その日、お城の中の広間には、ずらりと赤ちゃん用品が並べられていた。ゆりはそれを見ながらうーんとうなっている。
虎の国にいるアヤコが男の子を産んだので何かお祝いを贈ろうと思ったが、いいものが思いつかなかったので、
赤ちゃん用品をいろいろもってきてもらったのだ。服やら遊び道具やら、いろいろ置かれているのだが。
「虎の国って何が喜ぶのかなあ・・・」
「はあ、そうですねえ・・・王は毎回大量の食べ物と酒を贈られているようですが・・・」
商人が言った。赤ん坊に、というよりは、赤ん坊誕生のお祝いパーティー用品という感じである。
「王族だから服とかには困らないだろうしね」
おもちゃの中にはよく子供が乗って遊ぶ木でできた馬のようなものがあった。
「考えてみれば、向こうでは虎に乗って遊べますからねえ」
商人が木の乗り物を見て言った。
ゆりはちょっと想像してみた。虎の上に乗っている赤ん坊を。
怖・・・・
向こうの世界では考えられない。
「王妃様、赤ちゃんの名前聞いてきましたよ」
広間に侍女のミラが入ってきた。
「そう、なんだった？」
「タロウ様だそうです」
「タロウ？」
むちゃくちゃあっちの名前じゃない。
「それって絶対アヤコさんがつけたんだろうね。向こうの名前だもん」
「異界では由緒正しいお名前なんですか？」
「え？別に由緒正しいことはないけど・・・こっちでは新鮮な名前かも」
「お祝いどうしますか？王妃様」
と商人。
「そうだね。赤ちゃん服でも適当につめて送ろうかな。何も贈らないのもつれないもんね」
「そうですか。」
「ねえ、虎じまの赤ちゃん服作ってもらって」
「虎じまですか？」
商人が驚いて聞いた。
「それから帽子に虎の耳つけてもらってね。かわいく」
「はあ・・・わかりました」
商人は首をかしげながら、品物を撤去して去って行った。
5日もすると、ゆりの注文した赤ちゃん服が届いてきた。
「いやーん。かわいい！」
ゆりは一人で喜んでいる。
小さい帽子にはちゃんと虎の耳のようなものがついていて、服にも虎模様。尻尾もついていた。
同じ服が５つある。
「さすが仕立て屋さん。やるわね」
ゆりの目がきらりと光った。
「はあ・・・」
仕立て屋はなにやら汗をかいてハンカチで顔を拭いていた。
「見て、ミラ、シェリル、かわいいでしょー」
ゆりは自分の侍女に服を持って見せた。
二人は奇妙な顔をした。
「それ、本当に贈るんですか？」
ミラが言う。
「うん。贈るよ」
「怒られないでしょうか」
ともう一人の侍女のシェリルが言った。
「なんで？」
「その動物の格好をするというのは・・・・我々から見れば、あまり笑えないことですが・・・」
「大丈夫よ。アヤコさんなら喜ぶって。心配しなくても自分の子供には着せないよ。だって、蛇の服って、どう考えても
つくりにくいし・・・」
「はあ・・・」
そういう問題ではないのでは？
と侍女二人は思ったが、ゆりがあまりにうれしそうな顔をしているので、何も言わなかった。
その数日後、王の間の鏡を使って、ガットが赤ん坊を見せてくれた。ちゃんと虎じまの服を着ている。
「かわいいー！」
ゆりは大喜びである。
「すっかりタロウも気に入ったみたいだよ。アヤコも喜んでたよ。ありがとうな。ゆりちゃん」
ガットもにこにこしていた。アヤコはまだベッドで寝てるようだ。
ゆりとガットはうれしそうに話をしていたが、後ろにいたラクシュミと、その横にいたフリットは、どちらも奇妙な顔で
虎じまの赤ん坊を見ていた。
ーガットはどう見ても本気で喜んでいるな・・・
ラクシュミがフリットに思念で聞いた。
ー王妃のために無理してるようには見えないですね・・・
フリットが思念を返した。
ー異界の女の感覚は、虎族の感覚と似てるのか？
ーそれは王妃が能天気で単純だとおっしゃりたいんですか？
ー・・・・
自分の子供にあんな格好をさせて喜んでいる、あの心理が二人にはまったく理解できなかった。
第21話
ゆりが贈り物の配送手続きをして自分の部屋に戻ると、侍女に伝言がありますよ、といわれた。伝言は一族の女性からで、
城の中のある部屋で香水を作っているので、良かったら一緒につくりませんかというお誘いだった。
ゆりはありがたく侍女にその部屋に連れて行ってもらった。
