番外編〜ある虎の国の一日〜
蛇の国では、ゆりが儀式だなんだとやっていたころ、虎の国にいるアヤコは、相変わらず食べては寝る生活を繰り返していた。
子供を孕んで3年はたつというのに、まだ子供は出てくる気配がない。
アヤコの横では猫族の女の子がぱたぱた大きなうちわのようなものでアヤコを扇いでいた。
この国は、結構暑い。王宮の周りはジャングルのようなものが広がっているし、今は一年で最も暑い時期だった。
あーカキ氷が食べたい・・・
アヤコはこっちにきて、アイスクリームを食べたことがない。氷自体ないのだ。氷を作る魔法というようなものもこの国にはない。
ただ、冷たい地下水がくみ上げられているので、それで飲み物などは冷やしている。
虎の国は今、異界風料理が結構はやっていた。その中でも辛いものが特にはやっている。
「このカレーという料理は美味じゃのう〜」
と虎の国の国王も喜んで食べている。
アヤコは元の世界にいた時はまったく料理をしたことがなかったのだが、ゆりに出会ってから、かなり食生活が変わってきた。
それがうれしくてならない。妊娠してさらに食の欲求が強くなっているアヤコにとっては、まさにゆりの到来は天の助けだった。
それにしても・・・いまだにあのにょろがいいなんて理解できないけど・・・
「一匹見ただけでぞっとする。ねえ、そう思わない？」
アヤコはうちわを仰いでいる侍女に言った。
「何の話ですか？」
「だから、あれよ。あの長いの」
「ああ、蛇ですか」
「それを言わないで！聞いただけでぞっとする！」
蛇の文字だけで鳥肌が立つアヤコだった。
「私が思うに、探したら異界の女って他にもいろいろいそうだよね？」
「そうですね。」
「犬の国あたりがあやしいと思うんだけどなあ・・・」
「犬の国ですか。」
「向こうの人って結構犬好き多いのよね。私は犬より猫派だけど。」
この世界にはもちろんパソコンなんてない。だから異界の女を捜すといっても、探せないのだ。
それに、犬の国とこの虎の国は、敵同士ではないが、そんなに交流がない。
アヤコがこの国を選んだ理由は、別に虎が好き、というわけでもなかった。猫がなかったから虎にした、くらいの
単純な理由である。他の動物は、なじみがなかったのだ。
まあいいや。私にはゆりちゃんさえいれば・・・
もちろん目当てはゆりが開発する異界風料理である。
「ア〜ヤ〜コ」
その時ガットが部屋に入ってきて、アヤコに抱きついてきた。
「暑いんだからよらないでよ！」
アヤコはガットのおなかを蹴とばした。だが蹴ったくらいじゃびくともしない。
「ひっつきたいんだよ〜ゴロゴロ」
「もー・・・」
「はい、ゆりちゃんからお手紙だよ」
「ありがと」
アヤコはさっと奪って手紙をあけた。ガットはアヤコのおなかに抱きついている。
「ほんとうっとおしい人ね！」
「またまた愛してるくせに。この前だっておれを愛してるって何度も言ってくれたじゃないか〜」
「覚えてないから」
どうも、虎族の発情期の時期になると、アヤコの記憶は時々飛んでいる。もともと出会って数日後からしてそれだった。
ガットはアヤコを一目見て気に入って迫っていたのだが、アヤコはそうでもなかった。ただ、ここで生活するために、
身分が高い男と仲良くした方がいいと思い、適当にあしらっていた。そうしていたら、発情期、なぜかアヤコは気づいたら
ガットとベッドにいて、しかも数日そこで過ごしたと言われたのだった。アヤコはその間の事を全然覚えていなかったのだ。
その後も、ガットは迫りまくり、悪い男ではなかったので、アヤコも結婚を承諾したのだった。。
一生自分だけ、と堅く約束させて。
こうして結婚して20数年たったというわけだ。
いまだに発情期の数日は、アヤコは覚えていない。
「おれの腰にすがって何度もねだったくせにい」
「うるさい！」
アヤコはガットの耳を思いっきりひっぱった。
「アヤコちゃんったら照れちゃって」
「違うってのに。本当に覚えてないの」
アヤコはゆりの手紙を読んだ。
なかなか順調そうだ。時々気分が悪くなって一族の人から気をもらっている、というようなことが
書かれていた。
「気？気って何？」
アヤコはガットに聞いた。
「木？外に一杯生えてるだろ？」
「その木じゃないわよ。気分が悪い時にもらう気って何？」
「？」
ガットは首をかしげた。
「さあ、気分が悪い時にもらうんなら薬じゃないのか？」
「薬？なんか意味通じないけど・・・」
虎族と蛇族の種族の体質が余りに違うため、時々アヤコはゆりの手紙が理解できていなかった。
「まあいいか」
アヤコは二枚目の手紙を見て目を輝かせた。なんとそこには、お好み焼き風食べ物のレシピがあったからだった。
「お好み焼き！お好み焼き！お好み焼きー！キャハ〜！」
アヤコは喜んで部屋を出て行った。もちろんさっそく料理人に作らせるつもりだ。
「らららら〜」
「オコノミヤキってなんだ？」
ガットは首をかしげた。
その後アヤコは本当に久しぶりにお好み焼きらしき食べ物をたらふく食べて、幸せ気分で布団に入ったのだった。
「アー幸せ
」
「アヤコ〜すぐ寝ちゃわないでおれとしようよう」
ガットがアヤコの頬をつんつんつついた。
「うるさいわね！今日はそんな気ないの！」
アヤコはガットに背中を向けて寝た。
「今日はって、昨日もおとついもそう言ったじゃないか・・・」
ガットはぶつぶつ言っている。アヤコは完全に無視していたので、ガットは仕方なく横にごろんとなって寝た。
数日後、ゆりの元にアヤコから手紙が来た。
お好み焼きは大変おいしかったと書かれていた。そして、自分は気というものはもらったことがないが、体に気をつけてね。と
ゆりの体調を気遣うようなことが書かれていた。
気をもらったことがない？
ゆりは夜、ラクシュミに聞いてみた。
「ねえ、王様、アヤコさんって気もらったことないんだって、なんで私と違うの？」
「もらってないことはないだろ。」
「でも、もらったことないって書いてあったよ？」
「それはただ気づいてないだけだ。アヤコはガットとそっくり同じ気を帯びてるぞ。」
「そうなの？」
「そういえば、虎族は他人の気を見ることができないようだ。しょっちゅう一緒にいるから、ガットから奪いまくってるんじゃ
ないのか？どうせガットは気づいてないだろうが」
「・・・」
「虎族は鈍感だからな。それに気の回復力が素晴らしく早い。精力もありあまっているし、お前たち異界の女には
虎族の男はうってつけだな」
「・・・やだ・・・私は王様がいい・・・」
ゆりはちょっとかわいげに言ってみた。そういう雰囲気になったらいいな、と思ったのだ。
「そうか」
ラクシュミはあっさり言ってゆりに背中を向けてしまった。
ガーン
そういえば、三日月だった。全然その気にない時期らしい。
ちぇ・・・
ゆりも仕方なく眠ったのだった。