第５話
虎の国の国境から少し外れた森の中で、金髪で体格の良い男が草の上に寝転んでガーガーいびきをかいて眠っていた。国境といっても
ここまでが虎の国、と厳密に線引きがされているわけではない。特に虎の一族は大雑把なので、大体ここらまでという決まりしかない。
虎は虎の国以外にもいる。全ての動物は、他国で何かをして殺されてもその国の者は文句を言わないという取り決めがあった。
たとえば、虎が豹の国で豹を襲おうとして殺されたとしても、虎の王は怒らない。その逆も然りだ。
男から少し離れた所にこそっと二人組みの男達が近づいてきた。盗賊である。だが相手が相手だけにすぐ襲い掛かることもできなかった。
各国同士は結構離れていて商人や西の聖地への巡礼者などが通る道は整備されているのだが、その道には山賊や盗賊なども出る事がある。
自然が多いこの世界では彼らが隠れる所など山のようにある。
「高そうなベルトしてますねえ、アニキ」
「だが虎の男だからなあ・・・」
「そっとベルトだけ抜くってのはどうです？」
「出来るかな？」
二人は眠っている男を見ながらぼそぼそ言っていた。あたりはうっすらともやがかかっていた。まだ朝早い。ようやく陽が上りかけた
時刻だ。眠っている男は確かに高そうな金色の細工が入ったベルトを腰に巻いていた。だがいかに盗賊といっても、虎の一族の男に
襲い掛かるほど彼らもばかではない。虎の一族と思ったのはその体格からだ。広い胸板に筋肉隆々の身体でそうだと思ったのだ。
「そっと抜いてみましょう」
「じゃあお前やれ」
「え？おいらが？怖いですよー」
「やれってば」
「うう・・・」
一人がそっと近づこうとした時、横にぬっと獣の顔が現れて男は「ひい！」と悲鳴をあげた。それは虎だった。
「ガオウ！」
虎が口を開けた。
「うわっ！」
「ひえー！！！」
二人は一目散に逃げて行き、虎が二人の後を追って行ったのだった。
「ふわあああ、よく寝たぜ」
男が目覚めた時にはあたりにかかっていたもやはすっかりはれていた。男の髪は金色だったが瞳は青かった。虎の男ではなく、
寝ていたのは獣神ライオネルだった。
「ガウウ」
ライオネルの腕に横からかぷっと虎がかみついた。
「ん？」
とライオネルが虎を見た。牙はたてていない。甘噛みというやつだ。その虎はメスだった。
「グウウ」
虎は大きな舌でライオネルの腕をぺろりとなめていた。
「すまねえな、かわいいお嬢さん、俺は確かに獣の姿もしてんだけども、人間の女しか抱かねえんだよ」
ライオネルがメス虎にそういうと、虎は頭を垂れてライオネルをじっと見つめていた。
「俺が虎だったら絶対彼女にしてたぜ。ほんとさ」
「グウウウ」
「俺の魅力は人間も獣も関係なくとりこにしてしまうんだなあ。罪な男よ」
ライオネルが自分に酔ったようにそう言った時、びゅうとつむじ風が起きて木の葉や草が舞い上がった。風は一人の神の姿に変わった。
「なんだ、虎をくどいてるバカな男がいると思ったらライオネルか」
その神は風の神ウィルだった。ウィルは宙にふわりと浮いてにやにや笑っていた。
「誰がばかだ」
「ははは、とうとう獣にまで手を出すようになったのか？」
「出してないわ！」
ライオネルは拳を握り締めて言った。虎はライオネルの横で甘えるように寄り添っていた。
「どっか行け、風来坊め」
「ヒルデリアが探してたぞ。人間界で見つけたら連れ帰れって皆に言ってたぞ」
「げげっ！」
ライオネルがのけぞった。
「母ちゃんに言うんじゃねーぞ。神の国でもたまにしか会わないのになんで降りてるのがばれたんだ」
「そりゃ母親の勘ってやつじゃないか？悪いことしてるとばれるもんさ」
「祭りが終われば帰るさ」
「祭り？ああ、今年は虎であるんだっけ。楽しみにしてるよん、かわいい彼女を泣かせるなよ？じゃあな〜？」
風が起こってウィルは消えた。
「彼女？」
横では虎がゴロゴロのどをならしていた。
「もしかしてこいつのことかな？」
虎は続いてライオネルの頬をぺろぺろなめている。
「こらこら、頼むから俺のようにかっこいいオスの虎を探してくれ」
「グウウウウウ」
虎はライオネルの膝の上に手をのせてそのまま身体に乗っていた。
「やめれっての。全くしょうがねえなあ」
ライオネルはしばらくメス虎に迫られていた。人が良い神のせいか、相手が獣でも無碍にはできないようだ。
ロイとラギ一行が魔法陣を抜けて虎の国にやってきて３日が経っていた。
朝食の時間、ロイはすでにいなかった。もう遊びに行ったのだ。すっかり虎の子供達になじんで一緒に遊んでいる。
「あっちではあんなに早起きしないのになあ・・・」
ラギはため息をつきつつ朝食を食べていた。テーブルの横ではちょっと困った様子のミラともう一人のロイ付きの侍女が立っていた。
