第10話
王妃様の侍女による美容ブースは大人気で整理券はすぐなくなり、パックをしてもらった女性達は喜んでいた。王妃様の侍女が一般の女性達のために何かをするというのも珍しいことである。
占い屋のミケは美容ブースを離れた所から見ていたのだが、（この国ってやっぱり変わってるよな）と思っていた。
（龍の国じゃ考えられねえわ）
龍の一族は一族至上主義である。王妃が現われようものなら、他の者達は皆膝をつくだろう。一族以外の者は、王妃の側に近寄ることすら出来ないに違いない。
今祭りに来ている王妃様は、格好もわざとなのか地味だし、普通に一般人に混じって祭りを観戦している。だからなのか、周りの者もあまり騒いではいない。
（王妃様はあまり強そうじゃないけど、この国の歴史と今の状態を見るに、すげえアゲ運の持ち主だな。多分占いか何かでそれを誰かが気がついて、王妃になったに違いないぜ）
ミケはそう推理していた。
（夫の運を上げる女性か、聞いたことはあるが、実際にそういう女性に会ったことはないな。子供もたくさんできたし、願ったりかなったりだよな。王妃様の懸賞金があがりまくるはずだよな。そりゃ）
今や王妃様の懸賞金は冗談みたいな値になっている。ミケも一度は引き受けたわけだが。
（そういや、俺の雇い主はまだ謎だな。結局だれなんだか。王妃様のすげえファンですげえ金持ちってことしかわからないな）
ミケもまだ神がからんでいる、とは気がつかなかった。
「肌がもちもちする」
「若返った気分だのう。しわが薄くなってないか？」
「この美容液って買うことはできないんですか？」
「これは普段は王妃様でも手に入れることができないんです」
「そうなんですか。そんな貴重な物をわけてくださるなんて」
テントの外で王妃の侍女と他の女性のこんな会話が聞こえてきた。テントから出て来た女性達は皆喜んでいる。
「ソーセージいかがですかー？ あっつあつですよー」
今日は街の精肉店やパン屋、レストランも出店を出していた。子供向けにお菓子も売っている。
ミケは棒をさしたソーセージを一本買って食べていた。焼き立てでゆげが出ている。
「うめえ」
黒髪の女の子が二人近づいてきた。二人とも双子のように顔が似ている。ミルキダスの娘達だった。ミケの店に遊びにきたことがあったのだ。
「占い屋さん、こんにちは」
「こんにちは。今日は遊びにきたんですか？」
娘達がミケに声をかけた。
「ええ、そうなんですよ。今日はお父さんもいるのかな？」
ミケが聞いた。
「いますよ。あちこちうろうろしてますよ」
「さっきロナウド将軍をみかけたんですよ。やっぱり貫禄があってかっこいいですね」
「はい！ かっこいいです！」
ミケが将軍のことをほめると、二人はうれしそうだった。
この国の四人の将軍は有名なので、ミケもロナウドを見た時には「おおっ」と声が出た。胸当てとマントをつけたロナウドは、ミカエル達に比べると、貫禄があって、国の重鎮といった感じである。そして国では人気者だ。
「では私達行きますね」
「楽しんでくださいね」
二人は去って行った。
戦士達はあちこちに潜んで怪しいヤツを見つけるとすぐ捕まえて移動させている。ミケはそのことにも気がついていた。そして去年の星祭りで活躍した少年は今日もバリバリ働いている。
（さすがハインリヒ様の子供だよな。あの子はすげえ）
ドルイドのことはミケも感心していた。
（一番すげえのはあの王族の人だけどな。ずっと王妃様にひっついてるから安心だ。あれじゃ敵は直接王妃様は狙えない。俺があほな敵だったなら、毒を使うかなあ。こっち側もそれを警戒してるな）
屋台の側には戦士達の見張りがついていた。人が大勢集まって料理が出される場合、毒は一番警戒される。
しかし、これは神をたたえる祭りである。こういう祭りを妨害すると、神の怒りを買う場合がある。最悪異教徒として認識されてしまう。祭りに神官まで来ているのだから、敵がいたとしても手を出しにくいだろう。
（あ、そうか。それを狙って神官を呼んだのか。敵への牽制に神官を使うとは、やるね。俺がここにいる意味があまりない気がするが……まあ世の中あほなヤツは多いからな。俺は俺で警戒しよう）
ソーセージを食べ終わった後、ミケはうろうろすることにした。
旗取りレースが終わり、人々は景品の豪華さに驚いていた。
「アシュラン様をお迎えできるなんてすごい！」
