第12話
「押さないでください！皆さんちゃんと並んでください！」
「早くしてくれよー俺は２時間も待ってんだぜ」
「私だってそうよ！」
「今日中に入れるのかよ！」
「押さないで落ち着いてくださーい！」
蛇の国のお城の北にある大きな街の一角では、人々が詰め掛けて大変な騒ぎになっていた。皆いらいらして列の整理をしていた係りの者に奴あたりをしている。
『街の博物館に王妃様の石像が置かれた』という新聞を読んだ人々が博物館に詰め掛けたのである。他の街からも人々がやってきて王妃様の石像を一目見ようと
博物館の前は長い行列ができていた。開館は９時からだというのに陽があがるころにはすでに人々が列を為していたのだから、その人気の具合も知れるというものである。
この博物館にはジェラルドが作った小さなガーベラ像も飾られておりそれも目玉の一つではあるのだが、今では王妃様の石像の方が人気が上だった。
「俺はこのためだけにわざわざ来たんだぜー」
「早くしてくれよー」
「もうしばらくおまちくださーい」
人の塊がぞろぞろ移動している。その中になんとセリアの姿もあった。仕事が休みの今日は朝から街の人々に混じって石像を見るために並んでいたのである。
横にはそれに無理やり付き添わされた友人の女戦士がいた。
「あーようやくだわ！もうすぐ王妃様に会えるのね！」
朝７時から並んで今は10時、二人は３時間も並んでいた。朝７時にきた時にはすでに大行列ができていたのだ。街の人々の中には一族の者達も少なからず並んでいた。
「ようやくねー長かったわー」
友人が眠そうな顔で告げた。二人はようやく博物館の扉から中が入る事ができた。この博物館は二階建てで昔は王族の者の親戚が住んでいたこともあり、小さなお城のような建物
をしている。建物の周りには広い庭があるのだが、今は人々の列がぐるりと取り囲み、その列は門から外へとはみ出していた。これだけ待たされると否が応にも興奮は高まっている。
王妃様の石像が街に出現した日、話を聞いたセリアがあわてて噴水の元に行った時にはすでに遅し、石像は移動させられた後だった。
ミカエルからどんな石像だったかは聞いたものの、やはりこの目でしっかりと見ないことには治まらない。
人々はぞろぞろと移動し、ようやく目当ての物を発見して「おおっ！」と歓声をあげた。王妃様の石像は博物館一階の展示場のちょうど真ん中に置かれていた。
後ろの人も見えるように一段高い丸い台座に置かれている。
「本当に王妃様だわ！」
セリアの目にもようやく王妃様の優しい笑顔が近づいてきた。セリアの目が思わず潤んでくる。
まあ、本当になんてそっくりな石像なのかしら！！
真っ白な石像はそれだけで神秘的に見えていた。いらいらしていた人々も石像を見ると和やかな顔に変わっている。
感動で目が潤んでいるセリアの身体がどんどん横に押されていた。
「ちょっとー」
「止まらないでください。動いて動いて！」という係員の声が聞こえてくる。
「えー！！！」
早く石像が見たい人々はどんどん前に移動し、セリア達も波に押されるように石像の左から右へと移動させられていた。
「服着てる！新聞通りだ！」
「本当だ！」
新聞では裸を見られるのを恥ずかしがった王妃様が石像に服を着せたという話も載っていたのだった。淡いピンク色の裾がそんなに広がってはいないドレスを着ていた。
ドレスは首周りが開いているくらいで、石像の顔以外はさっぱり見えないようになっている。
「結局この石像誰が彫ったんだ？」
「さあ、噂では有名な芸術家らしいぞ」
「確かに動き出しそうだもんな」
「これが王妃様かあ・・・優しそうだな」
「心が和むなあ・・・」
「手に乗っている鳥も飛んでいきそうだな」
「ああっ王妃様〜」
セリアの身体はすでに石像の近くにはなかった。石像の回りを周り、離れた所へと追いやられている。セリアは友人と波に流されるように博物館の外に出た。
ここには何度も来ているので他の芸術品は見ずに出ている。
「あーやれやれ、もう疲れたー・・・」
友人の女戦士はようやく人ごみから解放されて深呼吸していた。
「王妃様人気はすごいねー」
「・・・５秒くらいしか見れなかった」
一方セリアは、じっくり石像を眺めることもできずしょげていた。
「あれだけ並んだのたった５秒！」
「だから言ったじゃない。夜こっそりとくればいいって言ったのに」
