北での戦いのさなか、他の地域でも小さな小競り合いはいくつも起きていた。今はほとんどが北での戦いに加わっており、他の地域は
戦士達の数も少なくなっている。ミルキダスらは、街の人たちの安全を守るために、全力を尽くしていた。
敵を倒しても心は晴れない。不安な感情が後から後からあふれてくる。
ースタール、頼みがある・・・
ミルキダスは南の方角にいる中級戦士に思念を送った。
ーいいぞ。
ミルキダスが何か言う前に思念が返ってきた。
ーまだ何も言ってないけど・・・
ー北に行きたいんだろう？俺がそっちもカバーする。後半日だ。大丈夫さ
ーすまない。本当にすまない
ー何言ってるんだ。死ぬなよ。ミルキダス
ーああ
ミルキダスはすぐに移動を開始したのだった。
第35話
ヴィラは肌から抜け出た子蛇を捕まえたまま、子蛇に引っ張られて暗い空間を移動していた。
どこに行くのだろう。
そう思っていると、目の前に光が広がった。ヴィラはまぶしさに目を細めた。そして目が光に慣れると、目の前には、綺麗な大地が広がって
いた。ヴィラは空の高い所を飛んでいたのだ。近くを白い鳥が何羽か飛んでいった。
雲ひとつない青い空。下には街や農園が点在して見えた。遠くに城のような大きな建物が光って見える。
大きな湖も輝いていた。城のような建物は別の方向にも見える。
この風景は自分が住んでいた場所の風景ではなかった。街はかなりの数だ。かなり栄えている国なのだろう。
そうか、ここが天の園というものなのか、とヴィラは思った。
おとぎ話にあった。
蛇に導かれて天の園に向かう男の話が。
蛇は下降していき、ヴィラも一緒に下降した。子蛇は遠くに見える、綺麗な城の方に向かっているようだ。
空の上から街の様子を眺めることができた。通りには石畳が敷き詰められ、どの建物の前も花で綺麗に飾られていた。
通りには白い馬に引かれた馬車が行きかっている。街のあちこちで蛇がとぐろを巻いていた。
人々は幸せそうに笑っている。
平和な街の人たちを横目で見ながら、ヴィラは飛んでいた。やがて城が見えてきた。
なんてかわいらしい城だろう、とヴィラは思った。真っ白で屋根はピンク色だった。周りにはいくつもの塔が建っている。
自分の時代の古びた城とは雲泥の差だ。壁は真っ白だ。蛇の模様の旗がいくつも風になびいていた。
あれ？どこかで見たな。この城
そうヴィラは思った。
本で見たのかな？
考えている最中にも子蛇は城に近づいていっている。街並みを通り過ぎ、林を抜けると大きな噴水が見えてきた。
その周りにはいくつもの石像が見えた。ヴィラは一つの石像に目を留めた。一つだけ石像の周りにいろいろな物が置いてあるし、
石像自身にも色とりどりの花が飾られていた。それで目に留まったのだ。石像の顔はなぜかゆりに似ていた。
面白い所だな。ここは・・・
ヴィラは思わず微笑んだ。じっくり石像が見てみたかったが、子蛇は一直線に城に向かっている。
そして城の中をすり抜けて、廊下を歩いていた一人の男の背中にびたっとくっついた。
男はマントをしていたので正確にはマントにくっついたのだった。子蛇はひっついたまま、離れようとはしなかった。
どうやらここが目的地だったようだ。
引っ付かれた方はかまわず歩いていた。
マントは濃い緑色だった。下の方には緑の蛇の刺繍がしてある。結構おしゃれなマントだ。肩には白い鳥の羽が飾りでついていた。
・・・・・まさかそんなはずはないよな
ヴィラの脳裏に一瞬何かがよぎったが、それはすぐ打ち消した。ヴィラは男の顔が見たかったが、ひっついていたのは背中なので、なかなか
見えない。廊下を通り過ぎる男達は、皆派手な服を着ていた。まるで劇にでも出演する役者のようだ。
