第11話
石像が降ってきて数日後、神の国にやってきたゆりはジンラに会いに行った。石像は元のままになってしまったのでせめて実物でも、と思いジンラの
元へ移動したのだ。移動先は神殿だった。ジンラは神殿の中にいるようだ。紫色の綺麗な布が垂れ下がった廊下を歩いていき広い部屋の入り口をのぞいた
ゆりの顔がはっと硬直した。部屋の中にはジンラがいたのだが、向かい合ってもう一人男がいた。ジンラよりも日に焼けた肌の男、なんとハロルドだった。
普段そう仲の良い二人ではないはずなのに、なぜよりによって今日一緒にいるのだろうか。
ゆりの顔は微妙に引きつっていたが、二人が同時にこちらへ顔を向けたのでゆりは無理やり笑顔を作った。
「こんにちは、あら、ハロルド来てたの」
ゆりは笑顔で部屋に入って行き、ジンラの横の椅子に腰を下ろした。ジンラは穏やかな笑顔で「やあ、ガーベラ」と言ってくれたが、
ハロルドの方はあからさまに鋭い眼光を向けていた。
まさかもう気づいたかも？
やっぱり気づいてるっぽいなあ・・・なんて勘の良い
「お邪魔だったかしら？何か重要なお話中だった？」
ゆりはかまわずガーベラになりきった。テーブルの上にはお酒の瓶とブドウの模様のついた杯が置かれている。この杯だけでも人間界で売ろうものならかなりの値が付きそうだ。
「いいや、ちょっと面白いお酒を造ったんでな、ちょうどハロルドが通りかかったんで飲んでもらっていた所だ」
ジンラが笑顔で告げた。ゆりは真横でちょっとうっとりしながらジンラのアメジストのような瞳を見つめていた。
顔はラクシュミに似ているといっても、二人の性格はまるで違う。ジンラはいつでも穏やかで優しい。そういうところがまたいいのだ。
ジンラの豪華な紫色の髪からはなんだかふわっといい匂いがした。お酒の匂いのようだ。
「私も飲んでみてもいい？」
「ああいいぞ」
ジンラは新しい杯を取りに行った。
「どうしたの？ハロルドったらずっと睨んで・・・私何かしたかしら？」
ゆりは笑顔でずっと自分を睨んでいるハロルドに聞いた。
「別に・・・」
「今日は上裸じゃないんだー・・・どうせならいつも裸で過ごせばいいのに。女性のファンが増えるわよ」
にんまりして言うとハロルドの眉がぴくりと動いた。今日のハロルドの服装は、チュニックのような茶色い上着で肩も胸もすっかり布で
覆われていた。
「肌を見せなくても私のファンは多いからいいんだ」
「どうせならあの石像全身裸でもよかったような気がするけど」
「ばか。自分の真っ裸を彫らせる男がどこに・・・」
「やっぱりー・・・」
ゆりはじろりと睨んだ。やはりあの石像はハロルドが彫らせたようだ。ハロルドは知らんぷりして横を向いていた。
どうやらさすがに神様でも裸は恥ずかしいらしい。
「何の話なんだ？」
ジンラが聞きながらお酒をついでくれた。
「ハロルドが自分の裸に自信があるって話」
ゆりがすかさず言うとハロルドはテーブルに乗せていた肘をずるっと滑らせていた。
「そうか、ハロルドは綺麗な筋肉してるものな」
一方ジンラはなんら不審がることもないようだ。杯をのぞくと白っぽい色のお酒だった。
「何のお酒かしら？」
「サラスベの実から作ったお酒だ」
「へー」
そのサラスベというものがどういう植物なのかゆりにはさっぱりわからなかったが、とりあえず飲んでみた。
「あ、おいしい！」
甘いお酒だ。味はライチの味に似ている。なんだか懐かしい味だった。
「女性が好む味だろうな」
「そうだろうな。私には甘すぎるな」
とハロルド。
「そういえば・・・ハロルド昔人間と身体を競ったことがあったっけな」
