「ああ、今日はつまらない日だ・・・・」
神の国で愚痴っていたのはオレンジ色の長い髪の持ち主、太陽の神アリアスだった。今日は日蝕の日。
太陽が月に隠されてしまう日である。
いくら月の女神が自分の妹でも、だれかの後ろに隠れるというのは彼にとっては面白くはなかった。
今日は人間界でも昼間っから盛大に月の女神や夜の神への祈りが捧げられる日である。今日ばかりは太陽の
神殿へ参る信者の数もわずかだろう。アリアスの頭の周りにある太陽の飾り物も、心なしかいつもよりも
色あせている。
「そう？今日ほど面白い日はないと思うけどね」
ソファに横たわるアリアスを見下ろしながら、にんまり笑っていったのは慈愛の女神ダーナだった。
「なんといってもあんたがへこんでるのは日蝕の日くらいだし。もっと頻繁にあればいいのに」
「冗談じゃない。」
アリアスが顔をしかめていった。
「じゃあ私は宴会に行ってこようっと。アリアスは行かないの？」
「私は明日の朝まで寝てる」
「そう、じゃあね」
ダーナは太陽の神殿を出て行った。今日は神々が集まって日蝕を見ながら酒を飲んだり踊ったり楽器を奏でたり
といった集いがあるのだ。人間界と同じく、神々の世界でも同様にお祭りのようなものがあるのだった。
そんな集いにうれしそうに参加する気にもなれないアリアスは、寝室に移動してベッドの上で横になった。
「まったくもってつまらない日だ」
そしてもう一度愚痴ると目を閉じたのだった。
神々の世界で見える太陽も、少しづつ欠けていた。
空を飛んでいたクーリーフンは、額に淡く輝く丸い飾りをつけた黒髪の双子と出くわしたのだった。
「やあ、ティラ、ティカ、これから人間界に行くの？」
クーリーフンは微笑んで聞いた。今のクーリーフンは大きくなっている。
「そうだよ。人間界で日蝕を見るんだよ」
「いろんな国に行く予定」
星の神達がいった。２人とも産まれた時よりも少し大きくなっている。オルガとガーベラの子供だけあって、
白い肌、綺麗な顔立ちをした男の子達だった。
「オルガはいかないの？」
「お父さんはもう少し暗くなってから人間界に降りるんだって」
１人が答えた。
「そう」
「クーリーフンは今日はずっとこっちにいるの？」
「わからないけど、気が向いたらいくかも」
「そう、じゃあね」
「じゃあね」
「またね」
クーリーフンはそういって２人と別れた。
広い草原では円状に布や長椅子が置かれて、酒樽や果物などが運ばれていた。やがて神々が集まってきて、
アシュランとヒルデリアが姿を現した。
「さあ、宴会を始めよう。麗しい女神達よ、歌え、踊れ」
アシュランの号令で楽の女神達が楽器の演奏を始めて、日蝕の元、神々達の宴会が始まったのだった。
第16話
日蝕が始まり太陽が隠れ始めると、各街に用意されていたちょうちんに灯がともりだした。
大きな街では楽団がやってきたり、大きな通りに屋台が並んだりと、どこの街もすっかりお祭りモードだ。
街の人々は浮かれていたが、戦士達まで浮かれるわけにはいかず、絶えず不審人物がいないか、警備に
追われていた。
ゆりに振られたミカエルも、北の大きな街に現れていた。今日の仕事は夜からだったのだが、暇になったので
やってきたのだ。ミカエルの２人の子供達は、とっととお祭り見物にどこかの街に行ってしまっていた。
屋台が並ぶ通りには大勢の人々が行きかっていた。みんなうれしそうな顔をしている。ミカエルはうろうろと
辺りを見回しながら通りを歩いていた。ザクート王がやってくるかも、と聞いてからどうにも落ち着かない。
まあ、いらっしゃると決まったわけでもないし・・・
屋台には変わった飾り物やお菓子なども売られていた。他国からやってきた商人達だろう。
留守番の王妃になにか土産でも持っていこうかな。
ミカエルがそう思いつつ一つの屋台に近づいた時、屋台に取り付けてあった四角い手鏡にふと目がいった。
