番外編 後半
虹の神の神殿にて、ラーズがクーリーフンと背中の翼を整えあっていた。
ガーベラばサーラの小さい翼にブラシをかけている。
「気持ちいい？サーラ」
ガーベラがひざに乗っているサーラに聞くと、サーラはうなずいた。
「きもい」
「きもい？」
「きもいー」
とサーラ。ガーベラが目をぱちくりさせていると、「気持ちいいって言ってるつもりなんだろう」とラーズが解説した。
「気持ちいいがきもいなの？」
「きもいーきもいー」
サーラは翼をぱたぱたさせている。
「まあいいけど」
言葉の誤解も相変わらずのようだ。まあそういうところがサーラのかわいい所ともいえる。
「ありあとー」
「ありがとーね。はーい」
「僕出かけてくるよ」
翼もきれいに整った所でクーリーフンが言った。
「どこ行くの？」
「月の神殿だよー」
そう言ってクーリーフンは出て行った。
「月の神殿？？何しに？」
「最近よくディアメラに呼ばれてるようだぞ」
ラーズが言った。
「なんで？」
「さあ、歌うたったりして一緒に遊んでるらしい」
「へー？？」
ガーベラの頭の中には大きな「？」が浮かんでいた。ディアメラは自分に対して妙なわだかまりをもっているようだが、
クーリーフンのあの様子では嫌がらせをされているわけでもないようだ。
二人で仲良く歌？
ガーベラはその場面を想像してみた。
かなり興味深い図だ。よく考えてみるとガーベラはディアメラの歌を聴いたこともない。
「うーん、こっそりのぞいてみたいわねー」
「クーリーフンは男って感じじゃないからいいのかもな」
「そうね。まあいいや。ねえラーズどっか散歩しましょ」
「ああ」
ガーベラは大して気にも留めずにラーズとサーラと一緒に出かけて行った。
月の神殿では、クーリーフンの来訪をディアメラはにこやかに出迎えていたが、やがてその眉がつりあがっていた。
クーリーフンの後ろからダーナが顔を出したからだった。
「ダーナ・・・何か用？」
「偶然クーリーフンと出会ったから遊びに来たの」
ダーナはにこっと笑って言った。
「偶然？」
「偶然よ」
月の妖精達は二人の女神の視線の先に火花が飛び散ったような気がした。
「さあ、クーリーフンきて」
ディアメラはなにげにクーリーフンの右手を握ってつれていった。
素直にクーリーフンがついていく。
「あっ！ちょっと！」
男嫌いのくせに、男嫌いのくせに、男嫌いのくせにー
いつの間に克服してんのー！！！！
妖精達はダーナの瞳に炎が燃え上がったような気がしてたじろいだ。
ダーナは二人の間に強引に割り込んだ。
「あら、リュートじゃない。こんなにたくさん」
部屋には大きさの違う弦楽器リュートが10個ほど置かれていた。
「ディアメラも弾くの？」
とクーリーフンが聞いた。
「私は弾かないけれど、クーリーフンが弾いたのを聞きたいわ」
クーリーフンは楽器を手にとっていろいろ試し弾きをしている。
「私弾ける」
とダーナが言った。
「私が聞かせてあげるわ。ディアメラ」
「頼んでないわよ」
「遠慮しなくていいわよ」
「してないわよ」
二人はしばし見詰め合った。再び火花が散っている。
「あなた男嫌いはどうなったのよ」
ダーナは小声で聞いた。
「別にどうもなってないわよ。今慣れてる所なんだから邪魔しないでよ」
「ほかの男で慣れなさいよ」
「嫌よ」
なんと二人の女神がこっそりと肘でどつきあっている。神官達が見たらさぞかしショックを受けるに違いない。
「こんなに楽器どうしたのよ。どっからもってきたのよ」
「うるさいわね。どうでもいいでしょ」
「楽器でつらないでよ」
「うるさいったら」
「僕これにしようっと」
クーリーフンがくるっと振り向いて、二人の女神は肘を押し合ったまま笑みを作った。
その後妙な緊張感が漂いつつも、和やかに演奏会が始まった。ディアメラはダーナに見せ付けようとクーリーフンの横に座り、
クーリーフンの演奏を聴いている。ダーナは憎憎しく思いつつもクーリーフンにあわせて楽器を奏でていた。
「ディアメラ歌ってよ」
クーリーフンに言われてディアメラは歌いだした。
夜の闇と夜空に浮かぶ月の歌だった。
ダーナはディアメラの歌を初めて聴いて、意外にいい声なので驚いた。
いつも二人でこんなに仲良さげにしてるなんて・・・
クーリーフンがディアメラのことをなんとも思っていない、と聞いていても面白くない。