ジンラがにこやかに言い出してハロルドの表情が強張った。
「何？何だっけその話」
ゆりは身を乗り出さんばかりだ。
「かなり前だったな。自分の身体に自信がある人間の男がいて私の身体はハロルドよりも美しいと言ったものだからハロルドが・・・」
「そこまで！昔の話だ。恥ずかしいからやめてくれ」
ハロルドは必死でジンラの話を止めていた。
「ハロルドが何？」
一方ゆりの目はらんらんに輝いている。
「ガーベラ・・・お前って女は・・・・」
「まあ昔の話だな・・・」
ジンラはそれっきり語りそうになかったのでゆりは残念に思った。だがこれ以上聞くとハロルドに何かされそうだ。ただでさえ燃えるような瞳で見つめられている。
熱い瞳だが「お前を愛している」というような目ではなさそうだった。これ以上ここにいるとやばいかもしれない。
「ハロルドが睨むからそろそろ行こうっと、お酒ご馳走様」
ゆりは横のジンラの頬にちゅっとキスして神殿を出て行った。
まさかここでハロルドに出会うとは・・・ハロルドの話他の誰かに聞いちゃおうかなー
そんな事を考えつつ軽やかに歩いていくと、「ガーベラ」と声をかけられた。振り返るとハロルドも神殿から出てきていた。
「これ、持って行け」
ハロルドはお酒の瓶らしきものを片手でゆりに渡した。
「これ・・・・」
青みがかったガラスの瓶だった。先にはコルクが詰め込まれている。中身は半分ほど入っていた。
「さっき飲んだサラスベの酒だ。あっちに持っていっていいぞ」
「あっちって・・・いいの？」
ゆりは心底驚いていた。あっちというのは人間界のことに違いない。ハロルドは微笑んで「ああ」と言った。先ほどの顔とはまるで正反対である。
「サラスベの実は肌にいいんだ。これを飲めば少女のように美しい肌になるぞ」
「え？本当！？」
「ああ、お前がほんのちょっっっっっぴりでもガーベラに近づけば私もうれしい」
「ハロルド・・・・」
ゆりはがーんと打ちのめされた。まさかハロルドがこれほどまでに自分のことを想っていてくれていたなんて。
さっきは私を想うあまりに睨んでいただけだったのね。誤解してたわ。ハロルド・・・
ゆりは瞳を潤ませてハロルドを見つめていた。
「ありがとう。素敵な上に優しいハロルド」
「私の愛が分かったらそろそろ子作りしないか？」
「今日は心の準備ができてないから〜その内に♪」
ゆりはハロルドの頬にちゅっとキスしてささっと離れて行った。
「それじゃあさようなら〜」
そしてお酒の瓶を手に猛ダッシュで逃げたのだった。
ハロルドは追ってはこなかった。ゆりはその後は適当に過ごし、人間界で目覚めたのだった。昨晩は自分の寝室で寝ていたので部屋には一人だった。
手にはちゃんとお酒の瓶を持っている。
「やったあ、早速飲んでみようっと」
神様のお酒にはラクシュミも目がないのだが、美しい肌になると聞いては渡すわけにはいかない。
部屋の方に行き、棚から杯を取り出してお酒を注いで飲んでみた。味は神の国で飲んだ物と同じ味だ。甘くまったりしたお酒だった。
今から王様に会いに行こうかな。美しい肌になった私を見れば、下降気味の性欲も復活するかも？なんちゃって
杯を飲み干したゆりはどきどきしながら姿見鏡を見つめた。
前にガーベラにもらった薬みたいにキラキラになればいいのになあ・・・
そんな期待を抱きつつ、近くで自分の顔を鏡ごしに見つめていたゆりだったが、一向にどこか変わる様子はなかった。
顔の角度を変えて見てみても変わった様子もない。
何の効果もなし？あれ？
その時ゆりは異変に気づいた。視線がどんどん下に下がっているではないか。
