第23話
比較的天気の良い昼下がり、ゆりは城の裏側で緑色の大蛇に乗っていた。大蛇は伸びれば５メートルはありそうなほどの
大きさで、胴回りもすごく大きく、とぐろを巻いていたら、ゆりの体がその上に乗るくらいはへっちゃらだった。蛇は時々
顔をゆらして、舌を出したりしている。
ゆりの首には一メートルほどの青い蛇が巻きついていた。二回目の脱皮で前よりも長くなったルーである。
ザクート王の儀式の時に脱皮の準備に入った蛇たちは、小さな蛇なら一月ほどで脱皮を終了していた。巨大な蛇になると
脱皮も大変らしく、王の間にいた蛇は、まだ脱皮の途中のようだ。
「あ〜かいへ〜び〜あ〜おいへ〜び〜黄色いへ〜び〜♪」
ゆりは蛇に乗ったままご機嫌で歌を歌っている。実際ご機嫌だった。
昨日の夜は、ラクシュミは早めに来てくれて念願のラブラブデーも過ごしたし、今朝は花が一杯咲いている景色が良い
場所に連れて行ってもらったのだった。
それにしても・・・慣れって怖いわね・・・
向こうの世界にいた時は蛇に触ったこともなかっただけに、今の状況は驚きである。
「王妃様」
女性の声がしてゆりが顔を向けると、侍女が立っていた。
「王がお呼びでございます」
「そう。」
ゆりは大蛇から下りて、侍女に近づいた。その時、ゆりの体の周りに輝く魔法陣が現われてくるくる回りだした。
大蛇は口を開けて、シャーと威嚇して侍女を見ている。
「え？」
ゆりがおかしいなと思った時には、ぱっと誰かが体に触れて、ゆりは部屋に戻っていた。
見ると横にミルキダスがいた。魔法陣は消えていた。
「あれ？」
ゆりはきょとんとしてミルキダスを見た。
「王様が呼んでるって」
「いいそうです。お部屋にいてくださいとのことですよ」
「そうなの？」
ゆりは首をかしげた。その時、部屋の扉がノックされて、出てみるとロアンナがいた。
「王妃様、本などお持ちしましたよ。いかがですか？」
ロアンナは5冊ほどの大きな本を持っていた。
「ありがとう」
ゆりはそれをもらって、しばらく部屋で過ごした。
一方、城の裏側では、首が飛んだ侍女がいた。といっても、その顔は、元の侍女の顔ではなく別の顔だった。
その横にはフリットが立っていて、侍女の顔を見下ろしている。ゆりが消えてすぐに侍女の首を切断したのはフリットだった。
「王には見せますか？」
その場にきた下級戦士が言った。
「いやいい、処分してくれ」
フリットがいい、戦士たちは侍女だった死体を運んで、その場をきれいにした。
「この場所は清めておいてくれ」
「はい、わかっております」
フリットは王の間に移動した。
「片付きました」
フリットがラクシュミに言うと、ラクシュミは「そうか」と言った。
おかしな存在が結界の中に入ってきたのは、ラクシュミはとっくに気づいていた。巧妙に偽装していたが、
侍女が街の方にでも出た時にすり替わったに違いない。様子を見ようかと思ったが、すぐにゆりに接触したので、
フリットとミルキダスが行ったのだ。
「やれやれだな・・・朝外に出た時は、３度魔法陣が現われたそうだな」
「はい、敵も王妃が外に出た時は必死のようで・・・呪の元は断ちましたが・・・」
「ゆりはどうしてる？」
「お部屋で本でも読まれていると思います」
「そうか」
ゆりがラクシュミの子供を産むことは、一族の悲願であるが、敵国では最も忌む事であるだろう。何とか今の内に
ゆりを殺したいとやっきになっているのだ。昔から、蛇の一族と龍の一族は仲が悪い。蛇の一族はそうでもないのだが、
龍の一族は、地を這う蛇を忌み嫌い、この世から根絶やしにしたいとまで考えていた。
蛇の国の領土も昔に比べれば、かなり龍の国に奪われていたのだ。
次に大きな戦が起こるとすれば、ゆりが子供を産む時だな・・・
そうラクシュミは思っている。
王の子供が産まれる時には、たいてい、敵の大軍が攻めてくる。それは、王の子供が産まれる時は結界がゆがみやすい
といわれているからだった。現に、ラクシュミが産まれる時も戦いがおこっていたのだ。
