第3話
むか〜し、昔、大昔のお話です。大陸で一番獰猛な一族がいました。その一族は力技で他の一族をねじ伏せ、容赦なく奴隷にし、
または滅亡させることもありました。その一族は魔力はあまりなかったのですが身体が大きく、とてつもない腕力を持っていました。
その一族の動物も狩りが好きで凶暴でした。その動物がほえるだけで森の中にいた他の動物達は縮み上がってしまったほどでした。
その動物の名前は虎です。あの黄色に黒の縞は、他の一族にとっては恐怖の象徴でした。
戦いこそが最上の喜びとばかりに、虎の一族は暇さえあれば自分の領土を広げようと他の国に戦いを仕掛けました。
他の一族も同盟を結び虎に対抗しようとしましたが、力技ではかなわず、魔力があまり効かない虎の一族の大軍になすすべもありません。
このままでは周りの一族は全て絶えてしまうかもしれない。
虎の侵攻に震え上がっていた他の国の者達は、神に祈ることにしました。
「アシュラン様、どうか虎の一族をなんとかしてください。このままでは我々は皆虎の奴隷にされてしまいます。対抗する術を授けてください」
人間達の争いに神はあまり関与しないものなのですが、王達の悲痛な訴えに神々の長アシュランは耳を傾けました。
「確かに虎のやりようはあまりにひどすぎる。何とか考えよう」
そう王達に言ったのです。
「ありがとうございます。アシュラン様」
王達は喜びました。
「−とはいったもののさてどうしようか・・・・」
アシュランは悩みました。神々の長であるアシュランには、人間を葬ることなど簡単なことです。ですが、強暴すぎるから虎の一族を
消すというのも、あまりよい解決法ではないとアシュランは考えました。あの力を半分にしてしまうか、しかしそこまで神が手を加える
というのもいただけない。
アシュランは妻であるヒルデリアに相談しました。するとヒルデリアはアシュランにこう進言しました。
「虎の一族には慈愛の心が足りません。ダーナに頼んでみたらいかがでしょう？」
「それはいい。そうしよう」
こうして慈愛の女神ダーナが虎の国へと降りることになりました。
虎の国の当時の王はグオルグという名前でした。グオルグは代々の王の中で最も力が強い王だと言われた王でした。
虎の一族はこの世界に生まれた当時から闘争心が強い一族でしたが、グオルグ王の時代、力の強い戦士達も最も多く、
その頃まさに虎の一族は全盛期をむかえ、他の一族に恐れられていました。
しかし、王には弱者に対する思いやりに欠けていました。猫の一族はすでに王族は全て殺され虎の一族の奴隷としてこきつかわれてましたし、
数年前に王妃が王の子供を産んだ時も、その子供の足が動かないと知ると冷たく「殺してしまえ」と言い放ったのでした。
王妃は泣いて命乞いをしましたが、子供は哀れ一族の者に殺されてしまいました。
虎の一族の武器はその肉体です。肉体に欠陥がある者になど用はないと王は考えていたのです。王は自分の子供だけではなく、
戦いで傷ついて身体が動かなくなった者達も、国の端へと押しやっていました。
次はどの一族を攻めてやろうか。そんな事を考えながら湖で身体を洗っていた王は、湖のほとりに美しく、金色の長い髪をした女性を
見たのでした。豊かな胸にくびれた腰、すらりとした長い足、華奢な身体は虎の一族の女ではありません。
王はすぐに神だと悟りました。
「こんにちは、グオルグ王」
声は脳裏に響いてきました。
「女神・・・おっとこんな格好で失礼した」
王はあわてて湖からあがり、身体を拭いて服を着ました。
「女神が俺に何の用だ？まさか強い男に焦がれてきたわけでもあるまい」
「もちろん、神にはあなたよりも強い男がたくさんいますからね。そういう理由ではないわよ。私は慈愛の女神ダーナ。名前くらいは知っている
でしょう？最もあなたから最も無縁の神であることは確かでしょうけど」
女神はうっすらと微笑を浮かべたまま言いました。
「その女神様が一体何の用だ？」