周りが散々注意をしたものの、ロイはやっぱり虎の国に来たとたん、城の外にぱっと出て勝手に遊びに行っていた。国王に挨拶もしないで
行ってしまったのだ。虎の国王は「子供はそれくらいでいいさ」と笑っていたが、他の３人は恐縮しまくりだった。
「帰る頃にはますます野生児になってそうだね」
ラギは冗談交じりに言った。侍女二人は冗談には聞こえなかったので笑えなかった。
「おーいラギーゆりさんが呼んでるぞー！！」
部屋の扉が勢いよく開いて、タロウが入ってきた。
「ほんと？ありがとう！」
ラギと侍女らは急いで王の間へと向かった。王の間では国王が体操をしていた。
「おはようございます。失礼します」
ラギは丁寧に頭をさげた。
「おお、おはよう」
壁にかかっている鏡にはゆりが映っていた。
「おはようお母さん」
「ロイはどうしたの？」
ゆりはラギの顔を見るなり聞いた。
「どうしたもこうしたもないよ。ほとんど城にいないよ」
「やっぱり・・・大丈夫かしら」
「注意しても全然聞かないんだもん。まあ一人じゃないからいいけどね」
「アヤコさんは？」
ゆりが言っているとアヤコが王の間にやってきた。アヤコは半袖にフリルがついた黄色いミニのドレスを着ていた。裾には黒のアクセントが
入っている。
「おはよーゆりちゃん」
「おはよーアヤコさん、迷惑かけてごめんねー」
「迷惑なんてかかってないわよ。ロイ君すっかり虎の子供となじんでるみたいよ。前のラギ君の時は城に帰って来たときは泣いてたけど
ロイ君はうれしそうに笑ってたわよ」
「え？ラギ泣いたの？」
ゆりは驚いた。
ラギの顔は真っ赤になっていた。
「だ、だって・・・虎に乗らされたんだよ。むちゃくちゃな速さで走るんだよ。虎って！」
（言わない約束だったのにひどいよ〜）
ラギは小声でアヤコに言っていた。
「ごめんごめん、つい口が滑っちゃった」
アヤコが片手を立てて謝った。
「とにかくロイ君はすごいわねー虎の男の子達と互角に遊んでるみたいよ。タロウが感心してたもの」
「そう。なんか問題起こさなきゃいいけど」
「大丈夫よ。かわいいもんよ」
タロウを育てたせいか、アヤコは余裕の表情を浮かべていた。
その頃ロイはといえば、虎の一族の男の子達と、滝の上から飛び込みをして遊んでいた。ここにタロウはいない。一緒にいたのは15歳くらいまでの
比較的幼い男の子達だった。滝といっても垂直のすごく高い滝で、ラギならば下を見るだけで目がくらんでしまうだろう。ドドドドと激しい水音が
辺りに響いていた。
10人くらいの男の子達が滝の上の岩場から滝つぼにジャボジャボ飛び込んでいる。皆パンツ姿だ。中には10歳になる国王の息子ガウルもいた。
ガウルは二番目の子供だ。その上には３５歳になる兄ガウラルがいる。
ガウルは10歳だがロイよりはだいぶ大きい。金色のツンツンした髪のやんちゃな顔をした男の子だった。瞳はロイとおなじように
金色できらきらしていた。この虎の国では王子は特別な生活はしていないようだ。他の子供達と混じって平気で遊んでいる。
躊躇なく滝つぼに飛び込むロイに子供達は「やるじゃん」といって感心していた。
「猫の一族の子供でもおじけづいちゃうぞ」
「蛇やるな」
「えへへ」
ロイはうれしそうに鼻の下をこすっていた。ロイにとっては毎日が楽しくてならなかった。ロイよりは皆だいぶ大きいが、子供達だけで毎日
遊びまくるというのは蛇の国ではなかったからだ。しかも虎に乗って走ったり、湖を泳いだり崖から崖に飛び移ったりと、毎日がスリルの連続
である。勉強もない。このまま虎の国に住んでしまいたいと思ったほどだった。
子供らは楽しそうに遊んでいたが、滝から離れた森の中でこっそり子供達を見ている人影があった。
（おい、どうだ？）
（黒髪、金の瞳、間違いない。あのガキは蛇のガキだ）
（やっぱり・・・・虎の国に来ていたとは、今狙うか？）
（いや、今はだめだ、きっと祭りのために来たに違いない。他の機会を伺おう）
（そうだな・・・・）
滝つぼの近くの岩の上には見張りのように３頭の虎がいたため、男達は近づかずそのまま去って行ったのだった。
大きな滝は崖のようになっていたが、滝の水が流れ込んでいる滝つぼは丸い小さな湖のようになっていて、そこから川が続いていた。
かなりの水の深さもなんのその、滝からその湖へ飛び込んだ子供らは元気に泳ぎまくっていた。そのほとりに一人の男が現れた。
すると虎たちは一斉に頭を下げて平伏していた。やってきたのはライオネルだった。子供らがライオネルに気づいてじゃばじゃば泳いで
行った。
「元気だなー」
ライオネルはしゃがんで子供らを見回した。
「おじさん、こんにちは！」
と子供が挨拶した。
