すっかり誤解が解けたエルバートは次の日北の方にある街に仕事でいた。あの後ミカエルがデマだとあちこちに思念を送ったので、

みなの誤解も解けている。


戦士達の詰め所のような所でシャナーンを見かけたエルバートは、声をかけた。

「シャナーン、昨日のことなんだけど・・・」

「なんだい？エル」

シャナーンは見た事もないような笑顔を向けてきたのでエルバートは逆にぎょっとした。

「昨日なんだか怒っていただろう？だから・・・」

「私が？ああ、ごめんよ。ちょっとした勘違いがあっただけだよ。君も何かと大変だね。悩みでもあったら相談に乗るよ」

シャナーンはまたもや笑顔で言った。

よっぽどうれしいことでもあったようだ。


「じゃあね」

シャナーンはにこにこしたまま詰め所を出て行った。エルバートはその背中を見送った。

「シャナーンの笑顔は逆に怖い」

同じ年くらいの戦士がエルバートの肩に後ろから手を乗せて言った。

「そう思わないか？エルバート」

「いえ、別に・・・」

「さっきなんてなあ、女の子に言い寄られてなんて言ったと思う？「残念ですが無理ですよ」って言ったんだぜ。あのシャナーンが

残念ですがなんて言葉を用いて断ったのを聞いたのは初めてだ」

「はあ・・・」

「しかも笑顔だった。」

「いいじゃないですか。よっぽどいいことでもあったんでしょう」

「王妃様にお気に入りはあなたよ、とでも言われたのかな。ミカエル様ももう二人の子持ちだし、女の扱いに慣れすぎちゃってるから

な、やっぱりまだまだいい男になりかけているシャナーンの方が新鮮でいいのかも」

「何言ってんだ？」

なんと二人の後ろにミカエルが立っていたので二人ともぎょっとした。


「ミカエル様がいい男だって噂してました」

「嘘つけ」

「仕事なんで失礼します！」

戦士はぴゅっといなくなってしまった。残されたエルバートは気まずい顔でミカエルに睨まれていた。

「エルバート、あんな噂を流すんじゃないぞ」

「流しません」

「全く・・・私だってまだまだ若い子に人気があるのに・・・王妃が妬くから若い子には手出さないだけで・・・」

ミカエルはぶつくさ言いながら消えてしまった。


「ミカエル様・・・・」



一体どうやってかぎつけたんですか？



エルバートはそう聞きたかったが、ミカエルはもういなかったので聞けなかったのだった。


第30話


「まただめでしたねえ・・・」


早朝ベッドの上でレイアスがつぶやいた。ここは過去の世界である。５人で仲良く寝てみたのも３度目だったが、そろって未来へは

行けなかった。

「このままだと未来じゃなくて怪しい世界へ行きそうな気がするんですが・・・」

レイアスの言葉に４人は無言だった。

「あのう・・・そこは笑ってくれないと」

「私はもう行く」

そそくさとドルイドは出て行った。


「・・・・ドルイド様が毎朝ゆり様の石像の掃除してるって本当なんですか？」

レイアスがドルイドの姿が消えた所で聞いた。

「本当だよ」

とフークスが答えた。


「庭師が掃除した後でも掃除していくらしい。ちゃんと掃除してるのに、と庭師がぶつくさ言っていた」

「はあ・・・」

「あんなに好いていたのならドルイド様も未来に連れて行ってあげたらよかったのになあ。とも言ってたが」

「庭師に言われるとは・・・」

ディランが呆れたように言った。

「あのう・・・でもドルイド様はあれ以来恋人もいらっしゃらないようですし、本当はハインリヒ様の代わりに行きたかったのでは

ないですか？」

ルークが遠慮がちに聞いた。

「まあ、ドルイドは不器用なやつだからな。ゆり様は所詮国王陛下を一番愛してらっしゃるし、大勢の恋人の一人でずっといるのも

堪えられなくなるかもしれないからなあ・・・ハインリヒは器用なやつだから今頃は恋人の４、５人はいて楽しくやってるだろうが」


「ハインリヒ今頃くしゃみしてるかもね」

ディランに続けてフークスが笑って言った。



この時代では女性をめぐっての騎士同士の果し合いなんてのも結構行われている。もちろん女王以外の女性だ。

未来の者達よりも、独占欲という感情は強いのかもしれない。


「兄さんでさえ赤い月は適当に過ごしてるのに」

レイアスに言われて「適当とはなんだ」とディランがむっとして言った。

「僕はもうみんなで寝るのごめんですよ。毎回うなされるんですもん」

レイアスは口を尖らせて愚痴っていた。





ドルイドは毎朝の日課である石像掃除のために城の庭園にやってきていた。ちょっと離れた所では庭師達が掃除中だったが、

かまわず掃除を始めている。


