第27話

背丈の低い草で覆われた丘の斜面に座っている妖精に気づき、近くを飛んでいたクーリーフンが近づいていった。

ふわふわした腰までの金色の髪、愛らしい顔をした妖精だ。

「シャリィ何してるの？」

そこにいたのは愛の妖精シャリィだった。丘に座り込んで何か細長いものを口で吹いている。

すると綺麗な半透明な丸いものが空に飛んでいった。人間界でいうしゃぼん玉だ。陶器の小さい入れ物にしゃぼん玉の

液体が入っているのだろう。植物の細い茎を入れてそれを吹いていた。

「また誰かにもらったの？」

シャリィはうなずいた。

腰には以前、楽の神ラメーンにもらった鈴もぶら下げている。

愛の妖精は今のところ一人きり。神の国にとっては珍しい存在だ。加えてまだ少女ながらもガーベラ譲りの色っぽさも

あるので男性陣には特に人気がある。どこにいってもちやほやされているようだ。

「綺麗だね」

クーリーフンが様々な色に変化するシャボン玉を眺めつつ言った。


こういうものをくれるのは技の神ジェラルドだろうか。

それとも妖精かな？



シャリィはにこっと笑い、ふーと茎を吹いた。

すると、空に飛んでいくシャボン玉の中にピンクのハートが入っていた。

「・・・君は器用だねえ・・・・」

クーリーフンは感心するよりも呆れ顔だ。

シャリィはガーベラにもクーリーフンにもない力がある。ガーベラもクーリーフンもその存在自体が世界に影響を及ぼす

神なのでシャリィの方が力があるというわけではないのだが。


あれにあたると恋をしてしまうのだろうか？


シャリィがクーリーフンに向けて吹こうとしたのでクーリーフンは身構えた。

するとシャリィは「冗談よ」とばかりに舌をぺロッと出した。

「だめだよ。誰にでもぶつけたら・・・あっ！」

遠くの空から近づいてくるペガサスが見えた。クーリーフンはあたりを見回したが、ちょうど見晴らしの良い丘にいたために、

どこにも隠れることもできなかった。


通り過ぎますように・・・


と祈ってみたが案の定ペガサスは２人の元に舞い降りてきた。

ペガサスには褐色の肌の神、ハロルドが乗っていた。

クーリーフンの顔がちょっとこわばっている。

「クーリーフン、最近私のこと避けてなかったか？」

ハロルドはペガサスから降りて聞いた。ハロルドは黄土色のチェニックにズボン姿だったが、腰にはトレードマークの

剣を下げている。金色に輝いている腰のベルトは結構な品物だろう。


「僕が？まさか」

「あっちのガーベラは最近きたか？」

「あっち？さあ・・・僕はあれから会ってないけど・・・」

「本当か？」

といいつつハロルドは鋭い瞳を向けていた。シャリィは座ったまま２人のやりとりを眺めている。

クーリーフンはどうもここのところハロルドが苦手だ。

「んじゃ僕はこれで」

さっさと行こうとしたクーリーフンの腕ががっとつかまれた。

「なんですぐ逃げる」

「別に逃げるわけじゃないよ。もう行こうかなーと思って・・・」

「・・・」

「本当だよ。ほ・んと・う！」



ゆりが飛んできたのはそんな頃だった。飛んだ場所はちょっと傾斜がある斜面だったので、ゆりはハロルドの姿を

目の留め、前に歩こうとして勢いあまり、前のめりになっていた。

「あっ！あわわわ」

小走りに降りてきたゆりはそのまま前にいたハロルドをどんと突き飛ばしていた。

「うわっ！」

ハロルドはひっくり返りそうになるのをすんでのところでこらえたのだが、ゆりの体当たりにあいそのまま横に

転げたのだった。

「いきなり何するんだ！」

「ごめーん、勢いあまっちゃって・・・不可抗力です」

ハロルドの上に乗っかっていたゆりは髪をかきながら立ち上がった。

ガーベラの中身が違うようだ、とそこで２人は気づいた。

「お前今私を選んで押しただろう！」

「え？私が！？まさか！？」

ゆりは心外とばかりに口元に手をあてていた。だが、クーリーフンとハロルドが目の前にいて、とっさにハロルドに

手をかけたのは事実だった。


クーリーフンはハロルドが横に転げたのがよっぽどおかしかったのか、ひそかにくっと笑っていた。


「絶対選んでぶつかった」

ハロルドは乱れた服を直している。

「まあまあ、美女がぶつかったくらいでそんなに怒らないでよ。他の神様なら泣いて喜ぶくらいよ？」

