「ハロルド・・・あれはどういうことなんだ？神が人間の戦に手を貸しすぎるというのは問題だぞ」
雲の上の神殿にて、アシュランに問いただされていたのはハロルドだった。
「すまない。昔人間に教えた魔法なんだが、まさか今頃使われるとは思ってもいなかったんだ」
ハロルドは言った。アシュランの間には他に太陽の神アリアスもいる。二つの国の戦に手を貸したことで、アシュランがハロルドを
呼び出していたのだった。
「あの頃はまだそういうことが禁止されていなかったんでな」
「それって巫女がよく差し出されていた頃のことか？」
アリアスが聞いた。
「ああ・・・」
「よっぽど気に入ったんだな。あんな魔法を教えてやるなんて・・・」
とアリアス。大昔のことだが、貢物の品々の中に美しい女性が入っていたことがあった。巫女として差し出されていたのだ。
神々がその巫女を気に入っていろいろその国によくしてやった、というようなこともあった。
「私にもいろいろ覚えがあるなあ・・・まあ一番派手だったのはアシュランだったが・・・」
「昔のことだ」
横目で見ているアリアスにアシュランが言った。アシュランの遊びが派手だったので怒ったヒルデリアが巫女を差し出すのを禁止して、
それ以来そういうことは行われていない。
「今でもいろいろやってるんじゃないのか？」
「うるさいな。私のことはどうでもいいんだ。それで？ジェイクやキュリアの力を貸したのはどういうことなんだ？」
「二つの戦力に差がついてしまったんでつい・・・かといって向こうにも剣を立てるのもなんだったし・・・
あの国で私の信者がいなくなったら困るしなあ・・・それで子供らの力を貸した」
「全く・・・・ややこしいことをしたもんだ」
アシュランは頬をゆがめてぶつぶつ言っていた。
「向こう側にも手を貸すなんて・・・意外に優しいんだな。ハロルド」
アリアスがいい、ハロルドは「ふん」と言って横を向いた。
「全く何もするな、とまでは言わないが・・・あまり派手にするんじゃないぞ。いかにもハロルドが手を貸してますって言ってるような
もんじゃないか」
蛇の国の人間は気づいていなかったが、聖地の人間があれを見れば、すぐにハロルドの加護だと気づいたに違いない。
「もともとあの魔法は３回までという約束だったんでな。今回が３回目だ。約束した以上は手を貸さないわけにもいかなかった。
人間達はそのことを知らないかもしれないから聖地を通じて言っておく」
とハロルド。
３回目は切羽詰った時のためにおいておこう、きっとそういうことになり、今まで使われることがなかったのだろう。
龍の国の人間は今回で最後とはきっと知らないに違いない。
「それはそうと蛇の一族も結構ねばってるな・・・」
アリアスが言った。
「蛇といえば・・・大昔にあの一族にいけ好かない男がいたな。楽の女神らにえらい気に入られた男が。女神らに妖精に変えてくれと懇願されて
本人に打診したが、『私は男に仕える気はない』といいくさった。」
アシュランは思い出したように眉をひそめた。
「ふーん、珍しいな。普通は喜びそうなもんだが」
とアリアス。人間が妖精になりたいと思ってもなれるものではない。そういう人間がいたとは驚きだ。
「もう行ってもいいか？」
ハロルドが聞いた。
「ああ、あんまりやりすぎるんじゃないぞ」
アシュランは言って、手で指図した。
全く・・・ガーベラめ、一体どういうつもりなんだ？
ハロルドがガーベラの神殿を訪れたのはその後のことだった。
第37話
「ガーベラいるか？」
ペガサスで神殿の前まで来たハロルドは、ガーベラの神殿に入りながら聞いた。
「いるわよ」
ガーベラは部屋で座ったまま言った。横にいるクーリーフンはぎょっとしてハロルドを見ている。
「ガーベラ、なぜあんなことをしたんだ」
ハロルドはガーベラの顔を見るなり、真剣な眼差しで聞いた。
「あんなことって？」