「へーアシュラン様ってこういうお顔なのかな」
「超美男子だわ！」
旗取りレースで一位を取った男に人々が群がっていた。アシュランの絵画などはあるが、アシュランの本当の顔を知る者は少ない。木像を見て人々は手を合わせていた。
「ありがたいありがたい」
と老人連中は拝んでいる。
「神官様、太陽の石について教えてください」
ちょうど太陽の神官がいたので、石をもらった者達は神官に話を聞き、神官は太陽の石について講義をしていた。
「太陽の石にはランクがあります。聖地で売っている石は、太陽の神殿の周りで自然にできた石です。その石は五年から十年発熱し続けます。この石は、五十年ほどは発熱すると思いますよ。絶対に素手で触ってはいけません。やけどに気をつけてください。それから保管する時は、決してその袋から出してはいけませんよ」
「五十年も、すごいですね」
「王妃様はゆで卵を作ってるって。水につけてもいいんですか？」
聞いたのは旗取りレースで太陽の石をもらった少年である。
「今日の石ならば大丈夫ですよ。聖地の祭りでも、我々はゆで卵を作って配っているんです。それから一番大事なことは、この石は恐れ多くもアリアス様がくださった物です。アリアス様に感謝しましょうね」
「はい！」
他の神官達も大人気で、人々は神様のことについて神官達に聞きまくっていた。
旗取りレースの後、泥畑は平らにされていた。人々はどうやってここに宝を入れるんだろうと、畑の周りで眺めている。
その間も他の場所では土投げ競争が行われていた。土の団子を一番遠くまで飛ばした者が勝ちというゲームである。しかしこの団子が途中で崩れたら失格である。チャンスは三回ある。見学している人々は歓声をあげたり、残念そうな声をあげたりしている。この競技の景品はすでに発表されている。東の街で一番大きいレストランのランチ券、十回分である。東の街の住民達にとっては、もらえたらとてもラッキーな景品だ。
「シスにーあれ出れば？」
大きな飴をなめながらミシェイラが言った。
「僕よりロイの方がいいんじゃない？」
そのロイは、「あちあち」言いながらソーセージをかじっていた。ナナミはジロウにソーセージをあげ、ジロウはむしゃむしゃ食べていた。
「ジロウ君おいしい？」
「ワン！ ワンワン！」
ジロウは尻尾を振っている。
「シスにーおかわりが欲しいって」
「分かった。他に欲しい人」
ロイが手をあげている。シスはソーセージを買いに行った。
「家族でこんな風に遊びに来られるなんて、楽しいね」
ラギはしみじみした様子で言っていた。
「楽しい！」
レーヌも大きな飴を持っている。
「アーねえもいたらよかったんだけどねえ」
とナナミ。
「クロスが大きくなったら、一緒に競争したいな」
ロイが言った。
「あれ？ ハザーク様がいる」
ナナミは人混みの中、きょろきょろしているハザークを発見した。一人だけすごく目立っている。ハザークがこちらに気がついてやってきた。
「パパだ！」
「パパー！」
ミシェイラとレーヌがうれしそうにハザークに近寄った。
「おお、競技が気になって見に来てしまった。まだか？」
「ミー達が出るヤツ？ まだだよ」
「そうか」
「もーハザーク様ったらミシェイラのためにこんなところまで来ちゃうなんて」
ナナミはちょっと頬を膨らませている。小さい頃はハザークのことを「パパ」と呼んでいたナナミも、今では「ハザーク様」と呼ぶことが多くなった。
「ナナミはなんか出たか？」
ハザークが取り繕うかのように聞いた。
「何も出てません。そうだ。あれやってください」
「あれ？」
ナナミがムサカに思念を送り、ゆりもやってきた。子供達も皆そろっている。
「ハザーク様、この箱の中に母様と同じ体重の土を入れるゲームですよ」
ナナミがハザークを連れてきたのは、シーソーゲームの所だった。
「土を？ 入れる？」
「とりあえず、ナナミとシスでやってみせてあげたらいいんじゃない？」
とゆり。
「そうね。シスにーよろしく」
「わかった」
シスがナナミの体重分の土を箱に入れることになった。
「シスにーがんば！」
「がんば！」
弟妹達から声援が飛んでいる。
「うーん。このくらいかな？ うん。これで」
ナナミが反対の箱に乗った。シーソーが傾いた。
「おおー」
シーソーは平行にはならなかった。ナナミの方が重かった。
