第２話
神の国のザクロ効果か、ゆりは久しぶりに軽やかな身体で部屋を出て行った。王の間にいるミシェイラを引き取りに行こうとしていたのだ。
一階に下りた所でミカエルに出くわした。
「王妃、今日は顔色が良さそうですね」
ミカエルゆりを見るなり笑みを向けた。
「うん。何度もお見舞いありがとう」
恋人達は何度も部屋を訪ねてきたが、一番回数が多いのがミカエルだった。
「いいえ、所で王妃お願いがあるんですが・・・」
「ん？」
二人は王の間の前まで来ていた。
「次は私の血が混じった子供生んでください」
ミカエルはゆりの両手をしっかりと握り締めて言った。
「はい？」
「王妃ならできますよ」
引きつっている番兵の前で、ミカエルは極上の笑顔を向けていた。
「いや、無理無理」
ゆりはぱっと両手を離した。
「大丈夫ですよ。後８人産んでくださればいいんです」
「８人！？」
「王妃なら余裕で産めますよ」
ミカエルは真面目だった。
どうやら恋人達のそれぞれの血が混じった子供を作れって事らしい。実はこれを言ったのはミカエルだけではなかった。ハインリヒにも
言われたし、ヴィラと一緒に来ていたジュノーにも言われた。それを聞いたヴィラは「それはいいですねえ。王妃が私の子供を産んでくださる
なんて、ヴィンセントが大喜びですよ」と言っていた。
「無理です」
「王妃ならできますよーがんばりましょうよー」
「無理無理」
いくら皆の事は好きでもそこまではがんばりたくない。
第一あと８人なんて・・・・もしかしたら産めるかもしれないけど・・・・
200歳までには可能かも？と思ったゆりだった。なにせ30年で６人も産んでしまったのだ。今のゆりの年齢が90歳くらいだとすれば、
可能かもしれない。だがそれぞれの男達の血が混じった子供を８人作るのはいくらなんでも無理だろう。ラクシュミの血が混じらない
子供が出来る確率の方がはるかに高い。さらに前提として男達とそういう仲にならねばならない。
せっかく今までほどほどの仲を続けてきたのだから、ゆりとしては死ぬまでそういう仲でありたいものだ。
ゆりはミカエルは無視して「ミシェイラまだいる？」と番兵に聞いた。
「ハザーク様の侍女さんたちが塔の方にお連れしましたよ」
「あら、そうなの。ミカエル塔に送って」
「さっきの事考えてくれます？」
ミカエルはちょっと顔を寄せて聞いた。
「考えるまでもないの。無理！」
ゆりはぶーたれたミカエルに塔まで運んでもらったのだった。
ハザークの部屋に入るとナナミもいた。鮮やかな色になってしまったゴショクらしい蛇を首に巻いている。そして５人の侍女達もいた。
部屋の中にはすでに赤ちゃん用ベッドも運び込まれていた。侍女らが囲んでいるので見えないがミシェイラはベッドで眠っているのだろう。
どうやら眠ったので連れてきてしまったようだ。
ミシェイラに金髪の髪が生えてきてハザークの血が混じっていたという事実を知ってからというもの、侍女らは毎日大喜びで
ミシェイラを見に行ってるらしい。「ハザーク様の侍女って５人もいたんですねえ」と驚く者もいたようだ。実はラクシュミに
「塔の方でミシェイラ様を預かってはいけませんか？」と侍女らから要望もあったようだが、ラクシュミは「もうちょっと大きくなるまで待ってから
にしたらどうだ？」と返答したらしい。「近くにいるんだから朝昼晩と見に来ればいいだろう」そういって、侍女らはその通り
朝昼晩と見に来てるようだ。たまにここに連れてきてもいる。起きている時はまだ無理なので、眠った拍子に連れてくるのだ。
侍女らはこのように大喜びだが、ハザークはというと喜んでミシェイラを見に行っているわけではなかった。
「ハザーク様が毎日のように部屋に来られるのかも？」と思ったミシェイラの侍女らはちょっとがっかりしたようだ。
「王妃、自分で来たのか？」
ハザークが聞いた。
「送ってもらったんですよ。だいぶ身体の具合がよくなったんです」
「まー座った方がいいよ」
「うん」
ナナミが産後のゆりを気遣うように言ってくれたので、ゆりは椅子に腰を下ろした。
ハザーク様は前とあんまり変わらないなあ・・・・でも全く同じってわけでもなさそう
よく見るとハザークはちらちらとベビーベッドの方を見ていた。だが見えるのは侍女らの背中だけだが。
