第4話
「えー、今年の祭りに関してですが・・・予算が次のようになりまして、そして予想する観光客の数は・・・・」
ここは虎の国である。城の中の一室では、先ほどから一人の男が10の月にある祭りについての様々なことを説明していた。
広い部屋には机が円状に並べられて30人ほどが円になって座っている。中にいるほどんどの者の頭の上の方には毛がついた
耳がついていた。
服装は男性は上半身は袖がない皮の服にズボン、女性は首周りが大きく開いたミニの黄色いワンピースを着ている。
今の時期暑さも落ち着いていたが、それでも夏服で十分だった。
猫の一族の者も数人いるが大半は虎と猫の一族の混血児である。茶色い髪や金髪の髪の者の中で一人だけ黒髪の女性が
いた。この女性の頭には猫のような耳はない。アヤコだった。アヤコはここ虎の国で、ガットと結婚してから内政の仕事を
手伝っている。皆説明されている紙に見入っていたが、体格が一番よい普通の耳をした男が一人だけうなだれて眠っていた。
時々グーガーといびきが聞こえてきても皆見て見ぬふりをしている。なぜならば、眠っていたのはこの虎の国で一番の猛者、
国王だったからだ。
「・・・以上になりますが・・・・国王様、これでよろしいでしょうか？」
隣に座っていた男はちょっと遠慮がちに聞いていた。男の名前はリンシャーンという。虎と猫の一族の混血児で、
この虎の国の内政で活躍している者だった。野性的にも見えるが猫のようなかわいらしい一面を兼ね備えている、
そんな外見だった。髪や耳には茶色に金色が混じり、肩にかかる程度のラフな髪型である。前髪の間からは猫よりも鋭いが
理知的な光を宿した瞳がのぞいていた。虎にも猫にも超美形という外見の者はあまりいないが、リンシャーンは虎の国ではわりと
整った顔立ちをしている方だ。体格は虎の国的尺度では華奢な方だ。虎の国では骨組みが大きく筋肉隆々の男が普通なので、
華奢だと言われるだけで、他の国では華奢には見えない。普通に引き締まった筋肉の持ち主である。
たとえば蛇の国の男達と力比べをすれば、リンシャーンはそう負けることはないだろうが、この国では華奢な体格の者は肉体労働よりも
頭の労働の方に回される。リンシャーンはその中でも知能が高い男だった。顔は若そうに見えるが年齢は135歳。ガットよりも
年上なのだ。猫の一族はたいてい年齢不詳、若く見えても結構年をとっていたりもする。その血のせいかもしれない。
「国王様・・・」
リンシャーンが国王の肩をちょんちょんとつつくと、国王ははっと目を覚ました。
「あーすまんすまん、つい寝てしまっていた。いやー昨晩は王妃をかわいがりすぎてしまって・・・がはは」
国王は頭をかきながら笑っていた。
「まあ全てお前達に任せているから心配ないだろう。好きにやってくれ」
国王はガット以上に勇ましそうな外見の持ち主だが、気さくな性格だった。
「狼、豹、犬から使者が来るようです」
「そうか、熊ちゃんからはこないのか？」
「熊はさすがに来ないでしょう。この前争ったばかりですし」
「そうか、わくわくしてきたのう。早く祭りがこないかなーそれじゃわしはもう一眠りするか」
国王はご機嫌で部屋を出て行った。どうやら寝室に向かったようだ。
クマちゃん・・・・森のくまさんじゃないんだから・・・
アヤコはひそかにぷっと笑っていた。国王は熊の一族のことをいつも「熊ちゃん」と言う。その言葉には熊の一族をばかにする
気持ちも含まれているかもしれない。熊の国王はこちらの事を「虎ちゃん」と呼んでいるかもしれない。
国王が出て行くのを合図にわらわらと部屋にいた連中も出て行った。
「ねえ、リンシャーンも前の祭りの時いたんでしょ？ライオネル様見た？」
アヤコはリンシャーンに近づいて聞いた。
「見ましたよ。あの時の光景は今も目に焼きついていますよ」
城の中のもっぱらの話題は獣神ライオネルがどのように登場するかだった。大人も子供もわくわくで、アヤコの子供タロウもルルも
楽しみにしている。獣神ライオネルは虎の国では有名な神であちこちに石像もあるし皆家の中にライオネル人形を飾ってるくらい
なのでアヤコもよく知っている。外見は獣でライオンに似ているというより顔はライオンそのもののようだ。
だからライオンの一族はいないのかしら？とアヤコは思ったほどだ。ゆりは頻繁に神に出くわすが、アヤコは全くなかった。
だからアヤコもとても楽しみにしていた。前回の祭りでは、ライオネルは自分の石像を自分で豪快に破壊して現れたらしい。
確かに虎の一族が好きになりそうな神だわ、とそれを聞いたアヤコは思った。