「子供達を地上に降ろしただろう。しかも戦の手助けをさせただろ？」
「ああ、そのこと。てっきりグレンあたりが来るかと思ってたけど・・・」
ガーベラはアシュランの元に連れて行かれることは覚悟していた。
「アシュランには私が適当にごまかしておいた。」
「え？そうなの？なんて？それよりも、ひどいじゃない。あんな力を貸すなんて！」
ガーベラは逆にハロルドに責めるように言った。
「あんなの反則じゃないの！？」
「あれは・・・昔教えた魔法なんだがまさか今更使われるとは思ってもいなかったんだ。仕方なかった」
ハロルドはガーベラから視線をそらせて言った。
「仕方ないじゃないわよ！」
「だからジェイクの力はあのまま置いておいたろう。私のことよりも、お前のことだ！なぜ手を貸した？」
「だってかわいそうだったから」
「なぜ戦を見てたんだ。お前が興味を持つようなことじゃないだろ！」
「それは・・・・」
クーリーフンはハラハラしながら二人を交互に見ている。
「ジェイクはお前に頼まれたことを言いたがらなかった。アシュランに問いただされなくてよかった。アシュランにばれたら罰を受ける所
なんだぞ。お前はそういう神じゃないんだから」
「実は・・・・私、あの国に恋人が10人くらいいて、それでつい味方しちゃった」
ガーベラがあっさり言った言葉に、ハロルドどころかクーリーフンも目が点になっていた。
「今、なんて言った？」
「あの国に10人くらい恋人がいて、それで戦見てた」
「・・・・」
「お、おかあさん・・・」
「人間の恋人が10人いる？！」
「そう」
「・・・・」
ハロルドは呆れるような顔でクーリーフンを見た。
「おい、ガーベラは正気か？」
「ちょっと今おかしいかも・・・・」
クーリーフンは引きつった顔で言った。
「お前そんなにしょっちゅう人間界に降りていたのか？神の恋人があんなに大勢いるのに、なんで人間の恋人までいるんだ！」
「実は・・・あの国に私の分身みたいな子がいて・・・時々身体入れ替えて遊んでた」
「はあ！？」
「お・・・おかあさん・・・」
クーリーフンの顔はさらに引きつった。
「お前・・・何とんでもない告白してるんだ。身体入れ替えてって、人間の女が時々お前になってたってことなのか？」
ハロルドの目はまん丸に見開いたままだ。
「そう」
「ガーベラ・・・お前・・・」
「でも彼女のおかげでハロルドとも仲良くなったのよ。それにジェイクとキュリア産んだのはあっちの時だし」
「なにー！！！！」
「それでつい戦が気になって、ジェイクとキュリアに頼んだの」
「・・・・」
ハロルドはとんかちで殴られたかのような顔をしていた。
「お前・・・私をずっとだましてたのか？」
「だます気なんてなかったわよ。ただまああっちは私の分身みたいに思ってたから彼女の恋人は、私の恋人のような気もして、それで10人
くらい人間の恋人が・・・」
「・・・・呆れて物も言えない・・・」
ハロルドはすっかり脱力していた。
「そのことを他の男達が知ったらどうなると思うんだ。お前みんなに責められまくるぞ」
「そうかしら。」
「当たり前だろう！今までだましてたんだからな。」
「でも彼女がいなかったら、ハロルドとはずっとあのままだったかもよ。その方がよかったの？それにしょっちゅう変わりまくってたわけじゃ
ないわよ。たまによ」
「お前がこんなにバカな女だったとは・・・もう何も考えたくない・・・」
ハロルドは頭を押さえたまま神殿を出て行った。だがかなりショックだったのか、出て行く時にゴンと腕を柱にぶつけていた。
「お母さん！何であんなことまで言っちゃったの！？」
ハロルドの姿が消えてクーリーフンが聞いた。
「つい」
「ついって・・・アシュラン様にばれたらどうするんだよ！罰を受けるよ！」
「つい口が滑っちゃった。それに戦を見てた言い訳が他に出てこなかったし・・」
「もう！」
クーリーフンは出て行った。
