第１８話
梅雨があけて、ようやくゆりは城から外に出ることができた。
アーお外っていいなあ
ゆりはのびをしながら庭園の方に歩いていく。ミラも一緒だった。
「外はいいですねえ」
「そうねー曇ってるけど、まあいいや」
ミラの尻尾もぶらぶら揺れている。
「ねえ、猫の一族って他にいっぱいいるの？」
ゆりは不意に疑問に思って聞いてみた。
「いますよ。世界のあちこちに。城の中はいないですけど、街のほうにいったらいるんですよ」
「そうなんだ。一人でさびしくないのかなーって思ってさ」
「別にさびしくはないですよ。猫の一族はあんまり一族意識がないので、みんな自由に好きなところにいますよ。
虎の国には一応猫の一族の街がありますけどね」
「そうなの？それなら前の時行ったらよかったのに」
「遊びに行ったわけじゃないですから。私はこの国でラクシュミ様や他の男性の美しい顔を見るのが楽しいんです。もちろん
王妃といるのも楽しいですが」
「他の国とかいってみたいなあ。一番犬の国に行ってみたいな。」
「犬は苦手です」
その時、
「ゆりちゃ〜ん」
という男の声が聞こえてゆりは振り向いた。見ると、図体のでかい男が走ってくる。
「え？ガットさん！」
「やあ！久しぶり！」
見ると、目の前にきたのは虎の一族の男、ガットだった。金色の髪、２メートル以上はありそうで筋肉も隆々だ。
「えー？どうしたんですか？」
「遊びにきたんだよー。アヤコ最近良く寝ててさ、今日もずっと寝てるから。魔法陣使ってきちゃった」
「え・・そんなことに魔法陣を・・・」
ミラの顔が引きつっている。魔法陣を使うには、かなりの魔力がいるのだ。
「おーなんかゆりちゃん、きれいになったな。前にあったときよりもずっと」
ガットが身をかがめてしげしげとゆりを見る。
「ガット様、あんまり近づかないでください」
ガットはミラを見てにっと笑った。
「よしよし」
ガットはミラの頭をなでなでしている。
「ガット様ったら！」
「ゆりちゃん。知ってるかい？猫の一族の女は耳が性感帯なんだぜ」
「え？」
「ほらほら」
ガットがミラの耳をもみもみする。
すると、ミラが気持ちよさそうな顔をした。
「にゃ〜ん」
「ほらな」
「もう！何さすんですか！」
「ねえ、ガットさん、猫の一族に耳あるのに、なんで虎の一族はないの？」
ゆりは素朴な疑問をぶつけてみた。
ガットは耳も尻尾もない。
「さあな、なんでだろうな」
ガットは首をかしげた。
「ライオンの一族はないの？」
「ライオンってなんだ？」
ミラもきょとんとしている。ライオンはいないらしい。
「ごめんな。おれは考えることが苦手で」
見るからにそうですね、と思ったがゆりは黙っておいた。ガットは美男子という顔つきではないのだが、
アヤコにべたぼれの所とかはかなり好感が持てる所だ。完璧に尻に引かれているところが面白い。
怒ると怖そうだが、アヤコに怒る事なんてなさそうだ。
ガットはゆりの体をひょいと抱き上げた。
「え！」
「ガット様！」
「ラクシュミに会いにいこうぜ〜」
「下ろしてください！」
ミラがわめいている。
「いいじゃん。別に、俺すっごい心配してたんだぜ。ゆりちゃんがここで幸せかどうか」
「本当ですか？」
「本当」
ガットが微笑む。
「でも子供できたの早かったな。びっくりした」
「そうですね」
ガットはゆりを下ろす気配もなくのしのし歩いていく。
「せめて瞬間移動で王の間にいってくださいよ！」
「まあまあ。」
「・・・・」
ガットさんって、相変わらず豪快な人だなあ・・・
すごい胸板。
ゆりはガットの体から、何か妙な匂いを感じた。
獣くさい・・・
それは汗に混じったような獣のにおいで、ゆりはむっとしたが、相手のにおいのことをいうのも失礼だと思い、
黙っていた。
「ガット様！ガット様ったら！」
ミラが飛び跳ねている。
「わかった。わかった」
ガットは瞬間移動した。ミラは瞬間移動できないので走っていく。
「おーい。ラクシュミ〜元気」
やがて陽気な男の声が王の間に響いた。
ラクシュミの眉間にしわがよっている。
「お前、たいした用もないのに魔法陣を使うんじゃない」
「いいじゃねえか。たまには。ゆりちゃんにあいたかったんだよ」
ゆりはガットに抱き上げられていた。ラクシュミの前でもじっとしている。なんだか様子が変だった。
「ゆり？」
ガットがゆりを下ろすと、ゆりはべったりガットにくっついた。全然ラクシュミを見ていない。
「・・・・」
ラクシュミもガットも無言である。
「お前何した」
「何って、何もしてないぞ」
「嘘つけ。ゆり、ゆり！」
ゆりは全く反応しなかった。
「そうか。俺の魅力に参ったんだな」
ガットは真顔で言っている。
「ふざけるな」
ラクシュミは近づいて、ゆりの体を引き離した。すると、ゆりは手を伸ばしてガットを求めている。
「ゆり！どうしたんだ。一体！」
「俺の方が好きになったとか？」
「そんなわけないだろ！」
「好き、愛してる。あなたのためなら死んでもいい」
ゆりはぶつぶつつぶやいてガットに手をのばしている。
「お前、ほれ薬でも飲ませたろ」
「そんなことするか。あれ？そういえば・・・アヤコも似たようなこというな。時々」
ガットは思い出したようにあごに指をあてた。
「離して！」
ゆりはラクシュミから逃れてガットに抱きついた。
「どういうことだ！」
「さあ、」
ゆりはいとおしげにガットにすりすりしている。
その時王の間の外でミラはまっていたのだが、番兵が王妃の様子がおかしいぞ、といったので、中をのぞいてぎょっとした。
「ゆ、ゆり様？」
ミラはだっと走って行った。
「ゆりちゃんがラクシュミより俺の方を愛してるって」
「そんなわけないでしょ！」
とミラ。
「私虎の国に行く〜」
ゆりは体をすりよせてなにやら言っている。
ラクシュミも何がなんやらわからない。
なんだかゆりの様子は、虎族や猫族の女性のある時のしぐさににているとミラはおもった。
「なんか・・・ガット様から発情期の時の匂いしますけど、まさかそのせいでは？」
