「おかあさ〜ん！」
後方から声が聞こえてきて豪華な金色の巻き毛の女神が顔を向けた。一頭の真っ白なペガサスが飛翔してくるのが見える。
そしてペガサスの背中にベージュの布をまとった２人の男の子が乗っているのが見えた。
「えー？あれ？もしかしてジェイク？」
女神は前の方に乗っている少し日に焼けた肌の男の子の顔を見て素っ頓狂な声をあげた。ペガサスが地上に降りて、乗って
いた２人の男の子が地上に降りてきた。後ろの方から降りてきたのは紫の髪のアマンザだった。そして金色の短髪の男の子
はアマンザと背格好が大差ない。腰に剣を差し、ハロルドを少年にしたような外見だった。
「驚いた。しばらく見ない間に大きくなったねえ」
女神ガーベラに入り込んでいたゆりは目を見開いてジェイクをまじまじと眺めた。人でいえば２人とも１５歳くらいだろうか。
並んでみると女神の背とあんまり変わらない。ジェイクはハロルドの息子だけあってアマンザよりも筋肉がついていて
たくましく見えた。
「やだなあ、この前も同じ様に驚いたばっかりなのに」
ジェイクが不思議そうにいった。
「そうだっけ？だって何度見ても不思議だから」
ゆりはあわてて言い訳した。
「キュリアも大きくなったんだっけ？」
「ううん。姉さんは大きくなりたがってたけど、父さんがだめだって言ってさ」
とジェイク。
「女の子にはゆっくり大きくなって欲しいもののようだからね」
横にいたアマンザが笑って言った。
「そうね。大きくなったらなったで何かと心配だもんね」
ゆりが同意するようにうなずいた。娘に変な虫がついては大変とハロルドなりに心配しているようだ。
「ところで２人でどこに行くの？」
「僕は東の農園に送ってもらう所だよ。」
とアマンザ。
「そうなの」
「じゃあまたね、母さん」
「うん。またね」
２人は再びペガサスにまたがり、ペガサスは真っ青な空を飛び立って行った。
神様は知らない間にぱっと大きくなるから不思議ね。
子供達よ、元気に育て〜
ゆりはにこやかに草原を歩いて行った。
第14話
虎族のタロウが国に帰ってしまい、蛇の国の城も日常を取り戻していた。暦は１０の月に入っている。
「お兄ちゃんまたこないかなあ・・・」
好きなだけ遊んでくれるタロウがいなくなり、ロイはちょっと寂しそうだった。
「大きくなったら虎の国に遊びに行けばいいじゃない」
昼食の時間である。食堂で子供達とゆりが食事を食べている最中だった。
「僕トラ見たい」
「わたしも！」
とナナミが言った。
「ナナミは多分だめだろうけどねー」
とアナスターシャ。
「なんでー？？？」
「女の子は虎の国にいけない決まりなの」
アナスターシャがそういうとナナミは不服そうに唇を尖らせていた。
「ああ、もう少しでお祭りねー、楽しみだなー♪」
ゆりの左目が蛇の目に変わっていた。ご機嫌の様子だ。
「街に出ちゃだめだよー。祭りの時期は敵も街にやってくるかもしれないから」
とラギ。突然変わるのはいつものことなので、子供達も驚く様子もない。
「わかってるわよー」
「じゃあなんでそんなにうきうきしてるの？」
「内緒」
ゆりはパンにバターをつけて口にいれた。
夜の祭りの時期、ザクート王が現れるかもしれない、という話は子供達にはしていない。１００パーセントの確証は
なかったからだ。もし現れなかったとしても、今までにない体験ができそうなのでそれはそれで楽しみだった。
ゆりの左目が黒目に戻った。ゆりは普通にご飯を食べている。これも毎度の事なので子供たちも全く気にしてない。
「あ、そーだ、母様エルバートは恋人にするの？」
シスに突然聞かれてゆりが目を瞬いた。
「エルバートってあの水色の髪の美男子君のこと？しないわよ。何よ突然」
「今朝他の人に聞かれちゃったからさ」
「みんな何考えてるのよ。あれだけいれば十分ですよ」
「今日エルバートから気もらうんでしょ？」
「そうだけど、なんで知ってるのよ」
ゆりが渋い顔をした。最近ミカエルらが遊びに来ないところを見ると、皆忙しいようだ。その上３日ほど前から気が一杯
