第２話
その朝、ゆりはいつまでも鳴らない目覚ましにおかしいと思いながら目覚めて、ぎょっと周りを見た。
自分の家じゃない・・・
ここは・・・
「夢じゃなかったのね・・・」
ゆりはぼんやりつぶやいた。目覚めれば、アパートの自分の部屋にいるのではないか。そう思っていたのに。
「・・・はあ・・・私って、あっちでは死んだことになってるのよね。お葬式とかしてるのかなあ・・・」
そう思うと、暗い気持ちになってくる。
いけないいけない。せっかく生きてるんだから、がんばらないとね。
ゆりは自分の頬を軽くたたいてベッドから起き上がった。そして、部屋にベランダがあるのを見て、ゆりは外に出てみようと思って扉に指をかけて、やめた。なぜなら、ベランダに、すごくでかい蛇がとぐろを巻いているのがガラス越しに見えたか
らだ。
「・・・・」
ゆりはそろそろと後ろに下がった。
・・・こんな近くで蛇見たの初めて。お願いだからこっちこないでね。蛇の国ってことは・・あちこちに蛇がいたりして・・・だから蛇の国なのかな？
その時、扉がノックされた気がして、部屋の扉を開けてみた。
「おはよーございまーす！」
元気のいい声が聞こえて少女が中に入ってきた。「王様からお世話を頼まれました。ミラでーす。どうぞよろしく」
「よろしく・・・」
ゆりはぽかんとしてミラを見た。メイドが着るようなかわいらしい服を着ているが、頭の上に、ネコのような耳がついている。
そして、後ろに長い茶色い尻尾がゆらゆらしているのが見えた。
「ゆりさんでしょ？私異界の人って始めてみたんですう。」
ミラはゆりに近づいて大きな目を見開いてゆりを見つめた。すごく大きな目をしている。
「やだ、かわいい！」
ゆりは思わず言って、少女の尻尾を見た。
「猫みたいね」
「私猫族ですからね」
「そうなんだ。かわいいね〜」
「ありがとうございます。ゆりさんの耳は、小さくてかわいいですね」
ミラがお世辞のように言ってくれた。
「ここって蛇の一族の国よね？」
「そうですよ。ここで働いてるんですよ。とりあえずお食事どーぞ」
ミラはワゴンをテーブルに寄せていろいろ乗せてくれた。
「ありがとう」
ゆりは椅子に座って食事に手をつけた。パンと豆を煮たようなスープだった。味は悪くない。
「おいしい」
ゆりが言うとミラが微笑んだ。食べ物が口に合うのでゆりはちょっとほっとした。
「ゆりさん、着替えたらこのお城の中案内してあげますね」
「ありがと。あの、呼び捨てでいいよ。」
「そう？ならそうしちゃう」
ミラは口調を変えてにこっと微笑んだ。その笑みも、なんだかかわいい。
「そーだわ。ブレスレットもらってこなきゃ」
ミラが思い出したように言った。
「ブレスレット？」
「ええ、ここでは蛇の一族以外の人はみんなブレスレットしてるんですよ。蛇が襲ってこないように」
「蛇が襲う？」
あ、そういえば、私の・・・・
ゆりは自分の左腕を見て、ようやくブレスレットがないのに気づいた。
「あれ？」
ゆりは周りをきょろきょろ見て、ベッドのところに行き、布団をめくったりした。
「どうしたの？」
ミラが聞く。
「私、ブレスレットしてたの。すごく大事なの。それがない」
「どういうの？」
「蛇がわっかになってるの」
「へー」
ミラも一緒に探してくれたが、部屋のどこにもブレスレットはなかった。
「ない！どこにもない！」
「とりあえず、服着替えたり顔洗ったりしない？もしかしたら、ここに来るまでにおとしたかもしれないし」
「うん。そうね。」
ゆりは洗面器で顔を洗い、用意してくれた服を着た。素材は綿のようで肌さわりはいい。薄い水色の簡素な服だった。
スカートがすごく長いので、ゆりはウエストのところでおってはいた。
「どうかな？」
「似合ってますよ」
「ありがとう」
ミラがゆりの右腕にブレスレットをはめた。それも形は蛇である。これは青くて平べったい。。