ミラが言った。
「ん？そうなのか？」
虎の一族は特殊で、交わりの月以外にも発情期がある。
「王妃はガット様の体臭に反応してるんじゃないんですか？もしかして・・・」
ミラが引きつっていった。
「えーそんなことあるんだ」
とガット。
「・・・・そういえば、アヤコも発情期の時はおとなしくなるなあ。虎族の女と同じで、そうか。異界の女は虎族の男の体臭に
弱いのか〜全然きづかなかった」
「貴様というやつは・・・20年以上もアヤコといるくせになんできづかないんだ！」
「そういわれても・・・」
ガットはぽりぽりと頭をかいた。
ラクシュミが思念を飛ばしてミカエルが現れた。ミカエルはゆりを見てぎょっとした。
「ミカエル、ゆりを部屋に閉じ込めておけ」
「は、はい」
ミカエルがゆりを捕まえると、ゆりはじたばた暴れた。
「いや！やだー！ガットさんといる！」
ミカエルは強引に瞬間移動した。
「お前はもうここに来るな！」
ラクシュミがガットに言う。
「知らなかったんだよう。そう怒るなって。」
「帰れ」
ラクシュミが怒りの形相でいい、ガットはすごすごと帰っていった。
一方、ゆりは部屋で暴れていた。
「離してったら！」
「王妃」
「あ！あれ何？」
ゆりが部屋の奥を指さす。ミカエルがそちらを向いた隙に、ゆりはぱっと逃げて扉の方にいく。
「だめです！」
「やだー虎の国にいくんだー！」
ゆりは手がつけられない有様である。
「そんなに虎族の男がいいんですか？」
「たくましくて素敵だもん」
「あなたは王を愛してるでしょう？」
「ガットさんがいい！」
ゆりは扉の所に行き、開けようとするがあけられなかった。ミカエルが力で鍵をしめていたからだ。
「だれか開けてー！ミカエルに殺される！」
ゆりは扉をどんどんたたいて物騒なことを言い出した。
「王妃・・・」
扉が開かないと分かると、ゆりはいすを持ってきて投げようとまでしている。
「王妃！だめですよ」
ミカエルはゆりの体を捕らえてベッドの上で固まらせた。
「離して！離してったら！人でなし！」
ゆりはぎゃあぎゃあわめき、やがて泣き出した。
「お願い行かせて。ミカエルの事愛してるから、だから・・・」
「はいはい」
「お願い・・・」
ミカエルは無視している。
「ミカエルのばかー！！！」
やれやれ・・・
そんなこんなで３時間ほどが経過して、ようやくゆりは疲れて眠ってしまった。
・・・全くいまいましい虎族の男め！
ミカエルはすっかりげんなりしている。
それから一時間ほどして、ゆりは目を覚ました。
「あれ？ミカエル」
ゆりは普通の状態に戻っていた。
「どうしたの？なんだか疲れた顔してるよ」
「いいえ。王妃、大丈夫ですか？」
ミカエルはほっとして聞いた。もう目も血走ってない。
「何が？」
「いいえ、なんでもないです。」
「なんだかおなかすいた」
「侍女呼んできますね」
ミカエルはもう大丈夫だろうと思い、侍女に言ってラクシュミの元にいった。
「元に戻ったか」
「はい・・・もう驚きました」
「全く・・・・もう二度とあわせないようにしなければ」
ところがミカエルが出て行った後、ゆりをかついだミルキダスという戦士が王の間に現れた。
「王、王妃がおかしいんですが。魔法陣を使わせろといって暴れてるんです」
ミルキダスの背中をばんばんたたきながら、ゆりはおろせとわめいていた。
「はあ・・・ミルキダス、ゆりを下ろしてこっち向かせろ」
「はい」
「やだー！」
「ゆり、こっちをむけ」
ミルキダスは暴れるゆりの体を捕らえてあごに手をかけて強引にむかせた。
「一族の女としてのゆり、出て来い」
ラクシュミの瞳が輝いた。やがて、ゆりの左目が、黄色と黒に変わった。
「成功したな。向こうのゆりがおかしくなっているから、お前でてろ」
「・・・」
ゆりはぼんやりしている。
「ゆり？」
「くさい・・・」
「ん？」
「もうだめ・・・」
ゆりはがっくり倒れてしまった。ラクシュミははっとして言った。
「ミルキダス！ゆりを浴室に連れて行け！」
「は、はい！」
「番兵！ゆりの侍女たちを浴室に行かせろ！すぐに！体を洗うのだ！」
「はっ！」
ぐったりしたゆりは浴室で侍女たちに裸にされて体と髪を洗われた。
「王妃！しっかりしてください」
目を覚ましたゆりは、香油をたらした湯に入れられて、ようやく頭がはっきりしてきた。
「あーびっくりした」
虎族の体臭は、一族の女であるゆりには嫌なにおいでしかなかったようだ。
その後ゆりはラクシュミのひざにしばらく乗せてもらい、ラクシュミの匂いをかいで、普通の状態に戻った。
「大丈夫か？ゆり」
「うん・・・びっくりしたね。」
「ああ。すまなかったな」
次の朝目覚めたゆりは、ガットを愛してしまったことなどすっかり忘れていた。
「あれ？昨日どうしたっけ。ガットさんとあって・・・」
「ガットの話はするな」
ラクシュミが不愉快げにいった。
「どうして？けんかしたの？」
「お前はもう二度と虎族の男に会うんじゃない」
「？？？」
ゆりはわけがわからなかった。
変な王様
「・・・なんか体だるいなあ・・・」
「気か？」
「うん。」
「私は今日は瞑想せねばならんからやりたくない。誰かからもらってくれ」
「うん・・・・」
ゆりはしばらく沈黙した。
実は、儀式以来、あの時の男たちにはあってない。昨日ミカエルとあっていた記憶も今のゆりにはなかった。
正直しばらく会いたくない。
儀式に対して罪悪感はなくても羞恥心はあるのだ。あんなことをした後ににこやかに会えるわけもない。
思い出すだけで、あれは本当に自分かと疑いたくなる。
「王様、女の人から気もらいたいな」
ゆりはラクシュミに言った。
「気の強い女はほとんどいないんだ。お前に多少しかあげられない。フリットかミカエルにもらったらどうだ？」
「将軍は？」
４人の将軍も、確か気は強いはず。
「将軍たちは忙しい。それに、気の回復が若い者に比べて遅いんだ。」
「・・・フリットらに会うのは気まずいから・・・できれば他の人がいいな」
