第３話

青い蛇は、ベッドの下で、とぐろを巻いて寝ていた。ゆりの側を離れようとしない。

昔男がくれたブレスレットは蛇が変化したものだった。だが男がなぜそれを自分にくれたのかは

謎のままだ。

どこにいるの？あなたはこの世界の人なんでしょう？

どうして私を助けてくれたの？

どうしてこの蛇を、私にくれたの？

とりあえず、城の外に出てみよう。

次の朝、ミラがゆりのご飯と蛇のご飯ももってきてくれた。

皿の上には何かの肉と、卵が一個のっていた。

「卵って、割ってあげるの？」

ゆりは疑問に思って聞いてみた。

「ううん。このまま置いておいたら勝手に食べるよ」

「こんなにでかいのに？」

「平気よ」

ゆりはテーブルの下に皿を置いてみた。すると青い子蛇はするするとやってきて、口を開けた。

「でかっ！」

ゆりは思わず言った。蛇はでかい口を開けて卵を飲み込んだ。その卵がどんどん体の中に入っていく。

面白い・・・・

ゆりは思わずじっと見つめていた。

体の途中が丸く膨らんでいる。やがてそれはなくなった。卵が割れたようだ。

やがて、蛇は卵の殻だけ出した。

「ルーちゃん。おいしい？」

ゆりは蛇に聞いた。

「ルーちゃん？」

「蛇の名前。ルーにしたの」

「そうなんだ」

ルーは次に肉を食べている。なんだかおいしそうだ。

ずっとブレスレットに変えられていたのだ。自由になってルーも喜んでいることだろう。

こうやって見ていると、愛着がわいてくる。

「ねえ、ミラ、城の中とか外とか、勝手に出歩いてもいいのかな？」

ゆりはミラに聞いた。

「うーん。あんまり一人でうろちょろしない方がいいよ。何か疑われるといやでしょ？」

「う・・・うん・・・でもブレスレットくれた人、探したいの。」

「しばらく様子を見たほうがいいよ。王様もミカエル様も知らないって言ったんでしょ？」

「うん」

「王様が知らない一族の男なんていないよ。」

「でも、蛇くれたって事は、この一族に関係あるよね」

「それは絶対そうだと思うけど・・・ゆりって突然違う世界に来たわりには、元気だね」

ミラはじっとゆりを見て聞いた。

「え？そうかな」

「私だったら・・・そんな風にできないと思う・・・」

「だって、落ち込んでてもしょうがないし・・・」

ゆりは頭をかいた。

そういえば、護り人とかいうでかい人が言ってっけ。

私は順応性が高いって。

このことかな・・・

実際泣いて向こうに帰れるわけでもないし・・・

それにこの世界に来る事は自分が選んだのだから、しょげてる場合じゃない。

「この国って結構城の外は戦いとか多いから、何も知らないでふらふら出て行かないでね」

「危険なの？」

「うん。ゆりは戦ったりできる？」

「え・・・できない」

「ちょっと来て」

ミラはゆりをベランダに連れて行って外を指さした。

ここは３階なので城の外の世界が見渡せる。庭のようなものがあり向こうは森のようだった。

「あの青い壁、見える？」

「壁？・・・」

ゆりは目を凝らしてみてみた。そういわれれば、うっすらと、庭園の向こうあたりに青い透明な壁のようなものが見える。

「うん。見えるよ。あれ何？」

「あれは王様の結界。敵はあれからこっちには入ってこれないけれど、あれをでると、死ぬかもしれないからね」

「・・・そうなの・・・怖い所なんだね。」

ゆりはちょっとぞっとして言った。

「何をしてるんですか？」

男の声がして、二人は振り向いた。窓の所にミカエルが立っていた。

「結界の説明してたんですよ」

ミラが言う。

「そうですか。ちょっと私と話をしてくれませんか？ブレスレットのことを詳しく聞きたいので」

「いいですよ」

ミラは部屋を出て行き、ゆりはミカエルと向かい合わせて座った。

・・・それにしても・・・いい男・・・

背も高いし体つきもちょうどいいし・・・

これだけ顔立ちの整った男と面と向って話をする機会も今までなかったので、ゆりはつい合コンかなんかの気分になって

