第6話
ドコドコドン、ドコドコドン、ドコドコドン、ドコドコドン・・・あたりには大きな太鼓の音が響き渡っていた。ライオネル像の前には巨大な火が燃やされて、そこに次々とライオネル人形が
ほおりこまれていた。
その周りにはライオネルを模したかぶりものをした男達が10人ほど、太鼓の音にあわせて踊っていたのだった。
時刻は夜だった。今宵からライオネルを崇める祭りが始まるのだ。
ドコドコドンドコドコドン
「がおー！」
と踊っている男達がほえていた。
真っ白なライオネル像は炎に照らされていた。
草原のあちこちではゴザのようなものが広げられて、皆酒を飲み食べ物を食べて宴会をしていた。出店も出ているし、子供らがするおみくじのようなものもある。ロイもラギも興味深げに屋台の並びを見て回っていた。あちこちに提灯が
灯されて、まるで昼間のように明るい。
「あーゆりちゃんに見せたかったわー」
一緒にいたアヤコが言った。
「きっと夏祭りを懐かしく思うに違いないわ」
これで浴衣を着て盆踊りでも踊ればまさしく夏祭りだ。
「いろいろ楽しい遊びがありますね」
とフリットが言った。
子供らは射的をして遊んでいた。鉄砲の先にコルクをつめて的にあてるゲームだ。広めたのはアヤコだった。
的の所にはぬいぐるみやおもちゃ、お菓子などが置いてある。ラギが撃ってみたがまったく的にあたらなかった。
「わーい、ラギにーへたくそー」
「えー！！」
アヤコもフリットも子供らをほほえましく見つめていた。だが途中でフリットはえっと目を見開いた。なんと的の所に
ライオネル人形が置いてある。ありがたい神様を撃ってもいいのだろうか？
第一神様の人形を燃やすとういう風習自体、フリットにはよくわからないものだった。蛇の国にはまったくそういう風習はない。
フリットは今日はアヤコに遠慮して蛇の模様のない服を着ていた。髪は後ろで一つに束ね、大きな襟のついた青系の服で上品ないでたちである。長袖だがいつもより薄い上着を着ている。腰には銀のバックルのついた白いベルトで剣が一本
さしてあった。見るからにファンタジー小説に出てくる騎士か何かのようだとアヤコは思っていた。フリットのようなタイプの男はこの虎の国
ではあんまりいない。虎の一族にいたっては皆無と言っていいだろう。
くそーいい男なのににょろだとは・・・・
とアヤコは惜しく思っていた。アヤコの元の世界での好みはインテリ風で眼鏡をかけた男だった。ちょっとクールでスーツが似合う
そんな男がタイプだった。この虎の国にはそういう男もいない。第一皆視力がいいので眼鏡自体ない。
「ところで、他国の方々はもういらっしゃっているのですか？」
フリットがアヤコに聞いた。
「ああ、まだよ。７日目か８日目にくるみたいよ」
「そうなんですか。あちらの方々とはなかなかお会いする機会がないので楽しみです」
「あの人らは寄ると喧嘩してるからねえ。仲が悪いんだから」
「そうなんですか？」
「まあ肉食系は血の気が多いのよ。きっと」
「なるほど」
フリットは上品な顔で笑っていた。
くそーいい男なのに・・・にょろだとは・・・
もしかして、蛇の一族は美形が多いから今まで生き残ってきたのかも、とアヤコはそんな事を思った。昔虎の国王が蛇の女王に恋しちゃったことがあったくらい、虎の一族は蛇の一族のちょっとクールな美形顔に弱いようだ。
蛇の一族が不細工ばっかりだったら、そりゃ即効で滅ぼされてるわね。きっと美形なのは種を保存するための防衛本能かしら？
「やったー！」という声が聞こえた。射的でタロウがライオネル人形を倒したのだ。「ありがたい神様なのに・・・」
フリットはぼそっとつぶやいていた。
祭りは昼も夜も続けられて、昼間でも炎は燃やされていた。なにせほとんどの家がライオネル人形を買い換えるのだからその量も半端ではない。ここだけでは足りずそれぞれの街でも燃やされているくらいだ。
ライオネル像の周りでは楽器の演奏などがひっきりなしに行われて国民達が騒いでいた。祭り会場の一角では
「のどじまん大会」も開かれている。歌が上手い者達が自慢ののどを披露していた。その発案者もアヤコだ。
アヤコは結構日本の文化をこの国に持ち込んでいる。
祭りの日は楽しく過ぎていった。祭り会場の草原の周りは大きな虎が巡回し、目を光らせていた。虎の一族の男達たちはすっかり浮かれているので今は
虎の方が役に立っているのかもしれない。
５日目の夜、会場の隅っこのたいまつの所に、再びおかしな男が現れていた。その男はたいまつに向かってしきりに話しかけていた。ライオネルだ。
「サラディーン、おーい！聞こえてるんだろーでてこーい」
小声で懸命に炎に向かって話しかけている。はたから見るとかなりおかしげな行為だ。
「無視するなよー昨日から呼んでるんだぞーおーい」
かがり火の炎がぼっと一際大きく燃え上がった。普通の人間には見えないが、炎には火の神サラディンの顔が
浮かび上がっていた。
「やっと出てきたか、全く無視しやがってよー！」
ライオネルはすねたように言っていた。
「何の用だ？」
サラディンは面倒くさそうに赤い眉を潜めて聞いた。
「俺がかっこよく登場するために力を貸してくれよ。友達だろ？な？」
「くだらん」
サラディンはそれだけ言うとぱっと消えてしまった。取り付く島もないとはこのことだ。
「冷たいこと言うなよー！親友じゃねえかよ！おーい！サラディーン。今度神殿に水ぶっかけるぞー」
ちなみにサラディンはライオネルと親友と呼べるほど親しいわけではない。
「頼むよーこの通りー」
すると炎の中に女の子が現れた。サラディンの娘ルティアナだった。
「お父さんが聞いてやれって。何をすればいいの？」
「大丈夫かなあ」
ライオネルは不安げだ。
「大丈夫よう。私だって火の神よ！」
ルティアナは胸を張っていた。
「宴もたけなわって頃にあの石像の真上あたりに俺の姿をかたづくった炎を浮かべてくれ」
ライオネルが説明すると、ルティアナはちょっと首をかしげていた。
「できるか？」
「難しいなあ。小鳥さんでいんじゃない？」
「小鳥さん！？」
「あ、そーだ、お花ならできるよーちょうちょとか」
ルティアナは指を立ててにこにこしている。
「かわいいお花いっぱいだしてあげる」
「おーいサラディン！頼むから出てきてくれー！！！」
ライオネルは必死に炎に呼びかけていたのであった。
「あっあそこにあの時の男がいる！」人ごみの中にいたガットが炎に話しかけているおかしな男に気づいた。
「ライオネル様か聞いてこよう」
ガットが行こうとして服をつかまれた。
「いけませんって言ってるでしょう！」
服をつかんでいたのはリンシャーンだった。
「だってよう。違うかもしれないだろ？だから聞いてみないと」
「聞かなくてもわかりますよ」
おかしな男の側では、３匹のメス虎がごろごろのどをならしつつ寝転んで腹を見せていた。
「サインー」
「いけませんって」
その横では目を輝かせた国王が側によっていこうとし、他の男に止められていた。
「て・・・手形・・・」
「だめですよー祭りの間は知らん振りしてください」
「うううう」
ライオネルはまだ炎に向かって必死になにやら話しかけていた。少し離れた所では、皆じろじろ眺めていたが、
ライオネルは全く気づいていなかった。
夜空には人間に見えないが風の神ウィルがいた。炎を揺らさないようにかなり高い所にいる。「あー笑える、あれですっかり人間にとけこんでるつもりなんだからなあ」
ウィルは腹を抱えて笑っていた。
「すっかりばれてるじゃないか。ははは」
「なんだあいつまだいたのか」
その横に黒衣の神が近づいてきた。夜の神オルガだった。オルガも地上を見下ろしている。
「祭りはまだなのか？」
「ようやく始まったところのようだよ」
「あいつ人間に混じって何してるんだ？」「さあな、サラディンに何か頼んでるぞ。派手な事が好きだよなーライオネルは」
