「クエー・・・クエー・・・」
風に乗り、おかしな動物の鳴き声が響いていた。空には大きな翼を持った濃い緑色の動物が飛んでいる。頭上には二つの角、長い首、
長い尾、丸い胴体のもいれば細身のものもいる。身体は硬い皮膚に覆われていた。そう、これこそが龍と呼ばれる生き物であった。
空では数匹の龍が旋回していた。前にせりでた巨大な口に牙、大きな黄色い瞳、巨大な４本の爪、蛇の一族の者には獰猛な生き物で
あったが、龍の一族の者にはこの上なくかわいらしい生き物であるに違いない。
その下に見えるものこそが龍の国、王城都市ネクラコン。都市のちょうど真ん中に、巨大な石造りの城がそびえたっていた。城の形は
六角形でその周りを取り囲むように円状に城壁が建てられている。城の前には巨大なハロルド像が置かれていた。
城の中の王の間では、まさに戦に赴く龍の一族の騎士達が勢ぞろいしていた。
「ようやく戦だのう。準備は万全であろうな」
玉座にいる龍王が聞いた。
頭には長い黄色がかった二本の角。深い緑色の長い髪、鋭い瞳は金色に輝いていた。年配の王である。
王の後ろには人の二倍ほどの大きさの龍がいた。
「はっ万全でございます。」
一人が前に進み出て言った。この戦の総指揮を取る男だった。
「わが同胞を５０頭も連れて行くからには、わかっておろうな。できるだけ多くの者を殺すのだ！戦士が減れば、おのずと、国は滅亡する。」
「はっ心得ております！」
「心配なのは前回と前々回に現れた王族の者だが・・・・」
「ご心配には及びません。先の二回で敗れたのはわれらに油断があったため。今回は例の魔法もございますれば・・」
「そうであった・・・あれさえあれば他国でも、われらの力は思う存分発揮できよう。朗報を待っておるぞ」
「はっ」
龍王が指でちょいちょいと合図すると、女性が王の間に数人入ってきた。お盆を持ち、その上には小さなグラスがいくつものせられていた。
騎士達は次々とグラスを受け取った。グラスには赤い液体が注がれている。
皆にグラスがいきわたった所で龍王はグラスを掲げて言った。
「乾杯！」
「乾杯！」
皆グラスの中の液体を一気に飲み干した。中身は蛇の生き血であった。彼らは戦の前に蛇の生き血を飲むのが常の決まりであった。
第３３話
蛇の国の北、正確には北北東にはだだっぴろい丘が広がっていた。所々草が生えただけで大部分は土がむき出しになっているだけの
見通しのよい何もない場所である。周りには街も村も見えない。丘の周りにに森が見えるくらいだ。
この場所で、今まで幾度となく、龍の一族との戦いが繰り広げられてきたのだった。
今回も、この場所で龍の一族を迎え撃つことになるだろう。
龍の一族が意表をついて別の場所に移動する、ということはありえない。なぜなら、彼らの目的は、力がある戦士を殺すことにあるからだ。
力がない村人や街の人々を殺すことに何の意味もない。だから待っている所にやってくるのである。
丘が見渡せる場所にエルバートは浮いていた。
今日は休みだったが、とても家で休んだり買い物に出たりする気分にはなれない。
よく見ると、小高い土の上にぼんやり座っている戦士がいた。自分と同じ様な心持ちでいるのかもしれない。
ー怖いのか？
とカーライルが聞いてきた。
「怖いですよ。それは」
エルバートにとっても初めての大きな戦いである。怖くないはずはない。
ーならばわざわざ戦うことはない。他に志願すればいいだろう。
主な戦力は北に行くのだが、全員がいくわけではない。戦と呼応して南や他の街で騒ぎを起こす輩がいるからだ。そちらにだって戦士は
必要だ。そちらに行きたい者は志願するように、と砦の朝礼で言われていた。皆ざわついていたが、大部分は志願などしないだろう。
皆怖いが命を惜しんだら戦いはできない。
「そんなことはできません。」
ー戦で生き残ってもこの戦力では滅亡も時間の問題という気がするが・・・
「そんなことはありません！」
エルバートは力を込めて言った。
