日蝕の日が終わって数日後、蛇目のゆりはかなりご機嫌で部屋から庭園へ瞬間移動していた。ご機嫌だったのは久々に
ザクート王に会えたからだ。
やっぱりザクート様はいいわねーあの王者の風格がたまらない！
自分に自信たっぷりでしかも実力が伴ってる所もいいのよね〜
ラクシュミのことは愛していたが、やはりザクート王の魅力はすごい、と再認識していたゆりだった。ハザークの手前
いろいろすることはできなかったが、話ができただけでもうれしいことだ。
見つめられるだけでへな〜となってしまう。
「あからさまに嫉妬するハザーク様も面白いけどね」
ゆりは庭園に咲いていたピンクの花を適当に摘んで匂いをかいだ。
「いい匂い」
今日は気温はそんなに高くはなかったが、青空に白い雲がゆっくりと移動していた。
「るんるんるーん」
ご機嫌で城の上空に移動したゆりは、高い塔に人影を見つけてそちらに移動した。
「栄光の日々は時の彼方・・・・か・・・・」
塔にいた人物は塔から景色を眺めつつつぶやいた。
「はあい、エルバート」
その人物の後ろに移動したゆりは声をかけた。そこにいたのは最近ちょっと気になるエルバートだった。
呼んでもエルバートは振り向かなかったので、ゆりはエルバートの横に並んだ。
「エルバート？」
するとエルバートが顔を向けた。
「？」
エルバートの表情がいつもと違うような気がした。違和感を覚えたのは目つきだ。いつものように温和な感じではなく
鋭い瞳でゆりを見つめていた。
「エルバート？？」
エルバートはゆりの顔をのぞきこむように顔を寄せてきたのでゆりは思わず少し顔を後ろにそらせた。
「珍しい」
エルバートが言った。
「え？何が？」
「こんなに低い鼻を見たのは初めてだ」
「・・・・え？」
ゆりがあっけにとられている間にエルバートは瞬間移動で消えてしまった。
「・・・・低い鼻？」
ゆりは自分の手で鼻をなでていた。
失礼ね。そんなに低くないわよ。と思うよりもさっきのエルバートの様子が変だったことの方が気になったゆりだった。
第１７話
「そうなの。またミカエル寝込んでるんだ。はっはっは」
話を聞いた両方目黒目のゆりはミカエルの心配をするどころか笑っていた。ザクート王に入られた後遺症で毎度の事な
がらミカエルは屋敷で寝込んでいるらしい。どうせその内に元に戻るのでたいして心配もしてなかった。
「本人は毎度気の毒ですが、まあそのおかげでミカエル殿の評価もあがるしラリーも鼻高々だからいんじゃないでしょう
かね」
午後ゆりの部屋に来ていたのはヴィラだった。ゆりに気を与えながら渋い顔で日蝕の日のことをゆりに話して聞かせて
いたのだった。
「ザクート様が来てなかったらほんとやばかったね」
「全くですよ。拷問される所を想像してしまった」
ヴィラが痛そうに片方の頬をあげた。
「私が言うのもなんだけど、油断しちゃだめじゃない」
「敵とは思えない派手な服のじいさんだってのでつい・・・」
「ヴィラだけじゃなくフリットやイシュタールまでひっかかっちゃうなんて・・・」
「イシュタール殿は助けを求められて連れて行かれた場所でやられたそうです」
「そうなんだ。何にせよよかったよ。」
「赤に白の水玉はトラウマになりそうだ・・・」
ヴィラがぼそりとつぶやいた。
扉がノックされて中にユリウスが入ってきた。
「あらー久しぶり」
ゆりがうれしそうに声をあげた。
「こんにちは。王妃。」
「どう？少しは食欲出てきた？」
「はい、一時あんまり食べたくなかったんですが、最近では少しましになりました」
ユリウスがゆりに近づいて来ながらいった。
ユリウスは妊娠中なのだ。しばらく食欲がない日々が続いていたらしい。
「でもちょっとやせたみたいねえ」
ゆりはユリウスの顔をしげしげと見つめた。前よりも顔がほっそりしている気がする。
「妊娠して半年ほどはあんまり食欲がない女性が多いようですよ。王妃の方が元気すぎ、いててて」
ゆりがヴィラの腕をぎゅっとつねった。
「そういえば祭りの日に楽しい事件があったそうですね」
ユリウスがにんまり笑ってヴィラにいった。ヴィラはむっと眉をひそめて
「相変わらず性格の悪い女だ。ジェナサイトの気が知れない。いててて」
そうつぶやいた所でもう一度ゆりに腕をつねられたのだった。
「それじゃもう退散しますよ。」
「ありがとう。またねー」
ヴィラはこれ以上つねられちゃたまらんとばかりに出て行った。
「よかったんですか？」
ユリウスがゆりの横に腰を下ろした。
「いいのよ。もう気はあらかたもらっちゃったし」
「私も王妃に気をあげたかったんですがね・・・」
「何言ってるの。妊娠中なのにもらえるわけないでしょ。妊娠中だって自覚でてきた？」
「はあ・・・仕事で飛びまわれないのでそれで自覚してます」
「そう・・・」
ジュメといいユリウスといい、仕事が好きな女性にとっては、妊娠中安静にするってのが辛いようだ。今ではジュメは
好きなだけ働いている。
「なんだかジュメの目が輝いて見えるんですよねー」
「気のせいよ。後２、３年の辛抱よ」
「そうですね・・・」
妊娠する確率はとても低いので本当は他の女性の方がユリウスをうらやましくてしょうがないくらいだろう。
妊娠でちょっとブルーになっちゃってるのかな。
そうゆりは感じた。
夕方になるとユリウスは気が晴れた顔で城から離れた。
王妃に会ってよかった。ちょっともやもやが消えたぞ。
なんとなく心の中がもやもやっとしていたのでゆりに話すことでそれが解消されたようだ。
