「ハザークのやつまだ蛇のまんまみたいだな」
「まだ落ち込んでるのかな。無理もないな。一番かわいがってもらったからなあ・・・」
ザクートの二人の子供であり、ハザークにとっては兄に当たる二人はハザークの部屋の前でぼそぼそ話をしていた。
一番上の兄ハヌアスはもう大人で60歳、二番目の兄ジョナサンは45歳、もうすぐ大人になろうという年齢だった。二人と
も銀色の髪、金の瞳で美しい顔立ちをしている。
このときハザークは28歳。初めての脱皮をした後だったのだが、脱皮が終わり一月経っても二月経っても人になろうと
はしなかった。
部屋でずっと蛇のまま過ごしていた。
脱皮の前ハザークにとって悲しい出来事があった。祖母であるザクートの母ヒューリアが病気で他界していたのだ。
ハザークだけではなく、ザクートや他の者達にとっても、それは悲しい出来事だった。
偉大なる王を産んだ伝説の母ヒューリアは、実際にはあっけらかんとした性格でいつも城の中で笑顔を振りまいていた。
そんな彼女を嫌う者は誰一人としていなかった。
母親と幼い時に別れたハザークにとっても、いろいろとかまったり世話してくれたヒューリアは特別な存在であったのか
もしれない。
その夜、ヒューリアの部屋からは竪琴の音が響いていた。その見事な旋律は、もちろんヒューリア自身が奏でていた
ものではなかった。
少し開けられた扉の隙間を２メートルほどの金色の蛇がするりと通り抜けた。真っ暗な部屋の中には長椅子に座って
竪琴を奏でるザクートの姿があった。竪琴の音は悲しげだった。
やがてザクートは手を止めて床にいた金色の蛇を見ていった。
「やあハザーク。まだ蛇のままなのか」
「・・・」
「人に変わる方法を忘れてしまったわけではないのだろう？悲しい時は思う存分泣いたっていいんだぞ。私はかなり
泣いたぞ。いなくなってしまうとこれほどに寂しいものだとは正直思わなかった。ハザークは小さい頃はよく母上に
だっこされて寝ていたんだぞ。覚えているか？」
ザクートは再び竪琴を奏で出した。
覚えているもなにも、ヒューリアは最近までハザークの部屋にやってきては添い寝していった。上の二人の兄の
母親は健在だったし、母がいないハザークに同情する気持ちもあったのだろう。
「もういいよ。寂しくない」とハザークがいえば、「私が寂しいの。まさかザクートはもう私と寝てくれないし。」と
いって強引に寝ていく始末だった。
ハザークはザクートが奏でている白い竪琴をじっと見ていた。ヒューリアが気まぐれに習いだした竪琴の腕は、最初の
時よりはましになっていた。
「かなりうまくなったでしょ？」
とヒューリアは誇らしそうにハザークに聴かせていった。
今ザクートが奏でている竪琴の音とは比べることすらできはしないのだが、今は、あのつたない竪琴の音が懐かしかった。
ザクートがふと見ると、横の方に金色の髪の子供が立っていた。
「ハザーク・・」
「父上の竪琴はうますぎて嫌いだ」
ハザークはむっとした顔でそういうと、たっと扉から出て行ってしまった。
金色の蛇 ２
王であるザクートは母親の死で落ち込んでばかりはいられなかった。そろそろ先のことも考えねばならない。
150歳を過ぎても外見はあまり変わりなく若々しいままだったが、長生きするかどうかなど、ザクート自身にもわからな
かった。予知夢を見ることができるといっても、あまり近い夢を見ることもなかったからだ。
ザクートは子供達の教育にも熱心で上の二人は魔術も剣技も人一倍訓練させられた。ハヌアスもジョナサンも２０歳で
先代の王を超えたという特異なザクートの気の力は受け継がなかったようだ。二人とも普通の王の子供としての潜在能
力くらいしか持ち合わせていなかった。
それでなくてもザクートという存在は子供達の目にも異様で、長男のハヌアスなどは「父上の後を継ぐのはいやだいや
