第36話

戦い直後の城では、アナスターシャとシスの二人が「やったあ」と歓声を上げていた。

女王はラクシュミの身体からすっと抜け出た。

「ありがとうございます。女王様！」

「ありがとうございます！」

二人はそれぞれ女王に御礼を言った。

「前回のことでは王にもかなりご迷惑をかけてしまったから気になっていたゆえに、役に立ててよかった。」

女王は微笑んだ。ラクシュミも立ち上がって女王に御礼を言った。

「本当に助かりました」

「いえ・・・ほほほシス殿が大人になった姿に、本当によく似ておられる」

女王はちょっとおかしそうに笑った。

「？あ。そうだ、ゆりを連れてきてやれ」

ラクシュミが子供達を見て言った。

「それが、母様なぜか北の砦にいるんだって、僕迎えにいってくるよ」

シスが言い消えた。

「北の砦？なぜに？」

とラクシュミ。

「母様北の砦で何かやったみたいよ。私外の人達に知らせてくる！」

二人にはラギから思念が届いていたのだった。


アナスターシャが王の間から外に出ると、ちょうどゆりの侍女やら自分達の侍女らが集まっていたので、アナスターシャはゆりのことと戦の

勝利を報告したのだった。ゆりの侍女らはゆりが城の中を探してもいないのでどうしたものかと思案していたようだ。

こうして城の中でも女達の歓声があがった。



「それにしても・・・一体どうやって来られたのですか？」

ラクシュミが女王に聞いた。

「世にも不思議なめぐり合わせでしょう。ゆり殿の蛇紋が産んだ蛇に導かれてここまで来たのです」

「え・・・」

ラクシュミが不思議そうに瞬いた時、王の間にハザークが現れた。

「女王！？」

ハザークは女王の姿を見てぎょっとしていた。

「おお！ハザーク殿、いまだお元気でおられたとは・・・」

「驚いた。誰の力かと思えば・・・」

戦の途中でハザークも力を感じてはいたが、邪魔するわけにもいかないので終わってからやってきたらしい。

「まさかあいつではないと思っていたが・・・なぜ女王が・・・霊体なのか？でもちょっと違うな」

「私は過去からそのままやってきたのじゃ。ハザーク殿、ちゃんと私のことを覚えておられるのか？」

「もちろん」

ハザークは自信満々に告げた。

「本当に？」

「ああ。女王が亡くなった時は結構悲しかった」

ハザークがなんと、とんでもないことを言い出し、ラクシュミが「おい・・・」と声をかけた。

「ん？ああ、大丈夫だ。女王は結構な年で亡くなったからな」

ハザークが安心させるように言った。

「・・・そうですか。それは安心しました」

女王は微妙な顔で笑っていた。

「お前ってやつは・・・」

ラクシュミは呆れている。



そうか。王の結界に違う力を感じたが、ハザーク殿の力であったのか・・・



女王はそんなことを思っていた。


ひそかに王を助けられていたのですね。

このような優しいところがおありだったとは・・・長きに渡って一族を見守ってくださっているのですね。



「まあお年のわりにはハザーク殿が元気そうでよかった。」

女王はお返しのように言った。そこにハインリヒと他の騎士達の魂がやってきた。アナスターシャも戻ってきている。



「ヴィラルージュ様！！」

ハインリヒは涙目でラクシュミの前あたりを見た。姿は見えないのだが、光の塊のような物が見える。

「ああ、ハインリヒこちらへ」

ラクシュミがハインリヒを呼び寄せて肩に手をあてた。するとハインリヒの目に麗しい女王の姿と、懐かしい仲間の姿が見えた。

「ハインリヒ、元気そうでよかった」

「ヴィラルージュ様・・」

ハインリヒの頬を涙がつたっていた。

「あ、ハザーク様だ」

「本当に長生きしてたんだ・・・」

騎士達はこっそりハザークを見て言っていた。



「これ、未来の王に礼をせぬか」

女王に言われて騎士達はあわててラクシュミに向かってひざをつき、右手を胸の前に合わせた。


「皆、どうもありがとう」

ラクシュミが騎士達に言った。

「過去ではシスが世話になり、今回も」

「いえ、世話になったのはこちらですから」

ディランが言った。


この王がゆり様が愛される方か・・・と皆、感慨深げにラクシュミを見つめていた。




「長く話をしたいがそろそろ戻らねば。いきなりこっちに来てしもうたからのう」

と女王。

「ゆり様に挨拶したかったですね」

