優しく頬をなでる手があった。その手は肩をなでて、腕をなでている。

唇にひんやりとした感触があった。キスされたのだ。やがて体を抱きしめられた。男の肌の感触に目を開けると、

目の前には黒髪、黒い瞳の、恐ろしくいい男がいた。


げっミカエル！

ゆりははっと目を覚ました。

どうやら夢だったようだ。

私としたことが、夢の中で浮気しちゃうなんて・・・

ゆりは胸をどきどきさせながら周りを見た。外は明るくなっているようだ。もう朝なのだろう。横を見ると、少し

離れた所にラクシュミが寝ていた。

はあ、危ない危ない・・・

ゆりは額に浮かんだ汗をふいた。

そして、ベッドの上に座り、こっそりラクシュミの顔を眺めた。

王様って、やっぱり神様みたいにきれいだなあ・・・

体つきもきれいだし・・・

ガットのようにすごい筋肉はないが、それなりに男らしい筋肉はついている。

いっつもいすに座ってるのにどうしてかな。

もしかして隠れて運動してるとか？

ぷっ・・・・

変な想像をしてしまい、ゆりはあわてて口に手をあてた。

その時、ラクシュミが目を開けた。

「何笑ってるんだ？」

「え・・・別に・・・」

ゆりが目をそらす。ラクシュミはじっとゆりをみて言った。

「朝っぱらから欲情してるだろ」

「え・・・・？」

「変な気が出てるぞ」

ラクシュミは体を起こして髪をかきあげた。

「変な気ってどんな気？」

「わかりやすくいえば・・・ちょっとピンク色の気がでてる。」

ピンクの気？

ゆりの顔が引きつった。

「悪いが、朝っぱらからお前の相手はできないぞ。今日は瞑想もしなきゃならんし」

「私は別に欲情なんてしてないよ」

ゆりが口を尖らせて言う。

「そうか？」

「なんでそんな気でてるの？」

「何回も儀式をするうちに、どうも体質が変わったんじゃないのか？最近は、私がお前を抱いてる時も、ピンク色の気が

出てるぞ」

「・・・」

「もしかして、儀式になりそうなのか？」

「違うよ。もうあれはいいよ。この前したばっかだし、」

「そうか。まあ、何かあればちゃんと言うんだぞ」

ラクシュミはゆりの頭をなでて、寝室を出て行った。

・・・ピンクの気って・・・あんな夢みたからかな。ミカエルのばか！

勝手にミカエルの夢を見ておいて文句を言っているゆりだった。

第25話

変な気が出てるといわれたので、ゆりは朝食を食べた後、お風呂に入った。

何しろ王妃様だから好きな時に好きなだけ広いお風呂にはいれる。さっぱりした匂いの香油を入れてもらい、

身も心もさっぱりしてゆりは部屋に戻った。そして長椅子のところに座っている男を見て、ぎょっとした。

「・・・・ミカエル・・・」

「おはようございます。王妃」

ミカエルは微笑んでゆりを見た。黒い上着には豪華な蛇の刺繍がほどこしてあった。長い足を組んでいる姿が、

すごく様になっている。このまま写真に残したいくらいだ。

「どうしたの？朝っぱらから」

「今日は休みだから会いにきました」

「・・・」

今朝変な夢を見ただけに、ゆりはちょっと逃げ腰になっていた。

「お風呂に入ったんですか？」

「うん」

「なんで後ろに歩いてるんです？」

「え・・・」

見ると廊下まで出てた。

「せっかくだから気をもらってくださいよ。王妃」

「・・・うん・・・」

このまま帰れというのもなんだし・・・と思い、ゆりは部屋に戻り、侍女にお茶を頼んだ。

「気は後でいいから、ちょっとこっち座ろうよ。ミカエル」

ゆりはテーブルの方を指した。

「いいですよ」

ミカエルはテーブルを挟んでゆりの向かい側に腰を下ろした。

「ねえ、せっかくの休みなら、彼女の所いけばいいのに」

「彼女？」

「ミカエルの子供身ごもってる彼女よ。」

「ちゃんと様子は聞いてますよ」

「会いにいかないの？」

ゆりは不思議そうに聞いた。

この一族は、子供ができても、男と女が一緒の家に住んだりする事は少ないらしい。

「彼女が会いたいといえば会いますよ。もちろん」