「あれー？」
シスは残念そうだ。
「ハザーク様、わかりました？」
ゆりがハザークに聞いた。
「うむ。わかった。簡単だ。王妃の体重はナナミの倍くらいだから。あの倍弱くらい土を入れれば大丈夫だな」
ハザークは自信満々である。
「え？ 倍？ 倍もないですよ？」
ゆりはあわてて言っている。
ナナミはもう小さい子供ではないので、ゆりの体重がナナミの倍ってことはない。
「ぷぷ」
「くっ」
子供達は笑い、ムサカも苦笑し、そのブースを受け持っていたユリウスとジュメも、笑っちゃいけないと思いつつ笑っていた。
「パパがんば！」
「がんばれー！」
シーソーブースがかなり盛り上がり、人々も遠巻きに集まっていた。
「ハザーク様だよ」
「ハザーク様って？」
「知らないの？ 長生きされてる大蛇様だよ」
「初めてみた」
「本当にいたんだ」
「すごい」
ハザークは一般の人達にとっては伝説的存在である。初めてその姿を見て人々は驚いていた。
人々は皆シーソーゲームに注目している。そんな中、前の方にいた男が一人空に飛ばされていた。
「うおー」
その男の近くにいた者達は「ん？」と周りを見たり空を見たが、男の姿はもうなかった。
（さすが少年、素早い）
男を空に飛ばしたのはミケである。移動させたのはドルイドだった。シーソーゲームは何事もなかったかのように続行されている。ムサカがこちらを見ているのに気がついて、ミケは軽く頭を下げていた。
（あ、俺、初めて直接的に王妃様を守れた？ すげえ、なんか感動する！）
ミケはついうるるんとしていた。
ちなみに、ミケがなぜ男が敵だと気がついたかというと、ミケの毒探知魔法に男が引っかかったからだった。男は毒がついた何かを持っていた。それを飛ばそうとしていたのだろう。もしその毒針が王妃に飛んだとしても、今ゆりにはガッチガチに結界が張られていたのでその手前ではじかれたか、ムサカがゆりを守っただろうが。
（それでも感動だぜ！）
シーソーでは、ハザークが箱に土を入れまくり、子供達に「絶対重いですって」と言われていたが、「いや、王妃はこれくらいあるだろう」とハザークは自信満々だった。
「よし、王妃乗ってみてくれ」
ゆりは箱に乗った。シーソーは少し傾いたが、断然土の方が重かった。
「あれ？ おかしいな」
「もーハザーク様ってば。私はそんなに重くないですよ」
ゆりはむくれている。
子供達も周りも笑っていた。
そしてミカエルに聞いて城で見ていたラクシュミもぷっと笑っていた。
ゆりと子供達がシーソーから離れて、人々も散らばった。ミケの肩に手を乗せた者がいた。ミカエルである。
「なあ、さっきのなんで気がついたんだ？」
「秘密です」
ちなみに、ミケの毒探知魔法も街中で発動させるとあちこちでひっかかる。特に酒場などで。というのも、この国の人々は軽い蛇毒をスパイスのように料理にかけて食べたりすることがあるからだ。ミケの魔法では何の毒かはわからないので、ひっかかりまくるのだった。
鈴の音が聞こえて来た。
「宝探しに参加する人々は集まってください！」
あちこちで同じ呼びかけをしている。とうとう今日のメインイベントが始まるようだ。と同時に、「粘土で作品作りが始まりますよー、参加したい子供達は集まってくださーい」との呼びかけも始まった。
「あ、始まるよ、レーちゃんいこう！」
「うん！」
ミシェイラとレーヌはハザークと一緒に粘土の方に移動した。
「二人ともがんばれ！」
「うん。パパあめもってて」
二人はハザークに飴を渡して作品作りに参加した。粘土の作品作りに参加できるのは40歳までの子供だけだった。特賞が一つ、特別賞が三つ選ばれる予定である。午後二時が締め切りで、その後審査が行われるのだ。
宝探しは大人は男女混合で百人、こちらは参加費を払っての参加である。子供は男女別、男の子の希望者が多そうなので、女の子五十人、男の子七十人で行われることになった。
「大人の宝探しは二回行います。畑に埋められるのは石です。石には布がかぶせてあります。石は一個しか取ることができません。二個は取れませんから注意してください。埋められる石は三十個、その中の二十個は何も書かれていない外れの石です。番号が書かれているのは十個、1回目と2回目、どちらに一番の石が入っているか、それはわかりません。つまり、一回で三十人が石を取ったら、それで終了というわけです。石が取れなかった皆さんには、参加賞として、こちらのお酒を一本差し上げます。石が取れたけれど番号がなかった皆さんには、東の街商店街の金券が贈られます」