「・・・ジェナサイトを呼んでやる」
「ありがとう」
午前中、ジェナサイトがやってきてゆりは気をもらった。前の時にかなり気をとられたジェナサイトだったが、
今はすっかり回復している。ゆりはあの時のことは知らないし、ジェナサイトも言わなかった。
まじめそうな男で、ゆりがいろいろ質問すると、ポツリポツリと答えてくれた。
気をもらうと体調も回復してきたゆりは、午後は庭園に出た。南の庭園の方には、いろんな白い石像が並んでいるところがある。
神話の神々の像だ。どれも一匹蛇をもっていたり、体に巻きついていたりしている。
蛇の一族の神ではなく、この世界の神話の神らしい。
ゆりは奥の石像のところに誰かがいるのを見た。短い黒髪の男だった。赤いピアスをしている。髪は後ろを少しだけ
伸ばして結んでいた。
男はゆりを見ると、無愛想なまま軽くお辞儀をして消えた。
「あの人、だれだっけ？」
ゆりは後ろにいた侍女に聞いた。ミラではないほかの女性である。
「ミルキダス様です」
「ミルキダス・・・」
珍しく微笑まない男だったので、ゆりはちょっと興味をもった。一族の男はたいていゆりを見るとにこっと微笑むが、
さっきの男は違う。
「あの・・あの方はいつもああいう感じですから、気になさらないでください。」
侍女がゆりの心を読んだように言った。
「そうなの？」
「あの方が笑った顔を、だれも見たことがないそうですよ」
「えー？なんで？」
「さあ・・・」
よっぽど不幸なことでもあったのかな。まあそういう人もいるよね。
ゆりは石像を見上げながら歩いた。全てゆりの二倍ほどの大きさのものである。
「男はみんな美男子だね。女性の像もきれいだけど」
「神様ですから」
「・・・アシュラン・・」
ゆりはひとつの像の台座にある名前を呼んだ。
「アシュランは神々の長であり、最も尊い神様です」
「へー」
そういわれれば、威厳がありそうな顔つきをしていた。
「ですが、かなりの浮気者だったようですよ」
と侍女。
「へー、神話の世界って、どこの世界も似たようなものなんだね」
ゆりの世界のギリシャ神話のゼウスのようなものみたいだ。
その時、
「こんにちは。王妃」
アシュランの像の後ろから男が出てきてゆりはぎょっとした。
「・・・・？」
一瞬ジュノーかと思ったら、どうも雰囲気が違う。
男はにっと笑った。
「もしかして・・・ヴィラ？」
「正解です」
「・・・」
ゆりはちょっと気まずそうな顔で視線をそらし、頬をかいた。
「どうしたんですか？好みの顔じゃなかったですか？」
「そういうことじゃなくて・・・その・・・」
「王妃はつれないですねえ。いつ昼間呼んでくださるかと待っていたのに」
ヴィラはゆりに近づいた。
「・・・・」
「どうしたんですか？会いたくなかったんですか？」
「そうじゃないよ。ただ、恥ずかしいだけだよ。あんなことあったから・・・」
ゆりはとても居ずらそうに顔を背けた。
「実は、あの時のことは、さっぱり何も覚えてないんです」
ヴィラの言葉にゆりはえっと顔を向けた。
「本当？」
「ええ。ジュノーに聞いたら、ジュノーも覚えてないといってました」
「本当に？」
「はい」
「・・・・本当に本当？」
「何かそんなにすごいことでもあったんですか？」
ヴィラが逆に聞いた。
「え？別に。何もないよ」
ゆりが両手を横に振って言う。
「本当ですか？」
「本当、本当」
ゆりはほっと胸をなでおろした。
あーよかった！ミカエルとフリットも覚えてないといいのになあ。
「ヴィラって思ってた通り、素敵な人ね」
ゆりはすっかり気楽な気分になり、ヴィラの顔をしげしげと見つめた。
「それはどうも」
ヴィラがほほえんで言う。
「一瞬ジュノーかと思った」
「ジュノーとは親戚なので、目つき以外は似てるでしょ？」
「うん。目以外は似てるね。ヴィラ今度昼間に気ちょうだいね」
「いいですよ」
「私じゃあ部屋に帰るね」
ゆりはるんるんになって去って行った。
・・・単純な人だな
ヴィラは苦笑していた。
実は嘘だった。あの夜のことは全部覚えていたのだ。だがゆりがあんまり気まずそうなのでそういったのだった。
他の人にも言っておかないとな・・・
それにしても蛇霊神の儀式が２回もあったなんて・・・
次に儀式があったら是非参加したいものだが・・・
あの儀式がすっかり好きになったヴィラだった。
「ルンルンルーン」
夕方、ゆりの左目は黄色と黒に変わっていた。ゆりは結界の中を瞬間移動して遊んでいる。
普段のゆりは自分でしようと思ってもできないが、こちらのゆりはできるのだ。
だけど、前に蛇が殺されそうになった時には飛んでたよね。あれって、子供が助けたのかなあ・・・
時々不思議なことがあるが、それも妊娠のためらしい。子供はゆりの味方なので、ゆりの感情を守ろうとするようだ。
ゆりは宙をふわりと浮いて、城の東にある狭い塔に人影を見て、そちらに移動した。
前にミカエルにつれてきてもらった場所である。
「こんにちは。」
ゆりは塔の上の方にいる人物に言った。そこは四方が開いていて、景色が一望できる場所である。
「・・・」
そこにいたのはミルキダスだった。
ミルキダスはゆりの顔を見て、無表情のまま顔を少し下げた。
「ねえ、あなたこの前のこと怒ってるの？」
ゆりが聞いた。この前とはゆりがガットにおかしくなった時のことだ。こちらのゆりは大体の記憶を持っている。
向こうは忘れているようだが。
あの時、ゆりはかなりミルキダスをぼかすか殴ったような気がしていた。
いや、かなり殴っていた。顔もひっかいたような気がする。
ミルキダスは無言だった。
「ごめんね」
「もういいです」
ミルキダスはぼそっと言った。
「じゃあ笑ってよ。にこって」
「・・・もう行ってもいいですか？」
ミルキダスは顔色も変えずに言った。
「そんなに嫌わなくてもいいじゃない！」
「別に嫌ってません」
「嘘よ。」
「・・・・」
ミルキダスが飛ぼうとしたのを感じて、ゆりは腕を引いた。
「なんですか」
迷惑そうににらまれた。
