番外編４ 〜ミラのお話〜
ある日、王妃様が産まれたばかりのシス様を腕に抱いて、私におっしゃいました。「ミラ、いつまでも私の侍女しててもいいの？他のみんなもだけど」
「どういうことですか？」
王妃様の話の意図が全くわかりませんでした。
「ミラも一応恋人とかいるんでしょ？夫婦になって一緒に住んだりしないの？猫の一族は夫婦になったりするんでしょ？」
蛇の一族は、あまり男女で一緒に住んだりってことはしないようですが、（年をとって一緒に住む場合はあるようですが）
猫の一族は夫婦になり、二人で住んだりすることもあります。
「王妃様は私がいなくなってもいいんですかー？」
私が少しさびしげに聞くと、王妃様は「違うよーミラにも女の幸せをつかんでほしいからだよ」
とおっしゃいました。
女の幸せ・・・・
幸せとは、人によって様々です。私は今幸せだと思っているので、それでいいんですよ。
確かに子供を為して育てることは、女の幸せなのでしょうが、猫の一族はかなり数も多いので、私一人が子供を産まなくても、どうということはありません。別に子供を作らないようにしているわけでもなく、たまたまできていない
だけですが。
猫の一族は、虎の国にかなり住んでおります。虎の国には猫の一族の町がいくつかあり、私もそこで産まれました。
そこには猫も一杯おります。虎の国では虎と猫は仲がよいので、猫は虎に食べられることはありません。
大昔は猫の一族の国もあったのですが、それがなくなり、虎の国に吸収されて、現代のようになっております。
もともと猫の一族はあまり魔力がなく、瞬間移動ができる者もわずかです。私もできません。
ですがその代わり、逃げ足はとっても速いです。跳躍力もあるので、木に飛び乗ることもできますし、高い所から
飛び降りても結構平気です。
猫の一族の気質というのは自由きまま。仕事もせずに世界をただ放浪している者もいます。商人として世界を回っている者、私のようにどこかの国で働いている者も。一族の特徴として、男も女も背はそんなに高くなく、かわいらしい顔立ちの
者が多いので、結構どの一族の方にも可愛がられるようです。
虎の国は平和そのものので、あそこはあそこでよかったんですが、私は何か物足りなかったので、大人になってから外に飛び出しました。
そして国を５つばかり巡り、どこに落ち着こうかと思っていた時、この蛇の国にやってきたのでした。私がこの国に入ったのは２０年ばかり昔のことです。
蛇という生き物をこの世界ではあまり好いていない者も多いのですが、私はさほど嫌いでもありませんでした。
東の国境から私は入ったのですが、そこにいたこの国の男たちは、皆顔立ちが整っていました。
蛇の一族の男は美男が多いと噂では聞いたことがありましたが、どうやら噂通りのようです。
国境ではしばらく住みたい者のために、仕事の斡旋のようなこともしていました。
私は随分迷ったのですがこの国に住んでみることにしました。
この国の前に滞在していた鳥の国では、この蛇の国はやばい、と同じ猫族の者がいっておりましたが、どれほどやばいの
か、ちょっと確かめてみたい気になっていたのです。やばいとは龍の国に狙われていてやばい、ということです。
かなり小競り合いがたえないようです。
そのころ、この国への旅人はまばらでした。この国に新たに移り住む者もそんなにいなかったでしょう。
私は国境で蛇の腕輪をもらい、馬車に揺られて街を通っていきました。
なんだか寂しい国だと思いました。明るい虎の国とは大違い。人々の顔にもあまり笑みがなく、街にも活気がありません。しばらく暮らしてみていやになったら他の国に移ってもいい、私はそれくらいの気持ちでした。
国境で斡旋してもらったのは、戦士の訓練所での雑用の仕事でした。訓練所の横には下級戦士の寮のようなものもあり、両方の食事や洗濯、掃除などが私の仕事です。
猫の一族は性格的に裏表がない者が多いので、どの国でもわりとあっさりと採用してもらえます。新人はしばらくは、
それとなく監視されているようでしたが。
訓練所の近くにはちゃんとした宿泊所も完備されていて、私は数人の女の子と共に、そこで働くことになりました。
どの女の子も蛇の一族ではない種族の女の子たちでした。争いが多いのでこの国から他に移った者も多いようですが、この国が好きで住んでいる者も多いようです。もしかしたら国が滅びるかもしれない、とはいっても、今日明日にどうこう
ということはありませんから。
ある晩、私は同じ仕事をしている女の子と部屋で話をしました。「ねえ、どう？この国」
