第10話
カンカンカンカン、コンコンコンコン
広い工房では妖精の職人達が石を削ったり家具を作ったりしていた。工房の中にはリスやウサギなどの小動物が入り込み、
職人達は時折手を止めてそれらの動物を木で彫ったりもしている。のんびりした様子だ。工房の窓はどこも開け放たれて、
明るい陽の光が差し込んでいた。
「ジェラルドはいるか？」
入り口付近に金色の輝きが現れた。軍神ハロルド、職人達よりは格段に神格の高い神である。
一人の職人がさっとハロルドに近づいて行った。ハロルドは銀色に輝く鎧を着ていた。頭には赤い飾りのついた兜、銀のすねあて、
勇ましい姿である。
「ジェラルド様は先ほど出かけられました」
「そうか、これ渡しておいてくれ」
ハロルドは腰につるしていた剣を鞘ごと渡した。
「かしこまりました」
男は大事そうに両手で剣を受け取った。そして「お疲れ様です」と労わるように告げた。
「ああ」
ハロルドは兜を脱いで頭を横に振るった。ハロルドがこの姿でここに現れる時はたいてい仕事の後だった。仕事とは神の国の外れに
出没する魔物退治である。ハロルドやライオネルは時々魔物を退治する仕事をしているのだ。神の国なのになぜ魔物が出るのか。
光があれば影ができるように、この世界には闇の者の世界も存在している。人間の世界では闇の者達のことを語るのは
禁忌とされているので書物などに記されることはないのだが、人々の心がすさみ神々への信仰が薄れると、
神々の力も弱まり神の国にも多数魔物が現れるというような関係にあった。神々の世界でも光が薄れる外れでは、
時々闇の者達が姿を現すのである。
ハロルドの光の剣を研ぐ事ができるのはジェラルドだけだった。ハロルドはその依頼に寄ったのだ。
「ジェラルドの奴め、またどこぞでのぞきでもしているんだろう。どうせ」
ハロルドの言葉に、男は「いやーそんなことは・・・」とごまかしていた。ジェラルドにとってはのぞきも芸術意欲を増幅させる大事な
行為のようだ。
「せっかくですから鎧も磨きましょうか？」
男が気を利かせて言った。
「ん？そうか。頼む」
職人が他にもやってきてハロルドの鎧を脱がすのを手伝った。
「おや？お前誰だっけかな？」
ハロルドがもう一人の男に目を留めた。
「ミッケルです。最近人間から妖精になりました」
そこにいた丸眼鏡の男はミッケルだった。ハロルドの鎧を近くで見たかったのでさっとやってきたのだ。銀の鎧はなめらかなつくりで、
肩あてにも植物をモチーフにした装飾がされていた。これだけ美しければ防具というよりもまさに芸術品だとミッケルは感動していた。
「そうなのか。それはよかったな」
鎧を脱いだハロルドは布の服だけになりすっかり身軽になった。ミッケルは続いてついハロルドの身体をしげしげと見つめていた。
服を着ているので肌は見えていないのだが、ちらりと見える胸元といい、男らしい腕といい、筋肉のついた肩といい、
神の石像を彫っていたミッケルにすれば、ハロルドの身体全てが興味深いことこの上ない。
他の職人達がハロルドの鎧と兜を工房の奥へと運んで行った。
「お前は聖地の職人か？」
ハロルドがミッケルに聞いた。たいていの腕の良い職人は聖地にいるのでそう思ったのだろう。
「そうです。亡くなったのは麒麟の国でした。アシュラン様の像を完成させた直後でした」
「そうか。それはよかったな。途中ならば心残りだったろう。アシュランなら強引に完成させてそうだが」
「依頼を全て受けられなかったのが残念でした。蛇の国の依頼だけが残ってしまった・・・」
ミッケルは独り言のようにぶつぶつ言っていたが、「蛇」その言葉にハロルドの耳がぴくりと動いていた。
「・・・それが終わった後は休みを取って妻とのんびりする予定だったんですが・・・あ、失礼しました。つい長々と」