その金券は参加費の二倍くらいの額だった。
「石に書いてある番号は二十番までです。一番から順番に景品を選んでいただきます。景品は、ものすごく豪華です。期待してください。なお、競技中に危険行為に及んだ方は失格となります。他人から石を奪う行為も禁止です。これは土の神様に捧げるお祭りだということを忘れないでください。では、まずは1回目を行います。一番から五十番までの番号をお持ちの方、集まってください。皆さんには石を埋める間頭巾をかぶっていただきます。不正行為は禁止ですよ。見つけたら即退場となります。注意してください」
参加者達は目隠しのために頭巾をかぶされた。大人用の畑の上に霧が立ちこめた。
「シスにーやるじゃん」
とロイ。
「ふふっ」
この霧はシスの魔法である。水の魔法の応用だった。戦士達は宙に浮きながら石を畑に埋めて土をかぶせた。ロイも手伝っている。
子供達の方でも別の司会が競技の説明をしていた。石は五十個埋められる。番号が書いてあるのは十番までで、番号なしは文具セットが贈られる。石が取れなかった子にはお菓子が贈られる。こちらは女の子からだった。女の子は全員分石があるので、目隠しはなしで、戦士達が畑に石を埋める所も見る事が出来た。
「午後15歳以下の子供達が参加できる競技があります。粘土の作品作りを済ませた子供達はそちらにも参加できますよ。そちらは人数制限はありません。案内が始まったら集まってください」
子供達が集まっている畑の方で司会が声を張り上げていた。子供の宝探しは年齢制限なしにし、15歳以下には新たな競技をすることにした。
「15歳以下か。僕もそれに出ちゃおうかな。なんかずるって感じがするけど、ゼッド君は宝探しにでるんだね」
聞いたのは、キース将軍の息子セルジュである。前世の記憶を持ったセルジュは今年五歳、見た目はまだ小さい子供である。
「うん。僕は宝探しに出るよ。だって景品がいいらしいからね。本当は大人用に出たかったくらいだよ」
とゼッド。
「がんばれ」
「うん」
セルジュは、ユリウスの子供フランツを見つけて横に移動した。
「フランツ君は宝探しに出るの？」
「うん。朝早く並んだんだよ。セルジュ君は出るの？」
「僕は宝探しは間に合わなかったよ。午後に競技があるらしいから出よう。15歳以下だからフランツ君もでようよ」
「うん」
フランツは今年12歳である。
「みんな楽しそうだな。もうあの頃とは違うんだ。時々夢を見ているような気がする」
戦争で亡くなったセルジュは一番辛い時期を経験しただけに、今のこの平和が時々信じられなくなってしまうのだった。
「がんばって良い石をとっておくれよー」
「がんばれー」
あちこちから声援が飛んでいた。
畑が盛り上がる中、王妃の侍女による美容ブースは終了していた。
「みんな喜んでたね」
「うん。楽しかったわね」
侍女達はテントの中で後片付けを始めていたが、「あの……」とテントの外から声が聞こえた。
「あの……」
侍女の一人がテントの外に出た。
「ごめんなさい。もう終わってしまったの」
外にいたのは女性の二人組だった。一人は頭に頭巾をかぶり、顔を半分隠していた。こちらは大人の女性だが、もう一人は女性の半分くらいの背の子供である。二人とも暗い表情をしていた。
「あ、不気味姉妹だ。陰気になるからくるなよ！」
「家に帰れ！」
離れたところで男の子達が二人の悪口を言っていた。
「あなたたちなんてことを言うの！ やめなさい！」
侍女が怒ると男の子達は走って去って行った。
「ちょっと来て」
侍女は二人をテントの中に入れた。
他の侍女達も注目した。
「私達みんなに嫌われているので、みんながいるときは来られなくて……」
大人の女性が言った。女性は顔を隠していたが、やがて思い切ったように頭巾を取った。女性の顔の右半分がただれたようになっている。
「これは、やけど？」
「いえ、小さい頃に水疱瘡にかかって、それが原因なんです。少しでもましになりたくて……」
女性は泣いていた。
侍女達も、水疱瘡でここまでひどい症状を見るのは初めてだった。
「私のはお腹だからまだましだけど、不気味姉妹なんて呼ばれてるの」
小さい子の方が言った。