その女の子には、額に小さい角のような突起が二つありました。
「うーん。男の人が素敵ね」
私はそう答えました。
「でしょー？この仕事かなりいいよ。なにせ、戦士見放題。たいていみんな顔いいもんね」
確かに、訓練所に来る男性は、皆美男といってもいいほどの顔立ちです。働いてからまだ２０日ですが、
ブサイクな男は誰一人としていません。腹がたいこっぱらの男もいません。
「私、この国の男の人好きなんだー。あの肌の蛇がいい！あれ見ると欲情しちゃう！」
女の子は頬を染めて言っていました。どうやら蛇好きのようです。
私も、訓練所で偶然、上半身が裸になっている男の人をみたことがあります。その人は、腕に蛇のうろこのような模様が
ありました。
「力がある人ほど蛇もはっきりしてるのよ」
「へー」
「まあ、この国は大変だけど・・・私はここにずっといたいな。あなたはずっといるの？」
「うーん。わからないけど・・・」
そういいつつも、気づけば私はここで５年もの月日を過ごしていました。
北の方ではいろいろいざこざがあるようですが、それも私が働いている所にはあまり関係もないことでした。なにせ戦士の訓練所ですから。近くに戦士の寮もありますし、これ以上治安がいいところはありません。
ですが、時々あの人見なくなったなと思うと、どこかの戦闘で亡くなっていたということがあり、それはそれで
悲しいことでした。
戦士の訓練所には様々な戦士が訓練に訪れるわけですが、長い間働いて男性にひどいことをされた、という事はまったくありませんでした。
たまに「その耳かわいいね」とか「尻尾に触っていい？」と聞かれる程度で、「夜共をしろ！」なんてことは
一度もありません。一緒に働いている女の子などはたまに誘われたいと愚痴るほどでした。
蛇の一族の男性は、性欲が普段はあまりないようです。
私は龍の国で一月ほど働いたことがあるのですが、あそこではよくそういうことがありました。相手は龍の一族の男ではなく、龍の一族に従っている種族の下品な男たちでしたが。
猫の一族は性に解放的で、龍の国では性の商売をしている猫族の女もいるようです。そのため勘違いする男も
いるようです。
私はどうもいやだったので、龍の国はすぐに出て行きました。
いくら性に開放的な気質といっても、あんなぶ男の相手はごめんです。
猫の一族の中には好色の女も多いのですが、私はさほどではありませんでした。気が向けば交わりの月に、街で出会った猫の一族の男と過ごしたりもしましたが、男と過ごさなくてもどうということはありません。
この国にきて６年目の交わりの月、私は訓練所の近くで赤い月を眺めていました。
さすがにこの月が出ている間は、昼間も訓練所にいるとしたら、大人になっていない少年少女だけです。私たちは働いてもいいし、男と過ごしてもいいということになっています。
今日は最後の交わりの月。
あたりはひっそりと静まり返っていました。
訓練所の外の大きな石に腰を下ろして赤い月を眺めていたら、一人の男が目の前に現れました。「おや、せっかくの夜なのに、一人なのかい？」
その人は、訓練所でたまにみかける下級戦士でした。
「ゼノン様こそ、お相手はいないんですか？」
私は彼を見上げていいました。緑の短い髪、緑の瞳。穏やかな顔つきの美男子でした。
「昨日までは過ごしたんだけど・・・まあ、もういいかなと思って」
「そうなんですか。ここには何しに？」
「散歩だよ。ミラは？誰も誘ってくれなかったの？」
「そうです。誰も誘ってくれなかったんです」
私が寂しそうに言うと、ゼノン様は驚いたように目を見開きました。最近はあまり街に行ってなかったので、
男性と出会う機会もありませんでした。去年過ごした男性は他の国に行ってしまいました。一緒に行く？と
誘われましたが、結婚したいほど愛しあったわけでもなかったので、やめておきました。
訓練所にはわんさか男性がいますが、だからといって種族が違う私を誘う人はいませんでした。
蛇の一族は人口が少なく、一族の人口を増やす事が、皆の最大の目標のようなものでした。
「冗談だよ。まさか、君はかわいいのに誰も誘わないなんて」
ゼノン様は笑って言いました。「かわいいですか？私」
「かわいいよ。茶色のくるくるした髪も」
「なら・・・誘ったら答えてくださいます？」
瞳を見つめてそういうと、ゼノン様はまた目を見開きました。
今思えば、なぜ、あんなに大胆なことを言ってしまったのかわかりません。
やはり、赤い月のせいで、そういう気持ちになってしまったのでしょうか。