「おじさんすげーでかいね。俺の父ちゃんよりもでかいかも」
「ほんとだすげー」
「すげー眉毛してるね」
子供らは集まり、口々にすげーすげーと言っていた。
「おじさんだあれ？」
ガウルが聞いた。
「俺はおじさんじゃねーぞ。かっこいいお兄さんと呼びな」
「かっこ悪いお兄さんだあれ？」
ライオネルはずるっと肩の力を抜いていた。
「冗談だよ。おじさんすげーかっこいいね。その眉毛！」
「眉毛すげー」
「わさわさだー！」
どうやら子供達はライオネルのぼさぼさ眉毛が気に入ったらしい。
「俺の事はいいから遊びな。行った行った」
ライオネルが手で仕草をし、子供達は散って行った。
「おい、黒髪のお前は残れ」
ライオネルは子供らの中で一人だけ黒髪のロイに言った。
「僕？」
ロイは首まで水に浸かったままライオネルを見上げていた。
他の子供達は再び崖に上がっている。
「お前、どうやら誰かに狙われてるようだぞ」
ライオネルはしゃがんだままロイを見下ろして言った。
「え？」
「気をつけた方がいいぞ」
するとロイはにこっと笑った。
「大丈夫だよ。僕強いもん」
「一応忠告してやったからな」
「ありがとう。じゃあね！」
ロイはジャバジャバ泳いで行き子供達に合流した。忠告もあんまり気にしていないようだ。
「うーん・・・しょうがないガキだな。まあいいか」
ライオネルは立ち上がり、そのまま森の中に消えた。ライオネルは神だけに尋常ではない聴覚を持っていた。先ほど男達が潜んで
小声で話していた会話を聞いたのだ。だから忠告してやったのだ。だが、男達を捕まえて殺すとかそこまでは考えていなかった。
「行くぞー！」
ロイは滝の上から飛び込んだ。
ロイは今まで何度も周りから気をつけろと散々言われてきた。だが今まで命を失いかけるほど危ない目に会ったことはなかったし、
この時男に言われた事もたいして気にしていなかった。夕方城に帰った時には男の言葉もすっかり忘れてラギにも誰にも言わなかったのだった。
祭りの会場となる北の草原では、巨大なライオネル像が姿を現しつつあった。ラギはこの日タロウに連れてきてもらい、巨大な石像を
見上げていたのだった。ライオネルの二倍の大きさらしい。
「どうだ、かっこいいだろ？」
「うん、かっこいいねえ！」
巨大な石の台座に仁王立ちするライオネルは勇ましい姿をしていた。獣の姿だが、腰布で下半身はちゃんと隠している。大まかな形は彫られ、
残りは細部だけとういうかんじだ。見物客は他にも一杯いた。面白いことにすでに出店が出てライオネル人形がたくさん売られていた。
両足で立っている物もあれば、四つんばいのものもある。なんだかかわいい顔をしたのもあった。ナナミに買って行こうかなとラギは思った。
「ねえラギ君」
一緒に来ていたタロウの妹ルルがラギの手を引っ張った。年は倍違うものの、ラギはそんなに大きな方ではないので頭一つ背が
違うくらいだ。そのうちルルの方が高くなっちゃいそうだ。
「なんだい？ルルちゃん」
「ラギ君ってすっごいインテリなんでしょう？将来ここに住んでルルと結婚しましょう。そしたらインテリな子供が生まれますよ」
ルルは無邪気な瞳でとんでもないことを言っていた。
「ええ？」
「おっいいじゃん。それ」
タロウが面白そうな顔で言っていた。
「何言ってるんだよ。二人とも！」
ラギは真っ赤な顔をしていた。
「大体インテリって何！？」
「母様が言う言葉です。頭が良いってことですよ。ルルはインテリ風の男捕まえなさいって言われるんです。ラギ君ぴったりです。ねーお兄様」
「おおぴったりだぞ。ラギは超インテリだ！」
タロウはうんうんうなずいて同意していた。
「ってなると当然入り婿だよな。入り婿！」
真っ赤な顔のラギは、「タロウ君意外な言葉知ってるね」と変な事に感心していた。
「だめだよ。ルルちゃんは強い虎の男と結婚しなくちゃ」
「強くてインテリはなかなかいないんです。お兄様みたいな強くておばかさんは一杯いるけど」
ルルはタロウの横できつい言葉を浴びせていたのでラギの顔はちょっと引きつっていた。
ロイは毎日子供達と遊びまくり、ラギは社会見学で毎日を過ごしていた。ヘビの国にはない薬草や、滋養強壮の薬などにラギは興味津々
だった。祭りがいよいよ近づいてくると街の通りもにぎやかになり、あちこちに赤や青の綺麗な布が飾られた。お城の周りも同様である。
お城の外では連日宴会が行われ、飲めや歌えの大騒ぎだった。
そして10の月4日の早朝、すでに起きて外に遊びに行こうとしていた国王の息子ガウルをリンシャーンが捕まえていた。
「王子、くれぐれも、国のはずれには行かないようにしてくださいよ。不審者も多く入ってきてますからね。わかってますね？」
