第８話
２月も半ばに差し掛かった朝、ゆりは自分の顔を鏡で見て「ぎゃあ」と悲鳴を上げた。両方の頬に赤いぶつぶつができていた。
そ・・・そんな・・・あの化粧クリームあわなかったのかも・・・
ゆりは肌をきれいにしようといろいろ化粧品を夜塗ったりしていたのだが、肌にあわなかったのかもしれない。これではまるっきり逆効果である。
ゆりががっくりとうなだれていると、ミラが部屋に入ってきた。「おはようございます」
ミラはワゴンに朝食をもってきた。
「あれ？どうしました？ゆり様」
ゆりがあまりにがっくりうなだれているので、ミラは心配げに近づいてきた。
「うえーん。ミラー」
ゆりは涙目でミラを見た。ミラの猫耳がぴょんと動いた。
「あらまあ・・・」
ゆりの顔を見て目を細める。
「がっくりだよもう・・・こんな顔になるなんて・・・」
「大丈夫ですよ。交わりの月までまだ日にちがありますから、それまでには治りますよ」
ミラが励ますように言う。
「そうかなあ・・・ぐす・・・」
今年の交わりの月は３の月の８日からだそうだ。毎年日にちが違う。
「さあ、気を取り直して食事をどうぞ」
「うん・・・」
ゆりはしょげながらパンをむしゃむしゃ食べた。すると、背中にべったり何かがひっついてきた。
「マー、あちょぼ、あちょぼ」
アナスターシャである。
「アナスターシャったら、瞬間移動勝手にしちゃだめでしょ」
「マー、ちゃんぽ、ちゃんぽ、ちゃんぽ」
ミラがゆりの背中からアナスターシャを引き離してゆりに渡した。
「マー、ちゃんぽちゃんぽちゃんぽ」
「マーはあなたとのチャンポは怖くてできません」
ゆりがめっと言うと、アナスターシャはぷっと頬を膨らませた。もう結構な重さである。はいはいもするし、
もうすぐ歩き出すだろう。
その時扉が激しくノックされて、アナスターシャの侍女が入ってきた。
「ああよかった。アナスターシャ様はこちらでしたか」
「この子瞬間移動するから侍女は大変ね」
ゆりが同情するように言った
突然消えていなくなるのだから世話をするのも大変だ。
「ええ、でもようやく結界の外は出てはいけないということを理解されたんですよ」
侍女が微笑んで言った。
「本当？えらいね。アナスターシャ」
「マー、あちょぼ」
アナスターシャは金色に輝く瞳をゆりに注いでいる。
「何して遊ぶの？」
「ちゃんぽ」
「だからちゃんぽは・・・」
とゆりが言ってる間に二人の姿は消えた。
「あらら・・・」とミラ。
「結界の外には出られないと思いますから、前のような事にはならないと思いますが・・・」
アナスターシャの侍女が、ちょっと心配するように言った。
気づいたらゆりは城の南の庭園の方にいた。花壇が一杯あるところだ。結界の中だったので、ゆりは胸をなでおろした。だが、心臓は激しく鼓動している。
「おはな、おはな、おはな」
アナスターシャは花壇の花を見て喜んでいた。
「はいはい。お花ですね」
ゆりがアナスターシャを花壇に近づけると、アナスターシャは手を出して、花をむしりまくっていた。一杯花びらが下に
落ちている。
ここって王様の花壇のような気がしたけど・・・
まあいいか、娘がした事だし怒らないだろう・・・
その時、二人の女が花壇に近づいてきた。二人とも金色の髪の女である。一族の者は、ハザークを抜かして金色の髪の者はいない。王の侍女だった。どちらも、細身だが、胸だけは素晴らしく大きかった。顔はもちろん美人である。
「王妃様、このような事をされては困ります」侍女がむしりとられた花を見て言った。
「これらの花は王の心を慰めるために植えられているのですから・・・」
「ごめんなさい。つい・・・」
ゆりはアナスターシャを花壇から離した。
「王妃様はお化粧はなさらないのですか？」
侍女の一人がゆりの顔を見て聞いた。
「随分自信がおありなのですねえ」
もう一人がいやみな笑みを浮かべて言った。
きー！むかつく！これだから王の侍女はみんな嫌いなのよ！
ゆりがむかついていると、瞬間移動した。
着いた場所は城の中のどこかだ。
「はあ・・・」「きゃは、きゃは、きゃは」