飾り物を付けてみるための鏡なのだが、自分の顔の横に銀髪の恐ろしく美しい男の姿が見える。
「げっ！」
『また借りるぞ』
声は脳裏で聞こえて、拒否する間もなく、ミカエルは意識を失ったのだった。
屋台にいた売り子の女性がミカエルを見てぎょっとした。ミカエルの瞳は金色に輝いていた。
「あれからどのくらいたったのやら。取りあえず、恋人達に会いに行ってみよう」
そういって、ミカエル、いや、ミカエルに入ったザクート王は姿を消したのだった。
一方、アナスターシャら子供達は南の方にある大きな街にいた。目立つ一行なので人々の注目を浴びていたが
本人達は気にする事もなく屋台で買い食いしたり人形を自由に踊らせる見世物を見たりして楽しんでいた。
落ち着きがないロイはしっかりとシスに手をつながれている。
「ねえ、母様に何かもっていってあげようよ」
アナスターシャが言った。
「そうだね。何がいいかな」
シスとラギが屋台をうろうろ見たとき、空からぱらぱらと白い物が落ちてきた。
「なんだろう？」
それは紙のようだった。
ラギがその紙を手に取ってみた。白い紙はあちこちにふってきている。
『この国が滅びるのも間近。蛇という蛇は全てこの世から姿を消すだろう』
紙にはそんな文字が書かれていた。
「これは・・・」
「やだー何これ」
アナスターシャが違う紙を見た。そこには
『王の寿命は後一年。お気の毒』
と書かれている。
「呪詛状ですね。」
ハインリヒが冷静な顔でいった。
「敵捕まえたって聞いたけど、まだいたんだ」
シスがいった。
「こういう敵はいくら捕まえてもキリがないんですよねー」
同じように紙を見た街の人々がざわついてきた。せっかくの楽しい祭りが台無しだ。
「性格悪いわよね。こんな事するなんて」
アナスターシャはその紙をくしゃっとつぶした。この紙自体に魔法がかかっているわけでもなく、単なる紙に
すぎないのだが、しょっちゅうこんな紙が振ってくれば、もしかしたらこの国はやばいのかも？という気に
させられるものだ。
「僕らもう帰るから。ハインリヒ敵捕まえてよ」
シスが言った。
「そうですか。なら城まで送ってから戻りますよ」
ハインリヒがいい、一同は城に向って瞬間移動したのだった。
「あーまたこれだ！」
「また掃除かよ！」
同じ街にいた戦士達はぶーぶーいいながら紙の回収をはじめ、フリットが紙をばらまいた敵を追っていた。
敵は１人で街を出て森の方に逃げて行った。フリットは味方に思念を送りながら敵を追い、そして追い詰めた。
「さて、観念してもらおうか」
フリットは間合いをつめながらいった。敵はフリットの腰辺りまでしかない背丈で異様に大きな鼻をした
老人だった。眉毛も白く顔にはいくつものしわがある。頭の上には赤い房がついた毛糸の帽子をかぶっていた。
服も赤に白の水玉というやけに目立つものだ。
どういう種族なのか、フリットはすぐにはわからなかった。
「参った参った。降参降参」
男は両手を上に上げて見せた。
「降参するから殺さないでおくれよ」
「そういわれても無理だな。お前１人か？仲間は？」
「１人だよ。おとなしくするからさ。さ。」
今度はぺこぺこ頭を下げている。どうにも憎めないかんじだ。
「命令されて仕方なくやったんだよ。紙ばらまいたくらいで殺さないで」
「うーん」
「おわびにいいものあげるよ」
「いいもの？」
男の手には何かが握られていた。フリットがそれに注目した時、体がそれに引き寄せられて、吸い込まれてしま
った。
「！？」
思念を送る間もなく。
男の手にあったのは赤い小瓶だった。フリットはそれに吸い込まれてしまったのだ。男は小瓶の蓋をしめた。
「後３人」
男はにんまり笑って姿を消したのだった。
一方小瓶へと吸い込まれてしまったフリットは、そこで見知った仲間の顔を見たのだった。
