません。それほどすごい木像です」
「木像をいただきます！」
「では二位と三位の方には太陽の石が贈られます。大事にしてくださいね。宝探しの準備が行われます。宝探しに参加する方は、三十分後に鈴の音が鳴りますので、集合してください」
牧師がうれしそうな顔でクーガとゆりがいる場所にやってきた。
「牧師さんよかったですね」
ゆりが言った。
「まさかこんなすごいものをいただけるとはうれしいです。聖地で売っている石でしょうかね？」
「アリアス様が最近作られた物ですよ」
クーガが言うと、牧師は「え？」とのけぞっていた。
フリットがゆりの側にやってきた。
「王妃、一位になった男が木像の制作者が知りたいと言ってるんですが、どうします？」
「知らない方がいいような気もするけど、神の国の妖精さんって言っとく？」
「そうですねえ。そうしますか」
フリットは一位の男に伝えに行った。
「あの方だって言わない方がいいですよね？」
ゆりは小声でクーガに聞いた。
「恐ろしくなるかもしれないですからね。まあ妖精作だと思ってた方がいいかもしれないですね」
「あのー景品が豪華すぎないですか？ 宝探しには一体どんな景品があるんでしょう？」
牧師は恐ろしげに聞いていたが、ゆりは「それは後のお楽しみです」と答えなかった。
土の神官は、「聖地の子供向けに、こういう祭りをしてもいいかもね。どう思う？」と妻である月の神官に聞いていた。
「楽しそうでいいじゃない。カサンドラ様もいらしてるわね」
「そうだね」
神が人間に化けている時は、神として扱わないというのが暗黙のルールなので、二人はこれ以上サントス達には近づかなかった。
サントスとカサンドラの二人は場所を移動して、パートナーと同じ重さの土を載せるゲームの列に並んでいた。人が乗る側のシーソーには土を入れる箱分の重りが載っている。
二人の番になった。サントスが木箱に土を入れて、カサンドラがもう片方のシーソーに乗った。シーソーはちょっと傾いたが、土の重さの方が断然重かった。
「あれー？」
サントスは首をかしげている。
「私はそんなに重くないぞ。私もやりたい。やらせてほしい」
カサンドラが頼んでいた。
「どうぞどうぞ」
このブースに今いたのはユリウスとジュメである。
箱の中の土が一度空にされた。
「どうぞ」
カサンドラはスコップで土を箱の中に入れ、悩みながらも少しへらしたり足したりしていた。
「よし、これでいい。乗ってみてくれ」
サントスが反対側に乗った。シーソーは傾き、平行になりかけた。
「おーーー！」
と人々から声がもれた。
「止まれ、止まれ」
シーソーは揺れていたが、最後には平行で止まった。
「やった！」
「おめでとうございます！」
ブースにいたユリウス達が手をたたいた。
「やったぞ！」
カサンドラは景品のお酒をもらって喜んでいた。
神の国では、ガーベラとネルが鏡で祭りの様子をみていた。サントスがレースに参加したときには、本気で応援もしていた。
「カサンドラ様楽しそうーいいなあ」
ネルはうらやましげである。
「本当にね。二人とも楽しそうね」
ガーベラもうれしそうである。
そして雲の上の神殿では、アリアスがアシュランに祭りの様子をみせてもらっていた。床に映る映像を見てアリアスもうれしそうである。
「楽しそうな祭りだなあ。クーガもサントスも心底楽しんでいるのが私には分かる。私はこういう祭りに行ったことがない。私の祭りは、いつも真面目すぎる」
大体が、祭りといえば、賛美歌が歌われたり、巫女が踊ったりするものなのだ。
「太陽の石、一体何個やったんだ？」
アシュランが聞いた。
「十個」
「随分やったな」
「アシュランこそ、ジェラルドの木像をやったじゃないか」
「まさか祭りの景品にされるとは思わなかった」
「転売されるんじゃないか？」
「あれに値段をつけるのはだめだろう。金に換えるならその前に返してもらう。あの男にも言っとくか」
旗取りレースで一位になった男は、どうやら最高神にまで会うことになりそうである。
「それより気になってることがある」
床の映像にはゆりが映っていた。
「ハロルドが気に入ってる女だろ？」
「ああ。なぜ耳が大きいのかわからん。魔法か？ うーん」
アシュランも耳が大きいゆりに首をかしげていたのだった。
そして祭り会場から離れた怪しいヤツ用のテントでは、怪しいヤツが５人に増えていた。最後の男は、祝いに植えたオレンジの木を切ろうとして捕まっている。
「つい出来心で」
「うるさい」
テントにいたロナウドは男の頭をぺしっとたたいていた。
城ではハザークが、「そろそろか？ なあもうそろそろじゃないか？」と何度も聞いてきてうるさかったので、ラクシュミは「気になるならさっさと行けばいいじゃないか」と返していたのだった。
つづく
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