穏やかな陽の光が神殿に入り込んでいた。朝の演奏会が終わり、妖精達が神殿から出て行った後、部屋に残る大きな図体をした
神を見て、音楽の神ラメーンは疎ましげに目を細めていた。
「君」
「・・・・」
「君も出て行ってくれないか」
「ん？俺のことか？」
とようやくのっそりと男が頭をあげた。その神は獣の姿をしていた。獣神ライオネルだ。
「君以外にもういないじゃないか。たまにくるのならいいが、ここの所毎日来てやしないか？いい加減うっとおしいぞ」
ラメーンは貴族的な上品な顔ではっきりと告げた。
「いいじゃないかよー美しい音楽が聞きたい気分なんだからよー」
とライオネル。外見に似合わず音楽が好きらしい。
「君がいると部屋が狭く見えてかなわない」
「十分広いじゃないか。話聞いただろ？あのディアメラが結婚したって言うんだぜ。俺なんか何度も何度もくどいてそのつど
つれなくされたっていうのに・・・なぜいきなりサラディンと結婚しちまうんだ」
「知らないな。そんなこと。君はディアメラが好きだったのかね」
ラメーンにとってはどうでもいい話題だったようだ。
「ああ、元気がいいはねっかえりは好きだ。500年に一度くらいの割合でくどいてたのに・・・」
ラメーンは鼻でふっと笑っていた。振られる様子が目に浮かぶようだ。
「無謀なことが終わってよかったじゃないか」
「いつの間にサラディンとできてたんだか・・・・」
ライオネルがぶつぶつ言っていると部屋の中に一人の妖精が入ってきた。妖精はふんわりした大きなカールがかかった髪で、
大人というにはまだあどけなかった。スカートは膝上まででふわふわした何枚もの生地でできており、すらりとした足があらわに
なっている。
ラメーンが初めて見る妖精だった。妖精はラメーンにぺこりと頭を下げて、部屋の中で楽器が一杯あるところを指差していた。
「ん？君はしゃべらないのか？楽器が欲しいのか？」
ラメーンが聞くと妖精はうなずいた。
「あげれるものならあげてもいい」
そういうと妖精は部屋の奥に歩いて行き、いろいろな楽器を吹いたり触ったりして試していた。
「何の妖精だろう？」
「初めてみるなあ・・・」
何の妖精かはよくわからなかった。大方花か光の妖精だろうと二人は思った。
「ぷぷぷ、プピピ」
妖精は笛やオカリナのようなのを吹いていたが、やがて一そろいの楽器をラメーンに見せた。それは丸い木に銀の鈴が３つ
ついているもので、ただ鈴を鳴らすだけの簡単なものだった。
「それならあげてもいい」
妖精はにこっと笑ってラメーンに投げキッスした。
すると口からピンクのもやっとしたものが出てラメーンの元に飛んできた。それはハートの形をしていた。
「？」
ラメーンはそれを横に避けた。するとピンクのハートは消えてしまった。妖精は「なんで避けるの？」というのような目で見ている。
「さっきのはなんだ？」
妖精はもう一度投げキッスをした。するともう一度ピンクのハートがぽわんと飛んできたのだが、ラメーンはまたよけた。
わけがわからないがハートを受けると何か起こりそうな気がする。
「俺にもしてくれ」
興味を惹かれたライオネルが言ったが、妖精はアッカンベーをして部屋を出て行ってしまった。
「あ、ひどい」
「ははは、妖精にも振られたな。しかしさっきのは何だったんだろう？」
「さあな」
妖精はもう行ってしまったので、二人はさっきのハートが何だったのか知る事はできなかった。
第21話
人間界にて、朝食の時間、ゆりは難しい表情で食事を食べていた。
パンをかじりつつも眉間に皺がよっている。
ゆりが考えていたのは昨晩行った神の国のことだった。いろいろ事件が起こったので頭の中で整理していたのだ。