ー・・・・まあこれも何かの縁か。息子の得意技をひとつ教えてやる
「え？得意技？」
その時ぽんと肩をたたかれてエルバートはびくっと身をすくませた。
「エルバート、誰としゃべってるんだ？」
後ろにいたのは戦士仲間だった。
「なんでもありません。それでは」
エルバートはびゅっと消えた。
北の方にある村や小さな町では、住民達の避難が始まっていた。戦いの場所から少し離れてはいるが、龍が飛んでこないとも
限らない。念のためだ。同時に蛇達もぞろぞろ南の方に移動していた。
敵が国境付近にやってくるのは６の月に末になりそうだった。６の月に入り、戦士たちはあわただしく戦の準備をしている。
北の砦で戦士達に指示を出していたヴィクターの元にミルキダスが悲壮な顔でやってきた。
「し・・・将軍、話があります！」
「ん？なんだミルキダス」
ヴィクターがミルキダスを見た。
「私も北での戦いに参加したいんです！」
ミルキダスは訴えるように言った。朝発表された部隊編成では、北での戦にミルキダスは入っていなかった。東の砦配属になっていたのだ。
「私はもう３人も子供がいますし、それにー」
「ミルキダスよ、北での戦いがすべてではない。まさか全員が北で戦うわけにもいかないだろう？下級戦士だけでは心配だ。」
「それならシャナーンと変えてください」
シャナーンは北配属になっていた。
「それはできない。あいつがそんなこと受け入れると思うか？別にお前が頼りないとかそういうことではない。受けてくれ。お前は瞬間
移動も早い。他で何かあればそっちにも行ってほしい」
ミルキダスはしょんぼりしていた。
「ミルキダス、戦はこれで終わりじゃあない。次もあるんだ。な」
「はい・・・」
「誰もお前が命を惜しんでいるなんて思っちゃいないさ」
「わかってます・・・」
わかってはいるが・・・どうせなら子供がいない者と変わりたかった・・・
他の地域でも小競り合いはあるかもしれないが、北での戦いとは段違いだろう。
ミルキダスの思いも複雑だった。
ゆりの元には日々握手してくださいという戦士たちが訪れ、ゆりも握手に応じていた。６月も終わりに近づくと、恋人達も顔を見せてくれた。
皆穏やかな顔つきだったが、ゆりとしては微妙だった。戦がはじめてのシャナーンも、みんなと同じ顔つきをしていた。
「どうしたんですか？王妃」
微妙な顔つきのゆりにヴィラが聞いた。今日はヴィラが来ていた。
「なんだかさーみんなと今生の別れみたいなんだもん。やだなあ・・・」
「王妃に出会えてよかったです」
ヴィラが微笑んで言った。
「だからそういうのやめなさいっての」
ゆりはヴィラの手の甲をつねった。
「そういえばヴィラって今年100歳なんでしょ？誕生日いつだっけ？」
「７の月の１日ですよ。ちょうど戦の日かもしれないですね」
しーんとしてしまった。
「・・・死なないでね・・・」
「がんばりますよ」
ヴィラは去って行った。
夫を戦争に送り出す妻の心境だ。
後はミルキダスだけかあ・・・
そう思っていると、夕方ミルキダスがなにやら申し訳なさそうに部屋にやってきたのだった。
「王妃、すいません・・・」
ミルキダスはなぜか謝っていた。
「戦には参加しないことになったんです。シャナーンと変わりたかったんですが・・・」
「シャナーンと？なんで？」
「シャナーンに何かあると王妃が嘆かれると思って・・・」
「ばかね。どっちも私にとっては大事な人よ。ミルキダスが傷ついたって悲しいよ」
「・・・・」
「みんな無事だよ。絶対。ミルキダスもがんばって」
ゆりはミルキダスの両手を握り締めた。
「はい・・」
ミルキダスは去っていった。恋人の中では自分だけ北の戦いからもれたので気にしているようだ。
ああ・・・本当に大丈夫なのかな。猛烈に心配になってきたよ。
そわそわしていると気がほしくなったのでゆりはハザークの元に行った。ここのところはずっとハザークから気をもらっている。
「今日も気もらっていいですか？」
「ああ」