「だってー・・・そんなこそ泥みたいなまねしたくなかったんだもん」
セリアは頬を膨らませていた。
「それに街の人たちと一緒に感動を分かち合いたかったの」
「じゃあもう一回並んだら？」
「絶対嫌！」
博物館の外にはまだ行列ができていた。中には子供達の姿もある。皆今日中に石像を見る事ができればいいなと、セリアは行列を眺めつつ思った。
並ぶのは大変だったがその分石像に会うまでに興奮状態になり、あれはあれで楽しかったといえない事もない。
「まあ有意義だったわ」
満足そうに言うセリアに友人は「どうだかね」と愚痴っていた。
「それよりも王妃様軽い風邪らしいけどそっちの方はどうなの？結構長くない？」
「ああ、大丈夫みたいよ。もうだいぶ回復されたらしいわよ」
「そう、ならいいけど」
王妃様が子供の姿になった事はあんまりおおっぴらにはされてなかった。セリアはミカエルから聞いてというより強引に問いただして知っていたが、王妃様は最近
戦士達との面会を断ったりしているので理由は「軽い風邪」という事になっている。
ああ、子供になった王妃様ってどんなにかわいらしいんでしょう。お会いしたい！でも今はまだ無理だわ。ミカエル様のお話で我慢よ。我慢！
戦士としては駆け出しのセリアは堂々とゆりに会いに行くのははばかられ、未だ面と向かって話す事ができないでいた。
「ぶーぶーぶーぶー」
その頃ゆりはというと、つまんなそうな顔でぶーぶー言いながらロイの部屋にあった木馬に乗ってゆらゆらゆれていた。
「そんな顔しちゃかわいくないですよ」
椅子に座っているヴィラがゆりを眺めつつ言った。
「だってさーもう6の月に入ったんだよーいつになったら戻るんだよー」
ゆりはまだ子供のままだ。
「お酒一杯飲んだからですよ」
「だって・・・綺麗になると思ったんだもん」
ゆりはぶーたれていた。
「王妃の石像すごい人気らしいですよ。よかったですね。子供達は早朝にこっそり博物館に忍び込んで見たようですよ」
「やっぱり飾るのやめときゃよかったなあと後悔してる」
「どうしてですか？」
「だって・・・・皆私のこと絶世の美女だと思っていたのに・・・夢が壊れたかなあと思って」
新聞の挿絵はいつも美女に書いてもらっているのでそう思ったのだった。ゆりもそうそう城の外に出没しないので、ゆりの顔を知らない人の方が多いのだ。
夢は夢のまま、の方がよかったような気がしないでもない。
「あれ見て街の人がっかりしてないかな」
「そんな事ないですよ」
「そうかなあ」
「皆王妃が美女じゃなくても好きですよ」
ヴィラは真面目な顔で言い、ゆりが睨んでいたので「別に王妃が美女ではないと言ったわけではないですよ」と続けていた。
「それはいいとして、ミシェイラが最近私見ると泣くんで困ったもんなのよね・・・」
ゆりは木馬から降りつつ言った。
「そうですか。大人の王妃に会いたいんでしょう」
「そうなんだろうねえ・・・」
そのミシェイラは今ハザークの塔でハザークの侍女らに遊んでもらっている。ナナミにも早く元のまーに会いたいといわれたし、幼い子供達にとっては、いつまでもまーが
子供のままってのは落ち着かないようだ。
「実は私、ハロルドの弱みを知っているの」
ゆりは目を細めてヴィラの向かいに座った。
「弱み？」
「昔ね、ハロルドが血気盛んなやんちゃな男だった頃、人間の男とどっちが美しいか競ったことがあったんだよ。知ってる？」
「いいえ知りません」
「その人間の男ってのがハロルドの像や絵画のモデルをしてた男でね、モデルをするくらいだからそれなりにいい身体してたんだろうね。私はハロルドよりも実は上かも
しれない。本人の身体が見たいって願ったらハロルドが現れたんだって」
ゆりはちょっと興奮気味になっていた。ヴィラは黙って聞いている。
「それでハロルドが言ったんだって。
『お前は私のモデルをしているらしいが図に乗るな。身体の美しさでいったら、お前なんぞ私には遠く及ばないな』
でも男は負けずにこう返したんだって。
『そうとも言い切れないでしょう。私はあなたに劣っているとは思えない。それに人によっては、あなたよりも私の方が
上だと思う者もいるにちがいない』
『そんな事はありえない』
『なら、私と競っていただきたい。もし私が勝ったらその時は、私の願いをかなえてください！』
