次に滅びるならあの一族だろうな・・・かつてはそう言われていた一族があった。あれだけ一族の数が減ってはもうもたないだろうと。

王に子供が生まれなければ確実に滅びるだろうと言われていたのに、いつの間にやらその王に子供は６人も生まれていた。

「６人・・・・」

いまいましげにつぶやいたのは龍の一族の王だった。口の周りには皺が刻まれている。結構年配の王だったが老人というほど老いては

いない。まだ腰もぴんとしていた。

「ぼこぼこと一体どうなってるんだ。その女犬の一族の女なんじゃないのか？全く忌々しい！」

龍王は持っていた杯を前にほおりなげていた。後ろに控えていた者があわててそれを拾いに行った。

蛇の一族滅亡も自分の代にはかなうだろうと思っていたのに。戦では三度も手痛い目に合わされている。

それ以前の二度の戦では、龍の一族の勝利ともいえる結果で終わったというのに。


滅びが近づいた一族には不思議な力が加わることがあるそうだ。それは神の加護であったり、一族を滅ぼしたくはないという先祖の霊

達の思いであったりするようだが、どんな助けたがあろうとも滅びる定めにある一族は滅んでしまうものだ。かつて龍の国の近くには

ワニの一族の国があった。結構強い一族ではあったのだが、龍の一族が戦を仕掛けて勝ち、やがて国は滅び、残った者達はこの龍の国で

細々と暮らしている。戦だけのせいでそうなったのではない。流行病が起こったりして一族の数が激減したとういう要因もあった。

今では純粋なワニの一族の者もそんなにはいない。


「申し訳ありません。早いうちに殺せていればこんな事には・・・・」

報告に来た男の右腕は先がなかった。この男の腕はかつて蛇の国で侵入した際に切り取られたものだったのだ。

「まだ滅びの時ではないというのか。全く・・・・長い物を見るだけで腹立たしい」

口元をゆがめて言う王の前で、男は申し訳なさそうに頭を垂れていた。



ここ龍の国にも野生の蛇はいる。だが龍の一族の者達は蛇が嫌いだ。長い戦いの歴史のせいでもあるが、生理的に好きではないのだ。

姿を見ると踏みつけて殺したい衝動にかられるのだ。「地を這っている蛇を殺して何が悪いのだ」というのが彼らの言い分であり、

彼らにすれば、別にひどい事でもなんでもない。

龍の一族は蛇の一族を目の敵にしているが、長い歴史の中でずっと一途に滅ぼそうと願い戦を仕掛けてきた、というわけでもない。

昔は蛇の一族の方が勝ったこともあり、同等の力を持った事もあったが、しだいに龍の一族の方が力が上になり、蛇を相手にもしない

時期もあったのだ。その時の王の思いによっても違うが、ここ２、３００年ほどは蛇の一族の力が急速に衰えていたために、

頻繁に戦を仕掛けていたのだった。現にもう一押しで滅びるという所まで来ていた。

それなのにここに来て息を吹き返している。側近の者達は「最後のあがきですよ」と言い、魔術師達の占いでは「一族の強い思いが

滅びを阻止している」と出た。

いくら王の子供が増えたとしても一族の数が減ればどうにもならないもの。龍王としても頻繁に戦をして数を減らしてやりたいところだが、

なかなかそうもいかない。３度の戦で龍の数も減ってしまった。今は龍の数を増やし、一族の数を増やす方が重要だ。この国には多くの

一族以外のならず者達もいるのだが、その者達だけで戦をさせるわけにはいかない。龍王が戦をする時には、必ず龍の一族の者が

半数は出向く、これがこの国でのしきたりであり、またそうでなければ他の一族の者に尊敬されなくなってしまうのだ。

戦にもそれなりの作法があり、何がなんでも勝てばいいというものではないのだ。

しばらく大きな戦はできない。

「刺客どもを送れ。戦士、中でも女を殺せとな」

「はっ」

男はもう一度深々と頭を下げて去って行った。

「まったくつまらん事ばかりだ・・・」

男と入れ違いに一人の若い女性が王の間に入ってきた。真っ白な髪はふわふわっと大きなカールがかかっていて、赤い目をした

かわいらしい女性だった。胸元が開いたドレスも真っ白で、腰には銀色のベルトがはめられていた。女性が歩くと白いドレスの裾も

ゆれていた。その女性の姿に、龍王の険しい顔はちょっとほころび、共の者達の顔もほっとしたのだった。

「おお、姫来ていたのか」

「はい龍王様、午後はわたくしと一緒に過ごしていただけるお約束ですわ」

女性は姿もかわいらしかったが、声も麗しかった。本の朗読でもさせたならうっとりと聴いてしまいそうな軽やかな美声だった。

「そうであったか、よしよし行こうではないか」

龍王は豪華な椅子から立ち上がり、女性の手を引いてぱっと移動した。