サラディンとガーベラが別れた。でもお互い嫌いで別れたわけではないようだ。
そこにディアメラ登場。どうもアシュランの仲介でサラディンの元に押しかけたようだ。
この二人の関係は謎。サラディンに話を直接聞いてみないとよくわからない。
次に行った時にはサラディンとガーベラの仲が元に戻っていればいいんだけど・・・
私ってばガーベラに入ってると強気になっちゃうのよねーやっぱり美しすぎると違うのかしらー・・・
「母様どうかしたの？」とシスに聞かれた。
「昨日神の国に行ったらいろいろ事件があってさー」
「へー」
「聞きたい？」
ゆりが言いたそうだったのでシスはうなずいた。
「昨日はいろんな神様に出会ったよ。まずはハロルドに会いに行ったら鎧着てた。鎧姿はかっこよかったよ。ずっとあれでいればいいのに
と思ったくらい」
「いいなあ僕も見たいなあ」
ラギが言った。
「かっこいいんだろうねえ」
「そしたらハロルドにガーベラはサラディンと別れて他に女ができたって聞いてさ、ショックを受けた私は犬と遊んでたんだけど、
話を聞くとどうもその裏にはいろいろ事情があるようで、サラディンの相手というのが月の女神ディアメラなんだけどね、ディアメラが
サラディンの神殿に押しかけたらしいんだよ。アシュランがディアメラの神殿に帰れなくして男と住まわすようにしたとかなんとかそんな事
言ってたかなあ・・・だから二人は愛し合って一緒にいるわけでもないみたい」
ゆりは記憶を手繰りつつ言った。上の３人の子供達は顔をあわせていた。
「すごーい、本の出来事が神の国では今進行中なんだ」
アナスターシャが言った。
「本？」
「最近送ってきた神話の本に載ってたよ。それらしきこと」
ラギが説明した。
「本当？どう書いてあったの？ガーベラとディアメラ対決した？」
「サラディンがディアメラを口説いて結婚したとしか書いてなかったよ」
「えー！！！」
「これからの動向によっては変わるのかなあ？」
「すごいねーやっぱ神話の本って誰かの予知なんだ。誰だろ。神様かな？」
アナスターシャが興奮気味に言った。
「そうなんじゃない？でも内容はだいぶ違うような・・・サラディンがディアメラ口説いて結婚したって所からして嘘じゃん」
「まあ予知なんだからしょうがないよ。いくら神様だってガーベラに時々人間が入ってるなんて予知できるわけないし」
とラギ。それも最もなことだ。
「それでサラディンを取り戻そう！と思った所で帰ってきちゃった。あの後ガーベラが会いに行ったのか気になってるんだけどなあ・・・」
そんな勝手なことしていいのだろうか？と子供達は思った。
「ガーベラはなんで母様に体貸すのかなあ？」
アナスターシャが首をかしげていた。一番の疑問はそこだった。
「さあ？」とシスも首をかしげたが、ラギが、
「面白いことしてくれるからじゃない？あまりに長い間生きてると刺激が欲しくなるんだよ。ほら、ハザーク様が母さんの竪琴
聞いてるのと同じだよ」
と真面目な顔で言った。
「ナルホド」
とアナスターシャは納得していた。そこは納得する所じゃないだろう、とゆりは突っ込みたくなったがやめた。
「面白いことじゃなくて楽しい事してくれるからじゃない？」
シスは微笑みつつ可愛いことを言っていた。さすがシスだ。
「ありがとう。私としてはガーベラにサラディンとより戻してほしいんだな。だって別れたままだと温泉にいけないし」
ナナミとロイの二人は会話についていけなかったのでもくもくとご飯を食べてデザートを食べていた。
今日のデザートを見てゆりはうわっとのけぞった。綺麗にむかれたリンゴだった。
リンゴはゆりの前にも置かれた。
「・・・・」
ゆりは不気味な物でも見るようにリンゴを見ていた。