「ねえ、ミルキダスって、恋人とかいるの？」
「・・・」
「冷たいの。いくら私が好みのタイプじゃなくたって、話くらいしてよ」
「そういうわけじゃありません。あまり個人的なことは、話したくないんです」
堅物め・・・
ゆりは心の中で舌打ちした。
「あなた私のこと軽蔑してるんでしょ。この前おかしくなった時のこと、根にもってるんだ」
部屋から出て魔法陣の部屋に向かっていて、一番最初に出会ったのがミルキダスだった。問答無用で担がれて
王の間に連れて行かれたのだ。その際には激しく抵抗して罵倒もした。
「そんなことはありません」
「嘘。怒ってる。」
「怒ってませんが・・・ただ、王妃らしい品格はもっていただきたいとは思います」
嫌味のように言われた。
「悪かったわね。王妃らしくなくて」
「すいません。私は、話が苦手なので」
「そんなんじゃ女をくどくのも大変ね」
「・・・」
無言。
「ねえ、部屋に来てよ」
「・・・」
「王様には絶対服従なんでしょ？私って、位は王様の次よね？」
「話し相手がほしいのなら、他の者とどうぞ」
「私はあなたと話がしたいの」
「私と話をしてもつまらないですよ」
「部屋にきなさい。ミルキダス」
命令するように言う。
「・・・・」
「私に逆らうの？」
「私は王には絶対服従ですが、あなたにまでそうする気はないんです。」
ゆりは唖然とした。今までゆりにこんなことを言った男はいない。
「気がほしいのよ。ちょうだい」
ミルキダスが、少し戸惑ったような顔をした。
「それもいや？」
「いやではないですが・・他の者と変わります」
「あなたの気がほしいの。今まであなたからもらったことなかったから。子供のためよ？きて」
子供のため、そういわれると、ミルキダスも従わざるを得ない。
だがとてもいやそうだった。
ゆりはミルキダスの腕に触れて部屋に移動した。部屋といっても、隠し部屋の方である。
「ここどこです」
ミルキダスが部屋の中を見回して聞いた。ミルキダスは今まで王妃の部屋に行ったことはない。王妃の寝室にしては、
狭いような気がした。
「気もらう部屋よ。じゃあそこに座って」
とゆりはベッドを指差した。
「・・・ところで気はどうやってもらってるんです？」
「裸で抱き合ってもらってる」
ゆりがそういうと、ミルキダスは初めて驚いたような表情をした。その表情には、微妙に嫌悪感のようなものも漂っている。
失礼な男ね・・・
ゆりはむっときた。
そりゃ、この体は美人というほどではないが、あんなにいやな顔をすることはないじゃない。
「冗談はやめてください」
「いやならいいわよ。口付けで」
こうなったら悔しいから大量に奪ってやる。
ゆりもむきになっていた。
「・・・他の者と変わりたいんですが・・・」
ミルキダスは完全に拒否反応を示している。
「私って口もつけたくないほどブサイクなんだ。あなたにとっては」
ゆりはちょっと傷ついて言った。
「そんなことは言ってません」
「じゃあ何？すごい愛してる女でもいるんだ。その人以外には触れたくないとか」
「そうでもない」
「じゃあ何よ！」
ミルキダスは、困り果てた顔をした。心底いやそうだった。
「そんなに私が嫌い？ならもういいよ」
ゆりは悲しそうに言った。
「そういうわけでは・・ただ・・私は女が苦手で・・・あまり触れたくないんです」
「じゃあ私のこと嫌いじゃない？」
「嫌いではないですが、苦手です」
ゆりはミルキダスに抱きついて背中に腕を回した。
「！」
「女の体って、いいものよ？やわらかくて・・・こうしてると、安心しない？」
「・・・王妃、やめてください」
ミルキダスの体はひどく硬直している。拒絶の意思が伝わってくる。
だが、ミルキダスはゆりの肌の匂いをかいでしまった。それは、ラクシュミと同じ匂いだった。
一族の者は、本能的に、その匂いを持つ者に逆らうことはできないのだ。
「ねえ、ミルキダス、口付けて」
この匂いをかいだら、もうミルキダスは抵抗することができなかった。
身をかがめて、唇を合わせる。ゆりが舌を入れても、もう拒絶しなかった。舌をからめあう。たくましい腕がゆりの体をぎゅっと
抱きしめて、ゆりは唇を離した。
「痛いわ。もっと優しく抱きしめて」
「すいません」
ミルキダスが、そっとゆりの体を抱きしめる。そして口付けを再開した。それはかなり長いキスだった。ミルキダスが離れようとし
ても、ゆりが離さなかったのだ。二人は何度も何度も唇を離してはひっつけて、舌をからめあった。
頭が、じんじんする・・・
それはミルキダスがはじめて味わう、甘美なものだった。
ミルキダスの手が、ゆりの頬をなで、腕をなでた。その表情も、うっとりとしたものに変わっている。
「気は、とらないんですか？」
ミルキダスが聞いた。自分の体から、気が減っていく気配がない。
「気持ちいいから、しばらくこうしてたいな」
「え？」
ミルキダスが、驚いた顔をした。
「ふふふ、あなたの口付け、とっても素敵だったわよ？顔つきも、いつもと違ってたし。」
「王妃・・」
ミルキダスの頬が少し赤くなった。
「それ、そういう顔が見たかったの」
ゆりが笑って言う。
「ひどい人だ・・・」
「ふふふ」
「王妃でなければひどい目にあわせるところですよ？」
「どんな目？」
ゆりは興味を引かれて聞いた。
「・・・」
体はまだ密着している。ゆりは抱きついたままミルキダスの背中をなでていた。
「あなたはなぜ好きでもない男にこんなことするんです」
「あなたのこと好きよ？」
「・・・」
「皆好き」
「・・・」
ミルキダスの瞳に、微妙な色が浮かんだ。
「私を軽蔑してるんでしょ」
「いえ・・・」
「どうして女が苦手なの？」
「・・・」
「男のほうが好き、とか？」
「違います」
「じゃあなぜ？」
「言いたくない」
ミルキダスは横を向いた。
「交わりの月以外は女に触れたくないの？」
「・・・・」
ミルキダスの表情が暗いものに変わってきた。ゆりは少し首をかしげる。
「もしかして・・・誰かに聞いたんですか？」
ミルキダスがゆりを見た。