『お前の願い？そんな事はありえないとは思うが、まあいいだろう。もしお前が勝ったら、私がかなえることができる望みながらかなえてやろうじゃないか』
ハロルドはそう約束して男と美しさを競ったんだよ」
「・・・その人間の人、すごい度胸ですね」
神様と競うなど並の神経の持ち主ではないだろう。ヴィラはそこに感心していた。
「それでどうやって競ったんですか？」
「ハロルドが人間の女を誰か指定しようと言ったんだけど、男がいちゃもんをつけたの。
『人間の女ならば相手は神であるあなたを選ぶに決まってるでしょう。もし私の方が上だと思ってもあなたを恐れてそういうわけがない』
『では誰に決めてもらうのだ』とハロルドが聞いて、男は『格の高い女神に決めていただきたい』そう言ったの。格が低い女神なら
ハロルドを押すに決まってるからね」
「はあ・・・・」
「それで、妥当な所で慈愛の女神ダーナと、豊穣の女神イサドラ、知恵の女神カサンドラが選ばれたの。
ダーナはハロルドの方が美しいって言ったんだけど、なんとイサドラは人間の男の方を選んだの。
以前ハロルドがイサドラの大事な田畑を荒らしたとかで、イサドラはハロルドのこと怒ってたという理由も入ってたみたい。
そして最後のカサンドラは一体 どっちを選んだでしょう」
「それはやはりハロルドでしょう。そこで人間を選んだら後々きまずいでしょうし」
「それがね・・・・男二人の上半身を眺めたカサンドラは、
『どちらが男として美しいかじゃと？全くもってくだらん』そう冷たく言い放ったのでした」
『それでは勝負にならないだろう。どっちが美しいか決めろ！』とハロルド。
『どちらも美しくない！』
カサンドラはそういって消えてしまいました。
『ということは引き分けですね。ハロルド様！私の願いをかなえてください』
男は喜んで言いました。
『引き分け？ちょっと待て！相手が悪すぎた。他の者に・・・』
『引き分けです。引き分けってことは私の勝ちですよ。なぜならハロルド様は神なんですから！引き分けた私もたいしたものだと思わないですか！？』
『・・・』
『ハロルド様』
『・・・わかった。お前の望みってなんなんだ？』
ハロルドは苦々しい顔で言いました。
男の望みは死ぬまで今の若い姿を保ちたいという事でした。ハロルドは男の願いをかなえてやり、そして神の国で赤っ恥をかいてしまったというお話」
ヴィラはしばらく無言だった。どういう感想を述べればいいのか悩む所だ。
「ラギに調べてもらったら古い神話の本に載ってたの。この話新聞の一面に載せてみようかなあ」
ゆりの目が輝いていた。
「絶対やめてください」
「やっぱり？まあ誰にでも恥ずかしい過去はあるもんね」
「そうですよ」
今のハロルドなら人間の男のそんな言葉には絶対乗りそうにない。昔はハロルドも若かった、ということなのだろう。
ゆりとしてもこれ以上ハロルドに何かする気はなかったのだが、何かしてやりたいという気を完全になくす事もできないのだった。どうにも懲りない性分らしい。
「でもさすがカサンドラだよねーその時のハロルドの顔が見たかったよ・・・」
想像するだけでにやけてくる。漫画にして配りたいくらいだ。
しばらくゆりのにまにま顔を見つめていたヴィラだったが、
「・・・ねえ王妃、その話はもういいからちょっと膝に乗ってくれませんか？」
ヴィラがおもむろに言い出してゆりは「え？」とのけぞっていた。
「ヴィラも？」
「他の人にも言われたんですか？」
「うん、ミカエルとハインリヒとジュノーとシャナーンに言われた」
「それで乗りました？」
「うん」
「じゃあどうぞ」
ヴィラは椅子の横側に膝を出し、ゆりはちょこんと膝に乗っかった。ちょっと恥ずかしそうだ。
「かわいい娘を乗せてる気分でしょ？」
「うーん、まあそうですねえ」
ヴィラは後ろからゆりの両手を軽く握っていた。
どうも心配だ。その内神の国に連れ去られるんじゃないだろうな・・・・
ヴィラはふとそんな事を思ってしまった。
面白すぎるから側にいろ、とか言って・・・絶対ないとはいえないところが怖い
その時ゆりの左目がぱっと変わった。小さくなってもちゃんと蛇の目のゆりも一緒にいる。
「変な趣味に目覚めないでね。ヴィラ」
ゆりはにやりとして言っていた。
「変な趣味って・・・目覚めるわけないでしょう」
「ならいいけどー」
ゆりはヴィラの頬にちゅっとキスした。
