「戦も無事終わり、城の中も落ち着きましたな・・・」
「そうですね。すっかり・・・」
城の中の２階の一室で、ザメハとフレイの老人二人はしみじみと茶ならぬ酒を飲んでいた。
平和の中飲む酒は格別にうまいものだ。
「商人達も元通り戻ってきたし、龍の一族を撃退したことで一族の評価もあがってますしな」
「いやーこんな良いことがあるとは長生きはするものですね」
「本当に・・・」
二人とも一族が悲惨な時も見てきたために、平和への喜びも大きい。
「すっかり城の中も静かになって・・・」
ザメハが言った時、ガチャンというガラスが割れる大きな音が聞こえてきた。この部屋のガラスは割れてはいない。何事かと
二人は窓を開けて「ええ！！？」と目を丸くした。なんと隣の部屋の窓に大木が斜めに突き刺さっている。
「なんてことするんです！」
「ごめん！手が滑ったんだよー！」
「待ちなさーい！！」
「やだー！！！」
ロイとやりとりする戦士達の声が聞こえてきた。
フレイとザメハは目を合わせた。
「・・・まあ平和でよかったですな」
「そ、そうですね。ははは・・・」
二人は顔を引きつらせたが、再び椅子に座って酒を飲みだしたのだった。
第38話
「あのー王、ロイ様のことなんですが・・・何かありましたか？」
ロイが城の窓に大木を投げた日の夕方、王の間に疲れた顔のジュノーがやってきていた。
「ロイがどうかしたのか？」
とラクシュミが聞いた。
「どうかしたどころじゃないですよ。昼間の話聞かれてないんですか？」
「ああ、木投げた話か？誰も怪我しなくてよかったな」
「よくないですよ。一度王からもガツンと言ってくださらないと・・・」
「私が言った時は素直に謝るからなあ・・・」
ラクシュミはあまり深刻な顔もしてなかった。子供達の教育ははなから他に任せている。
「おかしいんですよ。瞬間移動が速すぎて追いつけないんですよ。ちょっと前までこんな事なかったのに・・・」
「ほう・・・」
「もう、追いかけるだけで大変なんです」
「そうなのか」
ラクシュミはジュノーに同情するでもなく言った。
「考えられないほどでかい物投げ飛ばしてるし、木にぶつかれば、なぜか木にめりこんだ跡があるし、絶対おかしいですよ！」
ロイの遊びに付き合わされる戦士達は皆首をかしげていた。なぜこんなに短期間でロイが劇的変化を遂げているのか謎だ。
「まあ、ロイは成長期だからなあ。今伸び盛りなんだろう」
ラクシュミはあっさり言った。
「成長期ですか？ナナミ様は別に普通ですし、シス様の時も別に・・・」
「ロイが一番腕白だからな」
「はあ・・・・」
ハロルドの加護をただの成長期でごまかしたラクシュミだった。あれから10日ほど経っていたが、ロイの力は腕力だけではなく、
一族の能力そのものも大きく上がっていたようだ。
さすが神様だな・・・・すごいもんだ・・・
ロイの力の源にこういう原因もあったとは・・・
「成長期ねえ・・・」
腑に落ちない様子でつぶやいたジュノーだった。
神の国ではある神殿から竪琴の音が響いていた。その音は穏やかな調べで、神殿の外では一頭の白馬がうずくまって竪琴の音を
聴いている。近くの木々には小鳥達がさえずりを止めてじっとしていた。
竪琴の腕前は楽の女神達ほどではなかったが、それでも心が休まる音色であった。
白馬の近くに一頭のペガサスが飛翔してきて止まった。白馬はペガサスにちらりと顔を向けたが気に留めない様子で再び首を曲げた。
一人の男がペガサスから降りて神殿へと入っていった。
「ガーベラ」
男がそう呼ぶと、女神ガーベラは手を止めて男を見た。
「あら、ハロルド」
竪琴を弾いていたのはガーベラだった。
「あのこと他の誰かに言ったのか？」
ハロルドはそういいつつガーベラとは別の長椅子に座り、足を組んだ。ハロルドは前回去っていた時のように怒りまくっているという
わけではないようだ。
「まだよ。私は言おうかと思ったんだけど、クーリーフンに強く止められて・・・」
「そうか」
ガーベラとしては、他の恋人達にも暴露したい気にもなっていたのだが、一つ問題があった。大勢に言うと、どうしても話は他にも
もれてしまうだろう。ガーベラが恋人達とぎくしゃくすれば周りは気づいてしまう。
アシュランが真相を知り、ゆりに害が及ぶとしたら、それはガーベラにとっても困る事だった。それを考えて言い出せなかったのだ。