きれいなタオルで石像の汚れを拭いていると、「ドルイド様ー」と子供の声が聞こえてきた。見ると近くに一族の子供が二人いた。どちらも

女の子だ。

「これ巫女様にあげてー」

一人が手に持っていた大きな赤い花を差し出した。

「ありがとう」

ドルイドは素直に受け取って石像の足元に置いた。女の子達はうれしそうな顔をして去って行った。


その日はそれで屋敷に帰り、着替えて仕事に行ったのだが、次の朝来てみると、ゆりの石像の頭には花輪がのっかっていた。



子供が乗せたのかな？



きれいだったのでまあいいかと思いそのまま乗せておいた。だが、その数日後には石像の首にも花輪がされていた。誰かが

魔法でもかけたのか、頭の花輪はまだ枯れずにきれいだった。



うーん、一体誰が・・・・



花輪はどんどん増えていき、石像の手首やら足首やらウエストにも飾られていた。



「ドルイド、あの石像飾ってるのはお前なのか？」

それを見たディランがドルイドに聞いた。

「いいや、朝見ると増えてるんだ。花はまだきれいなので取るのもどうかと思いそのままにしているんだが・・・」

「そうなのか」

「どうやら全部魔法がかけられているようなんだ」

枯れたら捨てられるのだが枯れていないので捨てられなかったのだった。

「へー・・・」

花で飾られている内はよかったのだが、ある朝ドルイドが石像の元に行くと、なんと酒瓶が２本置かれていた。



これはさすがに・・・



そう思い酒瓶はどけたものの、次の日行ったらまた台座の下に酒瓶が置かれていた。今度は３本も。その上お菓子の箱まで置かれていた。



一体どうなってるんだ・・・・



その後もどんどん品物は増えていき、ゆりの石像の周りには色とりどりの花束や酒、お菓子などが置かれるようになった。どけてもどけても

置かれているのでドルイドももうあきらめて、台座の上だけ掃除することにした。




「うわっなんだこりゃ！」

久々に噴水の庭園に来たフークスはゆりの石像を見て目を丸くした。台座の下には円を描くようにさまざまな物が置かれているし石像の

方もあちこち花が飾られてかなり派手になっていた。よく見ると、右手の指に宝石がついた指輪までされている。



まさかドルイドが？まさかね・・・



そう思い石像の近くでぼんやり立っていると、街の人たちがやってきて石像の下に酒瓶を一本置いたのだった。


「何してるんだい？」

一緒にきた街の人が聞いた。

「ああ、この像は伝説の巫女様の像なんだが、何かを供えると良い事が起こるらしい」

酒瓶を供えた男が言った。

「そうなのか？」

「ああ」

「へーだからみんな置いてるのか」

街の人たちは去って行った。



いつの間にそんな迷信が？



驚いたフークスだったが、わざわざ訂正する気になれず、黙っていたのだった。




赤い月も間近に迫った夜、城にある大きな酒飲の間では女王ヴィラルージュが酒を飲んでいた。壁に沿って置かれた棚にはずらりと

さまざまな酒が並べられている。他国でこれだけの酒を集めようものなら、城ひとつ分の金額を出さねばならないだろう。

それくらい貴重な酒も多く置かれていた。


子供を一人産み、少しやせたものの、女王の美しさはいまだ健在だった。夜なので頭の上に王冠はのせていないし飾りもつけては

いないが、軽く化粧はしていた。身体の線にそった銀色に輝くドレスを着ている。流れるような銀色の髪といい金色に輝く瞳といい、

飾り物がなくとも十分美しく輝いていた。部屋の中にはふわふわと光り輝く物が５つほど浮いていた。

それは女王の魔法で、それが光となり部屋を照らしている。


はあ、と女王がため息をついたのを、向かい側にいた男が目に留めた。

「どうしたのだ？王子に何か？」

「いいや、王子は元気なのじゃが・・・」

「そうか」

そういったのは金色の長い髪の男だった。真ん中で左右に分かれた前髪、金色に輝く瞳と衣装。肌にある金色の模様といい、

ハザークに他ならなかった。もちろんこの時代のハザークである。ハザークは1000年ほど前の酒を惜しみもなく杯に注いで口に運んでいた。


「私は女としてさほど魅力がないのかもしれぬ・・・そう最近考えておるのじゃ」

女王が突然言い出して、ハザークは目を見開いた。

「なぜそう思うのだ」

「なんとはなしに・・・」

「女王に女の魅力がなかったら、他の女達なんぞ魅力の欠片もないことになってしまうぞ」

「そうであろうか。ハザーク殿は私が魅力ある女だと思っておるのか？」

女王はハザークを見つめて聞いた。ちなみにこの二人はただお酒を飲む仲で深い仲ではない。