ミッケルははっと口を閉ざして頭を下げ、持ち場に戻ろうとした。
「ちょっと待て待て、蛇の国では何を頼まれていたんだ？」
ハロルドがミッケルを呼び止めて聞いた。
「ガーベラ様とジンラ様の像でした」
ミッケルは振り向いて真面目に答えた。
「そうか」
ミッケルはもう一度頭を下げて持ち場に戻った。
ハロルドの片方の頬が微妙に上がっていた。
ガーベラとジンラ・・・・ガーベラとジンラ・・・・ガーベラとなんでジンラだ・・・・
どうやらそこがひっかかったらしい。ハロルドは何かを考えるようにちょっと上を向き、ミッケルの元に歩いて行った。
人間界では赤い月に突入していた。ゆりは例年通りラクシュミと熱々でいちゃいちゃ、というわけにもいかなかった。
寝室にはミシェイラがいたからだ。違う部屋に行かせてもさっさと瞬間移動で戻ってきてしまう。
「きゃっきゃっきゃっきゃ」
ミシェイラはラクシュミといるとご機嫌でうれしそうだった。何度も違う部屋に行かせるのもかわいそうだ。
「まあいいや、王様といれるだけで」
ゆりはいちゃいちゃは諦めてラクシュミに寄り添った。ラクシュミは夜も変化せず、いつもの姿でミシェイラをだっこしていた。
今年のラクシュミは性欲が有り余っているというわけでもないようだ。まあしょうがないな、といった感じである。
「ねえ、王様は・・・ミシェイラのことちょっと怒ってない？」
ゆりはおずおずと聞いた。
「ん？懐かれて別に悪い気はしていないが」
「そっちじゃなくて・・・その・・・こっち」
ゆりはミシェイラの右足を軽く持った。足の裏には金色の蛇のうろこの模様のようなものがある。
「今は別になんとも思ってないな。この子は将来私を助けてくれるからな」
「そっか・・・」
たとえミシェイラがハザークだけの子供だったとしても、いずれはラクシュミも同じ様に思っただろう。力の強い子供は、たとえ誰の子供
だろうと貴重な存在だ。個人的感情よりも一族の質向上の方が優先される。
「あ、あ、あ、あ〜るるる〜」
「ミシェイラ歌ってるの？」
ゆりがおかしそうに聞いた。
「るるる〜」
「私も！私も入れて！ミシェイラばっかりずるい！」
その時少女の声と共にベッドにナナミが現れた。
「私もトー様にひっつく！」
ナナミは強引にラクシュミの膝の上に乗った。
「こらこら」
「いっつもミシェイラばっかりずるいよ！」
「そういうわけじゃないが・・・お前だってかわいい娘だぞ」
ラクシュミは二人を抱きしめて言った。ゆりは苦笑している。
６人の子供達。この子供達が大人になる頃には、この国も今よりももっと楽しい国になっているに違いない。
いずれは悠悠自適な隠居生活が送れるといいなあ・・・
ラクシュミは密かな希望を胸に子供達を抱きしめていた。
夜空を赤い月が照らしている。たいていの大人の男女は子供を作るために抱きあっているのだが、城の北にある大きな街にある
ちょっとおしゃれな酒場では若い少女や、大人になって間近の女性達でにぎわっていた。男達が飲む酒場とは違い、
店内は花で飾られて、店の主人も親父ではなく若い女性だった。お酒も女性が好むようなもので、お酒のつまみも男達が食べる物よりも
凝った料理で盛り付けもかわいらしい。店内にはほぼ蛇の一族の女性達でにぎわっていた。奥のテーブルに４人の女性がいたのだが、
４人とも大人になったばかりの初々しい女性達だ。その中にセリアの姿もあった。大人になってすぐに赤い月を過ごす女性達もいるのだが、
どうもその気になれなかった面々が集まりお酒を飲んでいたのだった。他のテーブルには40代くらいの少女達の姿もある。
「はあ・・・・」
明るい店内の雰囲気とは裏腹に、セリアは一人ため息をつきつつ、グリッシーニをボキボキかじっていた。小麦粉を練って作られた