「侍女さんらこの蛇見ても全然驚かないんだよーほんとつまんない」
ナナミは口を尖らせていた。
「そうなの。ハザーク様、これってゴショクかなあ？」
ゆりはハザークに聞いてみた。ゴショクはここに連れてきたことがある。
「ゴショク？」
ハザークはナナミの首に手を近づけた。すると蛇はハザークの手の方に移動した。
「ああ、よく見ればこの顔はゴショクだ。何でこんな色になったんだ？」
ハザークは蛇の顔を眺めて言った。人の顔がそれぞれ違うように、蛇の顔もそれぞれ違うはずだ。ハザークには区別がついている
ようだがゆりにはさっぱりわからない。
「やっぱりゴショクなんだ」
「七色だからナナショクに変更しないの？」
とナナミが聞いた。
「まあいいんじゃないゴショクで。これも神様のいたずらみたいですよ」
「ふーん？」
「ばっちい色だったからよかったね」
とナナミが言っていた。
その横の方では、「あ、今口開けましたわ〜」「かわいらしい〜」と侍女らが小さな声をあげて喜んでいた。
王の間の前では、ロイがやったやったと飛び跳ねていた。
「ねーラギにー、虎って大きいんでしょ？！虎乗って遊べるよね？楽しみだなあ！」
大喜びで飛び跳ねるロイの横では、あんまりうれしそうな顔をしてないラギがいた。
「あー僕にロイのお守りなんてどう考えても無理だよね？」
ラギは番兵に愚痴っていた。
「ご愁傷様です」
ラクシュミがロイも虎の国行きを許可したのだ。ラギにとってはなんとも大変な事になってしまった。
もうすでに虎の国でのロイのはしゃぎっぷりが目に浮かぶようだ。
城の入り口の方からフリットがやってきた。
「フリット聞いて聞いて僕虎の国行くんだよ！」
ロイは喜ぶあまりフリットにも言っていた。
「虎？何をしに行かれるんですか？」
「何って、決まってるじゃないか。お勉強だよ！」
「絶対違うでしょう」
フリットは即否定していた。
「今度虎の国でお祭りがあるんだよ。それに呼ばれたんだ。ロイが行くって聞かなくて・・・」
ラギが困った顔で説明した。
「祭り？そういえばライオネル大祭が今年でしたか。確か他国からも観光客が来るんですよ。大丈夫ですかねえ。ロイ様行かない方が
いいですよ」
フリットは心配して言ったのだが、ロイは「フリット、髪元に戻ったね。燃やしていい？」
と憎らしげに言っていた。フリットは今日は髪を首の右で一つにまとめて青い紐で結わえていた。髪を焼かれる以前と比べると、
少し短くなったくらいだ。
「王子はそんなに私をハゲにしたいんですか？」
フリットは引きつった笑いを浮かべていた。
「だってフリットの顔って綺麗過ぎるからさ、ついいたずらしたくなっちゃうんだよ」
あどけない小悪魔の言葉に、
「どうせなら30年ほど虎の国に滞在されたらどうですか？」
フリットは笑みを浮かべたまま早口で言い、すたすた歩いて行った。そして番兵に言付けして、王の間に入って行った。
「ラギにーフリットってほんと冗談が分からない男だと思わない？」
ロイは頭の後ろで両手を組んでいる。
「ロイが悪いだけだよ。フリットは優しい人なんだよ。ロイ以外に怒るのなんて稀なんだからね。あんまり怒らせちゃだめだよ」
ラギがたしなめるように言うと、ロイは口を尖らせて消えてしまった。
一方フリットはラクシュミにロイの虎の国行きの事を聞いていた。
「だめだって言ったら暴れそうだからなあ、それに虎ならロイみたいなのがごろごろいるからまあ大丈夫なんじゃないか？」
ラクシュミは気楽に言った。
「ですが祭りの間はきっと他国の者もあふれてますよ。ロイ様がいくら頑丈で強いとはいっても危険ですよ」
「ここでも勝手に外に出て行くし、危険度はそう変わらないと思うが・・・いいと言ってしまったからもうしょうがない。フリット・・・・
一緒に行くか？」
ラクシュミは伺うように聞いてみた。
「王のご命令とあらば、行きますが」
「嫌な言い方だな」
「行くのはいいですが私の手には負えませんよ」
「だろうなあ・・・」
ラクシュミも同意していた。
フリットの手に負えないというよりも、誰の手にも負えないだろうな。まあいいか。お守りが行っても行かなくても同じような気がする・・・