とフークスが言った。

「あ、ゆりなら今ー」

ラクシュミが言いかけたとき、シスがゆりを連れて戻ってきた。だがゆりは意識がなかった。シスに抱きかかえられてぐったりしている。

「ゆり！」

「王妃！どうしたんだ？！」

ラクシュミに続けてハザークが言った。

「北の砦で戦士達を助けるために力使ったんだって。」

シスが説明した。

ラクシュミがゆりをシスから受け取り、ハザークがゆりに力を注いだ。ラクシュミはかなり力を使っていたからだ。

それでもゆりは目を覚まさない。

女王がハザークの手に自分の手を重ねた。女王の力が注ぎ込まれて、ゆりは目を覚ました。

「ゆり、大丈夫か？」

ゆりの目の前には光の塊が見えた。

「・・・・・？」

「ゆり、過去の女王と騎士達が助けに来てくれたんだぞ」

ラクシュミが言った。

「え？女王様と騎士達？」

ゆりはぼんやりした頭で考えた。よく見ると光の塊は女性の姿をしていた。その後ろにはディラン達の姿も見える。

「え？ええっ！？」

ゆりははっと正気に戻って立ち上がった。ラクシュミから離れたら何も見えなくなった。

「あれ？さっきは見えたのに！」

ラクシュミがゆりの肩に手をあてた。

「また見えた。みんな！」

「ゆり様、お懐かしい」

ディランが言った。

「みんな・・・女王様・・どうやってきたの？」

ゆりはぽろぽろ涙をこぼしていた。

「元を正せば、ゆり殿とこの者達の縁があったおかげじゃ。」

女王が微笑んだ。

「女王様もみんなも変わらないね。あれ？ルークの後ろ」

「子供ができました」

ルークは背中を見せて言った。

「そうなんだ・・・かわいい。他のみんなは？」

「私がもうちょっとでできますよ。他はまだです」

とレイアス。

「そうなんだ。とにかく元気そうでよかった。」

ゆりの左目は時々蛇の目に変わっていた。どうやら二人とも泣いているらしい。



「ゆり様もお元気そうでよかった・・・」

ドルイドが微笑んだ。

「みんな助けに来てくれたの？ありがとうありがとう」

ゆりはひたすら泣いていた。

「所で、王よ、王女は何歳になられたのかな？」

女王はアナスターシャを見て聞いた。

「アナスターシャですか？今年21歳ですが」

ラクシュミが答えた。

「王さえよければしばらく私が預かりたいと思うがいかがであろうか。」

「え？」

「ええ？」

アナスターシャもぎょっとしていた。

「これも縁であろうし、私も未来の王族のためにもっと何かしたいという気になってしょうがないのじゃ。もちろんシス殿でも良いが」

「私、私行きます！」

アナスターシャが即座に手をあげた。

「どうかお願いします」

ラクシュミが言った。

「では10年後くらいに過去への扉を開きましょう。10年は帰れない覚悟で来られるように。それでは帰ろうぞ。我等の時代に」

女王は騎士達を見て告げた。


「ゆり様、お元気で」

「またお会いしましょう」

「ゆり様・・・」

騎士達が次々とゆりを見て別れの言葉を言い出した。

「みんな！みんなも元気で！ありがとう！本当にありがとう！」

ゆりは思わずばっと前に出て言った。だがラクシュミから離れたら全く姿が見えなかったのでまた後戻りした。


「ハインリヒも元気で」

「お元気で」

「また会おう」

「シス様も」

「みんなありがとう！！本当にありがとう！！さようなら！」

シスは涙目でみんなに言った。

「そっちこそ元気で。ヴィラルージュ様も」

ハインリヒも最後には明るく手を振っていた。

「では10年後を楽しみに」

「はいっ！よろしくお願いします！」

女王の言葉にアナスターシャが元気に頭を下げて言った。



ーさようなら、我が愛する国民達よ・・・皆で力をあわせて、この国を守っておくれ・・・



女王は最後には戦士達全員に思念を送っていた。


ー女王様、ありがとうございます。

ーありがとうございます。

ーありがとうございます。

思念が次々とよせられた。


「それではさらばじゃ」

女王は騎士達に近寄り、金色の輝きはすっと消えてしまったのだった。


「行っちゃった・・・」

ゆりはぽつんと言った。

「やった！過去にいける！私も修行できる！」

アナスターシャは喜んで飛び跳ねていた。

「よかったですね。女王がああおっしゃられたからには、向こうでの10年はまさに地獄の毎日でしょうね」

