第13話
「ピピピ」
「チチチチ」
かわいい小鳥達が集まってエサをついばんでいる。穏やかな光が降り注ぐここは神の国だった。青や赤、
鮮やかな色彩の小鳥達の横には、紫色の髪をしたお酒の神アマンザが地面に小さな雑穀をまいている。
小鳥達はそれをついばんでいたのだった。アマンザの横では白い大きな翼を持ったクーリーフンもいた。
二人がいたのは農園の横手だった。農園には紫のぶどうがちょうど大きな実をつけている。それを収穫
している妖精達の姿もあった。アマンザもクーリーフンもほほえましげにエサをついばむ小鳥達を見つめている。
淡い紫色の小鳥がアマンザの肩に乗ってきた。
「ピ、ヒョヒョヒョヒョ」
小鳥はかわいい声で鳴いていた。
「ふふ、仲間だと思ってるのかな？」
とクーリーフン。
「さあ、どうかな？クーリーフンの方が仲間っぽいけどね」
「確かにねえ」
クーリーフンがそう言った時、小鳥達は一斉にばたばた飛んでいった。見るとこちらに1匹の犬が走ってくるではないか。
犬は結構大きめで金色の長い毛に覆われていた。
「ワン」
犬は一回ほえて二人の前に座った。尻尾を振りつつ口を開けて荒い息を吐いている。垂れた耳で温和な顔立ちをしていた。
「綺麗な犬だねえ」
アマンザは犬の頭をなでてやった。この神の国には犬や猫もいる。新しい動物をアシュランが作ることもあった。
野犬とは違い、神の国にあうような穏やかな顔つきの犬だ。
犬の首には茶色い布が巻きつけられていた。アマンザがそれをはずしてやると、中から人の拳ほどの巻貝が出てきた。
巻貝は外側は銀色に輝いており、内側はピンク色だった。
「伝言貝だね。誰からかな？」
アマンザが耳元にあててみた。すると、「ザザーン」と小さな波の音しか聞こえなかった。
「僕にじゃないみたいだよ。クーリーフンにかな」
アマンザは貝をクーリーフンに渡した。伝言貝は伝言した相手以外が聞いても聞けないようになっているのだ。
クーリーフンは貝を受け取ったものの、耳にあてるでもなくじっと貝を見つめていた。
「どうしたの？」
「うーん、なんだか嫌な予感がするなあ」
クーリーフンは犬をちらりと見た。犬はクーリーフンを見上げて「ワン」と吠えた。
せかしているようだ。
「しょうがないなあ」
クーリーフンは巻貝を耳にあててみた。すると『クーリーフン、夕方神殿に来るように』と偉そうな男の声が聞こえてきた。
同時にクーリーフンの目は微妙に細まっている。頼みというよりはほとんど命令である。
「誰から？」
「ハロルド」
クーリーフンは口を尖らせていたのでアマンザは笑っていた。
「夕方来いってさ、どうせろくな用事じゃないよ」
「ははは、まあまあそういわずに」
「ワンワン！」
「あ、何かごほうびあげた方がいいのかな。犬には何がいいんだろう。ぶどうでもいい？」
アマンザが聞くと犬は口を上に向けてワンと吠えた。ぶどうでもいいようだ。アマンザは農園からブドウを
一房持ってきて犬にやった。すると犬はブドウを銜えたままたったと走って行ってしまった。
「あーあ、気が重いなあ・・・」
心なしかクーリーフンの翼も下に下がっている。
「がんばって！」
「はーい」
クーリーフンはアマンザの励ましを受けて飛んでいった。
人間界では、蛇の国のお城の辺りでは朝の内雨が降っていたが、午後にはすっかり止んでいた。
今はすっかり雨雲は去り、空には青い空に白い雲が浮かんでいる。
草花の雨粒が陽の光を受けてキラキラ輝いていた。ゆりは庭園の東屋でお茶を飲みながらそれを眺めている。
東屋の木の柱にはピンク色の小さな花をつけたの野ばらのようなものが巻きついていた。
花の匂いをかいでみると微かにいい匂いがした。
ゆりが大人に戻り15日ほど経っていた。子供になった話は今思えば笑うしかないお話だ。
所詮相手は神、神相手に張り合おうってのが無茶な話である。今朝も雨にもかかわらずゆりの石像が置かれている博物館には
行列ができていたとさっきジュノーが教えてくれた。手の平に乗っている小鳥はやっぱり夜になるとたまに移動しているようだ。
