神々の黄昏５
これはむかーしむかしの物語です。
「やっときたか。世界一幸せな男め」
ある日、オルガが雲の上にある神殿に行った時のことです。オルガの顔を見るなり、神々の長アシュランは嫌みっぽく言いました。
「・・・・」
「全く幸せな奴め」
「何か用か？」
「せっかくだからガーベラのことを聴かせろ。どうだ？愛欲の女神だけあってあっちの方はすごかったんだろ？」
オルガは頬に手を当てていました。
「神々の長ともあろうものが昼間っからそんな話をするな」
「じゃあ夜ならいいのか？わかった夜来い」
「違う！夜でも話すか！」
オルガが怒ったように言うと、アシュランはすねたように唇をとがらせていました。まるで子供のようです。
「くそー羨ましいぞ。羨ましすぎるぞ」
「お前にはヒルデリアとその他大勢がいるじゃないか」
「うるさい！その他大勢ってなんだ。ひとくくりにするんじゃない」
「ガーベラには手を出すんじゃないぞ。ダーナの時のような手を使わないように」
オルガが念を押すように言うと、アシュランは首をかしげていました。
「何のことだったかな？」
「アリアスに化けてダーナに迫ろうとしたろう？」
「ああ、そんなこともあったなあ・・・」
アシュランは天を仰いでいました。
「あったなあじゃない。そんなことしたら怒るぞ」
「頼む、一度だけでいいから」
アシュランは指を一本立てて懇願しました。
「は？」
「一度でいい。いや、一夜だけでいいから」
「だめだ」
「頼む！」
「私はもう行くぞ」
オルガがつきあいきれないとばかりに部屋を出て行こうとすると、アシュランが「ちょっと待った」と引き留めました。
「本題はこれからだ。最近夜は神殿にこもりっきりだそうじゃないか。いかんな。夜の神の仕事は夜、人々に安らかな眠りを与える
ことだぞ」
「別にこもりっきりということはない」
「こもりっきりだと聞いたぞ。実際昨晩もこもりっきりだったろ？」
「見てたのか？」
「見てない。だが図星だろ？」
アシュランは妬みを込めた瞳でオルガを見ていました。どうやら言い訳しても面倒臭いやりとりが続くだけのようです。
「用件はわかった。それじゃな」
「毎晩ガーベラといちゃつくんじゃないぞ！」
オルガはさっさとアシュランの部屋から出て行きました。
（困ったもんだ・・・いや、他人にすれば贅沢な悩みだろうが・・・最近ガーベラの性欲がすごくて相手をしきれない・・・）
オルガはちょっと疲れた顔つきで自分の神殿に帰っていきました。
ガーベラは愛欲の女神です。以前より人間達には自らの子孫を残したいという本能がありましたが、ガーベラが生まれたおかげで、
人間達は赤い月に今まで以上に愛を感じて盛り上がることになりました。
ガーベラ自身、自分の欲望を自分で持て余せ気味でした。歌や楽器の演奏は上手になりましたが、そうしていても心の奥の欲望は
押さえきれません。どうにもたまらず昼間っからオルガの神殿を訪問したものの、今日はオルガは不在でした。
「どこに行ったのかしら。ああ、なんだかむしゃくしゃしてしょうがないわ！そうだわ！お酒を飲みましょう！気が晴れるかも？」
神殿にはお酒がなかったため、ガーベラはジンラの神殿に行き、妖精達に頼んでお酒をもらうことにしました。
ガーベラは酒蔵の中でお酒を飲みまくりました。女の妖精達が相手をしながらお酒をついでくれていたのですが、なぜか妖精達の顔は
真っ赤になっていました。
（ああ、どうしたのかしら・・・・身体がほてってほてってしょうがないわ・・・）
（男・・・男が欲しい・・・）
（もしかして・・・・ガーベラ様の影響？）
当のガーベラは全く気づいていませんでしたが、どうやら妖精達はガーベラの欲求不満オーラを受けてしまったようです。
３人の妖精達はたまらずガーベラから離れてしまいました。
「あら？誰もいなくなってしまったわ。まあいいけれど。酔っぱらうってっいい気分」
ガーベラの身体は少しふらついていました。
そんな頃、自分の神殿にやってきたジンラは異変に気づきました。神殿の周りの動物達がやけに騒がしいのです。