「何を？」
「私のことを・・・」
「何も？」
ゆりが首をかしげる。
ミルキダスが体を離そうとする。ゆりは抱きついたまま離れなかった。
「王妃」
「ねえ、私に、あなたの中にいる蛇を見せて」
「？！」
ゆりの左目がにわかに輝いた。
どくりとミルキダスの心臓が大きく跳ねた。気が高ぶる。
「う・・・あ・・・」
ミルキダスの瞳が、蛇の瞳に変わった。眼球は赤く、中に黒い丸があった。
「ううう」
背中がびくりとのけぞった。
「抵抗しないで。楽にして」
ゆりは優しくミルキダスの頬をなでた。
「あ・・・あああ・・・」
「ミルキダス、私を見て」
ミルキダスは、ゆりを見た。
ミルキダスが身をかがめ、ゆりに口付けた。そして服の上からゆりの肌をなでて、胸をなでた。ゆりはその手を服の中
にいれてやった。無骨な指が、肌をまさぐる。痛いくらいに。
「もっと優しくなでて」
「はい」
指が、優しく肌をなでた。
「脱がしていいですか？」
荒い息を吐きながら、ミルキダスが言う。
「いいわ」
ミルキダスはゆりの服を乱暴にはぎとった。そして、ゆりの体を抱き寄せて、胸にキスした。キスというよりも、
まるでかみつくかのように激しい。
なんか・・・女になれてない男の愛撫って、新鮮・・・
ミルキダスの指が下に下がってくる。下着の中に指が入り、おしりをなでた。
「下も触ってみたい？」
ミルキダスがうなずく。
「いいよ。脱がせて」
ミルキダスはひざをつき、ゆりの下の下着に指をかけた。そして下にずらす。下腹部がさらされて、ミルキダスはごくりとつばをのんだ。
ミルキダスは立ち上がってゆりの体を抱きしめた。
「いたっ！」
ミルキダスの指が急に下半身の中に入ってきて、ゆりは声をあげた。
「だめよ。急にそんなことしちゃ」
「すいません」
「もっと優しく触れて。いっぱい。それで、私が感じてきたら、そこにも触れていいから」
「はい」
ミルキダスは、ゆりにキスしながら、優しく指で肌に触れた。体のあちこちを。
「ン・・気持ちいい・・いいよ。中に・・・」
指を入れると、そこはすっかりぬれていた。みだらな音と感触に、ミルキダスは、ますます興奮した。
「体いれたいです」
「それはだめ」
そういうと、ミルキダスはひどく悲しげな顔をした。
「その代わり・・・」
ゆりはミルキダスのズボンのベルトをとり、ジッパーをおろした。そして下着の中から男の体を取り出す。
すでに興奮状態になっているからだに触れて、ゆりはミルキダスにキスした。優しく体を指でなでさする。
「う・・・あ・・・」
ミルキダスがうめく。
「あなたも指でして。ね」
「はい・・・」
二人は立ったまま互いの体にふれあい、やがて、果てた。
ゆりの体に、ミルキダスが放ったものが注がれた。
ミルキダスはしばし呆然としている。
「ミルキダス、大丈夫？」
ゆりがミルキダスの前で手を振る。
「はっ」
ミルキダスははっと我にかえった。瞳は元に戻っている。
「大丈夫？ごめんね。強引にして」
ゆりはミルキダスの頬に触れて、髪に触れた。ミルキダスは、ゆりの体を見つめている。
「あなたの瞳、とてもきれいだったわよ？」
ゆりが言う。
「あ・・・あの・・それ・・・す、すいません・・気持ち悪いでしょう」
「ううん。全然」
ミルキダスはズボンからハンカチを取り出して、ゆりの肌をふいた。
「さっき何したんですか？」
「あなたを強引に変化させちゃった」
「そういう力があるんですか？」
「あるみたい。初めて使ったけど」
「・・・」
ミルキダスは、さっきとは別人のように、なにやら戸惑ったように頬を赤く染めていた。
「・・・まだ触れていいですか？」
「いいよ」
ミルキダスはゆりの胸の柔らかい膨らみに、なでるように触れた。
「ベッドいこうよ。」
「はい」
二人はベッドに寝転んだ、ゆりはミルキダスが上に着てるものを脱がせた。右腕に、薄い赤い蛇がいた。
「ねえ、どうして女が苦手なの？昔ひどい目にあったとか？」
「実は、女に欲情したのははじめてなんです」
ミルキダスは素直に言った。
「そうなんだ。ミルキダスって何歳なの？」
「72歳です。大人になったのが48歳。かなり早かった」
「へー」
蛇族では、50から60くらいで大人になるらしい。48歳なら早いのだろう。
「ごめん・・・まさか女の肌に触れるのが初めてだと思わなかったから・・・」
「女の肌に触れるのは初めてではないです」
「そうなの。なんだ」
ゆりはちょっと残念そうに口を尖らせた。
「男は大人になったら、一応は、教えてもらうので。全員ではないようですが」
「誰に教えてもらったの？」
「・・・王の侍女です」
「そうなの。私王の侍女って皆だいっきらい。わかった。それで女が苦手になったんだ。高慢ちきだから」
ゆりとラクシュミの侍女は、あまり仲が良くない。ラクシュミの侍女は、皆美人でスタイルもよく、どこかゆりの見かけを
ばかにしているような感じなので腹が立つのだ。
「そういうわけではないですが・・・その時は、女の体がどうしても、きれいだと思えなくて、香で強引に興奮するようにさせら
れたんですが・・・うまく興奮できなかったんです」
「そうなんだ」
「・・・それでそのまま」
ミルキダスはその時のことを思い出してしまった。
それまで性欲というものを覚えたことはないミルキダスは、香にもあまり反応できなかった。女に優しくされたものの、わずかにし
か興奮できなかったのだ。その時、女が軽蔑するような顔をしたのだ。それはほんの一瞬だったのだが、ミルキダスは見逃さなかっ
た。それ以来、女に触れる気になれなかったのだ。再びあんな顔をされるのも、絶対にいやだった。王に申し訳ないと思いつつも、
どうしても、女を抱くことができなかった。交わりの月に反応したこともなかった。男として機能しない、ということは辛いことだ
った。子孫を作ることが、一族の男の義務のようになっていたからだ。しかも、ミルキダスはかなり力があるほうだったから、