そう思ったラクシュミだった。今でさえ、本気で逃げるロイを追うことができるのは上級の連中だけなのだが、それでもかなり見失って
しまうようだ。それほどロイは逃げ足が速い。最近は大木をぶんなげたりはしていないが大きな蛇を持ち上げて遊ぶので蛇らが迷惑
しているとハザークが言っていたほどだった。どうやら蛇がハザークに苦情を言ったようだ。
目の前にぱっとナナミとゆりが現れた。とたんに赤ん坊の泣き声が「あーあー」響き渡った。
ゆりはミシェイラをだっこしていた。
「はい王様」
ゆりはラクシュミの膝の上にミシェイラをのせた。すると泣き声はぴたっと止んだ。まるで魔法のようだ。
「また私が抱いてるのか？」
ラクシュミはちょっと不服げだ。
「だってミシェイラはとーじゃないとだめなんだもの。しょうがないよ」
「パパが抱っこしようとしたら泣いたの」
ナナミが説明した。
「あれ？その蛇どうされたんですか？」
フリットはナナミの首にかかっている蛇に気づいた。
「本当だ。どうしたんだそれ」
とラクシュミ。ゆりは二人に説明し、ふいにミシェイラを見るとミシェイラはにっこにっこ顔になっていた。相当ラクシュミが好きらしい。
ラギが赤ん坊の頃はラクシュミはだめだったが、他の者ならば抱っこされても泣くことはなかった。他の子供達もたいていだれでも
受け入れていた。だがミシェイラはゆりが抱っこしていてもしばらくするとラクシュミが恋しくなってぐずるほどだ。
赤ん坊でもそれぞれ個性があって面白いものだ。ミシェイラはまだ思念で誰かに話をしたりはしてないようだ。
その頃ハザークの塔では、
「あの子なんで我が抱くと泣くんだろうなあ？」
とハザークが首をひねっていた。泣かれたのも一度や二度ではなかった。ハザークが自発的に抱っこしようとしたわけではなく、
いずれも侍女らに渡されたのだが、いつも顔を見るなり泣き出すのだった。「違うよーこの人じゃないよー」とでも言うかのように。
ミシェイラにとっては今の所とーはラクシュミだけなのだ。
「ハザーク様のせいではないですわ。その内になついてくださいますわ」
「そうですわ」
「そうか？」
ハザークとしても、抱っこしてじっくり眺めたい気持ちはあるようだ。
「あら、そういえば私達ハザーク様のお世話すっかり忘れてましたわ」
「このお茶はどなたが？」
侍女らはようやくテーブルの上に乗ってあるティーセットに気づいたのだった。
ゆりがロイとラギの虎の国行きを聞いたのは昼食の時間の事だった。
「いいなー私も行きたいなー」
アナスターシャはぶーたれていた。言っても無理だという事は分かりきっている。
「ロイも行くの？大丈夫かなあ」
とゆり。羽目を外しすぎるのが心配なのだ。
「大丈夫だよー。ラギにーいつ行くの？すぐ行こうよ」
ロイはご飯を食べながらも落ち着きがなかった。
「今回は侍女誰がいくのかな？」
シスが聞いた。
「誰になっても貧乏クジねー」
ゆりは同情するように言った。
綺麗な蛇のゴショクは子供らの手をぐるぐる回っている。ラギはしげしげと蛇を見つめてこの蛇の子供はどうなるのかなあとそっちを
気にしていた。
「ねえ、母様はライオネル様には会ったことないんでしょ？」
シスが聞いた。ライオネルという神様は蛇の国ではあまりなじみがない。石像もない。ライオネルは虎や狼、豹、熊などの肉食の獣系の
国でかなり信仰されている神だった。龍や蛇、羊ではライオネルの代わりにハロルドが信仰されている。この両者は似たような力をもった
神とされているためだ。どの一族が誰を主に信仰するかは、その一族の特性や歴史によって様々だ。たとえば過去に特定の神に
助けてもらったりすると、その神をより好きになってしまうという具合だ。ただアシュランとヒルデリアは神の中でも別格的存在として
どの国でも信仰されている。
神の国でのライオネルとハロルドの関係は同じ両親から生まれた兄弟で、仲もそこそこいいようだ。神話によれば、ライオネルという
神は虎族のような力が強く明るい性格の男らしいが、実際にはどうかはわからない。
だが大きな祭りがあるとひょいひょい現れるくらいだからサービス精神が旺盛な神なのは間違いない。それともダーナのように
信者獲得に熱心なのかもしれない。
「ないなあ。今度神の国に行ったら探してみようかな」