「サラディンも迷惑だな」オルガは去っていった。地上ではなぜか人々は急に眠くなり眠る者も大勢いたのだが、オルガが去ったとたんに
目を覚ましていた。
「そーだ、面白そうだからダーナもつれてきてやろうっと」
ウィルも消えた。
騒がしい祭りは続いた。ロイとラギはさすがに毎晩遊びまわるわけにもいかず、この日はお城でおとなしくしていた。
フリットは子供らがおとなしく城の中にいるというので、祭りの手伝いがてらいろいろ社会見学をしている。
「ねえラギにー、強い男になるにはどうしたらいいのかな？」
その夜、部屋にいたロイはラギにまじめな顔で聞いたのだった。
「そりゃ努力することだよ。力の特訓もしなきゃだめだし、お勉強だってしないとね」
「お勉強も強い男になるには必要なの？」
「そりゃ必要だよ。古代語も勉強しなきゃいけないし」
「そうかあ・・・」
ロイはしみじみとつぶやいている。
「どうしたんだい？突然」
「僕自分が弱っちい男だってことに気づいたんだ。だから本当に強い男になりたいんだよ。大人になるまでに強くなりたいんだ！」
そういうロイの瞳は輝いていた。
「そうか、なれるよ。ロイなら強い男になれるよ」
「うん。なる。強い男になるぞ！」
ロイは決意するように告げていた。今までのやんちゃないたずら坊やだったロイの瞳は、すっかり人が変わったようになっていた。
獣神ライオネルとの出会いがこんなにロイを変えてしまうとは・・・
ラギは成長したロイを驚きつつたのもしげに見つめていた。
それにしても・・・ハロルドの加護ってかなりのものだったんだなあ・・・その力が失われてラギはしみじみと感じていた。力は三分の一は減っている。
いや、それ以上かもしれない。
ライオネル様お願いだから約束忘れないでくださいね。絶対覚えていてくださいね
ラギは両手を合わせて心の底からお願いしたのだった。
祭りが８日目になり、他国からの使者達が虎の国の城にやってきていた。
狼、犬、豹の使者がそれぞれ３人ずつ、王との謁見のために使者達はひとつの部屋で一緒に待たされていた。
狼の使者達の横に犬の使者達が座り、豹の使者達は狼の使者の向かい側に座っている。面白そうだったのでアヤコは
客人達の接客に回っていた。アヤコの耳は今は大きくなっている。瞳の色も黒ではなく、金色っぽい琥珀のような目に変わり、
髪の色も金色になっていた。アヤコは変身の実を食べていたのだ。髪の色は染めていたのだった。ゆりの場合は変身の実を
食べると肌に蛇が出たりするのだが、アヤコの場合は興奮すると虎縞が肌に浮かんだり、怪力になったりする。
使者達は大きな長い机の周りに座っていた。
「楽しみですね。うちの国でのお祭りは５０年前だったからライオネル様に会えるのも久しぶりですよ」
くったくのない笑顔を浮かべていったのは犬の一族の者だった。犬の一族は猫の一族同様耳は頭の上の方についている。
茶色い毛がついた耳でふさふさの尻尾もある。使者は３人とも茶色っぽい髪の毛だった。大人なのだろうが
狼の一族の者達に比べると幼く見える。犬の一族は３組の中では一番派手だった。銀色の真ん中がだぶっと
膨らんだズボンに襟のついた緑のシャツ、上着はこちらも銀色の布地にさまざまな花の模様があしらわれていた鮮やかなもの
だった。腰に巻かれているシフォンのような布も赤、青、緑の３色に染められたものだ。
「狼の国もだいぶ前でしたよね」
そういわれて狼の一族の男が顔を向けた。
「うちは・・・えーと７５年前だったかなあ？」
一人の男が横にいた男に聞いた。
「そうですよ。７５年前でしたよ」
「だったよなー」
男は懐からさっと巻きタバコの束を取り出してそこから一本を取り出した。横の男が指をさっとあてるとぽっと火がついた。
男はスパーと煙草を吸っている。
アヤコがさっと陶器の灰皿を置くと、男は御礼代わりに軽く手をあげてウインクまでしてくれた。
うーん、相変わらずニヒルねえ、狼は・・・・
３人の男たちはみなそれぞれ口元やあごにひげがある。格好も皮のズボンに襟のついた緑のシャツに皮のベストという
出で立ちだった。髪も茶色系できちっとした髪ではなく、ラフで毛先がはねたりしている。
なんとなく元の世界のウエスタン映画にでも出てきそうな男たちだとアヤコは狼の男たちを見るたびに思っていた。
「こんなところでやめてくれませんかね」
男の煙草に抗議の声をあげたのは向かいにいた豹の男だった。黒髪で襟足が軽く背中にかかる長さで前髪は目元まで、
大きな紫色の瞳の男である。背はそこそこ高く、顔立ちも穏やかなハンサム顔だ。男たちの中では一番女性に受けそうな顔
をしていた。男は黒い皮っぽいズボンに紫のシャツ、黒いラメの入ったベストという出で立ちだった。腰と首周りには金色の飾りを
つけている。腰のベルトは豹柄だった。豹だけは残り二人は女性である。一人は褐色の肌に黒髪、大きな琥珀色の瞳の女性で、
もう一人は白い肌で茶色い髪、紫色の瞳をしていた。黒髪の女性は長い髪は一つにまとめられて首の横で三つ網にされていた。
茶色い髪の女性は軽くカールがかかっていて背中の真ん中くらいまでの長さだ。どちらも大柄で勝気そうな美女だった。服装も
体にフィットしたもので上着の胸元は大きく開いているし、スカートもミニでブーツ姿だった。思わず目が胸にいってしまうほど、
どちらの胸も大きかった。
「おめーは相変わらず細かいなー」
狼の男は抗議の声にも動じる様子はない。
「あなたは相変わらず失礼ですね」
豹の男は紫の瞳で狼の男を睨み付けていた。紫色の瞳が細まると男の印象はがらりと変わっていた。にやけた狼の男の視線と
男の視線がばちっとあっている。
部屋の中に緊張が走った。
おおう、始まった〜
横で立っていたアヤコは内心うきうきだった。犬の一族と狼の一族は仲が良いのだが、この両者と豹の一族の仲は悪い。
豹の一族は前々から犬の一族の土地をずっと狙っていたのだった。犬の国には豊穣の女神イサドラが加護を与えた土地があり、
そこに実る穀物はこの世界でも極上の食べ物として高値で取引されていたのだった。犬の一族よりも豹の一族の力のほうが
格段に上で、戦えばかなりの確率で豹の方が勝つだろうが、そこに狼の一族がしゃしゃり出てきて犬に加担するために簡単には
勝てないのだった。犬の一族はうまく狼の一族に守ってもらっているのだ。
もちろん守ってもらうだけではなく、犬の一族は相当の御礼を狼の国にしているだろう。犬の一族は強くないながらもうまいこと
この世界を生き残っている。
狼の一族と豹の一族は力でいえばほぼ互角だった。だが虎や熊の一族よりは力は下だ。龍の一族よりも下なのだ。
そのために何かの時のために虎の国王のご機嫌をいつも取っているというわけだった。
にらみ合いは長く続かなかった。狼の男の視線はすぐに両脇の女性に移っていた。
「あいかわらず美しい〜毎回思うんだが、使者は二人だけでいいんじゃないのか？なんで毎回女二人に男一人なんだ？」
狼の男、ヴァレリオが聞いた。
「うるさいですね。こっちの勝手でしょう」
と豹の男が答えた。この男の名前はレオバルトという。
「おい、ムーラこっち来いよ。お前あっちいけ」
ヴァレリオは横の狼の男をこづいていた。
「えー」
するとムーラという名前の褐色の肌の女性はべーと舌を出した。
「つれねえなあ。前々から好きだっていってんのに」
「ヴァレリオ様が狼の国を捨ててくださるのなら、いつでも何のお相手でもしてさしあげますよ？私も毎回そう言ってるじゃない
ですか」
ムーラはにっと笑っていった。
「いやーそういうわけにはなあ・・・女のせいで国を捨てたとあっちゃ、おれの死んだじいちゃんが化けて出てくるぜ」
ヴァレリオは頭をかいている。
豹の男レオバルトはぴっと人差し指をヴァレリオに向けた。すると男の顔に水がじゃばっとかかった。
