「まさかあんなことになってしまうとは思わなかったからあ・・・」
城の休憩室ではヴィラから事情を聞いたラクシュミが蛇目のゆりにお説教していた。ゆりはしょんぼりした顔で
ラクシュミの前に立っている。
「男達はまだ皆ベッドの上なんだぞ。全くあれじゃ明日も仕事になりゃしない」
ラクシュミはぶつぶつ言っていた。儀式の次の日の午後である。ゆりは元気だが男達は皆まだだるいようでそれぞれの
寝室で寝ているらしい。
「お前達儀式をするにはもう年なんじゃないのか？そろそろ若いのに変わるか？」
ゆりの寝室で意識を戻した男達は裸のまま救護室に運ばれていた。うつろな顔の男達にラクシュミは皮肉げにそう
言ったのだった。
「もう精力が追いつかないんじゃないのか？」
というラクシュミに
「そうじゃないですよ。気も奪われまくったせいですよ」
とミカエルがだるそうに言った。
「そう言われれば皆気力もかなり減ってるな。どうしてゆりはそんなに奪ったんだ？」
ラクシュミが首をひねった。それほどに気を欲しているのならゆり自身儀式どころではなかったはずだ。
その時ヴィラが「実は・・・」と昼間の話をしたのだった。
「でもわざとやったんじゃないんだし、まあ今回は大目に見てよ。王様」
ゆりが言った。ゆりとて子供に期待して望んだわけではない。不可抗力というやつだ。あの後ディランやレイアスに
会いたがらなくてよかった、と心底思っていた。
「あまりすごい望みをするんじゃないぞ」
ラクシュミがそう言った時
ふうぇ・・・ふうぇ・・・ううう・・・
赤ん坊の泣く前兆のような声が聞こえてきて、すかさずラクシュミは「早く行け」と小声で言った。また大声で
泣かれちゃたまらんと思ったのだろう。
ゆりは瞬間移動で部屋の外に出た。
ふうぇ・・・ふうぇ・・
「誰も怒ってないよー私のためにしてくれたんだもんね。怒ってないからね」
ゆりはお腹をなでながら言い聞かせた。
ううう・・・・・
「いい子いい子」
廊下を歩いていたら若い二人の戦士に出くわした。２人共結構いい男だ。
「こんにちは。王妃」
２人はゆりに挨拶した。
「こんにちは。ちょっと今お腹の赤ちゃんがぐずっちゃってて、２人であやしてくれない？」
「あやす？」
「どうすれば？」
「だっこして♪」
ちょっといい男だったのでゆりは一人にだっこしてもらい、軽く揺らしてもらった。もう一人にはお腹にいろいろ話し
かけてもらっている。
「いい子ですねー何も怖くないですよー」
ゆりはだっこされたまま歩いて部屋まで送ってもらった。お腹の赤ん坊はすっかり泣き止んでおとなしくなった。
「ありがとう。落ち着いたみたい」
「そうですか。よかったです」
まあたまにはこういうのもいいかも。
戦士のちょっと赤くなった頬を見てそう思ったゆりだった。
第２１話
その日夕食が終わった後、ナナミがシスの横まで来て顔を見上げた。
「ねえ、にー蛇ぐるぐるして」
「蛇ぐるぐる？」
「ぐるぐる」
シスはちょっと首をかしげて左横でデザートのりんごを食べているアナスターシャを見た。
「姉様蛇ぐるぐるって何？」
「さあ？」
「ラギ分かる？」
シスは右横にいるラギに聞いた。
「いいや」
「僕できるよー」
その時ロイが食堂にいた蛇の首をつかんで振り回した。尻尾がぐるぐる回っている。
「こらこらかわいそうでしょ」
とゆりが言うとロイは蛇を放した。蛇はぱっと床に下りて素早く食堂を出て行ってしまった。
「違うよーそんなんじゃないもん」
ナナミは頬を膨らませた。
「じゃあどんなのだい？」
「蛇を身体の周りにぐるぐる回すのー。昨日エルがやってくれたの」
シスの問いにナナミが笑顔で答えた。
「へー体の周りをぐるぐるとね。エルは器用だねえ」
とラギ。
「やってやって、にーやって！」
ナナミはぴょんぴょん飛び跳ねてせがんだ。
「うーん」
シスが部屋の隅にいた青い蛇を見ると、蛇はさっと逃げていった。
「目が回るから嫌だってさ」
「ぶー」
「今度またエルバートにやってもらったらいいじゃない。ね」
ゆりの言葉にナナミは頬をぷっと膨らませて、「じゃあ明日！」といった。
「エルバートも忙しいんだろうし明日来てくれるかどうかわからないでしょ。」
「そうだよ。その内来てもらうように僕が頼んであげるから我慢してね」