「わかってるって！毎日毎日うるさいよ！」
「危ない所に行かないように！明日から祭りなんですから今日は城の近くで遊んでください！」
「はいはいはいはい」
ガウルはぱっとリンシャーンの腕を振り払い、走って行った。
「絶対ですよー！！！」
そのやり取りを廊下で見ていたロイはくすっと笑っていた。
リンシャーンってフリットみたいだなと思ったのだ。
「ロイ、遊びに行こうぜ！」
ガウルに誘われて、ロイはうんとうなずき一緒に外に出て行った。似たような性格の二人はすっかり意気投合していた。
その頃蛇の国では朝食を食べながらもフリットが浮かない顔をしていた。
「お父さんどうしたの？」
娘のソフィアが聞いた。
「別に」
「ふふ・・・ロイ様のこと気にしてるんじゃない？ロイ様に会えなくて寂しいんだね」
ソフィアの弟オルバが笑って言った。
「そういうわけじゃない。ただ離れてるとさらに心配だ・・・」
「大丈夫よう。ロイ様って強いんでしょ？」
「ロイ様は自分の力を過信してるから心配なんだ」
虎の国ではロイも蛇の国ほどの力は発揮できない。
やっぱり早めに行った方がいいかな、とフリットは思っていた。
フリットは祭り８日目くらいに虎の国に行く予定にしていたのだ。
「本当は寂しいんでしょ？ロイ様にいたずらされないで」
ソフィアに言われて「それじゃ私が変なやつみたいじゃないか・・・そういう理由じゃない」とフリットは反論していた。
ロイはガウルや他の子供達と共に草原のライオネル像を見に行っていた。像はすっかり完成していた。像の周りにあった
木の足組みも外されている。
「すげーライオネルってかっこいいね！」
ロイは宙に浮かび、しげしげとライオネルの顔を見ていた。虎よりも更に勇ましい顔をしている。顔の周りのたてがみがかっこいいとロイは思った。
「顔の周りすごい毛だ！」
「かっこいいだろー？俺らライオネル様大好きなんだぜ、祭りにいらっしゃるかもしれないんだぜ」
とガウル。
「すごい。楽しみだねー！僕こんなにでかい人見たことないよ！」
「ばか！本物はこんなにでかくないよ」
「え？そうなの？」
ロイはてっきり石像が等身大だと思っていた。
「おーい他行こうぜ！」
「うん」
ロイは下に下りて、子供らは皆西の方に走って行った。
「あんまり遠くに行くなよー」とその場にいた大人が声をかけた。
「虎追いしようぜ！ロイ、虎追い知ってるか？」
「知ってるよ。前にタロウさんが教えてくれた」
虎追いとは鬼ごっこのようなもので一人が虎役をして他の者を追いかけて捕まえるという遊びだった。
「じゃあ最初は僕が虎やるよ！」
一人が手を上げていい、皆わーと森の中に逃げて行った。虎追いでは瞬間移動はしないというルールがある。10数えた虎役の男の子が
皆を捕まえに行った。
男の子が全員捕まえると、今度はガウルが虎役になり、再び皆散っていった。子供達はどんどん森の奥へと入り込んでいた。
虎はどこの森にもわんさかいるわけではない。あたりに虎の姿は見えなかった。
ロイもすっかり夢中になり、皆と一緒に奥へ奥へと逃げて行っている。
その時だった。走っていたロイは何かが飛んでくるのを感じてぱっと上に跳んでそれをよけた。すると「いてっ」と声が聞こえた。
はっと横を見ると、少し離れた所にガウルがいた。ガウルは左足を押さえている。
「ガウル君大丈夫！？」
ロイはあわてて近寄って行った。ガウルの足には小さな矢が刺さっていた。
「こんなんへっちゃらさ」
ガウルはその矢を引っこ抜いた。
血がびゅっと流れてズボンが血で染まった。
「大変だ、帰らなきゃ！」
「すぐ治るさ。こんくらい」
「でも・・・」
その時子供らがわらわら近づいてきた。
「どうしたの？ガウル様」
「わかんない。敵がいたのかも」
とガウルは答えた。
「敵！？虎もいないし帰ろうよ！」
「うん、そうだね」
子供達は森を帰って行った。だが、途中でガウルは足を押さえて倒れてしまった。
「ううう・・」
「ガウル君！」
「わっ！大変だ！」
他の子供達が「がおー！」と声を上げると大人の男がぱっと現れた。その男はガウルの姿を見るなり顔色を変えて、すぐにガウルを
城へと連れて行ったのだった。
「ガウルが毒にやられた！？」
城の外にいた国王は驚いて城に帰り、ガウルがいる部屋へと向かった。そこにはすでに３人の医師達がガウルの手当てをしていた。
横にはリンシャーンもいる。
「ガウル・・・」
国王は息子の足を見て息を呑んだ。左足が紫色になりはれ上がっている。ガウルはうんうんうなっていた。
「一体誰がこんなまねを・・・」
「男達が敵を追いましたが・・・おそらくは今頃はもう国から出ているでしょう」
リンシャーンは諦めたように言った。
「で、毒は大丈夫なのか？」
