「ハザーク様〜」

甘え声でハザークに抱きついてみた蛇目のゆりだったが、体はつるんとすべり、ゆりの体は床に寝転がっていた。

それを見たハザークは長いすに座ったまま、「面白かったぞ今の」と言った。

「別に受けを狙ったわけじゃないですよ」

ゆりは起き上がりつつ言った。男が触れないのは、蛇目のゆりも一緒だった。ハロルドの魔法らしきものにかかってからというもの

どちらのゆりも男には触れられない日々だ。

ゆりはちぇっと言いつつハザークの横に座った。触れないと思うと余計触りたくなるのが人間の心理のようだ。

「子供らが王妃がまた面白いことになったと言ってたぞ。今のことか？」

「そうですよ。なぜか男に触れられないんです」

「なんでだ？」

「さあ・・・・きっと誰かがやきもち焼いたんじゃないのかな〜？」

「今まで男に触りすぎたからじゃないのか？」

ハザークは真面目な顔で言った。

「触りすぎたって、そんなに触ってませんよー」

「そうか？」

「歴代の王妃の中で一番清く正しい王妃ですよ。私」

「・・・・」

ゆりの冗談とも取れる言葉にハザークはまったく賛同しなかった。

「沈黙は同意ですね」

ゆりがにやりとして言った。

「いや、全然同意してないぞ。一番面白い王妃ってのには同意するが・・・」

「面白いは聞き飽きました。もっと別の言葉でほめてください」

ゆりが顔を寄せるとハザークは上を向いて目を閉じ、「うーん」と考え出した。すぐにほめ言葉が浮かばなかったらしい。

「王妃は今までの王妃で一番・・・髪が黒い」

ゆりの肩はずるっと滑っていた。

「それはほめ言葉じゃないです」

「じゃあ一番肌が柔らかい」

「もういいです」

ゆりは頬を膨らませていた。

「一番足が・・・」

「言わなくていいです」

今度はゆりの方がさえぎった。

「大体ハザーク様は蛇なんだから足が長いとか短いとかどうでもいいじゃないですか・・・」

ぶつぶつ言いながらゆりは部屋の中でくねっていた蛇を見てぴーんとひらめいた。

「あ、そうだ、ハザーク様が蛇だったら触れるかも。ちょっと試してみましょうよ！」

「ん？そうか？」

ゆりが椅子からどいてハザークは蛇に変わった。長いすからはみ出るほど一杯に金色の胴体がとぐろを巻いている。

ゆりは蛇の胴体に普通に触ることができた。

「やったあすりすり」

ゆりは太い胴体にほお擦りした。


ー我はあんまりうれしくないが・・・


「触れないとなるとむしょうに触りたくなるものなんですよねー」

ゆりはここぞとばかりに胴体に触りまくっていた。でもなんだか虚しくもある。

「ああ、男の体に触りたいー」

ゆりの頭にぺしっと何かがあたった。

「いたっ」と言って後ろを見ると、ハザークの尻尾が後ろの方に移動していた。

「もー何するんですか」


ー尻尾が滑った


「もーハザーク様ったら焼餅焼きなんだから」


ーまあしばらくそのままでもいんじゃないか？

「よくないですよ」


ー何なら蛇の恋人作ったらどうだ？


「ハザーク様以外に蛇の恋人作ってどうするんですか」


ーいろいろ語り合えばどうだ


「ハザーク様以外とは語り合えません」


いくら男の体に触れないといってもそこまでしたくない蛇目のゆりだった。


第24話


ゆりがハザークといちゃついて（？）いるころ、シスは自分の部屋にいた。椅子に座り、首から下に布をかけている。

後ろにはしゃれた感じの一人の中年の男。その更に後ろには不安げな顔の侍女達が固唾を呑んでシスを見守っていた。


男は手にハサミとくしを持っていた。だが、その手はしばらくさっぱり動いてはいない。いや、よく見るとわずかに震えていた。


「早くー」

シスはせかすように言った。

「だめです。私には・・・私にはできません！」

男はハサミを下に下ろした。腕がいいと評判の町の美容師である。

「えー！！」

「こんな綺麗な銀の髪にハサミを入れるなんてなんか罰当たりで」

「罰なんて当たらないよー」