「ヴィラ！こんな所で何してるんだ！」
目の前にいたのはヴィラだった。
「何してるんだといわれましても・・・」
ヴィラがため息混じりにいった。
「助けにきてくれたわけじゃないようですね」
「・・・お前も？」
「仲間が増えてうれしいという状況じゃないなあ・・・」
その少し前、ヴィラも男に出会い、小瓶に閉じ込められていたのだった。
「どうなってるんだこれ！」
フリットがぐるりと取り囲んでいる赤い壁をたたいた。だがびくともしない。
「無理ですよ。思念も通じないし、力も使えないんです。どうやら男がもっていた瓶か何かに閉じ込められた
ようですよ」
「え？！それってどういう魔法なんだ？」
「さあ」
「・・・・」
フリットは念のため思念を送ってみたが、返答は全くなかった。
腰の剣を抜いて斬ろうとしたが瓶はびくともしない。
「このままだとどうなる？」
フリットがヴィラに聞いた。
「龍の国に連れて行かれて拷問のフルコース？」
ヴィラの言葉にフリットの頬が引きつった。
「冗談じゃない！」
「私だっていやですよ。どうせ死ぬならこの国で死にたい」
「国を抜けるまでに誰か気づくだろう」
「だといいですけどね・・・」
言い合いながらも脱出する方法をいろいろ考えていたフリットだったが、何にもいい案が浮かばなかった。
２人が大きなため息をついた時、目の前にぽんと人が現れたのだった。それはイシュタールだった。
イシュタールは２人を見て驚いた。
「２人とも、一体何してるんだ！？」
フリットとヴィラはもう一度ため息をついた。
「そうか我々の弱点は人が良いってことなんだな・・・」
ヴィラはそうつぶやいたのだった。
敵を追っていた３人の思念が途絶えたことで、他の戦士達も何かおかしいと思い始めていた。
そしてそれは王の間にいるラクシュミにも伝えられた。
「確かに思念が返ってこないな・・・」
「どうしたんでしょう」
たまたま王の間にいたフレイが首をかしげた。
「うーん・・・」
敵の男はさほど力がある男ではなかったので、ラクシュミの敵探知にはひっかからなかった。
「今度は北の方で嫌がらせの紙がばらまかれたらしい」
ラクシュミが他の戦士から思念を受け取りつついった。
「敵も暇ですな。あんな紙をちまちま製作するなんて・・・」
フレイも呆れ顔だ。
「全くだ・・・だが、それとこれが関係あるのかどうか・・・」
ラクシュミは絶えず様々な戦士と思念のやりとりをしている。だがフリットとヴィラとイシュタールの姿が
どこにも見えないようだ。
「ミカエルはどこにいるんですか？」
フレイが聞いた。
「そうそう、ザクート王がしばらく身体借りるって思念を送ってきた」
「ええ！？」
「よっぽど墓の中は退屈らしいな」
「はあ・・・」
その頃、怪しい赤い服の小男がいる、との情報があちこちに飛び交っていた。ハインリヒや他の戦士達も
その男を捜してあちこち飛び回っている。
その間にも日蝕は進み、太陽は半分以上月の影に隠れていた。
ハインリヒは北の街のはずれの建物の影で赤い服の小男を発見した。そして男を追い詰めていた１人の戦士が
すっと何かに吸い込まれるのを見たのだった。
あれは・・・
ハインリヒは去って行こうとした男の前に移動した。
「おい、待て」
「あらら、こりゃいい男さん、何か用かい？」
男は悪びれる様子もなくハインリヒの顔を見た。
「用かいじゃない。お前さっき何をした？」
「何の事かな？」
「戦士を何かに吸い込んだだろう。出せ」
「ああ、あれかい？ほい」
男はとっさに小瓶の蓋を取りハインリヒに向けた。ハインリヒは瞬時に男の後ろに移動し、後ろから男の
手をつかんだのだった。
「げっ！参った参った！こうさ・・・ん！」
ハインリヒは最後の言葉を聞く間もなく、指の先に鋭い魔法の光線のようなものを出して男の首を飛ばして