しまった。

「それで、ブレスレットをもらった経緯などを話していただけますか？」

「はい、いいですよ」

ゆりは少女のころ、男に助けてもらったことを話した。ミカエルは黙って聞いていたが、時折、その瞳が鋭くなるのをゆり

は感じた。

「もしかして・・・私疑われてます？」

ゆりはおそるおそる聞いてみた。

「不審な所が多いですからね。それに違う世界にぽっと来た割には、元気ですね。あなたは」

・・・また言われてしまった。もっと泣き叫んだ方がいいのだろうか・・・

「順応性が高くないとこの世界には来れないみたいです。環境の変化についていけないようじゃ、来れないんじゃ

ないでしょうか」

「そうなんですか？まあ、そうかもしれないですね・・・私は一族の男はたいてい知ってますけど、あなたが会った男に

心あたりはないですね。この世界から違う世界に行くなんていう魔法も知らないですし・・・」

ミカエルは考えるように言った。

「もしかして、この国の外にいるとか」

「そうだとしても、私が知らない一族の男はいないんですよ。だから、それはない。」

「・・・・」

ゆりはしょんぼりしてきた。

じゃああの人はなんなんだろう・・・

すぐに感動の再会ができると思っていたのに・・・

「とりあえず、しばらくおとなしくしていてくださいね。それがあなたのためですから」

「わかりました」

ミカエルは部屋を出て行った。

「ルー、おいで」

ゆりが子蛇を呼ぶと、蛇はゆりの方によってきて、首をもたげた。

「いい子ね。頭いいんだね」

ルーはぺろりと舌を出した。

ミカエルにじっとしていろといわれたので、ゆりは素直に部屋にいて、ミラにこの世界のことを聞いて情報を仕入れた。

この世界はすごく広くて、いろんな動物にちなんだ一族がいるようだった。聞くと向こうの世界にはいない動物までいる。

ミラの猫族は国をもたずにいろんな国で好きに暮らしているようだった。仲のよい種族と悪い種族がいて、争いや領土の

奪い合いなども行われているようだ。どこの世界でも争いというのはなくならないらしい。

さらにこの世界の人達は、様々な魔法が使えるのだという。夢と魔法の御伽の国というほどのんきなものではないようだが。

そんなこんなで１０日ほどが経過した。ゆりは廊下で大蛇を見ても悲鳴をあげなくなっていた。だが、ルー以外は

ゆりが呼んでも無視された。やっぱりルーは特別な蛇らしい。

その日の夕方、ミラがラクシュミが呼んでいるというので、会いに行った。

ラクシュミは王の間ではなく、違う部屋でくつろいでいた。

「どうだ？ここでの生活は、慣れたか？」

ラクシュミが聞いた。

「はい。少しは慣れました」

ゆりが答えた。

「あの、やっぱりあの蛇をくれた人に心あたりはないですか？」

ゆりは念のため聞いてみた。

「ないな。」

「そうですか・・・」

「・・・その男は銀色の髪の男だといったな」

「はい。多分・・」

「この髪の色は、今は私だけだ。他の者にこういう髪の色の者はいない」

「そうなんですか」

「・・・暇なら蛇の世話でもしてろ。それならいろいろ仕事がある」

ラクシュミは少しけだるげに言った。

「わかりました」

ゆりは部屋を出た。

ゆりはため息をついた。

どうにも、幻の男探しは進展しない。

だけど・・・王様やけに疲れて見えたな・・・

気のせいかな・・・

ゆりは部屋に戻った。

その夜ベッドでまどろんでいると、ふいに何か気配を感じて目を開けた。部屋の中が光っている。扉のような形に。

・・・何あれ・・・

「シュルルウ　シュルルウル」

ルーが音をたてながら部屋の中を飛び跳ねている。

「ルー？」

ゆりはベッドから降りてその扉を眺めた。

（ゆり・・・・）

声が聞こえる。


（ゆり・・・・）

「私を呼んでる」

ゆりはその光る扉に手を伸ばした。すると手は吸い込まれた。体も。