そろそろ石像の衣装変えた方がいいかな？とゆりは真面目に考えていた。毎日同じ服じゃ石像もつまらないかもしれない。
最も石像は服を着て設置するものではないのだが。
「わーい」という女の子の声が聞こえてきた。見ると花壇の向こうにナナミとロイ、侍女らの姿が見える。空にたくさんのシャボン玉が
あがっていた。シャボン玉を作って遊んでいるようだ。この世界でも子供達がシャボン玉で遊ぶことはあるのだ。ロイは大きなわっかを持って
大きいシャボン玉を作っている。ナナミにせがまれてラギがすぐには消えないシャボン玉を作る液体を作っていた。
小さいシャボン玉の横で大きなシャボン玉が一つあがっていった。
「しゃーぼんだま飛んだ♪やーねーまで飛んだ♪」
ナナミがゆりが教えた歌を歌っていた。ゆりは子供達の元に行こうとして東屋から出たのだが、右手の方から飛んでくる
金髪の人形のようなものに気づいた。
背中に白い翼がついている女の子、虹の女神サーラだった。サーラはゆりの元まで飛んできた。
「あら、サーラちゃんじゃない。またクーリーフンと来たのね」
ゆりは手を出してサーラの小さな手と握手した。
サーラはにこにこ顔だ。相変わらずいろいろな色の宝石のような瞳をしている。髪もパーマをかけたようにくるくるだ。
「クーリープンはいないの」
とサーラは言った。まだクーリープンと呼んでいるようだ。
「まさか一人で来たの？」
「ラーズいる」
「ラーズ・・・ラーズ！？」
周りをきょろきょろ眺めたゆりは、後ろの空を見てぎょっと立ちすくんだ。上方から飛んでくるのは派手な髪をした虹の髪ラーズではないか。
背中には白い大きな翼。ラーズは左半身をきらめく布で覆い、下半身はズボン状の服を着ていた。
ズボンの上から腰布のように布を巻いている。ゆりはラーズを見上げたまま口をぽかんと開けて固まっていた。
「サーラ、何してるんだ？」
ラーズが近くまで降りてきて聞いた。
「ガーベラ」
「ん？」
「ガーうぷ」
ゆりはとっさにサーラの口元に手をあてていた。ラーズがちょっと驚いたようにゆりを見た。
し・・・・しまった！手が勝手に！どどどど、どーしよう！？
ラーズがじっとゆりを見つめていたのでゆりはそろりとサーラから手を離した。
「見えているんだな？サーラ、知り合いなのか？」
ラーズはにこやかな顔を向けていたのでとりあえずゆりはほっと胸をなでおろした。
よかった、怪しんでない
「ガーふひゃひゃひゃひゃ」
ゆりはサーラの脇の下をすばやくくすぐっていた。
「こんにちは、素敵な神様」
そしてにっこり笑って言った。
「・・・・」
ラーズはちょっと不思議そうな顔をしている。
まずい。どうもサーラは自分のことを気づいているようだ。ハロルドに続いてラーズにまでばれたら大変だ。と
ゆりはどうごまかそうかと必死だった。ラーズはといえば、エメラルドとアメジストの瞳でじっと自分を見つめたままだ。
人間の姿でじっと見つめられるとどう反応していいやら困ってしまう。
「もっとしてー」
とサーラが言ったのでゆりは再びくすぐってあげた。
「ひゃひゃひゃ」
サーラは楽しそうにのけぞって笑っている。
その時、「サーラだ！」「わっすげー！」という子供達の声が聞こえてきた。
まさにゆりにとっては天の助けだった。
サーラはナナミの方に飛んで行ったからだ。
「スゲーラーズでしょ。ねえねえ！」
一方ロイはラーズのすぐ近くまで来てラーズを見上げていた。
「かっこいい！すげーでかい翼！すごい髪！一体どうなってるの？」
よかった。ラーズが見えてるってことはロイは無垢な子供なのね
ゆりは変な事にほっとしていた。一緒に近づいてきた双子の侍女らは見えていないようだ。
「ラーズ虹作って虹！でかい虹！」
ロイは目を輝かせて両手を大きく広げてラーズに叫んでいた。
「虹作ってくださいでしょ」
「虹虹！」
「すいません、言葉遣いがなってなくて・・・」
ゆりはラーズに申し訳なさげに言っていたが、考えてみればサーラの口をふさいだ自分の方が礼儀に欠けると思われているかもしれない。