「絶対はずさないでね。」
「うん。わかったわ」
ゆりは外に出ようと部屋の扉を開けて、そこに人がいたのでびっくりした。
見上げると、それは、男だった。しかも、かなりかっこいい。
「ミカエル様・・・」
ミラが言った。
「こちらが異界からの客人ですね。私はミカエルです。どうぞよろしく」
男が微笑んで言った。声もとてもいい声で、ゆりはちょっとぼうっとしてしまった。黒系の服装で腰に剣を差し、
黒いマントをしていた。襟と肩には紫色の蛇の刺繍が見え、金の飾りもついていた。耳にも紫色の飾りをしている。
背も高い。昨日出会ったラクシュミと同じくらいはあるだろう。
本当にかっこいい・・・っていうか、あっちで私がファンだった俳優に似てるじゃん素敵・・・
男は黒髪で、黒い瞳だった。大きくてとがった耳さえなければ、十分向こうで通じる顔である。
並んで歩けば女性が振り返るだろう。
ゆりが何も言わないので男は少し首をかしげた。「あ・・・私はゆりです」
ゆりはあわてて言った。頬は赤く染まっている。
「あなたも私と同じ黒い髪に瞳なんですね」
ミカエルが言った。
「はい・・・」
「ミカエル様、蛇のブレスレット落ちてなかったですか？」
ミラが聞いた。ミラの頬もほんのり赤く染まっている。
「ブレスレット？いいや」
「こういうので銀色で、蛇の瞳は青いの。私なくしたんです」
ゆりがミカエルに説明した。
「へえ、あなたのなんですか？蛇の飾り物をしていて、こちらの国に来たんですか？」
ミカエルは微笑んだまま聞いた。
「あなたは王の浴室に降ってきたそうですね。。そこでなくしたのかもしれませんね。探してみましょう」
「いいんですか？」
ゆりはうれしそうに言った。
「いいですよ。この時間、王は湯浴みなどなさいませんから。いらっしゃい」
どうやら優しい人みたい、とゆりは思った。
ああよかった。みんな親切で。
思わずほっと胸をなでおろす。違う世界に来て不安だったけど。よかった。
「うわっ！」ゆりは廊下に出るなり驚いで部屋の中に戻った。
「どうしたの？」
ミラが聞く。
「・・・・」
さっきのは一体何？
廊下にむちゃくちゃでかいにょろがいたんですけど！
動物園でしかお目にかかれないようなでかい蛇が廊下にいた。
あれは、剥製じゃないだろう。やっぱり
「あの・・・なんかでかいのが・・・」
ゆりがミカエルを見ていうと、ミカエルはにこりと笑った。
「ここは蛇の国ですから、蛇はたくさんいますよ」
「た、たくさん・・・ですか」
ゆりの顔が引きつる。やっぱりたくさんいるようだ。
ゆりは蛇は好きな方だ。だが、好きといっても蛇の装飾品をいろいろもっているくらいで、
家でペットとして飼ったことはない。たまに動物園に行き、蛇をガラス越しに見つめることはあったが。
「大丈夫よ。このブレスレットしてたら絶対襲ってこないから」
ミラがにこやかに言ってくれた。
「そ、そう・・・・」
・・ってことは、これはずしたら、間違いなく死ぬわね。気をつけなくちゃ
ゆりは意を決して廊下にでた。石造りの廊下はひんやりしてて、ちょっと薄暗い。
でかい蛇はくすんだ緑色だった。蛇の直径は２０センチ以上ありそうだ。体もとても長くて、廊下をさえぎっている。
「またいでいいですからね」
ミカエルがいって蛇をまたいでいく。
ゆりもそろそろとまたいだ。蛇は全くこちらに興味を示さず、じっといる。
ふう・・・なんだか冷や汗が・・・
ゆりがふいに横を見た時、石の壁にぺったり赤っぽい蛇がへばりついていた。しかもそれがゆりのすぐ近くにいたので、
ゆりは思わず「きゃあ！」と言ってミカエルに抱きついてしまった。
「あ・・・ごめんなさい・・・」
ゆりはあわてて離れた。ミカエルは別に不快な顔もせずに笑っている。
「いいなあ。私もミカエル様に抱きつきたい・・・」