「ありがたい時に来てくれた・・・」

「全くだ。困ったときの姫だな・・・・」

共の者達はぼそぼそとつぶやいていた。女性はウサギの一族の姫だった。ウサギの国は龍の国の北東に位置している。ウサギの一族は

弱い。戦う力もほとんどない。だがその代わり、その愛くるしい外見が武器だった。

ウサギの一族は大昔に龍の一族に従う事で弱いながらも一族を保ってきた一族であった。戦う力はないが癒しの力があり、一族の者は

皆楽器の演奏や歌に長けている。怪我の治療をする魔力もあった。蛇嫌いの龍の一族の者も、ウサギを見るとつい膝に乗せてなでたく

なってしまう。彼らにとってウサギはそういう動物だった。蛇ももっとかわいらしい動物だったなら、ここまで龍の一族に疎まれることもなかった

かもしれない。


花が咲きみだれる城の中庭ではウサギの一族の姫が竪琴を奏でながら歌を歌っていた。

その歌に龍王や通りすがりの一族の者達も一時心を慰められたのだった。


ダークファンタジア第7部　　　第1話


４の月３日に女の子を出産し、３０年の間に６人の子供を産んだ蛇の国の王妃ゆりは、８の月に入った今でもなかなか身体が完全に元に

戻らずにベッドから離れられない日々だった。出産で今まで以上に体力も気力も消耗してしまったようだ。出産して翌日には「とうとう６人目！」

という号外が出てどこの町も大騒ぎだったようだ。王の子供が６人というのは、一人の王妃が産んだ子供としてはすでに記録である。

最高３人だったようだからとっくの昔に記録は超していた。７人産めば、王の子供としても記録なのだそうだ。数人の王妃で産んだので

６人が今までの最高記録だったらしい。王妃にあやかりたいと町では王妃の絵姿が飛ぶように売れて、家の壁に貼られて拝まれているらしい。


この日も午前中は天気がよかったのでちょっと庭園に行き、午後はずっとベッドで過ごしている。さっきまでいたミシェイラは今はラクシュミ

の所だった。変な事にミシェイラはラクシュミが一番好きらしい。しばらく離れていると会いたくなって泣く。ラクシュミにだっこされると

ご機嫌で寝てしまうのだ。そのせいで客に会う時もラクシュミは時々ミシェイラをだっこしている。

「今まで子育てしなかったツケがきてるんじゃない？」と蛇目のゆりなどは言っていた。


部屋の中に眩い光があふれて、寝転んでいたゆりはあっとその光を見た。白い大きな翼の麗しい男の姿が見える。

「しばらく一人にしてくれる？」ゆりは横にいた侍女にいい、侍女に外に出てもらった。


「クーリーフン、うわー会いたかった」

ゆりは起き上がって言った。部屋に現れた男はクーリーフンだった。金の巻き毛の綺麗な男が微笑んでいた。

出産して神の国に行ってなかったのでゆりにとってはうれしい訪問だった。

「やあ」

背中からひょっこりサーラが顔を出した。

「サーラもいるんだ」

宝石のようないろんな色の瞳をした女の子、サーラもいる。サーラもにこにこしていた。

クーリーフンはどこか疲れた様子のゆりに顔をかしげた。

「どうしたの？元気がないね」

「赤ちゃん産んでそれで身体がなかなか元に戻らなくてね」

「そうなんだ。出産おめでとう」

「ありがとう・・・」

ゆりは目の保養とばかりにクーリーフンを見つめていた。クーリーフンはまさに歩く芸術品だ。美しい男に慣れた今でも、目を合わせる

だけでうれしくなってしまう。サーラはクーリーフンから離れて布団の上にいる一匹の蛇に近づいた。

「ばっちい色」

サーラはそう言った。布団の上にはルーが産んだ５色の蛇が丸まっていた。名前は「ゴショク」だ。

「あれ？今しゃべった？」

「ばっちい」

「サーラしゃべれるようになったの？」

「つい最近ね」

「ばっちい」

サーラは蛇を指してクーリーフンを見ていた。確かに蛇の色はあんまり綺麗じゃない。５つの色に分かれているのだが、どれもくすんで

黒っぽい色や茶色っぽい色だった。

「まあまあそこまで言わなくても・・・」

あんまり言ったらゴショクが傷つくかも、とゆりは思った。ルーはゆりの枕の横にいる。

「しゃべれるようになったんだーよかったねえ」

「うん。ラーズも喜んでるよ」

「アシュラン様ステキよ。とってもすごいよ」

サーラはゆりに近づいて言った。

「へー」

「びなんしよ」

「・・・もしかして教えたのはアシュランかな？」

そうゆりが聞くと、クーリーフンは「よくわかったね」と苦笑していた。

「アシュラン様とってもびなんしよ。うっとりよ。しっしんしちゃうよ！」

サーラは力を込めて言っていた。

「わかった。よくわかったよ。サーラ」