「だめですよ。男に変なことしたら」
ヴィラは真面目な顔でそっちも心配していた。
「さすがにこの姿ではこれ以上は・・・・」
「絶対ですよ」
「しないってば。お尻に触りたかったら触ってもいいけど」
「触りたくないですよ！」
ヴィラが膝を上に上げたのでゆりはぴょんと膝から下りた。
「心配なんですよ。本当に」
「何が？」
「あなた達が面白すぎるのが」
「？？」
ヴィラの言葉にゆりは首をかしげていた。
深夜になり人々が寝静まる頃、セリアはこっそり博物館に忍び込んでいた。
誰もいない。やったー
セリアはしめしめと石像の前まで来てランプで石像を灯した。石像の笑みに光がともる。セリアはにまにましながらその顔を見つめていた。
夜忍びこむのはどうにも気がとがめたが、もうこれしか方法がなかった。
「あれ？小鳥がいない・・・」
右手には小鳥が乗っていたはずだが、今はいなかった。下に落ちてもいない。
「やーねえ、もしかして誰か盗ったのかしら。赦せん！」
念のため石像の周りを探してみたが、小鳥はいなかった。
「小鳥ちゃーん？どこに行っちゃったの？」
ちょっと宙に浮いて石像の手の平を見てみたが、もぎ取ったような痕跡はなかった。
「わーすごいなあ。この手の平も本当の人の手みたい・・・」
セリアはそっとその手に触れた。滑々した感触がする。
その時灯りが近づいてきてセリアはびくっとして下に下りた。恐る恐る見ると、近づいてきたのは銀色がかった水色っぽい短髪の髪の男、シャナーンだった。
紺色系統のズボンに上着を着ている。
「あ、シャナーン様」
「・・・セリアさん」
シャナーンもランプを手に持っていた。
「シャナーン様も石像を見にいらしたんですか？」
「ええ、まあ・・・」
シャナーンはちょっと気まずそうに頭をかいていた。シャナーンもセリアのことは知っていた。それもミカエルが「かわいいだろ？」とやたら自慢していたからだ。
だが二人で話したことはまだなかった。
「あ、小鳥は私が盗んだんじゃないんですよ。来た時にはいなかったんですよ」
セリアは自分が疑われたらまずいと、まずそれを言い出した。
「え？小鳥？」
「手に乗ってたはずなんですが、さっき来たらいないんです」
シャナーンは石像に近づいた。
「本当だ。いないですね。でももがれたようでもないですねえ」
「そうなんですよ。あの小鳥上に乗ってただけだったんですかね」
「どうでしょう。気づかなかったですが・・・」
他におかしな所はなかった。ただ小鳥がいなくなってるだけのようだ。
「戻ってくればいいんですけど・・・」
「戻ってきますよ。きっと」
シャナーンが確信したように言った時、「ピッピッ」と小鳥の鳴き声のようなものが聞こえてきて二人は動きを止めた。
「ピッツ・・・・ピピピピ・・・」
なんと床をぴょんぴょん飛んでくるのは１匹の小鳥ではないか。石でできた小鳥が本物のように動いている。
小鳥はぴょんと飛んでゆりの石像の手の平に収まり、そのまま動かなくなった。
「・・・・」
セリアもシャナーンもしばし固まっていた。
今のは夢か幻か？確かに石像に小鳥が戻っている。
やがてセリアはぱっと顔を輝かせた。
「シャナーン様すごいですねえ。これを見越していたなんて！」
「ええ？いえ、私は・・・・」
まさかシャナーンも小鳥が飛んで帰ってくるとは思わなかった。
「さすが王妃様の石像ですねえ！！なんて楽しい石像！」
セリアは一人興奮している。
「・・・・」
困惑気味のシャナーンの横ではセリアが「さすがは王妃様！」と変に感動していた。
うーん、やはり神の国で作られたからかな？
この場合ほめるならゆりではなく石像を作った方であろうが、なぜかセリアは王妃の方に感心していた。
その時シャナーンはあることに気づいた。
小鳥が動くということは、もしや王妃も動いているのかも？
一人で寂しがっていたらどうしよう・・・
シャナーンは夜中一人で動き回るゆりの石像を想像し、ちょっと切なくなった。
「どうしたんですか？シャナーン様」
悲しげな顔をしていたシャナーンにセリアが不思議そうに聞いた。
「え、いえ・・・もしかしたら王妃も動くのかと思って・・・一人で寂しくないかと心配で・・・」
シャナーンはつい告げていた。
「大丈夫ですよ。ここにはいろんな石像もあるし、小鳥さんもいるし、次の朝になったらまたわんさか人がやってきますから、寂しくないですよ」