ナナミはサーラの後ろを飛んでいた。サーラの後ろにできる小さい虹を追いかけている。
「今ここででかい虹は無理だな。小さいのなら」
ラーズは右手を軽くあげた。色鮮やかな７色の虹が庭園の端から端までかけられた。まるで空にかかった橋のようだ。
上を歩いていけそうだ。ゆりの目も輝いた。
「うわー！きれー！」
「すごーい！」
子供達が歓声をあげた。侍女らも「わー」と声を上げている。
「サーラ、行こう」
ラーズはサーラを連れて飛んでいった。
「ありがとう、ラーズ様」
ゆりはあわてて飛んでいくラーズに御礼を言った。
ラーズは自分のことどう思っただろう。変な人間だ、くらいならいいけど
それにしてもさすが虹の神様、こんな素敵なことができるなんて。ラーズってやっぱり優しくてステキな神様よね
「ねえ、皆も呼んであげてよ」
「うん」
ナナミが思念で他の兄弟達も呼び、虹が消えてなくなるまで、しばらく皆で楽しいひと時を過ごすことができたのだった。
変な人間だ・・・何がどうとういうこともないのだが、なぜか気にかかる・・・
ラーズは先ほど出会った人間の女性の事が気になっていた。
「サーラ、さっきの女性知り合いか？」
ラーズは横を飛んでいるサーラに聞いた。人間界を回っていた時サーラが勝手に飛んで行き、あそこにたどり着いたのだ。
相手はサーラと顔見知りだったような感じだったが？
人間の中には神と意思の疎通ができる者もたまにいる。聖域ではそういう人間も珍しくはない。
「ガーベラ」とサーラは言った。
「ガーベラ？」
「ガーベラ、クーリープン、ハロルド、ラーズ、アリアス、それからえっと・・・」
「だめだこりゃ」
サーラに聞くのは無理そうだとラーズは諦めた。
だがどこかひっかかる人間だ・・・
そう思いつつラーズはサーラと共に神の国に帰っていった。
夕方、ゆりは休憩中のラクシュミを訪ねた。ラクシュミの横には侍女が立っていたが、ゆりに礼をすると部屋を出て行った。
テーブルにはお酒の瓶がおいてある。お酒を飲んでいたのだろう。
「ねえ王様も虹見れた？」
「ああ、バルコニーから見たぞ。綺麗だったな」
「うん・・・ねえ王様」
ゆりはラクシュミの横に腰を下ろした。
「なんだ？」
「たまにはちょっとだけでも庭園に出てみたらどう？」
「うーん」
「やっぱり無理なの？」
ゆりは結婚してからラクシュミが城の外を歩いているのを見たことはない。城の中の方が結界を作るにはいいらしいのだが
今では少しは子供達も手伝っている。ちょっとくらいは出てもよさそうなものなのに、と思っていたのだ。
「外に出るとやっぱりかなりしんどくなっちゃうの？」
「まあちょっとくらいはいいかもしれないが・・・今はまだ出る気にはなれないな。なんとなく。出たら嫌なことが起きそうな気がする」
「そう」
王様なりの願掛けのようなものかも、とゆりは思った。
「そうだなあ。子供達が大人になるころには安心して外に出れるかもな」
「そうだね」
後30年ほど経つ頃には・・・
「アナスターシャが大人になる頃には子ども何人に増えてるかなあ？」
「さあなあ・・・」
「王様は後何人ほしい？」
「さあ、まあ何人でも・・・」
微妙にラクシュミの顔は引きつっていたがゆりはにまにましていた。
「本当にお前は素晴らしく元気だな。その元気を他の女達に分けてやってほしいくらいだ」
「できることなら分けてあげたいよ」
「性欲も半分ほど配れたらいいのにな」
ラクシュミは真面目な顔で言い出してゆりは横目で見つめていた。
「よく言うよ。大人に戻ってから一回もないのに」
「そうだっけか？」
ラクシュミは目をそらせた。
「ミシェイラがお前にくっついていたからだろう」
ミシェイラは夜寝る時はしばらくゆりにくっついて寝ていた。大人に戻ったゆりに会えて安心したようだ。ゆり自身それが嫌なわけ
ではない。
「そうだけど・・・王様はその方がいいっぽいんじゃない？」
「私としては来年の赤い月まで何もなくても別に・・・」
「いやん」
