第31話
赤い月が過ぎて、人々は日常を取り戻していた。
きらびやかな女王の間では、美しい女王ヴィラルージュが宝石の入った大きな椅子に腰を下ろしていた。
女王の左右には女王の召使の若い女性が二人控えている。
赤い月直後ということもあり、今日はさほど客の姿はなかった。なので女王は女騎士達に赤い月の時のことなどを聞いて楽しんでいる。
やはり女性ということもあり、女同士でわいわい過ごすのも女王は好きだった。食事もよく一緒にとっている。
女王が二人の女騎士達と笑って話をしていると、すっと近くに男が現れた。客の到来を告げる係りの者だ。
「陛下、占い師のキルギルミゲルが参っておりますが、いかがいたしましょうか」
係りの者は優雅に頭を下げて聞いた。
「また来たのか。まあよい、会ってやろうではないか。入れてよいぞ」
女王が言うと、係りの者は「はっ」と言って消えた。
「女王様も人がよいですねえ。あんなえせ占い師にお会いになるなんて・・・」
女王の前にいた女騎士が言った。
「そうですよ。もっと良い占い師が他にもたくさんいるのに」
「まあよいではないか。あやつはあれで憎めぬやつでのう・・・つい来ると会ってしまうのじゃ。それに全くえせというわけでもないし」
そういってる間に女王の間に黒いフードをすっぽりかぶった小男が入ってきた。もう老人といっていいほど顔にはしわが刻まれている。
額には小さな角のようなものが二つあった。蛇の一族の者ではない。真っ白な眉毛はふさふさで左右に少し垂れ下がっていた。
目じりが下がっているので一見人が良さそうな老人に見える。
「久しぶりだのう。キルギルミゲル」
女王が言うと男はぎょっとのけぞり驚愕に目を見開いた。
「なんと！以前お会いした時よりも一段と美しくなられましたなあ！女王様は一体どこまで美しくなられるのか！いやはや驚きました。
あまりの美しさに目がくらむほどです！」
女騎士達はキルギルミゲルの言葉に白い目を向けていた。
「そなたの世辞も久しぶりじゃのう・・・10年ぶりか」
「世辞などではございません。私は世界中旅しておりますが、まず女王様ほど美しい女性は見た事がございませぬ。神話の女神にも
ひけを取らぬお方よ」
「わかったわかった。大方生活費が底をついてきたのでまたやってきたのであろう？」
女王がにやりとしていうと、「いいえ。女王様の美しいお顔を見たかったからです！」とキルギルミゲルは力を込めて言った。
この男、黙っていると占い師のような神秘的な雰囲気もないではないのだが、しゃべるとひょうきんすぎてその雰囲気はかなりぶち壊し
ている。
「今日は女王様の恋占いでもいたしましょう。どれどれ」
そういいつつキルギルミゲルは背負っていた皮袋の中から大きな水晶玉を取り出した。よく見ると水晶玉にはちょっとひびが入っていた。
「どれどれ・・・・・おお・・・恋愛は必ずや成就するとでておりますぞーしかもかわいいお子様まで御生まれになるでしょう。ずばりお子様は
王子です！」
「キルギルミゲル・・・子供はもう産まれたぞ」
女王は呆れて言った。
「おや、そうでしたか」
「それくらい調べてきなさいよ。もー」
女騎士が声をあげた。
「今のは冗談ですよ。日ごろ激務でお疲れの女王様を笑わせようと・・・では女王様に将来起きることでも占いましょう」
キルギルミゲルはうっすらと微笑んで言った。
「どれどれ・・・おおっ！緑色の蛇が見えますぞ！」
キルギルミゲルは左手に持っていた水晶をじっと見つめて言った。
「緑の蛇のう・・・それで？」
「それだけです」
キルギルミゲルは水晶から目を離して言った。
「それではさっぱりわからんではないか。」
と女王。
「この国に一体どれだけ緑の蛇がいると思ってるのよー！」
と女騎士がちゃちゃをいれた。
「少々お待ちを・・・その蛇はなんとオスです！」
だからそれがどうした？と言った顔の面々だった。