部屋の中には５人ほどの一族の女性がいて、皆ゆりをみるとにっこりほほえんでくれた。机の上には、いろいろな小さな
瓶が置かれている。
「こんにちは。王妃様」
みんながそれぞれ言ってくれた。
「こんにちは。誘ってくれてどうもありがとう」
ゆりはさっそく香水の作り方を聞いてみた。最近は、一族の女性ともたまに話すこともあり、ゆりはうれしかった。
結婚当時は顔をあわせることも少なかったほどなので、ゆりと一族の女性の関係はかなり改善しているといえる。
５人の中で二人の黒髪の女性は、顔がよく似ていた。二人とも髪がくりくりと癖毛になっていて、丸顔でかわいらしい顔を
していた。キャシーとジェシカという女性だった。
「二人は双子なの？」
ゆりは気になったので聞いてみた。
「いいえ。父親が同じなんですの。母親は違うんですけど」
キャシーが答えた。
「そうなんだ。よく似てるね」
「はい」
女性たちはみな機嫌がよさそうににこにこしていたので、ゆりも笑顔で香水を作った。
実は一族の女性たちの中で、ゆりの評価がまた上がっていた。
女嫌いのミルキダスが今年は一族の女性と過ごした、というので、その前にゆりがミルキダスと何度か会っていたことから、
これは王妃が何かしたに違いない。という噂が広まっていたからだった。
しかもキャシーとジェシカがその時の相手で、ゆりが来るまでここでその時のことをのろけていた所だった。女性の扱いが
冷たそうなミルキダスだったが、意外にも夜はかなり優しくて、二人は満足した、というようなことを話していたのだ。
「所で王妃様、最近一番気に入ってる男性はだれですか？」
一人が聞いてきた。
なぜみんな自分の好みの男を知りたがってるのだろう
ゆりは不思議でならない。
「うーん。ミカエルかなあ」
この前お気に入りになりたい、と言われたことを思い出して、とりあえず言っておいたゆりだった。
「ミカエル様ですか」
「ミルキダス様は違うんですか？」
キャシーが聞いた。
「ミルキダスももちろん好きだよ。基本的にはみんな好きだよ。一族の男性で嫌いな人いないよ」
「それはそうですわよね」
「ほほほほ」
王妃のお気に入りがミカエル、という話はたいして噂として広まらなかった。
ミカエルなら妥当すぎてつまらなかったからだ。
次の日、体調がちょっとおもわしくなかったゆりは、ジュノーから気をもらっていた。
強い力を持つ王の子供を産むためには、一族の気を体に入れなければならないらしく、ゆりは時々男とひっついて気を
もらっている。体調が悪くなるのは、赤ん坊が催促するサインかもしれない、とゆりは思っている。
一番いいのはラクシュミの気をもらうことなのだが、ラクシュミは絶えず力を使い続けているので、しょっちゅうゆりに
気を与えるのは辛いようだ。一族の女性には、そんなに強い女性がいないために、一族の戦士で力が上の方の男から
気をもらっているのだった。今では、ゆりの気は金色にいろんな色が混じっていて、ぱっとみただけではだれから気を
もらったのか、わからなくなっている。
この前ラクシュミに釘を刺されたため、黄色と黒の左目をもったゆりはあれ以来出ていなかった。
「今日はなんだか匂いが違いますね」
ジュノーが言った。二人はゆりの部屋で長椅子に寄り添って座っている。侍女はいない。
「昨日一族の女性たちに香水の作り方教えてもらったの。それでちょっとつけてみたんだけど、どうかな？」
「いい匂いですよ」
「本当？」
「でも王妃は、香水つけなくてもいい匂いですよ？」
「ありがと」
ジュノーは優しく微笑んでいる。前にゆりが一族の女性に変身した時は、ちょっとジュノーの事を怖いと思ったゆりだったが
今では口説かれる事もなく、ミカエルのように刺激的なことを言ってくることもないので、ゆりにとってはジュノーは
癒し系になっている。
「ジュノーもなんだかいい匂いがするね」
爽やかなミントのような匂いを感じてゆりが言った。
「今日は王妃に会うので、ちょっとつけてみました」
「男性もそういうのつけるのね」
「普段はあまりつけませんけどね。」
いい匂い・・・
だけどなんだか微妙な気持ちになってくるなあ・・・
ゆりはジュノーの左腕に腕を回してひっついていたのだが、考えてみればこの体勢からして微妙だ。
気を一気に奪うとどうも相手の方が辛いようなので、じわじわもらっているのだが。