「シス様はこのままで完璧ではないですか。髪切る必要なんてないですよ」

「そうですよ。このままのばしましょう」

「そうしましょう！」

侍女らがここぞとばかりに賛成した。

「えー・・・」

王族の髪は普段なら侍女らが切ったりしているのだが、髪をばっさり切ってほしいというシスに侍女らが全員できないといい、

シスはわざわざ美容師を呼んだのだった。

シスの髪は今背中の真ん中あたりまである。ラクシュミ譲りのうねった銀色の髪だ。今までは伸びてもそろえるだけだったが、

シスは初めてこの髪をばっさり切りたいと思いたったのだった。

銀の髪は一族らにとってはもっとも貴い髪の色である。侍女らが髪を切るのを嫌がるのも無理はない。

美容師はハサミをテーブルにおいてしまった。


「シス様はこのままで完璧ですよ。では私はこれで」

「いくじなし〜・・・」

シスの小さなつぶやきを聞く間にも、美容師はさっさとハサミをかばんにしまい部屋から出て行ってしまった。


「あーよかったですわーほっとしました」

「本当に。切られなくてよかったですわー」

侍女らは胸をなでおろしている。

「お茶でも入れましょうね」

「シス様はやはりその髪型でなければ・・・」

「ちぇっ」

シスは体にかけてあった布を取りさった。

「だめかー」

壁の鑑を見ると髪が長いままの自分の顔が映っていた。


髪を切りたい、とシスが思い出したのにはある理由があった。

たまに学校に行き同じ年くらいの男の子達を見ると、どうも自分と違うと思えてならないのだ。

皆男の子らしいのである。それに比べて自分はまだ中性的というよりも女の子にも見られかねない。

最近一緒に遊んでいてもどうにも気になるのだ。

シスは今年２０歳になる。２０歳といえば、この世界の子供たちには第一次思春期のようなものが訪れる。

シスも外形を気にするお年頃になったのだ。

日々たくましくなるロイを見ていたらなおさらなのかもしれない。同じ兄弟とはどうも思えない。



ちなみにこのことをシスはいろんな大人に相談してみた。

母親であるゆりに相談すると、

「そうね、シスは筋トレするといいかもね」

との言葉が返ってきた。

「キントレって？」

「体を鍛えるのよーそうしたら男らしくなるかも」

「うーん」

シスは体はまったく鍛えていないわけではない。剣の修行もしているが、なかなかたくましくはならないのだ。

特訓の合間をぬって鉄の塊を上げ下げしてみたが、毎日疲れるだけだった。

そこでたくましいイシュタールに相談してみた。

「僕もラリーやヴィンセントみたいに男っぽくなりたいんだけど、どうしたらいいかなあ」

ラリーやヴィンセント達は子供ながらにどっからみても男の子だ。シスもそうなりたいのだ。

「こればかりは体質がありますからねえ。王子は魔法の特訓もありますし、毎日疲れすぎるのもよくないですよ」

「そうかなあ・・・」

「大人になれば男らしくなりますから」

「うーん・・・」

大人になるまではまだだいぶある。それまでこのままでいいのだろうか。


シスはミカエルに相談してみたが、ハハハと笑われてしまった。

「ひどい、僕は本気で悩んでいるのに」

「王も子供の頃はどっからみても女の子でしたよ。大人になればいやでもたくましくなりますから」

「そうかなあ・・・」

ラクシュミも子供の頃は線が細く、女の子でもいいくらいの外見だったようだ。そのラクシュミも今は背も高くそれなりに肩幅もあり

シスから見れば男らしいので、シスも大人になればそうなれるかな、と思っていた。

「僕もロイみたいにやんちゃになれば男らしくなるかな」

「城のガラス窓割ったりしてみますか？」

ミカエルに冗談っぽく聞かれた。常識的なシスにはどうもそういういたずらはできそうにない。

まあ今はしょうがないかなあ・・・と思いかけたシスだったが、ある事件があった。


ある日城の廊下を歩いていたら、兄弟以外の子供と出くわしたのだった。城の中にめったに子供はこないので珍しいことだった。