だ」といつも愚痴をいっていた。王として比類ない力とカリスマ性、多くの女性を恋人に持ちながらも国の統治は完璧で
家臣達から不満が出ることがなかった。優秀な補佐役が大勢いたこともあるだろうが、ザクートは常に先をよんでいたし
、知能も相当なものだったようだ。といってももちろん全てにおいて完璧な王だったわけではなく、先の龍の姫の事件
のように自分の魅力が災いすることもあったのだが。
これほどすごい父親を持った息子はたしかに荷が重かっただろう。
この頃、ザクートは、なぜ自分がこんなにも強い力を持って産まれたのか、自分で研究し始めていた。
蛇の神様の化身などと言われることもあるザクートだが、そういう神がかりな理由では納得行かないことも多い。
「やはり蛇霊神が関係あると思うのか？」
「他に理由が思いつきません」
ある夜、ザクートは父である先代の王と酒を飲みつつ話をしていた。先代の王はヒューリアを亡くしたことでさらに
老け込んで見えた。
「私が調べた所によれば、稀に蛇霊神に好かれやすい女性がいるようですね。母のように」
「ああ・・・そのようだな」
ヒューリアは蛇霊神という幻の蛇にかなり好かれていた。この時代蛇霊神はたまにうろうろと城の中を飛び回っている。
「まあヒューリアは普通の蛇にも好かれていたがな・・・」
と先代の王は付け加えた。人に変化する蛇はメスだけではない。オスの蛇もいる。人間の女と交わるのが好きな蛇も中
にはいるのだ。
「母もいなくなったことですし、母が私を孕んだ時のことを、詳しく話していただけませんか？」
ザクートは父親の顔を見つめていった。母であるヒューリアが赤い月には神がかり的状態になり夫以外の男と交わって
いたことを、ザクートは知っている。しかしヒューリアは赤い月があけるとすっかりそのことは記憶になかった。
ザクートも、まさか母親の寝室をのぞいていたわけではないので、詳しくは知らず、自分を孕んだ時には城の外に
おびただしい蛇霊神が飛んでいて無数の蛇が寝室にいたと聞かされただけだ。
先代の王は酒でのどを潤した。
「ヒューリアは美しい女だった。わしはあれほど美しい蛇紋には、他にお目にかかったことはない。虹色に輝く蛇の
鱗。あの蛇は本当に美しかった・・・」
「どうして母を他の男にも？」
「あれを妻にした当初は葛藤があったがな。あれの淫気はほんとうにすさまじかったからな。ほっておいたらどうなる
のかという興味の方が勝ってしまった。一晩は私が過ごして、他の九晩は騎士達や人化する蛇がヒューリアを抱いていた
。無数の蛇がヒューリアの身体を覆っていることもあった。その時も蛇霊神は城の周りを飛んでいたが、それだけだっ
た。だが、ある時から変化が訪れた。ヒューリアがお前を孕んだあくる年の赤い月、無数の蛇霊神は全てヒューリアの
体の中に入り込んでしまったのだ。お前が産まれた後はあんなことはなかったのだが・・・お前が産まれるためには
ヒューリアは必要な存在だったのだろうな。いまだにお前がわしの息子かどうかはわしにも謎だ。お前はわしには過ぎ
た息子だからな」
先代の王はしみじみと言った。確かに外見もさほど似ているわけでもないし、性格も似てはいない。
「この髪と瞳は父上譲りでしょう」
「お前は蛇たちに望まれた王なのかもな。お前の力が蛇霊神のせいなのかどうかはわからんが、お前がそうだと思うのな
らそうではないのか？」
「ならば蛇霊神を、孕んでいる母親の胎内に取り込めば、その子供の力は上がるということになりますね」
「それはそうかもしれんが・・・なぜそこまで気にするのだ？」
先代の王は不思議そうにいった。
「いずれ一族の力は衰える。そう思うからです。しばらく国は安泰でしょうが、何千年か先には・・・」
「お前はそんな先のことまで考えているのか。わしには考えも及ばないな」
「夢で未来の事をみてしまうせいですよ」
蛇霊神か・・・子を孕んだ王妃の体内に入れることができたなら、王の力は上がるのだろうか。