ゆりとシスに言われて、ナナミはちょっと不機嫌ながらも「はーい」と言ったのだった。
あくる朝、シスから砦で手紙をもらったエルバートは頭を悩ませていた。
「あのー将軍、蛇ぐるぐるってなんでしょうか？」
あんまり意味がわからなかったので、エルバートは砦にいたヴィクターに聞いていた。
「蛇ぐるぐる？」
「はあ」
エルバートはヴィクターに手紙を見せた。そこには「ナナミが前やってくれた蛇ぐるぐるをまたやってほしいって
いってるんだ。今度休みの日にでもやってあげてね」と書かれていた。
「前にやったってことは、前に遊んだことじゃないのか？」
「蛇ぐるぐるなんていう遊びはした覚えはないんですが・・・」
エルバートは記憶をたぐったが思い出せなかった。
「おもちゃの木でできた蛇で遊んだ覚えはありますけど・・・あれですかね」
「それじゃないのか？」
「蛇ぐるぐるっていうような遊びでもないような気がしますが・・・」
とりあえず、エルバートは次の日の午前中休みだったので城に行ってみた。
ラギとゆりはどんな事をするのか部屋まで見物にやってきている。
期待に目を輝かせているナナミの元にエルバートはおもちゃの蛇をもってきて、床においてぐるぐる回した。
「え？蛇ぐるぐるってこれ？」
ゆりがぽかんとして聞いた。
「案外簡単なことだったね」
とラギ。するとナナミは頬を膨らませた。
「違うよー！！身体の周りぐるぐる回すの！」
「身体の周りですか？」
エルバートは力で蛇を浮かせてナナミの身体の周りを回した。
「むー・・・」
「どうしたの？ナナミ、ぐるぐる回ってるじゃない」
確かにおもちゃの蛇はぐるぐる回っている。
「違うー！！！おもちゃじゃないの！」
ナナミは地団駄踏んで抗議している。
「本物じゃなきゃいや！」
「本物ですか？私前にそんなことした覚えないんですが・・・」
エルバートが困ったようにいった。
「そうよ、本物はぐるぐるしたらかわいそうでしょ」
「ぐるぐるしてほしいのにい・・・」
その頃になるとラギはもしかしてエルバートについてる蛇さんの仕業かも、と思い始めていた。
だがエルバートが彼のことを知らない以上言うわけにもいかない。
「蛇ぐるぐる・・・この前してくれたのに・・・」
ナナミが悲しそうに言った。
「私がそのようなことしましたかねえ？？？」
ラギが話題を変えなきゃやばいな、と思ったとき、エルバートの顔つきがすっと変わった。
「あ・・・」
ゆりとラギが同時に反応した。
「参ったな。全く・・・」
エルバートはちょっと冷たげな表情でぶつぶつ言っていた。
「ほら」
表にでてきたカーライルは右手を出した。すると小さい水色の蛇がぱっと飛び出してナナミの周りをぐるぐる回った。
「わーい！蛇ぐるぐる！」
蛇は身体から離れて部屋の中をあちこち飛んで行き、ナナミはそれを追いかけて部屋を出て行ってしまった。
「確かに蛇ぐるぐる回ってたね」
ラギがそれを眺めてからいった。
「本当だね。エルバートじゃなくてあなたの方だったのね」
ゆりが言うとラギがぎょっとした。
「お母さんこの人知ってたの？」
「うん。カールさんって言うんだって」
カーライルの眉がぴくりと動いた。
「そうなんだ。カールさんっていうのかあ。こんにちは。カールさん」
ラギが笑みを浮かべて挨拶した。
「い〜いもんだなあ〜ふるさと〜は〜」
ゆりは小声で歌っている。
「カールさんがナナミと遊んでくれたんだね。結構優しいんだね」
「こら・・・ちょっと待った。それ誰のことだ？」
「あなたのこと、カールっていう名前なんでしょ？ハザーク様が教えてくれたの」
ゆりがいった。
「違う。私の名前はカーライルだ」
「え？そうなの？」
「カールは私の息子の名前だ。全くハザークはそろそろやばいんじゃないのか？」
カーライルは苦い表情でぶつぶつ言っていた。
「記憶力が悪すぎる」
「カーライルでカールじゃ、あながち間違いって事もないと思うけど・・・」
ゆりがフォローした。
「縮めただけで」
「勝手に縮めるな。それから私には様をつけろ。お前達よりもかなり長い時を生きたんだからな」
「プライドが高い人ねえ・・・」
ゆりが小声でぼそりと言うとカーライルに冷たい瞳で睨まれた。
