第8話
その年も終わりに近づく頃、ようやくゆりの機嫌も直っていた。ハザークはゆりがなぜ怒っていたのか結局よくわかっていなかったが、女性に
老婆という言葉は禁句だという事だけは理解したようだ。ようやくゆりとベッドの上で仲良くすることができた。ハザーク自身100年女を抱かなくても
別にどうということもないのだが、相手がいるのに何もないというのはちょっと寂しかったようだ。
久しぶりにゆりと唇を合わせることができてハザークはほっとしていた。
好意がある女性と熱い口付けを交わしていると、心の中になんともいえない感情がわきあがってくる。
まだ自分の中にこんな感情が残っていたとは・・・・
自分自身でもそう驚きながら。
代わり映えがしない毎日を送りながら、いつ命が終わるのかと思っていたものだが、少なくとも今は、短い間にいろいろなことが
起こりすぎてこの先何が起こるのかも、全く予想すらつかない。
この長い時で、何度も何度も悲しい思いを味わってきた。どれほど好意を持った相手でも、確実に、自分よりも先に死んでしまうのだ。
いっそ蛇のまま生きていけたなら、とも思ったが、人との触れ合いを求める気持ちも捨てきれないのだろう。
心の底から誰かを愛し愛されたいと昔思ったこともあったが、今はそんな事は思ってはいない。
激しい情愛よりも、穏やかで優しい愛が欲しい。二番目でかまわない。むしろその方がいい。相手の全てを背負わなくても良いからだ。
「私、ハザーク様のこと世界で二番目に好きよ」
蛇の目のゆりが情事の後、ハザークにそう言った。
「そうか」
ハザークは普段のゆりに念のため聞いてみた。すると「ハザーク様は三番目に好き」との答えが帰ってきた。
「三番目？二番目は誰なんだ？」
「一番は赤い月の王様、二番目は普段の王様」
「どっちも王じゃないか」
「でも違うんですよ」
どうやら変なこだわりがあるようだ。
まあ王の次ならいい。男達の次というのはかなり寂しいからな
そう思っていると、「ハザーク様は今までの女性の中で私が何番目に好き？」とゆりがなんとも返答しがたい質問をした。
「さあ、わからない」
「ハザーク様ったら真面目なんだから。冗談でもお前が一番だって言えばすっごいサービスしたかもしれないのに」
「お前が一番だ」
ハザークはすぐに言い直した。
「してくれ。すっごいサービスとやらを」
変わり身の早さにゆりは逆に固まっていた。
「やだー冗談よ冗談♪」
ゆりは笑いながら軽くハザークの肩をたたいた。
「ずるい」
ハザークは横目で睨んでいる。
「一番だって言ったのに・・・いっつも王にしているすっごいサービスを我にもしてくれ」
「え・・・・王様には別に・・・」
ベッドから降りようとしたゆりの上にハザークはのしかかった。
「ぎゃっ！」
「すっごいサービスしてくれるまで離さない」
「冗談なのに・・・」
「我は本気で言ったんだぞ」
「え？」
「王妃が一番だ」
「本当？」
ゆりはまじまじと金色の瞳を見つめた。
「ああ、今生きてるのは王妃だけだからな」
「なんだあ」
「すっごいサービス」
どうやらよっぽどしてほしいらしい。
「・・・・まあいいか」
ゆりがどんなすっごいサービスをしたかは定かではない。
その頃、8歳になったナナミはお城の外の大木にもたれてつまんなそうな顔で座っていた。横には鮮やかな七色の蛇がいる。
そこに宙を飛んで城に帰ってきていたハインリヒが、ナナミに気づいて側に寄っていった。
「おや、一人でどうしたんですか？」
ナナミはむすっとしたままハインリヒを見上げた。
「何かしかられたんですか？」
「違うよーパパがひどいんだよ。この前は結婚してもいいって言ったのに、やっぱりよく考えたら年齢の差がありすぎるから、結婚しても
うまくいかないから止めた方がいいって言うんだよ。ひどいよ」
ハインリヒは目をまん丸に開いたまま固まっていた。口は笑いの形になっていたが、声は出さなかった。
「確かに、年齢の差がありすぎですね」
というよりも、ハザーク様の年につりあった女はいないだろう、とハインリヒは心の中で突っ込んでいた。
「それからマーは老婆にはならないんだって」
「ぷっ」
ハインリヒは今度は声を出していた。
老婆事件はハインリヒも聞いていた。女なら怒るのは当然だ。
「ハインリヒもそう思う？」
「そうですね。王妃は老婆にはならないかもしれないですね。まあいいじゃないですか。パパはずっとパパのままで。ナナミ様が大人になる頃には
