第14話

時間はさかのぼり、ゆりはその日の昼ごろ、城から遥か離れた北西の森にいた。

そこらは敵国との国境付近であり、もっとも戦いがおきる地区でもあった。


ゆりを発見したのは、見回りをしていたジェナサイトという精悍な顔つきの戦士だった。

「まさか・・・・」

ジェナサイトは信じられないという表情でゆりに近づいた。

「なぜこんなところに・・・！？」


ジェナサイトはその時、異変を感じて後ろを向いた。

「好機」

そこにいたのは、敵国の男だった。その者はすぐにあたりに結界を張った。頭に二本の長い角。金色の長い髪の若い男だった。

「まさか・・・なぜ・・・・」

ジェナサイトはゆりをかばうようにして立った。

その者は龍族の者だった。

「なぜここにいるのか知りたいか？これだよ。気配を消せる指輪。これで蛇王に気づかれずに、ここに入れたというわけだ」

男はジェナサイトに指輪を見せた。それには赤い宝石がついていた。

「なんという幸運！まさか蛇王の王妃とこんなところでお目にかかれるとは！」

ジェナサイトの顔が青ざめた。力が違いすぎることを悟ったからだ。

しかも相手は、ゆりのことを王妃だと気づいている。

「もはやお前達は私の結界の中。仲間に思念もおくれまい？」

男は笑った。男が言うとおりだった。男に気づいた時、すでに思念を送ってはいたが、誰からも返答がない。

「だが、だれかがこの結界に気づくはず」

「その前に殺すさ」

男はジェナサイトに向かって手を向けた。右手から、大きな力が放たれるのを感じた。

「くっ！」

ジェナサイトは力の限り、それをふせいだ。

ゆりはただぼんやり立っている。

「くくくく。けなげな事だな。」

男の力が増す。

防ぎきれない！

「ラクシュミ様―！！」


２人の体ごと、光の矢が貫いた。


その時、北の砦にいたヴィクターが異変に気づき、他の者とその場に行った時には、すでに手遅れだった。

その場には黒髪の女と戦士の見るも無残な二つの遺体が転がっているだけだった。

「まさか・・・」

「王妃！王妃ー！」

それはラクシュミにとっても予想だにしない出来事だった。


王の間に届けられた二つの遺体。ゆりと、ジェナサイトの遺体を見て、ラクシュミは絶句し、自分の顔に手をあてた。

そこにいた誰もが声を発することができなかった。ただ、涙を流すだけだった。２人の体からは、まったく生気は感じられない。

胸にある大きな傷が痛々しかった。傷跡は焼け焦げて、肉が焼ける匂いすらも漂っていた。

その場にはフリットとミカエルもいた。そして、ヴィラも。皆、ただ呆然として、ゆりを見つめていた。

結界を一人抜けたゆりを、誰も守ることができなかったのだ。

なぜこんなことに？

夢だこれは。

夢のはずだ。

悪夢のような現実を、誰一人信じることができない。

「すまぬ。皆、出てくれ」

ラクシュミが言った。戦士たちは王の間をでる。外には青ざめた顔の侍女たちがいた。

「ゆ・・・ゆり様は？ミカエル様！ゆり様は？なくなったなんて嘘でしょう？」

ぼろぼろ泣きながら、ミラがミカエルに聞く。

「ミラ・・・」

ミラはミカエルの悲しげな表情に、それが真実だったと悟る。

「嘘よ。嘘よ。嘘！あー！」

ミラは半狂乱のようになり、泣き叫んだ。他の侍女たちも同様に咽び泣く。

城中を悲しみが覆った。

王の間では、ラクシュミがぼんやりとゆりを眺めていた。幼いころより、物事に動じないようにする訓練を受けていたラクシュミ

だったが、今回ばかりは、心の動揺を抑えきれない。

希望はまじかであった。そのすべては失われ、振り出しへ。

ゆり・・・

もう二度と、その黒い瞳が私を見ることはないのか。

なぜだ。なぜ、なぜ外に出たのだ。

いや、私が悪かったのだ。私がもっと気をつけていれば・・・