ゆりは長椅子でハザークにべったりくっついた。ハザークの所だけはいつもと変わらない。
「部屋にいるとどうも落ち着かなくて・・・」
「戦のことを気にしてるのか？」
「そうですよ」
「大丈夫だ。王は今力がのってる時期だし、散々な目にあうことはないだろう」
「そりゃそうでしょうが・・・誰にも死んでほしくないんですよ」
「なるべく少ないといいな。死者が多いと次はやばいだろうな」
「・・・」
ハザークの言葉はやっぱりあんまり慰めになってなかった。
その頃、城の一階にある魔法陣の部屋では、体格のいい男達がわんさかいた。そこにはラクシュミもいる。
「一体何人来るんだ？」
ラクシュミが横にいる金髪の男に聞いた。ガットだった。
「約100人」
「そんなに来るのか？」
円の魔法陣に現れた男達は次々と部屋を出て行った。みんなプロレスラー並の体格のよさだ。剣を背中にさしたり腰にさしたりしている。
「そりゃそうさ。いくら俺達だって10や20じゃ熊公らの相手はできないぞ。150は来るらしいじゃないか」
「ああ」
龍の一族と一緒に熊の一族の者たちがやってくるということを聞いたガット達が、戦のために魔法陣でぞくぞくと蛇の国にやってきていたの
だった。
虎の一族と熊の一族は大昔から仲が悪い。昔は何度もどちらが強いかで争った間柄だった。どちらも体格が良くて力技オンリーの似た
ような種族なので、つい争ってしまうのだろう。最近はそういうことも少なく、龍の国と熊の国は同盟関係にあり、龍の一族は熊の一族の
者達を戦などにうまく使っていたのだった。
熊の一族が出てくるのならば黙ってはいられないと、ガットらが有志を連れてやってきたわけだ。
「まあ熊公らは俺たちに任せておきな。」
ガットはラクシュミの肩に腕を回した。
「ありがとう」
ラクシュミはそっと腕をはずして言った。
正直熊の一族の相手をしなくてもいいというのはかなりありがたい。
虎の一族の加勢はこの国には願ったりかなったりだった。だがー
魔法陣だけでかなりの魔力を使わされてるんだが・・・・
ラクシュミは少々お疲れだった。
魔法陣で一度に運べる人物には限度がある。まさか100人一度には運べない。無理やり乗って10人だった。最初の一度だけは
虎の王が力を使い、残りはラクシュの魔法でこちらに呼び寄せていた。
「わりいな。うちら魔力あんまりないからさー」
ガットが申し訳なさそうに言った。
「集団で移動すると食事を持ち歩くのだけでも大変だからよー」
「わかってる。まあいい。ありがたいことはありがたいからな」
やがて100人の男達がこちらにやってきたときには、ラクシュミはぐったりしていた。
「夕食を食べてきたけど、後で夜食頼む」
「わかってる。私はちょっと休むから後は適当にしててくれ」
ラクシュミは休憩室に消えた。こちらに来たガットが最初に何をしたかというと、王の間の魔法の鏡でさっそくアヤコと話をしていたのだった。
「アヤコちゃーんしばらく留守にするけどすぐ帰るからね。寂しがらないでね」
『別にいいわよ。一月くらいいてくれても』
と向こうでアヤコはそっけなく言っていた。
「またまた心配でしょうがないくせに。」
『全然心配してない。』
ガットが誰かにやられる、ということは、全く想像できないアヤコだった。
『お父さん、がんばって！』
『がんばってー！』
鏡の向こうでは二人の子供達が声援を送っていた。
「おう、がんばるぜ！お土産は・・・熊の毛皮でも」
『そんな暑苦しいものいらないわよ！』
アヤコには即効で断られていた。
「ガット様ってばやだなあ。土産といえば熊の肉に決まってるじゃないですか」
横にいた虎の一族の男が言った。
「あ、そうだな。毛皮より肉の方がいいよなー」
とガット。
『どっちもいらないってば』
アヤコは鏡の向こうで言っていた。
「あれ？でも熊もくるんすか？」
と他の男が聞いた。
「来るのは熊の一族の人間だけじゃないんすか？」
「そうか。じゃあ熊の肉じゃなくて龍の肉にするか。龍の肉ってうまいのか？食ったことないけど」