そのためにはいろいろ研究が必要だな。
母のような体質を持った女が他にいるかどうかもわからないし・・・
いずれ一族の力は衰えるだろう。それは予知夢でも明らかだ。力を増す方法があるのならば、今の内に明らかにして
おきたいものだ・・・
100年200年後に国が揺らぐ、そんなことにはならないだろうが、千年２千年３千年先にはこの国はどう変わっているのか
。そんな遠い未来の事など、ザクートには正直どうでもよいことのようにも思われたが、そのままほっておくわけにも
いかなかった。未来の夢に出てくる金色の長い髪の男の事が気にかかっていたこともあっただろう。
そして、それは大人になったハザークを見た時に、確信に変わるのだった。
やはり予知夢に出てきた男はハザークだったのか・・・と。
「なんだ？」
しばらく複雑な表情で見つめていたザクートにハザークが聞いた。
「いいや、お前はこの先どうやって生きたい？私の息子とはいっても半分は蛇の身だ。王族という事に縛られずに
自由に生きてもかまいはしないのだが」
「さあ・・・まだよくわからないな・・・」
「そうか、まあよく考えたらいい」
そうザクートはいってハザークから離れた。
告げるべきだろうか。お前はこの先かなり長い時を生きねばならないと。
だが、告げてどうなるというのだろう。
知り合いが皆いなくなっても自分ひとり取り残されてしまうと知って、喜ぶ人間はいるのだろうか。
「どうしたの？怖い顔をして。」
深夜、寝室に女が忍び込んできた。ザクートは水色の髪の女の顔を見て、「おや、雨なのか？」といった。
「そうよ。しとしと降ってるのよ。抱いてくださいな」
そういって女は布団の中に入ってきた。髪も、女の服も濡れている。
「シスレーン・・・」
女は裸になりザクートに抱きついて口付けた。女の胸元や腰、腕には水色の鱗のような模様が見えた。
この女の正体は蛇だったのだ。
「ハザークにはやはり蛇の恋人の方がいいのかな？どこかに可愛い子はいないか？力が強くて長生きできそうな」
「さあ、たいてい皆あなたの恋人になってるから」
「そうだったか？」
「そうよ」
「うーん・・・」
「せっかく来たんだから集中して」
シスレーンに頬をつねられて、ザクートは「いてて」といった。
「シスレーンはハザークどうだ？」
「ハザーク様は超好みだけど・・・私もらっちゃってもいいの？」
「ハザークが気に入ればな」
「じゃあザクート様が死んだ後に迫ってみようかな」
シスレーンは冗談交じりに微笑んでいった。
「シスレーンは後どのくらい生きる？」
「さあ、５００年か長生きしてあと千年？」
「まあそのくらいだろうな・・・」
「もうザクート様ったら」
珍しくあまりその気になりそうにないザクートにシスレーンは頬を膨らませたのだった。
ハザークは大人になったからといってすぐ女性に興味を持ったわけでもなかった。その数年後からはぼちぼち
女性と過ごしたり、蛇になりメス蛇と過ごしたりしていたようだ。だが３人の子供達は誰も女性関係が派手という
ことはなかった。
「ああ情けないなあ。私の初めての赤い月の時などは、女性の順番を決めるのが大変だったくらいなのに・・」
とザクートは嘆いていたが、そんなザクートを見ていたからこそ、３人とも女性関係は地味になったのかもしれない。
上の二人に比べればハザークはかなり自由きままに日々を過ごしていた。古代語や魔法の勉強は一通りさせられたが、
自身が強大な魔法を唱えたり結界を作ったりという事はできなかった。その時はまだ自分がどんな力があるのか、
ハザーク自信にもよくわかっていなかった。
昼間は綺麗な森で蛇として過ごしていたりすると、このまま蛇として一生を過ごすのもよいのかもしれない、と
思ったりしたのだが、そうしなかったのはやはり、幼いころから人に囲まれていたハザークなだけに、