「本当に祭りに現れたらすごいよね。僕も行ってみたいよ。でもさすがに３人も行くのは無理かなあ」
「ナナミは行きたいって言わないの？」
ゆりはナナミに聞いてみた。するとナナミは「虎って暑いんでしょ？行きたくない」と言っていた。
獣の姿の神様かあ・・・アヤコさんによればライオンぽいらしいけど、どんな神様なんだろうなあ・・・
神の国では結構いろいろな神様に会ったゆりだったが、まだ会ってない神様もたくさんいそうだった。
その夜は体調もよかったのでゆりは王の寝室で寝ることにした。すると寝室に現れたラクシュミはミシェイラをだっこしていた。
「あらまあ、まだ一緒だったの？」
「困った子だ」
「実はうれしいんじゃない？こんなに王様っ子な子いなかったから」
「うれしくない事はないが・・・ハザークのことを思うとちょっと笑ってしまうが・・・」
「ハザーク様抱っこする時すっごいびびってたよ。泣かれるんじゃないかと思って。実際に泣かれちゃったけど」
「まあいいんじゃないか？その分ナナミが懐いてるから」
そういう問題じゃないと思うけど・・・
その時ゆりの左目がぱっと変わった。
「王様〜チューして！」
ゆりはベッドにあがったラクシュミに横から抱きついた。せっかく元気になったのだから熱い口付けくらいはかわしたいものだ。
そう思って出てきたのだった。
「ほい」
ラクシュミはゆりにミシェイラを渡し、「おやすみ」と言って寝転んでしまった。ミシェイラは目をぱっちり開けている。
「ひどっいじけてやる」
ゆりはミシェイラを真ん中に寝かせて寝転んだ。ミシェイラはしっかりとラクシュミの服を握り締め、ラクシュミが寝ると一緒に寝てしまった。
本当にラクシュミが好きでしょうがないようだ。そんなミシェイラにゆりは苦笑した。
ハザーク様ちょっとかわいそうだな。今度慰めてあげよう
蛇の目のゆりはそんな事を思いつつ眠りについた。
真夜中、降るような星空に大きな丸い月が浮かんでいた。真っ白なペガサスに引かれた黄金の馬車が夜空を通り過ぎていったのだが、
すでに眠っていた人々は気づくこともなかった。
虎の国の南にある家畜の飼育場に、こそこそと忍んでくる男達の姿があった。ここは豚のような生き物、ブタラとこの世界では呼ばれる
茶色い毛が生えた家畜の大きな飼育場だった。大昔には豚の一族がいたのだが、豚の一族は滅び、豚が何かと合わさってちょっと違う
生き物が出来てしまったのだ。それがブタラだった。味は豚とよく似ていてこの世界の他の国でもブタラはよく飼育されている。
ブタラ達も今は大きな小屋の中でそれぞれ眠りにつき、時々「ブヒーン」と寝息をたてていた。
夜の見張りの者も数人いたのだが、いずれも地面に崩れて眠ってしまっていた。あたりには妖しい臭いが立ち込めていた。
これで眠らされたのだ。
口元にマスクをした二人の男達は小屋の中に入り、巨大な水の樽にこっそり何かを入れようとしていた。それは毒だった。
毎朝飼育の者がブタラに水をやる。この水を飲んでしまえば、ここにいる1000頭以上のブタラは死ぬことになるだろう。これにより
虎の一族の者が食べ物がなく死に絶えるというような事はないのだが、彼らにすればちょっとした嫌がらせだった。そう、彼らは虎の
一族の者ではなかったのである。
「早くしろよ」
「ああ」
小声でいいつつ樽の上の木板をはずしてもう一人が毒の瓶を傾けようとした時、身体がむんずとつかまれて上に上がった。
「わっ！」
「なんだ！」
つかまれたのは二人同時だった。見ると２メートルは超える大男が自分達を持ち上げている。暗いのでよくは見えないが
とにかく大男だ。
「お前らなんかくだらないことしようとしてるだろ。男なら勝負は身体でつけな」
大男は二人の背中をつかんで持ち上げたまま小屋の外に出て、男達をボールをほおるようにポーンとほおりなげたのだった。
「うわー！！」
男達は弧を描くように飛んで行き、草むらの中に落ちていった。落ちる時グキ、ボキと変な音がしていたが、きっとどこかの骨が
折れたのだろう。小屋の外で見張っていた男もすでに飛ばされていた。小屋の中に漂う妖しい匂いも、この男には効いていない。
「やれやれ」
大男は両手をぱんぱんとはたいて腰に手をあてた。