「まあ、罰を受けたら受けたでいいわよ・・・」
ガーベラは長椅子に寝転んでつぶやいた。
クーリーフンは飛んでハロルドを探しに行った。しばらく上から探していると、大きな川のほとりでぼけーっと座っているハロルドを
発見した。横でペガサスは川の水を飲んでいる。
クーリーフンは地上に降りてハロルドに近づいた。
「あのー・・・ハロルド・・・」
「お前、ガーベラに人間の女が入ってるの知ってたのか？」
ハロルドは背中を向けたまま聞いた。
「・・・・」
「どうなんだ」
「その・・・ちょうど母さんの声が出なくなった時で・・・人間の女に入ってストレス解消してて、それで・・・」
「それでその間人間の女がガーベラに入ってたのか？」
ハロルドは顔を向けた。
「まあそう。でもずっとじゃないよ。たまに短時間入ってただけだよ」
「・・・ばからしい・・・私は時々人間の女にガーベラだと思って接してたわけか」
「まあ、そうなるけど・・・」
「人間の女に愛してるって言ったことになるんだぞ！わかってるのか！」
ハロルドが険しい表情で聞いた。
「まあそうだけど・・・・母さんに悪気は・・・」
「おおありだろう！愛した女の中身が別人だったんだぞ！」
ハロルドが声を張り上げたので、クーリーフンは思わず周りを見た。
「母さんは分身みたいに思ってたからまるっきり別人ってわけでも・・・それにあっちの時ハロルドとも楽しく過ごしてたし・・・」
というとハロルドにぎろりと睨まれて、クーリーフンはちょっとびびった。
「このこと・・・アシュラン様に言う？」
「言うかもな。ばれたらただじゃすまないぞ」
「ハロルド〜」
クーリーフンはすがるようにハロルドを見つめた。
「とにかく、私はガーベラとはきっぱり別れる！」
ハロルドはそう言ってペガサスに乗り、去って行った。
もー困ったことになったなあ・・・・どうすりゃいいんだ・・・
クーリーフンはガーベラの神殿に戻った。
「母さん、ハロルドかんかんになってたよ」
「そう。他からばれるよりは他の恋人達にも自分から言った方がいいのかな」
ガーベラがぼそっと言った。
「やめなよ！」
「ラーズだったらなんていうかな？」
ガーベラはクーリーフンを見て聞いた。
「うーん。案外、へー面白い人間もいるもんだ、って笑ってすむかも。ラーズやジンラはともかく、オルガとかサラディンはまずいよ。
プライド高いから。とにかく言っちゃだめだよ」
ガーベラはうーんとうなっていた。
その数日後、クーリーフンが飛んでいると、ペガサスに乗ったハロルドが近づいてきた。
「クーリーフン、ちょっと私の神殿に来い」
ハロルドは怖い顔で言って通り過ぎた。クーリーフンは仕方なく後をついて行った。
地上に降りて神殿に入る時には、クーリーフンは青年から赤ん坊へと変わっていた。
「・・・どうして変わったんだ・・・」
ハロルドが聞いた。
「なんとなく」
クーリーフンはかわいらしく言った。
ハロルドはクーリーフンを奥の部屋に連れて行き、入り口に布を引いた。
「ガーベラに入っていた人間のことを教えろ」
ハロルドは突然予想だにしない質問をしてきて、クーリーフンはびっくりした。
「え？人間？」
「ああ。どの女なんだ」
「さあ、僕そのことについては・・・・」
クーリーフンはそろそろっと後ずさった。
「入ってた女がいるんだろ？どこにいるんだ！？」
「さあ・・・」
ハロルドはクーリーフンの肩布をつかんで上に上げた。
ぶらーんとクーリーフンの足が揺れた。
「クーリーフン・・・翼をもがれたいのか！？」
「ひえー！！！！」
ハロルドにぐわっと間近で睨まれて、クーリーフンはしぶしぶ白状する羽目になったのだった。
さて、人間界の方では、戦が無事終わり、亡くなった戦士達の追悼式などが行われ、ガットら虎の一族は再び魔法陣で
自国へと帰って行った。別便では龍の角が虎の国に送られている。