同時に口元の煙草の火も消えた。
「何すんだこら！」
怒ったのはヴァレリオの横にいた男だった。
「ここで吸うなっていってるでしょう」
レオバルトは涼しい顔を向けている。犬の男たちはどぎまぎしながらやり取りを見守っている。アヤコもどきどきしていた。
レオバルトはおとなしく座っているとまるで好戦的には見えないのだが、やはり肉食獣系はけんかっぱやいのかもしれない。
そこに扉が開き、のそっと国王がやってきたのだった。
「イヤー待たせてすまなかった」
「きゃー国王様相変わらず素敵なお体ですわねー！」
とたんに豹の女性達の表情がぱっと変わり黄色い声が飛んだ。ほかの男たちも席をさっと立っている。
「前にお会いした時よりも格段にたくましくなられて」
「本当ですわ！なんて男らしいんでしょう！素敵！」
女性二人はきゃいきゃい言いながら国王に近づき褒め称えていた。
「いやーそうかね？」
国王はまんざらでもないようででれっとしている。女性達の見事な胸元もちらちら見ていた。
「お久しぶりです。国王様」
レオバルトが笑顔で挨拶し、他の物達も続いて挨拶した。
「おや？ヴァレリオ君、顔がぬれてるぞ？」
国王がヴァレリオの口元のひげがぬれているのに気づいた。
「イヤーさっき雨が降りまして・・・」
「雨なんか降ったかな？」
「私の顔の上にだけ降りまして」
「？」
ヴァレリオの後ろでは犬の男達がぱたぱた尻尾を振っていた。あどけない瞳でじっと国王を見つめている。
「おうおう、君らも元気かね」
国王は思わず男達の頭をなでなでしていた。ちょうどいい高さに３人の頭があった。３人とも嫌がるどころかうれしそうな顔で
なでられている。
「はい、国王様も相変わらずたくましいですね」
「同じ男でも惚れ惚れしてしまいます！」
「はははは」
さすが犬、処世術を心得ている・・・
後ろにいたアヤコは感心していた。
国王は踊りの練習があるというので一堂はとりあえずそれぞれの部屋に案内してもらうことになった。
廊下に出た瞬間、狼のヴァレリオの右手がさっと豹のムーラのお尻にのびて、その手に思いっきり爪が立てられていた。
「いてて、あっ手に穴が！」
ヴァレリオの手の甲には三箇所からちょっと血が出ていた。
「次は牙たてますから」
ムーラはにっこり笑って言った。
「豹の女の愛情表現は怖いなあ」
「愛情表現じゃないわよ！」
「全く狼の男はこれだからお下品でいやだわ」
もう一人の女性が言った。
「まあ豹の男はむっつりスケベが多いからな。なあむっつりレオバルト君」
「誰がむっつりだ」
レオバルトは肩におかれたヴァレリオの手を払いのけていた。
「言っておきますが、こんなことするのはヴァレリオ様だけですから」
狼のほかの男が言い出して、ヴァレリオは「裏切り者！」とののしっていた。
豹と狼は会えばこんな感じだ。使者に問題があるのでは？と思わないでもないが、ヴァレリオは狼の国では一番の戦士で、
これでも頭が切れる男らしいとアヤコはリンシャーンに聞いていた。本当かどうかは謎だが。
その後アヤコはラギに会いに行き、使者達のことを面白おかしく話してあげた。ラギは案の定目を輝かせていた。
ラギが前回この国に来たときは他国の者と会う機会はなかったのだ。
日が暮れるころ、祭り会場に移動しようとしているフリットらの前に懐かしい顔がやってきた。男は子供たちを見てぱっと目を
輝かせた。
「あっイシュタールだ！」
ロイが声をあげて男に飛びついた。イシュタールは所々黒のアクセントが入った深い緑色の上着とズボンを着ていた。
腰には大きな剣をさしている。
「ロイ様！」
イシュタールがロイをそのまま抱き上げた。ロイはイシュタールの肩から背中を見てさらに目を輝かせた。
「あっ！シスにー！」
「えへへ」
なんとイシュタールの後ろにはシスも隠れていた。
「シス様もお許しが出たんですか」
フリットもにこやかな顔で二人に近づいた。
「うん。神様に会えるなんてめったにないからね。それにロイが心配で心配で・・・」
「僕今はいい子だよ」
イシュタールにだっこされたままロイが言った。
「今は？」
「うん」
ロイがしでかしたことについてはすでに報告がいっていた。
「そっか。姉様もきたがってたけど、だめだって言われてしょげてたよ。何かお土産買って帰らなきゃ」
「そうだね。でもまさかイシュタールがくるなんて思わなかった」
ラギが言った。
「王妃が気を利かせて王に頼んでくださったんですよ。それで私が来ることになったんです」
イシュタールはうれしそうだった。
「そうか、よかったな。では祭りの会場に行こうか」
フリットがみなを促して、草原へと移動したのだった。
夕方蛇の国では、お城の中もどこかさびしい雰囲気が漂っていた。ラギ、ロイに続きシスもいなくなっていたので、食堂には
女性陣だけだった。ミシェイラはゆりの横で移動できるゆりかごに入って眠っていた。
食事が運ばれてきてもみな黙々と食べている。
「なんだかお葬式みたいねえ。二人とも元気を出して」
ゆりが元気づけるように言った。
「違うわよう。私もいきたかったのになんでシスだけなの？ずるいよ」
アナスターシャはそれで暗くなっていたのだった。ラクシュミとしては、やはりアナスターシャが女の子なだけに外にはあまり
出したくないようだ。
「まあまあいいじゃない。アナスターシャはそのうち過去にいけるでしょ？」
「あれは遊びにいくんじゃないもん。修行だもん」
「怒っちゃだめですよ。ねー」
ナナミが言った。
「ナナミは怒ってないの？」
「別にい。シスにーとラギにーがいないのはさびしいけど、ロイはうるさいもん」
「そろそろ一人ずつの部屋にしてもらったら？」
アナスターシャが言った。
「そうねえ。一人の部屋がいい？」
ゆりが聞くとナナミは「アーねーと一緒がいいなあ」と言いだした。
「え？いやよう。私は」
「どーして？ベッドは別だよ。ねーは寝相が悪いから」
「ミシェイラと一緒にしたら？」
ゆりが提案するとナナミは「や」と言った。
「どうして？」
ナナミは「やだもん」といってぷんと横を向いた。
「どうしたの？ミシェイラと一緒嫌なの？」
「や！」
「？」
アナスターシャはくすっと笑ってた。ミシェイラはいまだにラクシュミがしょっちゅうだっこしている。ナナミからすればラクシュミが
ミシェイラばかりかわいがってるようで面白くないのだ。
「アーねーと一緒がいいの！」
「私はやーよ」
「いいじゃない。そのうち長い間離れ離れなんだから。姉妹で一緒の部屋になっても」
「えー」
「ねー私のこと嫌いなの？」
ナナミが潤んだ瞳で聞いた。
「嫌いじゃないけどさ私はずっと一人だったし・・・第一お勉強の時はどうするの？」
「お勉強の時だけナナミはロイと一緒の部屋にしたら？」
とゆりが言った。
「そうしよう！決まり！」
アナスターシャは頬を膨らませていたが、やがてしょうがないなあと言った。どうやらさすがのアナスターシャも妹の頼みごとには
弱いようだ。
「わーい、さっそく引越しだあ！」
ナナミはそう言って部屋を出て行った。
「え！？今から！？」
食堂の外ではナナミがさっそく侍女にベッドをアナスターシャの部屋に運ぶように頼んでいたのだった。
虎の国では蛇の一族のご一行が祭り会場にて他国の使者達と出会っていた。
周りはわいわい人だらけだ。リンシャーンがやってきて一通り紹介してくれた。
普段出会えない人たちばかりなのでみな興味津々だった。蛇の一族といえば、ついこの間龍の一族との戦で勝利したばかり、
使者達もそのことが頭にあるのか挨拶にも並々ならぬ敬意がこめられていた。
「いやーあれほど胸がすくことはなかった。戦のことを詳しく聞きたいと思っていたんですよ」
狼の男ヴァレリオが告げた。
「私もですよ。最近の蛇の様子には驚くばかりですよ。蛇の一族はもう無理だろうと思っていたんですが、龍相手にあれだけの