ゆりは極上の笑顔を浮かべつつ言った。

ハロルドはまだ笑っていたクーリーフンをじろりと睨み、クーリーフンの表情が引き締まった。


「そんなことよりも私ハロルドと話があるのよ。今日はこの前みたいに逃げないでよ」

ハロルドはゆりを睨んでいる。ぶつかったくらいでこんなに怒るとは。


まずいわ。最初からしくじったみたい・・・


今日はかわいらしくお願いするつもりがのっけからこれだ。ゆりの予定も狂ってしまった。

「まあ！素敵な服、そういう格好も似合うわーでも上半身が半分出てるのも好きだけど」

ゆりはハロルド褒めちぎり作戦に出た。

「ハロルドって筋肉がもはや芸術だから」

「とってつけたようにほめるな！」

逆に怒られた。

「ちぇっ・・・気難しいなーもう」

「ああっ？！」

「お母さんってば・・」

小声でぼそっと言った言葉もすっかり聴かれてしまっている。クーリーフンはちょっとはらはらしながらやり取りを見ていた。

ゆりはその時ふわふわ飛んでくるものに目を留めた。それはシャボン玉だった。しかも、シャボン玉の中にピンク色の

ハートのような物が浮かんでいる。

「わーかわいい！」

ゆりは思わずそれを手で触れた。

「あ」

とクーリーフンの声がもれた。シャボン玉ははじけて消えた。

「かわいいシャボン玉ね。どうやるの？」

ゆりは横の方にいた愛の妖精を見た。

愛の妖精は口が利けない。

「ねー綺麗ね、ハロルド」

ゆりは次にハロルドを見た。その時だった。体に稲妻が走ったのは。


まあ・・・なんて凛々しい男なのかしら・・・


ゆりはハロルドに見惚れてしまった。

ゆりがぼんやりしだしたのでハロルドは瞬いていた。

そう、ゆりは愛の妖精のピンクのハートのせいでハロルドにさらに恋をしてしまったのだ。


「ガーベラ？」

ゆりは両手を胸の前で握り締めた。

「なんて〜凛々しいお顔〜ああ〜うっとりしてしまう〜♪」

ゆりは突然歌いだした。

ハロルドとクーリーフンの口がぽかんと開いた。シャリィの口もあいていた。まさか美しい唇から、こんなにもずれた歌声

が出てくるとは。

「たくましい身体〜その名前は〜軍神〜♪ハロ〜」

「やめろ！」

ハロルドが思わずゆりの口をふさいだ。

「ルドー♪」

「突然なんなんだ！」

ハロルドはクーリーフンを見ていた。神からすればまるで悪夢のような歌声である。

「シャリィのハートにあたると異性に恋をするみたいだから、お母さんはハロルドに愛を感じてるんだよ、きっと。それにしても

あっちのお母さんは歌下手だなー」

「むがむが」

ハロルドに口をふさがれていたが、ゆりはまだ歌いたそうだった。

「歌はもういい。絶対歌うなよ。いいな」

ハロルドは念を押して手を離した。

「しくしく・・・・ひどい、私の愛を歌で表現したかっただけなのに・・・・」

「頼むから歌わないでくれ。ひどすぎる」

ゆりは悲しそうだ。

「ハートの効力はそんなにないからすぐ元に戻るよ」

とクーリーフンが説明した。


その時ハロルドはひらめいた。


「私に愛？そうか、よし、ガーベラ今から一緒に来い！」

ハロルドはゆりの手を握り締めた。

「どこへでもいくわ〜たとえ地の〜果てまでも〜♪」

「歌うなというに！」

ハロルドはゆりをペガサスに乗せて飛んで行った。

クーリーフンとシャリィはそれを見送った。


シャリィはクーリーフンの腕をとんとんとたたいた。クーリーフンが振り向くと、シャリィは口元に指をあてている。

ガーベラの歌を疑問に思ったらしい。

「ああ、さっきのは・・・あんまり気にしないでいいよ。まあ２人が仲良くなってよかったよかった。じゃあね」

とクーリーフンは飛んで行った。シャリィはわけがわからずに首をかしげていた。



ペガサスに乗った２人はハロルドの神殿で降りていた。ハロルドはゆりの手を握り、神殿の奥へと連れて行った。

その部屋はハロルドの寝室だった。

「ガーベラ、愛し合おう」

ハロルドはゆりを振り返り言った。

「まあハロルドったら♪その前に３曲ほど歌わせて」

「歌はいいもう十分だ」

ハロルドはさっさとゆりの身体をベッドに乗せて上に乗った。愛の魔法にかかったゆりは抵抗もせずに

うっとりしてハロルドを見上げていた。

「歌ー歌ー」

「いい」

「しくしくしくしく」

今度は泣き出した。どうしても歌いたいらしい。