見張りの者はどうしたのかと王が周りを見ると、見張りの者達は草の上に倒れていました。どうやら眠らされているようです。
「あなたの力は今や大陸中に響き渡っているわ。だけどこれ以上の戦は無益な事ではないかしら？あなたはもうすでに広大な土地を
手に入れているのですから」
「なんだ、あの腰抜けの王達に頼まれてやってきたのか」
王は鼻で笑って言いました。
「あいにく俺は戦をやめる気はない。俺も仲間も虎達も狩りが好きなのだ。狩られたくなければとっとと逃げろとそう王達に伝えてくれ」
王は右手を横に振り払いました。女神の表情からは笑みは消えていました。
「仲間、あなたは今仲間と言ったけれど、一族の者達はそう思っているのかしら？」
「思っているさ。俺はこれ以上はないほど強い王なのだからな。一族の者達も誇りに思っていることだろう」
「果たしてそうかしらね？あなたが死ぬ時にどれだけの者が泣いて悲しんでくれるかしら。あなたの妻やあなたの家臣達はどうかしら」
「悲しむさ。悲しむに決まっているだろう。俺は妻も家臣達も愛している。皆俺の事を愛してるはずだ」
「私にはそうは見えないけれど・・・」
「一体何が言いたい！」
王は鋭い瞳で女神を見据えていました。
「まさか戦うな、そう神が俺に命令するのではないだろうな。俺達の力は他者を征服するためにあるのだろう。俺だって大陸中の一族を
根絶やしに、などと考えているわけではない。神に指図される謂れはないはずだ」
「命令などはしないわ。ただ、あなたは知るべきよ。他者を思いやる心を。今のままでは、あなたは最も強い王ではあっても偉大な王
だとは言われないわよ」
「余計なお世話だ！」
憤った王はぶんと右腕を女神に振りました。だが王に女神の姿を捕らえる事はできず、女神は姿を消して、少し離れた所に再び現れた
のです。
「また来るわ。さようなら」
女神は姿を消しました。
その後、王は女神の忠告などまるで無視して戦の準備をし、他国に攻め入って行きました。ですが濃い霧に行く手を阻まれて
戦をする事はできませんでした。数日待っても霧は晴れず、虎の者達は仕方なく国に引き上げていきました。そういうことが
二度三度と重なったのです。
「一体どうなってる！」
「我々にもさっぱり・・・」
「くそう・・・」
いらいらする王の前には王の八つ当たりを恐れた家臣達が縮こまっていました。その時、目の前に再びまたあの慈愛の女神ダーナが
現れたのです。
「王、少しは思いやりについて考えてみた？」
「女神・・・・まさかあの霧は神のせいではないだろうな」
動いているのは王だけでした。家臣達は時が止まったかのようにぴたっと止まっていました。
「さあ、どうかしら」
「弱い一族は強い一族のために生きればいいのだ。それを随分お優しいじゃないか」
「虎は確かに獰猛な生き物だけれど、狩りをするのはお腹がすいた時だけよ。この綺麗な森が日々血に染まっていてもあなたは
なんとも思わないの？もっと他に目を向けてごらんなさい。生きている喜びを、あなたは穿き違えている」
「うるさい！」
「どうやら口で言っても無駄のようね」
「とっとと消えろ！」
「さようなら、王」
女神は姿を消し、家臣達は再び動き出しました。
しかし翌朝になり、王は身体の違和感を覚えました。ベッドから降りようとしても足が石のように動かないのです。
「畜生！一体どうなってやがる！」
王はベッドから転げ落ちてしまいました。その後医師が王を診察しましたが、病気の原因は分かりません。足は何日経っても
治らないままでした。
「くそっ！これも神の仕業か！ちくしょう！降りて来いダーナ！」
王は天に向かって叫びましたが、女神は現れませんでした。
足が動かない王は両手で地を這って移動する事しかできません。そんな王に王妃は言いました。
「あなた、私は新しい夫を迎えることにしますので、この部屋を明け渡してください」
「何？新しい夫だと？」
王は驚きました。この身体で王の座にいる事は無理だとしても、后が自分を捨てるとは思っていなかったのです。
