番外編３ 〜ある王の間の番兵さんの一日〜
私は王の間の番兵の仕事をしております、トーヤと申します。大人になってまだ10年ほどです。
私が番兵という任について、かれこれ２年ほどが経過したでしょうか。王妃様は二人目を身ごもられ１年ほどが経過しました。
王の間の番兵という仕事は、数多い仕事の中でも、一番人気がある仕事でございます。
なぜなら、それは当然、美しい王のお側にいることができるからでございます。
王の美しさといったらもう・・・言葉では言い表せないほどでございますが、あの輝く瞳でにらまれるだけでも、
うっとりしてしまいます。
そのため、王の間の番兵は競争率も高く、私が選ばれた時には、もう天にも昇る気持ちでございました。
城の表門の門番連中には何度うらやましがられたかしれません。
ちなみに、番兵の任期は１０年と決められており、全部で８人いるうちの、４人ずつが５年ごとに入れ替えられることになって
おります。
選ばれる方法は決まっております。箱に希望者の名前を書いた札が入れられて、王が適当に選ばれるのです。
2年前には、王が偶然にも私の札を選び、私がこの仕事についたわけです。番兵になりたがる女性も多いのですが、残念ながら、
女性はこの任につくことはできません。王の顔を見てうっとりしすぎてしまうからです。
さて、今日も王の間には様々な客人が訪れています。重要な用件がある一族の者もいれば、たいした用でもない者もおります。
王のお顔をどうしても見たい、という一族の女性もここにはやってきます。時間がある時ならば、王はたいていだれとでも
会ってくださいます。一族の者とのふれあいも王の大事なお仕事の内だからです。といってもものには限度がございますので、
そういった方の毎日の訪問はご遠慮いただいております。王もお忙しい方ですから。
番人は扉の外と内側に二人ずつおりますが、私たちは内と外で思念を交し合い、内側の番兵が王に客人の名前を告げるわけです。
内側にいる時は、もううっとりと王のお姿をずっと眺めることができるのですが、たまに雑用のようなこともいたします。
ペンと紙ををもってこいといえば、もっていくし、肩をもめ、といわれれば揉むこともございます。
こういうことはごくまれにですが。
美しい王のお体に触れた、というだけで、一族の女性方からは首を絞められるかもしれません。
いえ、男性方からもうらやましがられるに違いありません。王の髪一本でも欲しい！と誰もが思っているのですから。
おや、扉の前にミカエル様がいらっしゃいました。ですが、今日はいつもと違いどこか沈んだご様子です。いつも自信に満ちた
表情でいらっしゃるのに、一体どうされたのでしょう。何かあったのでしょうか。そう思い私は声をかけました。
「どうなさったんですか？ミカエル様」
私が聞くと、ミカエル様はこうおっしゃられました。
「ネタがない」
「ネタ・・・？」
「ああ、王を喜ばすような話のネタがないのだ。今日は。困ったな・・・」
ミカエル様は心底困ったような表情をしていらっしゃいました。ミカエル様は王とも年が近く、気安く話し合う仲でございます。
フリット様もそうなのですが、ミカエル様のほうが、王のお気を紛らわしたいという思いが強いのか、仕事のついでにいつも
面白い話をしていかれるのが常なのです。といっても話がいつも面白いわけではなく、王も時折首をひねっていらっしゃい
ますが。
「何か面白い話はないのか？」
ミカエル様は、私どもを見て尋ねられました。
「そういえば・・・南の方の町で、パイの早食い競争があったんです。優勝者はなんと１０個も食べたそうです」
もう一人の番兵が言いました。
「つまらん。一体それのどこが面白いんだ」
「面白くないでしょうか？」
「面白くない。仕方ない。王妃が羊を食べたがった話をしようかな」
そういうと、ミカエル様は王の間から出てきた客人と入れ替わりに入っていかれました。
王妃が羊を食べたがったとはどういう話なのでしょうか。私も聞いてみたかったですが、今日は扉の外にいるので聞けません。
ここにいると、様々な方と出会うことができ、いろいろな話も聞けるのですが、もちろんその全てを外でべらべらしゃべる
事はしません。そんなことをしたらすぐ首になってしまいます。
お昼の時間が来て代わりの者が二人やってきました。番兵の仕事は一日の時もあれば、半日の時もあります。半日の時や休みの
日はたいてい訓練所に行って、体を鍛えております。