細長いスティック状のクラッカーのようなもので、いろいろなディップをつけてつまみとして食べるのが最近の女性の流行だった。その横
には温野菜の盛り合わせなどがおかれている。
「セリアったら、しょうがないじゃない。起こってしまったことは、いつまでもくよくよしないの！」
他の女性が慰めていた。
「そーよそーよ」
「むー・・・・」
「大体そんな使い慣れない化粧品を使うから悪いのよ」
「う・・・・」
「王妃様もそりゃびっくりしたでしょうね」
「うう・・・」
セリアは低い声でうなりつつお酒が入ったグラスを手に取ろうとしたら、グラスに蛇が頭を突っ込んでいた。
「ああっ！私のお酒が！」
「まあいいじゃないの。これあげるから」
横に座っていた女性が新しいグラスと酒の瓶を渡した。蛇はその女性が連れてきた蛇だった。
セリアはむっとした顔でグラスにお酒を注いでいた。
先月の事だった。大人に成り立ての戦士達が１０人ほど、お城を見学する機会があったのだ。王様に挨拶もして王妃様にも会える
というのでセリアは気合を入れて化粧にも時間をかけたのだ。いつもはしないアイライナーで目元も強調させ、自分ではばっちり
綺麗になったつもりで出かけて行った。城の中をいろいろ見せてもらい王様にもいろいろお言葉を頂戴した。そこまではよかったのだが、
王妃様の部屋に入り王妃様の顔を見たとたん、セリアはなんだか感動して涙を流してしまったのだった。両手で涙を拭いていたら、
王妃様の笑顔がちょっと引きつっていた。戦士達を案内していたフリットがセリアを見て「あ」という顔をした。
セリアの顔は、目の周りが真っ黒けになっていたのだった。仲間達もそれに気づき、その場にいた女性から思念でその事を聞いた
セリアは自分でもびっくり仰天だった。穴があったら入りたいとはこのことだ。だが、王妃様はそ知らぬ顔でいろいろ話していたので
出て行くわけにもいかない。王妃様のお言葉が終わり、部屋から出たセリアはすぐに城の外に移動した。
そしてそこで小さな手鏡で自分の顔を見て、真っ青になったというわけだった。
目の周りは真っ黒だ。頬の上の方まで黒ずんでいた。こうして憧れの王妃様に不細工な顔をさらして、大人になって初めての王妃様との
ご対面は終わったのだった。
「ああ、まぬけな子だと思われていたらどうしようー」
セリアはかなり落ち込んでいた。
「王妃様にはめったに会えないのにー！！」
「今度ミカエル様にひっついて行ったらいいじゃない」
友人が慰めるように言った。
「いやよ！そんな事できないわ！二人の仲を邪魔するなんて・・・それにミカエル様のいとこだからってだけで気軽に行けないわ。
何か理由がないと・・・」
「いいじゃない別に。強い女の特権でさ」
「まだたいして働いてもいないのにいやよ！」
ばっと手に取ったグラスはやけに重かった。なんとそのグラスにも蛇の頭が入っていた。
「コラアアアアア！」
「カリカリしなさんなって。その内機会も一杯あるってば」
友人は蛇を出しつつ言った。
「そうよ。どうせなら王様にも気合を入れて会えばいいのに、ほんとセリアって変わってるんだから」
「ほんとー」
「うるさい」
セリアはお酒の瓶からそのままぐびぐび酒を飲んでいた。
しばらくしてお開きになった後、セリアは酔いを醒ますために街の広場をぶらついていた。いろいろなお酒を飲んだのでどうも
ちょっと酔ってしまったようだ。セリアはお酒には強いがミカエルほど強くはない。４人で飲んだ量は相当なものだった。ヤケ酒と
ばかりにセリアが一番飲んでいたのだが。
私ってほーんと、大事な時に抜けてるのよねーこの先重要な任務でとちらないか心配だわ・・・
広場には人気はなかったが、広場の真ん中にある噴水近くに誰かいた。ちなみに噴水の真ん中にいる女神はヒルデリアである。