「お前は俺を愛していたのではないのか？」
「愛していましたよ。強いあなたを。あなたがもう少し優しい男であったなら、病気のあなたを世話する気にもなったかもしれませんが、
今の私にはそんな気はありません。皆正直言ってほっとしています。これでしばらく大量の血を見ずにすみます。皆狩りは好きですが、
あなたは血を流しすぎました。一族の者にさえも容赦がなかった。さようなら、城の片隅でどうかお元気で」
王は広い部屋から狭い城の端にある部屋へと移されました。そして、その部屋には王妃は訪ねてくることはありませんでした。
家臣もたまにやってくる程度です。ですがおいたわしいと涙を流した者はいませんでした。
足が動かない王の世話をしたのは、猫の一族の者でした。王は使用人に頼みました。
「俺が憎いだろう。頼む。毒をくれ！俺は死にたいのだ！」
しかしその願いは聞き届けられませんでした。部屋にやってきたかつての家臣はこういいました。
「決してグオルグを死なせてはならない。それが子供を殺したことへの復讐よ」それが王妃の言葉なのですと。
王妃は子供の事をずっと恨んでいたと、ようやくグオルグは気づきました。五体満足でなくとも愛していたのだと。
強い王である自分を尊敬し愛しているとグオルグは思い込んでいました。それは間違いだったのです。
しばらく経つと、グオルグはぼんやりと考える事が多くなりました。
かつての自分のこと、一族のこと、妻のこと、そして、殺してしまった子供のことをずっと考えていたのです。
そしてある日、部屋の花瓶の花が、たびたび入れ替えられていることに気づいたのでした。
猫の一族の使用人達が入れ替えていたのです。使用人達は規則正しくやってきてグオルグの世話をし、部屋を出て行く毎日でした。
グオルグが部屋の外に出ている時に入れ替えてくれていたようです。グオルグは今まで花をまじまじと眺めたこともありませんでした。
花の名前も知りませんでした。使用人に尋ねると、「サラ」と答えました。それは真っ白な可憐な花でした。
毎日部屋にある花を眺めていると、グオルグの心も落ち着いてきました。冷静になったグオルグは使用人に尋ねました。
「俺を殺したくはないのか？猫の王族を滅ぼしたのは俺なんだぞ？寝込みを数人で襲ったらどうだ？」
使用人達は大きな目を瞬かせて、やがて言いました。
「あなたは今はただの哀れな病人です」
「哀れ？お前達の方が哀れだろう。朝から晩までこきつかわれて、逆らえば殺される」
「あなたを恨んでも、亡くなった者達はもう帰ってはきません。ただの哀れな病人だと思ってお世話してますから」
「ふっ・・・・哀れな病人か・・・」
かつて大陸で一番強いと言われたこの俺がこの有様とは・・・・
しかも自分が虐げていた者達に今は哀れだと思われている。なんとも皮肉な事ではないか。
家臣達に手伝ってもらい、グオルグは城の外にある森に行きました。そこには可憐な花々がたくさん咲いていました。
「かわいらしい」
そうグオルグは言いました。
俺は今まで自分の強さをひけらかす事しかしてこなかった。他の事に目をつぶっていた。
恐怖におびえて命乞いをする者を見て悦に入っていた。
そんな自分を愛する者などいるはずがないではないか。
グオルグはようやく自分の愚かさに気づきました。
ある朝、ベッドで目覚めた王は横に女神がいるのを見ました。
「お久しぶりねグオルグ王、元気だった？」
「・・・・それは皮肉か？女神」
「あら、険しかった顔付きがだいぶ変わったわねえ。荒療治が効いたみたいね」
女神は顔を近づけてにやりと笑いました。
「よくもそんな事がいえるものだな。俺をこんな目に合わせておいて」
「元に戻してくださいって泣いて土下座して頼んだらどう？」
「・・・別にいい。このままで」
グオルグは顔を背けて言いました。
「あら、いいのそのままで」
「元に戻っても、すでに俺の居場所はない」
妻はすでに他の男のものになっている。家臣たちも自分の復帰をもう望んではいないかもしれない。