「ごめんなさい。あなたを怒らせて」
ガーベラはちょっと反省したように言った。
「本当に私に悪いと思ってるのか？」
「少しは」
「少しだけか・・・」
ハロルドはちょっとむっとしている。
ゆりの時ハロルドと結構楽しくやってたので、ガーベラとしても大反省する気もないようだ。
「所で、お前人間と身体を入れ替えて、人間界では何してたんだ？男と遊んでたのか？」
「最初だけよ。最近は全然。あっちが来た時寝てたしもっぱら身体貸してただけよ」
「なんで身体貸してたんだ？」
「それが・・・時々面白い事してくれるから、楽しくなっちゃって。今度は何をしてくれるかなーと思うとやみつきになっちゃってー。最近は
サラディンの所に入り浸ってるからあんまり面白くないけど」
目を輝かせていたガーベラはしまいには口を尖らせていた。
「サラディン？サラディンが気に入ってるのか？」
「サラディンじゃなくてサラディンの神殿のお風呂に入りに行ってるみたい」
「風呂？」
「熱い風呂が好きみたいね」
「・・・・」
ハロルドはぽかんと口をあけていた。風呂ならいくらでも人間界にあるだろう。なんでわざわざ神の国にまできて風呂に入ってるんだか、
ハロルドには理解できなかった。
「ハロルドにも言っちゃったし、そろそろ潮時かもね。最近は風呂に入ってばっかだし・・・」
「それは困る。」
「え？何が？」
ガーベラは目をぱちくりして聞いた。
「このまま終わるなんて冗談じゃないぞ。今まで通り時々変わってくれ」
ガーベラはぽかーんと口を開いていた。
「え？怒ってたじゃない。すごく」
「そりゃ突然あんな告白をされれば誰だって怒るだろう。でも今は考え方を変えた。お前のかわいいいたずらくらい見逃すことにした。
愛してるしな」
そういいつつささっとハロルドはガーベラの横に移動してきた。
「あれ？別れるんじゃなかったの？」
「別れる？いいや」
「だってクーリーフンがそう聞いたって」
「空耳でも聞いたんだろ。そんなこと思ったこともないぞ」
ハロルドはそういいつつガーベラの身体を抱きしめた。
「・・・なんか企んでるんじゃないの？」
ガーベラは横目で聞いた。
「いいや。ただ私の子供を二人も産んだのはそっちだと聞いて、また会いたくなっただけだ。お前の分身ならいいだろ？」
「はあ・・・・」
「他の男には言うんじゃないぞ。いいな」
「うん」
なんか変だなあ・・・・
そうガーベラは思った。
ハロルドったらいきなり寛大になっちゃって。
もしかしたらあっちの時何かする気なんじゃ・・・・何するんだろう。まさか乱暴なことはしないよね。身体は私のだし。
うーん。気になる。気になるなあ・・・・どきどき。
どうやらまたガーベラの悪いくせが出てきたようだ。
もちろんハロルドにもある思いがあった。
殴られたまま終わるなんて冗談じゃない！次に会った時は覚えてろ・・・・
だがその思いはガーベラに言う気はないようだ。
「ガーベラ・・・」
ハロルドはガーベラの肩布をずらして胸をあらわにした。そして首筋に口付けた。
その時、クーリーフンがやってきた。神殿の外にペガサスはもういなかったのでハロルドがいるとは思わなかったのだ。
クーリーフンはそのまま後ずさりして去って行こうとした。
すると、「クーリーフン、後で私の神殿に来い」とハロルドの声が聞こえて、クーリーフンは「はーい」と返事しつつ、
神殿を出て行ったのだった。
ゆりが寝ている最中に神の国に行ったのは、ハロルドに出会って10日後のことだった。
目の前には葡萄農園が広がっていた。紫色のおいしそうな葡萄がたわわに実っている。きょろきょろと周りを見回したがジンラは
いなかった。もしかしたらさっきまで会っていたのかもしれない、とゆりは思った。
ちぇ・・・私もジンラに会いたかったなあ・・・そういえばあの事ジンラにもばれたのかな。
あれからはじめての神の国なのでゆりとしてもどきどきだ。
ゆりは農園の間の小道を歩いて行った。すると横の農園からアマンザが駆け寄ってきた。
「お母さん」
「あら。アマンザ」
ガーベラ姿のゆりはアマンザに近づいて行きこっそり聞いた。
「ねえ、あのね、私の変な噂とか立ってない？」
「変な噂？別に。」
「そう、最近変わったことないよね？」
「別にないよ」
「ならいいの」
ゆりはにこにこした。アマンザはゆりをじろじろと見て言った。