鳥はピーチクパーチク騒いでいるし、鹿や小動物達も落ち着きがありません。
「一体どうしたのだろう？おっ！？」
ジンラは酒蔵を見て驚きました。酒蔵の周りが何やら得たいの知れない空気に包まれています。
「な？なんだ？！この甘い香りは・・・」
ピンク色の空気を手で払いながらジンラが酒蔵の中をのぞいてみると、ガーベラが木の長いすに座って座ってお酒を飲んでいました。
どうやら異様な空気はガーベラが発しているようです。酒蔵の中は妖しい空気が漂っていました。
「ガーベラ・・・」
ガーベラを見た途端、ジンラの頭はふらふらになってきました。
ジンラの身体はすっかり異様な空気に包まれています。
「あら？オルガじゃない。うふふ」
ガーベラが訪問者に気づきました。しかしジンラをオルガと間違えているようです。
「よかったわー会いたかったのーオルガー！」
ガーベラはふらりと立ち上がってジンラに抱きつきました。
その時、ジンラの理性は完全にどこかに飛びました。
ジンラはガーベラをしっかりと抱きしめて、
「ガーベラ、抱きたい！」
と言いました。
「私も抱かれたいわ！」
２人はその場に崩れ落ち、欲望のまま抱き合いました。
しばらくして正気に戻ったガーベラは、裸のままジンラに引っ付いていたので驚きました。
「あれ？どうして私ジンラといたのかしら・・・」
ジンラも目を覚ましました。ジンラの方もすっかり正気に戻っているようです。
「私・・・あなたに抱かれたのかしら。もしかして」
「ガーベラ・・・なんというか・・・とても幸せだった。どうもありがとう」
ジンラは穏やかな瞳で御礼を言っていました。ジンラはいまだかつてあれほどまでに女性に欲望を感じたことはありませんでした。
そして抱き合った時の幸福感といったらもう、言葉には言い表せません。
ジンラの心にはすっかりガーベラに対する愛が芽生えてしまいました。
「君は素敵な女神だ・・・ガーベラ・・・」
ジンラは身体を起こしてガーベラを抱きしめました。
「ジンラ・・・なんだかよくわからないけれど・・・私、あなたのこと好きなのかも・・・」
ジンラに抱きしめられているとガーベラも幸せな気分になりました。これって愛なのかもしれない、とガーベラは思いました。
その夜、ガーベラは真面目な顔でオルガに「ジンラを好きになったの」と告白しました。
「ジンラ？」
オルガは目を見開いていました。
「私と別れてジンラと付き合うということか？」
「私あなたのことも好きなの」
「そう言われても、どっちかを選ぶしかないだろう」
ガーベラの瞳に涙が浮かんでいました。
「私・・・どちらも好き。選べないわ」
「ガーベラ・・・」
「すまないオルガ、私が悪いんだ」
その時言葉と共にジンラが部屋に入ってきて２人は驚きました。
「最初ガーベラは私をオルガと間違えただけだったのだ。それなのに私はついふらふらっと・・・」
「私をジンラと間違えた？なんで間違えた」
オルガがガーベラに聞くと、ガーベラは首をかしげました。
「覚えてないわ」
「ガーベラは酔ってたからな」
ジンラが説明しました。
「でも、もうジンラのことも好きになってしまったの」
オルガは「うーん」とうなっていました。ジンラは申し訳なさそうに立ったままです。
「とにかく、どちらを恋人にするか選ぶしかないぞ。ガーベラ」
そういうとガーベラはしくしく泣いてしまいました。
「ガーベラを責めないでくれ。私が身を引く」
ジンラは２人にそう言って部屋を出て行きました。
「ジンラ・・・」
ガーベラは悲しそうです。
オルガは再び「うーん」とうなっていました。
ひとまずガーベラは１人で考えることになりましたが、やはりどちらかを選ぶことはできないようでした。
毎日しょんぼりしているガーベラを見て、妖精達も悲しくなりました。そしてその頃、ジンラのお酒を飲んだ神々たちにおかしなことがおこっていました。
お酒を飲んだ後、異性を求めて仕方なくなってしまうというのです。神々の長アシュランは毎晩女性と愛を交し合う始末で、ヒルデリアはお冠でした。