ラクシュミはとりあえず大きな憂いごとがすんだのでほっとしていた。アナスターシャとシスは、産まれて初めて一ヶ月もの休暇をもらって
いた。アナスターシャは天馬のプリモと遊んだりして初めての長期休暇を楽しみ、シスは何をしようかと思案したあげく、力のある子供達が
通う学校に行く事にした。同じ年くらいの男の子達と一緒に過ごしてみたかったからだ。女の子達は毎日黄色い声をあげ、毎日が
ファッションショーのように服にも気合が入っている。ラギとナナミとロイはいつもと変わらない日々だった。
ゆりも戦前と変わらない日々だ。
「そうか・・・どこかで見たと思ったら、この絵だったんですね・・・・」
戦が終わって５日後、ゆりの部屋に来ていたヴィラが、城の絵を見ながらつぶやいた。大きな美しい城に見覚えがあると思ったら、
そのはずだ。ここでしょっちゅう見ていたのだから。
「もう大丈夫なの？」
ゆりが横からヴィラの顔を眺めて聞いた。
「はい、すいません。泣かせてしまったようですね」
ヴィラが微笑んで言った。
「うん。だってもう死んだと思ったんだもん・・・」
「王妃と御子様のおかげで助かりました」
「よかった。妊娠中で」
ゆりはしみじみ思っていた。妊娠中じゃなかったら、そんなことはできなかっただろう。
「でも、ヴィラの子蛇が過去に行っちゃったのにはびっくりしたね」
「全くですよ。最後にお父さんに会いたかったんでしょうね。」
「そのおかげでみんな来れたなんて・・・」
「それを考えると死にかけてよかったですね。」
「よくはないけど・・・・すっごい悲しかったんだから・・・」
「王妃にまた会えてうれしいですよ」
ヴィラが微笑んでゆりの背中に両手を回した。
「私も」
ゆりも微笑んだ。その時ゆりの左目がぱっと蛇の目に変わり、ゆりはヴィラの首に両手を回して口付けたのだった。
戦士達の大半はいつもの仕事に戻っていた。若者はようやく気が元に戻る頃だったし、ヴィクターら、もっと年が上の連中は
もう少し回復までに時間がかかる所だった。ラクシュミも８割程度は回復している。
今一番ぐったりしているのはハザークかもしれない。ゆりにずっと気をやっていたからだ。
戦士らが回復して、やれやれと思っていることだろう。この日夕方ゆりが様子を見に行ってみると、ハザークはベッドの上で蛇のまま
眠っていた。
ゆりはそのまま塔を出て庭園に行った。庭園には城の女性達が３人ほど立ったままおしゃべりしていた。ここの所、半袖でもいいくらい
気温は少し暖かめだ。
ゆりは女性達と挨拶を交わして、花壇を眺めて歩いた。
すると、横の大きな木があるあたりが、突然ぱっと光り輝き、ゆりはぎょっとそちらを見た。
輝きは一人の男の姿に変わった。ゆりはその男を見てあごが外れそうなほど口をあけた。
は・・・・ハロルドー！！！！
木の横に立っていたのは、軍神ハロルドだった。金色の髪、鋭い眼光、少し日に焼けた肌、どっからどう見てもハロルドだ。
服装も神の国で会うのと同じだ。
ゆりは目線を女達に向けた。だが全然こちらを見ていない。見えていないのかもしれない。
ゆりはもう一度ハロルドに目を向けた。やっぱりそこに立っている。
なんでこんな所にハロルドが？私に用、なわけないよね。素知らぬ顔で通り過ぎよう。
ゆりは横を向いてさーと違う方向に行こうとした。
「おい、お前見えてるだろ。わざとらしく通り過ぎるんじゃない」
声が聞こえてゆりはぎょっとした。がそのまま行こうとした。
すると今度は目の前にハロルドがいてゆりは足を止めた。
「ちゃんと聞こえてるだろ？」
「・・・・あの・・・どちら様でしょうか？」
ゆりはぎこちなく聞いた。
「私がわからないって言うのか？」
ハロルドは鋭い瞳を向けていた。
「・・・もしや、あの有名な軍神ハロルド様でしょうか？」
「ああ、その通り」
「どうりで、噂通りの男前の神様でございますね。それでは私はこれで」