なおさらだった。女の方はミルキダスを指名したがったが、ミルキダスはその時期になると、逃げていた。今では、誘ってくる女も
いないが裏で何を噂されているかわかったものではない。しだいにミルキダスの心は暗く沈んでいった。
ミルキダスは、ゆりの腰の辺りに触れた。とても滑らかな肌だった。
あの時は、きれいだと思わなかったのに、今は・・・なぜこんなに美しいと思えるのだろう。
ゆりの匂いの影響もあるだろうが、女の肌というものに始めて興味をもったミルキダスだった。
「私を・・軽蔑しないんですか？」
「どうして？」
「私は、今まで交わりの月に女を抱いたことがない。男として失格だ」
「そんなの人それぞれじゃない。いやいや女を抱いたって、子供なんてできないわよ？」
「・・・」
「女好きだからって子供がいるわけでもないし、ミカエルやフリットも子供いないじゃない」
「だけど・・・皆私がこうだと知っている。王も、内心あきれているに違いない。」
ミルキダスが苦い表情をした。
「そっか。だからいつもつまんなそうな顔してたんだ。だけどさ、あなたの場合は、自分ができないって決め付けてただけじゃな
いの？その王の侍女が、好みの女じゃなかったんだよ。だから、その気になれなかっただけよ」
「だが・・・交わりの月にも・・・」
「自分でだめだって自己暗示にかけちゃったのよ。だから反応しなかっただけよ」
「自己暗示？」
「うん。あなたは自分が思っているより、きっととっても繊細なのよ。王の侍女がきれいだと思わなかったのは、タイプじゃなか
ったからよ。私にはちゃんとその気になったじゃない」
「・・・」
「といってもかなり反則技つかったけど。昔のことは忘れなさいよ。そんなのいつまでも覚えてたってしょうがないよ」
「はあ・・・あなたは変な女だ。」
「まだ苦手？」
ミルキダスの頬が、少し赤くなった。
「いえ・・・」
「ふふふ。あなたってかわいい」
「・・・やっぱりあなたはひどい」
「ひどい目にあわせてもいいよ？」
ゆりが挑発するように言う。ミルキダスは唇をとがらせて、ゆりの耳を軽くかんだ。
「ひゃ」
そして唇を覆った。
最初とは別人のように激しい。
「すごいいい・・」
「私も気持ちいいです・・・」
ゆりがふと見ると、ミルキダスの体は、興奮状態だった。
「・・・エッチ・・・」
「・・・・あなたが誘惑するから悪いんですよ・・・」
ミルキダスが頬を染めていった。
「本当に今まで月に反応したことないの？」
「ええ・・・」
「嘘。こんな立派になってるのに・・」
ゆりはズボンの上からそっとふれた。
「もう一回いちゃいちゃしましょ」
「はい・・・」
二人は抱きしめあい、長いキスをして再びお互いに愛撫しあった。
ミルキダスは初めて味わう甘美な快楽に酔いしれたのだった。
次の日の朝、ベッドの上でむくりと起き上がったゆりは、ラクシュミに言った。
「王様、ガットさんのこと、全部思い出した」
ラクシュミがぎょっとした。
「全部って何を全部だ」
「だから、その・・なんだか変になったでしょ。私・・・」
「覚えてなくていい。全部忘れろ」
ラクシュミは言った。
「ねえ・・・なんでああなったの？」
「異界の女は、虎族の男の体臭に弱いのかもしれない。という結論がでた」
「えー？そうなの？」
「もういい。すんだことだ」
「・・・あんまりよくない」
ゆりは顔をしかめた。
「ん？」
「ミカエルはまあいいとして、私ミルキダスにかなりひどいことしたような気がする」
「そういえば、ミルキダスがお前をかついできたんだったな」
「私、ミルキダスの顔つねったり、背中たたいたり、おなか蹴飛ばしたり、髪ひっぱたりした。だから怒ってたんだ。昨日」
「・・・・」
「私が謝ってたって伝えてほしいな」
「ああ、わかった」
別に怒っていたわけでなく、普段通りだっただけのような気がするが・・・
ラクシュミはそう思ったが、黙っていた。
「それにしても、王様よりガットさんがいいなんて・・・どう考えてもおかしい・・・」
ゆりは一人でぶつぶつ言っていた。
その朝もいつものようにミルキダスが王の間にやってきた。
ミルキダスは北の砦の配属ではあるのだが、ラクシュミの用事のようなこともしている。
あまり団体行動が好きな男ではないので、あえてそうしているのだ。
瞬間移動のスピードは一族の中でも速い方なのでかなりラクシュミも重宝している。
ラクシュミは、ミルキダスが女嫌いだということを知っている。交わりの月も、誰とも交わった様子もないことも。
そういう話題になるととたんにいやそうな顔になるので、ラクシュミも最近では何も言わない。
だが、それを引け目に感じているのか、他の者との交流もあまりないのだ。
まあこればかりはしょうがないがな。女を抱かないのはミルキダスだけでもないし・・・
ミルキダスは力の強さからいえば、ジュノーやヴィラと同レベルである。ゆりに気をやれる男でもあるのだが、
あえてやってくれとも言わないのは、お互いに気まずい思いをするのが想像がつくからだ。
「今日は取り立てて何もない」
ラクシュミはミルキダスに言った。
「そうですか」
「ゆりのことなんだがー」
ラクシュミがふいに言ったとたん、ミルキダスが目を見開いてラクシュミを見た。そのあまりにぎょっとした様子に、ラクシュミ
は驚いた。何か驚愕の事実でも聞いてしまったかのような表情をしている。
「お、おお、王妃が何か」
「その、前に、お前がゆりを担いできたときのことだ。おかしくなってお前に失礼なことをいろいろしたので、悪かったと
言っていた。」
「・・・・」
ミルキダスはかたまっている。
「おい、ミルキダス」
「はい」
「・・・お前変だぞ」
「・・・・」
ミルキダスの顔がぼっと赤くなり、ラクシュミは目を見開いた。
「お前、病気じゃないのか？医師に見てもらえ」
「い、いえ。大丈夫です」
「おかしいぞ？顔がひどく赤い。熱があるんじゃないのか？」
「あ。あの・・・失礼しても？」
ミルキダスはおろおろしてきた。
「ゆりがひどいことをしたようだが、普段はそうじゃないからな」