「水晶に映ったからには、将来、緑の蛇がかかわる事がおきるでしょう。間違いありません。」
キルギルミゲルは自信満々だった。女騎士達も女王の召使もそんな占いでよくそれだけ自信ありげに女王様の前に出れるものだ、
とあまりの面の皮の厚さに感心していた。他国の王ならば、「ふざけるな」と言って終わるだろう。
「そなたの占いはいつも半端よのう・・・それでよく占い師として暮らしていけておるのう・・・」
「それはもう、美しい上に優しい女王様がいつもたんまりと褒美を下さるからでございます」
キルギルミゲルはまるで神を見るような目で女王を見つめた。
「・・・・」
これだけあからさまに言う者も珍しい。
女王はふうとため息をつき、指でちょいちょいと召使に指図した。
「まあよいわ。10年ぶりであるしのう・・・」
しょっちゅう来られるとさすがにうっとうしいが、たまにのことなので、女王も寛大な気持ちで褒美をやることにしたのだった。
「さすが、麗しい上に優しい女王様です！」
キルギルミゲルは感極まったように目に涙をためていた。
「もうよい、達者で暮らせ」
「ははっ！」
キルギルミゲルは女王の間を出て行った。
「緑の蛇だけで褒美ですか・・・・少々甘いのでは？」
女騎士がさすがに意見した。
「あやつはあれで全く占いの才能がないわけでもないのじゃ。前回ここに来たときは、２匹の金色の蛇、と言っておったからのう・・・
その後２匹の金色の蛇の蛇紋を持つ巫女殿と出会ったのだから。」
「はあ・・・ですが今回は緑の蛇ですから、緑の蛇はそこらに一杯いますし・・・あまりに大雑把過ぎますよ」
「そうですよ」
「まあよいわ。面白い者であることに変わりはないし・・・」
女王はあくまで寛大だった。
褒美をもらったキルギルミゲルは、褒美の入っている小さな皮袋にほお擦りしながら城を出た。
「ああ、これでしばらくは生活も安泰だ・・・」
皆の予想とおり、あまり占い師としては稼げていないようだ。
そこへディランが通りかかった。
「キルギルミゲルではないか。また女王に金の無心に来たのか？」
ディランはキルギルミゲルがもっている袋に目を留めて皮肉げに言った。
「何をおっしゃいますやら！占いに来たのですよ。女王様もおおよく来てくれた、待っておったとお喜びでした。」
「それはお前の夢の話ではないのか？」
「いいえ。今日は特別に騎士殿も占って差し上げましょう」
キルギルミゲルは上機嫌で言った。
「結構だ」
「そうおっしゃらずに。」
キルギルミゲルは去って行こうとしたディランのマントを引っ張った。
「特別にタダで占って差し上げますよ。私がタダで占うことなどめったにないのですよ！」
「ふざけるなといわれたことはあるだろ？」
「はあ、何度も・・・・はっ何を言わせるのですか！騎士殿は何かな。恋占いが良いのかな？それだけ顔が良いともてもてでござろうなあ。
ふぇっふぇっふぇ」
キルギルミゲルはちょっと不気味な声で笑ったのでディランが眉をひそめた。
「占いは結構だ。褒美をもらったのならとっとと行くが良かろう」
「騎士殿は冷たい。老人は敬うもので足蹴にするものではないのですよ。わしがせっかくタダで占うと言っておるのに」
キルギルミゲルは急にしょんぼりした顔をしだした。通りかかりの者たちにじろじろ見られて、ディランは仕方なく言った。
「わかったわかった。早くしろ」
「はいはい」
キルギルミゲルはまた皮袋から水晶玉を取り出した。
「それでは未来でも」
「・・・それひび入ってるぞ」
ディランが顔を寄せて言った。
「良いのです！おおっおや？さっきと同じ緑の蛇だ。緑の蛇が騎士殿の未来に何か関わると出てますぞ。何か思い当たるふしは？」
「ありすぎる」
「さようで・・・」
「無駄な時間を費やしてしまった・・・」
ディランはぶつぶつ言いながら去って行った。
「うーむ、同じ物が出ることはめったにないのだが・・・・まあいいか」