人恋しい気持ちがあったからだろうか。
ザクートは２００歳を超える頃、とうとうハザークにあることを打ち明けたのだった。
「実はな、神官達とも相談したんだが、今後王妃が王の子供を孕んだ時に、蛇霊神を入れる儀式を行いたいと考えて
いるのだ。そのための巫女もとりあえず３人選んでおいた。しばらくは儀式も試行錯誤だろうが、私の死後は、お前に
儀式の事を頼みたい。神官や巫女達の相談役になってほしい」
「なぜ我が？」
「お前がこの先長い生を送ると思うゆえだ。お前は普通の人間とは違い、かなり長い時を生きる事になると思う。
二千年ほどは。」
「ニ千年？」
ハザークの金色の瞳が大きく見開かれた。
「ああ。できれば、相談役として王族を支えていってほしい」
「・・・」
ハザークは無言だった。この時まだハザークは100にもなってはいない。それなのに二千という数字を出されても
全くピンとくるわけもない。
「一族の力はいずれ衰退するだろう。しばらくはこんな儀式などなくてもよいだろうが、遠い未来には必要になってくる
と思う。儀式には私の恋人達である女蛇達が協力してくれる。」
ザクートは儀式の事をいろいろいっていたが、ハザークは横を向いて半分も聞いてはいなかった。
自分は普通の人とは違う。それはよくわかっていたが、まさかそんなに長い時を生きる羽目になるとは思っても
いなかった。
戸惑った様子のハザークに、父であるザクートの気も重かった。二千という数字は少なくともという数字だ。
おそらくは夢の中の国の変わり具合からいってもっと長い時を生きることになるだろう。ただ漫然と生きるよりも
何か役目があったほうがよいのではないのか。そう思ってのことだった。
長い長い時を幸せに生きていくなど不可能に近い。同じ時を生きる妻でもいれば話は別だが。
ハザークに子供はできるのだろうか。子供でもいればそれが生きがいになるだろうに・・・
そんなことを思いつつ眠りにつくと、また夢を見た。どうやら未来の夢らしい。国の様子はがらりと変わっていた。
そして、その夢の中にはザクート本人も登場していたのだ。
それはある晩のことだった。
「元気にしていたか？ハザーク」
ザクートはハザークの部屋に現れていった。
「ああ・・・」
ハザークの足元には真っ白い蛇が５匹いた。いずれもそっくりで１メートルほどの長さだった。
「おや、もしやお前の子供なのか？」
ザクートは床にひざをついてその白い蛇をなでた。
「ああ・・」
「そうか。かわいいな」
ハザークは浮かない表情だった。
「母親は？」
「亡くなった」
「そうか・・・残念だったな・・・」
どうやら、母親の女蛇の死でハザークは落ち込んでいるようだ。出産のために亡くなったのか、それは不明だが。
「この子らには何か力がありそうだぞ。次に来た時には、私がこの子らに魔法をかけてやろう。」
「魔法？どんな？」
「それは次のお楽しみだ」
場面はそれで切り替わった。
国の様子はその時よりもかなり悪化しているようだ。一族の数がかなり減ったのだろう。空気自体が重苦しく
感じられる。
以前とは違う塔に、やはりハザークはいた。
「パパーあそぼ」
寝そべっているハザークの元に、どんと女の子が乗ってきた。
「私も遊ぶ！」
もっと大きい女の子が飛んできてハザークの上に乗った。
「あのな・・・我は眠いんだが・・・」
「やだあ。遊ぶ。」
「あそぼうよ。パパ。びょんびょんとばして」
「ちょっとここの発音教えてください。パパ」
今度は女の子達よりは大きい黒髪の少年がやってきた。
「あのな・・・なぜみんな我の所にやってくるんだ。たまには王のところにいけ。どうせ最近は暇そうにしてるん
だろ？」
ハザークが呆れたようにいった。
「やだあ。パパがいいもん」
「とーちゃまはパパに遊んでもらえって」
「古代語はパパのほうが詳しいし・・」
なぜか皆ハザークのことをパパと呼んでいた。