なんか汗かいてきた。
体調もちょっと回復してきたから、この辺でやめとこうかな・・・
ゆりはジュノーの腕を離して体も離した。
「今日はもういいよ。ありがとう」
「まだそんなに気いってないと思いますが」
「そうかな。でももうー」
「私といるのがいやなんですか？」
ジュノーがちょっと悲しそうに聞いた。
「違うよ。男の人と長時間ひっついてると、変な気分になりそうで・・・」
「私は別にかまいませんよ。どんどん変な気になってください」
ジュノーは笑顔で言ってきた。
「え・・・」
「また儀式のように仲良くなれたらうれしいです」
爽やかな笑顔で言われてゆりはぎょっとした。言葉の内容と顔の表情が全然あってない。
「今度は二人きりで」
「・・・今って一族の男性はその気がない時期だよね？」
3月13日に交わりの月が終わり、今は4月の終わり、ゆりはまだラクシュミの所で寝てはいない。
「そうですけど、相手が王妃ならその気になりますよ？」
「どうして？」
「儀式の事を思い出したらその気になってしまいます」
「はあ・・・あんまり思い出さないでほしいんだけど・・・」
ゆりの頬が赤くなった。
「王妃の方はそう思わないんですか？あの時は儀式だからああなっただけなんですか？」
「・・・それはわからないけど・・・あの時は理性はどこかに行ってるし」
「だけど完全には行ってないですよね。本当に交わることはしないから」
「・・・それは・・・そうかも・・」
痛いところをつかれてしまった。
「私としては、儀式だからと割り切られると、ちょっと悲しいです。王妃には３回も愛してるといってしまったし。私は
儀式のためだけに王妃にああしたわけじゃないんですよ」
ミカエルと同じようなことを言われて、ゆりはぎくりとした。
まさかみんな同じ風に思っているのだろうか。
そりゃ、儀式の後嫌いになりました、といわれるよりはましだが・・・
自分としては、儀式のことは、もう遠い記憶として葬ってしまいたかったが、男たちにとってはそうではない。
あれのせいで自分に多少なりとも愛情のようなものを感じてしまったようだ。
だからといって、今後も男たちとああいうことをするわけにもいかないだろう。
男をもて遊んで捨てた。
みたいなことになってる？もしかして・・・
私そういう性格じゃないのに・・・どうしよう・・・
ジュノーはそんなことは言ってなかったのだが、ゆりは勝手にそこまで思ってしまった。
「せめて口付けだけでもしてほしいな・・・」
ジュノーは顔をちょっと寄せて聞いた。
「え？私から？」
「私から王妃にはできないですもん」
「・・・どっちかというとしてもらう方がいいんだけど・・・」
ゆりが困ったように言うと、ジュノーはほほえんで唇を寄せた。
なにやら罪悪感を感じてしまい、拒絶できなかったのだ。
その後抱きしめられて、ゆりの体温が一気に上昇した。
これはさすがにやばい・・・かも・・・
と思っていたらゆりの意識は飛んだ。ゆりの左目が黄色と黒の目に変わっている。
「もう我慢できない〜」
ゆりはジュノーの背中に両腕を回した。
「もう、王妃ったら、早く出てきてくださらないと、向こうをくどいてしまったじゃないですか」
ジュノーが口を尖らせて言った。
「だって・・・王様がうるさかったから、ちょっとおとなしくしてたんだもん」
「向こうをくどくのはなんだか気がとがめるんです。優しさにつけこんでる気がして」
「別に王妃なんだから男の言うことなんて聞くことないのにね。なんで気づかないのかしら」
こちらのゆりはそれが不思議でならない。
「あちらの王妃はそういうところがかわいいんです。余計な事言わないでくださいね」
「言わないよー向こうは私がいるの気づいてないし、早くあっちいきましょ」
「はい♪」
隠し部屋の方に移動して、ジュノーは好きなだけゆりにキスして抱きしめた。別に抱けなくても、ジュノーにとっては
それだけでも満足だった。どちらのゆりもゆりに違いはなかったし、興奮した時にゆりの肌に浮かぶ金色の小さな蛇を
見るのがとても楽しみになっていたのだ。
もう一人のゆりはこうして適当に男と過ごしていたのだが、それを知らない普段のゆりは、儀式の時の男たちに何か責められや
しないかとしばらく勝手にびびっていたのであった。