きっと素敵な男が現れますよ」
「うーん、パパ以上に素敵な人はいるのかなあ？」
「いますよ」
ハインリヒは微笑んだ。
ナナミはじーとハインリヒを見上げていた。
「ハインリヒは素敵だけどなあ。私が大人になる頃にはおじさんになってる？」
「そうですねえ、おじさんなりにいい男だとは思いますけどね。がんばって私に似た男の子作りますから、待っててください」
「うん」
ナナミは分かっているのかどうか不明だがうなずいていた。だがぽつりと、「パパが一番いいんだけどなあ」とつぶやいていた。
お城から一番近い北の方角にある街に、セリアの姿があった。セリアはミカエルのいとこである黒髪の女の子だ。女の子といってもすでに
大人といっていい体つきだった。胸も大きく背もすらりと高い。戦士として鍛えているので華奢な体つきではないのだが、生き生きとした黒い瞳で
快活そうな女性だった。肩くらいまでの黒髪も軽くカールさせている。最近髪型を変えたのだ。
そのせいもあり、雰囲気はぐんと大人っぽくなっていた。以前は図書室で本を読んでいるのが似合いそうなイメージだったが、今は街を颯爽と
歩いているのが似合いそうだ。軽く化粧もしている。
セリアは今仕事の研修中なのだ。いろんな街に行き、警備の仕事を勉強中だ。今日は街に入ってくる商人達の積荷の点検作業を手伝った。
商人は同族の物ならば点検なしなので、同族以外の者だけ調べることになっている。
他の一族の女性戦士が積荷をチェックし、セリアはそれを書類に記録する係りだった。真面目に仕事をしていたセリアだったが、時折教えてもらって
いる女性戦士から微かにいい匂いがするのを感じて休憩時間にその事を聞いてみた。
「ローズさんの香水とても良い匂いですね」
「これ？いいでしょ？ラギ様にいただいたの」
ローズが長い髪をかきあげると、またふわりと良い匂いがした。女性が香水をつけるのは珍しくはないが、あまりかいだことのない匂いだった。
「ラギ様って、王子様のラギ様ですか？」
「そうよ。これって王妃の匂いなのよ。ラギ様が香水にしたんだって」
「ええ！」
セリアが過剰に反応したのでローズは驚いていた。
「それってどこに行ったら買えるんですか！？」
セリアは思わず身を乗り出してローズに詰め寄っていた。セリアは相変わらず王妃大好きだった。王妃の匂いと聞いちゃ黙ってはいられない。
「その内売り出すみたいだけどまだ売ってないわよ。まだ試作品みたい」
「そうなんですか？」
セリアはその香水が欲しくてたまらなかった。だがまだ大人として認められた身分でもなく、城に行ってラギにくれと言うこともできない。
こうなったらミカエル様に頼もう。
セリアはミカエルにかわいらしくおねだりしたのだった。
日が暮れる頃、城にミカエルが現れた。かわいいいとこの頼みを聞くためにやってきたのだ。ラギは食後自分の部屋で本を読んでいた。
ミカエルはラギに会い、香水の事を聞いたのだった。その香水にミカエルは心当たりがあった。
「ああ、あれ欲しいの？いいよ。でも僕今持ってないんだ。研究所にあるから勝手にもらってっていいよ」
ラギは笑顔で言った。
「あのー・・・王妃と同じ匂いの香水って・・・私の彼女にあげませんでした？」
ミカエルが恐る恐る聞くと、ラギはあっさり「あげたよ」と言った。
「皆の彼女に配ったよ。モニターになってもらったんだよ」
「やっぱり・・・」
「ミカエルには効果あったけどシャナーンには効かなかったって」
ラギは笑顔で言っている。こういうことをあっさり言うところが怖い。
ミカエルは微妙に恥ずかしげだった。
「ラギ様・・・あなたは子供なのにそんなことばっかり気にしてちゃだめですよ」
女戦士のローズは王妃と同じ匂いの香水だと言っていたが、実際にはちょっと違う。だがなんだか心がどきどきして興奮させられる匂いだった。
ラギは一族の皆がほどよく興奮する香水を研究所の皆といろいろ開発していたのだった。以前も同じような香水を作っていたが、いろいろ
材料の調合を変えている。今回の香水は相手の男もちょっと興奮し、香水をつけた自分もちょっといい気分になるようなものだった。
だからローズは昼間もつけていたのだろう。そういう香水は昔っから存在しているのだが、時代によりいろいろ改良されていた。