「さあ、あんまりうまくなさそうですけどね。でも話のタネに食ってみたいっすねえ」
「俺のじいさんはまずかったって言ってましたけどね。俺も食ってみたいなあ」
「そうだな。じゃあいっちょ食ってみっか」
『お父さん！僕龍の角ほしいよ！とってきてよ！』
鏡の向こうでタロウが言った。
「おお、角かーいいぞーまかしとけーはははー」
『そっちにあんまり迷惑かけないようにね』
とアヤコ。
「迷惑なんてかけてないぞ。ラクシュミなんざ泣いて喜んだくらいだ」
『あのにょろキングがー？』
戦とは無縁の和やかな会話が続いていた。
ーまじめに龍の角もって帰りそうな気がするな・・・
ーまじめだろう。これだから虎の一族は怖いんだよな・・・
ーそれにしてもにょろキングって・・・・誰のこと？
鏡の両横にいた番兵達は引きつった顔で思念を送りあっていた。
「あっガットさん、皆さんようこそー」
ハザークの塔から出たゆりは庭にわいわい男達がいるのを見た。虎族の男だ。戦の前に来るというのは話に聞いて知っていた。
「おおっゆりちゃーんおひさー！」
ガットが手を振っている。
「ガットさんありがとう。うちのために来てくれて」
ゆりは目を潤ませてガットの大きな手を握り締めた。
「いやーここのためっていうか、俺らが戦いたかったから来ただけだけど」
ガットは頭をかいた。熊の一族がこなかったら、まずここには来ていない。
「それでもうれしい」
「王妃！だめですよ。王妃は虎族の方には近づいちゃだめって王がいってましたよ」
ゆりを見つけたフリットがあわてて飛んできた。
「でも挨拶しなきゃ」
「もういいでしょう」
「がんばってねー」
フリットはゆりを連れて行ってしまった。
「ガット様・・・腹減りましたー・・・」
虎族の男の一人が言った。
「さっき夕飯食ってきたじゃないかよ」
とガット。
「でも腹減りましたー」
「俺も」
「俺も」
「じゃあ森で鳥でもとってくっか？」
「今用意してますからちょっと待っててください」
蛇の一族の戦士があわてて言った。
「そうか、わるいな。」
その頃料理場では１０人以上の料理人がてんやわんやの大忙しで肉を焼きまくっていたのだった。
敵の軍勢が北の国境付近に現れたのは６の月最後の日、２２日の夜の事だった。国境はすでにもぬけの殻だったが、人が通れば
自動的にあちこちから矢が放たれる仕掛けをしてあった。矢には蛇の毒も塗ってある。
「わあああ！」
矢は次々と放たれて、先頭にいた者達がばたばたと倒れた。だが、それも20人ほどだった。しかも龍の一族の者は一人も入ってはいない。
くそっ他族の者をおとりに使うとは・・・なんて非道なやつらだ・・・
こっそり見ていたミカエルは舌打ちして姿を消したのだった。
７の月の一日早朝、ゆりはいつもよりも早めに目覚めてしまったので、そのまま起きて身支度した。
「お早いですね」
と侍女が言った。
「うん。だって眠れないよ。さすがに」
「それはそうですね」
決戦は今日行われるのだ。騒がしかった虎族の者達も、すでにいない。昨日北の方に向かって行った。彼らは瞬間移動は使えるので
走りながら時々瞬間移動しつつ向かったようだ。突然虎の一族の大軍を見た街の人たちはかなり驚いたらしい。
「王様は？」
「もうすでに王の間にいらっしゃいますよ」
「そう。ちょっと会ってこよう」
ゆりは王の間に向かった。ひっついて気を奪わないように、ゆりはしばらくラクシュミとは別に寝ていたのだった。
王の間には冷静な表情のラクシュミがすでに椅子に座っていた。
「王様・・・あの・・・」
「わかってる。お前は何も心配するな」
ラクシュミは穏やかな口調で言った。
「うん・・・」
その時ゆりの左目がぱっと蛇の目に変わった。
「王様がんばって」
「ああ」
黒目に戻ったゆりはその後食堂に行った。子供達は４人いた。ラギだけいなかった。
「ラギは？」
「ええと、今日は研究所で過ごすって」
とシスが言った。
「そう・・・城にいればいいのに・・・」
ゆりはぶつくさ言った。