いくら後悔したところで、失った者は二度と帰ってきはしないのだ。

「王、結界がゆるんでいるぞ？」

王の間に一人の男が現れた。金色の長い髪。ハザークである。ハザークは、布の上にある二つの死体に目を留めた。

「おやおや・・・無残な姿だな・・・」

ハザークは、遺体に近づいていきじっとゆりの体を見下ろした。

そして、くっくと笑い出した。それは、あまりに不遜な態度だった。

「何がおかしい」

「見事なものだと思ってな・・・」

「・・・やめてくれ・・・」

ラクシュミは、低い声で言った。

「なかなかのできだとは思わないか？」

ハザークはラクシュミを見て、言った。

「何を言っている？」

ラクシュミが眉をひそめた。

まったく意味がわからない。

ハザークは、身をかがめて、ゆりの右手首をもちあげた。その瞬間、ゆりの腕がぼきりと折れた。

「何をする・・・」

ラクシュミが、今までにない表情でハザークを見た。

ゆりの腕からは、血が滴り落ちている。真っ赤な血が。

「お前のそんな顔は初めてみた」

「・・・ハザーク・・・」

その声には、怒りがあった。

「よくみろ。これが本当にお前の王妃か？」

ハザークは、腕を下に落とした。

「ゆりだ」

どさりと落ちる腕を見つめて言う。

「ばかな・・・まったくしょうがない・・・」

ハザークはゆりのほうに向けて左手を開いた。わずかに光が漏れた瞬間、ゆりの体は、土の塊と化していた。

それと同じくして、ジェナサイトの体も。

「！？」

ラクシュミは立ち上がっていた。

「どういう・・・ことだ・・・」

「落ち着け。かなり結界が乱れているぞ。」

「ゆりは・・・まさか・・・」

「連れ去られてはいない。この国の中にいる。」

「本当か？」

「心を落ち着かせろ」

「ああ」

ラクシュミはいすに座り息を吐いた。

「見事なものではないか。お前までだますとは。異界の女との混血児ゆえ、心配していたが・・・なかなかの力はあるようだ」

「だます？なぜ私を」

「大方、赤子に嫌われるようなことでもしたのだろう。だから嫌がらせをされたのだ」

ハザークは、笑っていった。

「嫌がらせ？ばかな。これが赤子がしたことだというのか？冗談にしてはあまりにひどすぎる。」

「子供というものは、残酷なものだ。程度もしらない。お前はしなかったが、三代前の王はよく死んだふりをしてたな」

ハザークは淡々と言った。

「ばかな。私は赤子に嫌われることなど、してないぞ」

「王妃を傷つけたのではないのか？」

「傷つけた？・・・そんなことしてない」

ラクシュミは思いをめぐらせたが、わからない。

「それよりゆりはどこにいるんだ」

ラクシュミはすでに戦士たちに思念を飛ばしている。

ゆりが生きてどこかにいるはずだ。探せと。

「どこかにいるだろ」

「はあ・・・一体私が何をしたというんだ・・ここ数日、朝にちょっと会話をする程度だったし・・・その時は別に・・・」

そういえば、どこか沈んでるような感じでもあったが・・・

その前は・・・

「そういえば、抱いてくれといわれて、抱かなかった」

ラクシュミが思い出していった。

「まさかそれなのか？」

「さあな」

その場にフレイが現れた。

「王、まだ王妃は見つかりませんか」

フレイはゆりが生きていたと知らされて、やってきたのだ。

「まだだ。ハザークは、これは子供の嫌がらせだといっている。私がゆりに冷たくしたせいだと」

「冷たくされたんですか？」

「冷たくなどしていない。だが、抱いてくれ、といわれて、抱いてやらなかったということはあった。妊娠したのだから

必要ないだろうといった」

「それは・・まずいのではないですか？」

「どこがまずい。妊娠した女は、普通抱かないだろう？」