部屋の外に出てみると、明るく笑っている者達がいた。かつて、自分が王であった時には、そんな笑顔をする者はいなかったとグオルグは
気づいたのでした。
「強さだけでは人の心をつかむことはできないわ。慈愛の心を持ってこその王者なのよ。今後はこの国の者達が楽しく暮らせるように
王としてがんばりなさい」
「いいと言ってるのに」
「いーや、元に戻すわ」
ダーナはいたずらっぽく言って右手を向けました。グオルグの足にぱっと光がまとわりついて消えました。
「ではね、グオルグ王」
「・・・・さらばだ、おせっかい女神」
女神は微笑んで姿を消しました。
グオルグの足は元に戻っていました。家臣たちは驚き、再び元の戦ばかりの日々になるのかと戦々恐々としていましたが、王は一族の
者を集めてこういいました。
「この国に、猫の一族の者達の町を作ろうと思う。散り散りになった者達を呼び戻してくれ。今度は奴隷ではなく、友人として彼らに
接することにする」
一族の者達は皆驚きました。猫の一族の者達も同様です。反対する者もいましたが、王は押し切りました。
こうして虎の国の中に猫の一族の大きな街が作られました。猫の一族に平和な日々が訪れたのです。
国の端に追いやられていた者達も戻されました。
慈愛の心を学んだ王はその後意味なく戦を仕掛ける事もなくなり、自分達に十分な土地以外は他の一族に明け渡したのでした。
王はかつての王妃にも詫び、今の夫との間にできた子供を次の王にしたということです。王が変わった事で一族の者達も変わり、
虎の一族は凶暴な一族ではなくなったのでした。おわり
「猫よかったねえ」
とナナミが言った。
「本当によかったねえ」
とゆり。今は双子のお勉強の時間だった。ロイの虎の国行きにあわせて教師が虎の国のお勉強をしましょうということになったのだが、
そのロイが逃げてしまい、代わりにゆりが聞いていたのだった。虎の一族は昔は凶暴だったのだが、次第に凶暴さが薄れて、今の
明るい一族に変わってしまったようだ。ゆりは昔虎の国に行く前この話を聞いたはずだったが、その時はあまり興味がなかったので
すっかり忘れていた。
「ずっと凶暴だったら蛇もやばかったよね」
「そうですね」
と教師。
「このときライオネルは何もしなかったの？」
「この時はまだお生まれじゃなかったんですよ。この話が約一万四千年ほど前のようですが、ライオネルが生まれたのが
その後のことみたいです。神様も最初から全員そろっていたわけではないようです」
「へーそうなんだ」
「ダーナってかっこいいね」
ナナミが言った。
「そうね、かっこいいよね。変わった恋人が多いけど。今度龍の王様に慈愛を説いてくれないかしら」
ゆりがそういうと教師は苦笑していた。
「龍王は所かまわず戦をしているわけではないですからねえ。あれで自分に従う弱い一族には優しいようですし」
「蛇には冷たいのにねえ」
「蛇嫌いですからね」
「それよりもダーナに会いたいですねー是非また連れてきてください。王妃〜」
教師がもみ手をして懇願していた。
「え、それはちょっと・・・・」
「お願いします！」
「お願いされても無理だよ〜天に向かって祈ったら？いつかやってくるかもよ。ダーナって信者には親切だから」
ゆりはささっと部屋から出て行ってしまった。
「残念ですねえ。では次のお話です・・・ロイ様は帰ってきませんね・・・ロイ様のための勉強だったのに」
「ロイはおばかさんだからほっといたらいいよ」
ロイよりもナナミの方が虎の国に詳しくなっていた。
一方ゆりは神々の石像がある庭園にやってきていた。虎の国では俄然ガーベラよりもダーナの方が人気があるようだ。それもああいう
いきさつがあるんじゃしょうがないだろう。
「私もなんだかダーナに会いたくなってきたなあ」
ダーナの石像は陽の光を受けて優しく微笑んでいた。
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