「いやーさすがに僕は香水の匂いかいでも興奮しないからね。蛇の一族の男女も虎の一族の男女みたいに普段ももっと仲良くすればいいんだよ。
赤い月だけ仲良くしようとするから仲良くしきれないんだよ」
ラギは真面目な顔で言っていた。虎の国の男女を見てそう思ったようだ。
「まあ、それはそうかもしれませんが・・・」
「ところでセリアってもう大人になったの？」
「ほぼ大人ですよ。王に会うのは来年早々にするつもりですよ」
「そうなんだ」
周りの大人が大人だと認め、ラクシュミと面会してから晴れてその者は大人ということになるのだ。
「力強いから相手を選ぶのが大変だね。指名がすごいんじゃない？」
「そうでもないようですよ。まあ本人は男にまだ興味ないですからね」
「そうなんだ。楽しみだね」
「はい」
ミカエルはラギと別れて研究所に飛んでみた。まだ人が残っていたのでその香水をもらった。
香水は試作が終わってから売り出す予定らしい。香水の名前は「リデュール」古代語で王妃という意味がある。どうやら王妃人気にあやかって
つけたらしい。一族以外の女の子も喜んでつけそうだ。
女が皆同じ匂いしてたらやだなあ、と思ったミカエルだったが、とりあえずそれをセリアの元に持っていった。
セリアは案の定大喜びだった。
「ありがとうございます。ミカエル様！」
セリアは飛び跳ねてミカエルに抱きついて礼を言い、さっそく香水の瓶を開けてみた。すると濃い花のような匂いが漂ってきた。
「ああ、これが王妃様の匂いなのね・・・」
セリアはうっとりした表情をしている。
「正確にはちょっと違うけどな」
それに王妃の匂いというよりは、元々は王の匂いである。全く同じ匂いというのは難しいのでちょっと違うようだ。だが似たような匂いではある。
だからミカエルも彼女がつけていた匂いにむらっときてしまったのだ。
「セリア、この匂いにはなあ、男を誘惑する効果があるんだぞ」
「え？」
「元々それを狙って開発されたものなんだ。だから普段はあまりつけない方がいいぞ」
「そうなんですか？じゃあローズさんは男を誘惑しようと思ってつけてたんですか？」
「そうじゃない。つけた本人もちょっといい気分になるらしい。昼間はほんのちょっとだけつけるようにと言ってたぞ」
「わかりました。ありがとうございます、ミカエル様」
「ああ、じゃあな」
ミカエルは去っていった。セリアはハンカチに香水をちょっと垂らして枕元に置き、眠りについた。とてもいい匂いで心が穏やかになりすぐ
眠ってしまった。
すると、綺麗なお花畑にいる夢を見た。
ちょうちょがひらひら飛んでいる。
まあなんて素敵！
そう思っていると、お花畑に一人の女性がいた。
「あ、王妃様！」
そこにいたのはゆりだった。ピンク色のドレスを着てにっこり笑っている。
「王妃様〜！」
セリアはかけて行った。
セリアはしばらくゆりと花の冠を作って遊んだのだった。
目覚めたセリアはとっても幸せな気分だった。
なんていい夢なのかしら
今日はお休みだからちょっとだけ香水つけておでかけしよう
セリアは身支度をして屋敷の外に出た。
今日は曇り空で寒々しい風もぴゅーぴゅー吹いていた。スカートは膝上までだが上は寒くないように黒の上着を着込み、セリアは瞬間移動で
ぱっぱと移動した。街の大通りに出ると誰かにぶつかる恐れがあるので裏手の路地に飛んだとき、すぐ目の前に誰かいてセリアはびっくりして
再びすぐ横に移動した。
「わっ！」
相手の男は驚いたのか手に持っていた長い物を落としていた。セリアが見るとそこにいたのは水色っぽい長い髪の、とても綺麗な男だった。
エルバートだ。
「わっ、す、すいません、エルバート様、私おっちょこちょいで・・・・」
セリアは路地に転がっている長い物を拾った。
「これなんですか？」
「釣り竿だよ」
エルバートはちょっと恥ずかしそうな顔で受け取った。ぶつかるかと思ったので心臓がどきどきしていた。
「釣り竿。魚釣りでもなさるんですか？」
「そうだよ」
「そうなんですか。すいませんでした。それじゃ」
セリアは釣竿をエルバートに渡し、軽く頭を下げてたったと大通りの方に走っていった。
エルバートはぼんやりして後姿を見送っていた。
あーびっくりした。かわいい子だなあ・・・それになんだかすごくいい匂いがしたなあ・・・
そうか、あの子ミカエル様のいとこのセリアだ。皆が噂してたっけな
戦士寮でもセリアの話題は出ていた。美人な上に力もユリウス並にはなるだろうと予想されている。