こんな服はどこかで見たことがある。とヴィラは思った。
いや、まさかな。
ヴィラは男の背中にくっついたまま男と一緒に移動していた。すると男が廊下の端によけて、すっと頭を下げた。
「これはアゼル様、どちらへ？」
「散歩だよ。」
子供の声が聞こえてきた。ヴィラはなんとか腕と首を伸ばして男の背中から向こう側を見た。
銀髪の綺麗な子供と、髪をポニーテールにした見事な体型の女性がいた。子供の瞳は金色に輝いていた。横の女性は超ミニスカート
で太ももは丸出しだった。胸元も結構開いている。ヴィラはついそちらに目がいってしまった。
「あなただあれ？」
子供が聞いた。ヴィラが引っ付いていた男は、きょろきょろと周りを見た。
「え？私ですか？」
「違うよ。ディラン、その人だあれ？」
子供はヴィラに近づいてきた。ヴィラは子供を見下ろした。子供は明らかに自分を見ている。
「誰のことですか？」
「この人だよう。見えないの？」
子供はヴィラを指さした。どうやら子供にしか見えていないらしい。
男はきょろきょろしていたのでヴィラは男の顔がはっきり見る事ができた。優しそうな顔立ちの綺麗な男だった。目の上には緑の
アイシャドーをしている。
「メリクル、見えるか？」
男が子供といた女性に聞いた。
「いいえ？誰も見えませんが」
「ディランの背中にくっついてるよ？」
「背中に？」
男の両手が後ろに回った。だが手には何も触れない。
ん？ちょっと待てよ。ディラン？ディランだって！？確か王妃が過去に飛んだ時にできた恋人の男にそんな名前のやつが・・・・
「陛下に見てもらった方が良いのではないですか？」
女性が言った。
「そうだな。そうしよう」
ディランと呼ばれた男は不思議そうに首をかしげて飛んだのだった。
王の間にいた女王ヴィラルージュは、王の間に現れたディランの背中から男の顔がのぞいているのを見て凝視した。
「ディラン、どうしたのじゃ、それは」
王の間には他にも男の騎士が３人ほどいた。
「陛下にも見えるんですか？私にはさっぱり見えないんですが・・・」
ディランはそういいつつ女王の側まで歩いて行った。
「どうなさったんですか？」
他の騎士が聞いた。
「ディランが背中に男をくっつけておる」
「え？」
騎士達は皆ディランの背中を見たが、何も見えなかった。
「どんな男ですか？」
ディランは背中を向けて聞いた。
「地味な服装の男じゃのう・・・・おや、手には緑の蛇を持っておる」
「え？」
ディランが身体を向けた。
「ディランの肌の蛇が動いておるぞ！」
女王が驚いて言った。女王は服の上からでも、一族の者の肌の蛇を見ることができるのだ。
「そういえば何やら胸が熱いんですが・・・」
ディランは胸に手をあてた。肌の蛇がいるあたりが熱い。
女王は席を立ち、ディランの背中にいたヴィラの頭に手をあてた。その時ヴィラはずっと、美しい女王に見とれていた。
女王は少し悲しげな表情をした。
「わかったぞ。この蛇は、ディランの肌の蛇の子供じゃ。この男が前に言っておった子蛇をもらった男なのであろう」
「え・・・そうなんですか？ではなぜここに！？」
「争いの最中に命を落としたのであろう。子蛇が親蛇に会いにきて、一緒に引っ付いてきたようじゃ」
ディランの表情が驚愕から悲痛なものへと変わっていた。
「亡くなったのですか・・・」
「そうだが・・・魂はまだ輝きを放っておる、すぐ体に戻せば生き返るかもしれぬぞ。体がかなり傷んでいたら無理じゃが・・・その場合は
別の体に入れるという手も・・・」
女王は考えるようにぶつぶつ言っていた。
「助かるなら助けてあげてください！ゆり様がどんなに嘆かれていることか・・・」