いた。男の首がごろりと落ちて、ハインリヒは男の手から小瓶を奪ったのだった。身体がばたりと地面に倒れ
た。
「解除の魔法がないとそいつらは出てこないぞ。ばーか！」
落ちた首から声がした。
「解除の魔法？」
小男はそれっきり目を閉じて死んでしまった。
「解除の魔法・・・ちょっと殺すの早かったかな？」
ハインリヒは小瓶の蓋を取り、瓶を逆さにしてみた。だが、吸い込まれた戦士は出てこなかった。
「うーん。前の時代に読んだ書物にこういう魔道具があったような気がするな・・・」
魔法がかった道具を作るのが得意な種族がいて、前の時代ではよく商人が売りにきたりしていたものだが、
この時代ではそういう種族は少ないと聞いていた。
『でてこい』
『解除』
ハインリヒはいろいろ古代語で言ってみたが、小瓶はそのままだった。
とりあえず城に持っていこう。
男を殺したことはすでに思念で仲間に伝えていた。ハインリヒは小瓶を持ったまま瞬間移動したのだった。
王の間で小瓶を受け取ったラクシュミは手の平に乗せてしげしげと眺めていた。
「うーん・・・何かを感じるといえば感じるが・・・わずかにしか感じない。本当にこの中に吸い込まれた
のか？」
「はい」
「もしかしてフリットらもこの中に？」
「それはわかりませんが」
「・・・壊してみたらどうなるかな？」
「わかりません。すいません。殺すのが早すぎました」
「うーん・・・」
ラクシュミは椅子にもたれてうなった。ラクシュミもいろいろ呪文のような物を唱えてみたものの、何の
変化もおきない。
「・・・・こうなったら最後の手段を使おう」
「最後の手段？」
ラクシュミが思念を飛ばしたのは、ある女性達だった。
その頃ミカエル姿のザクートは、といえば、一つの屋敷で１０人の女の子達に囲まれてキャーキャー言われてい
た。ザクートという男は一度肌を合わせた女性の顔も名前も二度と忘れず、今日も最初の儀式で肌を合わせた
女性達を褒め称えては手を握ったり口付けをしたりしていたのだった。
ラクシュミが思念を飛ばしたのは、その女性達だった。
「ザクート様、なにやら魔法がかった事件が起こったようなんです」
１人の女性がいった。
「戦士達が敵が持っていた小瓶に閉じ込められてしまったんです。誰も助ける方法を知らなくて・・・」
「どうかお力をお貸しください」
「む・・・・」
ザクートは女性達にすがるような瞳で見つめられると、嫌とは言えない性分だった。
「お願いです」
「そんな悲しそうな顔をするな。わかった。わかった。聞いてやろう」
「さすがザクート様ですわ。素敵」
「麗しい上に偉大なお方ですわ」
「ではな、美しい女神達」
ザクートはにこやかに微笑んで消え、王の間に現れたのだった。
突然現れた金色の瞳のミカエルにハインリヒの口が限界まで開いた。
「お邪魔して申し訳ありません。どうにもこの小瓶に吸い込まれた者達を出す事ができなくて・・・」
ラクシュミは椅子から立ち上がりザクートに近づいていった。
「今の時代にもまだこんなものが残ってたんだな。ま、しょうがないな。手の平に乗せていてくれ」
ラクシュミが小瓶を手の平に乗せるとザクートはなにやら呪文を唱えだした。
小瓶の周りに小さな魔法陣のようなものができてそれがくるくる回りだした。すると小瓶がぱりんと割れて
ラクシュミの目の前に４人の男達が出現したのだった。
「わっ！王！」
「やった！助かった！」
「王の間！・・・ザクート様！？」
「申し訳ありません」
４人がそれぞれラクシュミを見たりザクートを見ながら声をあげた。驚くやら安心するやらだ。
「全く未熟者めらが。」
ザクートは両手を組んで男達を見た。
「それじゃ私はこれで」
そういうとザクートはさっさと消えてしまった。
「あ、どんな呪文か聞こうと思ったのに・・・」
ハインリヒが残念そうにいった。