・・・なんだかあまりに冷たいような気がする・・・

「何を考えてるか知りませんが、みんなこんな感じですよ。一族の女は、妊娠すると、あまり男に会いたがらないんですよ。

それよりも、仲良い女同士とか、妊娠した女同士で集まって過ごすほうがいいみたいです。」

「でも、彼女がもし、ミカエルが私に会いにきてるの知ったら、怒るんじゃないかな？」

「怒らないですよ。」

「なんで？嫉妬しないの？」

「しないですよ。彼女にすれば、逆にうれしいことなんですよ？」

「なんで？」

「王妃は特別な存在だからですよ。私が王妃と仲良くすれば、彼女も鼻が高いってもんなんですよ」

「よくわからないなあ・・・」

ゆりは両方に首をかしげた。

その時、侍女がお茶とお菓子を運んでくれて、ゆりはお菓子を食べた。

ミカエルはニコニコしてゆりを見ている。

「王妃の蛇見たいな・・・」

ゆりの手からお菓子が落ちた。

「何言い出すのよ。突然」

「だって。見たいんですもん・・・王妃は私の蛇、見たくないですか？」

誘惑のまなざしで聞かれた。

「別に・・・蛇ならそこらに一杯いるし・・・」

「儀式の時は背中の蛇見て喜んでたくせに・・・」

「・・・それ以上言ったら、次の儀式はミカエル呼ばないから。」

ゆりがにらんでいった。

「つれないですね・・・じゃあ蛇見る変わりに、別のことに答えてください」

「何？」

「ヴィラのことなんですけど」

「ヴィラ？」

ゆりの口元が引きつった。

「そろそろ教えてくれないですか？どうして会ったのか。やつはどう見ても、王妃が声をかけるようなタイプじゃないですよね」

「そうかな？別に普通にいい人じゃないかな？」

「どうして仲良くなったんですか？」

ミカエルが少し首をかしげて聞いた。

「他の質問にしてくれないかな」

「そんなに言いにくいんですか？もしかして、閨の授業でも受けました？」

ゆりの顔が極限まで引きつった。こちらのゆりは嘘がつけない性格なので、すぐ顔に出てしまう。

「ひどいな王は・・・私がその役をやりたがってるって知っていて、ヴィラにやらすなんて」

ミカエルは冷たく言ってお茶を飲んだ。

「・・・」

ゆりの顔はまだ引きつっている。

「どうもおかしいと思ったんですよ。なにやら、あなたはやけにヴィラのことを信頼しているようだから」

「もうだいぶ前のことだから・・・」

「あなたは全然私のこと気にしてくれてなかったんですね。」

「私だって、最初はミカエルがいいって言ったんだよ。そしたら、ミカエルを愛したら困るからだめだって言われて・・・

私ヴィラの顔は全然見せてもらえなかったんだよ。顔見たのは、交わりの月終わってだいぶ後だよ。」

「なら今は？今なら、私を愛して困ることはないでしょう？」

ミカエルの目がきらりと輝いた。

「え・・・」

「ね、王妃」

・・・・なにやら誘ってる？もしかして・・・

「無視する。フリットに無視していいって言われたから」

「そうですか。いいですよ。もうあなたに会いにきませんから」

ミカエルににらまれた。

「え・・・なんでそういう反撃に出るわけ？」

「だって、あなたの中では、私はヴィラやミルキダスより下だし・・・誘ったら迷惑そうだしそんなに迷惑なら

もうきません」

「別に迷惑ってことはないけど・・・」

「ならうれしいですか？」

「うれしいってことは・・・」

「どっちなんです？」

「・・・」

ゆりの目は辺りをさまよっている。

今までこういう経験が皆無だったため、どう対処していいかさっぱりわからなかった。


いい男に迫られるのはまんざら嫌でもないが、だからといって、きゃーうれしい〜と喜ぶのもおかしいだろう。

なにせ人妻である。しかもおなかには赤ちゃんまでいるのだから。

「ミカエルのことは好きだよ。だけど、儀式以外でそういうことするのはちょっと・・・王様を裏切ってる気分になっちゃう

から・・・・」

「儀式ならよくて、普段なら嫌なんですか？」

「うん・・・」