「どうかなさいましたか？」
リンゴがいたんでいたのかとでも思ったのだろう、ちょっと不安げに侍女がゆりに聞いた。
「ううんなんでも。今日は気分じゃないからいいわ」
「そうですか」
リンゴは当分食べる気がしない。神の国で歯が抜けた話だけはしないでおこうとゆりは心に決めていた。
子供達から大ブーイングが起こるのは目に見えている。
ゆりは部屋でディアメラのことを調べることにした。子供らに聞けば一発で分かるが、たまには自分で調べようと思ったのだ。
ラギにいつもばかにされるからだ。ゆりは自分の部屋にある神話の本をめくってみた。挿絵が多く、イラストを見ているだけで
楽しい本だ。
「夜になりました。月の女神ディアメラの馬車が空を飛んでいます。ディアメラは元気がよくて美しい女神です。ところが男が嫌い。
今まで何人もの神様が求婚しましたが皆断られました。『私は一人でいいのよ。結婚なんてしないわ』それが女神の口癖でした。
仲の悪い女神もいました。ディアメラはアシュランの子供でしたがヒルデリアの子供ではなかったため、ヒルデリアによく思われていな
かったのです。ディアメラを生んだ妖精は、100年もの間ヒルデリアに小鳥に代えられてしまいました。そのためディアメラは
ヒルデリアを良く思っていなかったのです。女神の水浴をのぞいた神には激しく怒ったりもしますが、ディアメラは普段は優しい女神でした。
ディアメラは月が綺麗な晩にはたいてい月の妖精達と踊ったり歌ったりして楽しみました。夜道で迷った旅人達には、時折
月明かりが道しるべとなって示される事があります。ディアメラが道を教えてくれたのだと、旅人達にはその都度感謝されています。』
本には月の下にいるディアメラの挿絵があった。女神にしては髪は短く、快活そうな美女だ。
「ふーん・・・まあ子供向けの絵本じゃこんなものかあ・・・・しかし、ギリシャ神話のアルテミスに似た話ね・・・」
ノックの音があり、ミカエルが部屋に入ってきた。
「はい、王から預かりましたよ」
ミカエルはミシェイラを抱っこしていた。
「ありがとう」
ゆりはミシェイラを受け取った。
「あーあー」
「とーのところにいたの」
「あーあーあー」
ミシェイラはゆりの膝の上に座り手をぶんぶん振っていた。
「金色の髪がだいぶ目立ってきましたね。普通にしてても見えますから」
ミカエルが言った。前は上は銀色で銀の髪の下に金髪があるくらいだったのだが、今ではちょこんちょこんと金髪の髪が上にでて
きている。
「そうだね。その内全部金髪になったりしてー」
「それはそれでいいですけど。神話の本ですか」
ミカエルはテーブルの本に視線を落した。ミシェイラの髪に金髪が混ざろうが全部金髪になろうが、周りはどうでもいいようだ。
「うん。ミカエルはディアメラのこと良く知ってる？」
「月の女神でしょう？普通の事なら知ってますよ。でも男とのからみがないから面白くないですよね。私はやっぱりダーナか
ガーベラのほうがいいなあ。ベッドでの話がいろいろあるから」
ミカエルがにやっとして言った。
「これこれ」
「子供の頃は心ときめいたんですよ。神々のベッドでの話。やっぱり一番ガーベラがすごくて」
「そういう本も聖地が発行してるわけ？」
「どうだったかな。この国でも発行されてますよ。赤い月の教本にされることもたまにあります」
「教本って・・・ありがたい神様をナンだと思ってるんだか・・・」
ゆりはちょっと呆れていた。
「神様のお話だからいいんですよ。そういえば、ディアメラとガーベラは仲悪かったようですよ」
ミカエルが思い出したように言った。
「へーそうなの？なんでかな？」