「え・・・えええええええー！やられたー！」
部屋にはゆりの悔しげな悲鳴が響き渡った。鏡に映っていたのは、少女のような肌をしたというよりも少女の頃の自分だった。若返るにもほどがある。
服はすっかりだぼだぼになり、身長も30センチほどは縮んでいた。ゆりは呆れた顔で鏡越しに懐かしい顔を見つめつつ、足元によってきたルーを見た。
「どうしようかね。これ」
ゆりはルーに話かけた。ルーはどうしたの？とでも聞くようにゆりを見つめていた。
「すっごーい！成長の実の逆なんだ！すごいねー」
食堂で事の成り行きを説明したゆりに、ラギは目を輝かせていた。ゆりはアナスターシャの服を借りていた。だがどうも体型が違うようで、ウエストはちょっときつい。
「若くなってよかったねー」
「よかったねー一緒に遊べるね」
双子はのんきに言っていた。
全然よくないよ！
元の世界では小学校に元気で通っていた頃の自分である。10歳くらいだろうか。この世界では20歳ぐらいだ。
食堂に来る前に仕方なくラクシュミに姿を見せたが、ラクシュミは目をまん丸にしたものの
すぐに元の顔に戻り、「今度は何したんだ？神様のお尻でも蹴飛ばしたのか？」と聞かれたのだった。
王様の中の私って一体・・・
「じゃあさー私がこのお酒飲んだらどうなるかなあ？」
アナスターシャがお酒の匂いをかぎつつ聞いた。ゆりが飲んだサラスベの実のお酒の残りはテーブルの上にあり子供達の間を回っている。
「どうだろうねえ、赤ちゃんになっちゃうのかなあ？」
とラギがお酒の匂いをかぎつつ言った。
「僕が飲んだらどうなる？」
ロイが聞いた。
「どうなるんだろう？小さくなりすぎても困るよ」
「せっかくだから・・・ミカエルにも飲ませてみようかなあ・・・ヴィラでもいいけど・・・」
ゆりが小さい声でぼそっと言っていた。少女らしからぬ悪い目つきになっている。
「いつ戻るの？」
シスに聞かれてゆりは首をかしげていた。
「さあ？」
「それが分からないのに飲ませちゃだめだよ。変身の実みたいに一日で戻ればいいけどね」
シスに言われてしまった。
「確か神話の本にサラスベの実の話載ってたよ。どんな話か忘れたけど」
「まあきっとその内戻るでしょう。くそー庭園のハロルドの石像にいたずら神って彫ってやる！」
「そんな事言ってるとまた何かされるよーまあ僕らは面白いからいいけどー」
「母様って退屈しないよね」
「そこが好きだよ」
子供らに一応ほめられたゆりは苦い表情を浮かべていた。
まあ、せっかくだから、子供時代を楽しむのもいいかも。老人にならなくてよかったなあ
それだけが救いだった。おばあちゃんになった姿はさすがに見たくはない。
ミシェイラの部屋に行くと、ミシェイラは不思議そうな目でゆりを見上げていた。ミシェイラは一歳になったばかりだが、まだ歩く気配もなく、ベッドに乗せてもごろんごろんと寝返りをするくらいだった。
だが機嫌が良い時には思念で「まー」とか「とー」とか言ってくれるようになった。ゆりはミシェイラを抱っこしてみた。
「まーだよ。わかるかなあ？」
ミシェイラはゆりから逃げたそうに手足をばたつかせていた。
「やっぱりわからないみたい」
ゆりはミシェイラをベッドの上に降ろしてやった。するとじーと不審げにゆりを見上げている。ミシェイラの侍女らに「かわいらしくなりましたね」、とほめられてゆりは廊下に出た。
うーん、どうも皆の驚き度が小さいなあ・・・・
しょっちゅう変な事ばかり起こしているせいか、たいていの事では死ぬほど驚かれない。誰か腰を抜かすほど驚いてほしいものだ。