「わかってます。私は別に、王妃を嫌ってません」
「そ、そうか。ならいいが・・・」
おかしい・・・絶対病気じゃないのか。
普段ミルキダスの真面目な顔しかみたことないラクシュミなだけに、目の前で目を見開いて真っ赤になっている男が、
奇妙に見えてしょうがない。
「では、し、し、失礼します！」
ミルキダスはどもったように言って瞬間移動で消えた。
なんなんだ・・・
その後ミカエルが扉から中に入ってきた。
「王、一体何があったんですか？ミルキダスがすごい顔してましたが・・・」
ミカエルが驚いた顔で言う。王の間の前に飛んできたミルキダスを見たのだ。ミカエルもぎょっとしたが、外にいた番兵も
ぎょっとしたのだった。
「さあ、私のほうが聞きたい。ゆりの話をしたとたんに・・・」
ん？ゆり？
「もしやゆりと何かあったか？」
ラクシュミがあごに指をあててつぶやいた。
「あのミルキダスとですか？」
ミカエルが言う。ミルキダスの女嫌いは有名だった。
「まさかな。あったら逆にありがたいくらいだ」
昼下がりゆりは、部屋でおやつを食べていた。おやつといってもほとんど食事のようなものだ。大量のパンに果物をむしゃむしゃ食
べている。なんだか食欲があって、今日はずっと何かを食べてる感じだ。
「誰か尋ねてこないかなあ。ゲームの腕磨きたいんだけど」
ゆりはパンを食べながら言った。机の横にはかなりのでかい大蛇がいて、時々ゆりの手からパンをもらっている。
「どなたか呼びますか？」
と侍女。
「だけどさ、悪いじゃん。皆仕事してるのに遊んでなんて。いくら王妃といってもね。蛇がゲームできたらいいのになあ」
ゆりは下にいる大蛇を見た。蛇は、ぺろりと舌を出した。体はかなり長い。部屋の中に大きなとぐろを巻いている。
「もしかして蛇ゲームできたりして。」
「まさか」
と侍女。
「でもさ、蛇ってかしこいし。ためしにゲーム版並べてみよう」
「ゆり様ったら」
侍女が微笑する。ゆりは机の上にゲーム版を並べて駒を並べた。
「ねえ、お前、ゲームできる？」
すると、大蛇はゆりの前のいすにずりずりのぼり、ゲーム版をじーと眺めた。
「ほら、ちょっと見てよ。見てるよ」
ゆりが興奮して言う。
「まあ、本当ですわね。でもまさか」
「やり方教えてあげるね」
ゆりはそういって、駒の説明をした。蛇はじっと駒を見て聞いている。
「わかった？じゃあ私からやるね。同じようにやってみて」
ゆりは駒を動かした。
すると、蛇が口で駒をくわえて、違う場所においた。
「ほら！動かした」
ゆりが自分の駒を動かすと、蛇がまた動かす。
「すごい！ちゃんとわかってる！」
「ですが、王妃と同じ駒を動かしてるだけのようですが」
蛇はゆりが動かした駒と同じ駒を動かしていた。
「それでもすごいよ。」
「そうですわね」
ところが、途中から、蛇の動かす駒が、ゆりと違ってきた。
「ほらほら、ねえ、ちゃんとゲームしてるよ」
「まあ・・・まさか、偶然では・・・」
侍女も驚いている。ところが偶然ではなく、時折考えるように蛇は首をかしげたりもしている。
「すごいなーやっぱり蛇って賢いのねー」
ゆりはひとり感動している。
「すごいですわ・・・・」
と侍女。
しかし、しまいには
「ま、まけた・・・」
蛇にもゲームで負けてしまい、ゆりはかなりのショックを受けてしまったのだった。
ああ、交わりの月まで腕をあげて、王様をびっくりさせたかったのに・・・
この調子では大負け間違いなしだ。
「うう・・・」
蛇の方はうれしそうに目を細めて首をゆらしていた。
くそーくそー！
「もう一回！」
ゆりは大蛇相手のバラクにかなりはまってしまい、毎日大蛇とバラクをしていた。
そしてたまに勝つと、飛び上がらんばかりに喜んでいる。
「ゆりが大蛇とバラクをしている？」
侍女からその報告を受けたラクシュミは、思わずぷっと笑った。
「ほほえましいですな」
たまたまその場にいた医師のフレイが言った。
「わしも子供のころはよく蛇と遊びましたが・・・」
「蛇とレベルが同じなのか。ゆりは・・・」
蛇はゲームはできても、簡単な作戦しか立てられない。一族の子供がよく蛇を相手に遊んでいる。
どの蛇でも遊べるわけではなく、ある程度大きな蛇でないとできない。
「そうだ。ミルキダスにはあったか？」
ラクシュミがフレイに聞いた。
「会いましたが、別にどこも異常はなさそうでした」
「そうか」
あの時のミルキダスがあまりにおかしかったために、ラクシュミは、フレイにミルキダスをみてくれと言ったのだった。
「今日は普通だったが、やはりあの時だけか。おかしかったのは」
「そのようですな」
その日もお昼を食べた後は、ゆりは大蛇とバラクで遊んでいた。この前とは違う大蛇である。自分が遊んでもらってるようなもの
だ。ぜんぜん勝てていない。
「なんでーなんで勝てないの！」
ゆりは髪をかきむしった。
「王妃様、もう夕方ですよ。」
と侍女。
「うううう。後もう一回。いい？」
蛇は目を細めた。
「あ、ばかにしてる！絶対ばかにしてる。くやしー！！！」
ゆりは机をどんどんたたいた。
「くううう、やっぱ誰かに教えてもらわなきゃだめだあ」
その時、扉がノックされて、侍女が出た。
「王妃、ミルキダス様ですが」
「え・・・」
ゆりが何事かと思って出る。すると、ミルキダスはゆりに花束を渡した。
「うわ・・・なにこれ・・・きれい・・・」
その花は、バラのような花なのだが、赤とピンクの色が混じっていて、とてもきれいだった。
ゆりの目が輝く。
「きれいね」
「どうぞ」
「くれるの？ありがとう・・・」
ゆりが微笑んだ。すると、ミルキダスはちょっとうれしそうな顔をした。
「いえ。それでは私は・・・」
「あ、まって、ミルキダスって、バラクできる？」
ゆりは花をもらって、機嫌をよくして言った。
この前のことはもう怒っていないようだ、と勝手に解釈している。
「はい、たしなむ程度なら・・・」
「教えてほしいの。あの子とやってたんだけど、全然勝てないの」