欲しい状態になっていたのでエルバートにも頼んだのだった。こっそり頼んだつもりだったのにすっかりばれていたようだ。
「気をもらうだけでやましい気持ちはぜーんぜんないよ」
「恋人にするってやましいの？」
アナスターシャが聞いた。
「・・・・」
「でも恋人が９人になるんならもう一人増やして１０人にしてほしいなあ。９という数字はあんまり縁起がよくないし・・・」
ラギがぶつぶつと言い出して、
「今度余計な事言ったらひっぱたくからね」
ゆりにじろりとにらまれたラギは沈黙したのだった。
これ以上恋人はいいよ。
・・・・シャナーンの時はそういいつつも結局恋人にしちゃったけれど・・・
儀式の人数が増えるのは勘弁してほしい・・・
自分が望めば恋人の数は増え放題だが、そこまで男好きではない。
と思ったが、これだけ恋人がいれば十分男好きの部類に入るよ、と誰かから突っ込まれそうだ。
部屋に戻ると侍女達の顔も妙にうきうきしていた。
「もしかして・・・あなた達も変な期待してないよね」
ゆりが横目で聞いた。
「変な期待ってなんでしょうか？」
「エルバートが来るって言っただけで皆の目が輝いてるからさあ」
「そんなことはないですわ」
「ただ・・・エルバート様が恋人になったら、シャナーン様が気が気じゃないのかなって思っただけですわ」
と２人の侍女がにこやかに言った。
「でもシャナーン様に嫉妬されるってのも素敵」
「何考えてるんだか」
「他にも結構かわいい子がいるんですよ〜」
「この前見かけた若い戦士もかわいかったですわ〜１０人目の候補にどうでしょうか」
「いや・・・１０人どころか９人にもならないから」
ゆりの言葉は聞いてないのか、二人の侍女はうれしそうな顔で戦士達の噂をあれこれ言っていた。蛇の一族には美形が多い
ので、そりゃ顔のいい男の子も多いだろう。子供達もぞくぞくと大人になっている。実際、「あらかわいい」と思う若い子も
一杯いる。
そろそろミカエルらの人気も落ちてるのかも？そう思ったゆりは侍女に聞いてみた。
「ちなみに今現在あなたたちのお気に入りってだれ？」
「それはミカエル様ですわ」
「ミカエル様です」
２人とも笑顔でそう言った。
「そうなんだ。ミカエルってまだ人気あるんだね。」
「だって外見も素敵ですし、力もお強いし・・・ミカエル様って非の打ち所がないですもの」
「そうかなあ・・・」
ゆりは首をひねったが、もう一人の侍女も「ミカエル様が一番素敵です」と言ったので、ミカエルは侍女らには根強い人気
があるようだ、とゆりは感じた。
「やるじゃない、ミカエル。」と心の内で思っている。
ちなみにミカエルが一番侍女らに贈り物をしているせいだとは、未だ気づいていないゆりだった。
そうこうしているうちにエルバートがやってきて侍女らは気をきかせて去って
行った。
「こんにちは。王妃」
「こんにちは。エルバート」
恋人問題はともかくとして、男性から初めて気をもらうというのは恥ずかしいものだ。以前エルバートに気をもらったのは
もう一人のゆりの時だったので今のゆりは知らない。
エルバートは以前と同じ優しい穏やかな表情でゆりに微笑んだ。
「最近皆忙しいみたい？」
「そうですね。余計な事をする輩が多くて、上級の方々は多忙のようです」
エルバートがゆりに近づいてきて言った。
「余計な事って？」
「蛇の一族を呪う言葉を書いた紙が大量に発見されまして、その始末におわれているんです」
「まあ・・・」
「呪詛状と呼ばれるものなんですが・・・紙自体にたいした効果はないのですが、不吉なものなので・・・」
「嫌なことする人がいるねえ・・・」
呪詛状は街中や森、あちこちで見つかったために、戦士達がみんなであちこち探し回り大掃除したという。どんな紙か
見てみたいと思ったゆりだったが、きっと見せてはくれないだろう、そう思い、言わなかった。
「王妃はそんなことは気になさらずに、今日は私の気をもらってください」
「うん。じゃあお願いね」