「戦はすでに起こってしまったとは・・・もう終わったのか？」
女王がヴィラに聞いた。ヴィラはわからなかったので首をかしげていた。
「お願いします。陛下、彼をなんとか助けてあげてください！」
ディランは必死に頼んでいた。
「うーむ・・・今日戦士は誰も死んではおらんし・・・一般市民の若い男の死体があればそちらに入れるか・・・いや・・・・」
その時女王はぴーんとひらめいた。
「導く者がいれば未来にいけるかもしれん、せっかくだから試してみるか？」
「未来へ？いけるんですか？」
「この者が道を作ってくれれば可能かもしれん。私は居ながらにして外に心を飛ばすことができるし、よし、その要領でやってみよう」
女王は手をぱんとたたいて椅子に座った。
「ツィード、というわけでしばらく私はいなくなるゆえ後は頼む」
「ええええ！しばらくって一体どれほどなのですか？」
言われた騎士は驚いて聞いた。
「なに、そう時はかからぬだろう。多分。」
「陛下私も連れて行ってください！」
ディランはあわてて頼んだ。
「おお、そうじゃ、他の男達も呼んでおあげ」
女王は目を閉じた。
ディランは急いで皆に思念を飛ばした。
女王はすでに身体から抜け出てヴィラの横にいた。
ヴィラは近くにいるとあまりにすごい女王の瞳の輝きで目がくらみそうだった。
「思い出してごらん。お前の時代のことを。愛しい者達のことを。お前の時代に帰るのだよ。ほら、王の顔を思い出すのじゃ」
「王・・・・」
ヴィラの脳裏にラクシュミの姿が浮かんでいた。
女王は緑の蛇をそっとなでた。
「死ぬにはまだ早い。帰ろうぞ。元の身体に」
女王が優しく言うと、蛇はディランの背中から離れて上に行こうとした。
「よし、その調子じゃ」
王の間にレイアス、フークス、ルーク、ドルイドの４人があわてて集まってきた。
女王はさっと右手を上にあげた。５人の男達がばたりと倒れて、側にいた騎士達があわてて彼らに近寄った。
５人の魂は身体から分離していた。
「陛下、一体・・・」
「何がどうなって・・・」
「彼は誰ですか？」
４人とも理由を聞かされる間もなかった。
「説明は後じゃ、皆で未来に行くぞ！おや、アダムまで来てしまったのか、まあしょうがない」
ルークの魂の後ろにはアダムの魂もくっついていた。一緒にいたのでついてきてしまったようだ。
「ああ。化粧を直す暇がなかったのが残念じゃ、さあ、未来へ行こう。ゆり殿とシス殿の元へ！」
女王はヴィラの腕をつかんでいた。緑の子蛇は一同を連れたままどんどん上に上って行き、やがて暗い空間へと突入したのだった。
未来の世界では、再び戦いは再開されていた。龍の軍団の後ろには巨大な剣が、蛇の軍団の後ろには巨大な盾がいまだ浮かんでいた。
だが小さな剣はすでに消えている。
「槍隊、前面へ、一斉に魔法攻撃！」
龍の部隊の前面に槍を持った一段が進み出でた、
「サラミナーサ、同時に魔法をかけろ！」
「心得ました」
魔術師が魔法を唱えだした。
蛇の軍隊は３00ほどが前面に出ていた。槍部隊が近づいてきて一斉に槍を天に掲げた。
「シールドを張れ！」
ロナウドの言葉で戦士達は一斉にシールドを張った。天からいくつもの雷が落とされた。それはあまりにすさまじい量で、その音は、
山を越えた街にも響いたほどだった。
戦士達は個別にシールドを張ってそれを防いでいる。ラクシュミは戦士達に力を送り、戦士達の魔法力は上昇していた。
ミルキダスがやってきたのはちょうど雷が落とされまくっている最中だった。やってきたミルキダスはすぐにシールドを張った。
雷は前面から後方にかけて落とされていき、後方に控えていた救護隊の方まで落ちていた。