キルギルミゲルは水晶玉を皮袋にしまった。
そこに他の騎士が近づいてきた。
「キルギルミゲルじゃないか。また生活費に困ってやってきたのか？」
「何をおっしゃいますやら！」
キルギルミゲルは騎士に言われる度に同じセリフを繰り返していた。
とうとう女王と一緒に寝る夜がやってきた。場所は城の中の一室である。広い部屋に普通の屋敷ではありえないようなどでかいベッド
がひとつ置かれていた。
「ああ、ついにこの日が・・・どきどきどきどき」
レイアスはそのベッドを見て頬を染めている。部屋の中にはもう５人の男達がせいぞろいしていた。さすがに騎士の格好で寝るのも
身体が痛いので、皆化粧はしていないし、普段着だ。普段着といってもそのままパーティーに出てもいいくらい、それぞれ豪華な刺繍の
入った上着や宝石の入ったベルトをしていた。
「ドルイド髪切ったんだな」
ディランがドルイドを見て言った。ちょっと伸ばしていたドルイドの髪は元の肩につくかつかないか程度まで切られていた。
「ああ、ゆり様とシス様に私だと気づかれなかったら寂しいと思って・・・」
「気づくだろう。髪が伸びてても」
「楽しみだなあ。わくわくわくわく」
「ほんと、うっとうしいやつだな・・・」
興奮しまくっているレイアスに、ディランが眉をひそめて言った。
「だって、女王様と朝まで一緒なんですよ！しかもひとつの布団で！こんなことないじゃないですか」
レイアスは口を尖らせている。
「レイアス、このこと他の騎士に言っちゃだめだよ」
フークスが言った。
「わかってますよー」
赤い月になると、女王はいろんな騎士と仲良くするわけだが、自分を慕う騎士達のためになるべく多くの騎士の相手をしようと思うために、
愛の余韻に浸る時間はあんまりない。朝まで一人の男と過ごす、ということもなかった。順番はもちろん騎士の上位からで、その年によって
人数も違うために、自分の前で終わった時には、かなり悔しい思いをするようだ。
そのため朝までずっと一緒ということでレイアスが興奮するのも無理はなかった。たとえ抱き合わないにしろだ。
「女王様はどこに寝られるんでしょうか。真ん中でしょうか。それとも端でしょうか」
ルークが聞いた。ルークはレイアスほど興奮してはいないが、顔はまっかっかだ。
「さあねえ」
「真ん中だと確立が５分の２ですねえ。ふふふ」
とレイアス。
その時女王が瞬間移動で部屋に入ってきた。その姿に一同ぎょっとした。
「陛下・・・気合が入ってますね・・・」
フークスが女王の姿を見つめつつ言った。化粧も髪もばっちりだし、ドレスもきらびやかなものを着ていた。とても今から睡眠をとる人間の
姿ではない。
「当然じゃ。もしかしたら未来に行けるかもしれぬし。未来の王に会えるかもしれないではないか。これくらいはせねば」
「ごもっとも」
「陛下、真ん中に寝られます？」
レイアスが目をきらきらさせて聞くと、「端でよい」と言われてしまった。
「やっぱり、それじゃくじどうぞ」
フークスが左手に紐の束を持って皆に見せた。
「ひとつだけ赤く塗ってるからね。」
４人が引いて、フークスは残った紐を見た。真っ白だ。
「あ・・・」
ドルイドの紐が赤かった。
「ドルイド様ーその紐譲ってください！」
レイアスが両手を合わせて拝んでいた。
「だめだめ。じゃあ陛下の横はドルイドで後は適当に」
フークスがさえぎり、レイアスは泣きそうな子供のような顔でベッドに寝転んだのだった。
左から女王、ドルイド、ルーク、ディラン、レイアス、フークスという順番だった。
「未来にいければよいのう・・・」
女王がつぶやいた。
こうして部屋の灯りが消され、眠り香が再びたかれて６人は眠りについたのだった。
「へへーい！捕まえてみろよー！」
「くそー！待てー！」
「はははは！」
森の中、二人の少年が瞬間移動であちこち移動していた。