アナスターシャはすこぶる機嫌がいい。
ゆりだって普段は化粧くらいはしているのだが、今日は突然のことで、化粧する間もなかった。しかも、顔にぶつぶつができていた。情けない事この上ない。
「アナスターシャ、ここどこ？」「おしろ、おしろ」
「そりゃそうでしょうけど・・・」
城の中は広くて、どこも通路は似たような感じなので、ぱっときたらどこかゆりにはわからない。
その時イシュタールが通路の向こうから歩いてきて、ゆりはぎょっとした。「おはようございます。王妃」
「おはよう。イシュタール」
ゆりはアナスターシャの体を持ち上げて自分の顔の前においた。
「？」
「イシュ、イシュ、イシュ」
アナスターシャはイシュタールの顔を見てうねうね手足を動かしている。
「どうかしたんですか？」
イシュタールがアナスターシャの横からゆりの顔をのぞきこもうとしたので、ゆりはさっとアナスターシャで顔を隠した。
「ううん。なんでもないよ。ちょっと今日まだ化粧してないから・・・」
「そうなんですか？王妃は素顔もきれいですよ？」
「・・・」
ありがとう・・・お世辞でもうれしいよ。イシュタール・・・
今は複雑な心境だったので、素直に喜べなかった。
「今日はそちらの部屋で会議なんですよ。将軍らもいらっしゃいますから、なんでしたらお会いにー」「ううん。いい。いい。今日はやめとくから、アナスターシャ！ちゃんぽ、ちゃんぽ」
ゆりはあわてていい、アナスターシャは移動した。
冗談じゃない。この顔を将軍らに見せるなんていやよ〜
だが、移動先でゆりの顔は極限まで引きつった。なんと、目の前には長椅子に寝そべったハザークがいたのだ。どうやら突然ハザークの塔の部屋の中に来てしまったらしい。
ハザークはしらけた表情でゆりを見た。
「す、すいません・・・突然現れて・・・」
「へーびへーびへーび」
アナスターシャは長椅子の横にいた銀色の巨大な蛇を見て声をあげて、ゆりの腕から移動して蛇の上にべったりくっついた。
「アナスターシャ・・・」
「へびへびへび」
アナスターシャは蛇の胴体をつかんでいる。蛇はうねうねしていた。蛇の顔を見ると別段怒ってもいない。
「・・・・あの、怒ってます？」
ゆりは恐る恐るハザークに聞いた。
「お前・・えらくひどい顔をしてるな」
ハザークがゆりを見上げていい、ゆりの顔が引きつった。
「出ろ」
ハザークが目を閉じた。
「すいません・・・」
ゆりはしょんぼりしてアナスターシャを抱き上げて、部屋を出て行った。
「ハザーク様、あれは言いすぎですよ？」部屋の中でハザークの侍女がたしなめるように言った。
「ひどいからひどいと言ったんだ」
「泣いてましたよ？」
もう一人の侍女が言った。
「・・・泣いてた？」
ハザークは目を開けて侍女を見上げた。
「なんでだ」
「それは、ハザーク様がひどい顔って言ったからですわ」
「・・・」
「男の人に指摘されると、女は誰でも傷つきますのよ」
「・・・・はあ・・・わかった。連れ戻してこい」
ゆりはとぼとぼと塔の階段を下りていた。面と向かってひどい顔と言われたのはさすがにショックだった。「王妃様」
呼ばれて振り向くと、白い長い髪の、ハザークの侍女がいた。
「戻ってらして。ハザーク様が用があるみたいです」
「え・・・」
できる事なら、当分会いたくないんですけど・・・
「さあ、お早く」侍女は微笑んで言っている。
「はあ・・・」
ゆりは仕方なく、また階段を上っていった。
部屋に入ると、ハザークは長椅子に座っていた。
表情は全くさっきと同じで、ハザークは興味がなさそうな顔でゆりを見た。
「用ってなんですか？」
「お前、気の巡りがよくないぞ」
「え？」
「体調がお悪いのではないですか？王妃様」
「気の巡りが悪いと、肌によくないのですよ」
侍女たちがフォローするように言った。
「自分ではわかりませんけど・・」
「治してやってもいいぞ。」
ハザークがそっけなく言った。
「本当ですか？」
「今のままでは、王があまりに気の毒だからな」
「・・・」
「王妃様、治してもらうとよいですよ。肌もなおりますわ。きっと」