「それよりもしばらくエルバートの中にいるのならエルバートに事情を話したらどうですか？」
ラギが言った。
「そうよ。その方がいいと思う。あ、わかった。邪魔にされるのがいやなんだ。だから言えないとか？」
「邪魔にされるわけはない。私は人化する蛇の中で最も知能も魔力も高い蛇だったんだからな」
カーライルは腕を組んで言った。
「え？そうなの？一番はハザーク様じゃないの？」
というゆりに、「ハザークはどうせ無駄に長生きしてるだけだろ？」とカーライルが鼻で笑って言った。
「それにハザークは完全な蛇ってわけじゃない」
「無駄って・・・ひどっ！少なくとも性格はあなたが一番悪かったんじゃないんですか？」
ゆりがカーライルを横目で睨んだ。
「お前は今までの王妃の中で一番鼻が低そうだな」
カーライルがゆりの顔をまじまじと見つめて言うと、ゆりはガーンと口を開けてのけぞった。
「そんなことないもん。ねえラギ？」
ラギに聞くと、ラギはちょっと間を置いて「うん」といった。
「ちょっと！その間はなんなのよ！」
「ついでに言えば王妃らしい気品の欠片も感じない」
「人が気にしてることを・・・・」
ゆりの頬がぴくぴく引きつっている。２人の間が険悪になってきた。
「そんなことよりエルバートの話だよ。」
ラギが２人の間に割り込んだ。
「あまり不審がられないようにしていたんだが・・・まあいい、小僧お前がうまく説明してくれ」
カーライルはラギを見下ろした。
「僕ですかあ？」
「私が言ってあげますよ」
ゆりが笑みを浮かべて言うと、「お前は余計な事をいいそうだからいい」と即効で断られてしまった。
「じゃあ頼むぞ」
カーライルはラギだけ見ていい、消えた。
「なーにあの人。めちゃくちゃ性格悪い！やな感じー」
ゆりがぶちぶち言っていると目の前にいたエルバートはきょとんとした顔をしていた。
「あれ？ナナミ様は・・・」
「エルバート、ちょっと大事な話があるんだ。いいかな」
ラギはエルバートを椅子に座らせてカーライルの話をしたのだった。
自分の中に古の人化する蛇がいる。そう聞いてエルバートは最初目を真ん丸くしていたが、やがて合点がいったような
顔になった。
「そうだったんですか・・・どうりで記憶がない事がいろいろあったわけですね。私はまた病気かと思って心配したん
ですよ」
エルバートは穏やかな顔でほっとしたように笑っていた。
「嫌じゃないの？嫌なら嫌って言っていいのよ。追い出すのに協力してあげるから」
一緒にいたゆりは、やはり余計な事を言っている。
「嫌ではないですよ。むしろ光栄に思うくらいです。なにせ古の時代は我らにとっては憧れの時代でもありますから」
「エルバートは優しいからねえ。本当に嫌なら嫌でいいのに」
「お母さんってば。でも、カーライル様のおかげでエルの気の力、前よりあがってるようだし、悪い事ばかりじゃないと
思うよ」
とラギ。様を付けろといわれたのでちゃんと様付けで呼んでいた。
「そうなの？」
「そうですか？自分ではよくわからないですが・・・私もカーライル様にいろいろお話を伺いたいですね」
古の時代の様々な事をその時代に生きた者に直接聞ける機会などない。エルバートなどはなかなかハザークに会いに
行くこともないし、会いにいったとしても、そんな昔話をしてほしいということもできないだろう。
「話しようと思えばできるんじゃない？何せ自分の中にいるんだから」
「そうでしょうか？ところでカーライル様は一体どのような姿をした方なんでしょうか。御存知ですか？」
「気品が漂う感じで、結構いい男だよ。背高くて、やっぱりどこかハザーク様に雰囲気似てるし」
「え？嘘」
いつの間にかゆりの左目は蛇の目に変わっていた。
その夜、寝室にやってきたラクシュミに、両方黒目のゆりは神妙な顔つきで聞いた。
「ねえ王様、私の鼻って低い？」
「鼻？」
「今日、お前は今までの王妃の中で一番鼻が低い王妃だろって言われたんだよ。ひどいと思わない？」
むっとした顔つきのゆりに、ラクシュミは瞬いた。あながち間違いでもないかもしれないと思ったが、口には出さなか
った。
「これまでも足が短いとかはいわれたけどさ、鼻が低いって言われたのは初めてだよ。なんだかショック。その上王妃