同じ年くらいになったといってもアナスターシャと並んでもさすがに姉妹には見えなかった。ナナミなら同じ黒髪なだけになんとか見えるがやはりナナミの方が美少女である。
王様の遺伝子はすごいなあと変な事に感心していると廊下の向こうからミカエルがやってきた。
「あっ王妃！本当だかわいくなってる！」
ミカエルは興奮した様子で近づいてくるなりゆりを抱き上げた。
「かわいいですねー王妃！」
ミカエルはゆりの頬にすりすりした。
「ありがとう。おじちゃん！」
ゆりは無邪気な少女の顔で言った。
「おじちゃん・・・ひどい。お兄さんでしょ？お兄さん」
「ねえ、お兄ちゃんも一緒に子供になろうよう」
ゆりはねだるように言ってみた。どうせだから誰か道ずれにしたいものだ。
「それが、王に先にだめだって言われてしまったんです。子供になりたかったんですが・・・仕事サボるからだめだって」
ミカエルはゆりを下に降ろしつつ言った。
「誰かに飲ませたいのになあ」
「フレイ殿とザメハ殿に飲ませてあげたらどうです？若返っても大人でしょうし」
「そうね、おじいちゃんらにあげよう。しばらく戻らなくてもいいもんね」
さっそく王の間に二人が呼ばれて、お酒を飲んだ二人は200歳ほど若返り、喜んで王の間を出て行った。番兵達からはすごいと歓声があがっていた。ゆりは若くなった二人を思わず
ほえーと見つめてしまった。さすが蛇の一族の男だけあって、若い頃の二人はいい男だった。
「老人は若返り率が高いんだな」
それを見ていたラクシュミが言った。
「そうだねえ。私が50から60くらい若返ったくらいだもんね」
「いつ戻るんでしょうねえ。もしかしてもう一度これから育っていくんだったりして」
とミカエル。
「まさかあ」
「本当にお前は退屈とは無縁な女だなあ・・・」
ラクシュミは感心するように言っていた。
「これも王妃の美徳ですよ」
とミカエル。
「何が美徳だ。全く神様のお尻を蹴飛ばすからこんなことに・・・」
「蹴飛ばしてませんって！」
「また蹴飛ばしたんですか？」
ミカエルに聞かれた。
「蹴飛ばしてません！あ、そうだ、王様石屋さん呼んでくれる？」
ゆりが思いついたように言った。
「何するんだ？」
「ハロルドの石像の台座にね、「いたずら神」って入れるの」
「こらこら・・・」
「もしくは、全身真っ裸に彫りなおすとか。その方がいいかも。うふ」
「うふっじゃないだろう。相手は人間のお友達じゃないんだぞ。今度は老婆に変えられたらどうするんだ？」
「そうですよ。王妃、カエルに変えられたらさすがに恋人でいるのいやですよ」
ミカエルがさらに告げた。
「だってえ、何かしないと気がすまないんだもん」
ゆりはぷんと頬を膨らませている。
「だめだ。おとなしくしてろ。今度神の国に行った時はしおらしい芝居でもしてろ」
「子供なのにガーベラになれるんですか？」
ミカエルに聞かれてゆりははっとした。
「わからない。なれないかも・・・・」
その時王の間にシスとラギがぱっと現れた。
「お母さん、神話の本に実のこと乗ってたよ。一つで一日若返るんだって！」
ラギが言った。
「一つで一日？・・・・あのお酒には何個入ってたのかな？」
ゆりの言葉にラギもシスも首をかしげていた。
「サラスベの実ってどのくらいの大きさ？」
「さあ。りんごくらいかブドウくらいか知らないけど、この大陸では見つかったことはないよ。まあその内に戻るんじゃないかな？」
「そうだよ。元気だして、母様」
シスに背中をなでられた。今はシスのほうが身長が上だ。
「ありがとう。お兄ちゃん」
ゆりは妹気分でシスに抱きついた。
