ガーベラとサラディンの子供の火の神は、昼間はおなかの中に入り、夜になるともぞもぞと出てくることを
繰り返していた。息子と一緒に寝るのは良いのだが、朝になると所々布団が黒くなっているのが気になる所だ。
その内火事にならなければいいけど・・とそれだけは心配なガーベラだった。まだ子供なので力の調節が
うまくできないのかもしれない。
５日も過ぎる頃、待ちきれなくなったサラディンがガーベラの神殿にやってきたのだった。
「どうだ？息子は」
「まだお腹にいるわよ」
「全然出てこないのか？」
「夜になると出てくるの。まあずっとこうじゃないと思うけど・・・」
といいながらガーベラは自分のおなかをなでた。おなかは別に膨らんでいるわけでもない。
「当たり前だ。ずっとこうなら困る」
サラディンが渋い顔で言った。
雄雄しい息子を期待していただけに、内心がっかりのサラディンだった。
これでは他の神々への示しもつかない。しかも産まれたばかりなのに全然父親に懐かない。
その時クーリーフンが部屋に入ってきて、サラディンの姿を見るなり部屋を出て行った。すると腕にいたサーラが
飛んで行ったので仕方なくクーリーフンも部屋に入ってきたのだった。サーラはサラディンの近くまで飛んできて
じーっとサラディンを見ている。
「怖い顔しないでって言ってサーラ」
ガーベラが言った。
サラディンが表情を和らげると、サーラはサラディンにひっついた。サラディンが腕にサーラを抱いた。
「これくらい小さかったらまだよかったんだがなあ・・・」
「もしかしたら、外見と中身が釣り合わないまま出てきちゃったのかもよ？本当はもっと小さく産まれるはずだった
のかも。たまにそういうのあるじゃない」
「ううむ・・・」
「名前決まったの？」
クーリーフンが聞いた。
「いや、まだだ」
「まだなの？アシュラン様もやけにのんびりしてるね」
「全く腹が立つことばっかりだ」
サラディンの目が釣りあがってきたのでサーラはサラディンから離れてガーベラの方に飛んで行ったのだった。
第65話
「え？まだ名前決まってないのか？」
驚いて言ったのはハロルドだった。場所はアシュランの間で、アシュランは椅子に座って肩肘をつき、手を頬に
あてている。
「もしかしてサラディンに何か恨みでもあるのか？」
ハロルドが続けて聞いた。そうとしか思えない。名前というものは重要なものだ。それが決まらないというのは
おかしなことだ。自分の息子を呼ぶ時も「おい」とか「息子」とか呼ばねばならない。
「別にそういうわけでもないのだが・・・なぜか浮かばない・・・」
今までサラディンに散々困った思いをしたアシュランだったが、別に恨みがあって名前を決めないというわけでは
なかった。なぜかピンとくる名前が浮かばないだけだ。
「まあしばらくいいだろう。噂によればまたガーベラの腹に戻ってしまったらしいし」
「そうなのか？そんなこともあるのか？」
「珍しい事だがな。子供にはサラディンの顔が怖すぎるんじゃないのか？」
アシュランは自分で言って一人ではははと笑っていた。
「まさか」
「まあ次に火の神を見た時には決まるだろう。無理に変な名前付けるのもなんだし、とりあえず保留にしておこう」
「まだ変な名前ばっかり浮かんでたんだな」
「ああ。さすがにサラディンには言えないが・・・マイマイとかイルイルとかユルユルとか・・・ルイルイ・・」
「絶対言うんじゃないぞ」
とハロルドは念を押したのだった。
その夜、ガーベラが寝転んでいると再び、小さい火の神がもぞもぞ布団の中に現れた。
「ねえ、一緒にサラディンの所に行かない？」
ガーベラは男の子の逆立った髪をなでて言った。
「・・・」
「会いたくないの？」
「そういうわけじゃないんだけど・・・」