「あー遅い遅い！ディランってば遅すぎー！」
青い短い髪の少年が後ろを見て両手を広げて舌を出した。
「うるさい！」
緑の肩にかかる程度の髪の少年がぱっと飛んで青い髪の少年を捕まえようとしたが、すぐ逃げられた。
くそーくそーあ、そうだ。
「あ！こんな所に５色の蛇がいる！」
緑の髪の少年は茂みをかきわけて言った。
「すげーきれー」
「え！どこっ！？どこっ？」
青い髪の少年が横に来て同じように茂みをのぞいた。
「捕まえた」
緑の髪の少年は青い髪の少年の腕をつかんで言った。
「あーきたねー！」
「うるさい。頭脳の勝利だ」
緑の髪の少年はにんまり笑って言ったのだった。理知的な少年の名前はディラン、そして青い髪の悪がきっぽい顔の少年はハインリヒだった。
二人とも20歳ほどでこの時まだレイアスは生まれていない。
二人とも有能な子供だったが、瞬間移動のスピードはハインリヒの方が上だった。
「やっと追いついたー」
ふらふらしながら黒髪の少年がやってきた。左目は黒い瞳だが右目は紫色の蛇の目だった。二人よりもちょっと幼い。一見気弱そうに
見える顔立ちをしている。
「おっせーよ！ドルイド」
ハインリヒが黒髪の少年を見て言った。
「二人が早いんだよー僕はまだ12歳なんだぞ」
ドルイドがむっとしていった。
「ごめんよ。つい置いていってしまって」
とディラン。
「だから来んなって言ったじゃないかよー」
「だって一緒に遊びたかったんだもん」
ドルイドは泣きそうな顔で言った。
「まあいいや。城行こうぜ、城！」
ハインリヒが突然言い出して二人ともぎょっとした。
「ええー！」
「やだよーじじいに怒られる」
二人とも嫌そうだった。
「行こうよー。僕は行くぞー」
ハインリヒは言うなり消えてしまった。
「僕もう疲れたよー」
ドルイドはさっき移動しまくったせいで気があんまり残ってなかった。
「僕が連れて行ってあげるよ」
ディランがドルイドに触れて、やっぱりハインリヒが気になったので二人も城に向かったのだった。
「こっちこっち！」
ハインリヒは城の側面にある植え込みの間に身を潜めていた。ここは国のほぼ中央にある巨大な城だった。
周りには騎士やら他の大人が普通に歩いている。だが子供の姿はない。
「ヴィラルージュ様に会いに行こう！」
「やっぱり・・・」
「ええー怒られるよー」
ディランに続いてドルイドが泣きそうな顔で言った。
「大丈夫だって、行くぞー」
ハインリヒはどこまでも強気だ。ハインリヒがさっさと移動して二人は仕方なく後についていった。
城の裏手に移動すると、周りに人はいなかった。ハインリヒはあちこちの窓をこっそりのぞき、３階に目当ての人物を見つけたのだった。
ディランとドルイドの二人は誰か来ないか見張っている。
「あっ！いたぞー！」
ハインリヒが小声で下にいるディランとドルイドに言った。
「え？本当？」
「かわいー最高にかわいい」
ディランも宙に浮こうとすると、ドルイドがディランの腕を引っ張った。
「僕も、僕も見たい！見たい！」
「いいよ」
ディランがせがんだドルイドと一緒に宙に浮いた。３人は大きな窓からこっそりと部屋の中をのぞいた。
奥の部屋で、長い銀髪の美しい少女が机に向かって授業を受けているのが見えた。ヴィラルージュだ。ヴィラルージュは３人よりもちょっと
大きかった。
ハインリヒよりも10ほど年は上なのだ。そしてその横には、銀色の髪の少年がいた。こちらはヴィラルージュよりもちょっと幼い。
ハインリヒとそう変わらない。
「ヴィラルージュ様きれー」
ドルイドがうれしそうに言った。
「きれーだなー・・・」
ディランも同様にうれしそうだ。ヴィラルージュは子供の目から見ても輝くように美しい少女だった。横顔しか見られないのが残念だった。
「ちくしょう。フークスめ。同じ銀髪ってだけで一緒に授業受けられるなんて・・・なんてうらやましい・・」