ゆりは軽くラクシュミの腕をつねっていた。
「そろそろ一年や二年その気がなくてもいいと思うんだがなあ・・・」
ラクシュミとしてはゆりの性欲が全く衰えないというのが不思議だった。それもガーベラになれる由縁だろうか。
「やだ」
ゆりが力一杯言った所で扉がノックされた。「どうぞ」とゆりが言うと中にハインリヒが入ってきた。
「ちょうど一緒にいらっしゃったんですね」
ハインリヒは何かとてもよいことがあったかのようにうれしそうな顔をしていた。
「どうしたの？」
ゆりがせかすように聞いた。
「できました」
ハインリヒの言葉にゆりはきょとんとしたが、ラクシュミははっとした表情をした。
「できたのか？」
「はい」
「誰にできたんだ？」
「カレンです」
「そうか・・・めでたい」
「え？もしかして子供？子供ができたの？」
ゆりはようやくその事に気づいた。
「はい、そのようですよ。さっき聞いたんです」
「そうなんだ！おめでとうハインリヒ！」
ゆりはハインリヒに駆け寄って両手をぶんぶん振るった。
「ありがとうございます」
過去の世界からこの世界へとやってきて10年、ハインリヒにようやく子供ができたようだ。ラクシュミもとてもうれしそうな表情をしていた。
「王様他の皆はどうだったのかな？」
「誰も何も言ってこないからなあ、だめだったのかもな。それにしてもよかった」
「本当によかったねえ」
「無事生まれてくれるといいんですが・・・」
過去の皆にも教えてあげたい。そうゆりは思った。
過去の皆はどうなんだろう。ディランやドルイドに子供はできたのだろうか？
思えば不思議な縁だ。自分が過去に行かなければ、ハインリヒがこの時代に来ることはなく、子供が生まれることもなかったのだから
その夜は城で「ハインリヒおめでとうパーティー」が急遽開催されることになった。ゆりの恋人達も呼ばれて、ハインリヒの彼女達も
やってきていた。一人が妊娠したといっても、他の二人もうれしそうだ。一人できたということは二人目もできる可能性もあるからだろう。
パーティーに来ていたのはゆりの子供達に恋人達ではミカエル、フリット、ヴィラの3人だった。他は仕事だったり用事があったりしたようだ。
それでもそれぞれから思念でお祝いの言葉は届けられていた。恋人達の中では子供がいないのは残るはシャナーンだけとなった。
「おめでとう、ハインリヒ」
フリットがハインリヒの背中をぽんとたたいて言った。
「ありがとう。パーティーはいいが気が早すぎないかな？」
「王も大喜びでしたよ」
なにせハインリヒはこの時代では一番力の強い男だ。ラクシュミの期待も相当なものだろう。
「よかったな。種なしじゃなくて」
笑顔でそう言ったのはミカエルだった。
「誰が種なしだ」
ハインリヒは眉をひそめている。
「そう思ってましたよね、王妃」
ミカエルがゆりに話を振った。
「え？思ってたんですか？王妃」
「思ってないよ。そんなこと」
ゆりはあわてて否定した。
「ラギにー、種なしって何？」
話が聞こえたロイがラギに聞いていた。
「さあねえ僕も知らない」
本当か嘘かラギは答えた。アナスターシャとシスはハインリヒの彼女らと話をしている。
ゆりの目がぱっと蛇の目に変わった。ゆりはテーブルの端の方に座っているヴィラに近寄って行った。
「またヴィンセントにやいのやいの言われちゃうね」
そういうとヴィラは渋い顔をしていた。
「まあもう慣れてますからね」
「まだまだ若いからこの先がんばって♪」
「はいはい。所でさっき王妃の石像また見てきたんですが、面白いことになってましたよ」
ヴィラの顔がふいににやけた。
「面白いことって？」
「明日はどうするのかなあ？ふふっ」
「？？」
その頃、夜の博物館にやってきたシャナーンはゆりの石像を見てガーンとショックを受けていた。
なんと、手の平にいたはずの小鳥がゆりの頭の上にちょんと乗っている。
「ひどい・・・降りてください」
そう訴えたものの、小鳥は石のように動かなかった。元々石なのだからしょうがないが。
「あらら・・・」