バリバリというあまりに激しい激音に鼓膜がどうにかなりそうだった。
「大丈夫か？」
後方にいたユリウスが仲間に聞いた。
「はい、なんとか」
その時、真っ黒な龍が飛来してきた。
それは本物の龍ではなかった。龍は蛇の一族の軍団の上で、ぱっとはじけたのだった。
「なんだこれは・・・・」
ひらひらと黒い物が地上に降ってきた。
「狂え狂え、同士討ちを始めたら一斉に魔法でたたみかけろ」
敵指揮官が指令を出した。
「う・・・うううう・・・」
「あああああ・・」
前面にいた戦士達がうめきだした。頭を抑えているのもいる。
「まずい！今のは何かの魔法だったのか！」
後方にいたヴィクターが声をあげた。
前面にいた戦士達の思考はぐるぐると回りだして、正常な思考ができなくなっていた。
ーみんな、落ち着くのだ
ラクシュミが思念を送った。
ー落ち着け・・・落ち着け・・・
「後ろに下がれ！第５隊、交代しろ！」
ヴィクターも皆に思念を出しつつ思念を送っていた。だが前面にいた戦士達は指令にも従おうとしない。
しだいに目がきょろきょろと周りをみだした。
「敵・・・」
「敵が・・・」
皆前面に出て行った第５隊の方を見ていた。
「まずい！」
ーちょっと変われ！
後方にいたエルバートはカーライルからの思念を受けてすぐに身体を渡した。
ーおい、お前、魔法を教えるから唱えろ
ーえ？
思念を受けたのはハインリヒだった。ハインリヒは誰からの思念かわからなかった。
ーあいつらに向かって唱えろ、精神異常を治す効果がある。いくぞ、ディラ・ルーオルバル・リー・・・
ハインリヒは教えてもらったとおりの魔法を唱えだした。
味方が自分達のほうに一斉に向かってきて、第５隊は戸惑っていた。
「落ち着くんだ。みんな！」
「だめだ、完全に目の色がおかしくなっている！」
フリットが唇をかみしめた。
「どうすれば・・・」
「うおー！！」
味方が迫ってきた。
その時ハインリヒの魔法が唱え終わり、おかしくなった味方の周りに水の幕がさーっとできたのだった。
水の幕が消えると、味方は立ち止まり、皆「あれ？」と周りを見た。
「正常に戻ってる。助かった！」
フリットが喜んで告げた。
「くそっ！槍隊そのまま突撃せよ！」
龍の指揮官は悔しそうに指令を出した。雷攻撃はやんでいる。
「第５隊はそのまま突撃！」
ヴィクターが指令を出した。
今の思念は誰だったんだろう？
ハインリヒは不思議だったが、今は考える暇がなかった。残りの龍の一団が空を飛んできた。
「来るぞ！第一隊は龍にあたってくれ！」
「了解」
ハインリヒやミカエルらは、再び空に舞った。
「ヴィラ、ヴィラー目を覚ましてヴィラー！！」
北の砦で叫び続けていたラギの声は、もう枯れていた。それでもラギはヴィラに呼びかけている。
そこに緑の蛇に導かれた一団が現れたのだった。
部屋の中が突然光り輝いてラギも他の者達もぎょっとした。
ーどうやら成功したようじゃ
女王は喜んで言った。
ー本当だ。未来だ。ラギ様がいる
レイアスがラギを見て言った。
ーあ！あそこにゆり様が！
ルークは布団にいるゆりに気づいた。
ーあーあーきゃははは
アダムはわけがわかっていなかった。一人うれしそうに笑っている。
ーこの男の身体が！
ディランがヴィラの身体を見下ろした。
ーおっまだ生きておるではないか。さあ、お前、お帰り
女王がヴィラに言った。ヴィラは瞬いている。
ーはようするのじゃ時間がない。
ーわっ！
女王は強引にヴィラの背中を押して身体までいかせた。ヴィラの魂は身体の中へと入っていった。
ーさあ、状況は非常によくない。まだ戦いの最中のようじゃ、私は王の中に入る。お前達も適当な身体に入って戦うように。