「男嫌いだからガーベラのように恋人が一杯いるのが嫌なんじゃないですか？それでは今日は仕事なんでこれで」
ミカエルは珍しく早めに去って行った。
「ふーん、なるほど・・・じゃあダーナとも仲悪いのかな？」
そういう理由でガーベラが嫌いならダーナも嫌いなはずだ。
ーとーとー
ミシェイラが思念を送ってきた。
「とーはお仕事ですからね」
ーぱっぱ
「ぱっぱ？」
ーぱっぱっ
「？？」
その時ゆりの左目が蛇の目に変わった。
「よーし瞬間移動で遊ぼうー」
「きゃはは！」
ぱっぱっは瞬間移動の事のようだ。ミシェイラは自分でも移動できるのだが、誰かにやってほしいようだ。
「いくよー」
ゆりはミシェイラを連れてあちこちぱっぱと移動した。
さて、神の国では、ガーベラがダーナからの戦利品を手にうれしそうな顔をしていた。二人は昔賭けをしていた。どちらが先に
愛の妖精を生むか賭けていたのだ。負けた方は宝物を一つ渡すこと、と約束していた。ガーベラは悔しがるダーナから
昔から大事にしていた竪琴をもらってきたのだった。技の神ジェラルドが作った神器で、これを弾くと植物が成長しつぼみも
花を開く。冬でも春のようになってしまうのだった。
「あーうれしいーこの音色！いいわー前から欲しかったのよねー」
ガーベラは楽しそうに竪琴を弾いていた。竪琴の作用よりも音色の素晴らしさにご満悦のようだ。
「どう？素敵だったでしょ？」
一曲弾き終わりガーベラがベッドにいる神に聴いた。
「確かにいい音色だなー」
「でしょー？」
「・・・・ぐう・・・・」
「もう一曲ねー」
ガーベラは勝手に弾きだしていた。ベッドで寝ていたのはオルガだった。今は昼過ぎ。オルガの睡眠時間にあたる。
ガーベラは竪琴をもらった翌日、うれしさのあまり恋人達に竪琴を披露して回っていたのだった。
「もーオルガったら起きてよー」
ガーベラはオルガの体をゆすっていた。
「うーん、それで愛の妖精ってどんなのだ？」
「どっか行っちゃった。名前決めた方がいいのかなあ。まだ決めてなかったの」
愛の妖精は一言も発することもなかった。一口に妖精といってもいろいろで、生まれ方も様々。男の神も妖精を生むことがあるほどだ。
オルガも昔吐息から夜の妖精を生んだことがある。その場合あまり親子関係というのはないようだ。
「ガーベラみたいにかわいいのか？」
「かわいいよ。誰かに手出されないか心配かも」
「ははは、一人きりだと空から一番危ないのが降りてくるかもな」
どうやらアシュランのことを言っているようだ。
「まだ少女っぽいけどねー危険だわ」
それについてはガーベラも否定しないようだ。
「ところでサラディンのこと何か進展はあったか？」
オルガはごろりと横を向いて聞いた。
「え？ああ・・・二人の結婚は怪しいってことはわかった」
ガーベラはクーリーフンから聞いた情報を教えた。ジンラに会った際、ジンラもサラディンと話したことをガーベラに伝えていた。
「ふーん、まあアシュランが思うことも一理あるかもな。サラディンはあれで情の深い奴だからな。しばらく同じ神殿にいると
情がわいてしまうかもしれないぞ」
「ふーん」
ガーベラは口を尖らせていた。
「取り戻したいなら早いうちに行動した方がいいぞ」
「でもサラディンはもう私が好きじゃないかも」
「そんな弱気はらしくないぞ」
「そうね、とりあえずサラディンに会ってみるわ」
そう告げたガーベラはとりあえず自分の神殿に帰ることにした。火の神殿に行くのはどうも気が進まない。
白馬に乗ってとぼとぼ自分の神殿に帰り、「そうだわ、水浴でもしてさっぱりしよう」そう思い立った。そこへ生まれたばかりの
愛の妖精が帰ってきたのだった。
「あら、どこ行ってたの？」
妖精は両手に何かをもって振っていた。シャンシャン音がする。