後ろで声がした。振り向くとジュノーがいた。
「ヴィラに石像が面白いことになってるって聞いてちょっと見に来たんだけど・・・確かに面白いことになってるなあ・・・ははは」
「笑いごとじゃありませんよ」
シャナーンは笑顔のジュノーにむっとしていた。
「王妃の頭の上に乗っかるなんてひどいですよ」
「だけど王妃はこんな事で怒るような性格じゃないから。ほら、笑顔のままだし」
石像のゆりは笑みをたたえたままだ。
「街の人たちには見せたくないですよ」
「明日はどうするんだろうねえ。ふふふ」
「笑いすぎです」
「だって、王妃らしくてかわいいじゃないか」
「どこが王妃らしいんですか！」
シャナーンに怒られながらもジュノーは笑わずにはいられなかった。
あっそうだ手の平に戻せばいいんだ！
シャナーンはその事に気づいて小鳥を頭の上から離そうとしたが、小鳥はぴったりゆりの頭にくっついて離れなかった。
「くっだめか・・・」
「そういえば前に蛇にも乗られていたなあ。きっと親しみやすいから乗られてしまうんだろうな」
「困った小鳥だな。どいてくれないかな」
小鳥はシャナーンの愚痴に動じることもなく、頭の上に引っ付いていたのだった。
次の日、ゆりの頭に乗っている小鳥を見て困り果てた博物館の館長は、仕方なく王妃の石像を一時公開停止にしたのだった。
さすがにこれを公開するのはまずいと思ったのだろう。
「王妃様の石像が見られない？なんでだよ！」
「昨日まではちゃんと見れていたのに！」
博物館の前では突然の公開中止に人々がぶーぶー言っていた。
「あっもしかして誰かが壊したのか！？そうなのか？」
「そうなの？それで見せられないの？」
「違います。えー短い期間にあまりに多くの皆様に見つめられ、石像もちょっと心理的に動揺されてしまったようで・・・」
係員がしどろもどろでよくわからない説明をしていた。
「言ってる意味が分からないぞ！」
「王妃様の石像は体調を壊されているのです。ですから元に戻ったらまた公開いたします」
係員は真面目な顔でそう説明した。
「石像が体調不良？」
その朝、王の間では話を聞いたラクシュミが笑っていた。
「石像が腹でも下すわけでもあるまいに・・・そんな言い訳はないだろう」
「とっさに良い言い訳が思いつかなかったようですな」
同じように横ではザメハが笑っている。
「王妃はよく動物に頭に乗られますね。そこがまたかわいいんですけど」
ラクシュミに話を持ってきたのはミカエルだった。以前蛇に乗られていたことをジュノー同様思い出したようだ。
「そりゃいくらなんでも街の人たちには見せられませんな」
「ゆりは石像までも面白いな」
ラクシュミは全然ほめ言葉になっていない言葉を吐いて笑っていた。
その頃北の砦では、シャナーンの姿を見かけたエルバートが近寄って行き声をかけた。
「シャナーン、知ってる？王妃の石像が公開中止になってるんだよ。さっき博物館の前を通りかかったらえらい騒ぎになってたよ。
一体どうしたんだろうね？」
シャナーンが何か言おうとした時、その場にさっと一人の黒髪の女性が近づいてきた。
「エルバート様それどーいうことなんですか？王妃様の石像に何があったんですか？」
たまたま話を聞いてしまったセリアがいてもたまらず割り込んできたのだった。
「さあ、体調不良としか・・・」
「石像がどうやって体調不良になるんですか？」
「さあねえ・・・私もおかしいとは思ったんだけどシャナーン知ってる？」
「さ・・・さあ・・・」
頭に小鳥が乗ってるんだよ。とさすがにシャナーンは言いたくなかった。
それにしても体調不良はないだろう。せめて、石像を綺麗にするため、とか理由をつけれなかったのだろうか
なんて機転の利かない職員だ
「はっもしや・・・やはり夜一人っきりが寂しかったんでしょうか。それでしょんぼりしてしまったとか・・・」
以前の夜のシャナーンとのやりとりをセリアは思い出していた。しょんぼりした石像を思い描き、セリアは涙がでそうになった。
「毎晩行けばよかった。かわいそうな王妃様の石像！」