「あの時は自分の身体にも力がみなぎったようでしたよ。生きる力を与えてくださる方ですよ。ライオネル様は」
リンシャーンは興奮気味に告げた。
「そうなんだーこれだけ皆楽しみにしていて現れなかったらがっかりね。神様は日にち間違えたりしないの？」
「そのために祭りは10日前から行われるんですよ。10日前から呼んでいれば神の国にも届くだろうということで」
「へーそういう意味もあるんだ」
「他の国では祭りの日にちが違いますからね、念のためですよ」
「なるほど」
どんな祭りになるのかしらねー楽しみだわ
アヤコは書類を持ったまま部屋を出て行った。ライオネルの祭りは小さいのは毎年行われているが、大きな祭りは100年ごとに
行われている。城から見て北にある広い草原で祭りが行われることになっており、そこへ国中の者達が詰め掛けるのだ。
他国の熱心なライオネル信者、聖地からの使者もやってくるし、他国からの使者もやってくる。国王は客の相手でも大忙しだろう。
毎年この時期には家に飾っているライオネルの人形を買い換えるという風習がこの国にはあった。祭りの日には古い
ライオネル人形を燃やすのだ。元の世界の正月に家に飾るしめ飾りによく似た風習だと、それを初めて聞いた時は思ったものだ。
このライオネル人形はこの国では魔よけとして家に飾られているので、まさにしめ飾りそのものである。
祭りの３ヶ月も前から猫の町や町の女性達がせっせとライオネル人形を作るのだ。いわゆる内職だ。
廊下を歩いていたら一頭のでかい虎がのそのそ近づいてきた。よく見ると口に大きなブラシをくわえている。アヤコが無視して
横を通り過ぎると、虎は軽く体当たりしてきてアヤコの身体が横に移動した。
「あーもーわかったわよー」
アヤコは仕方なくブラシを手に取った。虎はゴローンと寝そべり腹を見せている。アヤコはブラシで虎の腹をなでてやった。
「もう少しかわいらしく頼めないのかしらねー全く・・・」
この国では虎と人は対等だ。たとえば虎に「あれ持ってこい！」と命じても虎は言うことはきかない。虎は人間の言葉はかなり
理解していて、「あれを持ってきてくれる？」と優しく頼まなければならない。虎はプライドが高い動物なのだ。
プライドが高いのはいいが時々犬のように尻尾を振ってじゃれつくかわいさが欲しいものだ、と思うアヤコだった。
北の草原では、巨大な石の塊が運び込まれてその周りに足場が組まれ、数人の男達がノミを手に石を削っていた。
ライオネルの石像を作っていたのだ。その周りには100人ほどが見物していた。
「すごく大きいですねー楽しみですー」
「そうだなー」
タロウに肩車されてルルが乗っていた。タロウは26歳、ルルは８歳になる。タロウはすでに他の一族的には大人とも言える体格を
しているが、父親であるガットの横に並ぶと体格の差は歴然としている。だが同じ年頃の男の子と比べると申し分のない体格だ。
ルルは背中にかかるくらいのストレートの金色の髪でかわいい女の子だった。ゆりの娘ナナミよりは大きめだがこの虎の国では
小さい方だ。アヤコに似たのかかわいらしい顔をしているので、「これは将来美女になるぞー」とガットはでれでれだ。
二人は石像作りの見学に来ていたのだった。
あたりにはカンカンカンカンと石像を削る音が響いていた。大まかな形はもうできている。後は細かい所を削っていくだけだ。
仁王立ちしている像のようだ。
「あ、ルル様だ〜」
「ルル様〜僕と遊びましょう！」
「僕と」
「いや僕と！」
二人の周りにわらわらと男の子達が近づいてきた。
「だめーもう帰るんだから」
とタロウ。
「そんなー！」
「じゃあなー」
タロウはルルを肩車したまま走って行った。タロウはガットにルルを男の子と二人っきりにさせるんじゃないぞ、と言われていた。
かわいい一人娘なだけにルルが城から出る時は必ずタロウを一緒についていかせるという有様だった。
タロウもガットの言いつけを忠実に守り、ボディガートぶりを発揮している。
その頃ガットは虎の国最大の街のカレー屋にいた。このカレー屋はアヤコが作ったものだ。この国では主食は肉ってくらい
なのだが、このカレー屋ではご飯とでかいナンがあり、好きな方を選ぶことができる。ちなみにここの人たちにとっては
カレーはおやつ感覚だ。これを食べて夕飯を食べるという具合だ。店の中には大きな木のテーブルが10ほど置かれていた。
今は数人の女の子達がカレーを食べている。店の中にはスパイシーな匂いが漂っていた。
「ブタラカレーです。どうぞ」