男の子はうなだれている。
「サラディン内心寂しがってると思うよ。せっかくできた子供が自分に寄り付かないと」
「・・・僕、お父さんが期待する息子にはなれそうにない」
「産まれたばかりでそんなこと考えてるの？あなたはあなたでいいのよ。別に無理して男らしくとか考え
なくても」
「そうかなあ。お父さんはそれで怒らないのかな？」
「怒ったって一時のことよ。自分の息子が可愛くないわけないもの」
どんな息子でも息子は息子だ。せっかく産まれてきた息子が可愛くないわけはない。
男の子は何か言いたそうにガーベラを見ていた。
「どうしたの？言いたいことがあるなら言ってごらんなさい」
「実は僕・・・」
「ん？」
男の子は顔を寄せてガーベラの耳元でぼそぼそつぶやいたのだった。
次の朝、朝っぱらから憂鬱そうな顔で広間を歩き回っていたサラディンは、ひょいとガーベラが出入り口の所に
顔を出しているのに気づいた。
「ガーベラ」
「おはよう、サラディン」
「ああ」
「あなたの息子なんだけど・・・いなくなっちゃった」
ガーベラは真面目な顔で言った。
サラディンはぽかんとしている。
「いなくなったってどういうことだ？」
「遠い夜空のお星様になった」
「・・・お前ふざけてるのか？」
サラディンが眉をひそめて言った。冗談にしては度が過ぎる。
「代わりに・・・おいで」
ガーベラが横に移動して、もう一人横に子供が現れた。サラディンの目が極限まで見開かれた。
横にいたのは、赤い髪、赤い瞳の女の子だったからだ。女の子の髪は肩くらいまでで左右にぴょんと跳ねていた。
クリーム色の衣服を着ている。
女の子はおずおずとサラディンを見ていた。
「一体どういうことだ？」
サラディンはぼんやり突っ立ったまま聞いた。
「どっちで産まれるか迷ってたんだって。そしたらあなたが息子って言ったものだからとっさに男の子で産まれ
ちゃったみたい。でもやっぱり私と同じがいいんだって。だから女の子に変わったの」
「・・・」
サラディンは唖然としていた。
「ごめんね。お父さん」
女の子は申し訳なさそうに言った。
「別にいいでしょ。男でも女でも」
ガーベラがとりなすように言う。
「・・・そうだったのか。それは、悪いことをしてしまったな・・・」
サラディンは二人に近づいた。そしてじーっと女の子を見たのだった。顔立ちは眉毛が前より細くなっている程度で
男の子の時とそんなに大差はないようだ。
この顔なら女の子の方がしっくりくるかもしれない。
「息子でも娘でも、別にどっちでもいい」
そうサラディンが言った。
「本当？男の子がよかったんじゃないの？」
「女の子でもいい。」
サラディンがそういうと、女の子は微笑んだ。かわいらしい笑顔だった。ようやく子供の笑顔が見れたような
気がした。
「よかった」
「かわいい娘だ。さっそくヒルデリアに名前を決めてもらおう」
「はい」
「行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
女の子はサラディンと手をつないで飛んで行ったのだった。
ようやく親子らしい関係になれたようだ。
「よかったよかった。ね」
ガーベラは廊下にいた妖精達に言った。妖精達も心配して集まっていたのだ。
「はい、よかったです」
「これで今日からこの神殿も明るくなりますね」
妖精達もうれしそうだった。
空の神殿にいたヒルデリアは、サラディンと一緒にいる女の子を見て目を丸くした。
「女の子に変わったんだ。ヒルデリアが名前をつけてくれ」
サラディンがヒルデリアに言った。ヒルデリアは微笑んだ。
「そちらの方があっておるようじゃ。ルティアナ・・・ルティアナはどうじゃ？」
「ルティアナ、かわいい名前だ。な」