その人物が自分に気づいたようなのでセリアは挨拶した。
「こんばんは、フリット様」
「え？」
「あれ？よく見るとエルバート様」
セリアはようく目を開いて相手の顔を見た。そこにいたのは長い髪の、フリットよりは若い美青年、エルバートだった。
「こんばんは、セリアさん」
エルバートは噴水の脇に立っていた。
「もしかして彼女と待ち合わせですか？」
セリアが聞いた。
「いえ、ただの散歩ですよ」
「そうですかあ、今日は風が気持ちいいですね」
「そうですね」
「それではさようなら」
セリアはちょっと蛇行気味に歩いて行き、「どこ見て歩いてんの！ばかっ！」と誰かに悪態をついていた。
エルバートが見ると広場の横にある大木に向かって話しかけている。
「失礼ね。ほんと」
セリアはまたふらふらと歩き出して行ったので、エルバートはちょっと心配になり近づいた。
「セリアさん、酔ってるんじゃないんですか？送って行きましょうか？」
「大丈夫ですよ。私強いですから男に襲われたりしませんし」
セリアはにっこり笑って答えた。
「それはよく知ってますがかなり酔われてるようですよ？」
「そうですかあ？私酔ってる時はあんまり瞬間移動しないようにしてるんです。この前なんて他の人の屋敷に入り込んじゃって。
朝起きてびっくりしちゃった。ふふふ」
「送りますよ」
「そうですかあ？それではお言葉に甘えて」
エルバートは屋敷が並ぶ通りまでセリアを連れて移動して、セリアを家まで送って行った。
エルバートは再び噴水の所まで戻ってきた。
近くのベンチに座り、暗い中ぼんやり噴水を眺めている。
ーばか
思念が聞こえてきた。相手はカーライルだった。
「え？何がですか？」
エルバートはいきなり罵倒される意味が分からなかった。
ー赤い月に何もしないで律儀に女を家まで送る男がいるか？全く・・・
呆れるような声である。
「はあ、ここにいます」
エルバートはそっけなく返答していた。カーライルはそれ以上何も言わなかった。大体エルバート自身、ちょっと落ち込んでいたので
ここに来ていたのだ。赤い月に一人噴水を眺める男。かなり暗い図だが、エルバートの心理も今は暗かった。
今年はある女性と約束をしたのだ。相手に押しに押されて、「大丈夫。その時になればなんとかなるわよ」と言われ、カーライルにも
「がんばれ」と後押しされたので、今年は女性と過ごしてみようと決めたのだが、いざ約束の日の朝になると胃が痛くなってどうしようも
なく、病院に行き「これでは・・・」と女性との約束を断ったのだった。相手の女性は「ひどい！私がそんなにいやなのね！」と泣いていた。
赤い月当日に女性を振るのはかなりひどい行為にあたる。
「そういうわけではないんです。ただどうもプレッシャーに弱くて・・・本当にすいません」
エルバートはそう謝ったのだが、自分でも情けなくてたまらなかった。
それで夜中に外でぼんやりしていたのだ。今は胃痛も治まっていた。
ああ、男として情けない・・・シャナーンなんて４人もの女の子を平等にかわいがっているというのに自分は・・・一人の女性の相手も
まともにできないなんて・・・
大人になってしばらくはそれでもいいのだが、最近になり男としてそういうことを気にするようになってきたのだった。
ーお前は普段も女に慣れる必要があるかもな
「これでも慣れたと思うんですが・・・王妃様とはたまに寄り添ってましたし・・・王妃様にもなっちゃいましたし・・・」
ー王妃になった時むらむらっときたか？
「そんな不埒な事は思ってません」
何も思わない方が失礼だぞ、とカーライルは思っていた。
ーお前王妃の事女だと思ってないんじゃないのか？
「ええ？そんな事ありませんよ。王妃様を男だと思うはずないじゃないですか」