店の主人がガットに大きめの皮袋を渡してくれた。中にはカレーが入った子鍋とナンが入れられている。
「ありがとさん」
ガットが店から出て行こうとすると女の子達に呼び止められた。テーブルには３人の女の子が座っていた。３人とも虎の一族の
女性で、露出度が高い服を着ていた。
「ガット様、変な男がいるんですよ」
「変な男？」
「10日前ほど前なんですけど、湖で虎と一緒に泳いでいたんですよ。そしたら体格のいい男が湖の中に入ってきて、俺と遊ばないか
って言われて、それで森の中に連れ込まれたんです」
「え？」
ガットは瞬いていた。純粋な虎の女は体格は華奢でも結構力はある。見知らぬ男にあっさりどこかに連れ込まれるはずはない。
「虎は助けてくれなかったのか？」
「虎は男に懐いてごろごろいってたんですよ」
「じゃあ虎の男だろ？」
「それが見た事ないんですよ」
「連れ込まれてどうしたんだ？」
「いやーそれが・・・愛の階段を駆け上ってしまったというか・・・」
女性の頬が赤くなっている。
「なんだそりゃ」
「それがすっごく強そうな男だったんですよ。でも見た事ないんですよ。誰だかさっぱりわからないんです」
女性は力説していた。すると「私も同じ人にあったんですよ」と横に座っていた女性も言い出した。
「３日前なんですけど、違う街に買い物に行ってたらふいに男が現れて、俺とちょっと遊ばないかって言われて・・・
虎の男っぽい外見なんですけど見たこともない人で、でも強そうですっごい素敵な人だったんですよ」
その女性も頬を染めていた。向いに座っていた女性は「私も会いたい」と言っていた。
「なんていうか、心の奥がキュイーンとなって、ああこの人とずっと一緒にいたい！って思うほどだったんですけど、
『ごめんな。二度と会えないんだ。でも絶対君の事は忘れないぜ』って言ってその人は去って行ったんです」
「私も同じこと言われた！」
「虎っぽい男ってどういうことだ？」
ガットが聞くと、「外見は虎っぽいんです」と二人は言っていた。だが見た事はないという。
「まあ楽しかったんならよかったな」
「そうなんですけど、あの人は誰なんでしょうねえ・・・すっごい強そうな人だったんですけど」
「さあな〜」
どうやらただののろけのようなのでガットは店を出た。虎の国では気に入った男女は一つの家に一緒に住むこともある。
いわゆる夫婦ということになるが、役所に婚姻届を出すわけでもなく、自分達で夫婦だと思ってれば夫婦になるといった具合だ。
ちなみに王妃はその時の女達の中で一番強い女が王妃になるという決まりがある。王妃候補が名乗りをあげて武器なしで
試合を行い、一位になったものが王妃になるのだ。もしガットが国王だったならばアヤコを妻にする事はできなかっただろう。
王弟のガットが力のないアヤコを妻にした時も当時はかなりの批判があったものだ。どの一族も純粋な一族の数を維持する事が最も
重要なことだからだ。幸い息子のタロウはどう見ても純粋な虎の男なのでガットはとても喜んでいる。
他に甘い物でもと思い市場が並ぶ大通りを歩いていたガットは数人の人だかりが出来ているのを見た。
「どうしたんだ？」
気になったガットが聞いてみると、「あれ見てくださいよ」と小声で言われた。男が指さす方を見てガットはぎょっと驚いた。
果物屋をのぞいていた男の後ろにいた三頭の虎が、なんと地面に平伏しているではないか。男は金髪でかなり体格の良い男
だった。
「だれだ？」
「知らない方なんですよ」
「んー？」
男が横の店に移動すると、虎もすたすた付いていき再び二頭は平伏し、一頭はごろーんと寝転んで腹を見せていた。
男はそんな虎はまるで無視している。
何かが変だ。虎はプライドが高く、国王にもあのように平伏する事はないのだ。
「ガット様あの人に誰だか聞いてくださいよ」
「え？俺が？」
ガットは男に近づいて行き、「あのーどなたですか？」と聞いてみた。男に近づくとガットは身体中の毛が逆立つような感触に
襲われた。背はガットよりも高く、筋肉もガットより上かもしれない。何よりその男には底知れない何かを感じた。
強い！この男には負ける！
本能的にそう感じた。だから「お前だれだ？」とは聞けなかった。すると男はガットに顔を向けた。眉が太くたくましい顔をしていたが、
虎がおびえるほど凶暴な顔はしていなかった。にかっと笑っている。男は空のような鮮やかな青い瞳をしていた。虎の一族の瞳に
このような瞳は見たことはない。たいていが金色か緑がかっているかだ。
「俺？まあ俺の事は気にしないでくれ。ただの観光客よ」
男はそういってガットの肩をぽんとたたき通り過ぎて行った。