お酒の影響だと知ったヒルデリアはジンラを呼び出しました。
「いったいどういうことなのじゃ。お酒に何を入れたのじゃ？」
「何も入れてはいないのだが・・・」
（あの時酒蔵にあったお酒か・・・ガーベラの影響を受けてしまったようだ・・・）
そのことをヒルデリアに告げるとガーベラが怒られてしまうかもしれません。ジンラはそう思い言えませんでした。
「たまたまそういうお酒ができてしまったようだ」
「たまたまじゃと！？」
「まあまあ、新しい神も生まれたようだし、いいじゃないか。アシュランの場合はお酒の影響とも言えないと思うが・・・」
そういうとジンラはヒルデリアににらまれました。
その時泣きながら部屋に入ってきた花の女神がいました。
「どうしたのじゃ？」
「お母様〜」
その女神はヒルデリアの娘でした。
「お花が枯れてしまうのです〜次から次へと枯れてしまうのです〜」
女神は泣きながら報告しました。
「花が枯れた？なぜじゃ？」
「ガーベラ様が通った後になぜか花が枯れるのです」
「ガーベラ？」
ヒルデリアもジンラも驚きました。
「いったいどういうことなのじゃ？」
「ガーベラ様がしょんぼりしてるせいかもしれません。噂では、オルガ様とジンラ様を愛したガーベラ様がどちらを選ぶか悩んでいるとか」
女神の言葉にヒルデリアはジンラを見ました。ジンラはぎくりとしました。
「本当なのか？」
「・・・私は身を引くと言ったのだが・・・」
「これ以上花が枯れたら私は悲しいです」
花の女神がジンラに訴えました。
「それはすまない。だが私にもどうしたらいいやら・・・」
ジンラも困った様子です。
その時数人の妖精達がやってきました。
「花が枯れるのです〜」
妖精達も口々に言っています。ヒルデリアは額に手を当てていました。
「昔似たようなことがあったような・・・・ダーナの時も確かこのようなことが・・・ジンラよ、このことをオルガに伝えなさい。
そして早急に解決するように」
ヒルデリアはジンラにびしゃっと言い渡しました。
「う・・・わかった・・・」
ジンラは仕方なくオルガに伝えることにしました。
ジンラにその話を聞いたオルガは、両手を組んでうなっていました。
（ガーベラは愛欲の女神。ガーベラの愛は今は妨げない方がいいのかもしれない。ダーナのように独り占めするのは無理なのかもしれない・・・・）
そんなことを考えていました。
（どっちみちガーベラの欲望は１人では満足しきれないだろう）
オルガはガーベラに会いに行き、「２人を恋人にしてもいい」と言うと、ガーベラは喜びました。
「本当にそれでいいの？ありがとう！オルガ！」
「お前が悲しんでいる顔を見るのはもう嫌だからな」
「オルガ愛してる！」
ガーベラはオルガに抱きつきました。その夜はおおいに盛り上がり、ガーベラは次の日、ジンラにもそのことを伝えました。
「お願いジンラ、私の恋人になって」
「しかし・・・それでいいのだろうか・・・・オルガは本当に良いといったのか？」
「ええ。私、あなたのことをもっと知りたいわ！」
「ガーベラ・・・」
再びガーベラを抱きたかったジンラに拒否する気などありませんでした。
こうして、ガーベラはオルガに加えてジンラも恋人にしました。ガーベラが再び幸せな気分になったおかげで、もう花が枯れることもなくなりました。
新たな愛を手に入れたガーベラは、以前にもまして輝いていました。そんなガーベラにダーナは「私に張り合う気ね」とライバル心を燃やしていました。
オルガもこれでよかったのかもしれないと思っていました。
ですが、ある晩のことです。オルガの神殿を訪ねてきたガーベラの背中に、白い翼が生えた金髪の赤ん坊が引っ付いていました。
「ガーベラ・・・なんだ？それ・・・」
オルガが驚いて聞くと、ガーベラはちょっといいにくそうに唇を結び、やがて「実は・・・ラーズのこと好きになっちゃったの」と告白しました。
「ラーズ？はっまさかそれは・・・・」
オルガが赤ん坊を指すと、赤ん坊はオルガを見て「べー」と舌を出していました。
「ラーズの子供みたい」
「何ー！！！」