戦いをするのですからまだまだあなどれませんね」
レオバルトも笑顔だ。フリットとイシュタールはにこやかに応対している。大人の横ではラギとシスがしげしげと他族の人たちを
見あげていた。子供たちは３人とも今日はいつもよりもかしこまった服装だった。大きな襟のついた長めの上着は薄めの生地で、
襟元や裾に金色の刺繍がされている。肩に飾りがついて背中に長いマントもついていた。ズボン姿だがシス一人女の子のようだ。
すると豹の女性がシスの前で中腰になった。
「かわいい王子様ですね」
シスの目の前にどんと胸の谷間があったのでシスは真っ赤になっていた。
「本当に。同じ王子様でも髪の色が違うのですね。王妃様が黒髪なのかしら？」
と褐色の肌の美女、ムーラもしゃがんで聞いた。
「はい、そうなんです・・・」
そういうラギの顔も真っ赤だった。
「おっぱい大きいね」
ストレートに言ったロイの言葉にシスとラギはぎょっとした。
「まあ、ふふふ」
「まーよりも大きいなあ。ねえにー」
「知らないよ」
ラギは真っ赤な顔で横を向いている。
「王子様は大きいおっぱい好き？」
豹の女性は面白そうに聞いている。
「僕わかんないけど、フリットはどう？でかいおっぱい好き？」
ロイは横にいるフリットに聞き、フリットは返答に困っていた。
「イシュタールは？」
「え！」
「そんなこと聞かないの。ロイ！」
しまいにはラギがロイの口をふさぎ、男達ははははと笑っていた。
「今の内に触らせてもらっておきな。大きくなったらちょっと尻触っただけでこれだからな」
ヴァレリオは笑って言いながら傷ができた手を見せていた。
「変なこと教えるな。お前みたいになったらどうする」
レオバルトが睨んでいた。
「俺みたいに？いいじゃないかよーなあ」
ヴァレリオは同族の男たちに同意を求めたが、誰も首を縦に振らなかった。
ライオネルの石像の周りでは、今夜も男たちの踊りが始まっていた。太鼓の音もひっきりなしに鳴っていたし国民達も陽気に
騒いでいる。豹の女性達には虎の男たちからもひゅーひゅーと口笛のようなものが飛んでいた。
「ヴァレリオさんは国で一番の剣の使い手と聞いてますが」
イシュタールが聞いた。
「ええ、まあ剣は今のところは一番ですよ」
「そうなんですか」
イシュタールの目が輝いていた。
「イシュタールはうちの国では一番の剣の使い手ですよ」
ラギが気を利かせて言った。
「そうなんですか。それはそれは」
「ぜひお相手していただきたいものですが、やはり無理ですかね」
イシュタールは遠慮がちに剣の立ち合いを申し込んでいた。強い男を見るとどうにも我慢できないようだ。
「いやあ・・・」
「一対一ならあなたが勝ちますよ」
レオバルトが横から口を出した。
「狼の得意技は集団で一人に襲い掛かることですからね」
「うるせーな。相手が強かったらしょうがねえだろ。それも戦法のうちよ」
「陰険な豹よりずっといいですよ」
後ろのほうでぼそっと言ったのは犬の男だった。
「陰険？」
レオバルトがすかさず反応し犬の男はさっと狼の男の後ろに隠れていた。
うわーこの豹の人は怒るとがらりと印象が変わるなあ、とラギは観察していた。
「ひどいんですよーしょっちゅう犬の死体が国境付近で見つかるんですよ。絶対豹の仕業ですよ」
犬の男が隠れたまま言った。
「そりゃ陰険だ。むっつりの上に陰険だな」
ヴァレリオが言った。
「とんだ濡れ衣ですよ。きっと野良犬が悪さしたんで駆除されたんでしょう」
レオバルトが冷たく笑って言い、犬の男たちはみんなべーと舌を出していた。
「まあまあそう険悪にならないで、せっかくのお祭りなのですから楽しくやりましょう」
フリットがやさしい口調で仲裁し、その場でそれは収まったのだった。「おーいロイー！」
そこにガウルやタロウ、ルル、アヤコやガットたちがやってきた。
「遊ぼうぜー！」
「うん、あれ？アヤコさん？」
シスが金髪のアヤコに驚いていた。
「もしかして変身の実ですか？」
「そうなのよ。いい感じでしょ？シス君もせっかくだから遊んでいらっしゃい」
「はーい」
子供らは屋台の方に走って行った。フリットが「では私もこれで」と一緒についていくと、
「私たちも一緒に行きましょう」
「そうね、そうしましょう」
と豹の女性達もついて行った。女性達はさりげなくフリットの腕に触れたりしていたのでヴァレリオの顔が驚愕の顔に変わった。
「ひどい！おれはこれなのになんで！？」
ヴァレリオは両手で顔を挟み悲しげに言っていた。これとは手の傷をさしている。
横ではぷっとレオバルトが笑っていた。
「イシュタールさん、せっかくだから戦の話を詳しく聞かせていただけないでしょうか？」
レオバルトはヴァレリオに対する時とは違い敬意を払った口調で聞いた。
「はい、いいですよ。では端の方で、ガット様もいかがですか？」
イシュタールがガットに聞いた。
「俺？俺はライオネル様探したいんだけどなあ」
「ライオネル様？」
「実は人の姿でもうあちこちに現れてるんだ。こりゃ内緒だけどな」
「え？そうなんですか？」
犬の男たちが驚いた。
「僕らも一緒に探したいです！」
「おお、それじゃ一緒に探そう」
ガットは犬の男たちと一緒に人ごみにまぎれて行った。「私もこれで」とリンシャーンも行ってしまった。
レオバルトがイシュタールと歩いて行ったので「俺も俺も」とヴァレリオもついていった。ほかの狼の男たちは酒を飲みに
虎の一族の男たちの輪に入って行き、アヤコは子供たちに合流したのだった。
「一番上の兄ちゃんはこれなかったのか？」
屋台の並びに来た所でタロウがラギらに聞いて、３人とも一瞬きょとんとした。
「ほかに兄ちゃんなんていないよ」
とロイ。
「え？あれ？」
「あ！そうそう兄様はこれなかったんだよ。はははは。ねえシス兄さん」
ラギはあわててロイの口をふさいだ。
「そうそうそうなんですよ。兄さんはお勉強があってちょっと」
ロイはふがふが言っていた。タロウにはアナスターシャは男ということになっていたのだった。それを二人ともすっかり忘れていた。
「さあタロウさん何して遊ぶ？」
ラギが話題を変えた。
「そうだなあ。何しようかなあ」
「僕何か食べたいよ！」
シスがいい、みんなで食べ物の屋台に向かった。そこにフリットと豹の女性が二人、アヤコも合流している。
「あの・・・なぜ私は腕を組まれているのでしょうか」
フリットが不思議そうに聞いていた。なぜか豹の女性二人に挟まれたままだ。
「フリット様が素敵なのでつい・・」
「はあ・・・」
「ねえフリット様、今晩しのんでいらっしゃいませんこと？」
ムーラが顔を寄せてぼそっと言った。
「は？」
フリットはきょとんとしていた。
「蛇の男性って体に蛇がいるって聞きましたわ。本当なら私も見せていただきたいですわ」
とムーラが続けて言った。
「私の方でも良いのですけれど」
美女二人は妖艶な視線を向けていた。
目をぱちくりさせていたフリットはやがてやさしく微笑んだ。表情に侮蔑の感情は全く見えない。
「申し訳ありません。私は同族の女性以外には肌を見せることはできませんので」
「あらそうですの？」
「残念ですわ」
二人はあっさりフリットの腕を離した。フリットは子供らの側に寄っていった。
フリットってかたっ！せっかくだから羽目はずせばいいのに！
それを見ていたアヤコは思っていた。
「あのーさっきのはまじめに誘ったのかしら？」
振られてがっかりしてもいない女性達にアヤコは聞いてみた。
「冗談ですよ。あの方がどういう方なのか知りたかったので言ってみたまでですよ」
「なんだ、そうなの・・・」
どうやらどういう風に断るのか、女性達はフリットを試したということらしい。
「なかなか好意が持てる方ですね」
「そうね。私たちの意図もすぐ理解してらしたみたいだし、頭もよさそうだわ」