「我はいつから子守役になったんだ？」
ハザークはぶつぶつ言いながら起き上がった。
「なんなら父様に子守代請求してください」
少年が言うとハザークは「ばからしい」といって少年の本をひったくって発音を教えていた。
その様子を傍らにいた白い髪のそっくりな顔の女性達が微笑んで見つめていた。
場面は再び切り替わった。今度は戦場のようだ。相手は龍族なのだろう。空を飛んでいる龍の姿が見える。
蛇の一族の先頭には銀の髪の男女の姿があった。二人は魔法の剣を手に取り戦っている。もう一人黒髪の男が
目立つ活躍を見せていた。どうやらこの男は先ほどの場面で出てきた少年の成長した姿のようだ、とザクートは
感じた。他にも似たような力が感じられる。
この時の王は一体何人の子供がいたのだろう。かなり子沢山だった事は間違いない。一族の数は少なくても、
子供達が助けあって国を支えているようだ。
戦闘の途中で夢は終わってしまった。
目覚めると朝だった。
戦いの行方が気になったが、きっと勝って終わったのだろう。そう信じたい。
ハザークにも嫌なことばかりあるわけではないようだ。そう思うとザクートの気も少しは楽になったのだった。
ザクートは220歳で王位を長男ハヌアスに譲り、自分は隠居して若者の教育にあたったり悠々自適な隠居生活を送った。
ザクートは不思議なことに、年をとっても外見は若い頃とあまり変わることがなかったのだが、275歳の時、とうとう
病に倒れてしまい、生涯を終えたのだった。
「皆泣くな・・・私は死後もこの国を護り続ける。わが一族に、永久の繁栄を」
ザクートはそういい残して亡くなった。
ーまた会おうハザーク・・・
ハザークはザクートの死の間際、そんな思念を受け取った。
「父上！」
「ザクート様！」
ベッドではザクートの子供達や女達が取りすがり、重臣達も涙を流していた。
ハザークは一人部屋を出た。
また会おう・・・か・・・
泣き叫ぶほどの激しい悲しみはハザークの中にはなかった。
部屋の外には祭事を執り行う神官達がいた。神官たちも涙を流してはいなかった。
生前、ザクートはいくつかの儀式を行う事を決めていた。そしてその儀式で自分が現れると断言していたのだ。
「本当にそんなことが可能なのですか？」
神官達が問うと
「私は歴史上最も偉大な王といわれる男だ。死んでもそれくらい可能だ。」
と言い放った。
「まあ何事もなせばなるものだ。多分」
「はあ・・・」
奇想天外な話だが、ザクートは一度いったことは必ず実行する男だった。ザクート様ならありえるかもしれない
神官達はそう感じていた。
「楽しみですな。次の建国祭で本当にザクート様が現れてくださるのかどうか」
神官の一人がハザークにいった。
「下らん事を考えるやつだ。死後も女を抱きに現れるなど、一体何を考えているのやら・・・」
ハザークは呆れていった。
「まあよいではないですか。王らしくて」
「そうか？」
言葉通り、建国祭で儀式を行うとザクートは現れたのだった。その時はまだ女蛇達は生きていたので、生身のまま
巫女と一緒に参加していた。
「ほらな、私は必ず現れるといっただろう？」
ザクートは生前と変わらぬ若々しい顔で笑っていた。性欲もそのまんまなのだから呆れるばかりだ。
「死んだ後も何を考えているのやら・・・」
ハザークは心底呆れたが、ザクートに再び会えた女蛇や家臣達はうれしそうだった。
時が経ちザクートが言っていた二千年という月日が流れたものの、ハザークに死というお迎えが来ることはなかった。
もちろん当時のハザークを知っている者などもう誰もいない。ザクートの恋人だった女蛇達も皆亡くなってしまった。
儀式では亡くなった女蛇の霊が巫女に乗り移るようになっていた。
王族の相談役として城の傍らで暮らしながら、いろいろ助言を行ってきたハザークだったが、多くの別れを経験する
うちに、すっかり生きているのが嫌になっていた。