「解毒には成功いたしましたが・・・どうやら３つの毒を混ぜたもののようで・・・一つは即効性があるジルグとういう毒なんですがこれが・・・」
ジルグとういう毒はある植物の根っこから作られる毒だった。この毒は命を奪うほどの毒ではないのだが、ただ毒を受けた体の一部が
麻痺するという作用があったのだった。
一緒に遊びに行っていた子供達は大人達にみっちり怒られていた。ロイはあてがわれていた部屋の椅子にぽつんと座っていた。
しょんぼりした様子のロイに「大変でしたね」と侍女らはロイを慰めるように言った。ガウルの様子を見てきたラギが部屋に戻ってきた。
「命に別状はないようだよ」
その言葉に侍女二人はほっとしていた。ロイもだ。
「だけど・・・左足がまだかなり紫色になってたのが気になるけど・・・」
「大丈夫だよね？元に戻るよね？」
ロイがすがるように聞いた。
「まだなんとも・・・ジルグの毒は副作用が残ることが多いからなあ・・・」
「フクサヨウって？」
「その・・・足に影響があるかもしれない」
「え？」
「大丈夫ですよ。虎の一族は頑丈ですから、きっと元に戻りますよ」
ミラが皆を励ますようにいった。
「そうだといいけど・・・」
どうしよう・・・・僕のせいだ。あの時僕がよけたからガウル君は・・・
どうしよう・・・どうしよう・・・
その時部屋の扉がノックされて、思いもかけない人物が顔をのぞかせたのだった。
やってきたのはフリットだった。フリットはラクシュミに頼んで早めにやってきたのだった。
「皆さんお元気ですか？」
ロイはフリットの顔を見るなり大粒の涙を流し、わんわん泣き出してしまった。
「ロイ様！？」
「わーん帰る！もう帰りたいよフリット！わーんわーん！」
「ロイ」
「ロイ様」
これだけ大泣きしているロイを見るのは初めてだったのでフリットもラギも驚いた。
フリットはロイに近づいて優しくロイの頭をなでた。
「一体何があったんですか？」
「実はロイと遊んでいたガウル様が敵に弓矢を射られて、その矢に毒が塗ってあったんだよ」
ラギが説明した。
「そんな事があったんですか。どうりで城の中の様子が変だと思いました」
フリットはここに案内してもらう時、祭りの前にしてはやけに皆真面目な表情でばたばたしていたのでそれが気になっていたのだった。
「それは怖かったですね。ロイ様」
フリットは優しくロイを慰めた。
「違うんだよう・・・」
ロイは泣きながら言った。
「え？」
「敵は僕を狙ったんだよ。僕がよけたからガウル君にあたっちゃったんだよ。どうしよう！どうしよう！国王様にばれたら僕殺されちゃうよ！」
ロイはフリットの服を握り締めて泣きながら告白したのだった。その告白にその場にいた全員が青ざめた。
「帰ろうよ。早く帰ろうよ！」
「ロイ様・・・・」
「わー・・・・」
ロイは怖さのあまり泣いていた。
そんなロイにラギもフリットも目を細めた。
「ロイ様、このまま逃げ帰ることはできません。国王様にちゃんと今の事を言わなければ」
フリットは優しく告げた。
「え？」
「フリット様、いけません」
ミラが言った。
「そうです。ロイ様に万が一のことでもあればー」
ともう一人の侍女。
「後でばれた方が困るだろう。先に言っておいた方がいい」
「やだよう！フリット僕を見捨てないで！」
ロイは泣きながらフリットにすがっていた。
「見捨てるはずはないじゃありませんか。何があっても、私がロイ様をお守りしますから」
フリットはロイを抱きしめて言った。
「僕がずっと手を握っているから、ロイ」
ラギも優しく言ったのだった。
「うう・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・皆と一緒に行かなきゃよかった・・・・・僕が一緒じゃなかったら・・・」
一緒じゃなかったら敵に狙われなかったかもしれない！
ロイは自分の行動を激しく後悔していた。
ロイとフリット、ラギの３人が国王に会いに行った時、国王はガウルがいる部屋で一緒にいた。外にいたロイはわんわん泣き叫ぶ声を聴いた。
ガウルだった。
「足が動かないよ！足が動かないよー！！！」
中からはこんな声が聞こえてきてロイはまた泣き出してしまった。フリットが国王を呼び出して、隣の部屋で事情を説明した。
ロイはずっと泣いていた。
「そうだったのか・・・よく話してくれたね。すまなかったね。君のせいじゃないのだよ。国の中に敵がいたのは国王である私の責任なんだよ
すまなかったね」
国王は逆に謝ってくれた。国王に殺されるかもしれないと本気で思っていたロイはほっとしたのだが、ガウルのことを思うと心が痛んだ。
ロイはそれからずっと部屋の中に閉じこもっていた。時々フリットが部屋を出てガウルの様子を聞きに行ったのだが、足の様子はかんばしく