「はい。」
女の子の名前はルティアナに決まった。
「よろしくお願いします。ヒルデリア様」
ルティアナがちょこんとスカートのすそを持って挨拶し、ヒルデリアは慈愛に満ちた表情で「ようこそ神の国へ」
と言ったのだった。
話を聞いたアシュランがやってきて、ルティアナを見るなり言った。
「ほら、私が言った通りだ」
「・・・お前何か言ったっけか？」
とサラディンが聞いた。
「言わなかったか？名前が浮かばなかったのはどうせ不要になるからだったんだな。かわいい子じゃないか。
父親に似なくてよかったな」
アシュランが微笑んでいい、ルティアナが「はい」と返事をしたのでサラディンのこめかみの辺りが引きつった。
「大きくなったらさぞかし美人になるぞ」
「本当ですか？」
ルティアナの目が輝いている。
「ああ、本当だとも」
「帰ろう。じゃあな。ヒルデリア」
サラディンはヒルデリアだけにいい、ルティアナの手を引いてそそくさと出て行った。
火の神殿に戻るとガーベラはもういなかった。「後でまた来るからね」と妖精がガーベラの伝言をサラディンに
伝えた。
「あーよかったあ。私大人になってお父さんに似て目つきが悪くなったらどうしようかと心配してたんだー」
ルティアナは両手を合わせてほっとした顔で言った。
「・・・私はそんなに目つき悪くないだろう」
サラディンはむっとしている。
「悪いよう。ねえ」
ルティアナは側にいた男の妖精に同意を求めるように聞き、妖精は困った顔をした。
「私大きくなったらお母さんみたいな美女になりたいの。胸もこーんな大きくて腰はこんなきゅってしてて
お尻はぼん。がんばろー」
ルティアナは両手で説明するように形を作っていた。
「お前・・・せっかく火の神で産まれて他に興味はないのか？」
サラディンはまるで宇宙人でも見るような目で自分の娘を見た。
「だってえ、女の子だし・・・えへ」
「・・・」
「お父さんったら眉釣り上がってるーほらすぐ怒って目つき悪くなってる」
「・・・」
「あの、とりあえず・・・火の神らしい衣装を用意しましたので着替えましょう」
部屋にやってきた女の妖精が助け船を出すように言った。
「はーい。可愛い服だといいなあ」
ルティアナは女の妖精についていった。
「・・・娘ってのはよくわからん。どこの娘もああなのか？違うだろ？」
サラディンは首をかしげつつ男の妖精に聞いた。
「・・・私にもわかりませんが・・・まあかわいらしいですし、別にいいんじゃないでしょうか」
妖精は返答に困ったもののそう言った。
「最初の時よりも明るくなられてますし。明るい方がいいですよ」
「・・・外見は火の神でも中身はガーベラに似たんだな。そうに違いない」
サラディンはぶつぶつ言っていた。
長い間子供というものに縁がなかっただけに、一応子供の理想像のようなものがあったのだが、どうも大きく
ずれているような気がする。
まああのままガーベラにべったりの時よりはましだが・・・
その時ガーベラがぱっと広間に現れた。クーリーフンも一緒だ。
「あの子の名前決まった？」
「ああ、ルティアナだ」
サラディンは不機嫌そうに言った。
「どうしたの？眉吊り上げて」
「・・・別に」
「あ、おかあさーん、見てみてー」
広間に入ってきたルティアナはガーベラの前でくるりと回った。赤い服のすそがふわりと舞い上がった。
「あら、とってもかわいいじゃない。良く似合ってるわよ」
胸元に赤い布で作った花の飾りがついていた。耳の上の方にも赤い花の飾りをつけている。
「かわいいかわいい」
「本当？」
「ええ」
「私もお母さんみたいな腰帯が欲しいなあ・・・」
「そう、じゃあかわいいの作ってもらいましょう」
「わーい」
二人はきゃははと笑っている。