私から休憩に出ることになりました。瞬間移動で食堂に行ってもいいのですが、今日は歩きたい気分なので歩いて食堂にいくことに
いたしましょう。
このお城はかなり大きなお城でございまして、我々のような城周り勤務の者はお城の中で寝泊りしております。一階右奥廊下を
曲がった所に城周りの者の宿泊する部屋や、休憩場、食堂などがございます。
廊下を歩いている最中、通りすがった一人の女性が私に声をかけてきました。
「ねえ、番兵さん」
「はい、なんでしょうか」
女性は私に近づいて耳元に顔を寄せてきました。見事な体つき、顔立ちも美しい緑の髪の女性です。王の侍女です。
「王の好きな匂いってどんな匂いかしら、知らない？」
「さあ、知りません」
「じゃあ、好きな女の髪型は？」
「さあ」
「好きな色は？」
「さあ」
「何か教えてよ。お願い。教えてくれたらいいことしてあげるから」
女性は私にウインクをしてきました。
「いえ、別にいいです」
私はそう言って通り過ぎました。女性の悔しそうな声が聞こえました。私達に色仕掛けは無駄です。なぜなら交わりの月以外
あまりその気にならないからです。
しかしどうしてああ、王の侍女は体の線がよく出る服を着ていらっしゃるのでしょうか。胸の谷間もばっちり見えています。
スカートも大きなスリットが入って足も丸見えです。皆様随分自分の体に自信がおありのご様子ですが、王はそんな侍女を見ても
全然その気にならないご様子。お気の毒としかいいようがありません。
食堂で食事をして王の間に戻ってきました。
午後は王の間の内側の勤務で、一人と交代しました。
なんと、ミカエル様はまだいらっしゃって王と話をしていらっしゃいました。
しかも王妃様まで中にいらっしゃいます。王妃様は真っ赤な顔でミカエル様に言っておられました。
「しょうがないじゃない。あの時は羊が食べたかったんだもん。王様、ミカエルってばやらしいんだよ。二人きりになったら
すぐ迫ってくるんだから」
王妃様は王の手を握り締めながら真っ赤な顔で訴えていらっしゃいます。
「王妃が魅力的だからですよ」
ミカエル様がおっしゃると、王も、「よかったな、ゆり、お前は魅力的な女なんだな」と微笑んでいらっしゃいました。
「違うよ。ミカエルがただやらしいだけだよ」
王妃様はかわいらしく口を尖らせていらっしゃいました。
我々はもちろん、ミカエル様がただのやらしい男ではないということはよく存じております。
あの美しい王の侍女たちにも、迫られても笑顔でかわしておりますから。
ミカエル様がその気になるのは、王妃様が魅力的だから、としかいいようがありません。
このような魅力的な王妃様がいらっしゃって、我々は幸せですね。
王妃様は真っ赤な顔で頬を膨らませて、ミカエル様と王の間を出て行かれました。
本当に仲がよいのですね。お二人は。微笑ましい限りです。
王妃様には６人もの恋人がいらっしゃるわけですが、６人とも和気藹々と王妃様とお付き合いされているご様子です。
他国ではこのようなことがあるのかどうか知りませんがこの国ではおかしなことでもありません。
最近王妃様の恋人になったイシュタール様は、かなり王妃様に熱をあげられていらっしゃるようですね。ミカエル様がやきもきして
おられました。この前のお二人の決闘には、なんと出店の屋台まで出たとか。私も見たかったですが、残念ながらその日は
ここにおりました。王もお二人の決闘にはかなりの興味を示されたご様子。決闘を見物している者から、思念で状況を聞いていた
ようです。時折笑っておられました。そして「やはりな・・・」とぼそり。
王は私共を見て「どちらが勝ったと思う？」と聞かれました。私たちは顔を見回せて、首をかしげました。
ミカエル様もイシュタール様も、力はほぼ互角です。どちらが勝ってもおかしくありません。
「体力差でイシュタールだ。ほら、これやろう。酒でも買え」
そういうと、王は何か紙切れを出されました。私はぱっと移動してそれを頂戴しました。
それは掛け金を払った受領書でした。なんと、王も賭けにのられていたのですね。
王もこんなに楽しまれていたとは。またどなたか決闘していただけないでしょうか。
「少し休憩する」
王はそういって、姿を消されました。
さあ、王が休憩の間は、お掃除のお時間です。ほうきとちりとり、ふきんをもってきて、床を掃き、王の椅子をぴかぴかに
するのです。
ああ！こんな所に御髪が！
私は王の椅子の腰掛ける部分に、銀色の髪が落ちているのを発見しました。