ーそういうことじゃないんだが・・・女に対してどきどきとかわくわくとかむらむらとか、そういう感情を抱かないとだめだ
「どきどきとかわくわくとかむらむらですか・・・さっきセリアさんに触れたときはちょっとほわっとしたんですがほわっじゃだめですかね」
ーほわってのはなんだ？
「説明しがたいんですがほわっという感じなんですが・・・」
頭が痛くなりそうだ・・・とカーライルは愚痴りつつ消えた。
「見放さないでください。カーライル様」
エルバートはちょっと情けない声で懇願していた。カーライルにまで見放されたらますます落ち込みそうだ。
ーまあ・・・じょじょにがんばれ
赤い月を見て心の底から欲望が沸き起こる日は果たしてくるのかどうか。
どうか10年以内にそういう日がきますように
エルバートは思わず月を見て祈っていたのだった。
あくる朝、セリアは母親からエルバートに連れてきてもらったことを聞いて驚いていた。エルバートに出会った記憶もすっかり消えていた。
「あらら、今度会ったら御礼言わなきゃ」
「エルバート君って・・・相変わらずみたいねえ」
母親はしみじみと言っていた。
「何が？」
「真面目すぎるのも困ったものってことよ」
セリアは頭をかしげつつパンをかじっていた。これだからこの一族は性欲が薄いといわれるのよね・・・と母親は思っていた。
「あなたは赤い月を見てやっぱりなんとも思わないみたい？」
「なーんとも」
「そう」
「ミカエル様には誰かと過ごしてみるか？ってやかましく聞かれたけど・・全然そんな気になれないし」
「まあその内にそういう気になるわよ」
赤い月の下男に出会って何もないくらいだから、まだそっちの方は全く無理だと思っていいだろう。
「まあそのうちそのうち」
母親はまるで自分に言い聞かせるように言っていた。
赤い月最終日、城では子供達が気を利かせてミシェイラを連れて行き、「今晩くらいは二人っきりで過ごしなよ」と言われたので
ありがたくゆりはラクシュミと二人っきりの夜を過ごした。
一年に１０日だけの王様との夜はやはりいいものだ。
いつもの１０倍増しに優しく抱かれて、ゆりは王様をもっともっと幸せにしてあげたい、とそう思ったのだった。
何十年たっても、やっぱり赤い月の王様が一番。
それは生涯変わることはないだろう。
「王様が誠実な夫で私は幸せ。私は全然誠実じゃないのに」
「自分で自覚してるのか？」
ラクシュミが苦笑気味に聞いた。
「してるよ。そりゃ」
「お前が魅力的過ぎるからしょうがないな」
「王様ったら・・・そんな事言われたらまた子供欲しくなっちゃうじゃない」
ゆりの目は涙でにじんでいた。
「次はいよいよ記録だな。後世に残るな」
「今年は無理かもしれないけど、その内にね」
ゆりは朝までずっとラクシュミに抱きついていた。
再び会えるのは来年。
その時まで王様の事を想っているからね
その内にゆりはしくしく泣き出してしまい、ラクシュミによしよしと頭をなでられて慰められていた。
４の月に入ったある日の早朝、ちょっとした事件が起こった。庭園で庭師が腰を抜かしたのだ。それはたいしたことではなかったのだが、
腰を抜かした理由がたいしたことだった。神々の像が並んでいる庭園の方で、向かい合っている神の像の真ん中に、二体の像が
いきなり出現していたのだ。つまり、昨日までなかったのに今朝見たらいきなり神様の像が増えていたのである。
話を聞いた者達が像を見に行った。確かに増えている。一体いつの間におかれたのだろうかと皆首をひねった。
ラクシュミが朝起きてその事を聞いて庭園に意識を集中してみた。
「本当だ。増えてる」
ラクシュミはゆりを呼んだ。
「お前・・・神様の像頼んだのか？」
ゆりはきょとんとした。
「誰にも頼んでないよ」