まだ２年以上もあるとは、先が長いなー・・・
長い人生に比べれば全然長くはないと思われるが、今のユリウスにはわずか２年が長く感じてしょうがないようだ。
ユリウスは子供らが通う学校に移動していた。今日はそこでに大人の戦士達が集まって古代叙事詩の勉強会が行われ
るのだ。すっかり古代叙事詩をマスターしたユリウスは、講師役として教えていたのだった。といっても古代叙事詩の
解釈まで完璧というわけではない。詩を覚えて意味を理解しているに過ぎない。もっと深く掘り下げた解釈が求められ
るのだが、それがなかなか難しいのだった。ハインリヒは忙しくしているのでユリウスが教える側に回っているという
わけだ。
ちなみに城で行われていた古代叙事詩の勉強会は今では行われていない。
忙しくなって集まりが悪くなったせいだ。今では個人授業のような形になっていて、シャナーンやミルキダスなど熱心
な者は全部覚えてしまったが、ミカエルやヴィラなどは暗記はいまいちまだ、といった具合だった。個人によってだいぶ
開きがあるのだ。
教室には今日は１５人ほどの戦士が集まっていた。これは強制ではなく、興味がある者が任意で集まっている。
古代叙事詩を習うには、やはりある程度古代語ができないと難しい。
「それじゃ始めようか。今日は15章からだな」
ユリウスは教壇の上に置いてある古代叙事詩の本を取り、皆を見回して言ったのだった。
授業は２時間ほどで終わり、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「ありがとうございました」
戦士達に言われてユリウスは「ああ」と返事をした。皆帰ろうと教本とノートをしまっていた時、戦士達の中にいた
エルバートがユリウスに近づいてきた。
「何か質問か？」
「美しい・・・」
「ん？」
「私の好みだ。惜しむらくはその髪だな。どうしてもっと伸ばさないのか。せっかく美しい髪をしているのにもったい
ないことだ」
「・・・・」
ユリウスは一瞬あっけにとられ、帰り支度をしていた他の戦士達は一斉にエルバートに注目した。
エルバートは真面目な顔でユリウスをじっと凝視している。
「それはともかくとして是非私の子供を産んで欲しいのだが次の交わりの月には一緒にー」
そのときパチンと音がした。ユリウスがエルバートの左の頬をたたいたのだ。
「しっかりしろエルバート」
ユリウスは頬をたたいてからいった。一同シーンとしている。
エルバートは目をぱちぱちと瞬いて目の前にいるユリウスを見た。
「大丈夫か？」
ユリウスが聞いた。
「何がですか？」
エルバートはいつもの温和な顔で聞いた。
笑みさえ浮かべているが、頬には赤くユリウスの手形が残っていた。
「なんだか変だったぞ。目付きもおかしかったし」
「はあ・・・？」
「まあいい。それじゃ私はこれで」
そう言ってユリウスは消えた。エルバートは首をかしげつつ後ろを向いた。するとみんな自分を見て固まっていた。
「みなさん、どうかなさったんですか？」
「どうかなさったのはお前だ」
「え？」
「ユリウス様をくどいてたぞ」
１人がいって、エルバートが目を見開いた。
「誰がですか？」
「お前がだよ」
「私が？ユリウス様を？まさか。妊娠中なのにくどくわけないじゃないですか。」
「だけどくどいてたぞ。美しいとかいって」
少し間をおいてエルバートはフフフと笑った。
「皆さん私をからかってらっしゃるんですね」
「いや、そういうわけではなくて・・・」
「そんなことするわけないじゃないですか。それよりもなぜか頬が痛いのですがどうしたんでしょう？」
エルバートは左の頬をなでた。
ユリウスにたたかれた事をまるで覚えていないようだ。
「虫にでもさされたのでしょうか。それでは私は行きます。皆さんさようなら」
エルバートは姿を消して、残りのみんなは顔を見あわせた。
「一体何があったんだ？」
「さあ・・・」
「あのユリウス様をくどくなんて勇気があるな」
「突っ込む所はそこじゃないだろ」
「ちょっとエルバート変だったような・・・」
「そうか？ようやく女に目覚めただけなんじゃないのか？」
「しかしいきなりたたくユリウス様もユリウス様だが・・・」
「妊娠しても性格はちっとも変わらないんだな・・・」
エルバートの事も驚いていたがユリウスの性格も再認識した面々だった。
それから10日ほどして、エルバートには腑に落ちない事がいろいろとおこっていた。気づいたら来た覚えのない場所
に移動していたり、女の子と一緒にいたり、仕事の途中で記憶が途切れたり、とにかく自分の記憶にないことがいろい
ろと起こっていたのだ。
さすがにおかしいと思ったエルバートは何かの病気かと心配し病院で医師の診察を受けることにした。
「最近良く眠れてますか？」
診察の後医師に聞かれて「わりと眠れてると思うんですが・・・」とエルバートは不安そうに答えた。
「そうですか。では何か悩みがあるんじゃないんですか？」
「悩みですか？それは、いろいろとあるといえばありますが・・・先生、何かの病気じゃないんでしょうか」
「身体にはこれといった異常はないですよ。まだ若いんだし、きっと精神的なストレスからきてるんですよ。たまには
何も考えずゆっくり休養したほうがよいですよ」
「はあ・・・そうですか。」
疲れているのだろうか？まあ病気じゃなくてよかった。
病気の心配がなくなり少しほっとしたエルバートは、その日は早めに布団に入って眠ることにしたのだった。
すすむ
戻る