「辛かったわね。今日の美容液にそこまでの効果はないけれど、まだ残ってるからつけてあげるわ」
「ありがとうございます」
侍女達は残っていた美容液を姉妹の顔とお腹にぬってあげたが、同じ女性として、身につまされる思いだった。すごい美容液でも、かなり薄めてしまったので二人の肌を元に戻すほどの効果はないだろう。美容液が原液だったならば、もっとすごい効果があったかもしれないが。
「ミラさん、王妃様に言いましょうよ」
他の侍女がぼそりとミラに言った。
「……そうね。呼んでくる」
ミラはテントを出て行った。
その頃ゆりは畑での子供の宝探しを見学していたが、ミラに呼ばれてムサカに移動させてもらった。
美容ブースのテントの中では、姉妹が「少しはましになったかもしれません。ありがとうございます」と喜んでいたが、侍女達の目には、さほどましになったようにも見えなかった。
ゆりがテントにやってきた。女性はあわてて顔を手で隠していた。
「二人とも、住んでいる所を教えてくれる？ 私が必ず、神様に頼んですごい美容液をもらってきてあげるから」
「え？」
前にゆりはガーベラに頼んで水疱瘡で苦しんだ女の子達に美容液を配ったが、その時全員を助けることはできなかったのだろう。
（まだこんなにひどい症状の子がいたなんて……）
「今まで辛かったでしょう。私が必ず」
ゆりが涙目で言っていると、テントの中にミカエルが入って来た。
「どうやら僕の出番のようだ。ここは僕にまかせておくれ」
ミカエルはゆりにウインクしていた。ゆりははっと何かを悟り、「みんな外に出ましょう」と言った。
「え？」
「ミカエル様？」
「いいから。後はミカエル、よろしく」
ゆりは侍女達を促してテントから出た。テントの外ではムサカが待っていた。涙目のゆりを見て、「何かあったんですか？」と聞いた。
「いえ、なんでもないです」
（ガーベラ様、そういう所、もー好き！ むっちゃ好き！）
ゆりは男ガーベラが助けに来てくれたことに気がついて感動していた。
テントの中では、突然男と残された姉妹は、ちょっと不安そうだった。
「あのー戦士様？」
「大丈夫、不安がらなくていい。僕は、すべての女性の味方だよ。さあ座って。君達、好きな神はいるかい？ いないならちょうどいい。今日から君達は僕の信者だ。僕は愛欲の神ガーベラ、僕を讃えるがいい。そうすれば、僕も君達に恩恵を与えよう」
ミカエルに入った男ガーベラは歌うように言っていた。
「ガーベラ様って女性の神様では？」
大人の女性の方が聞いた。
「時々男にもなっているんだよ。どちらも一緒だ。肌の異常で困っている女性がいると、助けたくなる。さあ、僕を信じて。身を委ねて」
女性達は、何がなんやらわからなかったが、目の前にいる男が悪い男ではないということはわかった。女性のただれた顔を見ても気味悪そうにするわけでも、同情に目を細めることもしない。
こんな男は初めてである。
「さあ、僕の名前を呼ぶんだ」
「ガーベラ様、信じます。私はあなたの信者になります」
「私も、私もガーベラ様の信者になります」
姉に続いて妹も言った。
「良い子達だ。では、目を閉じて」
二人は椅子に座って目を閉じた。
その頃、宝探しの様子を眺めていたカサンドラは、神の力を感じてその方向に顔を向けた。
「ん？ 神の存在を感じる」
「まさかアリアスが来たなんていうんじゃないでしょうね」
横にいたサントスが言った。
「いや、アリアスじゃない。だれだろう」
十五分ほどして、テントから姉妹が出て来た。ゆりとムサカはもうここにはいない。侍女達だけである。姉妹は先ほどとは変わってうれしそうな表情だった。大人の女性はまだ頭巾をかぶっていたが、肌はなんとキレイになっている。普通の顔になっていた。
「わっ」
「すごい！」
「今日は黙っててって言われました。皆さん、ありがとうございます。感謝します。本当に夢みたいです」
姉妹は侍女達の両手を握りしめて、うれしそうに去って行った。侍女達が涙目でテントに入った。ミカエルはまだテントの中にいた。
「もしかして、男ガーベラ様ですか？」
「そうだよ。今日はご苦労様、僕からみんなに贈り物だ」
男ガーベラはその場にいた侍女達に青い花を一輪ずつ渡していた。
「うれしい！」
「ありがとうございます！」
「僕の方がラーズよりいい男だよ？」