「誰にもらったのそれ」
妖精は鈴をシャンシャン鳴らして右手を握り締めて上にあげていた。
「？？」
意味がわからないでいると神殿の外に連れ出された。
そして白馬を側に連れてきた。
「もしかして乗れって言ってる？」
そう聞くとうなずいた。
「もしかして火の神殿に行けってことじゃないよね」
ガーベラがおずおずと言うと妖精はまた右手をあげていた。
そして鈴をしゃんしゃん鳴らしている。あまりにせかすのでガーベラは白馬に乗った。すると後ろに妖精も乗った。
「なんなの。この子はー」
白馬は火の神殿めがけてかけていったのだった。
まあサラディンと話をしなきゃいけないところだし、しょうがないなあ・・・・もうちょっとゆっくり行こうと思っていたのに
ガーベラはそう思いつつ白馬から降りて重い足取りで火の神殿に入って行った。妖精も後からついてくる。
火の妖精に出くわしたのでガーベラは「サラディンいる？」と聞いてみた。
「えーあの・・・」
妖精が言いかけたとき、
「あら、ガーベラじゃないの」
と女性の声が聞こえてぎょっとした。腰に手をあてて立っていたのは、しばらくぶりに見る月の女神ディアメラだった。
心なしかふんぞり返ってガーベラを見ている。
「あら、ディアメラ。久しぶり」
ガーベラの顔は引きつっていた。相変わらず勝ち気そうな女神だ。
「何か用かしら」
シャンシャン音がした。後ろを見ると、愛の妖精が両手で鈴をシャンシャン鳴らしていた。どうも応援しているらしい。
「サ、サラディンは？」
「サラディンならいないわよ」
「え？そ、そうなの？」
「人間界の火の祭りを見学されてます」
と妖精が言葉を補い、さっさと逃げるように去っていった。
「・・・・」
ガーベラは気まずそうに、ディアメラは嫌な奴でも見るような目でお互いを見ている。まだ鈴がシャンシャン鳴っていた。
「ちょっとあなたうるさいわよ。静かにしてちょうだい」
ディアメラが妖精に言った。妖精はディアメラにベーと舌を出したのでディアメラの眉がつりあがっていた。
「むかつく妖精ね！」
「まあまあ、短気は相変わらずね」
「うるさいわね。私は今サラディンとうまくやってるの。邪魔しないでちょうだい」
ディアメラがぴしゃっと言い放った。
「本当に？男嫌いのくせに」
「うまくやってるわ。今まで追い出されてないのがその証拠でしょ」
「ぐっ・・・・」
「他人の愛を応援するのもあなたの役目、応援してちょうだい。それじゃさよなら」
「う・・・うう・・・」
ガーベラに反論の余地もなく、ディアメラはガーベラに背中を向け、月の妖精達が「ごきげんよう」といいつつガーベラを
神殿の外に押しだした。
愛の妖精は鈴を振ってガーベラを元気づけていたが、ガーベラは、「帰りましょう」といって白馬に乗って帰って行った。
肩はうなだれている。
ディアメラはその頃高笑いをしていた。
「やったわ。ようやくガーベラに長年の恨みを晴らせたわ！ほほほほ。こんな楽しい事はないわ。今から宴会よ！」
ディアメラは妖精達に指示を出してお酒を飲んで盛り上がったのだった。どうやらガーベラによっぽど恨みに思っている
ことがあるようだ。
それを見ていた火の妖精は、「もしやガーベラ様に対する嫌がらせでここにいるのだろうか？」そう思ったのだった。
夕方になり、サラディンが神殿に帰ってきた。
「まだディアメラいるのか？」
サラディンは驚いた。実は出る時にあからさまな嫌がらせをして出て行ったのだ。それはディアメラの部屋の温度をかなり
あげるというものだった。普通の神ならばすぐ出て行くだろうし、帰ってくるころにはディアメラはいないだろうと思っていた。
それなのに平気でいると聞いて驚いたのだ。