一体いつまで生きていればいいのやら。
だが自殺をしたいほど死に憧れているわけでもない。
4000年ほど経った時、脱皮した後ハザークはしばらく蛇のまま過ごすことにし、しばらく人化はしなかった。
蛇のまま森の中をさまよっている内に、ある時真っ白な美しい蛇と出合ったのだった。その蛇と仲良くなり、やがて
白い蛇は５つの卵を産み落とした。だが、その白い蛇は、子蛇の誕生を見ることはできずに息を引き取ってしまった。
ハザークはその卵を城の横にあった塔に持ち帰った。やがて５匹の白い蛇が卵から産まれた。５匹ともメスだった。
そんな頃、建国祭の儀式でザクートが姿を現したのだった。
ザクートは白い蛇達を見て、次に来た時には魔法をかけてやろうといった。
その魔法がどんなものなのか、ハザークには見当もつかなかった。
白い子蛇達は、塔の外に出ていこうとはしなかった。ハザークの寂しさを慰めたいとでも思ったのだろうか、ハザークも
しばらくは子蛇達の成長を見守って過ごした。
そして100年後、ザクートは再び儀式でやってきた。
その頃には白蛇達は５メートルほどの長さになっていた。５匹ともザクートを不思議そうに見上げていた。
「随分大きくなったな。よしよし、約束通り魔法をかけてやろうじゃないか。ハザーク、手を貸せ」
ザクートは５匹の白い蛇を集めてハザークの手を握り、ぶつぶつ呪文のようなものをつぶやいた。するとハザークが
ぎょっとするような事が起こった。白い蛇達が皆人化していたのだ。真っ白な髪、赤い瞳の女に。
「・・・お前どうやった？」
ハザークが驚いて聞いた。
「ん？魔法だぞ。魔法。どうだ。気分は？」
ザクートは女達に微笑んだ。
女達は不思議そうにぱちぱち瞬いてやがてにこりと微笑んだ。
「まあうれしい。これでハザーク様のお世話ができますね」
「ずっと人になりたかったんです」
「そうだろう。そうだろう。５人もいることだし、まあ二人づつくらいで交代で人になったらいい。」
ザクートは満足げにいった。
「お茶を入れてみましょう。」
「そうしましょう」
女達はわらわらと部屋を出て行った。
「・・・本当にどうやった？」
ハザークは奇妙そうな顔で聞いた。
「天才の私に向ってどうやったもくそもないだろう。彼女らはお前の娘だから多少はそういう力があったが、まだまだ
無理そうだったから手伝ったんだ。魔法にはお前の力を使った。彼女らはお前が生きる限りは、側にずっといてくれる
だろう。だがお前の側を離れたら生きていけない。そういう魔法だ。決して旅に出したりするんじゃないぞ？」
「・・・しかし・・・普通の蛇のままの方が幸せということもあるじゃないか・・・」
「それは彼女らが決める事だ。彼女らはお前の世話をしたがってた」
「そんなこといつ聞いた？」
「目を見てわかった」
「・・・」
自信満々に言うザクートにハザークは絶句した。
やがて女達が戻ってきた。
「ハザーク様、お茶って一体葉っぱどれだけいれればいいんですの？」
「さあ・・・」
「適当に入れてみましょう」
「これくらい？」
ティーポットにスプーンで山盛り３杯ほどお茶を入れてお湯を注ぎ、一人がそれをカップに注いでハザークに渡した。
真っ黒で渋そうなお茶がカップの中に入っていた。５人の女達がじっと見ているのでハザークはカップに口をつけた。
やはりすごい味だった。
「上手だな」
ハザークが言うと女達はにこりと笑った。
「まあ、いろんなことは人から教わればいい。お前達の中で普通の蛇として暮らしたい者がいれば、今魔法をといて
やるがどうする？」
ザクートが聞くと女達は誰も元に戻りたいとは言わなかった。
「よし、私が名づけ親になってやろう。」
ザクートは女達に名前を決めて去って行った。
とにかくこうしてハザークには侍女としてずっと側にいてくれる存在ができたのだった。娘なのだが彼女らにはそういう