女王はそれだけ言ってさっさと行ってしまった。残された５人はぽかんとしている。ディランはともかく、他の４人は説明もされないままに
未来につれてこられてしまったのだ。しかもいきなり戦いだ。話が飛びすぎてぼかんとするのも無理はない。
ー急ごう。そうだ、せっかくだから子蛇がいる男に入ろう。確かもう一人いたはずだ。
ディランが言った。
ーそうだね。ハインリヒも戦ってるはずだ。
とフークス。
ー僕らの時代のように戦えるのかな？
とレイアス。
ドルイドは無言のまま、４人は移動した。
王の間に、突然美しい女性が現れてラクシュミはぎょっと目を見開いた。
「あ！女王様！」
シスが声をあげてアナスターシャも「本当だ！」と言った。
ー未来の王よ、挨拶は後にしてちょっと失礼する
ラクシュミが驚いてる間にも女王は身体の中に入ってきた。
その瞬間、国中に王の力が広がった。
戦っている戦士達がいち早くそれを察知していた。送られてくる力が突然二倍になったからだ。
「王？」
ー無理しないでください！
ヴィクターがラクシュミに思念を送った。
ー大丈夫じゃ
という思念が返ってきた。
大丈夫・・・じゃ？
言葉使いが変だったのでヴィクターはあれっ？と思った。ミカエルやフリットらもおかしいと感じていた。
龍と戦っているハインリヒは胸が高まるのを感じていた。
懐かしい気を感じる・・・・まさか・・・・
ヴィラルージュ様！？
北の砦ではヴィラが目を覚ました所だった。
「ヴィラ！ヴィラー！」
ラギはうれしさのあまりわんわん泣いていた。
「王子・・・」
「よく帰ってきた。ヴィラ。」
フレイや他の医師、戦士達も喜んでいた。
「王子、すごいことが起きるかもしれませんよ」
ヴィラはラギの手を握り締めて言ったのだった。
戦場ではディラン達5人が現れていた。それぞれ心が惹かれる者がいたのでそれが子蛇がいる男に違いないと感じていた。
ー失礼します。
ディランはフリットの中に入った。
ドルイドはシャナーンの中に入り、レイアスは二人見つけたがジュノーの身体を借りた。イシュタールはごつかったのでジュノーにしたのだ。
ルークも二人いてどちらにしようか迷ったがミルキダスの方が強かったのでそちらの身体を借りた。
そしてフークスはー
ーしまった。私の子蛇はお子様達にいるんだった。誰にしよう・・・
フークスの子蛇はアナスターシャとラギがもらっていたので、その二人には入れなかった。
ーよし、あの男にしようっと。
フークスは「ちょっと失礼」とミカエルの身体に入ったのだった。男達が入った５人の気の力は上昇していた。
そこへ女王からの思念が戦士達全員に送られた。
ー私は女王ヴィラルージュ、一族の未来のために共に戦おうぞ。
「え？」
「ええええ？」
「えええええ！！！？」
将軍達も戦士達も皆ぎょっとしていた。ヴィラルージュという女王の名前は皆知っていた。ハインリヒがいた時代の女王だと皆
聞いていたのだ。
「まさか！本当に！？」
ハインリヒは龍から離れて目を見開いていた。
本当に陛下が？！
ーハインリヒ、私達もいるぞ
ディランがハインリヒに思念を送った。
ーえ？ディラン？！
ー僕もいまーす！
とレイアス。
ー私も
とドルイドが思念を送った。
ー私も一緒に来てます。なぜか子供も一緒に
とルーク。
ーさあ、魔法ぶちかまそう！
フークスが言った。
ー何がどうなってるんだかさっぱりわからん。だが有難い！
まさか戦場にかつての友人らが現れるとは思ってもいなかったハインリヒは、思わず目を潤ませていた。
その時、女王の気に微妙な変化を感じて、フークスははっとした。
気には怒りの感情が混じっていた。
「みんな！地上に降りて！早く！早く！」