「本当？じゃあお願いします」
ゆりの目が輝いた。
ハザークは立ち上がった。侍女がアナスターシャを受け取った。「ならこっちに来い」
ハザークは部屋の中にある、もうひとつの扉を開けて、中に入って行った。立ち上がると、ラクシュミと同じくらいの背の高さ
だった。
ゆりはその部屋を見て目を見開いた。中にあるのは、でかい天蓋のベッド。それだけだ。
「そこに裸になって寝転べ」
ハザークは、そっけないままいった。
「は？」
ゆりは冗談かと思ったが、ハザークは冗談を言うタイプではないだろう。
「・・・・」
「早くしろ」
「あの・・・裸にならないとだめなんですか？」
「だめだな」
「・・・じゃあやっぱりいいです」
「そうか」
部屋からゆりが出てきたので、アナスターシャと遊んでいた二人の侍女が目をむけた。
「どうなさったのですか？」
「だって、裸にならないと無理みたいだから・・・」
「いやなのですか？」
「やだよ。あんなきれいな人にこんな裸見られるの」
「ですが・・・・そのままだと、もっとひどくなる場合がありますよ？」
侍女の言葉にゆりはぎょっとした。
「気の巡りを治すということは、ハザーク様にしかできませんわよ。ハザーク様がその気になってる時にやっていただいた方がよいで
すよ？」
「王様にはできないの？」
「おできにはならないと思います。」
「今の内ですわよ？王妃様。明日頼んでも無理ですよ？」
「・・・」
やっぱりやってもらおうかな・・・別に裸見られたからって、何かされそうにもないし、絶対。
ゆりが寝室に戻ると、ハザークはベッドの上に寝転んでいた。「あのう、やっぱりお願いしてもいいですか？」
ゆりが恐る恐る言うと、ハザークは顔を向けた。
「じゃあ脱げ」
「はーい」
ゆりは開き直って服を脱ぎだした。
「あのう、下着着ててもいいです？」「ん？ああ」
ゆりはショーツと胸を覆っている下着だけをつけたままベッドの上に寝転んだ。
ハザークは上体をあげて、ゆりのあごに手をかけて少し上に向けた。ひんやりとした手だ。
ハザークの指はゆりの首に当てられて、横の方を少しおされた。ゆりはじっとしている。
次に胸と胸の間に指があてられた。ぐりぐり押される。
痛い・・・
「これとれ」ハザークはゆりの胸を見て言った。
「え・・・」
「言っておくが、我はお前の体を見たからって、全くどういう気にもならないぞ？」
「・・・取ります。」
ゆりはちょっとむっとして胸につけているものを脱いだ。ショーツ以外裸になったが、全然ハザークはやらしい気分にも
なっていないようだった。
ゆりがまた寝転ぶと、ハザークはゆりの胸の両方の横をぐいぐい押した。
あちこち触られているうちに、ゆりはちょっといい気分になってきた。
これって・・・・整体っぽいかも・・・なんか気持ちいいなあ・・・
ゆりの肌から汗がだらだら流れてきた。ハザークはゆりの太ももの付け根あたりを押している。
やらしい気分になったらどうしよう・・・
なにやらちょっと変な気分になってきたゆりだったが、顔は平静を保っていた。だが、ゆりの気に、ちょっとだけピンクの気が混じってきたので、ハザークには、すっかりばれていた。
ハザークはゆりの肌から手を離して離れた。「もういいぞ」
「どうもありがとうございます」
侍女がタオルを持ってきてゆりに渡した。
「ありがとう」
ゆりはタオルに顔をあてた。顔からはひどい汗がでていたからだ。ゆりはタオルを見てぎょっとした。タオルがちょっと黒くなって
いたからだ。
「・・・・」
「体の中から悪い物がでたんですわ」
侍女が微笑んで言った。
「そうなんだ。ハザーク様って、エステシャンみたいだね」
ゆりが言うと、ハザークは何のことやらわからずに首をかしげた。
「こっちのこと」
「お前は確かに巫女の素質があるな」
ハザークはゆりを見て言った。
「巫女の素質って？」
「・・・まあ、言わないほうがいいだろうな」
ハザークは少し目を細めて言った。
「ハザーク様、王妃様を浴室まで送ってあげてはどうですか？」
「いいぞ」
「あ、でもアナスターシャが・・・」