「狼の男なら喜んで本気にしそうだけど」
アヤコが言った。
「狼、特にあのヴァレリオは節操がないですからね」
「全くですよ。あれで一番戦士なんて狼もそのうち危ないかもね」
女性達は言いたい放題だった。
真夜中になると人気も半分以下になり祭り会場には酒を飲む大人達だけになっていた。
子供たちはお城の中で眠っていたし、他国の使者達も同様だった。城の外ではかがり火が燃やされていたが城の中は
しんと静まり返っている。
そんなころ、廊下をそろそろとあたりをうかがうように移動している一人の男がいた。男は一つの部屋の前で立ち止まり、
そっとドアノブに手をかけてまわしてみた。鍵はかかっていなかったので男は扉を開き、ささっと部屋に体を滑り込ませた。
そしてすぐにベッドめがけて行ったのだった。ベッドの布団は人の姿に盛り上がっていた。顔が見えないので、どうやら布団に
もぐりこんで寝ているようだ。
「思いを遂げさせてくれ！ハニー！！」
そういいつつ布団をはぐったのは狼の男ヴァレリオだった。なんと夜這いにやってきたのだ。だがベッドの上に覆いかぶさろうと
したヴァレリオの体がぴたっと止まった。布団の中にいたのは女ではなかった。男だったのだ。しかもー
男は紫色の瞳でヴァレリオをにらんでいた。
「うげっレオバルト！？ここはムーラの寝室だったんじゃ・・・」
「いやな予感がするから変わってくれといわれたんですよ。全く・・・懲りない男だ・・・」
レオバルトが口をあけた。口の中に真っ白な牙が見えた。
「うわっ！やめっ！話せばわかる！」
ヴァレリオはそろそろと後ろに後ずさったがレオバルトがベッドからがばっと飛びはねた。
「ぎゃああああ！！！！」
「ん？」
部屋で寝ていたシスは遠くで何かの悲鳴を聞いて目を覚ました。同じベッドでは
ロイが寝たままだし、隣のベッドのラギも起きる気配もない。気のせいかな？そう思いシスはまた目を閉じた。
次の朝、子供たちはお城の中の廊下で狼の男達に出くわした。子供たちはヴァレリロの手に包帯が巻かれているのに気づいた。
「あれ？おじさんそれどうしたの？」
ロイが聞いた。
「ああこれか？実はさっき大きな虎に戦いを挑んできたんだよ。それでこのざまさ」
ヴァレリオはニヒルに笑って言った。
「えーそうなの？すごいね！」
「それで勝ったんですか？」
とシスも目を丸くしている。シスも初めて虎を見たときはぶるっと震えたほどだった。あの虎と戦おうなんて死んでも思わないだろう。
「いやー大きい虎は強くてなあ・・・狼相手とはわけが違うさ」
「すごいねえ。おじさん怖いもの知らずだねえ」
「ははは」
男達は去って行った。
「ヴァレリオ様、子供にあんな嘘ついて心が痛まないんですか？」
「そうですよ。相手は虎ではなくて豹でしょう」
ほかの狼の男達が横目で告げていた。怪我の理由はすっかりばれている。
「豹の女に夜這いかけるなんて、それこそバカもいい所ですよ」
「全くですよ」
純粋な肉食獣系の女性というのはどの一族の女性も力は強い。おとなしく男の言いなりになる女性なんてのはいない。
特に豹の二人の女性達は、一族の中でも強い方だった。いくらヴァレリオが強いとはいっても、夜這いが成功する確率は低い
だろう。
「あのな、夜這いってのは強い女のところに行くもんだ。弱い女性を襲うなんて非道な男のすることだろうが」
ヴァレリオはまじめな顔で言っていた。まるで自分がさも正しいことをしたといわんばかりだ。
「でもそれじゃ夜這いの意味ないじゃないですか」
「ヴァレリオ様のいう夜這いってのは暗闇の中戦うことなんですか？」
「真っ暗な部屋で二人っきりでやりあってりゃそのうちにそういう気になるかもしれないだろ？それを狙ってたんだよ」
「はー・・・」
男達は全く感心してはいなかった。
「それで今日はどうするんですか？」
「ああ、昨日であったイシュタール殿に、子供らに狼の国の話をしてやってくれってたのまれちった」
「そうですか」
祭りの最中は虎の連中は忙しく、使者達はみな好きにしてくださいといわれていた。彼らは何度もこの国に来ているので
いまさら観光気分でもない。
ヴァレリオはその後出会ったフリットとイシュタールにも「その手どうしたんですか？」と聞かれて子供らにしたのと同じ説明を
していたのだった。
蛇の一族のご一行は午前中は狼の一族の使者らの話を聞いて、午後は豹の一族の使者達と話をした。ラギの目は
輝きっぱなしだ。一番質問していたのもラギだった。
ロイはといえば、「豹の女性はみんなおっぱいでかいの？」と変な質問ばかりしてみなの笑いをとっていた。
いやらしい気持ちから言ったのではない。そこは子供、疑問に思ったから聞いただけだ。それだけ二人の胸がでかいのだ。
はははと笑っていたレオバルトは視線を感じてどきっとした。じっと自分を見ているのは蛇の男イシュタールだった。
熱い視線だった。どう見ても自分を見つめている。
なんだ？もしや私に変な気が？
レオバルトがそう思っているとムーラが耳打ちしてきた。
「少し剣の立会いでもしてさしあげたらどうですか？」
「え？」
「イシュタール様そう言いたくてたまらないようですよ」
ああそれで視線を向けてたのかとレオバルトはちょっとほっとした。
「だが・・・」
「いいじゃないですか。少しだけ。ね、イシュタール様、少し剣を合わせてみたいんですよね？」
ムーラはイシュタールに聞いていた。
「いいんですか？」
まるで恋する女性に交際を承諾されたかのような瞳でイシュタールは立ち上がった。
「では少しだけお願いします」
レオバルトがしょうがないなあとばかりにいい、子供らの目も輝いた。
「すごいやイシュタールがんばって！」
「どっちが勝つのかなあ」
一同は城の外の広い場所に出ることにした。両者とも腰に差している剣で戦うことになった。見た目イシュタールのほうが体も大きく筋肉質な体格をしているために、
力技ならばイシュタールに分がありそうだ。ほかの者達は離れたところに腰を下ろした。話を聞いた侍女らもやってきている。
「フリットはどっちが勝つと思う？」
ラギが聞いた。
「どうでしょう。レオバルトさんは魔力が強そうですね」
「レオバルト様は魔力ではかなりのものですよ」
豹の女性が言った。「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
イシュタールとレオバルトの二人は離れて向かい合い、それぞれの剣を抜いた。フリットと子供たちの目がレオバルトの剣に
注がれた。
「あれは！？」
シスが声をあげた。レオバルトの刀身が紫色に輝いている。
「剣に魔力を乗せてるんですか？」
フリットが聞いた。
「ええそうですよ。我等はみなああいう風に戦うのです」
イシュタールが先に動いた。間合いをつめて上から下へと刀身を振り下ろす。レオバルトは両手で剣を握り、紫色に光る刀身を
横にしてそれを下に受け流していた。その瞬間、周りの者達に紫色の刀身の残像が鮮やかに見えたのだった。
「おおっ！」
「うわっ！」
「早い！」
素早く横に移動したレオバルトの刀身が今度は右から左へと移動していた。
紫色の輝きはその瞬間強い輝きを放っていた。
イシュタールはとっさに刀身を下に向けてそれを受けている。
ガキィンと金属音が当たりに響いた。これはなかなかの使い手だ
イシュタールはにやりと口の端をあげていた。余裕の笑みではない。うれしくてたまらないのだ。
「困ったやつだ・・・」
フリットは思わずつぶやいていた。剣での立会いに気づいた者達がわらわらと集まってきていた。
イシュタールの力をこめた一撃を、レオバルトはまともに受けずに力を受け流すことでうまく避けている。
レオバルトの剣をイシュタールのほうは難なく避けているようだ。だが一瞬の油断が命取りになりかねないくらい