ハインリヒが言った。

「え・・・じ・・・地獄？」

アナスターシャの動きがぴたっと止まった。

「冗談ですよ。ですが向こうに行くまで古代語は日常的に話せるようにしましょうね。」

「ガーン・・・まあ10年あればなんとかなるわよ」

アナスターシャは自信満々だった。



「所でゆり、北の砦で何やってたんだ？」

ラクシュミがゆりに聞いた。

「え？何って・・・何って・・・何って・・・」

その時ゆりの目からだーっと涙がこぼれてきた。

「わーん！王様！ヴィラが死んだ！！」

ゆりはわんわん泣きながらラクシュミにすがった。

「ヴィラが？」

「え？ヴィラ死んだの？」

アナスターシャとシスが同時に聞いた。

「・・・・死んでないぞ。ちゃんと思念帰ってきたぞ」

とラクシュミ。

「え？」

ゆりが顔をあげた。

「死んでない？」

「元気ですって言ってるぞ」

「え？そうなの？てっきり死んだかと思っちゃった」

ゆりは涙をぬぐった。

「・・・・あれ？所で・・・戦ってどうなったの？」

ゆりは今頃聞いていたのだった。




戦いが終わった戦場では、戦士達が傷ついた者達を北の砦まで運んだり、敵や龍の死体を集めたりしていた。龍の一族の者の死体は

この国で葬ることはない。台車に積まれて商人の手を通し、龍の国に運ばれるのだ。それがせめてもの情けだった。


「行ってしまわれたか・・・」

フリットがしんみりと言った。

「女王の顔が見たかったなあ・・・」

ミカエルが言った。

「きっと美しい方なのだろうな・・・」


ミルキダスとジュノーも二人と一緒に地面に座っていた。過去の男達が入っていたせいか、４人は立つ気力もなくぼんやりしていた。

シャナーンは他の仲間が北の砦に連れて行った。


４人の前にイシュタールがかごに入ったパンを置き、ぬれたタオルを配った。イシュタールは疲れた顔をしているが、動けないほどではない

ようだ。

「なあ女王様どうやってきたんだろうな？」

イシュタールが聞いた。

「さあ、ザクート様のように霊体が出てきたのかな？今回は寝込まなくていいみたいだが・・・」

とミカエル。

フリットは顔に濡れタオルを乗せていた。

「さすが強いですね。過去の男達は・・・」

ミルキダスがぼそっと言った。

「本当にね。なんだか肌の蛇の辺りが熱いな・・・」

ジュノーが右腕をなでた。

「私は別に、ハインリヒの子蛇だからかな？」

とミカエル。

「所であの盾は王の魔法なんですか？」

ミルキダスが皆に聞いた。

「さあ。どうなんだろうな。王以外に考えられないが・・・」

ミカエルが答えた。



「それにしても・・・100歳の誕生日に亡くなるとは・・・」

ジュノーがつぶやいた。

「だれだ？」

イシュタールが聞いた。

「ヴィラだよ」

ジュノーはがっくり気落ちしていた。

「え？ヴィラ死んだのか？」

フリットが顔からタオルを取って聞いた。

「はい」

「そんな・・・・」

「王妃が悲しむだろうなあ・・・」

ミルキダスに続けてミカエルも悲しげに言った。


その時、「みんなー！！」という子供の声が聞こえてきた。５人が目を向けると、ラギが駆け寄ってきた。

「みんな無事だね！怪我ない？！」

ラギは立っていたイシュタールに抱きついた。

「王子・・・あれ？」

イシュタールはラギの後ろから歩いてくる男に目を向けた。男は５人にひらひら右手を振っている。

「ああ！ヴィラ！！！」

ジュノーがぎょっとして立ち上がった。そこに立っていたのはヴィラだった。

「元気そうじゃないか」

とミカエル。

「お、お前死んだんじゃなかったのか！？」

「いやー死んだと思ったんだけど・・・」

ヴィラはばつが悪そうに頭をかいた。

「紛らわしい思念を送るな！ばか！」

「本当にもうだめだと思ったんだ、あの時は。いろいろ奇跡があって生き返った」

「女王様連れて来てくれたのもヴィラなんだよ」

とラギが言った。

「え？どうやって？」

みんなぎょっとしている。

「正確には私が連れてきたわけじゃないんだけど・・・」

ヴィラはまた頭をかいた。




北の砦では、傷ついた戦士達が治療を受けていた。別の部屋では大量の食事が運ばれてきていて皆ようやく安心して食事をとっている。


「いて・・・いてててて！もっと優しくしろよ！」

「うるさいなあ」