子供はロイよりも小さいようだったが、黒髪のつんつんヘアで悪がきっぽい男の子だった。

「あれ、君は・・・・」

とシスが言いかけたとき、男の子が「あー」とシスを指差した。

「アナスターシャ様だ！すげーきれー！」

「え・・・・・」

「きれーきれー」

男の子は目を輝かせつつシスに近づいてきてシスを見上げていた。

「握手、握手してください。握手」

「え・・・ああ」

男の子は強引にシスの手を握り締めた。

「僕、未来の花婿候補。よろしく」

「は？」

シスが呆然としていると、廊下にハインリヒが現れた。

「あっ！侵入者のガキはお前だったのか」

ハインリヒは子供の顔を見るなり目をつりあげた。

「げっやべっ黒蛇のおじさんだ。じゃあねまたねー」

逃げようとした子供だったが、すぐにハインリヒに捕まり首根っこを捕まえられていた。

「いて、いてててて」

「一体今日は何しにきたんだ」

「何って、王妃様が元気かなーと思って・・・」

「勝手に忍び込むな！」

男の子はハインリヒにぴしっと頭をはたかれて連れて行かれた。


「あの子ミルキダスの子供のゼッドだよなー大きくなったなーそれにしてもハインリヒがあんなに感情的になったところ

見たの初めてかも・・・・」

男の子はゼッドだった。シスは赤ん坊の頃ともう少し大きくなってからのゼッドを見ていたが、最近は会っていなかった。

だからゼッドは間違えたのだろう。


「・・・・ひどい、僕今日はズボンはいてたのに・・・」

ローブ姿ならまだしも、今日は一応男の子っぽい格好はしていた。それでも間違えられたシスはショックのあまり、顔を横に

傾けつつとぼとぼ歩いて行った。


「ラギー」

突然目の前にぬっと現れたシスに、ラギは「わっ」と驚いて手に持っていたビーカーを落としそうになった。ここは研究所である。

「び、びっくりした。どうしたの？」

「聞いてくれよ！僕、僕さっき姉様に間違えられたんだよ！」

シスは泣きそうな顔で手を握り締めていた。

「ふーん、そうなんだ」

「ふーんじゃないよ。僕はショックだったんだよ。どっからみても男の子になりたいよ！」

「まあ落ち着いて・・・」

ラギはビーカーを机の上においた。周りにいる職員達は皆こちらに注目している。

「僕の顔ってそんなに女の子っぽいかなあ・・・」

「そんなことないよ。ただ、姉さんを見たことない人が兄さんを見ると、間違える可能性はあるよ。兄さんはその髪型だし」

「髪・・・よし、髪を切ろう！」

シスは突然元気になり言った。

「え？切るの？」

ラギの目が真ん丸くなっている。

「ロイみたいに短くすれば男の子に見られるよね」

「そりゃまあそうかもしれないけど・・・」

「さっそく切ろう！じゃあね」

シスは元気になって去っていった。案外単純だ。

「あ、兄さんってば・・・誰も切ってくれないと思うけど・・・」


ラギの予想通り誰もシスの髪を切ってくれなかった、というわけだった。



美容師にも切ってもらえなかったシスは、夜机に向かって手鏡で自分の顔を眺めていた。髪を短くすれば、どっから見ても

男の子に見られるはずだ。

「うーん、そうだ、こうなったら自分で髪切っちゃおうかなーそうしよう」

シスは机の中から普通のハサミを取り出した。そして左手で髪をまとめて右手にハサミをもった。

なかなか髪にハサミを入れる事ができない。

「・・・自分でやるとなると勇気がいるなあ」


その時扉がノックされてアナスターシャが部屋に入ってきた。

「昨日私の教科書忘れてなかった？」

「あーあったよーここ」

シスは机の上に置いてあった教科書を渡した。

「ありがと。・・・何やってるの？」

アナスターシャはシスの右手のハサミに気づいた。

「僕髪切りたいんだけどさ、誰も切ってくれないんだ。だから自分で切ろうと思って」

「ふーん、気をつけなさいよ」

たいして興味もなさげにアナスターシャは去っていこうとしたが、シスは姉を呼び止めた。