「クーリーフンに頼まれたんだよ。お母さんに会ったらハロルドに会いに行くように伝えてくれって」
「ハロルド？」
「うん」
「そう、分かった」
「じゃあね」
アマンザは手を振って農園の方に帰って行った。クーリーフンには「あっちのお母さんが来たら」と言われていた。
アマンザもクーリーフンと同じでガーベラがどっちか見分けがつくようだ。だが、まさか人間が入っているとまでは気づいていない。
ゆりも手を振り、その手がぴたっと止まった。
ハロルドが用があるのってあっちのガーベラよね。そうよね。そうに決まってる。
アマンザはガーベラの中身が違うことに気づいて言ったのだが、ゆりはそうとは気づかなかった。
今ハロルドに会うのはちょっと怖い。もちろんロイのお礼はちゃんと言いたいところだけど・・・
ますます乱暴になりました。ありがとう。なんてね。
ゆりは自分で思ってぷっと笑った。ロイの暴れぶりはますますエスカレートして困ったものだ。
ガーベラに用なのに私が行ったら、「何でお前が？」って言われるかもなあ・・・
お礼はもうちょっと経ってからにしよう。うん。そうしよう。今日はとりあえず戦も無事すんだ所だし、お風呂で疲れを癒したいし・・・
「お風呂に決めた！」
ゆりはサラディンの元に移動した。サラディンは神殿の中にいるようだ。ゆりが移動したのは神殿の外だった。
ゆりはるんるんで神殿の中に入って行き、広間にいる真っ赤な髪のサラディンに会いに行った。
「こんにちは。サラディン、お風呂入っていい？」
ゆりはサラディンの顔を見るなりそう聞いた。
「今日はルティアナいる？」
「ハロルドから伝言があるぞ」
「え？ハロルド？」
「湯浴みする前に私に会いに来いだそうだ」
「え・・・・」
ゆりの顔が引きつった。
「・・・それって行った方がいいのかな・・・」
「行った方がいいんじゃないのか？何の用かは知らないが」
とサラディン。
「わかった。じゃあ行ってきます」
「ああ、じゃあな」
ゆりはとぼとぼ神殿を出て行った。
ガーベラもここのお風呂入るのかな？
ゆりは疑問に思ったが、とりあえずハロルドに会って御礼を言った方がいいかもしれない。そう思い移動した。
サラディンの様子も普通だったので、自分のことがばれてはいないのかもしれない。そんなことも感じていた。
移動先は空の神殿のようだった。布と柱でしきられた部屋には男の神様たちが10人ほど座っていた。みんな深刻な表情
でもないのでただ歓談していたようだ。ゆりはその中にいるハロルドに近寄って行った。
「あのー私に用って聞いたんだけど・・」
「ああ。」
ハロルドがゆりに気づいて立ち上がった。そして「それじゃあ」と仲間の神にいい、ゆりの背中に手をあてて部屋を出た。
「あのー用って・・・私に、じゃないよね。その前にあのことありがとう」
「ああ。ちょっとここじゃまずいから場所を変えよう」
ハロルドはゆりを連れてさっさと神殿を出てペガサスに乗り、飛翔した。
何も言わない所を見ると、用があるのは自分になのだろうか。
そうゆりは思いつつ、どこに行くのかと思っていると、ペガサスはペガサス牧場で降りたった。
牧場にはペガサスが10頭ほどいて草を食べている。
「来い」
ハロルドはゆりの手を引いて牧場にある建物に入って行った。
そのまま手を引かれて奥の部屋へ。何で突然ここ？とゆりはぎょっとした。ここはキュリアとジェイクが生まれた場所だ。
「あのーハロルド・・・」
「これで二人っきりだな。ガーベラ」
ハロルドはそう言ってゆりの身体を抱きしめた。
「あのー・・・私・・・その・・・」
「中身が違ってても気にしないことにした。なにせ外見はガーベラだしな」
「・・・は？」
どういうこと？
「ハロルド、一体何言ってるの？私に会いたかったって・・・ガーベラじゃない私よね？」
「ああ、あのままお前と終わるのも癪だったからな。かといって人間のお前に会いに行くのもなんだし・・・これが一番いい方法だ」
ハロルドはにっと笑っていった。
「え？何が？」
「さ、ガーベラ、今から愛し合おう」
といいつつハロルドはゆりの身体を抱き上げた。
「はー？？？」
ハロルドはゆりをベッドの上に降ろして上に乗ろうとした。
「ちょ、ちょっと待って！何で私、ガーベラの時にすればいいじゃない！」
ゆりは両手でハロルドの身体を押しのけた。
「お前の方が、子供産まれる確率が高い」
ハロルドは真顔で言った。