「そうですか」

ミカエルはため息交じりに言った。

「ならもう、儀式にも出ないしここにも来ません」

「ミカエル・・・」

「お気に入りになれないならもう近寄りません」

「なんで・・・そんな悲しいこというの・・・」

「ここにくればあなたを責めてしまいそうだし、いつまでも愚痴を言っても仕方ないですしね。私はフリットのようには

なれませんから。」

「じゃあもう気もくれないの？」

「どっちみち、あなたは私からあんまり気もらわないじゃないですか」

ぐ・・・・

「じゃあ、ミカエルは私にどうしてほしいの？私は、王様以外に抱かれたくないよ」

「二人っきりで儀式のようなことができれば満足です」

二人っきりで儀式・・・？それって刺激的過ぎじゃ・・・・・

ゆりは気が遠くなってきた。

どーしよう・・・二度とミカエルと会わないか、ミカエルと儀式するか？

それって究極の選択じゃん

「・・・あの・・・とりあえず口付けくらいで勘弁してくれないかな。」

ゆりがおずおずと言うと、ミカエルは意外にもあっさり「いいですよ」と言った。

なんだ・・・言ってみるもんね・・・

「じゃああっち行きましょう」

「どっち？」

ミカエルは立ち上がり、ゆりの側に行って腕を握った。

ゆりはベッドがある部屋に来てぎょっとした。自分の寝室よりはせまいが、大きなベッドと、タンスがおいてある。

「ここどこ？」

もう一人のゆりはここによくきているが、普段のゆりは初めて見る部屋だった。

「あなたの横にある部屋ですよ。あなたと私の愛の部屋」

「え・・・」

「怯えなくていいですよ。怖いことしませんから」

「・・・・」

「本当ですよ。ここ座りましょう」

ミカエルはベッドに腰を下ろした。ゆりが微妙な気持ちで横に座ると、ミカエルはゆりの頬をなでて、頬にキスした。

「ねえ、ミカエルって本当に私のこと愛してるの？」

「愛してますよ」

「じゃあ、王様から奪いたいとか思うわけ？」

「いいえ」

ミカエルはあっさり言った。

「だれもそんな事思わないですよ？王のものであるあなたが愛しいんじゃないですか」

「ふーん」

よくわからん・・・


ミカエルはゆりを抱きしめて唇を寄せた。

う・・・

舌までからめられて、ゆりは身をよじったが、しっかり抱きしめられていて逃げられもしなかった。

何度もキスされてると妙な気分になってくる。

なんだか儀式の時のことを思い出して、ゆりは困ってしまった。

ミカエルが真っ赤になっているゆりの頬をなでた。

「あなたはすぐ赤くなるところがかわいいですね」

「・・・あんまりいじめないで」

「いじめてますか？私」

「うん・・・」

ミカエルはゆりをしばらく抱きしめて頬や額にキスしていた。ゆりの体温はどんどんあがってきている。

「ちょっとその気になってきました？」

ミカエルが聞いた。

「え？」

「少しだけ、変な気でてますよ。ここらへん」

ミカエルは、ゆりの左耳あたりを指でさした。

「ピンクの気でてる？」

「でてますよ。ちょっと」

「・・・そろそろ」

ゆりは立ち上がろうとしたが、ミカエルはぎゅっとゆりを抱きしめて行かせなかった。

「あなたはすぐ感じてくれるからうれしいですよ」

「ミカエル、これ以上は・・・」

「今日からは三日月ですから・・・しばらくは、王も相手してくれませんよ？」

「・・・別に・・・」

「素直じゃないですね。まああなたはそういうところもかわいいですけど」

ミカエルは手を離した。

「・・・」

「適当に欲望を解消すればいいのに」

「見境がなくなったら困るよ」

「私だけとすればいいじゃないですか」

「・・・・」

「儀式以上のことはしないですよ」

「・・・絶対？」

「絶対ですよ」

ゆりはなんだかその気になってしまった。体がうずうずしてしょうがなくなってきている。

ミカエルはもう一度ゆりに口付けた。

ゆりはすっかり裸にされて、ベッドの上に寝かされていた。