前の時は子供に助けられたが、今度はどうなるか・・・
前の戦いの時に現われた二人のおかげで、どうやら誰かが古代魔法でも使って王族の者を召喚したらしい、という噂が
国外には流れていた。この時代簡単な魔法のようなものはあるが、違う時代の人を呼び寄せる、などというような魔法は
存在していない。
一万年ほどの昔には、様々な魔法が戦いの際使われたといわれている。
戦いは魔法合戦とも言われ、それが古代魔法と言われるものであるのだが、今ではすっかり古代魔法は廃れてしまい、
ラクシュミ自身にさえ使うことはできないのだ。古代魔法の教本のようなものさえ、残ってはいない。
それはこの蛇の国だけではなく、世界的にいえることであった。龍の国でも、古代魔法の研究は必死で行われているようだし、
ここ蛇の国でも、一応研究させてはいるのだが、あまり研究の成果も現われていない。
古代魔法がたとえ復活しても、それを使える魔力がある者がいない、というのがここ蛇の国の現状でもあった。
ゆりはおとなしく部屋で本を読んでいた。こちらの世界の文字は読めるのだが、小さい文字だけの本は苦手だ。
読んでいると目が痛くなるのだ。だから大きな本で文字も大きく、挿絵がついてる本がいい。
侍女のミラがそっとテーブルにお茶とお菓子を置いてくれた。
「ねえ見て見て、この本、ザクート王の絵本だよ」
ゆりがミラに本の一冊を見せた。
「ザクート様といえば、前に王妃に魔法をかけてくださった方ですね」
ミラが微笑んでいった。
「そうだよ。でも、この挿絵よりかなりかっこいいけどね」
表紙には剣をかかげた王様っぽい男が描かれているが、銀色の髪は長く、りりしい顔立ちをしていたが、やはり本人には
かなわない。
「私もお会いしたかったですわ〜古の王様に」
ミラが両手を胸の前で組んで言った。
「むかーし昔、蛇の国に、すごい力を持った、美しい男の子が産まれました。王様は、その子供を見て、この子は将来
すごい王様になる、といいました。そしてその言葉通り、男の子は20歳になった時には、今の王様の力を超えてしまい、
王様は王位をさっさと男の子に譲ってしまいました。その男の子の名前はザクートといいました。最も偉大で、美しい
ザクート王は、わずか20歳で王様になったのです。・・・すごいねえ」
声を出して本を読んでいたゆりは、思わず言った。
「すごいですわね。わずか20歳で王位につかれるとは」
横に座って聞いていたミラが言った。
20歳といえば、ゆりの世界では立派な大人だが、こちらでは大人になるのは50から60歳。男も女も、体つきや顔つきまで
変わってしまってからが大人といえるのだ。
「へー」
絵本では、とにかくザクート王のことをすごいだの美しいだの偉大だのと言いまくっていた。これを読めば、だれでも
ザクート王はすごい王様なんだなあと思ってしまうだろう。
ゆりは首をかしげ突然立ち上がった。ミラがゆりを見上げる。
「私、王様に会わなきゃ」
「王にですか？」
「うん。なんかすごく会いたい気がする」
「そうですか。一緒に行きましょう」
「うん」
王の間の中には、老人のザメハと、北の砦の将軍がいた。
「こんにちは」
ゆりが言うと、二人は微笑んで挨拶した。
「どうした？」
ラクシュミが聞いた。
「なんだか、すごく王様の側にいたいの。だからいさせてほしいな」
「そうか。いいぞ。ひざに乗ってるか？」
「うん」
ゆりはラクシュミのひざに乗せてもらい、胸に顔を寄せた。ラクシュミは将軍らとなにやら話していた。
ゆりはじっとしているうちに眠くなり、目を閉じた。
しばらくたち、ラクシュミと将軍らの話が終わった時、ラクシュミは、何か違和感を感じてゆりを見た。
ゆりのおなかの上に白い物が現われて、それはまた赤ん坊の形になった。
「！」
ラクシュミと、ザメハ、将軍らはほぼ同時に目を見開いた。
赤ん坊は前よりも少しはっきりしていた。小さかったが、下半身に余計なものはついていないようだった。
「どうやら女の子だな」