ゆりはエルバートの横に座ってちょっと遠慮がちにひっついて気をもらった。
話を聞くところによると、エルバートは北の砦配属でシャナーンとは子供の頃から親しかったらしい。
「シャナーンは本当に子供の頃から勉強熱心で、強くなりたいという思いも誰よりも強くもっていました。」
「そうなんだ・・・目に浮かぶなあ・・・シャナーンって見かけは冷静だけど心は熱いんだよね」
「はい」
エルバートがにこりと微笑んだ。
どうやらエルバートはシャナーンのことをとても尊敬しているようだった。今ではたまに古代語を教えてもらったりも
しているようだ。
「エルバートは古代叙事詩勉強してるの？」
「はい、ユリウス様が砦で定期的に勉強会を開いていらっしゃいますので、時間があれば参加しています」
「へーユリウスが教えてるんだ」
身体を使う仕事は禁じられているユリウスは、仕方なく教師役として働いているようだった。
「覚えてる所ちょっと歌ってみて」
「え・・・」
「ちょっとだけでいいから」
ゆりが頼むと、エルバートはちょっと頬を赤らめて、古代語の歌を歌ってくれた。
あら、素敵な歌声。
ゆりはしばらく目を閉じて聴いていた。
エルバートって真面目そうで私を愛してるってわけでもないし、そういう雰囲気にはなりそうにもないわね。
それはそれで気楽でいいや。
エルバートが覚えている所まで歌い終わりゆりを見ると、ゆりはなんとすーすー寝息をたてていた。すっかり眠って
しまったようだ。
エルバートはくすりと微笑んでそのままじっとしていた。
ーきゃは、きゃは、きゃはは
「ん？」
エルバートは部屋の中を見回した。
赤ん坊の笑い声のようなものが聞こえた気がしたのだ。
ーきゃはは、きゃはは
やはり笑い声が聞こえる。
「うわっ！」
エルバートは驚きの声をあげた。ゆりの体の辺りから、白いふわふわした物体が浮いてでてきたのだ。それは３０センチにも
満たない大きさで、おぼろげだったが、赤ん坊のような形をしていた。
「まさか・・・」
その物体はふわふわ部屋の中を飛んで離れていく。
「あ！」
エルバートはとっさに立ち上がりその赤ん坊らしきものを両手で抱きとめようとした。するとエルバートにもたれていた
ゆりの体がずるりとソファに横たわった。
「あ！あ！」
エルバートはゆりを見たが赤ん坊の方を優先しようと思い、ふわふわ飛んでいく赤ん坊を追っていった。
「待ってください！」
ーきゃ、きゃ、きゃ
手足をぶらぶら動かしているのが見える。
そうだ、王にお知らせせねば！
エルバートはあわててラクシュミに思念を送りつつ赤ん坊を捕まえようとしたが、そのつど逃げられてしまった。
「どこに行くんですか？待ってくださーい」
ようやく捕まえたと思ったら、赤ん坊はふっと消えてしまった。
「え！そんな！」
辺りを見回しても白い赤ん坊の姿は見えない。瞬間移動でどこかに行ってしまったようだ。
「大変だ！」
ー赤ちゃんどこ？
その時アナスターシャから思念が届いた。
ー瞬間移動でどこかに行ってしまったんです。
エルバートが思念を返した。
ーえー！赤ちゃんってなんで追いかけっことか好きなんだろうなあ・・・
アナスターシャのため息交じりの思念が聞こえてきた。
ーこっちにはいないよー
ー庭園に出ちゃったのかなー？？？
ー赤ちゃんどこー？？？
こうしてゆりの子供達や城にいた戦士達を交えての赤ん坊探しが始まったのだった。
「うーん、気が探りにくいなあ・・・」
王の間ではラクシュミがゆりのおなかから出たという赤ん坊の気を探っていたが、どうにもよくわからなかった。
「元気な御子様のようですなあ」
横にいたザメハが感心するようにいった。
「遠くには行ってないとは思うが」
ーきゃは。きゃはは
「あ」
「あ」
王の間に白い物体がぱっと現れた。
ラクシュミがぱっと移動してその物体を両手で捕まえた。
「あんまりゆりから離れたらだめじゃないか」
ーきゃはは
赤ん坊は機嫌がよさそうに手足をぶらぶらと揺らしていた。
「性別はまだわからないようですなあ」