二人の動きは素早かった。「どっちもすごいねーイシュタールがんばれー！」
ロイが声援を送っていた。侍女らからも声援が飛んでいる。
「すごいなーイシュタール負けないよね？」
シスがフリットに聞いた。
「さあ、どうでしょうねえ」
すると「剣技ではイシュタール様の方が上でしょうね」と豹の女性が言った。
「え？わかるんですか？」
「われわれは持久力に欠けますからね。長引けば不利ですよ」
「あ、面白いことがおきますよ」
とムーラが言った。
子供らが注目する。
レオバルトはさっとはるか後方に下がりイシュタールから距離を取った。
レオバルトが刀身をくるりと回し、切っ先をイシュタールに向けた。そこから紫色の輝きが放たれた。
それは一匹の豹の姿となり、イシュタールに襲い掛かったのだった。
「うわっ！」
「わあ！」
子供らが驚きの声をあげた。豹は口を開けていた。イシュタールはとっさに体の周りに防御の魔法をはった。
だが紫色の豹はイシュタールを襲うことはなく、その横を通り過ぎて後方の木にぶつかりはじけたのだった。
あたりはしんと静まり返っていた。それを破ったのはロイの歓声だった。
「かっこいい！さっきのかっこよかったね！」
「あーびっくりしたー」
「すごかったねー！」
イシュタールは魔法を解き、ふうと息を吐いた。すごい力が放たれたのを感じたのだった。防御の魔法で完全に防げたか
どうかはわからない。レオバルトが穏やかに微笑んで近寄ってきた。
「今日はこの辺にしましょう」
「そうですね」
どちらかが負けるまでやることもない。二人は手を握り合って互いの健闘をたたえあった。
周りからは拍手が起こっていた。
この日は明日の最終日のお祭りに向けて子供らは早く休むことにした。だが昼間のことで子供らは興奮しまくりで
眠るどころではなく、フリットとイシュタールを呼んでずっと話をしていたのだった。
「ほかの一族の人って面白いね」
「本当だね。いろいろ勉強になるね」
シスとラギはしきりに感心しているようだった。
「狼と豹の国に行ってみたくなったね」
「そうだね」
「ねえ、レオバルトさんは豹の国では一番なのかな？」
シスがフリットに聞いた。
「どうでしょうね。一番とは言ってなかったですがかなり上位であることは確かでしょうね」
「そうなんだ・・・」
「ヴァレリオさんはどのくらい強いだろうね。戦ってみたかったでしょ？イシュタール」
ラギが聞いた。
「そうですね。ですがレオバルトさんと戦えただけですごくうれしかったですよ」
「ヴァレリオさんはレオバルトさんほど魔力はなさそうだったけどね」
「狼の一族はぬきんでてすごい者というのはそうはいないんですが、層が厚いんです。それが強みなんですよ」
「そうが厚いってどういうこと？」
ロイが聞いた。
「つまり狼の一族には上級戦士も下級戦士も少ないけれど、中級戦士がわんさかいるんです。その上一族の数も
そこそこ多いんです」
フリットが説明した。
「そうなんだ。すごいねえ」
シスが言った。蛇の国では一番多いのは下級戦士だ。中級戦士だらけというのはうらやましい。
「でもあの人虎に戦い挑むくらいだから相当強いと思うよ。僕」
ロイが朝のことを思い出して言った。
「そうだね。普通そんなこと大人でも考えないよね」
シスの言葉にフリットとイシュタールも「確かに勇気がありますね」とうなずいていた。ここ虎の国で虎と戦おうなんて思う自体
間違ってるような気がする。
虎を傷つけたりしたらそれこそ生きてここを出られるかどうかわからないからだ。よくわからない人だ・・・とフリットは思っていた。
そのころ、ムーラの部屋を猫の一族の女性がノックしていた。女性は頼まれましたといってムーラに一通の手紙を渡した。
ムーラはありがとうと御礼をいって部屋に入り、手紙を開けてみた。するとそこにはこう書かれていた。『頼む、夜這いしてくれムーラ ヴァレリオ』
「するかばか！」
ムーラはすぐさま手紙を破り捨てて部屋の鍵をかけ、眠ったのだった。
そしてとうとう祭り最終日、この日は子供たちはうきうきで早めに目覚めてしまった。ロイはようやく本当の姿のライオネル様に
会えると大興奮だ。
シスとイシュタールの二人にも何度も肉球の痣を見せている。よっぽど気に入ったらしい。剣の方がかっこいいのになあと
ラギは内心思っていたが口には出さなかった。
最終日には国王やガットらがライオネルの姿を模して昼と夜に踊ることになっていた。みな草原にその踊りを見学に行った。
最終日なだけに人はさらに増えていた。ライオネル人形を抱いている子供たちの姿も見える。人並みの中には猫の一族の者の
姿も大勢見えた。その中に猫の耳をした真っ白で長いひげのある老人がいた。
「あ、長老様！」
ミラがうれしそうな声をあげた。
「行っておいでよ、ミラ」
ラギにそういわれてミラは「では少しだけ」といって長老に会いに行った。
草原に大拍手が巻き起こった。いよいよ虎の国王が踊るのだ。
国王の後ろには二人の男がいた。その一人がガットなのだ。太鼓の音と笛の音がなり、男達がゆっくりと踊りだした。
３人ともライオネルを模した派手な衣装を着ていた。顔の部分は木で彫られたお面をつけて、それに何かの木の皮でできた
長いたてがみがついている。
金色の模様がついた衣装に尻尾がつき、手や足に鈴がついた飾りがついていた。踊るたびにその鈴がシャンシャン鳴っている。
「お父さんがんばれー」
「素敵ー！」
「かっこいいー！」
ガットもこのために二月も前から毎日練習していたらしい。それを聞いたラギは、この国は平和だなあと思ったのだった。
練習の成果か３人の息はぴったり合っていた。最後に３人がほえて踊りは終わった。周りから拍手が巻き起こった。
いわばこれは夜の予行練習のようなものだったので、国王はすぐ面を取りまわりにどうだったか聞いていた。
「ばっちりでしたよ。国王様」
とあちこちから声が上がっていた。
「そうか？」
「お父様かっこよかったですよー」
珍しく娘のルルにほめられてガットはうれしそうだった。観衆の後ろの方に豹の一族の３人がいた。
「ライオネル様はやはり虎の国王様が一番似合うな」
レオバルトが言っていた。
豹の国でも同じような踊りがあるが、やはり虎の国王とは迫力が違う。
「そうですね」
と女性達も同意していた。そこへヴァレリオがやってきた。
「ムーラ、朝まで待ってたのによー」
ヴァレリオは褐色の美女にすねたように言っていた。
「夜這いに行くわけないでしょう」
ムーラは睨んでいる。
「まだこりないんです？」
レオバルトはあきれていた。
「だってよーこういう時でもないと会えないんだもん。まさか豹の国にたびたびいくわけにもいかねえし」
「本気で私が好きならば、狼の国を捨ててください。そうでなければ近づかないで」
ぴしゃっと言われてヴァレリオは悲しげに口を尖らせていた。もしこれが本当の恋だとしても、その恋は実ることはない。
この世界では一族を捨てることほど重い罪はないのだ。もしそんなことをすれば一生裏切り者の烙印を押されてしまうことだろう。
本人だけではなくその家族も辛い思いをしなければならない。ヴァレリオはすっと真面目な顔になり、やがて言った。
「わかった。きっぱりあきらめる。せめて最後に胸に触らせてくれ」
さっと近づいたヴァレリオの頬に素早くムーラの爪が立てられ引っかいた。
「いててて！冗談じゃないかよ！」
ヴァレリオは頬を押さえて言った。
「いや、本気だったわ」
「全く手はかまれるは頬はひっかかれるわ散々だ・・・」
泣き声で告げたヴァレリオに
「自業自得だろ（よ）！」
豹の３人は声を合わせて言ったのだった。
その後ロイは草原でヴァレリオに出会っていた。
「あれ？おじさん顔どうしたの？」
ロイが無邪気に聞くとヴァレリオは、「実は虎の男に戦いを挑んでなあ、このざまさ」と説明し、