ラクシュミが言うと、赤ん坊は笑った。
ザメハと将軍がラクシュミに近づいて、赤ん坊を見た。二人とも、頬にはだーっと涙が流れている。
「かわいらしい・・・」
「王女様でしたか・・・」
赤ん坊は手を振ったり首をかしげたりしていた。きれいな銀色の髪に、金色の瞳をしている。
しばらくして、ゆりが目覚めた時、王の間はかなりの人だかりができていて、ゆりはびっくりしてラクシュミに
抱きついた。しかもみんな泣いている。
「・・・だれも死んでないよね？」
二度目だったので、ゆりは少しだけ不安げに聞いたのだった。
「女の子だと思わなかったなあ・・・」
夜、王の寝室にラクシュミが来た時、ゆりが言った。
ゆりはてっきりあの時の少年を産むものだとばかり思っていたのだ。
「本当に女の子？」
「ああ、ついてなかったぞ」
「へー隠れてなかった？」
「・・・お前は男の方がいいのか？」
「そうじゃないよ。どっちでもいいけど・・・じゃあ、次は女王様になるの？」
「さあな、子供たちの中で力が一番力がある者がなるだろうな」
「子供たちって、やだもう王様ったら・・・」
ゆりはなにやら誤解して頬を染めた。
「気が早いんだから♪」
「・・・」
ラクシュミは無言で寝転んで背中を向けた。
ゆりは唇を尖らせた。
ちぇ、やっぱり昨日の今日じゃ無理みたい・・・
ゆりも仕方なく寝転んだ。
すると、ラクシュミが体を向けた。
「お前、他の男と交わるのはいやなんだろ？」
「え？何突然」
「お前は結構性欲が強そうだから、今はどう思ってるんだろうと思ってな」
「・・・別に、王様が抱いてくれないからって、他の人としようとは思わないよ」
「そうか・・・我慢してるんなら、と思って言ったんだが・・・今までお前には言わなかったが、王妃は恋人をもっても
いいことになってるんだ」
「恋人？」
「ああ。儀式の男たちは、みんなお前の恋人になりたがってる」
「え？」
「だから、いちゃついても別にかまいはしないぞ」
「・・・」
「別にそうしろといってるわけじゃないぞ。そういう気がないならそれでいい」
「・・・王様は恋人いるの？」
ゆりは真面目な顔で聞いた。
「いない」
ラクシュミはきっぱり言った。
「本当？」
「私はお前の相手だけで手一杯だ。他の女を抱く元気なんかない」
「そーですか・・・ならいいけど・・・」
「変な誤解をするんじゃないぞ？」
「はーい。」
こちらの価値観には慣れたゆりだったが、いざ自分の夫から、恋人を作っていいなんていわれると、かなり微妙な
気持ちになる。
儀式一杯してるから、王様誤解してるのかもしれないな。私が普段そういう気持ちになるかと思ってるのかな。
全然そんなことはない、とゆり自身断言できるかどうかといわれれば、疑問だった。
いい男に言い寄られれば、それは悪い気はしない。
それにしても・・・またみんなに愛してるっていわせちゃったなあ・・・なんでああ、言わせたがるのかな。
儀式のさなかになると、なぜかすごく愛されたくなって、つい聞いてしまうのだった。
その時は、ゆり自身、愛してるとは言わないまでも、男たちになんらかの愛情を感じている、だから、いろいろしてしまうのだ。
なんとも思っていない相手にあんなことはしたくないという感情が働いているのかもしれない。
前にジュノーに儀式だからと割り切られると悲しいというようなことを言われたが、それはゆりも同じかもしれない。
儀式だから愛してるといっただけだ、といわれたら、やっぱり悲しいだろう。
儀式のさなかは、お互いに愛情を感じてさらに盛り上がってるのかもしれない。
何度もするうちにそういう風に思ってきたのだった。
・・・・儀式またあるのかなあ・・・
フリットには無視していいって言われたけど・・・
なんだか儀式一杯やるうちに私もみんなのこと結構好きになっちゃってるからやばいなあ・・・
だって好きでもない男にあんなことするのやだもんね・・・
大丈夫かな？私の理性・・・
自分でもちょっと不安になってきたゆりだった。