男嫌いのディアメラがここまで男嫌いを克服していたとは。
しかもディアメラったら本気でクーリーフンを自分のものにしようとしてるわね！
自分がいるせいで余計ディアメラがその気になっていることにダーナは気づいていなかった。
演奏会が終わり、クーリーフンとダーナは月の神殿を出て行った。
ディアメラは散々ダーナの悔しそうな顔を見れたので満足して眠っていた。どうも当初の目標、「ガーベラを悔しがらせる」
ということからかなり目的がずれているようだ。
一方ダーナは人気がない森の中にいき、「ちくしょー！！」と叫んでいた。
神の国に闇が迫るころ、ディアメラは起きだしていた。
「クーリーフンとはずいぶん仲良くなったと思うけどどう思う？」
ディアメラが聞くと、
「すっかり仲良くおなりですわ」
「まるで恋人同士のようにも見えますわ」
と妖精達が告げた。
「そうよね。なんだかクーリーフンなら本当に恋人にできる気がしてきたわ。お兄様と同じようなあの安心感・・・・
ほかの男では得られないものだもの。私が恋人を作れば、アシュラン様ももう男のことで何も言わないに違いないわ」
ディアメラは自分の考えにうなずきつつ馬車に乗って月が浮かぶ夜空を飛んで行った。
一方、ある神殿では、一人の女神がのんだくれていた。
「どーにかしてちょうだいガーベラ！このままじゃ・・・・私のクーリーフンが・・・・うう・・・・」
ここはジンラの神殿だった。ガーベラがいるところにダーナがやってきて、ヤケ酒とばかりにお酒を飲みまくって
愚痴っていたのだった。空になったお酒の瓶はせっせとアマンザが片付けている。
ダーナのこんな姿を見るのは大変珍しく、ジンラもガーベラもまるで珍しい物でも見るような目でダーナを見ていた。
「どうにかしろといわれてもどうすれば？」
とガーベラ。
「だからーディアメラからなんとかして遠ざけてよー」
「そんなことできないわよ。クーリーフンが楽しくやってる限り」
「楽しく？私とだって楽しくやってるわよ。ディアメラとの方が楽しいっていうの？！」
「そこまでは知らないわよ」
「うわーん・・・」
今度は泣き出してしまった。
ガーベラはやれやれと横のジンラを見た。ジンラは半ばぽかんとしている。
クーリーフンを恋人にしたいと思った女神は今までダーナだけではない。今までみな無理だったのだから
ディアメラと恋人になる可能性もそうはないとガーベラは思っていた。
ダーナが心配する万が一がないとも言い切れないが。
「あなた私の唯一無二の親友じゃないの！その親友がこーんなに頼んでいるのにー」
ダーナがでろでろのまま言った。
「え？私たちって親友なの？」
「何よ！違うって言うの！？」
「だって、今まで散々ライバルだと言われてきたから・・・」
親友だという言葉を聴いたのも今が初めてだった。
ダーナは自分で杯に酒をついでいたが、瓶が空になった。
「もーない。おかわり！」
「その辺でやめたらどうだ？」
とジンラが言った。
「いや！今日は飲んで飲んで飲みまくるの！アマンザーお酒ー」
ダーナの目はすわっていた。
「大丈夫だと思うけどねえ。クーリーフンにはまだその気なさそうだけど・・・そりゃその気になるときもくるかもしれないけど、
ディアメラとどうこうならないとも限らないけど・・・世の中絶対的なことなんて何もないからねえ」
ガーベラは火に油を注ぐようなことを言っていた。
「別に今は男女の関係で楽しくやってるんじゃないんだろう？ならほっといても何もないような気がするが・・・」
とジンラ。アマンザがお酒をもってこようかどうしようか迷っていると、ジンラがもういいと手でジェスチャーしていた。
「そのうちにもっと仲良くなっちゃったらどうするの！？」
「大丈夫だと思うがなあ・・・クーリーフンは男といっても性欲ないぞ」
「でてきたらどーするの！？」
「でてくるかな？」
ジンラがガーベラに聞いた。
「さあ、クーリーフンは私とは違うからねえ。でも今だって女神の裸見ても何にも思わないくらいだし」
「口惜しい〜」
ダーナはついに机に付してしまった。
「あーあー・・・・もう・・・ダーナったらよっぽどクーリーフンが誰かのものになるのがいやなのねえ・・・」