「我々には普通でも、王妃には普通ではないのかもしれませんよ？その言い方では、今まで子供のためだけに抱いていた

という風にもとれますよ」

「・・・」

ラクシュミは顔をしかめた。

「そういうつもりはなかったのだが・・・あの時はそういう気がなかった」

「あの王妃は好色な方なのか？王妃は好色な方がいいんだぞ。なにかとな」

ハザークが言った。

「相手をするのは私なんだぞ」

「他の男をあてがえばいいだろう」

「そういうわけにいくか」

また死んだふりでもされかねない。

「王・・・まだ言ってなかったんですが・・・子供を孕んだ王妃には、いろいろ儀式がありまして・・・」

フレイが言った。

「儀式？」

「まあ、そういう話はおいおい・・・」

その時、ラクシュミの元に思念が届いた。

ー王！王妃が北の洞窟の中にいました！無事です！

「いたようだ。全くほっとした・・・」

ラクシュミは再びを吐いた。

ゆりは戦士に抱かれて、ジェナサイトは抱えられるようにして、共に城に連れて行かれた。

ジェナサイトがよれよれなのは、ゆりに気を奪われたからである。

「王妃！」

「無事でよかった・・・」

「ああ・・・」

ゆりの姿を見るなり、戦士たちの喜びの声がもれた。ラクシュミはゆりを受け取り、ひざに乗せて抱いた。

体は温かい。眠っているだけのようだ。ゆりの服が血で汚れている。

ハザークはいつの間にやら消えていた。

「怪我をしているのか？」

「いえ、王妃の怪我ではありません。」

ジェナサイトが言う。

「王、これを」

違う戦士が腕を見せた。切り取られた誰かの右腕である。

「その腕の血がついたのです」

「一体何があった？」

「それが、北西の森を見回っている最中に、森の中で王妃を見つけまして。その時龍族の者が現れたのです。

かなり、上級のものでした」

「何？どうやって入ってきたのだ・・・」

雑魚ならば侵入してもわからないが、上級の者が領土内に入ってくれば、ラクシュミにはわかるのだ。

「その者は気配を消す魔道具をもっておりました。だから王にわからないと。その腕にある指輪がそうです」

ラクシュミは唇をかみ締めた。

「すぐに結界を張られてしまい、連絡ができませんでした。申し訳ありません」

「それからどうしたのだ」

「はい。それが、私もよくわからないのですが、相手の力で胸を貫かれたと思ったんですが、気づいた時には洞窟の中で

王妃は敵の腕をもっていまして、私はかなりの気を奪われてまして・・・近くにいた大蛇が人を呼んできてくれたのです」

ジェナサイトはひどく辛そうだった。

「・・・話はまた明日にしよう。だれかジェナサイトを送ってやれ。ミカエル、ゆりを部屋に運んでくれ。私は念のため

に領土内を確認しておく」

「はい」

ザメハとフレイを残して、他の者はみな王の間をでた。

ゆりの姿を見たミラは、またもや泣きだした。

「服を着替えさせてくれ」

ミカエルはベッドの上にゆりをおいた。

「ゆり様、良かった。本当によかった」

ミカエルはゆりの髪をなでて部屋を出た。


「王よ、まだ気が乱れておりますぞ」

ザメハが言う。

「わかっている」

ラクシュミは、気を落ち着かせて、国内を探った。

夜、ゆりは目を覚ました。

「あ、ゆり様！ゆり様―！」

ミラがゆりに抱きつき、泣き出した。

「ど、どうしたの？ミラ」

ゆりが驚いて聞く。ゆりには全く記憶はない。

「う・・・ううう・・・なんでもありません」

ミラは涙をぬぐった。

「何でもないことないでしょ。一体どうしたの？」

「ゆり様が元気でよかった。本当に」

「そういえば私、いつの間に寝てたんだろ。」

その時、ぐるるるとゆりのおなかが鳴った。

「何か食べられます？メメントがよいですか？」

「うん」

「料理人に頼んで参りますわ」

ミラは部屋を出て行った。