「ごめんなさい。一番最初にあなたの子供が生みたかったのに、こんなことになっちゃって・・・」
「・・・・」
オルガは言葉も出ませんでした。
「お前という女は・・・」
「おこらないで〜」
ガーベラは甘えるようにオルガを見上げていました。赤ん坊は「ぶー」と頬を膨らませています。
「この子愛の神なんですって。クーリーフンっていうのよ。よろしくねー」
「愛の神か・・・・ふーん」
オルガがクーリーフンの翼に触ろうとすると、クーリーフンにがぶっと手をかまれました。
「かわいくない子供だな」
「だめよークーリーフン」
「べー」
「べー」
オルガはおとなげなくクーリーフンに舌を出していました。
クーリーフンはそれはそれは美しい赤ん坊でした。クーリーフンを一目見た妖精達はそのかわいさにみんな抱っこしたがるほどでした。
オルガもガーベラに対して怒る気もうせていましたが、困ったことにオルガがガーベラと愛し合おうとすると、クーリーフンが引っ付いて
離れないのでした。
「クーリーフン、あっちに行ってろ」
とオルガが言うと、クーリーフンはあっかんべーをする始末です。
「この子ったら、ラーズにはこうじゃないのにー」
ガーベラは困ったように言いました。
「ラーズ以外とは引っ付いてほしくないんじゃないのか？」
「そうなの？クーリーフン」
ガーベラが聞くと、クーリーフンはうなずいていました。
「オルガもジンラも私の恋人なのよ。だから邪魔しちゃだめよ〜」
ガーベラが言い聞かせ、クーリーフンはしぶしぶ出て行きました。
ようやくガーベラと二人っきりになったオルガでしたが、ある朝のこと、神殿に帰ったオルガは自分のベッドに入り、「うわっ！」と声をあげました。
布団をめくると、中には葉っぱがいっぱいです。
「さてはあのガキめ・・・」
どうやらクーリーフンのいたずらのようでした。クーリーフンにいたずらされたのはオルガだけではありませんでした。
ある日、ジンラの神殿の中が酒まみれになっていました。
その話を聞いた虹の神ラーズは、クーリーフンに「だめだぞ」と注意しましたが、内心にやりとしていました。
生まれたばかりのクーリーフンはいたずらをするのが好きでした。ですが、姿が姿だけに誰も怒って注意することができませんでした。
そのいたずらもまだかわいいものだったので、オルガでさえ、クーリーフンに怒ることはありませんでした。
クーリーフンが時々邪魔をしたものの、ガーベラは３人の恋人達と仲良く過ごしていました。男たちはそれぞれ幸せな気分を感じていたので、
他の恋人に嫉妬することもありませんでした。やはり、ガーベラ自身が特殊な女神だったようです。
それからしばらくしてのこと、オルガは再びガーベラに告白されました。
「実は・・・ラクアのことが好きになっちゃった」
「今度はラクア！？」
「はい」
「・・・・」
どうやらすでに仲良くしてしまったようです。
（クーリーフンめ、そういう時こそ邪魔すればいいのに・・・）とオルガは思いました。
やはりオルガはガーベラを咎めることもできず、（まあしょうがないかもな）と思ってもいました。
恋人ができるほどにガーベラは魅力的になっていくのですから。現にオルガ自身、ガーベラの魅力に参ってしまっているのですから。
（あまり恋人ができて相手をされなくなるのはいやだがなあ・・・）
とオルガは危惧していましたが、そういうこともなく、ガーベラは恋人達と仲良く過ごしました。
「でも私の方が恋人の数は上よ！」
とダーナはガーベラにまだ対抗心を燃やしていましたが、ガーベラがおっとりしすぎているせいか二人の間に争いが発することは
ありませんでした。
その後神々はアシュランが前々から作っていた違う次元へと移動することになりました。人間たちと離れることを寂しがる神々もいましたが、
違う次元にいても、神々は人間たちの生活に沿うように生きることになります。
人間たちにさまざまな影響を与えて─
おわり
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