回れ右したゆりの身体がぴたっと止まっていた。
「お前、時々ガーベラに入ってたんだろう？」
背中から聞こえたハロルドの言葉にゆりはぎょぎょっと目を見開いた。
「え？な、何のことでしょう？？？ガーベラ様がどうしましたって？」
「あのな・・・人間が神に嘘を付くってのは重罪だって知ってるのか？」
「え？」
「神をだますことも重罪だ。お前は二重の罪があるわけだ。はりつけにされても文句も言えないな」
はりつけー！！？？
「串刺しの方がいいか？」
串刺しー！！！？？
考えただけでいやー！！！
ハロルド、私がガーベラに入ったこと知ってる！？なんで？どうしてばれたんだろう。
ゆりの背中はびっしょり汗をかいていた。ハロルドはゆりの横に移動している。視線が怖い。
「王妃様、顔色が悪いようですがどうかなさったんですか？」
ゆりの様子がおかしいと気づいた女の一人が近寄ってきた。
「そう？私顔色悪い？」
ゆりが聞いた。横で睨んでいる神様はやっぱり見えていないようだ。
「なんでもないから。ははは。あっち行っていいよ」
ゆりは無理やり笑って城の女性に言った。
「そうですか？」
女はゆりから離れて行った。
横を見るとハロルドはまだ睨んでいる。
ハロルド睨んだらむちゃくちゃ怖いです・・・・
ゆりはどうすればいいのかわからず途方にくれた。
ここは謝るしかない！
「ごめんなさい。許してください。悪気は全然なかったんです」
ゆりは早口で言った。
「だましたのは悪かったけど・・・でも・・・そんなに悪いことはしてないし・・・」
ハロルドは鋭い眼光を向けている。
「すいません。アリアスにもらったオレンジこっちに持ってきちゃいました」
ゆりはあわてて言った。
「それからお酒も一本もってきちゃったかも・・・ごめんなさい。その前にもえーと、桃もってきちゃったっけ。でもあれはわざとじゃないのよ。
気づいたらこっちもってきちゃってて・・・」
ハロルドははーとため息をついた。
「さっき近くで天馬を見た。あれもらったのはお前の時だったのか」
「大きくなったでしょ？」
ゆりがかわいらしく言ってみるとまた睨まれた。
「そんなに怒らないでよ。子供産まれてむちゃくちゃ喜んでたくせに・・・」
ゆりは口を尖らせて言った。
「ガーベラでもきっと産まれてた」
「そーですか。何よ。全然気づかなかったくせに」
ボソッと言うと、ハロルドの眉間にしわがよった。どうやら禁句だったようだ。
「ここには私をはりつけにするために拉致しに来たの？」
「そうだったらどうする？」
ハロルドは胸の前で腕を組んでいた。
「裁判を要求する。私は自分の無実を訴える。神の国に裁判官とかいる？有能な弁護士用意しなきゃ・・・」
「もーいい。お前、子供はいるのか？」
ハロルドががらりと話題を変えた。
「いません」
ゆりは即答した。
「そうか。残念だな。せっかく私の加護を与えてやろうと思ったのに・・・」
ハロルドは横を向いて頭をかいた。
「え？加護？何それ・・・」
ゆりは目を丸くした。
「不本意だが、お前に愛してるといってしまったからには、お前に何かしてやらねばならない。やらねばならないということはないが、
神ってのはそういうもんだ。」
「はあ・・・さっきのはりつけの話は？」
「あれは冗談だ。だがアシュランの怒りをかって実際に罰を受けた人間もいるんだからな。お前に加護を与えてもいいが・・・
もったいないな。どうせなら子供の方がよかったんだが」
「５人います」
ゆりはハロルドの腕をつかんでいた。
「ご・・・５人？」
「はい」
ゆりはにっこり笑った。
「お前な・・・さっきはいないと言っただろ！神に嘘をつくのは大罪だと教えたばかりだろうが！」
「ごめんなさい。すっかり何かされるかと思ったから・・・」
ゆりはしょんぼり縮こまった。
「加護を与えるのは一人だけだ。今夜日が変わる頃、ここに子供を連れてこい」
「５人・・・・」