すぐに元に戻りそうになかったので、ゆりは開き直って子供らと遊ぶことにした。ミシェイラの部屋で一日ナナミを入れて遊んでいると、ミシェイラもちょっとはゆりになれたようだ。
抱っこしても嫌がらなくなった。途中ハザークの侍女らもやってきた。ゆりの姿を見た侍女らは、「王妃様は本当にいつも面白いですね」といわれてしまった。
ミシェイラを膝に抱いてじゅうたんの上に座り、ゆりはしばらく姿見の鏡を見つめていた。
「まーどうしたの？」
ナナミが近寄ってきた。
「これくらいの時何を考えていたっけなあって思って。将来の夢は何だったろう。「確かすごい人になりたい！」だったような気がする」
10歳の頃はまだ具体的に何になりたい、という夢はなかった。
「すごい人になりたい！」その夢は、今思えば叶ったことになるだろう。
すごいよねー王妃様になったり子供6人産んだり恋人一杯できたり、神様にいたずらされたりと・・・・
「ナナミは何か夢ある？」
ゆりはナナミに聞いた。
「ねーよりも強くなりたいな！それでまーみたいに子供一杯産むの」
「そっか。がんばって」
「うん」
「ミシェイラの夢は何かなー」
膝の上にいるミシェイラはいつの間にやら眠っていた。
「王妃・・・」
その声にはっと顔をあげると部屋の中にハザークが立っていた。
「ハザーク様」
「驚いた。今度はなんでそうなったんだ？」
どうやら侍女らに聞いたらしい。
「いやー神様に気に入られていたずらされちゃって・・・」
「いつ元に戻るんだ？」
「分からないけどその内に戻りますよ」
「そうか・・・」
ハザークはなぜかちょっと残念そうだった。
「どうしたんですか？まさか子供の方がいいとか？」
「再び成長するんならいいなと思ったんだ」
「・・・・」
意味が分からないナナミは首をかしげていた。
これからもう一度成長すれば、確実に寿命が伸びるからだろうか。
別れの時が遠のくかもしれないと、そう思っての言葉だったとしたら・・・
ゆりは切ない気持ちをぎゅっと心のうちに閉じ込めた。
「はい、ハザーク様」
ゆりは立ち上がり、ミシェイラをハザークに渡した。
「大丈夫ですよ。私まだ大人になったばっかりだからしばらくはあのまんまよ」
「分かってる」
ハザークは瞳を伏せた。
いつか自分も王様もいなくなってしまった時には、子供達がハザーク様の支えになりますように・・・
ゆりはそう願ってやまない。
「というよりも、そろそろ我の寿命も尽きてもいいと思うんだが・・・・」
「だめです。ミシェイラが大人になる姿みたいでしょ？」
「うーむ・・・我は不老不死ではないんだがなあ・・・いつになったら終わるのだ？」
ハザークがそう思い続けてもう数千年、いまだ見かけは若いまま、寿命が終わる気配はない。
「侍女さんらは楽しそうだからいいじゃないですか」
「まあなあ・・・」
ハザークは腕に眠るミシェイラをじーと見つめていた。
若返ったフレイとザメハは喜んでしゃきしゃき仕事をしているようだ。
ゆりの元には噂を聞いたフリットの母親ロアンナがやってきてお酒を欲しがったのだが、残念ながら二人が飲んでお酒はなくなってしまった。
前回はエルバートに迷惑を掛けまくったので元に戻りたくて仕方がなかったが、今回は自分だけのことだったのでゆりもそうあわててはいなかった。
まあその内元に戻るだろう、と気楽な気分でいる。
ゆりの元には恋人達がやってきて口々に「かわいらしい」と言ってくれたが、ヴィラとジュノーからは「今回は何やらかしたんですか？」と笑顔で聞かれた。
「やらかしてないよ」
「本当ですか？ハロルド様のお尻でも蹴飛ばしたんじゃないんですか？」
「違うよ」
王様と同じことを言われるとは・・・
皆同じ様に思っているのがかなり悔しい。