ガットはぽかーんとして男を見送った。虎たちもまた男について行っている。
だれなんだろう・・・・
近づいてきた男達にガットは「観光客だって」と告げた。
「ええー？絶対違いますよ！」
「そうですよ。明らかにおかしいじゃないですか」
「そういわれたってよう・・・じゃあお前聞いて来いよ」
「嫌です。なんだか怖いんですよ」
「誰なんだろうなあ？」
ガットも首をひねっていた。とりあえず敵ではなさそうだ。ガットも男達もしばらくその不思議な男を見つめていた。
男についていく虎は５頭に増えていた。男はしげしげと店を眺めて歩いて行き、やがてふっと消えてしまった。
ガットが城に帰ったときにはカレーもナンもすっかり冷めていて、アヤコにかなり怒られてしまったのだった。
一方蛇の国ではロイとラギの虎の国行きが９の月の15日に決まり、その前日様々な者が二人にお別れを言いに来ていた。
「ラギ様・・・どうかご無事で・・・・」
ミルキダスはラギの手を握り締めて涙ぐんでいた。
「ミルキダスったら大げさだなあ。今回は早く帰ってくるから」
ラギは苦笑している。
「僕よりも母さんだよ。僕がいない間どこにも行かないでよ」
ラギはゆりに言った。ゆりはミシェイラを抱っこしている。
「行かないわよ。多分」
「多分？」
「誰にも呼ばれなければ」
前回はラギが虎の国に行っている間にゆりは過去に行ってしまったのだった。
「ロイ様、あんまり羽目はずさないでくださいよ」
「いたずらしちゃだめですよ。わかってます？」
ジュノーとフリットに散々言われていたロイは「わかってるよ。しつこいなー」とふてくされていた。
二人と一緒にミラとロイの侍女が一人付いていくことになった。フリットは後から行く事になっている。一緒に行きましょう
かとフリットも言っていたのだが、「虎の国で思いっきり遊ばせてやったらいい」とラクシュミが言ったのでそういうことになったのだ。
「ロイ、あんまりラギを困らせないでよ。今回ひどかったらもう二度と行かせないからね」
ゆりはロイにきつく言い聞かせた。今日までにもう何度も何度も言っている。
「はーい」
「絶対よ！」
「僕今までラギにー困らせるようなことしたかなあ？」
ロイにとっては思い当たる節は全然ない。
「ラギ様じゃなくて私らを困らせてますからね」
ぼそっとヴィラが言っていた。
「ラギにーロイはほっといていいからね」
ナナミは優しくラギに言っていた。
「分かってるよ」
ラギはもうあきらめていた。虎の国にはロイのようなのがごろごろしているし、この際ほっとこう、そう決心していた。
「ラギ様にとっては長い一月になりそうですね」
ハインリヒが苦笑していた。
「あんまり森深い所に入り込んじゃだめですよ。それから沼には入らないように。それから・・・」
「ロイ様、あなたのために言ってるんですよ」
男達の忠告にもロイは気もそぞろだ。初めての国外なのだ。無理もないかもしれない。
「本当に大丈夫かしらねー」
祭りの間はとにかく人があふれていると聞く。どっかの団体にまぎれて国外に行っちゃったらどうしようとゆりは思っていた。
「大丈夫だよ。僕皆が思ってるよりもいい子だよ」
ロイは自信満々で言っていた。「どこか？」とその場にいた全員が心の内で突っ込んでいたのは言うまでもない。
夜が更ける頃、それぞれのベッドで眠るロイとナナミを眺めて、蛇目のゆりは王の寝室へと移動した。その頃ラギは
シスのベッドで一緒に寝ている。
ラクシュミの上にはミシェイラがへばりついていた。
「あら、ミシェイラ来てたの」
「あー」
「いい子いい子」
ミシェイラの髪をなでなですると金色の髪がちらりと見えた。金色の髪はあれから多くなることもない。頭の両側にちょんちょん
と房があるだけだ。これはこれでかわいい。
「ほら、まーに引っ付いて寝ろ」
ラクシュミはミシェイラをゆりに渡した。ミシェイラはご機嫌でにこにこしている。なんとも愛くるしい表情だ。
「ロイ虎の国行きすっごい楽しみにしてるね。遊びまくる気満々ね。ここでも遊びまくってるのに」
「そうだな。まああちらではここほどの力も発揮できないし、ロイにはいい勉強になるかもしれん」
「そうかなあ」
「そういうもんだ。虎の王にはロイは王子様として扱わなくていいからと言っておいた」
「そうなの・・・でもちょっと城の中が寂しくなるかもね」
男達もしばらくは平和ですね、と言いつつちょっと寂しそうだった。
「まあ、そうだな・・・・」
次の朝になり、身支度が済んだ４人は家族に見送られて魔法陣を抜けて、虎の国へと渡って行ったのだった。
すすむ
戻る