「私いつの間に寝てたんだっけ？」

ゆりは首をかしげた。



ゆりはご飯を食べて、湯浴みをしてから部屋にいた。すると、侍女がやってきた。

「ラクシュミ様が今夜は王の寝室で休まれるようにとおっしゃられてます」

侍女はそういった。ゆりは行くことにした。


寝室のドアを開けると、ベッドにラクシュミの姿が見えた。

ラクシュミはベッドで上半身だけを起こして、お酒を飲んでいるようだった。

「王様、今日は早いのね」

ゆりはベッドに近づいた。

「ああ、側にこい」

ゆりはベッドに上がった。

「もっと側にこい」

「どうしたの？」

「私が悪かった」

「王様？」

ゆりは驚いた。

「こい」

ゆりは体を寄せた。すると、ラクシュミは杯をベッドの傍らに置いて、ゆりを抱きしめ、そしてキスした。

それはひどく久しぶりな気がして、ゆりはうれしかった。

「ミラも変だったけど、王様も変」

ラクシュミはしばらく無言で、ゆりの髪や体をなでながらキスしている。

気持ちいい・・・すごくうれしい・・・

「王様？どうしたの？急に」

ゆりは頬を赤く染めて言った。

「ゆり、服を脱げ。今日は久しぶりにお前を抱きたい」

「え・・・」

ラクシュミはゆりの頬に触れた。

「今夜は一杯かわいがってやるぞ。ゆり」

「うれしい・・・」

「ほら、早く脱げ」

「はい」

裸になったゆりは肌に触れられて、ラクシュミに抱かれた。

久しぶりの体の感触に、ゆりは興奮した。

「あ・・・あ・・・」

「気持ちいいか？ゆり」

ラクシュミはしっかりとゆりを抱きしめて言った。

「いい・・・あ・・・ああ！」

ゆりの体がびくんと痙攣した時、ゆりのおなかの上に、金色の小さな蛇が浮かんでラクシュミはぎょっとした。

蛇紋・・・蛇紋ではないか！

蛇紋とは、一族の者の肌に興奮のさなかでる蛇の模様のことである。

場所も色も、人によって違うのだ。

しかも金色とは・・・

金色とは最も位が高い蛇の色である。

「王様・・・もっとされたい・・」

ゆりがあえぐように言う。

「いいぞ。どういう風にされたい？」

「いっぱい愛されたい」

「いいぞ。いっぱい愛してやる」

ラクシュミは再びゆりの上に乗り、交わった。

「あ・・・あん・・・」

「ゆり・・・」

再び抱けるとは、幸せなことなのだな・・・

一生失われたと思った者が、ここにいるのだから・・・

今度はゆりの太ももに、金色の蛇が浮かんだ。ゆりは全く気づいてない。

普通蛇紋の場所は固定しているのだが、ゆりの場合は違うようだ。

ラクシュミがゆりに口付けて、離れた時には、ゆりの左目が黄色と黒に変わっていた。

「ゆり・・・」

「私もされたいな」

ゆりが言った。

「いいが、少し休憩な」

「うん」

ゆりはラクシュミの胸に体を寄せた。

「・・・もしかして、お前は昼間のこと覚えてるのか？」

「覚えてるよ」

「まさかお前がやったことなのか？」

「そうだっていったらどうする？」

蛇の目がじっとラクシュミを見た。

「いまさら怒りはしないが・・・みんな泣いてたぞ」

「わからないの。私がしたのか、子供がしたのか。向こうの私が無意識にしたのか」

「あの後どうしたんだ？」

「喜んでる男の腕を切ったの。あの指輪王様にあげたかったから。男は驚いて逃げて、私はジェナサイトを洞窟に運んで

気もらったの。私も疲れてたから」

「そうか」

ゆりは身体をずらして、ラクシュミの下半身に手を伸ばして、それに口をつけた。

「・・・・」

「王様、交わりの月のこと、覚えてる？」

「覚えてない」

「やっぱり・・王様いっぱい快楽をくれたんだよ。だから、すっかり体は、それがほしくなっちゃってるの。だから、

時々抱いてくれないといやよ」

「わかった」

ゆりはにっこり笑って、口で奉仕を続けた。