ミルキダスがテーブルのほうをみると、大蛇がいすに座っていた。退屈そうにテーブルに頭をのせている。
「あの子って、あの蛇ですか？」
ミルキダスが驚いて聞いた。
「うん。時間があったら私に教えてくれない？」
「いいですよ」
ミルキダスがあっさり言った。
しばらくすると、ミラともう一人の侍女が夕食を運んできた。ミラがゆりの横に座っている男を見る。
「あれはだれ？」
ミラが部屋にいた侍女に聞いた。見慣れない男だ。
「ミルキダス様です」
侍女が耳打ちするように言った。
「ええ？」
ミラは、小声で驚いた。
「びっくりですよねー私も驚いているんですよ」
普段ミルキダスのむっとした顔しか見たことがない侍女たちは、ゆりの横で真っ赤な顔で、しかも時々笑みさえ浮かべる男を、
信じられずに凝視した。
次の日の午後、ミカエルがゆりの部屋にきた。
「王妃、全然呼んでくださらないですけど、気はいらないんですか？」
「気なら昨日もらっちゃったから、今日はいいみたい」
「そうなんですか？昨日だれといたんですか？」
「ミルキダス」
ゆりの言葉に、ミカエルは固まった。
「え？だれですって？」
「ミルキダスだよ。彼からもらったの」
「そ、そうなんですか・・・」
ミカエルの顔は引きつっていた。
信じられん。あの男があの顔で、王妃と一緒にいたなんて・・・
「それはさぞかしきまずかったでしょう」
「ううん。楽しかったよ」
楽しい？
「ミルキダスって、可愛い人だね」
可愛い？どこが？
「それ別人でしょう。ミルキダスじゃないですよ」
としかミカエルは思えない。
「ううん。ミルキダスだったよ。ミカエル、バラクしようよ。昨日いっぱいミルキダスに教えてもらったの。ちょっとこつが
わかったんだよ」
帰るというミルキダスを強引に引き止めて、ゆりはご飯が食べ終わるのも待ってもらって、また教えてもらったのだった。
その後、ひっついて気をもらったのだ。ミルキダスは真っ赤な顔で、すごい照れていた。
それがゆりには可愛く見えたのだ。
「？？？？」
ますます首をひねるミカエルだった。
その日の夕方、ミカエルはラクシュミと一緒に王の間ではなく別室でお酒を飲んでいた。蛇の一族は皆酒に強い。
何杯飲んでもよっぱらってへべれけになることはあまりない。蛇たちも酒が好きで、街の酒屋ではよく、蛇が
たむろして人から酒をもらっている。
「・・・王・・・」
「ん？」
「昨日王妃がミルキダスと楽しく過ごしたそうですよ？聞きましたか？」
「いいや。昨日は遅かったからな。話はしてない。楽しく？」
その言葉がひっかかった。
「どうも信じられなかったので、ミラにも聞いたんですが、ミルキダスは楽しそうに王妃にバラク教えてたそうです」
「ははは、まさか。別人だろう」
とラクシュミ。
「本当ですよ」
「私はミルキダスの楽しそうな顔なんてみたことないぞ」
「私もですよ。子供のころは、見たような気がしますが、大人になってからは全然」
「・・・やっぱりゆりと何かあったのかな？」
「どうも信じられませんが・・・」
二人はしばらく沈黙した。
「ところで、次の儀式はいつあるんでしょうかね」
ミカエルがふいに聞いた。
「私は知らん。」
「ザクート王を呼ぶという儀式・・・どうしても参加したいです」
ミカエルはじっとラクシュミを見ている。
「私は知らんといってるだろう。ゆりに言え。ゆりに」
「・・・儀式のことは覚えてないことになってるんです。そんなこと言ったら、不審がられるじゃないですか」
「そんなによかったのか？儀式」
「はい」
あっさり言うミカエルに、ラクシュミはあきれた顔をした。
「私はザクート王に会うのはごめんだ。会わせる顔がないからな」
ラクシュミはため息をついていった。
ザクート王の時代は、およそ一万年前。蛇の一族が最も隆盛を極めた時代である。そのころは蛇の一族は龍の一族以上に力が
あったそうだ。
今とは何もかもが比べ物にならない。
王がこの有様を見れば、さぞかしがっくりすることだろう・・・
ラクシュミが会いたくないのも無理はなかった。
しかし、死んでなお一族のために尽くすなど、さすがは最も偉大な王と言われただけのことはある。
「儀式ねえ・・いつあるかなんて、私にもさっぱりわからない」
王妃の部屋の別室で、夕方左目が変わったゆりは、ジュノーといた。二人とも服を着たまま、ベッドの上に座って
寄り添っている。
「ザクート王の儀式とやらに、参加したいんですよ。お願いしますよ。王妃」
ジュノーは優しくちょっと甘えるように言った。この顔で甘えられると女は弱い。
「私に言われてもねえ。向こうの時起こるかもしれないし・・・多分絶対向こうの時よ」
ゆりが言う。
「なんでそうなんです？」
「さあ。まあ、私は王様以外の男にあんなことするのやだから、いいけど。」
ジュノーは苦笑した。
二人のゆりの価値観はちょっと違う。こちらのゆりは、男に奉仕されても自分はあんまりしたくない方だ。
王妃としてのプライドが強いのだ。
「あんなことするくらいなら抱かれた方がいいと思うけどねえ・・・」
黒目のゆりは身体の中を許すのはどうしても抵抗があるようだった。だからあんな方法をとったのだろう。
だがこちらのゆりは、口でする方に抵抗がある。男の前にひざをついてあんなことをするよりは、足を広げて体を許す方がいいと
思っている。その方が自分も感じられて気持ちがいいと思うのだが、そこは価値観が違うのだろう。
こちらのゆりは黒目のゆりの価値観に従っているので、男と引っ付いても抱かれる所まではいってない。別に不満もなかった。
性欲がものすごく強いというわけではなく、男と裸で引っ付いてるのが好きなのだ。こうするとおなかの中の赤ん坊も安心している
気がする。
「王妃にあそこまでされてしまっては、もうメロメロです」
「私は？」
「あなたのこともとっても愛してます」
ジュノーはちゅっとゆりにキスした。
「参加できたらいいね。」
「はい♪」
まさか４人が４人ともそんなことを思っているとは、普段のゆりは全く知らないのであった。