ゼノン様は、顔を見ると挨拶をしてくださる気さくな方でしたし、好意は感じていました。まあいい、振られても赤い月のせいでああいったんです、と言い訳すればいい。そう思っていると、
意外にも、ゼノン様は、「いいよ」と言ったので、私は驚きました。
「ええ？いいんですか？一族の戦士の方は一族の方しか相手にしないのでは？」「そんなことないよ。女の方が少ないし、あぶれる者は他の種族の者と過ごすこともあるよ。実は、その尻尾の付け根が
ちょっと見てみたかったんだ」
ゼノン様はちらりと私のお尻の方に視線を向けました。
「え・・・」私は自分の尻尾を見ました。興奮しているのか、せわしなく尻尾は動いてます。
「・・・・」
「どうしたの？冗談だったの？」
私の動揺を感じたのか、ゼノン様は少しおかしそうに笑っていらっしゃいました。
「でも・・・いいんですか？私となんて・・・」
「いいんじゃないかな。たまにはこういうことも」
「・・・」
「どこでする？」
「え・・・私の所、きますか？」
私が恥ずかしそうにいうと、ゼノン様は、いいよと言ってくださいました。
狭いベッドの上で、ゼノン様は優しく、私の肌をなで、尻尾の付け根に触れました。「おもしろいね。尻尾」
耳にも触れられて私は思わず、びくりと体を揺らしました。耳はとても弱いんです。赤い月の時期は、特に。
「ゼノン様・・・あの・・・・」
「ん？」
「耳に触られると、感じてしまいます」
「そうなんだ。んじゃこれは？」
両手で両方の耳に触れられて私はますます興奮状態になりました。
「よしよし。目が変わるけど、驚かないでね。猫族は変わるの？」
「いいえ」
「そう、よかった。毛がわさーっとはえてくるかと思った」
「ゼノン様ったら！ひどい！」
「冗談だよ」
ゼノン様は優しく私の足の付け根に触れて、私の上に覆いかぶさりました。
「あ・・・・」体が貫かれて、私は声をあげました。耳に触れられただけで、かなり体は反応していました。
「ミラ・・・かわいいよ・・・」
「ゼノン様・・・」
私はゼノン様の体にしがみつきました。ゼノン様の瞳は黄色くなっていて、緑の縦線が入ったような目に変わっていましたが
たいして気にはなりませんでした。抱かれながら耳に触れられ、口付けをされて、私はすっかり快楽の狭間に落ちていきま
した。
「さあ次はどうやって抱こうかな。要望ある？」終わったあと、まったりする間もなく、ゼノン様が聞きました。
「後ろからしてほしいです」
「いいよ」
「ゼノン様って、本当に優しいんですね。見た目と同じで」
「そうかな」
私はゼノン様と何度も体を交えました。普段性欲がない一族の方も、この時ばかりは違うようです。ゼノン様の右の太ももには、緑の蛇のうろこのようなものが広がっていました。
「これがゼノン様の蛇」
「蛇の姿はしていないけどね」
「素敵ですよ」
「ありがとう」
私はその蛇の模様に思わず口付けました。なんだかとても愛しい気がしたのです。
気づいた時には朝でした。ゼノン様は服を着た後、私の尻尾をなでて部屋を出て行かれました。
私は優しいゼノン様にすっかり恋心を抱いてしまい、しばらくぼんやりしていました。
次に会った時、一体どんな顔をしたらよいのだろう・・・
そう思っていたのですが、二度とゼノン様にお目にかかることはありませんでした。北の小競り合いで、命を落とされたのです。
あの時は悲しくて、何度も涙を流しました。
もう二度と、私の尻尾に触れてくださることはないのですから。
その後、私はお城に上がらないかと進められました。数人、お城務めの女がやめたからと。私はお城にあがり、そこで雑用の仕事をしました。
そして、王妃様付きの侍女になり、今に至るのです。
私はこの国に居ついてしまいました。すっかりこの国の男の方が好きになっていましたから。
あれ以来、一族の方と夜を共にすることはありません。あの一夜は今では素敵な思い出です。
街の中も明るくなりました。旅人も増えているようです。できることなら、ゼノン様にも見せてあげたかったですね。どんなに喜ばれる事でしょう。
私は、懐かしく思いながら、王妃様と腕の中で眠る王子様を見つめていました。
「私は王妃様の側にいるのが好きなんです。時々王様にもお会いできるし、ミカエル様やフリット様にも会えるし、それにこの若君の美しく成長する姿をまじかでみられるんですもの。やめられません」
「そう・・・ならいいけど」
王妃様は苦笑気味に言われました。
「それから王妃様に恋人が何人増えるかも楽しみです」
「えー何言ってるのよ。もう」
「ふふふ」
「全く・・・」
この国が変わっていく様を側で見届けるというのも、結構楽しいんですよ。王妃様。
おしまい