番外編

ある日の夕方、いつものようにある一家が穏やかに夕食を食べていると、食堂に一人の訪問者があった。

それに気づいた女性が笑顔で告げた。

「あら、ミルキダス様、一緒にいかが？」

食堂にやってきたのはミルキダスだった。ここはキャシーとジェシカが住んでいる屋敷で、３人の子供たちもここに住んでいる。

ミルキダスはここよりは小さい家が別にあり、しょっちゅうここに通ってきていた。

子供たちが一様に「こんばんは、お父さん」と挨拶した。

「ご馳走様、じゃあぼくこれでー」

ご飯を食べてさっさと行こうとしたゼッドの腕をミルキダスはすばやくひっ捕まえた。


「こら、お前今日、城に行ったそうじゃないか」

その言葉にキャシーとジェシカ、上の姉たちはぽかんとしていた。女性達はそれぞれ双子のようによく似ている。

「お城？」

｢お城って王様のいるお城？」

「何しに行ったのー？」

「えっへん、王様にほめられちゃった。僕一番幼くて城に潜り込んだんだって！」

ゼッドはえらそうに腰に手をあてて言った。その頭をミルキダスはぺしんとはたいた。

「何いばってるんだ」

「だめですよ。お城に行くなら行くと言ってくれないと心配するじゃないの」

「そうですよ。今日はやけに帰りが遅いと思ったらお城に行っていたなんて・・・」

母親達がおっとりと告げた。

「言ってもだめですよ」

とミルキダス。

「子供は勝手に城に行っちゃだめだ」

「一体どうやってお城まで行ったの？」

「誰かに連れて行ってもらったの？」

娘たちが聞いた。

「お城に行く馬車に忍び込んだんだ。はっはっは」

「いばるなってば」

ゼッドはまたぺしんとたたかれていた。

「よくばれなかったねー」

「本当にね」

「すごいわね」

女性達は４人で感心しているようだ。

「実は門のところのおじさんにはばれたんだけどさ、顔知ってたからまあいいかって」

「全然よくないだろ。まったく・・・」

ミルキダスは頭に手をあてた。

門番ならそこでとっつかまえろよ、と心の中で突っ込んでいる。

「おかげで私はまたハインリヒ様に睨まれたぞ。お前また憎まれ口たたいたろ」

「僕？べつに〜」

「目上の人には礼儀正しくしなきゃだめじゃないか。なんでハインリヒ様にけんかを売るんだ。どうせならミカエル様の方にしてくれ」

ミルキダスが何気にぼそっと言った言葉に女性達はそれぞれ目を合わせた。


「お父さんミカエル様に何か恨みでもあるの？」

「別に、ただミカエル様の方が付き合いが長いからなんとなく・・・・ハインリヒ様には悪くて・・・」

ミルキダスも別にミカエルに恨みがあるわけではないが、ハインリヒを煩わせるのは気がとがめるようだ。


「ねえねえ王妃様に会ったの？」

娘たちがゼッドのそばによってきた。

「ううん。黒蛇のおじさんにとっつかまっちゃったからね。王女様には会ったよ。それから王様に会ったし、王様にお願いして

側で匂いをかがせてもらったんだ。すごいだろー！」

ゼッドはふんぞり返って言った。

「え？匂いをかがせてもらった！？」

ミルキダスがぎょっとして聞くと、

「うん、王様ってほんといい匂いだよねーくんくんかいじゃったよ。ははは」

ゼッドはうれしそうに笑っていた。


・・・・恥ずかしい・・・・

自分の息子が王の側でくんくん匂いをかいだなんて・・・・


「お前は犬か・・・」

「だってすっごいいい匂いなんだもん！お父さんだってくんくんかいだ事ないの？」

「ないよ」

「うそだー」


「ゼッドったら本当に困った人ねえ。王様に失礼なことしてはいけませんよ」

「大丈夫だよ。王様笑ってたから」

「そりゃ笑うしかないだろう。用もないのに街から出るんじゃないぞ！」

「はーい」

ゼッドは素直に返事をしたが、どうも怪しいものだ。

「それで帰りはどうやってかえってきたの？」

「親切なお兄さんがぴゅっと送ってくれた。黒蛇のおじさんは勝手に帰れって冷たかったんだ。ひどいだろ」

「お前がやいやい言うからだろう。綺麗なお兄さんってだれだ？」

「水色の短い髪の綺麗なお兄さん」

「シャナーンかな？お礼言っとかなきゃな」

ミルキダスはぶつぶつ言いながらはっとした。

「お前なんでハインンリヒ様が黒い蛇って知ってるんだ？見たのか？」

「見た」

「いつ？今日か？」

「ううん、ちょっと前。みんなで遊んでいたらあいつがやってきたんだ。えーと、ラギ様と一緒に来た時だ。誰かが蛇見せてーって

言って、皆で言ったら見せてくれた。あんなにでかい蛇がいるなんて・・・僕もがんばって蛇育てるぞー負けるもんかー！」

ゼッドは片手をあげて食堂を出て行った。

「・・・なぜハインリヒ様と張り合おうとするんだ・・・」

「ゼッドっておもしろいね」

娘達はくすくす笑っていた。

「お城まで行っちゃうとはほんと元気ですねえ」

「さすが男の子ね」

母親達の方は感心していた。城に忍び込む遊びは一族の子供の男の子の中では肝試しのようなものだ。

まさか自分達の息子が４歳でやってしまうとは驚きだ。


こんなおっとりとした女性達に囲まれて、なぜあんなにはちゃめちゃな性格になってしまったのか、ミルキダスにとってはおおいなる

謎である。


首をかしげているとゼッドが戻ってきた。