「庭園に像が増えてるぞ」
「え？」
ゆりはあわてて庭園に行ってみた。話を聞いた子供達も出て行った。
庭園には人垣が出来ていた。ゆりと子供達は前に移動した。確かに新しい神様の像が置かれている。
石像は真っ白でキラキラ輝いていた。しかも他の像よりも格段に出来がいい。
その石像はー
「ガーベラとハロルドだね」
ラギが指摘した。
「そうだね。誰が置いたのかな？ミッケルさんが神の国から送ってくれたのかな？」
シスが首をかしげて言った。おかれていたのは豊かな巻き毛の美しいガーベラの像と、短い髪の男の神様だった。
その精悍な顔立ちはどう見てもハロルドである。神の国で見るハロルドと顔が同じだった。
「母様頼んだの？」
アナスターシャが聞いた。
「まさか頼んでないよ」
ゆりは神の国ではミッケル夫妻を遠くからそっとのぞいただけだった。話をして正体がばれてはいけないと思ったからだ。
集まった人たちは口々に「綺麗ですね」「美しい」と石像に感じ入っていた。ガーベラは愛欲の女神らしくちょっと妖艶さも感じる
笑みを浮かべている。右腕に蛇が巻き付いていた。ハロルドの方は蛇がいないと思ったら、剣の鞘に蛇の模様が密かに入っていた。
「ミッケルさんが作ったのかなあ？」
「そうじゃない？多分。石像が作れなくて心残りだったから送ってくれたんだよ」
「律儀だね」
「それにしてもすごく細かいねえ」
子供らは口々に話していた。突然あったのだから神の国から落された、としか考え付かない。石像は素晴らしい芸術品だったが、
神様が製作したものではなさそうだった。
それにしても・・・
「なんでハロルド？ジンラ様の像がよかったんだけど・・・」
ゆりは愚痴っていた。頼んだのはガーベラとジンラの像だったはずだ。
「まあいいんじゃない？タダでもらったんだし」
とラギ。
「それにさ、なんで上半身裸なのさ」
元あったハロルドの像は鎧を着ていたのだが、新しい像は上半身は裸で腰から下だけ布で覆われている。いかにもこの美しい
身体を見ろといわんばかりだ。腰には一本の剣を差していた。それでハロルドを見たことがない者でもハロルドの像だと分かる。
「女性ファン獲得を狙ってるとしか思えないよ」
ミッケルが石像を彫っている時にハロルドが通りかかり、自分の像にしろといちゃもんでもつけたのだろうかとゆりは思った。
この石像にはどうも本人の意向が盛り込まれているような気がしてならない。
「まあいいじゃない。そんな悪態ついてるとまた何かいたずらされちゃうよ」
「ジンラ様の像はどうなるのー？」
「まあいいんじゃない？ジンラ様そっくりの父様がいるし」
アナスターシャに言われてゆりは「そりゃそうなんだけどさ・・・」と口を尖らせていた。
こうして庭園の神の像はガーベラとハロルドが入れ替えられて、古い像は他の街に移された。
話を聞いた一族の者達が次々に庭園を訪れた。
男達はガーベラの像を見てちょっとむらむらっとし、女達はハロルドの美しい体を見てちょっとぽっとしたようだ。ゆりの侍女達も
ハロルドの石像には素晴らしいと皆大絶賛していた。
「ハロルド様素敵ですねー男の身体としてまさに完璧ですよ。ファンになっちゃいました〜」
とも言っていた。やはり女性信者獲得を狙った像に違いない。
「ガーベラもどうせなら上半身裸ならよかったのに・・・胸が見たかったなあ・・・」
ガーベラは胸の谷間がちらりと見える程度だった。布で包まれた豊かな胸を見てそうつぶやいたハインリヒはゆりにつねられていた。
ゆりは密かにジンラ様の像が落ちてこないかなあと期待していたのだが、残念ながらジンラ像は降ってくることはなく、元のまんまに
なったのだった。
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