口惜しそうに言ったのはハインリヒだった。ヴィラルージュの横にいたのはフークスだった。
「フークスは一応王族なんだろ？」
とディラン。
「王族っていっても遠縁だろ？そんなに強くないもん」
ハインリヒの言葉に「とおえんって何？」とドルイドが聞いた。
「とおえんってのは・・・」
ディランが説明しようとした時、
「こらー！お前ら、なーにやっとるかー！」
下から声がして３人ともぎょっとした。下には怒り顔の老人が立っていた。
「げっやべっ！じじいだ！」
逃げようとした３人だったがそのまますとんと地面に落とされた。
「ぎゃ！」
「またお前らか。よっぽど暇らしいのう。そんなに暇ならわしが遊んでやろう」
老人はあごひげをなでながら３人を見下ろしてにやりと笑ったのだった。
この老人、王の相談役でヴィラルージュの教育係ムサカという男だった。老人といってもまだ腰はぴんとしている。頭は禿げ上がって
いたが白いあごひげは胸の辺りまであった。
「ほーれほれほれはよ逃げんか！なーにをしとるか！小僧めが！」
「助けてー」
「焼ける！焼けるー！」
騎士達の修練場の大きな部屋にて、３人は10個の火の玉に追いかけられて逃げ惑っていた。この中は瞬間移動できても部屋の外には
出られない。ムサカが出れなくしているからだ。
「さっきの威勢のよさはどうしたんじゃ？」
「あちっ！あっちーよ！」
ハインリヒのズボンのおしりはこげていたし、ドルイドなどは「だから嫌だったのにー！」と泣いていた。
「がんばれ！」
ディランはそんなドルイドを励ましつつ逃げている。
傍らでは騎士達がはははと笑っていた。
「ちくしょうじじいめ！早くくたばっちまえ！」
ハインリヒが悔し紛れに言うと、
「やかましい」
背中にどーんと氷の塊を落とされてハインリヒはつぶされた。
「はげじじいめー！！！」
「元気ながきじゃのー」
ついにはハインリヒは逆さに吊られてぶらぶら揺らされた。
「頭に血がのぼるよー！！！」
「しばらくそうしとれ」
部屋の中に火の玉は消えていた。
「怖かったよー」
「もう大丈夫だぞ。ドルイド」
ディランは泣いているドルイドの背中をさすっていた。
「遊んでほしかったらまた来い。がき共」
そんな３人を見てムサカはフォッフォッフォと笑っていた。
懐かしい・・・あんなこともあったな・・・・まさか子供のころの夢を見ようとは・・・
思いもかけず小さい頃の夢をみたディランだった。
あの頃はハインリヒと一緒によく悪さをしたものだった。
それにしてもムサカ様あの頃からさっぱり変わってないな・・・・
ムサカは今もまだ健在だった。ハインリヒのような悪がきを見つけては目を輝かせている。
ハインリヒのおかげでよく怒られたものだったなあ・・・
目を開けると部屋の中は明るかった。すっかり朝のようだ。
ドルイドも目を覚ました。
嫌な夢を見た・・・まさかあんな子供の頃のことを思い出すとは・・・
泣きながらもなぜかハインリヒらにくっついていってたんだよなあ・・・
悲惨な目にあうとわかっていたのに。
今思うと不思議だ。
どうやらドルイドもディランと似たような夢を見ていたようだ。
横を見ると女王は目を開けていた。
なんだかうれしそうな顔をしていた。
「どうかされたんですか？」
とドルイドが聞いた。
「未来には行けなんだが、お兄様の夢を見たのじゃ。とても良い夢であった。」
女王はうれしそうに言った。女王の兄は生まれた時から身体が弱く、女王が10歳の時に亡くなってしまったのだった。
「そうでしたか。私は子供の頃の夢を見ました」
ドルイドが言った。
「さようか」
「私も子供の頃の夢を見た」
それを聞いたディランが言った。
「ハインリヒも出てきて懐かしかったな・・・」
「私の夢にも出てきた。」
「私は亡くなったおじい様の夢を見ました」
と二人に挟まれて寝ていたルークが言った。
「どうやら未来とは全く関係ないようだのう・・・」