ガーベラはため息をつきつつ言った。気持ちはわかるが、ガーベラとしては息子の恋愛関係にまで口を出したくなかった。
「今日は貴重なものが見れたなあ・・・」
とジンラ。飲んだくれた女神なんて神々の飲み会でもそうは見れない。
「どうしよう。神殿に運ぶ？」
「まあ今日はここで寝かせよう。奥の部屋に運ぼうか」
「僕も手伝いますよ」
アマンザがいい、ダーナはジンラとアマンザにはさまれて奥の部屋に運ばれていった。
空いている寝室のベッドにダーナの体を下ろした時、ジンラはそのまま離れたのだが、アマンザは離れられなかった。
ダーナがしっかりと腕をつかんでいたからだ。
「それじゃ、後はよろしく」
ジンラは部屋を出て行こうとした。
「えーお父さん、なんとかしてくださいよ」
アマンザは腕を軽く振るったものの、ダーナの手が離れない。
「うーん、クーリーフーン〜」
そればかりかダーナはアマンザの体を抱き寄せて一緒に寝転んでいた。
「うわー！ダーナ様！ちょっと！」
「クーリーフン、うふふ」
「お父さん助けてー！！！」
アマンザは手足をばたつかせていた。
ダーナはしっかりと両手両足でアマンザの体を捕まえている。
「おおよかったな。役得だ。がんばれ」
ジンラはうっすらと微笑んで息子を応援し、部屋を出て行った。
「ええ！？がんばれって何を！ダーナ様はなしてくださいってば！」
「いやよーん」
ダーナはしっかりと力を込めて抱きついていた。すっかり肌は密着している。アマンザは必死に逃げようとしたが、ダーナの
手足が離れなかった。こんなに女性と肌が密着するのは初めてだった。しかも相手はべろんべろんとはいえ絶世の美女ダーナだ。
「うわー・・・・うわー・・・だれかー！！！！たーすーけーてー！！！！」
アマンザはダーナの芳しい匂いをかぎつつ乙女のような悲鳴をあげていたが、誰も助けにはこなかった。
一夜明けて、ダーナは目を覚ました。
「んー頭が痛いわー・・・んんん？」
目を開けると目の前に誰かいた。
「・・・・だれ？」
ダーナは首をかしげて横で寝ている男を凝視した。紫色の髪の男だが、ジンラではない。ジンラよりも若い男だ。
「ここどこかしら。ねえ、ちょっと起きて」
ダーナは部屋の中を見回しながら男を揺らした。
「うーん・・・もうダーナ様ったらひどいなーずっと離さないんだから・・・」
男は目を覚ましてぶつぶつ言い出した。
「・・・・」
ダーナは座り込んで男を見ている。
「だれ？」
とダーナが聞いた。
「え？だれって僕アマンザですよ」
アマンザはきょとんとして聞いた。だが、そこにいたアマンザは、ダーナが知っていたアマンザとは違っていた。
「アマンザ？嘘！成長してるわよ！」
「え？」
そこでアマンザは自分の変化に気づいた。そう言われれば、服がちょっと小さいような気がする。
「失礼します！」
アマンザはあわてて部屋を出て行った。
「・・・あらまあ・・・・」
ダーナは口元に手をあてていた。
部屋の手鏡で自分の姿を見たアマンザは、ガーンとショックを受けていた。
背丈ものびて、体つきも前よりもよくなったようだ。今まではあどけない少年っぽさがあったが、すっかり大人の男にまで
成長していた。髪も腰まで伸びている。
「なんてこった・・・」
アマンザの姿を見たガーベラは「きゃー」と悲鳴をあげた。昨晩はジンラの神殿に泊まっていたのだ。
「まーアマンザ、素敵ー♪すっかり大人になっちゃって♪」
ガーベラはのんきにアマンザに抱きついていた。
「今までよりたくましくなってるわねー」
抱きつき心地が違っていたようだ。
「おやおや・・・ははは・・・」
ジンラは何か想像しているようだ。アマンザは一人真っ赤になっていた。
「親子っていうより兄弟みたいになっちゃったわねえ」
「確かになあ」
そこへダーナが奥の部屋からやってきた。
「こうなったら、ダーナには責任取って恋人にしてもらわないと」
ガーベラがまじめに言った。
「えええ！？」
「ごめんなさい、ジンラ、まさかアマンザに手を出しちゃうとは・・・」
とダーナは謝っていた。すっかり自分が何かしたと思っているようだ。普通は自分が何かされたと思う所だが、相手が
アマンザなだけにそれはないだろうと思ったのだろう。
「別にいいぞ」
とジンラ。
「ちょっと皆さん僕の話聞いてください！僕はダーナ様とは何もなかったんですから！」