目の前の景色は変わっていた。真っ白な世界で、一人の男が立っていた。

「あ・・・・」

あの時の男だった。姿はまったくかわらない。

「あなたは・・・」

ゆりの瞳から涙が流れた。

男は微笑んで近づいてきた。ゆりの頬に指をのばして、涙をふく。

この人だ。この男だ。あの時の男は。

男はきれいな銀色の髪をしていた。瞳は、茶色っぽい。

「久しぶりだね。よく来てくれたね」

優しい温和な顔立ちの、美男子だった。

「うん・・・あ・・・あいたかった・・・」

ゆりはボロボロ涙を流した。

「あなたにずっと会いたくて・・・・あの時の御礼言いたかったの・・・」

ゆりは憧れの男に会えた喜びでワンワン泣いていた。

男は、優しくゆりの身体を抱きしめて、頭をなでた。背はゆりよりも１０センチほど高い程度だった。

「やっぱりこの世界の人だったのね」

ゆりは男の背中に手を回した。

「もう離れない。ずっと一緒にいる」

「ごめんね。それはできないんだ」

男はちょっと残念そうに言った。

「どうして？せっかく会えたのに」

「これからちょっと難しい話をしなきゃならない。・・・座って、ゆり」

男が優しく言い、二人は腰を下ろした。

「ねえ、あなたのお名前は？」

「それは言えないんだよ」

「どうして？」

男は優しくゆりの髪をなでた。

この人に触られると、なぜかとっても安心できる。

「僕はこの世界の住人なんだけどね、あなたと同じ時間にはいないんだ」

「え・・・」

「未来だよ。僕は未来の人間なんだ。だから、あなたがいる時間にはいない」

「どういうこと？」

「・・・」

青年は、少し寂しげに、微笑んだ。

「僕はね、あなたの息子なんだよ」

ゆりは目を見開いた。

「何言ってるの？」

「僕はあなたの息子なんだよ。母さん」

「・・・」

ゆりの口はぽかんと開かれたままだった。

「だから、あの時あなたを助けた。そして蛇を好きになってもらうようにと、ブレスレットを渡したんだ。」

「し・・・信じられないわ」

ゆりの顔は引きつっている。

「だろうね。だけど事実だよ。今も魔法を使って、僕は時を越えてきている。この魔法はそう何度も使えない。だからし

っかり聞いてほしいんだ」

「じゃあ、父親はだれなの？」

「あなたはもうであったでしょう？」

「だれ？銀の髪ってもしかして、王様、じゃないよね？」

「あたりだよ」

男ははにこりと微笑んだ。ゆりの顔はさらに引きつった。

「・・・・」

言われればちょっとは似ているかもしれない。涼しげな目元、口元。顔の雰囲気は全然似ていないけど。

でも自分には全く似てない。それにあの人と自分が結婚なんてまったく想像できない。

「冗談きついよ・・・」

「冗談じゃないよ。僕はあなたを驚かせるためにきたわけじゃないよ。本当のことを言わなければ、あなたとあの人の

仲は、永遠に発展しないだろうからね。どうしてもくっついてもらわなきゃ困るんだ。非常に」

「どうして？」

「今が滅びの分岐点だからだよ。あなたがあの人の子供を産めば、新たな未来への扉が開かれる」

「・・・」

「それができなければ、この国はそのうち滅びるだろう」

「意味わかんない」

男の言う言葉は、さっぱり理解できなかった。

「今あの人の子供を産める蛇族の女はいないんだ。あの人はそれを知ってる。」

「どうして産めないの？」

「この世界の王様はね、ただ座ってればいいだけじゃないんだ。巨大な力で国を治め、他族の者を退けている。それは、

王族の者でも力がある者にしかできないことなんだ。その力を宿した子供を産むのはそれは大変な事なんだよ。力が強い女

でないと、王の力を受け継ぐ子供を産む事はできないんだ。今、それほどの力を持った女はいない。王の仕事に血族の者な

ら力を貸す事ができる。だがあの人には兄弟もいとこもいないし、血族のものはいない。だから、負担も相当なものになっ