「それじゃあ行くよ。お大事にね」

「うん。ありがとう。うれしかった」

クーリーフンはサーラを連れて行ってしまった。


あーうれしかったなあ・・・・


心の中にぽっと暖かい火がともったようだ。


ばっちいと言われたゴショクは、しょぼくれる様子もなく舌を出していた。



クーリーフンとサーラはそのまま神の国へと帰って行った。人間界に降りたのは用事があったからだ。ガーベラはごくたまにしか降りないが、

クーリーフンはガーベラの使いでよく人間界に降りている。普通の人間には見えないようにしているので騒がれる事はない。

神の国を飛んでいるとサーラがクーリーフンから離れて飛んでいった。近くを一頭のペガサスが飛翔し、ペガサスには軍神ハロルドが

乗っていた。サーラはハロルドの腕をつかんでいた。クーリーフンはどうしようかなと思いつつ近くを飛んでいた。

サーラはくったくのない性格で、誰にでも懐く。どの神もたいていサーラには冷たくはできない。

「あのねーニンゲンカイ行ってたの」

サーラが言った。

「そうなのか」

とハロルドが返した。

「ヘビいったの」

「へび？」

その時ハロルドがクーリーフンを見て、危機を察したのかクーリーフンは違う方向へと飛んでいった。するとペガサスが追いかけてきた。

「クーリーフン、何で逃げる！」

「僕は逃げてません。あっちに行きたいだけ〜」

ペガサスの頭が近づいてきた。

「そっちこそなんで追ってくるんです〜？」

クーリーフンは言いながら逃げていた。

「ちょっと降りろ」

言われてクーリーフンは仕方なく地上に降りて、ペガサスも下降した。

「僕何もしてないのにー・・・」

「じゃあ逃げなくてもいいだろう。会ったのか？」

「誰に？」

クーリーフンが聞き返すとハロルドが睨んでいた。そのくらい察しろばか！と目が言っている。

「会いましたよ。でも出産した後で元気がなかったなあ。身体のオーラが薄かったよ」

「そうなのか・・・」

「それじゃ」

行こうとしたクーリーフンの肩紐をハロルドの手がつかんでいた。サーラはペガサスの首にしがみついている。

「ちょっと来い」

「ええー！」

クーリーフンは仕方なくペガサスについて行った。行った場所は広い果樹園だった。ここはヒルデリアの果樹園だ。普通の神も許可なしに

入れない場所だ。

ハロルドはペガサスから降りて一本の木になっていた大きな実を３つばかりとってクーリーフンに渡した。ザクロの実だった。

このザクロには、女性の体力や気力を取り戻す力があるのだ。

ザクロを渡されたクーリーフンはそのまま突っ立っていた。ハロルドは無言でクーリーフンを見ている。

「あのー僕さっき人間界から戻ってきた所なんだよね」

「だから？」

「・・・・」


今すぐ行けってことですか・・・・


「わかったよ。行ってくるよー」

クーリーフンは口を尖らせていた。どうも最近ではアシュランよりもハロルドの方が怖い。

「自分で持っていけばいいのに・・・」

小さな声で愚痴っていると、「何か言ったか？」とでかい声が聞こえてきた。

「別にーいってきまーす」

クーリーフンが飛んでいくとサーラもついてきた。

「僕また降りてくるからサーラはいなよ」

「ヘビ行く？」

「行くよ」

「ちょっとまってて！」

サーラは途中で別れてどこかに飛んで行き、ゆっくり飛んでいるとやがて戻ってきた。手には小さな布袋を持っていた。


再び人間界に降りた時には日付が変わっていた。神の国と人間界では時の流れが違うのだ。

太陽はすでに上がっていた。ゆりはベッドで眠っていて、クーリーフンらがきたのも気づかなかった。

クーリーフンは枕元にザクロを置いた。一方サーラはベッドの下にいた蛇に、ばさっと布袋の中身を振りかけた。

「あらら、まあいいか。行こうサーラ」

「うん」

二人は再び去って行った。


やがてゆりは目を覚ました。

「あれ？」

目の前に大きなザクロがあってゆりは驚いた。真っ赤に熟れたおいしそうなザクロだ。３個ある。

「誰が置いたんだろう？」

ゆりはザクロを一つ持ったまま身体を起こした。そしてベッドの下に色鮮やかな紐が落ちているのを見た。その紐は、うにっと動いていた。

「あれ？」

ゆりは目をこすった。

紐の先端にはヘビの顔がある。その横にルーがやってきた。

「え・・・・ええええー！！！何この蛇どっからきたの！？」

その蛇は鮮やかに赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の７色の色をしていたのだった。ゆりはなんとも色鮮やかな蛇を手に取った。