ロイに「おじさんすごい勇気あるね！」と尊敬されていたのだった。
狼のほかの男達がため息をついていたのは言うまでもない。
日が暮れる時刻になると、ますます草原に人が集まっていた。もう移動するのも困難なほどだった。特にライオネル像に近い
あたりは人もぎゅうぎゅうづめだ。一番前は虎の一族の重鎮達が陣取って座っている。前方の者達は後ろの観客のために
腰を降ろしていた。ラギ達はライオネル像の左方にいた。まん前ではなく少し離れた所に布を敷いて並んで座っていた。
「ミラ、猫の人たちといてもいいんだよ」
ラギが一緒にいるミラに言った。
「さっき長老様と一緒にいたので会ってきましたから」
「ゆっくりしてくればいいのに」
「いいんですよ。皆さんとライオネル様を見たいですから。それより皆様おなかは大丈夫ですか？」
「お城で食べてきたから大丈夫だよ」
大きな太鼓の音が聞こえてきた。歓声が巻き起こり、もう自分達が話している声も聞こえない騒がしかった。
ライオネル像の前の炎の周りには、虎の一族の女性達が現れて踊っていた。皆キラキラした金色の衣装を身につけている。
露出度の高いセクシーな衣装だった。
今日はライオネル人形はほおりこまないようだ。炎を絶やさないように木の塊だけが投げられていた。「アヤコさんは踊らないのかな？」
とシスが聞いた。今日はタロウ達は別の場所にいる。女性達の中にアヤコの姿は見えない。
「踊りは苦手だからやらないって言ってたよ」
ラギがシスの耳元で言った。耳元で言わないと声が聞こえない。
「それにしてもすごい人ですね。ロイ様だっこしましょうか？」
ロイがうなずいたのでイシュタールがロイをひざの上に乗せた。こうするとロイの視界が少し上にあがった。
フリットがラギに「きますか？」と聞いてみたが、ラギは恥ずかしげに「いいよう」と言っていた。
踊っている女性達は１０人ほどが入れ替わりつつ踊り続けていた。
今宵は満月だった。大きな丸い月が夜空に浮かんでいた。キラキラした星、夜空に上る美しい炎。そして炎で浮かび上がる
ライオネル像。どこかで狼のような遠吠えが聞こえてきた。もしかしたら狼の男達がほえていたのかもしれない。
群集の外には虎達も集まっていた。中には首の周りにきれいな布を巻かれている虎もいた。虎達も何かを待つように
その場にじっと待機していた。
夜が更けるころ、とうとう最後の踊りが始まった。皆のどきどきが最高潮に達する中、炎の前で国王が踊りだした。
さあとうとうだ！
いったいどのようにライオネル様がお出ましになるのだろう。
皆の思うことは一緒だった。
夜空に国王の「ガオー！」という雄たけびが上がったとき、ライオネル像の前の大きな炎が突然ぱっと消えたのだった。
同時に会場についていたすべてのかがり火の炎も消えた。
人々からどよめきが起こった。
何事かと思った瞬間、ライオネル像の真上に巨大な炎がばっと浮かび上がったのだった。その炎は獣の形をしていた。
雄雄しい獣の顔に人間のような体はたくましく、両足を広げて両手を上に上げていた。真っ赤なたてがみがゆれている。
「おおー！！」と人々から感嘆の声が漏れた。それは巨大な炎で草原の端にいる人々の目からも見ることができた。
炎のライオネルは口を開けていた。
「ライオネル様だ」
「ライオネル様じゃ！」
「ライオネル様ー！」
人々が口々に神の名前を口にした時、炎は消えて、代わりに金色に光るたてがみをもった獣神ライオネルが現れたのだった。
同時にライオネル像の前にあった炎は元に戻り、かがり火の火も戻っていた。
「がおーーーー！！！」
耳をふさぎたくなるほどの大きな雄たけびが夜空に、そして国中に響き渡った。まるで地面が揺れているかのようだ。
その瞬間、金色の輝きが四方に放たれていた。
「がおーーーー！！！！」
国にいたすべての虎達もそれに答えるように吠えていた。まるでライオネルに敬意を払っているかのようだ。「すごい！ライオネル様だ！！！」
「かっこいい！」
ロイもシスもラギも食い入るように夜空を見つめていた。イシュタールやフリットも同じだった。
ライオネルの雄たけびには皆身震いして鳥肌がたっていた。
「あれが獣神ライオネル様・・・確かに強そうだ」
イシュタールはごくりとつばを飲み込んだ。
なんという神々しい輝きだろうか。虎よりもせりでた大きな口、顔の周りには豪華なたてがみがあった。
上半身には金色の毛が輝き、腰の周りにだけ金色の衣を巻いていた。
「ライオネル！ライオネル！」
興奮した人々からはライオネルコールが起こっていた。
「ふふふ、俺ってやっぱりかっこいいぜ」
空中では、自分の登場に自分で酔いしれたライオネルがいた。結局サラディンを拝み倒して協力してもらったのだ。
金色のたてがみもきれいに整えていた。どこから見てもばっちりだ。
「ん？なんか熱いな。気のせいかな？」
ライオネルはきょろきょろと周りを見た。人々の熱気で熱くなっているのだろうか。
「ライオネル様、しっぽ、しっぽ」
星のきらめきが近づいてきた。
「しっぽ、しっぽ！」
双子の星の神がしきりに尻尾をさしている。
「ん？」と後ろを見ると、なんと尻尾の先の毛がメラメラ燃えていた。
「うわっなんじゃこりゃ！あちっ！」
ライオネルはあわてて尻尾の火を指で消してふーふー尻尾を吹いた。
「ちくしょーサラディンのやつめ、こんな嫌がらせを・・・」
地上ではライオネルコールがひっきりなしに起こっている。ライオネルは仕方なくちょっと黒ずんだ尻尾のまま地上に降り立った。
といってもただそのまま降りる彼ではない。やっぱり自分の石像の上に降り立っていた。
石像は上から下まで木っ端微塵に破壊されて、石の屑になったその上にライオネルが立っていた。
ライオネルは再び両手を挙げて雄たけびをあげ、人々の前にその勇ましい姿をさらしたのだった。
ライオネルの頭上には金色の光が柱のように立ち上っていた。
「すげー！かっこいい！」
「最高ー！！」
「素敵ー！」
人々は大興奮で彼らの大好きな神様に歓声を送ったのだった。
「どうして自分の石像破壊するのかしら？」
空中では風の神ウィルにだっこされたダーナが不思議そうな顔をしていた。
「さあなあ、しかし・・・尻尾から煙あがってるぞ」
ウィルは笑いながら言った。
「あらほんと、ふふふ」
近くでは風の妖精達もその様子をおかしそうに眺めている。人々は気づかなかったが、結構な妖精達も草原の周りに
やってきていたのだった。
ライオネルが吠えると人々も虎も同じように吠えていた。つられて子供達も「がおー」と吠えていた。
声をあげながらも人々は心の中から力がみなぎってくるのを感じていた。ライオネルが姿を消した後も、
人々の興奮は収まることはなかった。人々は興奮の余韻に浸りながら、その場にしばらくとどまっていたのだった。
次の朝ロイが目覚めたのはすっかり朝日が昇ってからだった。昨日はあれから興奮しまくり、お城に帰ってきてからも
興奮しっぱなしで目が冴えていたのだ。
「ロイおきたかい？」
部屋ではシスとラギがすでに朝ご飯を食べていた。
「うん！」
ロイもベッドから降りてテーブルの方に移動した。
「僕興奮して眠れなかったよ！」
とロイが言った。
「僕もだよ」
「僕も、ライオネル様の迫力に圧倒されたよ」
シスとラギも言っていた。
「私もですよ」
「私もです。なんだか勇気をいただいたような気がします」
ミラ達侍女が言った。
今日は国に帰る日だったので、子供たちは虎の国の人たちに挨拶しに行った。だが国王もガットもタロウもガウルも
ぐーすか眠ったままだった。仕方なく王妃様やアヤコに伝言を頼むことにした。
「ゆりちゃんによろしく言ってね。またいつでもいらっしゃい」
「はい！」
アヤコは子供たちをそれぞれぎゅっとだっこしてさよならした。魔法陣を抜けるというのを聞き、豹と犬、狼の使者達も