「わかった。わかった。そんなに歌いたいなら好きにしろ」

ハロルドは仕方なく言った。

「愛しいあなたの吐息を感じて〜うっとり〜♪」

声質はガーベラだし、人間的にいえばそんなにひどい、というわけではない。ただハロルドは神だし極上の歌声しか

聞く機会がないのでゆりの歌がとてつもなく下手に思えるのだった。



２人はベッドの上ですっかり裸になった。

「優しくし〜てね〜乱暴にしちゃいやよ〜あなた〜♪」

ゆりはうっとりした気分で歌っていたが、ハロルドは一気にその気がなくなりそうだった。

だがこれを逃すともう今度いつこんな機会があるかわからない、と思い続行した。

「好き好きバンバン好きバンバン♪」

「もう好きに歌ってくれ・・・というかそれは歌なのか？」

ゆりの嫌がらせともいえる歌を聴きつつ、ハロルドはとにかく行為に及んだのだった。


「ガーベラ・・・」

ハロルドはいとおしげにゆりの頬をなでていた。


中身が違うガーベラに自分がなぜここまで関わるのか、ハロルドにもわかりはしなかった。


ただこれも、愛なのだろう。



神々の交わりは独特だ。

２人の神の気が交わり、上へと上っていく。

興奮が高まるにつれて、その光は増していく。

「綺麗・・・」

ゆりはうっとりしながらつぶやいた。

やがて興奮の絶頂をむかえたとき、ハロルドがつぶやいた。

「愛しているガーベラ・・・」

「ハロルド・・・」

ハロルドがゆりに口付けしようとした時、


「綺麗なトンカチ♪トントントン♪」


ゆりが変な歌を歌いだし、ハロルドはがくっとうなだれた。

「なんだそれ」

「だって、綺麗なトンカチがある」

「トンカチってなんだ？」

「ここじゃトンカチって言わない？」

ゆりが上を指差した。上を見たハロルドがはっと目を見開いた。空中に浮かんでいたのは、巨大な黄金のハンマー

だったのだ。

「これは！？」

「トンカチじゃないの？」

「でかしたガーベラ！！」

ハロルドはなぜか喜び、ゆりの両手を握り締めた。

「え？何が？」

「神が誕生するぞ！」

「ええっ？」

やがて黄金のハンマーは姿を変えて、ぼてっと赤ん坊が落ちてきたのだった。

「やった！息子だ！息子が生まれた！」

ハロルドは赤ん坊を抱き上げた。その子供は今までにみた神の子供で一番小さい子供だった。

生まれてちょっと経ったくらいのはいはいもできないような赤ん坊で、頭の上に金色の髪がちょんちょんとついていた。

股には男のしるしがちゃんとある。

「わーんわーん！」

赤ん坊は真っ赤な顔で泣いていた。

「うわー小さいね」

「空の神殿に行ってくる！いやお前も来い！」

ハロルドはこれ以上にはない機嫌のよさで服を着だした。その頃になるとゆりにかかった魔法もすっかり解けていたのだが、

子供が生まれた驚きで何が何やらわからない状態だった。


空の神殿でもアシュランとヒルデリアの喜びも大きかった。

「これはめでたいことだ。力の神バリアス、バリアスに決めよう」

アシュランは興奮気味に告げた。ハロルドの力が増すことは神の国を守ることにもつながるので、それで皆喜んでいる

ようだ。

「力の神か、ようやく生まれたな」

「生まれるまで随分かかったな」

ハロルドとアシュランはこんなことを話していた。

「バリアス、なんとかわいらしい」

ヒルデリアは赤ん坊を腕に抱いていた。



「しかしこんな赤ん坊だとは・・・大きくなるまでヒルデリアが育てたらいいだろう。うん、そうしろ、ヒルデリア」

アシュランがこんなことを言い出した。

「おい、勝手に話を決めるな。一応ガーベラの意見を聞かないと・・・」

とハロルド。

２人に見られたゆりは目をぱちくりさせていた。

「ガーベラは子育てする神じゃないし、その方がいいだろう。な」

「はあ・・・まあいいけど・・・」

勝手に返事をしてもいいだろうかと思ったが、子育てしながら他の恋人と会うのも大変そうだ。その方がいいかもしれない。

「わかりました。では私が責任を持って」

ヒルデリアはうれしそうだった。母性が強い神なだけに、バリアスへの愛もひとしおなのだろう。


まあいいか、ガーベラもこれでいいって言うかもね


やがて神の国に盛大な鐘が鳴り響いた。


そろそろ帰る時間かもしれないと思ったゆりは、この場を離れた方がいいかもしれないと思っていた。