「きっと王妃が愛らしいあまりにいたずらをしたくなってしまったんですね」
シャナーンからはこう言われた。
「ハロルド様は王妃のとりこなんですねえ」
「まあ、確かに悪意があるいたずらじゃないものなあ。よかったですね、愛されて」
「さすが王妃」
「・・・愛かどうかは不明だけど・・・」
遊ばれているのは確かだ。その時お酒を渡した時のハロルドの笑顔が浮かんだ。
好意の笑顔だと思ったらいたずらが成功した時の事を思い出して笑っていたのだ。
ハロルドって他に楽しみないのかしら・・・
10日経ってもゆりは子供のままだった。だがフレイとザメハは元の老人に戻ってしまった。ゆりよりも飲んだ量が少なかったからだろう。
二人は若返ったおかげか心の中まで若くなったようだと喜んでいた。
ゆりは毎日王女様が着るようなキラキラしたドレスを着ていたが、どうにも顔が派手ではないだけにしっくりこなかったので、ちょっと地味なドレスを用意してもらった。
服を持ってきた仕立て屋には「今度いつ女神様に変身されるんですか？」と期待満々で聞かれてしまった。ガーベラになった時にやってきたのと同じ男だった。
「うーん、さあねえ・・・」
二度とないかも、と言ったらショックを受けるかもしれないのでゆりは言葉を濁した。
「いまだに女神の夢を見るのですよ」
「そうなんだ・・・」
仕立て屋はその時のことが強烈に残っているのか、子供になったゆりにはあまり驚かなかった。
その頃、子供達が神の石像がある所に行ってみると、ハロルドの像の前にだけ木の札が立てられていた。
『私はいたずらが好きだ』
札にはこうかかれていた。
「・・・お母さんってほんと懲りないなあ・・・」
ラギは笑うを通り越して呆れていた。
「本当ね、また何かされたらどうするのかしら」
とアナスターシャ。
「こういう性格だから神様に愛されるんだよ」
シス一人微笑ましい顔をしていた。
侍女らには止めた方がいいと散々言われたが、ゆりはうきうきで木の札を立てたのだった。
石を彫るのは大変だったので、庭師に木の札を持ってきてもらって自分で書いて札を立てたのだ。
「王妃様ってば・・・」
「大丈夫だよ。神様は人間界の言葉は読めないはず。読めても別に嘘じゃないし、『私の身体は美しい』って書こうかとも思ったんだけど」
「それはおやめになった方が・・・」
「そうかな？」
ゆりのいたずらを聞いたラクシュミは内心どきどきしていた。ラクシュミもやめとけと言ったものの、ゆりは聞く様子もない。
「困ったもんだ・・・全く何を考えているんだか・・・」
ため息をついたラクシュミに、横にいたフリットが苦笑していた。
「王妃は元々こちらの方ではないですし、我等のように神々についての勉強は小さい内からされていなかったですからねえ」
神に対する考えのずれはそこから来ているのだろう。
「そうだな。一応神についての勉強もしたはずなのだが」
「ですがそのおかげで神の国に行っても普通に神様と接していられると思いますよ」
「そりゃそうかもしれないが・・・・」
その夜、ラクシュミはゆりが蛇に変えられてしまう夢を見てしまった。ありえそうで怖いと思いつつ目を覚ますと、ミシェイラの横に蛇がいてラクシュミはぎょっと飛び起きた。
小さい蛇で、メスだった。
もしやゆり？
と思ったが、布団の下の方がこんもり盛り上がっている。はぐってみると子供がいた。ゆりは布団の中にもぐりこんで寝ていたのだ。ただの蛇がベッドにあがっていただけだった。
ラクシュミはゆりが目覚めると、「頼むから神様にいたずらはやめてくれ」と真面目な顔で言った。