普段ラクシュミにされないような愛撫をされて、すっかり興奮状態になっている。

「可愛い蛇ですね。何度見ても」

ゆりの胸のあたりに、金色の小さな蛇が浮かんだ。

「いつも違う場所に出るのが面白いですね」

ミカエルはゆりの胸を優しくなでて、金色の蛇に口付けた。

興奮が冷めるころには、ミカエルはすっかり満足そうな顔をしていた。こちらのゆりは、一杯愛撫されると、どうしても

お返ししたくなる性分だった。やっぱり口でしてしまったのだ。ゆりは満足げなミカエルがちょっとしゃくに障ったので、

いつもよりいっぱい気を奪ってやったのだった。

深夜、ラクシュミが寝室にくると、ゆりは灯りをつけたまま、ベッドに座っていた。

「まだ起きてたのか？」

ラクシュミが聞くと、ゆりは、じっとラクシュミを見上げた。

「何恨みがましい目で見てるんだ？」

「・・・今日ミカエルと変なことになっちゃった・・」

「ん？」

ラクシュミはベッドに座った。

「ミカエルと儀式みたいなことしちゃった」

「そうか」

ラクシュミはわりとそっけなく言った。表情も大して変わってはいない。

ゆりはしょんぼりして、ラクシュミを見た。

「王様は全然嫉妬してくれないんだね・・」

「嫉妬？」

「私がだれと何しても平気なんだ」

ゆりの目には涙がたまっている。

「・・・お前がミカエルといたんだろ？なんで私を責める。おかしいじゃないか」

「・・・・」

「いやいやいたわけじゃないんだろ？」

ゆりはうなだれていた。

「王様は私のこと愛してない・・」

ゆりの頬を涙が流れていた。

「なら、部屋に閉じ込められて、二度と男と会うなといわれる方がうれしいのか？」

「・・・」

「私の望みは、お前がここで楽しく暮らして私を愛してることだ。そうであるなら多少男と何があっても別に何もいいやしない。」

「・・・じゃあ抱かれてもいいんだ」

「お前がそうしたいならそうすればいいだろう。いやならしなければいい。ただ、そうなるなら条件があるぞ」

「条件？」

「一人だけ、というのはまずい。ミカエルとそうなるなら、他の男ともそうなれ」

「・・・なんで？」

ゆりは引きつった顔で聞いた。

「そうしないと、次の交わりの月は危険だぞ？私はお前が他の男に抱かれたら殺すといったんだろ？それほどお前に

のめりこんでいるんだ。お前が一人の男とばかりそうなってると知ったら、お前ばかりか男にまで何かするかもしれないぞ。

いやだぞ。月が開けたらお前の両足がなくなってたりしたら」

ゆりは思わず身をすくませた。

「今の私は、一族の皆を愛してる。お前も、ミカエルも、他のみんなにも愛情を感じているんだ。だからしんどい結界だって

作ってられる。ミカエルたちがお前を可愛く思う気持ちも理解できる。あれだけ儀式をやっていれば、お前が男たちに情を持つ

のも仕方ないことだ。だが男たちがいくらお前を愛そうが、お前の感情は適当な所でとどめておかないとだめだぞ。

今の私だって、お前が他の男を愛するのはいやだからな」

「わかりました」

「本当にわかったのか？」

ゆりはうなずいた。

「本当か？」

ラクシュミは疑うように聞いた。

「うん。今の王様が、まんざら私を愛してないこともないってことがわかった」

「？」

言葉の言い回しがラクシュミにはよくわからなかった。

「大丈夫だよ。私、あの時の王様以上に好きな男なんて、一生でないから。あの時は、夜も昼も素敵なんだ〜」

ゆりは交わりの月のことを思い出してぽわーんとしてきた。

「目つきがずっと誘惑視線なの。」

「・・・寝るぞ」

ラクシュミはこれ以上付き合ってはられないとばかりに寝転んで布団をかけた。ぱっと部屋の灯りが消える。

「それでね、服着てもすぐ脱がそうとするんだよ。すぐキスとかしてくるし、それでね・・・」

ゆりはえんえんとしゃべり続けていたが、ラクシュミはもう聞いちゃいなかった。



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