「思っている。女王は外見は申し分もなく美しいし、その男気あふれる性格も好感が持てる」

ハザークははっきり言った。

「男気あふれる性格？」

「ああ」

「・・・・それはほめ言葉であろうか？」

「ほめている」

「・・・・」



女王は竹を割ったような性格で裏表もなく、常に国民のことを考えているような人物だった。異性間についても非常にさっぱりしている。

だが守ってあげたい、とかか弱い、というような事を思わす部分は一切ない。どちらかというと頼もしいといった印象を感じる。




「女王がそのようなことを言い出すとは。何か自信をなくすようなことでもあったのか？」

「実は、最近上位の数人の騎士が男色に走ってしまったようなのじゃ。」

「男色？ああ・・・」

「それは私の魅力がない、ということにつながるのではないかと思ってのう・・・」

「気にすることはない。女王が今はその気がないからではないのか？」

「そうであろうか・・・」

「そうだろう」



その数人の騎士とはフークスらのことだった。レイアスがルークに城の中で「もう一緒に寝るのは嫌だ」などと話をしているのを他の騎士が

聞き、女王に話したのだった。女王が調べてみると、５人がたまにフークスの屋敷に集まっては共に夜を明かしているということがわかった。



それを聞いた女王はすっかり誤解していたのだった。


「まあ、仕方ない。私もまだそういう気にはなれぬし・・・所でハザーク殿はどうなのじゃ？ハザーク殿と一緒に赤い月を過ごしたい

女性らも多いのじゃが・・・」

「私もここ100年ほどあまりそういう気になれないのだ。さすがにこれだけ生きていると赤い月も関係ないしな」

「そうであるか。」

「巫女選びもどうでもいいくらいだ。そうだ。前に来た巫女の石像見たぞ」

ハザークが思い出したように言った。

「ああ、なかなかかわいらしい女性であったろう？」

女王が微笑んで言った。

「なんというか・・・皆に好かれていたのだな、ということはよくわかった」

「？」


女王は最近石像を見ていなかったので知らなかったが、石像の周りには一杯供え物があったので、ハザークはそう思ったのだった。


女王はその巫女とその内会えますよ、などとハザークには言ってはいない。皆にも口止めしてあった。そんなに長生きするとは本人も

思っていないだろうし、もしかしたら、未来にいたのは同じ名前のハザークの子供か孫かもしれない、と思ったからだった。


「ちょうど脱皮中で残念であったのう。あのかわいらしい金色の二匹の蛇は、ハザーク殿にも見せたかったが・・・」

「そうだな。それは見てみたかった。」

「はっ！もしや！」

女王が何かにひらめいた。

「遠い未来一族の数が激減するのは、もしや男色が増えたからでは・・・」

そんなことを急に思いついたのだった。

「まさか・・・皆が皆男色に走ったら不気味だぞ」

ハザークは眉をひそめて言った。

「未来のことを考えると禁止した方がよいのかのう。だがそういうことにまで口を出すのもどうかとも思うし・・・」

女王は杯を手に持ったままぶつぶつ言っていた。本気で心配しているようだ。

「女王がその内その騎士を押し倒せば良い。そうすれば再び女に目覚めるだろう」

ハザークはまじめな顔で言った。

「私が押し倒すのか？」

「裸で誘惑するのでも良いが」

「・・・・私はそういうことはあまりやったことがないのじゃ・・・」

「なんなら練習で今ここでやってくれてもよいが」

「嫌じゃ。なんでここで裸にならねばならぬのじゃ。ハザーク殿にその気になられなかったらますます自信をなくすではないか」

女王は横目で睨んで言っていた。

「そんなことはない。女王の美しい裸体を見てしまったらかなりその気になって襲い掛かりたくなるかもしれない」

ハザークは冷静な目で言った。

「襲い掛かってくれなくても結構じゃ」

「そうか。それは残念」



どこまで本気で言ってるのやら全くわからぬ・・・



女王はハザークを見つめつつ思ったのだった。



うーむ・・・女に目覚めさせる・・・か。ここははっきりと本人らに問いただした方が良いかもしれぬなあ・・・

あの５人が５人ともそっちに走っていたら、ゆり殿もさぞかしがっかりするに違いない。



女王はそう思い、さっそく次の日、５人を呼び出したのだった。呼び出された５人は全く何の用事かわからず女王の間ではなく

別の小部屋で待っていた。

「何の用なんだろうな？」

ディランが聞きフークスが「さあ」と言った。ルークの背中にはアダムがひっついていたので、それを見たレイアスは「べろべろばー」