「一体どうしてザクート様が？」
フリットが不思議そうにラクシュミに聞いた。
「たまたまいらしていたんで、お前たちを助けてもらった。」
ラクシュミがあっさりいった。
「ああ、よかった。国境越えられたらどうしようかと思いました・・・」
ヴィラが額の汗を拭きながらいった。
「全く・・・王がいなかったら大変だったぞ」
「申し訳ありません」
あっさり魔法を解除したザクート様もすごいが・・・・ザクート様を気軽に利用する王もなかなかやるな・・・
ハインリヒは変な事に感心していた。
「うーん、なんだか飽きてきたなあ・・・」
庭園の東屋にいたゆりは、薄暗くなっていく景色を見つめていたのだが、だんだん退屈になっていた。
「もっとぱっと夜になればいいのに・・・」
ぶつぶついいながら用意してもらったお菓子をボリボリ食べていると、ラギとシスがやってきた。
「あれ？もう帰ってきたの？」
ゆりが２人を見て聞いた。
「うん。敵らしき人がいたから念のためにね」
「そうなの。アナスターシャは？」
「姉様は城の屋根にいるよ。そこですごすって」
「そう」
ゆりは城の上の方を眺めたがアナスターシャは見えなかった。
「僕らもしばらく屋根の上にいるからね」
「落ちないようにね」
「うん。それじゃね」
そういって２人とも去って行った。
「・・・私も行けばよかったかな？」
そう思っていると目の前に白い髪の女性が現れた。ハザークの侍女だ。
「王妃様、ハザーク様がお会いしたいようですよ」
「そう？ちょうど暇だったし行こうかな」
「どうぞ」
ゆりは侍女の手を握って移動させてもらった。
部屋に行くと、ハザークは長椅子に座っていた。
ゆりの顔を見ても喜ぶ感じでもなく、普通だった。
「ハザーク様何か御用ですか？」
ゆりが聞くと、「別に用はないぞ」といわれた。
「じゃあなんで呼んだんです？」
「なんとなく」
「なんとなく？わかった。私の顔が見たかったんでしょ？」
「いや、別にそういうわけでもないのだが・・・」
なんなんだ・・・
とてもじゃないが用があるようには見えない。
「お茶をお持ちしますね」と言って侍女は出て行った。
「ハザーク様は外眺めないんですか？」
ゆりは聞いてみた。
「別に珍しくもないだろう。日蝕なんて」
「まあハザーク様には珍しくないでしょうけど・・・・ラギはおおはしゃぎですよ」
「ふーん・・・」
その時目の前にぱっとミカエルが現れてゆりはぎょっと立ち上がった。
「ミカエル！？じゃない。ザクート様！？」
ミカエルの目が金色に輝いていたのでさらにゆりはびっくりしている。ハザークの口はへの字になっていた。
「おお、可愛い耳の王妃、息災だったか」
ザクートはにこやかにゆりの手を握り締めた。
「はい。でもどうしていらっしゃったんですか？」
「そろそろお前が私に会いたい頃だろうと思ってな」
「まあザクート様ったら」
「お・・・・」
ザクートはゆりのおなかに目を留めた。
「また妊娠したのか？」
「はい。そうなんです」
「・・・・そうか・・・」
ザクートは優しく微笑んでいた。その時ゆりの左目がぱっと変わった。
「ザクート様！」
そしてザクートにがばっと抱きついた。
「おお、可愛い王妃、元気だったか」
ザクートが抱き返した。
「元気です〜」
「・・・王妃・・・」
後ろでハザークが黒いオーラを出していた。
その時ザクートが来ているという話を聞いた子供らが部屋にやってきた。
「ザクート様！お久しぶりです！」
「お久しぶりです！」
「おお、アナスターシャと他の子ら、元気そうだな」
相変わらずザクートはアナスターシャの名前しか覚えてなかった。ザクートはラギがだっこしていたナナミに
目を留めた。ちなみにシスにおんぶされてロイもいたのだが、そちらはどうでもいいようだ。
「おお、お母さんに似て可愛い子だ。名前はなんだ？」