認識はあまりなく、千年経っても二千年経ってもそのまま生き続けた。
竪琴を演奏してハザークの心を慰めるようにもなったのだった。
ある時ハザークが侍女にこういった。
「お前達の竪琴はとても素晴らしいが、たまには下手な竪琴も聞きたいもんだな」
「下手な竪琴ですか？」
侍女は首をかしげた。
「どうして下手な竪琴が聴きたいのですか？」
「ん？さあなぜだろうな。」
月日が流れて、国には不穏な空気が漂っていた。いずれ一族の力は衰退する。そうザクートが予言したとおり、この国
の力は衰えて、龍の国に攻められるたびににっちもさっちもいかなくなっていた。
滅びを見届けるために、存在していたのかもしれない。そうハザークは思い始めていた。
王はかわいそうだがな・・・
まだ成人していないラクシュミが王位についた時、ハザークはかなりラクシュミに同情していた。
産まれたのがもっと前の時代ならば、こんな苦労もしなくてもいいものをと。
力の強い女が誰一人としていない、というのが致命的だった。普通の女では、王の子供を孕むことは決してできはしない
のだ。
それなのに、ひょんな事から国の運命は思わぬ方向に向きを変えたのだった。王が異界から来た女を妻に迎えたのだ。
すぐ王の子供を孕んだ時にはさすがに驚いたものの、ハザーク自身、その女に興味を持つことはなかった。
とりたてて美しいというわけもなく、足もちょっと短かった。
子供のためとはいえ王も大変だな、と一時は同情したくらいだ。
だが、ある時王の未来の息子だという男がやってきて奇妙な事を言い出した。
「ハザーク様は未来では母様にめろめろですよ」
「めろめろってなんだ？」
未来では自分が王妃をかなり好きになっているというのだ。
そんなことはありえないだろうとハザークは思った。第一自分の好みとかけ離れている。
「そういえば、王妃の竪琴はどうなったんだ？うまくなったのか？」
ハザークは侍女に聞いた。ちょっと前から侍女らが竪琴を教えにいっていたのだ。
侍女はいいにくそうな表情をしていた。
「あんまりうまくはなっておられません。」
「ちょっとは弾けるようになったんだろう？」
「ほんの少しだけです。まだ習って間もないですから」
「あれから半年近くは経ってるだろ？ちょっと聴いてみたいな」
「え！」
と侍女は驚いた顔をした。
「今度行った時王妃にここで弾くように言え」
「はあ・・・あと100年ほど待たれた方がよいと思いますけど・・・」
侍女は真面目な顔でそういった。
その後やってきた王妃はハザークの前で竪琴を披露した。ハザークは、王妃のあまりの竪琴の下手さに驚いたほどだ。
そしてその時、ふとある記憶がよみがえったのだった。それは子供の頃、ヒューリアの下手な竪琴を聴かされていた
記憶だった。ヒューリアの顔が鮮明に浮かんできてハザークは驚いた。
しばらく思い出すことはなかったというのに。
王妃の竪琴には侍女らの顔も引きつっていたが、前にハザークが下手な竪琴を聴きたいといっていたことを思い出して
いた。
「そうですわ。月に一度ここでハザーク様に竪琴を披露する事にしたらいかがですか。そうすれば王妃様の練習にも
身が入るというものですわ」
「え！」
「そうしろ」
ハザークまでもがあっさりいい、王妃の顔は引きつっていた。
王妃が部屋を出て行った後、ハザークは笑っていた。
「あの王妃はいろんな顔をして面白いな」
「今までで一番面白い王妃様ですわね」
「本当ですね。楽しい方ですねえ」
と侍女らは微笑んだ。なぜかハザークが思いのほか喜んでいるので侍女らはうれしかった。
外見はともかく、面白い女だという事はわかった。しばらくは退屈せずにすむかもな。
その思いがいずれ愛へと発展していく事など、その時のハザークはまだ知らない。
「まあ下手な竪琴もたまにはいいもんだ」
しばらく、遠い過去の記憶を思い出しつつ懐かしんでいたハザークだった。
おしまい 戻る