ないようだった。ロイの様子を心配してアヤコやタロウらもやってきた。二人ともロイを責めることはなかった。
陽がくれる頃、城にガットが戻ってきた。ガットは男達と共に敵を追ったのだが、とうとう見つからなかった。
「すまねえ兄貴、敵のめぼしはつけられなかった」
ガットは申し訳なさそうに国王に告げた。
「もう国内にはいないだろう。仕方のないことだ」
ロイを狙った敵の黒幕は、やはり龍王とういうことになるだろう。だが問い詰めてもしらばっくれるに違いない。たまたま狙ったのはロイだったが
別に相手がガウルでも敵にとってはかまわなかったのかもしれない。
「祭りはどうするよ？」
「やるさ。皆楽しみにしているんだからな」
ガットはガウルのことを思い目を細めていた。
少し落ち着いたロイはラギに付き添われてガウルに謝りに行った。その部屋にはガウルの母親である王妃と医師が一人、そしてガウルの
兄ガウラルもいた。王妃は背も高く女性にしては体格の良い体つきをしていた。兄の方もまだ子供ながらすごい体つきをしている。
「ごめんよ。僕のせいで・・・ごめんよ」
ロイは頭を下げたまま言った。とてもじゃないがガウルを直視できなかった。
「そうだよ！ロイのせいだ。どうしてくれるんだよ！」
ガウルは声を荒げてロイを責めた。
「ロイがよけたからこうなったんだ！」
「ガウル！」
ガウラルが遮った。
「ガウル、男らしくないですよ。あなただって遠くに行ってはいけないとあれほど言われていたでしょう。それを聞かなかったのはあなたですよ」
「だってこうなるなんて思わなかったんだよ！」
「あなたは王子なんですよ。皆を守る立場にいるんですよ」
そういうとガウルはしくしく泣き出した。
「ロイ王子を責めるなんて間違ってますよ」
「僕・・・もう走れないの？」
ガウルは悲しげに言った。ラギはロイを促して部屋を出た。
「僕も・・・こんな事になるなんて思ってなかった・・・」
廊下に出たロイはぽつりと言った。
「分かってるよ」
「僕、ライオネル様に頼む」
「え？ライオネル様？」
ラギは瞬いた。
「ライオネル様は祭りになったら降りてくるんだって。神様なんだから頼んだらガウル君の足治してくれるかもしれない」
ロイは廊下を走って行った。
「ロイ！一人で行かないで！」
「タロウさんと行くから！」
ロイはタロウを呼んで一緒に草原へと行ったのだった。
その頃、国王の息子が傷ついた話は街中にまで広まっていた。人々は口々に「かわいそうにねえ」と言い合い、「まさか祭りの前にこんな事に
なるなんて・・・」と言っていた。祭りがある草原でも同様だった。ライオネル人形を売る売り子達は声にも精彩を欠いていた。
草原でも人々はガウルのことを思い心配していたが、その時ライオネルはライオネル人形売りの屋台の裏からそっと自分の石像を
見上げていたのだった。店の売り子は奇妙な顔をしていたが、男には妙に虎がなついてゴロゴロいっていたので不審者ではないだろうと
思い見て見ぬふりをしていた。
「うーん・・・俺はもっといい男だと思うがなあ・・・・人間の腕じゃしょうがねえよなあ。次はジェラルドに彫ってもらいたいもんだ」
ライオネルは一人ぶつぶつ言っていた。
「さて今回はどうやって現れるかな？どうやるのが一番かっこいいかなあ」
ライオネルはあごに手をあてて考えていた。前回虎の国の祭りでは石像を自分で破壊して現れたのだ。次は違う趣向を考えねばならない。
その頃、ライオネル像の前にロイとタロウが現れていた。
「ロイ、ライオネル様に頼むっていってもよ、これはただの石像だぜ」
タロウが言った。
「わかってる。毎日頼むよ。もしライオネル様が現れてくれたらその時も頼むから」
ロイは決めていた。自分にできる事はもうこれしかないのだ。
「そうか、わかった。僕も付き合うぞ。ガウルのために！」
二人は大きい声で叫びだした。
「「ライオネル様お願いです！ガウル（君）を助けてください！」」
二人は何度も頼んでいたので周りにいた者達も一緒になって頼みだした。
「ライオネル様ーどうかガウル様を元に戻してください！」
「ライオネル様、ガウル様の足を治してくださーい！」
皆頼んでいる神様が実はすぐ近くにいることなど知らない。
「俺は傷を治す力はないんだけど・・・・」
ライオネルはぼそりとつぶやいていた。
その夜、ロイはなかなか眠れなかった。フリットに国に帰りますかとも言われたが、祭りが終わるまではここに残ると決めていた。
神様聞いてくれるといいけどなあ・・・だめなら母様にも頼んでもらおうかなあ・・・
寝付けなかったロイはベッドを抜け出した。ガウルの様子が気になったのだ。城の廊下はもう真っ暗で、明かりも何もなかった。