お別れに来てくれた。眠そうな顔のリンシャーンもやってきた。フリットとイシュタールは彼らと手を握りお別れの挨拶をしていた。
「勇気のあるおじさん元気でね」
ロイが狼の男ヴァレリオに告げた。
「おう、坊やも元気でな。いい男になれよ」
「うん！」
帰りの魔法陣はシスがラクシュミから聞いた呪文を唱えて、一同は蛇の国へと帰って行ったのだった。
皆が王の間のラクシュミに会いに行くと、すぐにアナスターシャとナナミ、ゆりもやってきた。ゆりはロイをぎゅっと抱きしめた。
「お帰り。なんだか日に焼けたわね。楽しかった？」
「すっごく面白かったよ！見て見て！」
ロイは腕をめくってライオネルのあざを見せていた。
「あら、何これ」
ゆりが聞いた。
「ライオネル様のお手手の痣だよ。すごいでしょ。ね、ね」
「そうなの。すごいね！」
イシュタールはすごく大きな袋を持ってきていた。
「みんなにお土産だよ！」
ロイが興奮した様子で袋の中の物を出した。なんと袋の中にあったのは大量のライオネル人形だった。
大きいのやら小さいのやらいろいろ入っている。
「私いらない」
とナナミが言った。
「私も」
とアナスターシャ。
「なんでだよーかっこいいじゃないかよー！！僕これ、一番大きいの！」
ロイはその中でも一番大きいライオネル人形を抱きしめていた。ゆりがイシュタールに視線を送ると、
イシュタールはうれしそうな顔で微笑みを返してくれた。
「よっぽど楽しかったみたいねー」
ゆりがラクシュミを見ると、ラクシュミはなぜかうつろな目をしていた。
「どうしたの？」
「いやべつに・・・」
ラクシュミは予想以上にロイの力が減っていたのでショックを受けていたのだった。ー大丈夫なのか？これ・・・ハロルドの加護ってかなりだったんだな
ラクシュミはフリットに思念で聞いていた。
ー大丈夫でしょう。たぶん
ー多分？多分ってなんだ多分って！
ーまあまあ大丈夫ですよ
ラクシュミはそっとため息をついていた。
「ライオネル様ってねーこーんな大きくてさ、口はこーんなで！」
ロイは目を輝かせて皆にいろいろ説明していた。
ゆりはライオネル人形を一つ手に取った。
体はフェルトのような厚めの布でできていて、たてがみには黄色い毛糸がついていた。目には青いボタンがついている。
中には綿がつめられているのだろうか。
どっちかというとかわいらしい人形だ。
それにしても力封じられてこんなに喜ぶなんてハロルドの立場は一体・・・
ライオネル人形を見つめながらそんなことを思ったゆりだった。
一方神の国では、ようやく帰ってきたライオネルは空に浮かぶ神殿にやってきていた。
ライオネルの顔を見たとたん、ヒルデリアの眉間にしわがよった。
「ライオネル！長々と人間界で何をしておったのじゃ！」
「母ちゃん！ただいま〜！」
ライオネルはヒルデリアに近寄ってぎゅっと抱きしめ、ほおずりした。
そしてでかい口でぶちゅぶちゅヒルデリアの頬にキスしている。
「うわっおっおやめ！これ！ひげがくすぐったい！」
ヒルデリアは抵抗していたがライオネルはぎゅっと抱きしめたままだった。
「愛してる。母ちゃん」
「お放し！」
「許してくれる？」
「くすぐったいというに！」
ヒルデリアはライオネルの頬の肉をむにゅっとつまんでいた。「どうせ女に手ばっか出してたんだろ」
偶然ヒルデリアといたハロルドが言った。
「そんなことしてねえよ」
「手を出すのなら女神にお出し！なぜわざわざ人間の女に手を出すのじゃ」
ヒルデリアはようやくライオネルの手から逃れて言った。あがき疲れたのかぜいぜい肩で息をしている。
「出してないというに」
その時部屋にアシュランがやってきた。
「帰ってきたな、バカ息子。また派手なことしてきたんだろ」
アシュランはあきれた様子で腰に手を当てていた。
「よっアシュラン！神様の有難さを人間にわからせてきただけさ。それから俺の仕事をしてただけだよ。母ちゃん♪」
ライオネルはでかい手でヒルデリアを抱きしめ、ヒルデリアはまた迷惑げな顔をした。
「愛の抱擁！」
顔をすりすりしている。
「ひげがむずいというのに！」
「じゃあ許してくれる？」
「許すからお放し！」
「やったー」
ライオネルはさっと離れた。
「全く・・・」
ヒルデリアの服がずれていたので侍女らがあわてて近寄って服を直していた。
「おや？尻尾黒くなってるぞ。どうしたんだ？」
ハロルドがライオネルの尻尾をしげしげと見つめていた。なぜか尻尾の先が黒ずんでいる。
「あっ、そうだ！サラディンに文句言ってやる！じゃあな！」
ライオネルはだっと走って行った。
「ヒルデリアは母ちゃんと呼ぶのに、なぜ私は父ちゃんじゃないんだろう」
アシュランは首をかしげていた。
虎の国ではしばらくライオネルフィーバーが続いた。それは蛇の国のお城の中も同じだった。王の間にまでライオネル人形が
飾られてしまいラクシュミは複雑だったが、ロイが自分で置いたので移動させることもできなかった。ロイはすっかりライオネルに
傾倒してしまい、会う人みんなにライオネルのすごさを語ったほどだった。夜もライオネル人形と一緒に寝ているほどだ。
虎の国に行っていた使者達もそれぞれ自分の国に帰っていった。移動手段は早馬である。早馬とは普通の馬の３倍以上の
速さで走る馬のことで、普通の馬よりもでかく足も８本ついているのだ。この早馬が二頭ついた馬車が国と国の間を走っていた。
この早馬は山道は苦手なのだがまっすぐな広い道ならば驚くべき速さで駆けて行くために、お金がある旅人や早く他国間を
移動したい者はたいていこの早馬を使うのだ。
狼の男達は犬の使者達と犬の国で別れ、北西にある自分の国へと帰っていた。
国王に報告をし、その夜酒場に姿を現したヴァレリオはどこか元気がなかった。
「どうしたんですか？虎の国で何かあったんですか？」
同族の女性に聞かれたヴァレリオは悲しげに答えた。
「実は振られちまった。他族の女に恋をした俺が悪かったんだが・・・」
「あらまあ」
「愛がほしいなー」
ヴァレリオは天井を見つめてつぶやいた。
「くれないかな？愛」
そしてこそっと女性に聞いていた。
「私だけというのならあげてもいいですけど」
女性はこう返した。
「・・・・考えさせてくれ」
ヴァレリオは手であごを支えて思案するようにいい、「ヴァレリオ様のばあか！」
と女性に思いっきり口ひげをひっぱられていたのだった。
「いててて！俺の大事なひげが！」
「引っこ抜いてやれ！」
「そってやれー！」
周りの男達からはそんなヤジが飛んでいた。男達の口の周りには皆すっきりと整えられたひげがある。男達は酒を飲みながら
カードのゲームをしていた。ひげを数本抜いた女性はぷんと横を向いて去って行った。
「ああ、今の俺には慈愛がほしい。ダーナ来てくれないかなー」
ヴァレリオはため息交じりに言っていた。
「お前はダーナよりガーベラの方が好きだろ？」
店の親父が言った。
「ガーベラならなおいい。愛欲に溺れたい！」
「勝手に溺れてろ、ばか」
「ああ・・・結構本気だったのになあ・・・」
ヴァレリオはがくんと机に付していた。褐色の美女に初めて出会ったのは２０年ほど前の事だった。力強い大きな琥珀の瞳に
心惹かれて、それから会うたびにくどいていたのだが、さっぱり相手にされなかった。それも仕方のないことだ。純粋な一族の
力が強い者同士なのだから。恋をするのが間違っている。だがしてしまったものは仕方がない。かといって国を捨てる気は
なかった。恋のために一族を捨てるなんておとぎ話でしかありえない。恋を諦めるしか道はないのだ。
ワオーンと狼の遠吠えが聞こえてきた。
それを聞いたヴァレリオは「ワオーン」と小さく吠えていた。
「ワオーン・・・・ワオーン・・・」
狼の遠吠えは山々にこだましていた。その遠吠えは時折犬の国にも響き、犬達も同じように月に向かって遠吠えをしていたのだった。