ミラが横でぼそっと言った。
階段を下りて、違う廊下を歩いていった。大きいのやら小さいのやら、いろんな蛇がいるが、ミカエルもミラも全然気にし
てない。
ゆり一人が「ひい」とか「うへ！」とか小さい悲鳴をあげている。
「このお城って大きいのね」
ゆりが言った。廊下もすごく長い。かなり大きそうなお城だ。
「王の城ですからね。」
ミカエルが答えた。
廊下を歩いていて、一人の男が向こうから歩いてきた。青みがかった銀色っぽい髪の男で、ゆりは思わずその男を凝視した。
なんて不思議な髪の色。いろんな色の髪の人がいるんだ・・・
その時とても重要なことを忘れていたのことに気づいた。「あ・・・あの・・・」
男がゆりを見た。冷たい顔立ちの男だった。
違う。あの人じゃない。
ゆりは今更ながらにあの時の男のことを思い出した。
少女のころ、自分を助けてくれた人。
どうして今まで忘れていたのだろう。
あの人はこの世界の男に違いない。
この世界で会える！
そう思うと、うれしくなってきた。
「どうかしましたか？」
ミカエルが聞いた。男は立ち止まったままだ。
「あ、すいません。なんでもないんです」
そういうと、男は通り過ぎて行った。ゆりは男の後姿を見送った。
あの人はもっと華奢だったような気がする。
ぱっと見優しい顔立ちだったから、あの人じゃない。
周りは暗かったけれど、あの人の周りは少し輝いて見えた。
髪は・・・きれいな銀色だったような気がする。
瞳は・・・茶色っぽかったかなあ・・・
よくわからないけど。
「あの、ミカエルさん、この世界と、私の世界を行ったりきたりってできます？」
ゆりはミカエルの顔を見上げて聞いた。
「は？」
ミカエルはきょとんとした顔をした。
「私、私の世界で、ここの世界の人と会ったんです」
「本当ですか？」
ミカエルが驚いて聞く。ミラも大きな目を瞬いていた。
「その人が蛇のブレスレットくれたの。お守りだよって言って」
「・・・・」
「信じてないでしょう」
ゆりがちょっとむくれた顔で言った。
「・・・そう言われましても、とりあえずそのブレスレットを見てみないことには・・・」
ミカエルは怪訝な顔をしている。
「そうよ。探さなきゃ！」
「ここが浴室ですよ」大きな二枚の扉の前にきた。ミカエルが扉を開けて、ゆりは中に入った。
改めて見ると広い風呂だ。ゆりはきょろきょろ見ながら、湯船の中を見た。お湯は全てぬかれていた。だがそこには、
ブレスレットなどない。
「ないわ・・・」
「前の世界で落としたんじゃないの？ゆり」
「そんなはずないわ。確かにあったのに」
「本当にあったんですか？」
ミカエルはもはや疑ってるようだ。
「本当よ。そんな嘘ついてもしょうがないじゃない」
「・・・・王に面会を頼んでみましょうか」
ミカエルが言った。
「王様？」
「何かご存知かもしれないし」
「そうね。お願いします」
夕方、夕食前に、ラクシュミが面会してくれるというので、ゆりはミカエルと共に王の間に行った。だだっぴろい広間に赤いじゅうたんがひかれ、その先にラクシュミが座っていた。柱のあちこちに蛇が巻きついている。
ラクシュミの後ろには巨大な蛇もいた。
ゆりはミカエルと共に近づいていった。
「探し物をしているとか？」
ラクシュミが聞く。
「はい、あの、ブレスレットなんです」
ゆりは豪華な椅子に座っている王を見た。
威厳に満ちていた。美しく、まるで神のように、神秘的な存在のような気がする。
ゆりは、自分のすぐ横に近づいてくる蛇に目を向けたた。１メートルほどの青い小さな蛇である。
その蛇は、ぴょんと飛び跳ねてゆりの足に飛びついてきたので、ゆりは思わず「ぎゃあ」と悲鳴をあげて
飛びのいた。
それでも蛇はよってくる。
「ミカエルさん、なんとかしてください！」