ザメハが赤ん坊をしげしげと眺めた。全体的にぼんやりしすぎてよくわからない。
「さあ、ゆりのところに戻ろう」
ラクシュミがそう言った時、赤ん坊はぱっと消えてしまった。
「あ・・・・」
ーハザーク！そっちに赤ん坊が行ったぞ！捕まえてくれ！
赤ん坊が塔の方に飛んでいくのを感じたラクシュミはハザークに思念を送った。
ん？
その時ハザークは大蛇のままベッドでとぐろを巻いていた。
赤ん坊とは誰のことだろう？そう考えていると胴体の上に白い物体が乗ってきた。
ーきゃはは
赤ん坊？？？
ーきゃっきゃっ
白い物体は手足らしきものをばたつかせていたが、やがて動かなくなった。
ハザークは人化して白い物体を抱き上げてみた。感触は全くなかったが抱き上げることができた。だがぴくりとも動かない。
ー王、全然動かなくなったぞ？？？これが赤ん坊なのか？
ーん？
ラクシュミが瞬間移動で部屋に飛んできた。
「どれ」
だっこしてみたが気の力を感じる。
「どうやら寝たようだ」
ラクシュミがほっとしたように言った。
「そうなのか」
ハザークは不思議そうに赤ん坊を見つめていた。
ラクシュミがゆりの部屋に移動すると、ゆりは体の上半身がソファから転がり落ちてうつぶせのまま片方の足だけソファに
乗っているという格好で寝ていた。
「なんて格好で寝てるんだ・・・」
ラクシュミが呆れたように言い、とりあえず白い赤ん坊をゆりのおなかに近づけるとそれはすっとゆりの中に入って行った。
「父様！赤ちゃんは！？」
その時上の３人の子供達とエルバートが部屋に入ってきた。
「もう戻してしまった」
ラクシュミがそういうと子供達は皆残念がった。
「エー見たかったのにー！」
「しかし、母さんったらすごい格好で寝てるなあ・・・」
「すいません。私のせいです」
エルバートはあわててゆりの身体をソファの上に乗せた。
「父様、女の子？男の子？」
アナスターシャが興味津々で聞いた。
「まだ分からなかったぞ」
「なんだー」
「元気に育ってるんだね。よかった」
シスが微笑んだ。
ソファにあげられたゆりはなにやら良い夢でも見ていたのか笑みを浮かべていた。
「うーん・・・・うふふ・・・王様ったら、今日はいつになく激しいんだから・・・むにゃむにゃ・・・」
ゆりの寝言にラクシュミの顔が引きつった。
エルバートは瞬きし、ラギは頬をぽりぽりとかき、アナスターシャとシスはきょとんとした顔をしていた。
「ねえ、父様、母様何の夢見てるのかな？」
アナスターシャが無邪気に聞いた。
「知らん」
ラクシュミはそういい残して姿を消してしまった。
「それでは私はこれで」
エルバートは笑みを浮かべて去っていき、アナスターシャがラギを見ると、ラギも困ったように首をかしげて部屋を出て
いってしまい、残ったアナスターシャとシスは顔を見合わせたのだった。
次の日の朝、北の砦でエルバートを見かけたシャナーンが笑顔で近づいてきた。
「昨日王妃のおなかの中の御子様が現れたそうだね」
「ええ、そうなんですよ。」
「いいなあ、私も見たかったなあ」
シャナーンがうらやましそうにいった。
「性別は分かったの？」
「いいえ、どちらかはわかりませんでしたが、かわいらしい御子様でしたよ」
エルバートが微笑み、シャナーンも「そうだろうなあ」と同様に笑みを浮かべた。
「それはそうと・・・本当に王妃にその気はないんだろうね」
シャナーンが真面目な表情で聞いた。
「はい、それに私の場合は赤い月の方が先ですよ。」
「そうだけど・・・あんなに美しい王妃の側にいて何とも思わないなんて・・・」
シャナーンの言葉に、エルバートは思わずゆりの昨日の寝言を思い出しておかしくなってしまった。
「なんだい？」
「いいえ。本当に楽しい王妃様ですね。お子様がお産まれになるのが待ち遠しいです」
「そうだね」
本当に赤ん坊の笑い声を聞くのはいつの日か。
２人は笑みを浮かべて別れたのだった。
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