バリアスはヒルデリアのひざの上ですっかり眠っていた。

みんなに可愛がられて幸せに育つんだよ、

と心の中でつぶやいた。


「私、クーリーフンとかにも知らせてくる」

「ガーベラ」

ハロルドが近づいてきてこっそりゆりに何事かをいい、離れていった。

ゆりは一瞬ぽかんとした顔をし、広間を出た。

だが空の神殿から降りる暇はなかった。広間から出てちょっと歩いた所で時間が来てしまったのだ。



人間界に戻って目覚めたゆりは、しばらくぼんやり天井を見つめていた。


うーん・・・なぜああなったのか不思議だわ・・・・

まさかあっさりハロルドと仲良くしてしまうとは・・・・



子供を生んだことも驚いたが最後にハロルドがつぶやいた言葉が心に残っていた。

『長生きしろ、ガーベラ・・・またな』

ハロルドはそう言ったのだ。


「長生きしろか・・・おばあちゃんになっても神の国にいけるのかな？それっていいなあ・・・・」

口に出してつぶやいていると横で寝ていたラクシュミが目を覚ました。

「なんか言ったか？」

「別に・・・あっそうだ！あのこと言うの忘れてた！もー私ったら！」

ゆりは髪をかきむしった。一番肝心なことを忘れていたと気づいたのだ。


ラクシュミは上体をあげてゆりをジーと見ていた。

「え？顔変？」

「うーん今日のお前は綺麗だ」

「え？」

「ゆり！」

ラクシュミががばっとゆりに抱きついた。

「あっ触れる！触れるー！」

「しー・・・」

逆側にミシェイラが寝ていたのでゆりはあわてて口を閉じた。

「やったー呪いが解けたー」

そして小さな声で喜んでラクシュミに抱きついた。

「呪いはひどいだろう・・・」

「やったやった♪」

「ゆり・・・ようやくだな」

「王様ー」

神様と仲良くした影響なのかラクシュミは普段のラクシュミよりも熱っぽくゆりを愛したのだった。

ゆりも今までの分ぎゅっとラクシュミに抱きついた。


久しぶりの王様の肌の感触！泣けてくるー・・・


ゆりは感動していた。


「わ、私も！」

蛇の目のゆりも出てきた。

「ゆりーお前はなんとかわいらしい」

「王様好き好き〜」

ハロルドがかけた魔法は、ハロルドと仲良くするまでは解けないものだったのだ。

久しぶりに愛し合った２人はしばらくベッドで抱き合い、その日は王の間にラクシュミが現れるのはかなり遅かった。



一方神の国では力のある神が生まれたので数日お祭りムードだった。

今日もあちこちで宴会が行われていた。


それにしても恐ろしい出産率だわー


ガーベラはゆりに感心していた。偶然なのか何なのかは謎だが、出産率が高いのは確かだ。

空の神殿でも宴会が行われ、女神達が踊ったり歌を歌ったりしていた。バリアスをひざに乗せているヒルデリアは

かなり上機嫌だ。その横のハロルドもうれしそうだった。今日は目じりが下がっている。


ヒルデリアったらまるで自分の子供みたいね。まあいいか



力の神は神の国ができた当初から生まれないのが不思議なほどの神だった。ハロルドやライオネルがその力も

兼ねていたので、そのせいかもしれないと思われていたのだ。

バリアスが成長すればライオネル以上の怪力になるかもしれない。



後ろにシャリィがやってきた。

腰に見慣れない細い金色の綺麗な帯を巻いている。

「あら、誰にもらったの？」

ガーベラがそう聞くと、両方の目尻を指でつりあげた。

「もしかしてハロルドにもらったの？」

シャリィはうなずいた。

「へーどうして？」

ガーベラには理由はわからなかったが、横に座っていたクーリーフンにはあの時のお礼なのだろうとわかっていた。

女神達の歌が終わり、アシュランの声がかかった。

「ガーベラ次歌ってくれ」

「はーい」

と言ってガーベラが立ち上がったとき、シャリィがひしっと腕を持って留めた。

「ん？どうしたの？」

シャリィはなぜか必死に顔を横に振っている。

「シャリィ、大丈夫だよ」

クーリーフンは苦笑してシャリィを離した。

楽器の演奏にあわせてガーベラが歌を歌いだした。

その美しい歌声に、一同はうっとりし、シャリィはやっぱり首をかしげたのだった。



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