「姫君は私が部屋に送っておきましょう」
「いいの？ありがとう」
「送るぞ」
ハザークは右手をあげた。ゆりはあわてて服をつかみ、移動させられた。
ゆりは浴室で、水で体や髪を洗ってさっぱりした。
「あーなんだか気分爽快だなあ・・・恥ずかしかったけど、やってもらってよかったな」体がなんだか軽くなった気分だった。肌さわりもいい。
部屋に戻ると、ミラがゆりの顔をまじまじと見た。「あら？朝のぶつぶつ治ってますね」
「本当？」
ゆりは鏡で自分の顔を見てみた。するときれいに治っている。
「よかったー」
「どうして急に治ったんでしょう？」
「ハザーク様が治してくれたんだよ。ありがとう。ハザーク様」
顔はすっかりきれいになっていたので、ゆりは両手を合わせてうれしそうに言った。ミラは不思議そうに首をかしげている。
その後昼食を食べてくつろいでいたら、ミカエルがやってきた。「こんにちは。王妃」
「ミカエル、赤ちゃん産まれておめでとう」
「ありがとうございます。」
ミカエルは座っているゆりに近づいてゆりをじっとみた。
「名前決まった？」
「ラリーにしました。私と同じ黒髪黒い瞳ですよ」
「見たいなあ・・・」
「そのうちにね」
ミカエルは少し首をかしげた。
「何？」
「王妃の気なんですけど、きれいに混じってますね。何かありました？」
「ハザーク様が何かしてくれたみたい」
「そうなんですか？」
ミカエルはゆりの横にいすをもっていって座った。
「ミカエル、ユリウスに振られたんだってね」
ゆりがニコニコして言うと、ミカエルの顔が引きつった。
「それはデマですよ。私はああいう生意気な女は嫌いです」
「ふふ、それは負け惜しみってやつだね」
ゆりがにんまりして言う。日ごろ全然ミカエルに勝てないので、こういう話題はうれしくてしょうがないのだ。
ミカエルは一瞬眉をひそめたが、やがて微笑んだ。「王妃ってば、妬いてるんですね」
「え？別に」
「私が誰と交わりの月を過ごそうと、心だけは王妃のものですからね。」
ミカエルはゆりを見つめて言った。すっかり誘惑視線になっている。
「え、別にいいから、ミカエルの子供産んだ彼女にあげたらどうかな？」
ゆりがちょっと頬を引きつらせていう。何気に体がのけぞっていた。ミカエルが近づいてきたからだ。
「またまた。うれしいくせに」
「別に・・・」
「今日はすごく肌がきれいですね。」
「え・・・」
「来月は他の女と過ごすから、その前に今日は可愛がってあげますね」
「は？」
といった時にはゆりの体は別室の方に移動していた。
「ちょっとミカエル何考えてるの！？」
ゆりがぎょっとして言う。
「最近イシュタールと仲良くしてるでしょう。だめですよ。あんまり仲良くしたら」
「・・・別に、イシュタールとはそういう仲じゃ・・・」
「一杯かわいがってあげますね。あなたの気が真っピンクになるまで」
「ええー！」
ゆりの体はすんなりベッドに乗せられてしまい、上に乗られてしまった。
「今日は肌が輝いてますね。」
「別にミカエルのためにきれいになったんじゃないのに。王様のためなのにい」
ゆりが悲鳴を上げるように言う。
「微笑ましい話ですね。王も喜びますよ」
「じゃあどいて！」
「いや」
結局、ゆりはしばらくそこから出れなかった。ミカエルがゆりの体から手を離した時には、ゆりの気はほとんどピンク色に変わっていた。
こんなことならきれいになるんじゃなかった・・・
そう思ったゆりだったが、横にいるのはやっぱり強烈にいい男だったので、まあいっか、と心のどこかでは思ってしまう自分がいるのだった。
「うれしいでしょ？王妃」
ミカエルがゆりを抱きしめたまま聞いた。
「うれしいです。だからもう離してよ、」
ゆりはちょっとむっとした顔で言った。
「ああ、抱きたいのになあ・・・王に言ってくれませんか？真面目に」
そんなこと言うわけないだろ。ばか！
ゆりはまたそう思ったが、状況が状況なので、また黙りこくっていたのだった。
おしまい
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