らしい気品の欠片も感じないなんて・・・」
「それはあってるじゃないか」
ラクシュミはあっさり言った。
「前よりはましでしょ？これでも王妃やって20年以上も経ってるんだから」
「そうかあ？」
「・・・・」
ゆりは横目で睨んでいる。
「まあいいじゃないか。お前の美点は鼻でも足でもないんだし」
ベッドにあがったラクシュミは布団をかけながらいった。
「じゃあ私の美点って？」
「丈夫で器用なところだな」
「丈夫で器用・・・それって外見は全然入ってないじゃない。王様私を最初に見た時どう思ったの？」
ゆりは今更ながらに聞いてみた。
「さあ、そんな昔の事は忘れた」
「鼻低いって思った？」
「浴室に突然降ってきたんだ。鼻が低いとか足が短いとか思う間はなかったな。ただ驚いただけで。いいじゃないか。
シャナーンなんぞはお前の事を絶世の美女だと思ってるんだし。私は身体が丈夫で器用なお前が好きだ。じゃあ寝るぞ」
ラクシュミは早口でそう言って背中を向けたまま寝てしまった。
「むー」
ゆりは釈然としなかったが寝転んだ。そしてそろそろとラクシュミに近づき、後ろから抱きついた。大量の銀の髪に
ほとんどゆりの顔は埋まっている。
「ゆり、今日は三日月なんだ。またな」
ラクシュミに背中を向けたままあっさりそう言われて、ゆりは元の場所に戻りふてくされて寝たのだった。
気がつくとエルバートはキラキラ輝く湖のほとりに立っていた。そんなに大きな湖ではないようだ。ここはどこの
湖だろう、そう思いあたりを見回すと、少し離れた所に湖面を見つめるように水色の髪の男がただずんでいた。
まさに絵になるような光景だ。
どうやら夢を見ているらしい。
あれはもしや・・・
背が高く、そこらにはいないような独特の雰囲気を持った人物だった。ゆったりとした服装も戦士が着るようなもの
ではない。エルバートはラギに聞いた話を思い出していた。
「もしやあなたがカーライル様ですか？」
エルバートは近づいて聞いてみた。近くで見ると、肌の所々に水色の蛇の鱗のような模様がついているのが見えた。
「ああ、そうだ。お前とちょっと話がしたかたったんでな」
エルバートはぽけーとしてカーライルを見上げていた。見つめられると思わず膝を折ってしまいたくなる。
すごい方だ・・・ラクシュミ様と同じような気品を感じる・・・
おいそれとは話かけられないような雰囲気をかもしだしていたが、これも縁だと思い、エルバートは思い切って
聞いた。
「あの・・・なぜ私の中に・・・」
エルバートにしては素朴な疑問だった。力が取りたてて強いわけでもないので不思議だったのだ。
「お前が私の息子の若い時に似ていたんでな。つい入ってしまったのだ」
「そうだったんですか・・・」
「外見だけで力は雲泥の差だが・・・」
「その方も、その・・・人化する蛇だったのですか？」
「いいや、人の娘が産んでくれた息子だ。人の娘が産んでくれたのは１０人ほどいた。皆力が強かったんで、代々の
王にいいようにこきつかわれていたな」
「・・・重用されていたんですね」
どうやらそういうことらしい。
「それでお前に話というのはだな・・・」
「はい」
エルバートはごくりとつばを飲み込んだ。
一体どのような話をされるのか、胸はどきどきしている。
「いい若者が恋人の１人もいないとは情けない」
「はい？」
「仕事ばかりでは人生つまらんぞ。もっと女に目を向けろ」
「・・・話って・・・そちらですか？」
エルバートは拍子抜けして聞いた。
「他にどんな話がある？」
カーライルは真面目な顔をしているので冗談ではなさそうだった。
「当時の世界の事をいろいろ聞いてみたいのですが・・・」
「そんなこと今更聞いても仕方ないだろう。しかしこの時代の女はどうもよくわからん。王妃があれだし凶暴なのもい
るし・・・」
「はあ・・・・？」
「とにかく、恋というものは人生において重要なものなのだ。所で今度お前の体で女に手を出してもいいか？」
「え？それは勘弁してください」
エルバートはぎょっとした。
「久しぶりに女を抱きたいんだがなあ・・・」
「お願いですからやめてください。後々困ります」
「一度だけ」
「だめです」
「そう言わずに」
「お願いですから・・・・」