「一人だけだ」
「はーい」
これ以上言っても無理のようだ。
「全く・・・どんな美女にお目にかかれるのかと思えば・・・ガーベラとは似てもにつかないとは・・・」
ハロルドは横を向いてぼそっと言った。
「何かおっしゃいました？」
「ガーベラに外見は全然似てないと言ったんだ」
ハロルドはゆりに顔を寄せて言った。
「でも性格は似てる？」
ゆりは負けずに言った。今更そんなセリフにはへこたれない。
「全くどうなってるんだ・・・じゃあ今夜な」
ハロルドは頭をかいて消えた。
横を見ると女達はもういなかった。王妃が一人芝居してる、とでも思われたかもしれない。
「一人かあ・・・誰にすればいいのかな。王様に相談しよう」
ゆりは城に戻って行った。
ラクシュミは休憩室で寝そべっていた。ここの所は客といえば戦が無事終わったお祝いの使者が多い。
ゆりがラクシュミにさっきのことを説明すると、ラクシュミは驚いて身体を起こした。
「ガーベラに入ってたのがばれたって・・・大丈夫なのか？罰を受けるんじゃないのか？」
ラクシュミはそういう心配をしていた。
「うーん。いろいろ脅されたけど、最終的には大丈夫みたい」
「・・・本当か？」
「多分。それでハロルドの加護受ける子供、誰にする？」
「うーん・・・」
ラクシュミはあごに手をあてて考え込んだ。
「ところで、ハロルドの加護って？何がどうなるの？」
ゆりはそのことについてはさっぱり知らなかった。
「さあなあ・・・わからんが・・・うーん。誰にするか・・・」
神様の加護なのだからきっととてもいいことがあるに違いない。そうラクシュミは思い、５人の子供達のうち、誰を選ぶか思案した。
「すぐじゃなくていいよ。今晩1２時までに考えて」
「わかった」
「それじゃね」
ゆりは休憩室を出て行き、ラクシュミはまた寝そべり考えた。
夜になり、ゆりは今日は落ち着かなかったので早めに身体を洗って部屋にいた。
そういえば・・・どうしてばれたんだろう・・・ジンラとか他の神様にもばれちゃったのかな。もう神の国には行けないかも・・・・
ゆりはそんなことを考えていた。
くそーそうと分かれば酒もっともらっておくんだった・・・
そんな不埒なことまで考えている。
他の神様も怒ってるのかなあ・・・・ハロルドはむちゃ怒ってたもんな。それなのに加護をくれるって・・・神様って変なの。
部屋の中にラクシュミが現れた。
「ゆり、誰にするか決めたぞ」
「だれ？」
「ロイにする」
「ロイ？なんで？」
「将来的には一番戦いそうだからな。」
「そう。私は誰でもいいよ。じゃあロイね。」
「大丈夫か？神の国にそのまま拉致されたりしないだろうな」
「大丈夫でしょう。多分・・・」
「心配だ・・・・」
「大丈夫大丈夫」
ゆりは笑顔を向けた。
真夜中、日付が変わる前、ゆりは寝ていたロイをだっこして城から外に出た。離れた所にはこっそりハインリヒがいる。
外は真っ暗かと思えばそうでもなく、月明かりで庭も歩けそうだった。
夕方ハロルドが現れたあたりでゆりはロイをだっこしたまま待っていた。ロイはぐっすり寝たままだ。
すると光の塊が現れた。ハロルドだった。
「その子供でいいんだな」
「はい」
ハロルドはゆりに近づき、ロイの右腕に触れた。そしてすぐに手を離した。
「今のが加護？」
「ああ」
「あのー・・・一体どう変わったんでしょう？」
「それはいずれ分かる。お前に一つ聞きたい事があるんだが」
「はい？」
「私を殴ったのはどっちの時だ」
その瞬間ゆりの顔が強張った。
「・・・お前の時なのか？」
「何のことかさっぱりわかりません」
ゆりは言いながらも、しまった！神様に嘘ついちゃいけないんだっけ、と思い出し、
「すいません。私です」
と言い直した。
「・・・・」
またハロルドに睨まれた。
「人間の女に殴られるとは・・・・」
「でも、そのおかげで、男の神様では一番ハロルド様に愛着があります」