女王が身体を起こした。そして声がしないフークスとレイアスを見た。
レイアスはしっかりとフークスに抱きついていた。
「うーん。陛下愛してます〜」
「あ・・・・」
一同が同時に声をあげた。レイアスはぶちゅっとフークスに口付けして、フークスはまたもや「ぎゃー」と悲鳴をあげたのだった。
未来の世界でも赤い月は終わったところだった。
ゆりもいつも通りラクシュミと熱い夜を過ごしたのだが、昼間はラクシュミは子供たちの訓練にかかりっきりだった。
赤い月の間ラクシュミからかなり気をもらったゆりだったが、３日も経つと気がほしくなってしまい、今日はハインリヒにもらっていた。
赤い月以外では忙しくしていたハインリヒも、ゆりとのひと時は息抜きになっている。
「今朝方子供の頃の夢を見ましたよ」
とハインリヒが言った。
「へーどんな夢？」
ゆりが聞いた。
「城に潜入しては怒られていた夢ですよ。小さい頃は、腕白なディランにつれられてよく探検したなあ。ははは」
ハインリヒは笑って言った。
「逆じゃないの？」
ゆりは聞いた。
「イメージ的にハインリヒの方が腕白な気がする」
「そうですか？ディランも腕白でしたよ。私らの後をよくドルイドが泣きながらついてきていたなあ。一緒にお仕置きされたもんです。
お仕置きっていってもおしりたたくとかいう一般的なお仕置きじゃないですよ。かなり激烈なやつでした。」
「３人はずっと仲良かったの？」
「小さい頃は一緒に遊んだりもしましたが、私とディランが大人になってからはドルイドとはちょっと疎遠になってましたね。久々に
ドルイドに会った時にはすっかり根暗な男になってました。」
「ひどっ・・・子供の頃ハインリヒがいじめたからじゃないの？」
ゆりは非難するようにハインリヒを見た。
「そんな事ないですよ。そういえば城のてっぺんに３人でくくられたこともあったなあ」
「一体何したの？やっぱりロイの腕白はハインリヒの黒蛇の影響じゃない？」
ゆりはそう思った。
「そんな事ないですよー」
「絶対そうよ。そうに違いない」
「まあ、子供は腕白が一番ですよ」
その時ガシャンとガラスが割れる音がした。部屋の後ろを見ると、大きな窓ガラスが割れていた。床には丸い石が転がっている。
ハインリヒがバルコニーに出ると、子供の笑い声とそれを追いかける男達の声が聞こえた。
ドンドンと部屋の扉がノックされて戦士が一人入ってきた。
「すいません。大丈夫でしたか？ロイ様が石飛ばして遊んでしまって。本当にすいません」
戦士が申し訳なさそうに頭を下げた。
「ハインリヒ、さっきの言葉もう一度言ってみて」
ゆりは部屋に戻ってきたハインリヒに言った。
「・・・城のてっぺんに吊るしますか？」
ハインリヒは冗談交じりに言ったのだった。
「わーすごい弓矢だねえ・・・」
城のすぐ東にある街では、鉄でできた矢と巨大な弓が次々と馬車に乗せられていた。ラギはそれを見ていたのだった。
ラギは一本の矢を手で持ってみた。かなりの重さだ。弓もイシュタールでも引く事ができるかどうかという大きさだった。
「龍を殺すための弓矢なんですよ。地上に固定して二人がかりで引くんですよ」
武器係りの者が説明してくれた。
「そうなんだ・・・龍ってすごくでかいんだよね」
もちろんラギも実際に見たことはない。
「うろこが硬いんですよ。普通の弓矢ではまず無理です。」
「今回龍も来るのかな？」
「用意しておくに越したことはないですからね。それでは」
弓矢や他の武器が積まれた馬車は街を出て行った。
「龍かあ・・・殺すの大変そうだなあ・・・」
ラギは馬車を見送りつつつぶやいた。
街の人々も少し不安そうな顔をしている。戦士達の顔も、どこか緊張気味だった。
あちこちの街でちゃくちゃくと戦の準備がされていたのだった。
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