ジェナサイトは文句を言いつつユリウスに消毒液を塗られている。その横で、北の砦にいた戦士がゆりのことを話していた。

「え？王妃がそんなすごいことを！？王妃は大丈夫なんですか？」

そう聞いたのはシャナーンだった。シャナーンは右頬に擦り傷があり、腕も切れていた。シャナーンの彼女がわれ先にとシャナーンの

腕を治療していた。

「シス様が城にお連れしたから大丈夫だろう。王妃のおかげで、死にそうな者が何人も助かったんだ・・・」

実際に助かった戦士が言った。

「そうなんですか・・・王妃が・・・」




「王妃はすごい人ですね・・・」

シャナーンから少し離れた場所で、同じ話を聞いたエルバートが言っていた。

「本当に素晴らしい人だ・・・・過去の騎士達も、王妃を愛してるから来てくれたんですね・・・」



ーあのナイナイ王妃が・・・


とカーライル。

ーいい加減ナイナイをつけるのやめてください

エルバートがカーライルに言った。



ーそれはそうと、いろいろありがとうございました。

エルバートは礼を言った。

ーカーライル様はいい方ですね。

ー私だってこの国がなくなるのはさすがに嫌だからな・・・


エルバートは薄く微笑んだ。



日が沈み、闇が世界を覆うころ、戦が起こった丘は、いつもの静けさを取り戻していた。ここで国同士の争いがあったなど、今では

夢のようだ。

どこの街でも今日は祝杯があげられていることだろう。待っていた者達は、皆の無事を喜び、そして亡くなった者たちを思い悲しんだ。


ー戦死者は27人です。名前は・・・


休憩室の長椅子に座っていたラクシュミはヴィクターから思念を受けていた。横ではゆりがべったりくっついている。

ゆりは子供達と無事を喜び、一緒に食事を食べた後だった。ずっと神経が張り詰めていただけに、今は安心してラクシュミにひっついている。


ー王妃のおかげで何人も助かったようです。

ーそうか・・・


「お前のおかげで何人か死なずにすんだそうだぞ。大活躍だったな」

ラクシュミがひっついているゆりに言った。

「私って言うより子供が助けてくれたんだよ・・・赤ちゃんほめてあげて」

「そうだな」

ラクシュミはゆりのおなかをなでた。子供にそこまでの力があるのが不思議だったが、今は不思議なことがいろいろ起こっているので

あまり深くは考えていない。

「あ、そうだ」


ー所でガットらはどうしたんだ？


ラクシュミはすっかり虎の連中のことを忘れていた。


ー北の街で龍を焼いて食べられてましたが

ーえ・・・・龍を？あれ食えるのか？

ーさあ・・・明日には城の方に帰ると言っておられました。

ーそうか。



全員帰すのが一苦労だな・・・・



ラクシュミはため息をついた。だがガットら虎の者達がいなかったら、あの豪腕の熊の一族とも戦わなければならなかった。

それを思えば、いてくれてとてもありがたかった。


「所でゆり、お前が何かしたのは北の砦でだけなのか？本当に盾のことは知らないのか？」

ラクシュミは確認するようにゆりに聞いた。

「知りません。私その頃気絶してたみたいだし・・・」

ゆりは盾と剣のことを聞いていたが、さっぱり何のことかわからなかったのだった。

「うーむ・・・・」



どういうことなのだろう・・・・ではだれがあれを出したんだ？？


ラクシュミは不思議そうに首をかしげた。



あれからは神々しい力を感じた。てっきりゆりだと思ったんだが・・・・あれが浮かんだのは女王が来る前だから女王の力ではないだろうし・・



味方の守備力があがり、傷さえも癒えていた。


神々しい・・・力？



その時、ラクシュミの脳裏に美しい女神の顔が浮かんだのだった。



もしや、ガーベラ？助けてくれたのはガーベラなのだろうか？



ガーベラにそういう力があるのかどうかはわからなかった。

直接聞きたくても聞くこともできない。




一方神の国では、ガーベラがしたことがちょっとした問題になっていた。


太陽の神アリアスの馬車が西に移動する頃、ガーベラの神殿にハロルドがやってきたのだった。



すすむ



さあ、二人の関係はどうなっちゃうのか？一息ついたと思ったら、全然ついてないのでした。



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