「いや、そういうわけじゃないと思うけど・・・」
シャナーンがちょっと困ったように告げている。
「い、今から仕事さぼって行っちゃいたい！」
「いや、大丈夫だよ。寂しいわけじゃなくてその・・・」
「シャナーン何か知ってるの？」
「知っているのなら教えてください！」
「とにかく大丈夫だから心配しなくても」
珍しくシャナーンは動揺気味だった。
「それじゃ仕事に行かないと！」
シャナーンは逃げるように瞬間移動で消えてしまった。
「あっひどい！今夜見に行ってみようっと。よかったらエルバート様も一緒にどうですか？」
「え？何をするんですか？」
エルバートがきょとんとして聞いた。
「王妃様の石像を夜こっそり見に行くんですよ」
「はあ、そうなんですか私は別にー行く」
エルバートは突然でかい声で言ったのでセリアがびっくりした。
「君とならどこにでも」
エルバートの目つきが微妙に、いやかなり大人びて目が細くなっている。
「そうですか。では10時ごろ博物館のロビーで」
セリアはそういって去って行った。エルバートの表情が元に戻り、あれ？という顔をした。とっさにカーライルが変わったのだ。
「今何かしました？」
ーよし、10時に博物館に行け
カーライルに言われてエルバートがぎょっとした。
「え？」
ーばかだな、ああいういい女の誘いを断るな。了解しておいたからな
「ええええ？」
先ほどのエルバートにはセリアに誘われた、という意識さえなかった。
ーお前は女に慣れろ。この時代にあの子のような強い女はそういないんだぞ。争ってでも奪うくらいの気にならなくてどうする
「はあ・・・すいません・・・」
ーお前には情熱が足りない
「そうですねえ・・・本当にその通りで」
カーライルが言うことも最もなのだが、女を奪いたくなるほど情熱的には死んでもなれないかもしれないと思った
エルバートだった。
そして夜、エルバートはちょっとどぎまぎしながらもとりあえず博物館のロビーに行ってみた。すると、博物館の中は夜だというのに
人でいっぱいだった。ランプの光が一杯見える。
「なんだなんだ？」
夜の展覧会でもしているのだろうか？
「あ、エルバート様！」
セリアが手を振りつつ近づいてきた。
「皆何してるんですか？」
見るとほとんど一族の者だった。瞬間移動で皆入ってきたようだ。
「皆さん噂を聞いて石像を見に来たようですよ」
「そうなんですか？」
「王妃様の石像、別に変わった所どこもなかったですよ」
気になったセリアはちょっと早めに石像を見に来ていたのだった。セリアはほっとした表情をしている。
「そうなんですか。それはよかった」
小鳥はすでに元の手の平の上に戻っていたのだ。それを見た皆が不思議そうな顔をしたのだった。
「体調不良って何だったんだ？」
「デマだろう。石像が体調不良になるわけない」
「そりゃそうよね」
「だまされたー」
石像を見た人たちはぶつぶつ言っている。
せっかくなのでエルバートも王妃の石像を見に行く事にした。
一杯のランプの光に照らされて、石像はちょっと恥ずかしげに見えた。
確かに石像におかしな所はどこもなかった。今日はなぜ公開しなかったのかわからない。
「ああ、服をちょっとだけでもいいから脱がしてほしい」
ぼそっと誰かの声が聞こえてきて、「何言ってるんです！絶対だめですからね！」とセリアが目をつりあげて怒っていた。
「冗談だよ。冗談」
「冗談でもだめです！」
「皆さん一体何やってるんですか！」
その時男性の怒りの声が飛んできた。見ると博物館の館長がずかずか歩いてくる。
「これじゃ鍵かけてる意味ないじゃないですか。帰ってください！」
館長にしかられて全員すごすごとその場を退散したのだった。
一同は博物館の外に移動していた。
今日は三日月だった。明日は晴れだろう。星が綺麗だ。
ーほら、酒に誘え誘え
カーライルに促され、エルバートは「セリアさん」と声をかけて右手をあげた。
するとそれに気づいたセリアは、「それではエルバート様、さようなら」と笑顔で返し、エルバートは「さようなら」と上げた右手を