「そうだ、お父さん、王妃様にも言ってあげた方がいいよ。あのおじさん、腹黒いから捨てた方がいいって」

「はっ！？」

「腹黒いからあんな黒い蛇がいるんだよ。そうに決まってる！」

「ばっばかっ！そんな失礼なこと言うんじゃない。お前まさか本人にそんなことまで言ってないだろうな」

「言った！」

「なにー！！！！」

ミルキダスの顔が引きつっていた。


「ゼッド、腹黒い人は黄金時代からわざわざこんな時代にやってきたりしませんよ」

「そうですよ。ハインリヒ様は良い方なんですよ。そんなこと言ったらいけませんよ」

母親達がたしなめた。

「ついぽろっと言っちゃったんだもん。でもその仕返しにぐるぐる回らされちゃったよ。僕目が回ってふらふらだったよ。子供相手に

本気で怒るなんて大人げないよ！」

「自業自得だ！」

ミルキダスはゼッドの耳を引っ張り大きな声で言った。


「罰として１０日外出禁止。みっちり家で勉強しなさい」

「えー！！！！」

「えーじゃない。もう決めた。みんなでちゃんと見張るように」

「はーい」

「ぶーぶー」

ミルキダスに睨まれて、ゼッドはすごすごと食堂を出て行った。


「お父さんが怒ったねえ」

「本当だね」

クララとリリーはあまりミルキダスの怒った顔を見たことがないので珍しがっていた。

「はーまったく、なんて口が達者なんだ・・・」

「ハインリヒ様もまさか本気で怒ってらっしゃらないでしょう」

「そうですよ。子供のいうことですから」

「もう少し育ってたらしごいてやるんだが・・・って言ってたぞ。結構本気で怒ってたかも」

「まあ！」

「ハインリヒ様にしごいてもらったら強くなれそうね」

「そうね。ゼッドすごい！」

女性達は逆に喜んでいるようだ。

「・・・」


ここはそう反応するところではないんだが・・・


どこまでもおっとりした女性達に、逆にゼッドがああでよかったかも、とちょっとだけ思ったミルキダスだった。


もっとでかくなって力のことがわかるようになってからも、ハインリヒ様に対抗してたらそれはすごいことだが・・・

とりあえずまた謝っておこう・・・


次の朝、城で、ミルキダスはハインリヒをみつけて「昨日はゼッドがかなり失礼なことを言ってすいません」と謝った。

するとハインリヒはちらりと横目でミルキダスを見た。

「息子に私の悪口教えたのミルキダスじゃないだろうな」

「え？私が？何も言ってませんよ。」

「本当か〜？」

ハインリヒは怪しんでいた。

「本当ですよ」

「実は私に何か言いたいことがあるんじゃないのか？」

「ないですよ。何も」

ミルキダスはあわてて否定している。そこにシャナーンが通りかかった。

「あ、シャナーン、昨日・・・」

「ゼッド君かわいいですね。小さいのに礼儀正しくて」

シャナーンがにこやかに言った。

「え？」

「礼儀正しい？」

ミルキダスに続いてハインリヒも反応していた。

シャナーンの話によれば、家の近くまで送ってくれたシャナーンに、ゼッドはちゃんとお礼を言って、さらに母親達が焼いたクッキーを

土産に渡したらしい。

「妹にあげたら喜んでいました」

「はあ・・・」

シャナーンは「元気でかわいいですねえ。それでは」と去っていった。


誰にでも失礼な態度を取っていたわけではないようだ、とミルキダスはちょっとほっとした。



ハインリヒを見ると、先ほどよりもさらに自分を睨んでいる。

「ミルキダス、お前絶対私に何か不満があるだろ」

「え？ないです。何もないですよ」

「家で不満言ってるんだろ。だからあのガキ私に反抗的なんだ。そうに決まってる」

「違いますよ！仕事熱心ですごい方だって言ってますよ。本当ですよ」

「腹黒いとか言ってるだろ！」

「言ってませんよ！」

「言ってるに決まってる！」

「違います〜」

迫ってくるハインリヒにミルキダスは逃げ腰になっていた。

だが考えてみればハインリヒの疑いも最もなことだ。父親が悪口を言うから息子がまねをした、と思われてもこの場合はしょうがない。


「本当に違うんです」

「怪しい！」


悪口なんて思ったことないのに・・・・


「そうだ、次休みいつだ」

ハインリヒがふいに聞いた。

「え？あさってですが」

「たまには剣の相手でもしてもらおうかな」

ハインリヒの顔がにこやかになっている。この笑顔が逆に怖い。

「ええ！？」

「決めた。じゃああさっての午後」

「そんなー！！！！」

ミルキダスが叫ぶ間にハインリヒは消えてしまった。

「ひどい・・・私じゃさっぱり相手にならないのに・・」


イシュタールなら踊らんばかりに喜んだだろうが、ミルキダスは剣の腕もそれほどではないので、ちっともうれしくなかった。

剣の相手というよりは、一方的にミルキダスがやられまくることになるのは目に見えている。


ああ。こういう時にハザーク様からお呼びがかからないものか・・・・


と思ったが、やっぱり都合よくお呼びはかからなかった。


こうしてとばっちりを受けたミルキダスは、休みの日にへとへとになるまでハインリヒにしごかれる羽目になったのだった。

仕事以上に疲れ果てて、「どうかゼッドがしばらくハインリヒ様に会わないように」と切に願ったミルキダスだった。



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