高嶺の花だなあ・・・と皆つぶやいていた。
「ミカエル様は上級の誰かとくっつける気だろうな。絶対」
「そりゃあなあ」
「誰とくっつくんだろうなあ・・・」
そんな会話だった。
上級・・・シャナーンだったりして
エルバートはそんな事を思いつつ釣り竿を手に歩いて行った。釣りに行くところなのだが、魚を入れるバケツを買いにきたのだった。
この前ゆりに出会ったときに、魚が釣れたらもってきてほしいな、と言われたからだった。
王妃も良い匂いだったものな、女の子ってみんな良い匂いなんだな・・・
どうやらわずかに、エルバートに異性に対する興味が目覚めたのかもしれない。
その日ヴィラがご機嫌伺いにゆりの元にやってきたのだが、ゆりは苦虫をつぶしたような表情で椅子に座っていた。
「どうしたんですか？何か変な物でも食べたんですか？」
ヴィラが首をかしげて聞いた。
「夢見が悪かったの」
「夢見？」
「昨日久しぶりに神の国に行けたんだよ。それでせっかくだからライオネルが見たいと思ったんだけど・・・」
ガーベラになったゆりはライオネルに会いに行こうとしたのだが、ライオネルがどこにいるのかさっぱりわからなかったのだ。今まで出会ったことが
ないのだからガーベラの神殿の近くにライオネルの神殿はないのだろう。
まあいいや。とりあえず温泉に行って、ルティアナからそれとなく情報を仕入れよう！
温泉にも入りたかったゆりはサラディンの神殿へと飛んだ。すると「実は先客が」と火の妖精に言われたのだった。
先客って誰だろう？
そう思ったゆりはちょっとお風呂をのぞいてみた。するととても体格の良い金髪の男が風呂に入っていたのだった。
だれ？
ゆりはその男に会ったことがなかった。
すると男が振り向いた。男はもさっとした眉毛をしていた。身体もでかいが顔もいかつい。金色の胸毛もはえていた。虎の一族の男を連想させた。
「おっガーベラじゃないか。一緒に入るか？」
男はニヤッとして言った。
「入らないわよ」
ところであんただれ？
と聞きたかったが聞けない。
「いやーたまには熱い湯もいいよな。この前入ってやみつきになっちまった」
「はあ・・・」
あんただれよー？私の温泉なのにー早く出て！
ここはゆりの温泉でもガーベラの温泉でもないのだが、ゆりとしては早く男に出てもらいたかった。
「この前獣の姿のまま入ったら毛が大量に落ちて怒られちまったんだよ。全くそんな事くらいで怒るなよなー。サラディンってほんと短気だよな」
男はぼりぼりと頭をかいていた。
「獣？」
大量の毛？もしや・・・・
「そろそろ出るか」
男はじゃばっと立ち上がり、岩の風呂から出た。
そこで目を閉じればよかったのだが、ぼんやりしていたゆりはしっかりと男の身体を見てしまった。男はそのまま歩いて近づいてくる。
「ぎゃー！！！！」
ゆりが悲鳴をあげた。
「うわっな、なんだよ！」
その男ライオネルは突然悲鳴をあげられて驚いていた。
「何してるのよ！前隠して！ばかっ！」
ゆりは両手で顔を覆っていた。
「あーん？お前がそこに突っ立ったままだからじゃないか。見たいのかと思ったぜ」
「誰が見たいか！」
火の妖精がライオネルにタオルを渡しに来た。ライオネルは下半身を隠す様子もなく上半身を拭いている。
「またまた、なんだ？欲求不満か？」
「違うわ！」
「俺はだめだぜ。お前は好みじゃないからな」
「頼んでないわよ！」
男は妖精に服ももらい、服を着て「わははは」と笑いながら去って行った。
なんなんだ。あれがライオネル？雄雄しいたてがみは？かわいい尻尾は？サギだ・・・
ゆりは脱力して床にがっくりひざをついていた。もはや温泉に入る気力もなくしていたのだった。
「ってなわけなのよ。ひどいと思わない？」
ゆりはヴィラに聞いた。
「別にひどいとも思わないですけど・・・ロイ様には言わないほうがいいですよ」
神の国で一体何してるんだか・・・・ラギでなくてもそういいたくなったヴィラだった。
「言わないよ。イシュタールにも言えません」
二人のライオネル像は壊したくはない。
「あーあ、ライオンに触れると思ったのになあ・・・」
「ライオン？」
「あんなもさい男だったなんて・・・」
ロイやフリットらから聞いたライオネルのイメージとあまりにかけ離れていたため、ゆりはショックを受けていたのだった。