「これからどうしようかな・・・・」
小屋の外で夜空を見上げていると、二つの星が瞬いて落ちてきた。その星は男の前で子供の姿になったのだった。
「あれー？こんばんは」
「こんばんはー」
「おお、星っ子らか」
男は輝く子供達に驚く様子もなく言った。降ってきたのは黒髪で額に星の飾りをつけたかわいい双子の神、ティラとティカだった。
「だあれ？」
双子は不思議そうに男を見ていた。金色の光で包まれているからこの男は神のはずだった。だが誰かはわからない。
「俺だよ俺！ライオネル様よ」
「ええ！ライオネル様！？人になってるんですね」
「本当だ。僕初めてみたかも」
ティラとティカはしげしげと大男を眺め、男の周りを回っていた。
「そうだったか？かっこいいだろ？」
と大男。そう、人の姿をしていたが、この大男は獣神ライオネルだった。腰まであるぼさっとした金髪に太い眉毛、鋭い瞳。とにかく
腕の筋肉はすごいし胸板も厚い。身体も大きいが顔もごつくて大きかった。虎の一族の男が着るような茶色いズボンに上着を着ていて、
首周りが大きく開いた上着からはもじゃっとした胸毛も見えていた。
もみ上げもあるしあごにもちょっと毛が生えていて全体的に毛深い人間の男になっている。ライオネルは普段はこういう姿ではない。
豪華な金色のたてがみを持つ獣の姿をしていた。ライオネルは獣の姿で生まれた珍しい神だった。そのため神の石像は全て
雄雄しい獣の姿をしている。だが人にまぎれる時は人の姿をしている。ごつすぎてあんまりまぎれてもいないが。
「かっこいー」
「すごーい」
「そうだろーお前らよくわかってるな」
ライオネルはにかっと笑っていた。
「ライオネルじゃないか」
黒い塊が近づいてきて神の姿になった。真っ黒な長い髪、夜の神オルガだった。
「よっ！」
ライオネルは片手をあげて挨拶した。
「こんな所で何してるんだ？」
「別にーちょっと遊んでただけだ」
するとオルガはにっと笑っていた。
「ん？なんだその笑いは」
「向こうで風の精らが噂してたぞ。ライオネルが祭りの日を間違えてやってきてたって」
星の子供達は目をぱちぱちさせていた。
「バカ言ってるんじゃねえ。この俺が自分の祭りを間違えるかよ」
「人間に聞いてたそうじゃないか。ライオネルの祭りはいつかって」
「・・・・・」
ライオネルは歯をかみ締めていた。
「だめだぞ。自分の祭り間違えちゃ」
オルガは笑いをこらえて言っていた。星の子供達も笑わないようにと口元をむずむずさせている。
「別にいいんだ早めに来る分には。遅れる方が困るだろうが」
ライオネルは胸を張って主張した。
「そうか？あんまり人間の女に手出すなよ。行くぞ」
「はーい。それじゃあライオネル様」
「さようならー」
オルガは子供達と一緒に飛んで行った。
くすくすっと笑い声が聞こえてきた。後ろを見ると風の妖精たちが飛んでいた。ライオネルがきっと睨むと妖精たちは散るように
飛んでいった。
「まったくおしゃべりなやつらだ」
今は人間界では８の月に入ったばかり。祭りは10の月だった。ちょっと早めにきたつもりが、かなり早めに来てしまったのだった。
祭りの月を間違えたのはわけがある。豹の国での大祭が８の月だったのだ。その大祭は今年ではないのだが、それで間違えてしまった
のだ。大祭の日はその10日前から祭りが始まり、夜も明るく皆騒いでいるのが毎回の事なのに今日降りてみるとどこの街もシーンと
していた。それで街に行き酒場にいた人間に「今日はいつだ？」と聞き、「ライオネルの祭りはいつだっけ？」と聞いたのだった。
聞かれた方はきょとんとしていたが、ライオネルは人間の姿で聞いたので相手は簡単に教えてくれた。
まさか獣の姿で「俺の祭りはいつだ？」とは聞けない。
人間の言葉を話さない神が大半なのだが、人間好きでよく人間界に降りる神の中には言葉を話す者もいた。ライオネルもその一人だ。
それでうろちょろしていたら家畜小屋で不審人物に出会ったというわけだ。
二月も前に来ちまったとはな〜まあいいや。戻るのも面倒だし、それまで遊んでいくかな
ライオネルは頭をかきながら暗闇の中にまぎれて行ったのだった。
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