「そうだ、姉様切ってよ」

「え？私？髪なんて切ったことないよ」

「知ってるよ。適当でいいよ。後でそろえてもらうから」

「そう、いいよー」

シスはアナスターシャにハサミを渡した。アナスターシャは「どれくらい切るの？」と聞き、

「首くらいまで」と聞くと、シスの髪を左手でまとめて躊躇なくジョキジョキっとハサミを入れた。銀色の髪は無残にも切り取られて

しまった。

「はい、これ」

アナスターシャは切れた残りの髪の束をシスに渡した。

「あ、ありがとう・・・」

シスは髪の束を受け取り、アナスターシャは「じゃあね」と去って行った。



「・・・まさかあんなに素早く切られるとは思わなかった・・・大胆というかなんというか・・・」

さすがのシスも自分で頼んでおいてちょっと唖然としてしまったようだ。


軽くうねった自分の髪を眺めて、その始末に困ったシスは侍女を呼んで「はい」と髪を渡した。

髪の束を見た侍女が悲鳴をあげたのは言うまでもない。


こうして強引に髪を切ったシスは、次の日に再び美容師を呼び、今度は綺麗に髪を切ってもらった。

ここまで短くなってしまえば美容師も切らざるをえないだろう。



「わー思い切ったわねーでもいいじゃない？かっこいいよ！シス」

「かっこいい！」

昼食の時間にシスの髪のお披露目がされた。昨晩は横にざっくり切っただけだったが、今度は全体的にすっきり短くなっている。

まるで別人だ。

「男の子らしくていいんじゃない？」

ゆりは手をたたいて絶賛した。

「本当？」

シスはうれしそうだ。

「朝もびっくりしたけど、随分短くしたんだねー」

ラギがしげしげとシスを眺めつつ言った。

「せっかくだからさ。へへ」

「王様には見せたの？」

「うん、びっくりしてたけど、まあいいんじゃないかって」

「そう」

「僕とおそそいだねー」

ロイが言った。

「おそろいよ。おそろい」

とアナスターシャ。

「そうだね。おそろいの髪だね。なんだか頭が軽いよ」

シスは自分の頭をなでながら言った。今になればちょっとさびしい気もするが、伸ばそうと思えば髪は伸ばすこともできる。

しばらくは短いままでもいいかもしれない。


シスの髪はしばらくみんなの驚きの的だった。

末っ子のミシェイラだけは慣れるまで不思議そうだった。


その夜、ゆりは寝室でラクシュミに聞いてみた。

「王様は髪短くしたいと思ったことないの？」

「別にないな。王になってからは銀色の髪は私だけだったからなあ・・・」

一族の者は銀色の髪を見ると安心する。だから伸ばしていたという理由もあったようだ。

「短い髪の王様もちょっと見たいかも」

「じゃあ切るか」

ラクシュミがあっさり言ったのでゆりの方が驚いた。

「冗談だよ。冗談。王様はやっぱりそうじゃなくちゃ」

「冗談だ」

ラクシュミはなにげにゆりの肩に触れてみたようとしたが、手は横にするりと移動した。

「あれから神の国に行ってないのか？」

「実は昨日行ったんだけど・・・ハロルドしらばっくれて話聞いてくれない」

ゆりは口を尖らせて言った。


ゆりはもちろん神の国に行くなりハロルドに会いに行った。だがハロルドはゆりには気づいていない振りをし、用事があるといって

どこかに行ってしまったのだった。


ラクシュミはふっと鼻で笑っている。

「まあ楽しそうでいいじゃないか」

「え？今の話どっこも楽しくないけど・・・」

「お前はみんなにかわいがられていいな」

「え・・・」

ラクシュミは「寝る」と言って寝てしまった。

ラクシュミは神様にからかわれているゆりが楽しそうに見えたようだ。


かわいがられて・・・・そりゃまあなんとも思われてなかったら何もされないだろうけど・・・

これってかわいがられているのかなあ？



ゆりは複雑な表情を浮かべて眠りについたのだった。



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