アマンザがあわてて主張した。ここで主張しないと大変なことになりそうだ。
「いいのよ。恥ずかしがらなくて」
「本当に何もなかったです！」
ガーベラの言葉にアマンザは力を込めて答えていた。
「じゃあなんで成長しちゃったの？」
「それはその・・・・ずっと体を密着していたせいかと・・・」
いやが上でも男としての本能を感じてしまったために、体が成長してしまったようだった。
アマンザはそのことが恥ずかしくてならなかった。
あまりに緊張が続き、朝方ちょっと眠ってしまったようだ。その時成長したのだろうか。
「本当に何もしなかったの？」
ダーナも目を真ん丸くして聞いている。
「はい。服着てたじゃないですか。服は脱いでませんから」
「そうなの。びっくりしたわーてっきり・・・私が何かしたかと思っちゃった。ほほほ・・・・興奮して成長しちゃったのね。
なんてかわいいのかしら。なんなら私の恋人になっちゃう？」
ダーナがウインクして聞いた。
「え？いえ・・いーです！」
アマンザは真っ赤な顔で両手を横に振っていた。
「あらあ、いいのに」
「僕はもう当分女性は・・・恥ずかしくて・・・」
アマンザは後ずさってジンラの後ろに隠れてしまった。
「残念だわ。それじゃ私はいくわね。迷惑かけてごめんなさい」
ダーナは神殿を出て行った。
「アマンザって中身はぜんぜん変わってないところがかわいいわね」
ガーベラがくすくす笑いながら言った。女性に奥手なところがまたいい。
「笑い事じゃないですよ。僕はみんなにどう説明すればいいんでしょうか」
アマンザは困り顔だ。
「本当に何もなかったのか？」
ジンラはそこが気になってるようだ。
「何かあったほうがよかったの？」
ガーベラが聞いた。
「せっかくだったからなあ」
「何もないですよー。まったくひどいですよ。お父さんってば・・・僕はまだそういうのは・・・」
「生まれたてのピチピチ女神の方がいいのか？」
「違います！まったくお父さんは真面目な顔で何言うんですか・・・」
アマンザは真っ赤な顔でぶつぶつ言っていた。実は何度かダーナにぶちゅっと口付けをされたが、それは言わないでおこうと
アマンザは心に誓ったのだった。
その日の夕方、話を聞いたクーリーフンがアマンザの顔を見に来た。
「あ、本当に成長してる！どうして成長したの？」
クーリーフンに興味深々で聞かれたアマンザは、内心「君のせいだよ」と思ったが、
「自然に成長しちゃったんだよ」
と答えた。
「そうなんだ。へーすごいなー」
クーリーフンは何度もアマンザの周りを回っている。今までは同じくらいだった背丈はアマンザの方が上になっていた。
「僕髪切ってもいいかなあ？なんだかお父さんに間違えられるんだよ」
ジンラよりも若く、背も低いとはいっても遠目で見ればジンラと間違えられても仕方ないくらいだった。
「紫の髪は珍しいからもったいないよ。しばったらどうかな？」
「そうだね。しばろうかな」
「まっててー僕やってあげるよ」
クーリーフンは細長い布をもってきてアマンザの髪を結んだ。
「・・・余計なことはしなくていいんだけど」
「まあまあ。はい、できた」
アマンザの髪はきれいに三つあみにされていた。
「君ってやつは・・・」
「一度ジンラでやってみたかったんだよ。ねえ成長してどんな気分？」
「君に文句いいたい気分」
「なんでさ」
「さあ、なんででしょうねー」
アマンザは投げやりに言っていた。
考えてみれば、もともとはクーリーフンが原因だったのだ。
まあダーナ様とひっついてすごせたのは嫌な事でもないけどさあ・・・
むしろうれしいことだったかもしれないけど、だからといって感謝する気にもなれないなあ・・・
だってダーナ様ってばクーリーフンだと思って僕を抱きしめていたんだもんなあ・・・
それにしても強烈な一夜だった・・・・
昨晩のことを思い出すだけでアマンザの顔は赤くなりそうだった。
「ねえ、君ってさあ、一番好きな女神ってだれ？」
アマンザはクーリーフンに聞いてみた。
「お母さん」
「お母さんの次は？」
「みんな」
「・・・・前みたいにもう一度成長したいとか思わないの？」
「別に、僕はこのままのほうがいいってお母さんも言ってるしねえ・・・」
クーリーフンは頭をかいた。確かに、クーリーフンは美しすぎるがために前回は周りがざわめいたものだった。