フークスは言葉に出していたが思念で戦士達に送り、自分自身も地上に降りた。飛んでいた戦士達はあわてて下に下りた。
王の間にいた女王はバンと椅子をたたいて言った。
「この国の空を龍が飛ぶことは許さぬ！！」
宙に浮いていた龍はすべて地上にたたきつけられていた。空を飛んでいた龍騎士達も同様だった。
王の間にいた子供達は女王の怒りの形相を見てびくっと身体を揺らしていた。
女王ははっと我に帰り、子供達を見た。
「ほほほ、私としたことが。さて、はじめようかねえ」
女王はうっすらと微笑んだ。
ー女王様こわっ
アナスターシャがシスに思念を送っていた。
ーだけどすごいことになりそうな気がする・・・
ーうん。わくわくする。
「そなたらはもう何もしなくてよいから私に触れて見ておいで」
「はい」
二人は返事をして女王に近寄り、腕に触れた。
女王は両手の親指と人差し指をあわせて三角形を作った。
「さあ、騎士達よ、思う存分力を発揮するがいい。」
蛇の一族の戦士達の頭上に、巨大な幻の蛇が現れた。10匹ほどの巨大な蛇が輪になりぐるぐる回っていた。
戦士達の気力は全快にまで回復し、魔力も戻っていた。すると蛇は姿を消した。
「おおっ！」
「すごいっ！」
「くそっひるむな！攻撃魔法を浴びせろー！！」
再び大きな魔法攻撃が始まった。戦士達の上に巨大な火の塊が次々と落とされていたが、それは巨大なドームのようなシールドで
すべてはじかれた。
敵の一団が向かってきた。
「第２隊、第３隊反撃開始！」
ヴィクターが号令をかけた。
「おっこれ魔法の剣じゃないか。こんな時代にこんなものがあるなんて。」
フークスは腰にある剣を見て目を真ん丸くした。
レイアスやルークはすでに敵と戦っていた。
ーフークス、ドルイド！13番いくぞ
ディランから思念が飛んできた。
ー了解
ーいいよ
三人は同時に呪文を唱えだした。13番とは魔法の番号のことである。複数で唱えると威力は倍増する。
「ディラスリーディラスリーリルリルリルデュラリルデュラリルグルランスルー！！」
敵の頭上に巨大な氷の塊が出現し、それが敵に降り注いだ。
「わー！！！」
「グエー！」
尻尾に氷を落とされた龍がもんどりうって地面に転がった。シールドをはっていたのに、魔法はそれを破っていたのだ。
「続けて12番！」
３人は続けて魔法を唱えだした。
「くそっ先ほどよりも力が増している！どういうことなんだ！」
敵指揮官はこぶしを握り締めていた。
明らかに蛇の一族の力が増していた。ラクシュミの力に女王の力が加わり、攻撃力も魔法の力も、すべての力が増していたのだった。
過去の時代ほどの力を発揮できないとはいってもその力はすさまじいものがあった。
素晴らしい力だ・・・・
女王に入られたラクシュミは感心して戦の様子を見つめていた。身体を使っていたのは女王だったが、ラクシュミも同じように戦の様子を
見ていた。
剣の加護はあるものの、敵の攻撃力があまりにあがったために、ばたばたと龍の騎士達が倒れていた。
「くそっ！！」
「イシュー様！龍達を行かせますか！？」
今度は火の玉が降り注いできた。
「シールドが効きません！」
「こちらの魔法の効果が薄れてます！」
「全軍突撃せよ！！」
ヴィクターが号令をかけて全軍による総攻撃が始まった。蛇の一族の頭上には、幻の蛇が浮かんだり消えたりしていた。
「おーすごいことになってますよ！」
「本当だ！」
離れた所にいた虎の一族の男達が言った。皆いまや戦の見物人になっている。
「おお、蛇もやるじゃないか」
熊の一族の男が言った。
「滅びかけてるって聞いていたが、結構力残ってんだな」
「加勢いらないな。」
ガットが言った。
「所で傷はいくつだったよ」