ゆりは涙声で横にいるミカエルに訴えた。さすがに触るのはちょっといやだ。
「おやおや」
ミカエルは青い蛇を手にとった。
「この子はあなたが好きみたいだが」
「え？なんで？」
「どうやらわからないらしいな。」
ラクシュミは立ち上がり、近づいてミカエルから青い蛇を受け取った。
「こうすればどうだ？」
青い蛇が、ラクシュミの手の中で銀のブレスレットに変わっていた。
「ああ！」
それは、自分が今までしていたブレスレットに他ならなかった。
だが、すぐに青い蛇に変わってしまった。
「どうして？なんで？ブ、ブレスレットが・・・」
「だれかが変えたんだろうな。それでお前にやった。」
「だ、だれが？王様その人知ってるんですか？」
「知らん。お前は異界から来たのだろう？一族のもので、異界に行ける者などいない。」
「じゃあ一体あの人だれなんですか？私を助けてくれたんです。それで、ブレスレットをくれて、お守りだからって」
「私にもわからないな。それでこの蛇はどうするのだ？」
蛇はラクシュミの指をなめている。
「あの・・・元どおりにしてくれたらうれしいんですけど・・・」
「だめだ。お前だって、置物に変えられたらいやだろう？」
う・・・
「じゃあ、私もらってもいいですか？」「ああ。手を出せ」
「え・・・」
ゆりがおそるおそる手を出すと、青い蛇がゆりの手にうつり、腕に巻きついた。
ひーーーーー
ゆりはその感触に硬直した。だが、あの時の人がくれたものだ。やはり自分が側においておかねば。そう思い我慢した。手はちょっと震えている。
「ゆりさん、大丈夫ですか？」
ミカエルが少し心配げに聞いた。
「だ、大丈夫です。これしき。あはは」
声は裏返っている。
「話は終わったか？」
「はい、ありがとうございます」
ゆりはミカエルと共に王の間を出た。
「ミカエルさん、お願いです。この子をくれた人探すの手伝ってください」ゆりはミカエルを見て言った。
「いいですよ。ですが、王が言われたように、あなたの世界に行ける者などいないはずなんですがね・・・ですが、
あなたがそちらで蛇のブレスレットをもらったというのは奇妙な話だ。その人はなぜそんなことをしたんでしょうか」
「・・・わかりません・・・」
「とりあえず、あなたはこの世界のことをいろいろ知る必要があります。ミラに教えてもらってください。」
「ここにずっといていいんですか？」
「あなたは蛇が好きだし、そういう女性には我々は好意を感じますから。この世界でもね、蛇を嫌いな者は多いんですよ。我
らを蔑んでいる一族さえあります。だから、あなたのような人は貴重なんです」
「そうなんですか？」
「はい。蛇が好いている女性にひどいことはしませんから、安心してくださいね」
「はい。あの、この子の食べるものとか、どうすれば・・・」
「ミラに聞くといいでしょう。よく知っていますから」
「はい。そうします」
ゆりは部屋に戻った。「どうだった？」
部屋にいたミラが聞いてきた。
「よくわからないけど、この子もらっちゃった」
「あらーきれいな子ね」
「ねえ、蛇って何食べるの？」
ゆりはミラから蛇の世話の仕方を教わった。
「ねえ、ミラ、私、本当にここにいてもいいのかな」
ゆりは不安げに聞いた。
「ん？いいんじゃないの？だって他に行く所ないでしょう？」
「うん。ない」
「いざとなったらここで働いたらいいよ。大丈夫。王様は優しい人だから、」
「うん。そう思う」
そうか、働きながらあの人を探そう。そうしよっと。
どうも根が気楽なせいか、これからの生活にたいして不安も感じなかった。
怯えていても仕方がない。ここの人たちは、どうやらいい人たちらしいしそれだけでも安心できる。
しかも、昔自分を助けてくれた男を捜すという目標ができた。
目標がある、というのはいいものである。
ゆりはベッドの下にいる青い蛇を見つめた。