「ロイとナナミはハザーク様に預かってもらうから。ロイがどっか行くとまずいから」
とアナスターシャ。
「そうなの。あなた達もがんばってね。でも無理しないでね」
「うん」
「わかってるよ。」
アナスターシャとシスは、ゆりに心配かけないようにか食後笑みを見せて去って行った。
朝９時ごろになると、北の丘では味方はほとんどが集合していた。戦士達は各部隊に分かれてそれぞれ任務を与えられている。
ヴィクターら４人の将軍と上級戦士達は最後の詰めた話をしていた。そこにガットもいる。
「最初に言っておくけど、戦いの最中俺達には近づかないようにな。巻き添えを食うかもしれないぞ」
ガットが皆を見て言った。
「変化すると見境がなくなる恐れがあるからさ」
「わかりました」
とヴィクター。
丘の左の方では、虎族の者達が準備運動をしていた。皆武器は大きな剣である。身体には鎧のようなものはつけていない。
蛇の一族の者達は皆胸当てをしていた。
「一人だけ派手だなーかっこいー」
「どうも」
ガットがひときわ目立つ姿の男を見て言った。ハインリヒだった。ハインリヒは騎士時代の鎧にマント、飾りをつけていた。銀の胸当ては
きらきら輝いている。化粧だけはしていないが昔のままだ。
「我々も昔とは違う。がんばろう」
ヴィクターが言い、一同がうなずいた。
整列していたジェナサイトの元に、戦士が耳打ちした。
「おい、ユリウスがいるぞ」
「ええ！？」
ジェナサイトが探すと、確かに女性戦士達に囲まれてユリウスがいた。何やら言い合っている。
「ユリウス、何やってるんだ！？」
ジェナサイトがユリウスに近づいた。
「ユリウス様、戦に出るって聞かないんですよ」
ジュメが困ったように言った。
「妊婦は出ない決まりだぞ。」
「でも私も戦いたい！戦いたいんだ！」
ユリウスは真剣な表情で訴えたのだった。
「だめだ！万が一のことでもあったらどうするんだ！」
「そうですよ。」
「どうしたんだ？」
それに気づいたキース将軍がやってきた。
「将軍、ユリウスが戦うといって聞かないんです」
ジェナサイトはキースに訴えた。
「ユリウス、だめだ。」
「ですが・・・」
「お前は救護の方に回ってくれ。それも重要な仕事だ」
「・・・わかりました」
ユリウスは仕方なく言った。
ーユリウス・・・俺にもしものことがあっても、子供はちゃんと育てろよ。
ーばかっ！不吉な事を言うな！
ユリウスはジェナサイトを睨んで消えた。
敵はすでに国に入り丘に近づいてきていた。軍勢と共に龍が飛んでいる。
「あれが龍か・・・・」
つぶやいたのはラギだった。ラギは研究所ならぬ北の砦にある高い塔にいた。そこから双眼鏡で丘の方をのぞいていたのだった。
どうしても戦の様子が見たかったために、無理を言っていさせてもらうことにしたのだった。ゆりに内緒にしたのは反対されるからだ。
北の砦は戦いの最中、救護のための場所になる。傷ついた戦士達がここに運ばれてくるのだ。そのためあちこちの街から医師や看護婦
などもここにやってきていた。各部屋には布団が引かれて医薬品が用意されている。
「よく見えますか？」
「はい」
ラギの横にいたフレイが双眼鏡を受け取って丘を眺めた。龍の姿は豆粒くらいにしか見えない。
「大丈夫ですよ。龍にも弱点はありますからね。」
フレイがラギの肩をぽんぽんとたたいて言った。
ーお父さん、がんばって・・・
ー死なないで・・・
ー心配するな。
ーどうか無事で・・・
目に見えない思念がいくつも飛び交っていた。いずれも戦士達とその子供達や友人、恋人らとのやりとりだった。
お父さん、お母さん無事でいてね・・・
学校に集まっている子供達も必死に祈っていた。街の人たちも皆同じ思いだった。
「皆さんどうかご無事で・・・」
東の砦にいたミルキダスも、他の者達と一緒に北の方角を見て祈るようにつぶやいたのだった。
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