「ナナミです」
ナナミはきょとんとして答えなかったのでシスが変わりに答えた。
「ナナミ、この方がパパのパパ、ザクート様よ」
とゆりがナナミにいった。
「パパのパパってミカエルに似てるね」
ナナミがそう言って、一同が笑ったのだった。ザクートのことも気になったが日蝕が気になる子供達は
挨拶をして部屋を出て行った。
「王妃の子供は皆かわいいな」
ザクートはゆりに微笑んでいった。
「ザクート様、この子はどっちですか？」
ゆりはおなかをなでながら聞いてみた。
「それは秘密だ。」
「えー」
「産まれるのが楽しみだ」
「お前が楽しみにするってことは女だな」
ハザークがぼそりといった。
太陽がすっぽりと月の後ろに隠れてしまい、世界は完全に夜の世界へと変わっていた。星のきらめきも見える。
「あ、流れ星！」
「本当だ！」
城の屋根にいた子供達が歓声をあげた。夜空に二つ並んで星が流れたのだった。
「流れたわ！」
「願い事願い事！」
ハザークの塔から夜空を眺めていたハザークの侍女達はあわてて星に願いをかけた。その願いは、やはり
ハザークがらみのことに違いない。
「昼間から月を愛でるってのもいいねえ・・・」
屋根の上でラギが言った。
重なった太陽と月は、再び時間をかけてゆっくりとずれていき、日蝕が終わる頃、あたりに白い霧が立ち込め
だした。そして所々に幻のように再び蛇の姿が見えたのだった。
この地を護る先祖の魂かもしれない。そうラギは感じていた。
２人のゆりはハザークに睨まれながらもザクートと歓談し、夕方にはザクートは恋人達に別れを言ってくる、
と言って去って行った。
「ザクート様って相変わらず変わらないですね・・・」
「死んでるんだから変わりようもない」
ハザークは最もなことを言った。
その日二度目の夜が訪れて、ザクートが再びハザークの塔に戻ってきた。ザクートはハザークの寝室に飾って
あった絵に目を留めた。それは子供が描いた蛇の絵だった。横にパパと描いてある。
ザクートはそれを眺めながらふっと笑った。
「中々楽しくやってるじゃないか。長生きもしてみるもんだな」
「お前に言われたくない」
寝室にやってきたハザークがぶつりといった。
「そう言うな。これからもっと楽しい事もあるだろうさ。ではな、愛息よ、次に来る時まで生きていろよ」
ザクートはそういい残し姿を消したのだった。
またすぐ現れる気がする・・・
ハザークはそう思いつつベッドに横になった。
王の寝室で横になっていたゆりは、あることに気づいてはっと体を起こした。
「護法かけてもらうの忘れた！あちゃー！」
私としたことが！
ザクート様もういないかなあ・・・
そう思ったが猛烈に眠くてたまらず、ゆりはそのまま体を横にして寝てしまった。
「眠い、もうだめだ。今日は早く寝よう」
その日はラクシュミも眠かったのでさっさと寝室にやってきて眠ったのだった。
「今日はやけに眠いな・・・」
「そうだなあ・・・」
仕事が終わった番兵たちがつぶやいた。
「眠い・・・」
「早く帰ろう・・・」
城にいた者達が皆睡魔に襲われていた。
その頃城の屋根の上には、闇の髪をしたオルガと金の巻き毛のガーベラがいた。人間達が眠かったのは
オルガが近くにいたからだ。
「たまには人間界で夜空を見るのもいいわね」
ガーベラが言った。今は姿を消しているのでたとえ人間がきたとしても見られることはない。ゆりなら
別だろうが。
「そうだな」
オルガが同意した。
「そろそろ別の場所に行こう。お前も来るか？」
「うん」
ガーベラはオルガに連れられて空を飛んで行った。
ガーベラはちらりと城を振り返った。
おやすみなさい。安らかに・・・
遠くの空で、再び並んだ二つの星が流れて行った。
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