「・・・サラディンの眉がもっとつり上がってきてるよ」
クーリーフンがぼそりと言った。
「どうしたの？可愛い娘でうれしいでしょ？」
とガーベラ。
「私他の兄弟に会いたいなあ。連れて行って」
ルティアナがクーリーフンに言った。
「いいけど、頼むから僕の羽焼かないでね」
「うん」
ルティアナは「いってきまーす」と言ってクーリーフンと一緒に出て行ってしまった。
「・・・娘ってのはどうなってるんだ。さっぱり分けが分からん」
サラディンはガーベラに言った。
「そう？」
「男の子の時と性格がかなり違うじゃないか！」
「あの子らしくなったってことよ。いいじゃない」
「中身はお前にそっくりじゃないのか？」
「私にそっくりなら可愛くていいじゃない」
ガーベラは真顔でいい、サラディンは返す言葉もなかった。
「はあ・・・母親をお前に選んだのがそもそも・・・」
「何か言った？」
「いいや。何も」
「本人が楽しんでるならそれでいいのよ。というわけでサラディン、あの約束守って」
ガーベラがにこりと微笑んだ。
「なんの約束だ？」
「子供ができても私を抱くって言ったじゃない。お祝いに今から抱いて」
「・・・い・・・今から？」
「だってお祝いだもーん」
広間にいた男の妖精はささっと姿を消した。
「今はそういう気は・・・第一そういう約束だったか？」
「あ、子供産まれたらさっさと捨てる気だ」
ガーベラが横目で睨んだ。
「そんなことはない」
「じゃあ一杯愛して。」
ガーベラは強引にサラディンを寝室に引っ張っていき、
「これからは子供の事は関係なく私を愛してね」
と言ってサラディンに引っ付いたのだった。
あれでよかったのか悪かったのか・・・
複雑な思いのサラディンだったが、ガーベラにひっついて「愛してる」と言われると、やはり可愛いと感じてしまい
サラディンはそのままガーベラを抱いたのだった。
「ありがとう。お兄様、とっても楽しかった」
火の神殿に戻ってきたルティアナはかわいらしくクーリーフンに言った。
「・・・・」
クーリーフンはちょっと引きつった笑みを浮かべている。
クーリーフンは上半身裸になっていた。翼は焼かれなかったが上の布が焼かれてしまったのだ。
「お兄様やっぱり怒ってる？」
「怒ってないけど、力を制御できるようになるまでだっこしたくないなあ・・・」
「やっぱり？ごめんね」
「しばらくお父さんについて修行してね」
「はーい・・・」
クーリーフンは神殿を出て行った。ルティアナが広間に行くとサラディンはいなかった。
「あれ？お父さんは？」
「ガーベラ様とお部屋の方です」
妖精が答えた。
「そうなんだ。私お母さんだーい好き。どうしてあんな怖い顔のお父さんと引っ付いたのかなあ。謎だなー」
「サラディン様はいい男ですよ」
「そうだけど・・・すぐ怒るんだもの。お母さんには優しくしてるかな？」
「優しくしてますよ。とっても」
「そうだといいなあ。お母さんとずっと仲良くしてほしいな」
ルティアナはニコニコして言った。
「サラディン、もっと火の神らしく熱烈に愛して！」
「これでも熱烈だと思うが・・・」
「いや、もっと！もっともっと！」
ガーベラはサラディンに抱きついて唇を覆った。熱烈な愛の抱擁にサラディンの方がたじたじになっている。
「私のこと愛してる？」
「ああ、愛してる」
「本当に？」
「ああ」
「うれしい」
ガーベラは微笑んだ。
「結局私も恋人の一人になってしまったんだな」
「うん。まあそうだけど・・・嫌なの？」
「それはもういいんだが・・・一つだけ頼みがある」
サラディンはガーベラの髪をなでながら言った。
「なあに？」
「次は私に似た男の子を産んでくれ」
サラディンは祈るような気持ちでそう頼んだのだった。
番外編へすすむ 66話にいく