人間の時もハロルドの弟なだけにたくましくて素敵な男だと思っていた。
せっかくの温泉に入れなかったのも悲しかったがそれより衝撃的な事に、
「あの映像が目の前にちらついて離れないー！！！」
ゆりは思わず絶叫していた。
誰かモザイクかけて！
と言いたいくらい、しっかりと男の身体を目に焼き付けてしまったらしい。上半身だけを見てればよかったのに、なぜ人は見てはいけないものを
最初に見てしまうのだろうか。
微妙に笑っていたヴィラは、
「神様なだけにさぞかし立派なものがついていたんでしょうね」
と言った。
「そう、神様なだけに立派なものが・・・って何言わすのよ！」
「こういうノリのいい所が好きですよ」
ヴィラの笑みにゆりは再び苦い表情をした。
「だめですよ。ガーベラのまま男の風呂のぞいちゃ」
「ぐっ・・・」
おっしゃるとおり。そもそもは、男の風呂をずっとのぞいていた自分が悪いんだけどさ・・・・
「そんなことしてよくガーベラじゃないってばれないですねえ」
ヴィラはそれが不思議だった。
「うーん、確かに。昨日はついいろいろ怒鳴っちゃったもんなあ。私ったらもっとおしとやかにしなきゃ」
ガーベラだったのだからあの場は「ぎゃー」ではなく「いやん」とか言うべきだったな、とゆりは反省していた。
「そうですよ。他の神様にまでばれますよ」
「二度と神の国にいけなくなったら困るわー温泉に入れなくなっちゃうもん。気をつけなくちゃ」
ゆりは真面目な顔で反省していたが、ヴィラは「一体神の国に何しに行ってるんだか」と苦笑していた。
まあこういう性格だからこそ神の国にいけているのかもしれないが。
「心配になってきたなあ。ガーベラがあんなに怒鳴るなんておかしいって怪しまれていたらどうしよう・・・まあ笑ってたし大丈夫だと思うけどね」
普段のガーベラもあんな感じだということまでは、気づいていなかった二人だった。
新たな年になり、セリアはラクシュミから正式に大人だと認められた。ラクシュミはすっかり大人びたセリアに目を細めていた。
セリアはかしこまったドレスではなく仕事の時に着る服装だった。膝上までの黒のミニスカートに黒い上着、黒いブーツだ。
上着は大人の女性はたいてい身体の線にそっていて胸の谷間がちょっと見えるくらい首周りが開いている。腰には一本細めの剣もさしていた。
上着には良く見ると黒い刺繍で蛇の模様が入っている。上着の襟と袖には銀で縁取りがされていた。
「美しくなったな・・・」
「ありがとうございます」
ラクシュミは自分の娘がようやく大人になったというような喜びを感じていた。
「本当に美しくなった・・・」
ラクシュミが感慨に浸っていると、
「王様お願いがあります！」
とセリアが意を決したように切り出した。
「ん？なんだ？」
「私、き、き、き、き・・・・・・」
「ききき？」
「あの、私の気を、差し上げたいのです！」
セリアは緊張しているのか頬を紅潮させていた。頭の中で何度も練習していた言葉だったが、いざとなると上手く出てこない。
ラクシュミはきょとんとしている。
「あの、王妃様に私の気を・・・」
「ああ、そういうことか」
「大人になれば可能だと伺いました」
「まあそうだが、お前は大人になったばかりだから今はまだ力も不安定だろうしなあ、もう少ししてからの方がよいだろう」
「大丈夫です。私元気一杯ですから！」
「それにゆりは今妊娠中でもないからそんなに気はいらないし」
ガーン・・・・
「まあ、またその内いる時があったら頼むかもしれない」
ラクシュミはセリアがそれほどまでにゆりに接近したがっているとは思わなかったのでそう言ったのだった。
「そ、そうですか・・・」
セリアはなんだかしょんぼりして王の間を出て行ったのでラクシュミは首をかしげていた。
ああ、気をもらっていただきながら王妃様と楽しい会話をしようという私の計画は・・・
ただ会うだけではなく、自分の力が王妃様の役に立つという事に憧れを抱いていたセリアだっただけに、ラクシュミの言葉はショックだった。
「うううう」
ラクシュミに会った緊張もあり、セリアは王の間から出た所でぽろりと涙を流してしまっていた。
番兵達はセリアの涙に目が釘つけになったのだが、きっと大人になったうれしさのあまり、感極まって泣いたのだろうと結論づけたのだった。
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