持ち帰りたい所ですが、王の髪は焼却処分する決まりがあります。髪というのは呪術の道具にされやすいからです。
そのため、王の髪を城の外に持ち出すことはご法度なのです。
王の椅子のあたりに大きな蛇がとぐろを巻いて寝ていました。私が近くをほうきで掃いていると、うっとうしいな、とばかりに
睨まれました。
「そんなに睨まなくてもいいじゃないか。この下も掃除したいんだけど・・・」
大蛇はまだ睨んでいます。私は仕方なく別の場所に移動しました。大きな蛇になると、私の年齢の二倍以上は生きている蛇
ばかりです。
どうにも頭があがりません。
王がお戻りになり、王の間に次の客が入りました。その者は、他国を回って様々な情勢を仕入れている者でした。
王も真剣な表情でいろいろ聞いておられます。
「最近はありがたいことに、麒麟の国が龍の国に大きな圧力をかけている様子で。こちらに構っているばかりとはいかないようです」
「ありがたいな。非常に」
「昔奪われた領土奪還を狙っている様子、そのまま争ってくれたらいいのですが・・・」
「ずっと争ってくれたらいいのにな」
「麒麟の一族はもともとそう好戦的ではないので、どうなるかわからないですが・・・」
我々蛇の一族は龍の一族に目の敵にされておりますから、確かに、あちらが他の国と争ってくれれば、それに越したことは
ありません。
そういえば、王妃様はこの前、変なことをおっしゃられてました。
「キリン族の人ってみんな首長いの？」
王はきょとんとしておられました。
「いいや、普通だぞ。頭に二本角がある。男にだけな」
「キリンの動物は首すごく長いでしょ？」
「いいや。そんなに長くないぞ。体つきはでかい鹿のような生き物だ。顔は、虎をどうにかしたような感じだ。それで角がある。」
王妃様は首をかしげておられました。どうやら麒麟は、王妃様の世界ではいなかった動物のようでございます。
といっても、私も麒麟をじかに見たことはありません。麒麟は穏やかな動物で、戦いは好まないようです。
その後、王は瞑想に入られ、我々は外にでました。瞑想の間はだれも王の間に入ることはできません。
王は目を閉じられて、意識の全てをこの国に注ぎ、国を覆っている一族の気を高めていらっしゃるのです。
同時に集中力を高める効果があるようです。
門の外に４人立っているのも暇なので、私ともう一人は、アナスターシャ様のお部屋を訪ねました。
アナスターシャ様は追いかけっこが大好きなので、そのお相手はどうかと思ったのです。
アナスターシャ様は大変喜ばれ、３人で追いかけっこが始まりました。姫様は幼いながらもさすが王のお子様、瞬間移動の
速さも素晴らしく早く、我々も手を抜いたらすぐに捕まえられてしまいます。
必死に二人で逃げて、その後をアナスターシャ様がおいかけました。もちろん結界の中だけですが、姫様と遊ぶのは
楽しいものです。しばらくすると、姫様はお疲れになったのか、庭園でしゃがみこんでしまわれました。
「大丈夫ですか？」
私が寄っていくと、姫様はぱっと私のズボンに手を触れました。
「捕まえた」
「おや、姫様は策士でいらっしゃるんですねー」
「へへへーミカエルとヴィラはひっかかんないけど、たいていみんなひっかかるんだよ」
「そうですか」
なんと賢い姫様でしょう。先が楽しみでございます。
夕方番兵仲間から思念が届き、我々は王の間に戻りました。
ロナウド将軍がやってきて、各街の様子を王に話していらっしゃいました。王は国王として、様々な街の様子にも大変興味を
示しておられるのです。
「この前、ある街でパイの早食い競争をしていましたよ」
将軍が切り出しました。
「そんなことしてるのか。それで何個食べたんだ？」
意外にも、王は興味をそそられた様子でした。
「１０個ですよ。しかも優勝したのは若い女性です」
「それはすごいな。ははは」
王は楽しそうに笑われていらっしゃいます。
ミカエル様、この話したらよかったですね。
意外にもパイの話がうけたことは、ミカエル様には秘密にしておきました。
その日は他に客もなく、王はその後王の間を後にされました。
我々は再び掃除をして、中にいた蛇を全て外に出して、王の間に鍵をかけました。
王よ、また明日の朝、元気なお姿を見せてくださいませ。
それだけが、我らの望みでございます。
おしまい
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