「おかしいな。アリアスならわかるが、ディアメラも熱いのに強いのか？」
続いてサラディンは昼間ガーベラがここに来たことを告げられた。
「ガーベラが・・・」
「ディアメラ様に追い払われてしまいましたが・・・」
「そうか」
サラディンはため息をつきつつディアメラの部屋に向かった。ディアメラは宴会も終盤というところだった。
「ディアメラ、今日こそは話がある」
「あらお帰りなさい」
ディアメラは上機嫌でサラディンを見た。
「いつまでここにいる気・・・ん？この部屋どうなってる？」
部屋の中は薄い光の幕に覆われていた。
「今日はなぜかすごく暑かったから、結界石を使わせてもらったの」
「結界石？」
よく見ると部屋の隅四箇所に丸い金色の石が置いてあった。幕の中に手を入れると、温度がかなり低かった。
「ここにくる前にアシュランがくれたの」
「そうなのか？」
といいつつ、内心では「あのバカ・・・・」とアシュランに愚痴っていた。どうやらこれのせいで嫌がらせの効果もなかったようだ。
「こんな事いつまで続けるんだ。お前私と夫婦になる気さらさらないだろう？」
「とりあえず一つ目の目的は果たしたわ。でもまだまだアシュランの目があるからもうしばらくここにいさせてちょうだい」
「アシュランの目？」
「約束したのよ。とりあえず男嫌いを治す努力をするって。だからしてるの。外ではもう結婚した事になってるようだけど」
「私が困る。迷惑だ」
「そんなに迷惑かけてないでしょう」
「他の神殿に行ったらどうだ？」
「嫌よ。ルティアナとも仲良くなった所だし」
「全く・・・・」
ディアメラはサラディンのことを全く恐れてはいない。こういう相手にはいくら脅しをかけても通じないものだ。
サラディンは仕方ないな、とため息をついて部屋を出て行った。ディアメラも元々こういう勝気な性格ではなかったはずだ。
生まれた時からいろいろなことがあり、こういう性格になったのだ。その一部の事件についてはサラディンも同情はしていた。
ディアメラは神格が高いながらもヒルデリアに良く思われていないため、ずっと肩身の狭い思いをしてきた。しかも今になり
男嫌いを治せとアシュランに言われるとは。
ディアメラにもかわいそうな所があり、サラディンもそれを思うと冷淡にもできない。
ガーベラと別れなければこんなことにならなかったものを・・・・
サラディンはガーベラと別れたことを後悔していた。別れなければこんな面倒な事に巻き込まれる事もなかっただろう。
今は、ガーベラのかぐわしい匂いが懐かしかった。
翌朝、ガーベラは枕元にピンクの大きな巻貝が置いてあるのを見た。伝言貝だ。耳に当ててみると、声が聞こえてきた。
『ガーベラ・・・来てくれたんだってな。留守にしていてすまなかった。私はディアメラとはどうなる気もない。もうしばらく待ってくれ
愛している。ガーベラ・・・・』
サラディンの声だった。夜中やってきて置いていったようだ。
「サラディン・・・」
愛しているといわれてガーベラは感動した。何度も何度も伝言を聞き返したのだった。
愛の妖精の名前は「シャリィ」に決まった。ガーベラの一部から生まれただけあって、性格は他の妖精とはちょっと変わっている
ようだ。シャリィはシャンシャンなる鈴の音をもじったものだ。
「なあ、シャリィはなんでいっつも鈴鳴らしてるんだ？」
ある日ジンラがクーリーフンに聞いた。シャリィは今虹の女神サーラと一緒にジンラの神殿の外で鈴を鳴らして遊んでいる。
「なんだか気に入っちゃったみたいでさー」
クーリーフンにもよくわからなかった。話さない代わりなのかもしれない。
「でもかわいいね」
アマンザはにこにこして言い、「たまに変な事するけどね」と付け加えた。