「何それ！ガーベラを愛してるんでしょ！？」
「ああ愛してるとも」
「じゃあ私とそんなことしなくても」
「今更何言ってるんだ。お前私に抱かれたことあるだろ？」
「え・・・」
「あるんだろ？」
ゆりの顔はこわばっていた。
「ないです」
「本当か？」
「えーと・・・」
ゆりが目をさまよわせているとハロルドはゆりの上に乗ってきた。
「私のこと愛してるんだろ？この前そう言ったじゃないか」
「え？そんなこと言ってないわよ。愛着あるって言っただけで・・・」
ゆりはハロルドの肩に両手をかけて押し戻していたが、ぐっとハロルドの身体が上に乗ってきた。
「まあどうでもいい。ほら脱いだ脱いだ」
ハロルドはゆりの服に手をかけた。
「やだー！子供のためなんてやだやだ！」
ゆりはハロルドの手をばしばしたたいた。
「私の愛の証はもうやっただろう。それでお前は受け入れたじゃないか」
「え？」
ゆりはぽかんとした。
「お前の子供の力を上げてやっただろう？」
「あれって・・・・そういうこと？」
「ああ、そういうことだ」
「聞いてないよー！！！」
ゆりは声を大に叫んだ。
「当然だ、言ってないからな」
ハロルドはゆりの服を脱がそうとし、ゆりはなんとか逃れようとハロルドの手を止めていた。が、男の力にかなうわけはない。
上半身はすでにはだけているし、もう少しで裸にされそうだった。
「ひどい！無理やりなんてだめよ。神様でしょ！乱暴にしないで！」
「私に乱暴にしたのはお前だろ。殴ったんだからな。拳で。」
「あれはハロルドが若い女にめろめろになったから悪いんじゃん！」
「めろめろになってない！」
じたばたもがいていたが全く逃げられない。このままではまずい、そう思ったゆりはとっさに言った。
「あ！女装したアシュラン！」
「え？」
「ほら！」
ハロルドが反射的にゆりと同じ方向を見た。ハロルドの力が弱まったその時、ゆりは両手に力を入れて、必死に身体を上にあげた。
ハロルドがあっと思って身体を捕らえようとしたとき、ゆりは美しい足で思いっきりハロルドを蹴飛ばしたのだった。
しかし場所が悪かった。
蹴飛ばした場所はー
「お前・・・なんてことするんだ・・・・」
ハロルドは苦痛で顔をゆがめて言った。手は股間を押さえていた。蹴りは股間にヒットしていたのだ。
「ご、ごめん、足滑った」
ゆりはそう言ってそのまま移動した。
「くそっ・・・・殴るは蹴りはいれるは・・・あんな女見たことない・・・」
ハロルドが知っている人間の女は、上品でハロルドをははーと崇める女だけだった。ゆりのような人間に会った事がないのも当然である。
そういえば・・・最初ガーベラに無理やりしようとした時も、股間蹴飛ばされたな。
確かに似てるかもな・・・
変な所に二人の共通点を見出したハロルドだった。
移動したゆりはジャボーンと水の中に落ちていた。底に足がついたので立つと、腰まで水に浸かっていた。髪も服もびっしょりだった。
「あ、カカサマだ！」
「ほんとだ！」
近くにいた二人の子どもがばしゃばしゃと泳いで近づいてきた。
「二人とも・・・・へっくしょん！」
ゆりはくしゃみをした。
「ガーベラ！どうしたんだい？」
ここはラクアの神殿の外にある湖だった。ラクアの元に移動したのだ。二人の子供はラクアとガーベラの子供達だった。ラクアも
神殿の外にいたのだろう。
「ラクアに会いにきたら落ちちゃって・・・」
ゆりはずぶぬれのまま服を胸元まで持ち上げて草の上に上がった。すると、女の子たちがきゃははと笑った。
「ん？」
「あ、あはははは！」
ラクアもあることに気づいて笑い出した。3人とも背中の方を見ている。
「げっ！」
ゆりは髪を見てぎょっとした。
なんと、女神の豪華な髪に、魚が3匹もからまっていたのだった。ゆりは魚を取って湖へと離してやった。
「面白い釣りの方法もあるもんだね。はははは」
笑い上戸のラクアはしばらく腹を抱えて笑っていたのだった。
「好きなだけ笑ってちょうだい」
ゆりはため息をつきつつ言った。
それはそうと・・・ハロルドに気をつけなくちゃ。次に会った時やばいかも。何せ股間蹴飛ばしちゃったし・・・男の人って辛いんだろうな。
まあいいか。あれは自業自得だよね。
ゆりは自分で納得し、この際いいやと湖で水浴することにしたのだった。
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