と顔を近づけて両手であやした。するとアダムは右手をあげて、なんとレイアスのあごにパンチしたのだった。

「いってー何するんだー」

「すいません。こら、アダムだめじゃないか！」

ルークが顔を横に向けて言った。

「クソガキ！」

アダムはべーっと舌を出している。

「ははは、アダムは大物になるぞー」

それを見たフークスは笑っていた。その時部屋に女王が現れて、５人は優雅に礼をした。




「折り入って話しとはなんですか？」

フークスが女王に聞いた。

「そなたら、赤い月を女性と過ごす予定はあるのか？」

女王はずばり聞いた。５人はきょとんとしている。


「ディランはどうなのじゃ？」

「私はまあ、5日ほど過ごしますが・・・」

「レイアスは？」

「私はみっちり過ごします」

「フークスは？」

「私はもう女王陛下だけでいいです」

「ルークは？」

「私はまあ、その・・・誘われたので・・・」

「ドルイドは？」

「・・・私は・・・今年もあまりその気がありませんので」

女王が聞き、男達は次々と答えて行った。

「そうか・・・」

女王は考えるように上を向いていた。




「突然どうされたんですか？」

ディランが聞いた。

「実は・・・そなたらが仲良くなりすぎているという疑いがある」

女王の言葉に５人はぎょっと目を見開いた。

「仲良くなりすぎている？それってもしや、あれってことですか？」

フークスが引きつった顔で聞いた。

「あれじゃ」

「うへっご冗談を！」

レイアスの頭をディランがごんとたたいた。

「陛下にうへなんて言うんじゃない！」


「誤解です。私達はそういう関係じゃありません」

フークスが必死な顔で否定した。

「ならば、なぜ、ひとつの寝室で朝まで過ごしているのか」

女王に問われて５人の顔が引きつった。

「朝まで寝室で飲んだとでも言うつもりか？」

「５人で並んで寝てましたがそういうことではありません。これには深いわけが・・・」

「わけとはなんじゃ？」

女王に問われたら言わないわけにはいかない。



フークスが説明し、女王は椅子に座って聞いていた。

「未来へのう・・・・ただ一緒に寝ただけで行けるのか？」

「未来からは何度かきてますから、こっちからも行けるのではないかと・・・」

「ふーむ・・・・」

「戦が近いというし、どんな状況か知りたかったんです」

「さようか」

女王は案外あっさり納得していた。




ー大丈夫か？ますます怪しまれたんじゃないのか？


ディランがフークスに思念を送っていた。

ー大丈夫だろう。多分・・・・




すると女王は思ってもいないことを言い出した。

「私も一緒に寝てみたい」

「ええっ！」

いち早く反応したのはレイアスだった。

「私も未来の世界に行ってみたい」

「え？じゃあ、陛下もわれらと一緒に寝られるんですか？」

フークスがぽかんとして聞いた。

「別に良いであろう。それとも何か？私がいて困るようなことをやっぱりしておるのか？」

女王がじろりと睨んで言った。

「まさか。こちらは大歓迎ですが」

「僕陛下の横がいいです！」

レイアスが手をあげて言った。

「君はもう来ないって言ってたじゃないか」

とフークス。

「そんな！絶対行きます。何があっても行きます！」

「赤い月が終わってからにしようぞ。以上じゃ」

そう言って女王は消えた。


「変なことになったなあ・・・」

ディランはつぶやいた。

「ああ、なんてことだ！赤い月でもないのに女王様の横で寝れるなんて・・・」

レイアスは一人興奮している。

「君が横って決まってないだろう。ここはくじで決めよう」

とフークス。



考えただけで鼻血が出そうだ・・・



ルークは真っ赤な顔をしていた。背中におんぶされているアダムはすっかり眠っている。


「女王陛下の横でゆり様のことを考えて眠るというのはちょっと抵抗があるんだが・・・」

ドルイドは困った表情をしていた。

「ならシス様のことを考えて眠ったらどうだ？」

ディランが言うと、「そうだ。そうしよう」ドルイドはそれはいいとばかりにうなずいていた。


「ああ、早くその日にならないかなー」

レイアスは一人るんるんだ。しばらく女王の匂いをまじかでかいでもいないのだから無理はない。


「君はすっかり目的を忘れてるな・・・」

フークスはそんなレイアスを呆れて見つめていたのだった。




果たして５人と女王様は未来の時代に行く事ができるのだろうか。それはまだわからない。



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