「あの札の事？大丈夫だよ。ハロルドもそんなに暇じゃないよ。気づかないって」
「気づいたらどうするんだ？」
「気づいてもそんなに怒らないよ。あのまま何もしなかったらハロルドもいたずらした甲斐がないじゃない」
「いたずらした甲斐って・・・」
「それにあれで私に好意があるようだからそんなにひどいことはされないよ」
その自信はどこから来るんだ？
一度ハロルドに真意を聞いてみたいもんだと思ったラクシュミだった。
一方神の国では、テーブルの上の丸い鏡を見つめつつ、ハロルドが微妙に片方の口の端をあげていた。笑っているようだが、愉快だというような笑いではない。
その鏡には人間界の様子が映っていた。
自分の石像の前に妙な札が立てられている。ハロルドもだてに長生きしてなかった。人間の文字が読めたのだ。
「ふっ・・・・」
その時ジェイクが部屋に入ってきた。
「何を見ているんですか？」
「別に何も」
ハロルドは鏡の映像を消した。
『私はいたずらが好きだ』
かつてハロルドの石像の前にこんな札を立てた人間はまずいないだろう。龍の国ならば、それこそそんな事をしただけで100たたきの刑にでもされてしまうかもしれない。
まあ、面白いといえば面白い女だな・・・
退屈ではないはずだがついからかいたくなってしまうのは、やはり好意があるせいなのか。
５の月も終わりに近づいてきた。一月半経ってもゆりの姿はいまだ子供のままだ。一体いつになったら戻るのかは不明だ。神の国には全くいけていなかった。
城の北にある大きな街の噴水のまん前に、20日早朝、一つの石像が置いてあるのを通行人達がみかけた。それは女性の裸像だった。その女性は肩の上あたりのストレートの髪で、
耳は小さめで丸まっていた。その女性はにこやかに微笑んでいる。立ち姿で右手をちょっと曲げ、手のひらにはかわいらしい小鳥が乗っていた。なんとも精巧な創りで、人々は感嘆した。
まるで動き出してしまいそうだ。
「あれ？これ王妃様じゃないか？この耳」
一人が指摘して皆が石像の耳に注目した。
「本当だ。王妃様かなあ？」
通行人たちが集まってきて石像の周りには人だかりができていた。
「へー王妃様かあ。すごいなあ」
「どうしてこんな所に石像が？」
「誰かが置いたんじゃないのか？」
「きっと王妃様のファンが置いたんだよ」
「ありがたいありがたい」
ゆりはこの国では平和のシンボルのような存在、人々はありがたがった。やがて噂を聞いた戦士達がその石像を持ち去ってしまった。
そしてその後、食堂で食事をしていたゆりの所にミカエルがやってきた。ゆりはまだ子供の姿をしている。
「王妃ちょっと・・・・」
ミカエルは微妙に笑っていた。
「何？」
「ちょっと見ていただきたいものが・・・」
「？」
食事中だったが、ゆりはミカエルに移動させられた。場所は自分の部屋だった。部屋の真ん中に何か大きなものがおいてある。それにはすっぽり布がかけられていた。
「何？これ」
「今朝街の噴水の所においてあったんですよ」
「ふーん？」
布をめくったゆりの瞳が驚愕のあまり見開らかれた。そこにいたのはまさに自分である。しかも真っ裸だ。しかも、妙にリアルすぎる。裸の自分がそこにいるようだ。
「え？これがどこにって？」
「街の噴水の所においてあったんです」
「街に？・・・・・嘘・・・・嘘ー！！！！！」
ゆりは恥ずかしさのあまり穴があったら入りたい心境に陥った。街中を裸で歩いたようなものだ。
「なっなんで・・・だっ誰がこんなことを！」
ゆりはあわわわとうろたえながら石像の上から下まで凝視した。足の長さも妙にリアルだ。
「誰って・・・」