熊の男が聞いた。
「もういいじゃないか。そんなみみっちいことは」
とガット。やっぱり途中で数えるのが面倒になったのだった。
「あのなあ！」
ーみんな、敵の魔術師を狙ってくれ
ハインリヒが５人に思念を送った。
ー了解。
ーじゃあ私は左のやつを
ルークが答えた。
ー私は真ん中の奴を
とドルイド。
ー私は右を
ディランが言った。
接近戦になっても彼らは強かった。
全軍攻撃により敵の軍団は隊列を崩していった。敵もさまざまな魔法攻撃を浴びせてきていたが、今は蛇の一族の守りの力の方が
上であった。しかも、魔法がかなり龍の軍団にダメージをあたえてきていた。
魔術師が一人減り、二人減るとしだいに空に浮かぶ剣が薄れて行った。
「イシュー様！このままでは！引きましょう！」
部隊長が指揮官に告げた。
「明らかにこちらが押されています！」
「龍を全滅させるわけにはいきません！」
「くそっこれでは龍王に申し訳がたたん！奴らがこれだけの力を残していたとは！！」
幻の蛇が龍軍団の頭上を飛んでいた。
「グエー！」
戦いに参加している龍達も冷静さを失いはじめていた。
「引けっ！全軍退却せよ！」
巨大な剣が姿を消した時、とうとう敵指揮官の命令が下った。
「グエー！！」
逃げようとする龍達に光の矢が突き刺さった。
「おのれー！！！」
敵は瞬間移動で次々に姿を消して行った。
「龍が負けたか。しゃあねえな、怪我人を連れてずらかるぞ！」
熊の男が仲間に言った。
「へい！」
「じゃあな。バカ虎共、また戦おう！」
「ああ、バカ熊共」
熊の一族の者達は飛べない怪我人を背負い去って行った。
後に残っていたのは、龍の軍団と龍の死体だけだった。
戦場がしーんと静まり返った。
「勝ったのか・・・」
ヴィクターがつぶやいた。
「勝った！」
「勝ったんだ！」
「勝ったぞー！！」
戦士達は一斉に声を上げ始めた。
西の空は赤く染まってきていた。もう夕暮れ時なのだ。
「勝った！」
「勝ったー！！！」
「ばんざーい！」
その朗報はすぐに国中思念で届けられて、他で戦っていた戦士達も喜び、あるいは涙を流して歓声をあげたのだった。
それは北の砦でも同じだった。
「勝った・・・」
皆涙を流していた。ヴィラも。
「みんな、勝ったぞ」
医師達は亡くなった同胞の亡骸に告げたのだった。
ーまさかこのような奇跡を見る事ができようとは・・・
泣いているエルバートの中で、カーライルが言っていた。
「ハインリヒ、陛下に会いに行こう！」
「ああ」
ハインリヒは城に移動した。他の5人は男達の身体から抜けて移動した。残った５人はぽかんとしていた。
戦いは見ていたのだが、実際には自分が戦っていなかったのでおかしな気分だった。
イシュタールが近づいてきてミカエルの背中をばんとたたいた。
ミカエルはそのまま前に倒れた。
「いきなり何するんだ」
「勝った！勝ったんだ！」
イシュタールは泣いて喜んでいた。
「勝った・・・ヴィラ・・・・勝ったぞ・・・」
ジュノーは空を見上げて言った。すっかりヴィラが死んだと思っている。
「勝ったんですね。」
「ああ・・・」
シャナーンとフリットも瞳を潤ませていた。
「いつからきてたんだ？ミルキダス」
ミルキダスの肩にヴィクターが手を乗せた。
「命令を破ってすいません」
ミルキダスが申し訳なさそうに言った。
「まあいいさ」
ヴィクターが笑って言った。
「勝ったそうだぞー！」
「酒だ！酒もってこーい」
「今日は夜通し宴会だ！」
こうして、戦いは、国民達の歓喜の涙で締めくくられたのだった。
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