下げたのだった。
ーああーもうふがいないー！！！
ーどうもすいません。まあ・・・・長い目で見てください
エルバートは寮に戻り、その夜は寮の仲間達と飲んだのだった。
王妃様の石像は次の日には公開が再会された。だが朝の新聞には「王妃様の石像の謎」と題された記事が載せられてしまった。
公開停止の理由は石像のメンテナンスのため、と書かれていたのだが、突然のメンテナンスの理由は謎である。
どうにも納得いかなかったセリアが館長に詰め寄ったが、理由は教えてくれなかった。その後ミカエルに聞いたらすんなり
教えてくれた。
話を聞いたセリアはもちろん驚き、「失礼な小鳥ね」、と怒っていた。だが「王妃は動物に好かれる性質だからな」
とミカエルに笑って言われてセリアは「なるほど・・」・と納得した。
王妃様の大らかなオーラがそうさせるのかもしれないわ
人だけではなく動物にも好かれる方なのね。素晴らしい！
「所でセリア、誰か気になる男でもできたか？」
ミカエルは不意に聞いてみた。
「いえ、別に」
「誰も？」
「誰も」
にっこり笑って返答され、ミカエルも諦めた。女としての目覚めはまだまだのようだ。
神の国では、ラーズが自分の神殿の奥の部屋に行ってみると、クーリーフンが床に座り込んで何か作業をしていた。
「何してるんだ？」
ラーズが横からのぞいてみると、クーリーフンは花びらを布に入れてしぼっていた。ピンク系の花びらが一杯白い器に入れられている。
その横の布の上にはいろいろな形の葉っぱがおかれていた。
「ん？ちょっと頼まれて・・・」
ラーズはクーリーフンがすることをじっと眺めていた。
「惚れ薬か何かか？」
頼まれて作るというのならそういう類のものしかない。クーリーフンは愛の神であるからだ。
「まあそういうものだよ。僕は苦手なのになあ。こういうの作るの」
「ガーベラは得意なのか？」
「さあ、あんまり頼まれる事自体ないからね。うーん、これはこのくらいでいいかなあ・・・」
「なあクーリーフン、ちょっと前に人間界に下りたんだが」
「へー・・・もうちょっと入れようかな」
クーリーフンはラーズの言葉を聞きつつも作業に没頭している。
「サーラが勝手に飛んで行くんで付いていったら、蛇の国の城で黒髪の女性に出会ったんだ。私らと意思の疎通が出来る人間だった。
どうやらサーラの顔見知りらしいんだが・・・心当たりないか？」
「・・・」
クーリーフンは手を止めてぱちぱちと瞬いていた。
「知ってるよ。彼女は・・・ガーベラの巫女になれそうな人だよ。身分が高い女性だから聖域には行かないけど、それで何度か会ったよ」
「へーそうなのか」
「何か話したの？」
クーリーフンはラーズの顔を見て聞いた。
「別に。なんだか気になる女性だったんだ。妙にどこかにひっかっかって・・・」
ラーズは首のあたりをぽりぽりかいていた。
「ふーん、気のせいじゃない？」
といいつつ、クーリーフンは作業を続行した。内心ちょとどぎまぎしている。
「まあいいけどな・・・ところでそれ誰に頼まれたんだ？」
「秘密」
「ふーん」
ラーズは部屋を出て行き、クーリーフンはほっと息を吐いた。
参ったなあ。サーラってば・・・一体どこまでわかっているんだろう・・・
サーラはクーリーフンがいつも連れて行くので勝手に行ってしまったのだろう。口止めしようにも相手がサーラでは難しい。
まあいいか、そう簡単には気づかないだろうしね
クーリーフンはぎゅっと布を絞って汁を出した。
こっちはこっちでどうなるだろう。ハロルドも普通にくどけばいいのにさ
惚れ薬のようなものを頼んだのはハロルドだった。ガーベラが変わった時に使う気のようだ。
わざわざこんな物を使うとは、よっぽど自分に自信がないのだろうか？そんな事を聞けば睨まれるだけなので言わないが。
まあいいか、相手は母さんだし
クーリーフンはそう気楽に思いつつ惚れ薬を完成させたのだった。
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