セリアは真面目に返答していた。確かに小鳥が動くのだから王妃の石像も動いてもおかしくはない。
「そうでしょうか・・・」
「そうですよ」
セリアは自信満々だ。
「王妃様とっても幸せそうな顔をしていらっしゃるし」
「そ、そうですね」
シャナーンも石像の笑みを見つめて言った。確かに悲しい感じは微塵も見えない。
寂しくなったら教えてください。毎晩会いにきますから・・・
シャナーンは心の内で石像に話しかけていた。その晩は二人はしばらく石像を見つめていたのだった。
その次の日の朝、ようやくゆりは元の大人の姿に戻ったのだった。
「やったー！」
あわてて服を着替えたゆりは王の寝室に行った。ラクシュミは起きていた。元のゆりを見て目を見開いている。ミシェイラはラクシュミの膝の上に座っていた。
「あ、ゆり」
「ミシェイラ！」
「わーん！」
ミシェイラはうれしいあまり泣いていた。ゆりはミシェイラをしっかりと抱きしめて思わずもらい泣きした。
「よかったな。ゆり」
ラクシュミもほっとしていた。
「うん、王様・・・久しぶり」
ゆりは涙をぬぐいつつラクシュミを見つめた。ラクシュミはゆりの頭を優しくなでて、そして言った。
「ゆり、これに懲りたらもう神様を蹴飛ばすんじゃないぞ」
「だから蹴飛ばしてませんってば！」
そういう誤解はともかくゆりにようやく日常の日々が戻ってきたのだった。
博物館のゆりの石像はというと、その後も時々夜になると小鳥が手の平から飛んでどこかに行っては帰ってくるようだ。その噂はフリットを通じてゆりの耳にも入ってきた。
「えー？じゃあ私の石像も夜な夜な歩いてるとか？」
「それが動いてるのは小鳥だけみたいですよ」
王妃自身が動いたというのを見た者は今の所いなかった。
「そうなんだ。よかった。石像が歩いてたらさすがに怖いもん」
ゆりはその場面を想像してぞっとした。怪談話になってしまう。勝手に自分で服を脱いだりされても困る。
シャナーンは大人になったゆりに会いに来たが、小鳥の話をゆりにしなかった。セリアと一緒にいた事が言いにくかったからだろう。
「どうして動くんだろう。もしかしてあの石像ジェラルドが創ったんじゃないよね？」
「ジェラルドもさすがに人間は彫らないと思いますが」
「だよねえ・・・」
「どうして動くんでしょうねえ」
「うーん」
二人は首をかしげていた。
ゆりの石像は予想とおりミッケルが彫ったものだった。だが、たまたま通りかかったジェラルドが鳥の目だけささっと彫ったのだ。だから鳥だけ動くことになって
しまったのだが、そんなことまで二人にわかるはずもない。ジェラルドが彫ったものなら何でも動くということでもないのだが、小鳥はたまたま動いてしまったようだ。
ゆりはミッケルに聞いてみたい衝動にかられたが、あっちはゆりがガーベラになってる事は知らないので、さすがに聞くことはできないだろう。
ゆりが元の大人に戻る頃、神の国ではハロルドは神々の長アシュランに呼ばれてアシュランと一緒に酒を飲んでいた。
するとアシュランが意を決したように聞いてきた。
「お前、最近人間の女に入れあげてるって本当か？」
「ぶっ！」
ハロルドは紫色の液体を噴出していた。それはアシュランの顔にまで飛んでいた。
「何するんだ」
アシュランは布で顔をぬぐっていた。
「そっちこそいきなり何言い出すんだ。私が人間の女に入れあげてる！？冗談じゃない。だれがそんなばかなこと言った！」
ハロルドの顔は興奮のあまり心なしか赤くなっていた。
「お前が女に石像を送って気を引いたとかなんとかいう噂を聞いたぞ」
「そんなことするか」
「なんだ。どんな美女だろうと思ったのになあ・・・」
アシュランは残念そうだった。その美女の顔が見たかったようだ。
「本当に違うのか？自分の石像も贈ったという噂も？」
「嘘だ。女に石像を送ったんじゃない。ある国に送っただけだ」
「ふーん」
アシュランは怪しんでいたがそれ以上は聞かなかった。
全く冗談じゃない。誰が入れあげるか！
そう思ったものの、一応は愛していると言った相手ではある。
次に来た時にはどうしてやろう・・・・
アシュランと別れた後、またクーリーフンに「あっちが来たら来させるように」と伝言を頼んだハロルドだった。
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