虎もいない。ロイはガウルの部屋から明かりがもれているのが見えてそちらに寄って行った。
まだ起きているのかな？
そう思い、ちょっとだけ扉を開けてみた。鍵はかかっていなかったので扉は開いた。ロイは中を見てぎょっとした。寝ているガウルに
女の子が短剣を突き刺そうとしている。
「何するんだよ！」
ロイがあわてて部屋の中に入るといきなり口をふさがれた。見るとでかい男が自分の身体を捕らえている。
「ううううう！」
「静かにしろっやれ、キュリア」
女の子は短剣をガウルの足に突き刺した。
「！」
ガウルは全く動かない。
「傷を治してやったんだ」
男が言った。
「？」
「騒ぐなよ？いいな？」
ロイがうなずくと男は手を離した。
ロイは見たことがある男だと気づいた。滝で自分に忠告してくれた男だった。部屋の中に明かりはない。少女の周りはきらきら輝いていた。
男の周りも。どうやらその光が部屋の外にもれていたようだ。
「ガウル君傷治ったの？」
「ああ」
「本当？」
その男ライオネルはロイの腕に視線を止めた。ロイはこのとき袖を上までまくっていた。右腕の上の方に剣の形のアザがある。
「なんだ、お前兄貴の加護がついてるじゃないか」
それはハロルドの紋章だとライオネルは気づいたのだった。
『ライオネル様どうしたの？』
キュリアが聞いた。
「このガキ兄貴の加護がついてる。どうりで普通よりは強いガキだと思った」
キュリアはロイに近づいてみた。
キュリアの身長はロイよりも少し高かった。さらっとした金色の髪のとても綺麗な少女だった。
『なんで？』
とキュリアが聞いた。ライオネルの言葉はわかるが、ロイにはキュリアの言葉はわからない。
「それはなあ、きっとこのガキの母ちゃんが美女だったからよ。姉ちゃんかもしれないが。兄貴は美女好きだからな」
キュリアは意味がわからず首をかしげている。
「まあいいってことよ。ありがとうな。もう帰っていいぜ」
『はーい、それじゃあね』
キュリアは姿を消した。
「狙われてるのはお前かと思ったんだがこっちのガキだったんだな」
ライオネルはベッドで眠っているガウルを見て言った。
「違うよ。僕だよ。僕がよけたせいでガウル君が怪我したんだ」
ロイは素直に白状した。
「おじさんの忠告聞かないで遊んでた。僕、強いから大丈夫だと思ってた」
「そうか・・・お前にはちょっと説教しておいた方がよさそうだ。ちょっときな」
ライオネルはロイを連れて瞬間移動し、お城のすぐ裏の草の上に腰を下ろした。
「そこに座れ」と前を指されたのでロイは男の前に正座した。ライオネルは胡坐をかいている。
「いいか、お前は普通よりちょっと強いかもしれないが、俺からすればよわっちいガキだ。本当に強い男ってのはだ、周りの者も
守れるような男の事を言うんだ」
ロイは真面目な顔で聞いていた。
「お前はまだ誰も守れねえ。だから弱いんだ。わかるか？」
「うん」
「兄貴は良かれと思ってやったんだろうが、お前にはその力はまだ早いぜ。ちょっと腕貸しな」
ライオネルはロイの右腕をつかんで紋章のあたりに手をあてた。
「お前のすごい力は封印しておく」
「え？僕もう力ないの？」
「この力がなくともお前はそこそこの力はあるだろう。まだ子供なんだから自分で身体を鍛えて強くなれ。あんまり強すぎたらそういう気がなく
なっちまうだろ？」
「そうだけど・・・」
「すごい力があるからって人は幸せにはなれないんだ。努力してこそだ。お前はいろいろ努力しろ。将来大人になったら返してやる。
俺が忘れてなかったらだが・・・」
ライオネルはちょっと自信なさげだった。
「絶対忘れないでよ」
「まあ、多分な。だがお前が悪人になったらこの約束はなしだぜ」
「うん。わかった」
「それから言っておくが、今回はたまたまあの子を助けたが、神様ってのは便利屋じゃない。いつでも助けてくれるわけじゃないからな。
覚えておけ。神をあてにしちゃだめだぞ。神への願いは届かないことの方が多いんだからな」
「はい！」
ロイは元気よく返事をした。
「よっしゃ」
ライオネルは立ち上がった。
「ねえ、おじさんは誰なの？もしかしておじさんライオネル様の友達の神様か何かなの？」
ロイも立ち上がりライオネルを見上げた。ライオネルは獣の姿だと思っているのでまさか本人だとは思わなかった。
「俺か？俺は世界最強にして最高の美男子よ。さあ、もう帰りな」
ライオネルはにやりとして言った。
「どうもありがとう」
「精進しろよ」
「うん」
ロイはうなずいて去って行った。
「せっかくの俺様の祭りなんだからな、どうせなら明るくいきたいもんだぜ」
ライオネルは夜空に浮かぶ丸い月を見上げて言ったのだった。