やがて部屋にやってきた侍女等もびっくりして蛇を見た。まるで作り物の蛇のようだ。ゴショクを探したがどこにもいない。



「もしかしてこれがゴショク？っていうか七色になっちゃってるじゃん・・・」

話を聞いたアナスターシャとナナミもやってきた。

「うわーきれーな蛇！」

ナナミは喜んで首に巻いていた。まるでアクセサリーのようだ。

「すごーい、どうなってるの！？」

とアナスターシャ。

「もしかして神様の仕業かな」

そうとしか考えられない。

ってことはあのザクロは贈り物かな。ありがたく頂戴します

ゆりは心の中で神様に手を合わせてザクロを食べてみた。すると、２個食べただけでだるかった体がかなり復活した。

歩くのも軽やかになった。


きっとクーリーフンがくれたんだ。ありがとう！


ゆりはハロルドがくれたという事までは気づかなかった。


そうだ、一個はユリウスにあげよう


ユリウスも出産後なかなか完全に元に戻っていないようだったので、ゆりはシスに言付けてザクロをユリウスの屋敷まで届けてもらった

のだった。


その頃、王の間ではラギがタロウと魔法の鏡で話をしていた。横にロイもいる。

ラクシュミも椅子に座っていたがその横で５人の白い髪の女達が順番にミシェイラをだっこしていた。ハザークの侍女らだ。

最近侍女らをまとめてみる回数が増えたな、とラクシュミは思った。ミシェイラの金色の髪を見るのがうれしくてしょうがないようだ。

まあ楽しみがあるのは結構な事だ。


「10の月15日にさあ祭りがあるんだぜ、ラギ来いよー」

鏡の向こうでタロウが言っていた。

「祭り？何の祭り？」

「ライオネル様を崇める祭り。今年はすごく盛大にやるんだぜ。前回なんてライオネル様がきたんだぜ。今回も来るかもしれないぞ」

「えーほんと！？僕行こうかな。ライオネル様見たいよ！」

獣神ライオネルはここ蛇の国ではまったく信仰されていない。だが全身毛に覆われて、獣の姿をし、なかなか面白い性格の神様のようだ。

「僕も行く！」

横でロイが言った。

「えーロイはだめだよ」

とラギ。

「行く！ラギにーが行くなら僕も行く！」

「おーこいこい」

タロウは気楽に言っている。

「ええー！」

「じゃあなー来いよー！」

タロウは手を振り鏡は真っ黒になった。

「僕も行くーねーとー様いいでしょ！？ねえ」

ロイはラクシュミに近づいてねだった。

「うーん・・・」

「とー様お願い！」

後ろでラギが両手で必死にバツを作っていた。ロイのお守りは大変だ。冗談じゃない。

「とー様お願い。いい子にするからねー」

服を握って揺さぶっている。

「本当にいい子にするのか？」

「うん」

「絶対嘘だよー」

ラギは口を尖らせていた。

「まあいいじゃないか」

ラクシュミは気楽だった。横ではミシェイラが「あーあー」泣き出して、侍女らがミシェイラをラクシュミの膝に乗せると

ぴたっと泣き止んだのだった。

「ミシェイラ様かわゆーい」

「ほんとかわいいですわー」

侍女らの顔はゆるみっぱなしだ。



一方ナナミはハザークに綺麗な蛇を見せていた。

「パパみてみてー綺麗でしょ」

「本当だ。どうしたんだ？それ」

「わかんないけどいたの」

「ふーん。綺麗だな」

ハザークはナナミの首にいる蛇を見つめていた。

「こんなに綺麗な蛇は久しぶりにみた。所で・・・お前お茶の入れ方知ってるか？」

ハザークは口調を変えて聞いた。

「知らない」

ナナミは首を横に振った。

「そうか・・・やっぱりな」

「侍女さんは？」

「朝からずっといない」

最近は侍女らがいない事が多かった。居場所は分かっている。ハザークとしても、別に思念を送ってまで侍女に茶をせがむ気にも

なれなかった。


やがてナナミからアナスターシャに思念が飛んだ。

ーねーパパがお茶入れてってさ

ーえ？なんで私が・・・・

ー侍女さんらがいないんだって

ーラギ、あんた入れてあげなさいよ

アナスターシャからラギに思念が飛んだ。

ー僕入れ方知らないよ

ー侍女さんらどこ？

ー王の間にいるよ。うれしそうにミシェイラ見てる


結局お茶はアナスターシャの侍女が入れに行ったのだった。



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