「まさかミッケルさんじゃ・・・」
「王妃の木の札のお返しなんじゃないんですか？ハロルド様も結構暇ですね」
ガーン・・・まさかこんな恐ろしいことを考えるとは・・・・
美しい女神の姿ならいざしらず、自分の石像を彫ってもらってもあんまりうれしくはない。しかも真っ裸だ。目の前でモデルにでもなったかのような精巧さだ。どうせなら5割り増し美しくして
ほしかった。まさかこんな仕返しをされるとは。
ゆりはがっくりと床に手をついていた。裸を街のみんなに見られてしまったショックが大きかった。
「王妃、大丈夫ですよ。皆喜んでましたから」
「皆・・・皆って？10人？50人？それとも100人？」
ゆりはしくしく泣きながら聞いていた。
「朝早かったからそんなに多くなかったですよ」
ミカエルは布でゆりの石像の首から下を覆いながら言った。実際には100人以上の人たちが詰め掛けていたのだがそれを言ったら悲鳴をあげてしまうかもしれない。
「私はうれしかったですよ。久しぶりに大人の王妃に会えて」
「うれしくなーい！！！」
ゆりは絶叫していた。
ミカエルが出て行き、話を聞いた子供達が部屋にやってきた。
子供達は口々によかったね、と言っている。
「全然よくないよ！」
石像にはゆりの服が着せられていた。ロイがスカートを下からめくろうとしたのでゆりはぱっとその手を払った。
「めくっちゃだめ！」
「でもすごいよ！こんなにすごい石像そう彫ってもらえないよ！」
とラギ。
「そうよーすごいよ。ずっと飾っておけるもんね。神様の像のところにおいておこうよ」
アナスターシャの言葉にゆりはすぐ「いや！」と返答した。
「どうせだからハロルドの横においておけば？」
ラギは面白そうに言っている。
「いやよ！これは寝室に飾ることにする」
「勿体ないなあ」
「せっかくなのにねえ・・・」
子供らは残念そうだった。その時部屋にラクシュミがハザークと共に現れた。
ラクシュミはゆりの石像を見るなり、「ぷっ」と笑っていた。
「なんで服着てるんだ？」
とハザークが聞いた。
「裸だからだよ。寒いもんね」
ロイはゆりの隙を見て石像のスカートをめくっていた。
「こらー！」
「かなり実物に近く創られてるな」
ラクシュミが言った。
「それを言わないでー！！！」
ハロルドにもミッケルにも裸をさらした覚えはないのだが、神様だから透視でもしたのだろうか。
ハザークは「どうせだから脚長くしてくれればよかったのにな」とぼそっと言っていた。
皆言いたい放題言っている。
「綺麗だから隠さなくてもいいのに」
とシス。
「もーだめ！皆あんまり見ないで！！」
ゆりは真っ赤な顔で石像の前で大きく手を振っていた。
石像はそんな事は知らず優しく微笑んでいる。悪意があって創られたものでないのは一目瞭然だった。
「ハザーク様上からのぞかないで！」
「いいじゃないか。石像なんだから」
「だめー！」
こんな手の込んだことをするとは・・・確かに好意をもたれているな
ラクシュミはもう一度ぷっと笑いつつ、部屋を出て行った。
こうしてハロルドとの微妙ないたずらのやりとりはゆりの完敗で幕を閉じた。ゆりはハロルド像の木札を抜いたのだ。
「もー私の負けでいいから大人の姿に戻してよー！！」
涙ながらのその言葉をハロルドが聞いたかどうかはわからない。
ゆりの寝室に置かれていた石像は、街の住人達の懇願により、とりあえず街の博物館に飾られることになったのだった。もちろん、綺麗なドレスを着させられていたのは言うまでもない。
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