次の朝目覚めたラギは、横のベッドで眠るロイを見て仰天した。ロイのすごい気がかなり激減していたからだ。
「ロロロロ、ロイ・・・ロイ！一体どうしたんだよ！」
ラギはあわててロイを揺さぶり、目覚めさせた。
「うーん・・・まだ眠いよー・・・・」
ロイは眠そうに目をこすっている。
「一体何があったんだよ。変だよ！？力減ってるよ！？」
「昨日神様にあったんだよ。それでさ、力減らされたんだよ」
「はあ！？なんだって！？」
ラギはロイにハロルドの加護が付いている事は知っていた。ラクシュミもさすがにラギにずっと隠し通せなかったのだ。
「一体どういうことだよ！」
ラギはロイの右腕の袖をめくった。
「ええっ！？」
そこには剣ではなく、茶色い丸い痕がいくつかついていた。
「な・・・何？これ・・・つつつ剣はどこ？どこいったの！？」
「知らない。あ、そうだ、ガウル君治ったんだよ！見に行こうよ！」
ロイはベッドから飛び降りてそのまま出て行った。
ラギはショックのあまりしばらくそのまま立ち尽くしていた。
ロイがガウルの部屋に行くと、ガウルはベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「ロイ、足が治った！ちゃんと動くようになった！」
ガウルはとてもうれしそうだった。
「よかったねえ！」
ロイも一緒に喜んだ。
「ロイ、昨日はごめんな」
ガウルは申し訳なさそうに言った。
「いいんだよ。気にしてないよ」
二人はにこっと笑って手を握り合った。
「薬が効いたんでしょうかねえ・・・まあよかったですが・・・」
足は何もなかったかのように綺麗になっていたので医師達は首をひねっていた。
「きっとライオネル様が聞いてくれたんだぜ」
と部屋に来たタロウが言った。
「昨日皆でお願いしたから願いをかなえてくれたのかもしれないぞ！」
「そうか、そうかもしれないなあ・・・」
国王はにじんだ涙を拭いていた。
ガウルの足が元に戻ったことでフリットやミラたちも胸をなでおろしていた。これで帰るときにはすっきりした気分で帰ることができそうだ。
ラギももちろん喜んだのだが、ロイのことでショックが大きかった。
「ロイ、力はいつ戻るか聞いたかい？」
「大人になったらって、覚えてたらっていってた」
ロイはパンを口に入れつつ言った。昨晩はあまり食べなかったのでおなかがぺこぺこだった。
「お・・・覚えてたらって、忘れられてたらど、ど、ど、ど、どーすんの？」
「大丈夫だよ。多分」
「多分！？」
「ラギ様、ライオネル様のしてくださった事は正しいですよ」
一緒のテーブルにいたフリットが言った。
「だけどさあ・・・」
「え？ライオネル様？」
ロイがきょとんとした顔をした。
「ロイ様が会われたのはライオネル様ですよ。そのアザは獣の肉球の形じゃないですか。ライオネル様のお手手のアザですよ。きっと」
ロイは「えっ？」と腕を見た。アザは楕円の丸を３つ合わせたようなものの上に、４つ小さい楕円が並んでいた。
「本物はこんなに小さくはないと思いますが・・・」
本物の大きさならロイの腕をはみ出してしまうだろう。
「これってライオネル様のお手手のアザなの？でもあの人人間だったよ？」
「その時は人になられていたんですよ」
「そうなんだ。あの人がライオネル様だったんだ。すごいや・・・」
ロイの瞳は輝いていた。侍女達はそのアザをじろじろ眺めていた。
「よかったですねえ。ロイ様！」とミラが言った。
「うん！」
「いや、あんまりよくないよ・・・・」
ラギはぼそりと言っていた。
「ロイ様にとってはこれでよかったんですよ」
フリットはしょげまくっているラギに微笑んでそう告げた。
「ライオネル様がいらっしゃった！」その噂は城の中に広まり、「そういえばおかしな男がいたなあ」とガットはその事を思い出した。
「あの男がライオネル様だったのかな。しまったーサインをもらっておくんだった！」
王の間でガットは口惜しそうに言った。
「いけませんよ。見て見ぬ振りをしなければ！」
リンシャーンが言った。
「ええーサインほしいよー」
「わしはライオネル様の手形が欲しい！」
と国王。
「いけませんってば！」
「僕は一本だけでいいからライオネル様のたてがみが欲しいよ！」
長男のガウラルも言っていた。
「だめですよ。祭りの最終日前に帰られてしまったらどうするんです。見て見ぬ振りですよ！気づかない振りをしなければだめですよ」
リンシャーンの前で男達はぶーぶー言っていた。
今日から10日間ライオネルのお祭りが始まる。虎の一族の国王一家もロイ達も、どうやら楽しい気分で祭りを過ごすことができそうだ。
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