ている。戦いのたびに、戦士たちも減っていくし、そのうち限界がくるだろう。このままでは国は滅びる」

男は淡々と言った。

「私には何の力もないわ。王様の子供なんて産めない。」

「あなたは何の力もない。だけど、たった一つだけ、あなたにしかない能力があるんだよ。それは、気を吸収できるという

ことなんだ。」

「気を吸収？」

「そうだよ。あなたたち異界の者は、何の力もないけれど、どの一族の気も帯びることができる。そして、混じりのない

純血の一族の子供を産むことができるんだ。」

「・・・」

ゆりはただ、黙っていた。なんていったらいいのかわからない。

「驚くのも無理はないよ。いきなり見ず知らずの男の子供を産んでくれ、なんてね。だけどゆっくりはしてられないんだ。

そのうち戦も始まってしまうし、王は力がある女が産まれるのをまってるけど、そんな悠長なことは言ってられない」

「そんなこといわれても、無理よ・・・困るわ」

男は沈黙した。

「ごめんなさい。でも、あの人に恋をするなんて、なんだかばかげてるわ。だって神様を好きになるようなものだもの。

絶対無理よ。私には」

「そうだね。王様だからね。それにあなたとは何もかもが違う。」

「・・・・」

「だけど、あなたは僕を産まなきゃ。じゃないと僕はあなたを助けにいけない」

ゆりはどきりとした。

「あの時のこといってるの？」

「そうだよ。過去のあなたを助けるためには、あなたは僕を産まなきゃならない」

ゆりの身体がブルブル震えだした。

「ごめんよ。脅すつもりじゃなかったんだ。僕は、あなたをそんな目にあわせたくないから。どうしても助けたいから」

「二度目はどうして助けてくれなかったの？」

「ごめんね。助けたらこっちこれないだろう？」

「・・・どうしても王様の子供産まなきゃだめなの？」

「うん。だめだよ」

「ミカエルさんならなんとか・・・」

「だめ」

でかい声で言われてしまった。

「ミカエルの子供じゃ僕できないよ？」

なにやらにらまれた。

「そういわれても、第一全然相手にされないじゃない。私にどうしろっていうの？あの人が私を愛するなんて全然想像

できないし」

「あなたはかわいい人だよ。もっと自信をもって」

「自信なんて、もてない・・・」

ゆりは涙がでてきた。

「ただ一つ、自信をもっていえるとすれば、僕の母さんは、とても幸せだということだよ」

「幸せ？」

「そうだよ。それだけは確かだよ」

「・・・」

「これをあげるよ」

青年は、自分の腕にはめていた金細工のブレスレットをはずして、ゆりの腕にあるブレスレットを取り、変わりにそれを

はめた。

「これもういらないから」

「え？それがなかったら困るよ」

「このブレスレットでも大丈夫だよ。」

それは、３センチほどの幅のもので、蛇の絵柄がはいっていて、蛇の目に赤い宝石が埋め込まれていた。なんだか高価

そうなものだった。

「また蛇を変えたの？」

「違うよ。これには、すごい力を入れ込んであるから、ピンチのときには、役に立つよ。そして、一族の者もあなたを認め

ないわけにはいかなくなる。あの人もね。だから、決してはずしちゃだめだよ。お風呂でも、夜寝るときも。あなたが子供

を産むためには、これが絶対に必要だからね。」

「だけど、だけどね、王様が私を愛してくれなかったら？」

「好きになるよ。あなたは素敵な人だし、とってもかわいい。僕の自慢の母さんだよ」

「だけどお・・・・」

ゆりはまったく自信がなかった。王様の周りには美人が多い。自分はあきらかにまけてる。

「もし、大きな戦いが起こったら、王の側にいてあげてほしい。きっと助けることができるから」

「大きな戦い・・・」

「がんばってね。ゆり」

男はゆりの額にキスをした。

「あ・・・」

青年の姿は消えた。

そして、元の部屋にゆりは戻っていたのだった。

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