男ガーベラはラーズ好き侍女に言っていた。
「どうしよう。ゆらぐ〜〜〜ガーベラ様も大好きです！」
テントの中は笑いで満ちていた。
カサンドラはどうにも気になって美容テントまで来てみたが、神の存在はもうここには感じなかった。少し離れた場所に感じる。
カサンドラはそちらに歩いて移動し、やがて祭りの喧噪から離れた大木が並ぶ場所に、男を見つけた。
「ん？ そなたは？」
「待ってたよ。ハニー」
「ハニー？」
男ガーベラはカサンドラを抱き寄せて唇にぶちゅっと口づけていた。
「そなたはまさかガーベラ！？」
「そうだよ。ハニー」
「どうしてここに？」
「君と同じさ。祭りが楽しそうだから」
男ガーベラは微笑んで言っていた。
「楽しそうだからって……」
「僕は長い間いられないんだ。愛の抱擁をしておくれ」
「いや、急すぎて……」
カサンドラは真っ赤である。
「ハニーは相変わらずだね、そういうところもかわいいけどさ。愛してるよハニー」
ガーベラはカサンドラにキスしまくり、そして動揺しまくっているカサンドラを置いて去って行った。
「あ、ちょっと……あの男はなんでああ勝手で魅力的なのだ。腹が立つ！」
腹が立つ、といいながらも、男ガーベラに会えてうれしかったのか、サントスの元に戻ったときには、「うれしそうですね。何かあったんですか？」と言われてしまった。
「別になにも……誰かいると思ったが、気のせいだった。アリアスでもなかった」
カサンドラは平常心を装って言っていた。
「そうですか。よかった。アリアスが来ると祭りがむちゃくちゃになってしまいますからね。宝探しの1回目が終わりましたよ」
「そうか。平和に終わったか？」
「まあ平和でした。石が見つからなかった人達はがっかりしてますけどね」
「石を見つけた皆さん布を取ってもいいですよ。石に番号がなかった皆さんは金券と引き換えに石を渡してください。石に番号がある皆さんはそのまま待機してください。おっ最高の番号は２です。とういうことは、二回戦目に一番の番号の石が入ることになります」
「おおおお！！」
次の参加者達が興奮していた。
「やった２番だ。やったやった！」
２の石を取ったのは、東の街で一番大きいパン屋のせがれだった。
「おめでとうございます。景品を楽しみにしていてくださいね。ちなみに今日はそのパン屋さんも出店してくださっています。皆さんパンもよろしくお願いしますね。では二回戦の準備に入ります。少々おまちください」
畑の方は大盛り上がりだったが、粘土の作品作りの方は、子供達ががんばっていた。参加者は今のところ10人ほどである。
ミシェイラは大作を作ろうとしているのか粘土をたくさんもってきて何かを作っている。レーヌはとぐろをまいた長い蛇を作っているようだった。その後ろでは飴を持ったハザークが飽きることなく応援している。
「おじちゃん、キレイだね」
「おじちゃーん」
小さい子供達は泥だらけの手でハザークにべたべた触りまくっていた。
（子供達になつかれてるハザーク様、いい、微笑ましい！）
少し離れた所では、ミルキダスがハザークを見ながら口元をうずうずさせている。ミルキダスの横にエルバートがやってきた。
「親バカここに極まれり、だな。そう思わないか？」
エルバートにいるカーライルが言った。
「微笑ましいですよ。ハザーク様も楽しそうです」
「ところで、今日の王妃変身してるよな」
「今頃気がついたんですか」
「エルバートは今日はここ担当じゃないんだ。休憩でちょっと来ただけなんでな」
「そうですか」
「祭りが平和そうでよかった」
「本当に」
カーライルは去って行った。
―おとうさーん、これから僕出るよ。見てよ！！
息子のゼッドから思念が来た。
―がんばれ
「平和っていいな。ん？」
ミカエルが頭をかきながらうろうろ歩いているのが見えた。どうにも様子がおかしい。
「どうかしたんですか？」
ミルキダスがミカエルに近づいて聞いた。
「一時間ばかり、何をしていたかさっぱり記憶がない」
ミカエルがおかしなことを言っていた。
「疲れてるんじゃないですか？ ちょっと休んだらどうですか？」
「そうだな。疲れているのかもしれない。ちょっと休んでくる」
ミカエルはふらふらしながら去って行ったのだった。
つづく
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