さすがガーベラの分身だけはあるな、とラーズが言っているくらいだが、クーリーフンもそれは否定できない。
とにかく面白い妖精だ。
「ピンクの変な物飛ばしたんだがあれなんだ？」
ジンラが聞いた。
「ジンラも飛ばされた？さあ、まだ誰もまともにくらってないからわからない。アマンザくらってみて」
「え！？」
アマンザがぎょっとしていた。
「愛の妖精だから愛関係の事が起きると思うけど」
「僕やだよー」
とアマンザ。
「クーリーフンくらってみたらどうだ？」
ジンラが笑いながら言った。
「えー僕はいいよ」
愛の妖精が３人を見てちゅっと投げキッスをした。ピンクのハートが飛んできて、３人はささっとよけ、ハートは消えてしまった。
妖精シャリィは頬を膨らませている。くらったら何が起こるか気になる所だが、自分はくらいたくはない３人だった。
「クーリーフン、サーラ鈴いる！同じの！」
鈴を気に入ったサーラはクーリーフンにねだった。クーリーフンの名前をちゃんといえるようになったようだ。
「誰がくれるかな？これどこでもらったの？」
クーリーフンががシャリィに聞くと、シャリィは両手を顔の横にあてて人差し指と中指を細かく動かした。
「ああ、ラメーンにもらったの。まだあるかな？行ってみよう！」
クーリーフンがすぐに言ったので、ジンラは「今のでよくわかったな」と感心していた。
クーリーフンはサーラを連れて行ってしまった。ジンラとアマンザが二人を見上げている隙に、シャリィはハートを飛ばした。
「うわっ」
ジンラは間一髪という所でのけぞってハートを避けた。ハートは目の前で消えた。
「だめだぞ。闇雲に飛ばしちゃ」
ジンラは優しく忠告した。だが内心ちょっとひやひやしている。
シャリィは可愛い顔で頬をぷっと膨らませて、鈴をしゃんしゃん鳴らしながら去って行った。
「ぷっかわいいなあ」
アマンザは笑っていた。
シャリィはしょっちゅうガーベラに火の神殿に行くようにせがんでいた。どうやらサラディンを取り戻してほしいらしい。
「その内サラディンがなんとかするから、ちょっと待ってね」
ガーベラはシャリィに言っていた。愛しているといわれたのでガーベラもちょっと安心したようだ。
「ねえ母さん、あっちが来たときはどうするの？」
クーリーフンが聞いた。
「その時はまあ好きにやってくれたらいいんじゃない？」
ガーベラは気楽に答えた。
「懲りないね」
「もう一人の私だからいいのよ」
ガーベラはゆりが何をやってもあまり気に留めていないようだ。というよりもおとなしくされるよりもいろいろされた方がうれしいらしい
のだから困ったものだ。
ゆりが再び神の国にやってきたのは、前回から一月ほど経ってのことだった。
気づくと綺麗な泉のほとりにいた。泉をぼんやり眺めているとシャンシャンと鈴の音が聞こえてきた。振り向くと、前回生まれた
愛の妖精が鈴を振りながらやってきている。
「まあかわいい」
妖精はゆりの手を引っ張り、白馬の元に導いた。
「ん？どうしたの？どこ行くの？」
乗るようにジェスチャーされてゆりは白馬にまたがった。すると妖精も後ろに乗り、馬はどこかに駆けていった。
しばらくすると地面が草から岩肌へと変わった。
「あ、火の神殿」
岩肌には一つの大きな神殿が建っていた。
白馬は火の神殿の近くで止まり、馬が腰をかがめたのでゆりも妖精も馬から下りたのだった。
うーん、なぜここにきたんだろう。それよりもあれから進展あったのかなー？
何も分からないまま、ゆりは愛の妖精に手を引かれて神殿の中に入って行ったのだった。
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