「愛着？」
「一番好きだし、一番男前だと思ってます」
ゆりはハロルドの睨みにびびる事なくそう言った。
「だから、その・・・怒らないでね」
「ふん・・・もういい。」
ハロルドは横を向いた。
「私はもう行く。このことは、あまり他に言うんじゃないぞ。」
「このことって・・・殴ったこと？」
「違う！私が加護を与えたことだ！」
「ああ、そっち・・・」
「全く生意気で変な人間だ・・・」
ハロルドはぶつぶつ言っていた。
「今まで楽しかったです。どうもありがとう。」
「・・・・またな」
そう言ってハロルドは消えた。
「またな？」
それって・・・また会えるって事なのかな？
ゆりは首をかしげながら城の方に歩いて行った。するとハインリヒが近づいてきた。
「ハロルド様、いらしたんですか？」
「うん。話したよ。見えなかった？」
「全然見えなかったですよ。」
「そうなんだ・・・このことはあまり言うなって言われた」
「それはそうでしょう。龍の国にこのことが知れるとまずいでしょうからね。内緒にしておいた方がいいですよ」
「うん。そうね」
ハロルドの加護についてはラクシュミとゆり、ハインリヒだけの秘密になった。
翌朝、ロイの着替えを手伝っていた侍女が、ロイの右腕の付け根にあざがあるのに気づいた。それはどこかにぶつけたようなものではなく、
剣のような形をしていた。侍女はラクシュミに報告した。ラクシュミは気にするな、と侍女に言った。
朝食の時間、ゆりは食堂で５人の子供達と一緒にご飯を食べていた。
「あー今日は何しようかなー」
休暇中のアナスターシャがうれしそうに言った。
「忙しい時はあれしたい、これしたいって思うんだけど、実際こんなに休みになると、何していいかわかんないよね」
「僕と一緒に学校来る？」
シスが聞いた。
「えー勉強はいや！」
「僕と一緒に研究所おいでよ。おもしろいよ。いろんな薬品があって」
「全然面白くない」
ラギの言葉にアナスターシャは即答した。
「プリンープリン食べたい。プリンプリン」
侍女に言っていたのはロイだった。
「プリンはおやつの時間まで我慢しなさい」
ゆりがロイに言った。
「やだ！今食べたい！」
「だーめ」
「プリンプリンプリン！！！」
ロイはテーブルに両手を乗せて、椅子の上でどんどん跳ねた。
「お行儀が悪いわよ」
「プリン！プリン！」
「バキ！！」
何か鈍い音がして、ロイの身体はすてんと下に落ちた。
「ロイ！」
「ロイ様！」
部屋にいた全員がびっくりしてロイに近寄った。
「いててて」
「ロイ様お怪我は！？」
侍女がロイを抱き上げた。全員が目を丸くした。そこにあったのは、脚の部分が折れ曲がった木の椅子だった。
「ええー！！！なんで折れたの！？」
ラギが驚いて椅子を逆さにした。脚が４本とも折れて曲がっている。
椅子といってもかなり頑丈なものだ。子供が踏んで壊れるものではない。
「どうなってんの？」
とラギ。
「ちょっと壊れてたんじゃない？」
アンスターシャが言った。
「えー？」
「じゃないと飛び跳ねたくらいで折れないわよ」
「そうだよねえ・・・・」
シスは不思議そうに首をかしげていた。
「ロイすごーい」
ナナミは感心している。
「足大丈夫だった？ロイ」
「痛くない？」
「大丈夫だった。」
ロイは怪我一つなく元気だった。
侍女がロイを新しい椅子に乗せた。あまりにびっくりしてプリンのことは忘れたのか、リンゴをかじっている。
下げられていく曲がった椅子を見ながらゆりははっと思った。
もしかして・・・ハロルドの加護のせい？ハロルドの加護ってもしかして・・・・怪力？
「びっくりしたなあー」
「こっちがびっくりだよ」
「本当よう」
当の本人はそのことには全く気づかずに、むしゃむしゃりんごを食べていたのだった。
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