このクーリーフンに性欲がアシュラン並にあったなら、神の国は大変なことになっていたかもしれない。
「じゃあディアメラ様とダーナ様だったらどっちが好き？」
「さあ・・・君この前もそんなこと聞いたね。あ、アマンザさては・・・・」
クーリーフンは何かをひらめいたようだ。
「僕のことが好きなんだね」
クーリーフンは真面目な目で言った。
「え？・・・・」
「僕アマンザのことは結構好きだよ。なんならアマンザのために女の子になってもいいよ」
「え？どういうこと？」
「僕今は男だけど女の子にもなれるんだよ」
「え？嘘！」
そんなことは初耳だった。
「じゃあ今から変身して見せてあげるよ。へーん・・・」
「いいよー遠慮するよー！！！！！」
アマンザはそう叫びつつ脱兎のごとく逃げて行った。
「あらら、冗談だったのに・・・」
あまりの逃げっぷりにクーリーフンの方が驚いていた。
「おーい、冗談だよー！」
と叫んだものの、すでにそれが聞こえる距離にアマンザはいない。
遠くまで逃げたアマンザは女型クーリーフンをつい想像してしまい、その妄想を追い払うのにかなり苦労したようだ。
クーリーフンとすっかり顔なじみになったディアメラは、再びアリアスに相談していた。
「今以上に仲良くなりたいのだけどどうしたらいいのかしら」
今回は昼間だったのでアリアスの頭もはっきりしていた。
「あのな・・・クーリーフンは男とはいっても男の内に入らないんだぞ」
「どういうこと？」
「クーリーフンには性欲ってものがないんだ」
ディアメラは目を真ん丸くした。
「だから恋人にといってもちょっと難しい」
「性欲がない？じゃあ女に手は出さないってこと？」
「まあそうだな・・・」
「そうなの。ふっふっふ」
ディアメラは不適に笑った。
性欲がないということは、自分が貞操の危機にさらされることもないってことだ。
あの安心感はそのせいなのね、とディアメラは納得していた。
これぞ私が望んでいた関係だわ！！！
後日、クーリーフンに出会ったディアメラはずばり言った。
「クーリーフン、私の恋人になってちょうだい！」
「え？恋人？」
「そう、恋人」
ディアメラは間近でクーリーフンを凝視していた。
「悪いけど僕は特定の恋人とか作る気はないんだ・・・」
クーリーフンは申し訳なさそうに言った。
「ごめんね。ディアメラ。僕はディアメラのことは好きだけど、体をどうこうしたいなんて思えないんだ」
「それでいいのよ。私も男とどうにかなりたいなんて思ってないの。ただ、アシュラン様に男に興味をもてと毎日やかましく
言われて・・・毛深い男もしつこく迫ってくるし・・・だから恋人ができればそういうこともなくなると思うの」
ディアメラはしおらしく言った。今はアシュランも何も言ってきてはいないのだが、そこは嘘も方便だ。
「だから別に今までと同じでいいの。恋人っていっても時々遊ぶくらいでいいから」
「そうなの？」
恋人ができたとなれば、アシュランも安心するだろうし、ダーナやガーベラも悔しがるに違いない。ディアメラはそう思ったのだった。
その上自分はなんら変わらなくていいのだ。これ以上の良策はない。
「お願い。クーリーフン」
「今までと同じなら恋人でいいよ」
クーリーフンは言った。
「本当？ありがとう」
ディアメラはクーリーフンの手を握り締めた。
クーリーフンが月の神殿を出て行った後、クーリーフンとディアメラが恋人同士になったという話は瞬く間に神の国に広まった。
なぜなら月の妖精達がわざわざ話をばらまいて回ったからだ。
その話を聞いたアシュランは、相手がクーリーフンと聞いてずっこけていた。
「クーリーフンがディアメラに手を出せたのだろうか・・・」
「さあ、そこまでは知りませんが・・・あの方も男だったんでしょうかね」
アシュランに話を持ってきたグレンは一応伝えたものの腑に落ちない顔つきだった。ディアメラとクーリーフンのカップルは
かなり予想外だ。
「まあ本当ならば喜ばしいことだ」
「そうですが・・・悲しむ女神がたくさんいるでしょうね」
「そうだなあ・・・」
グレンが予想したとおり、話を聞いた多くの女の妖精達はショックを受け、ダーナは驚きのあまりクーリーフンに直接
問いただしたのだった。
虹の神殿に泣きながらダーナがやってきたので、一緒にいたラーズは驚いた。ダーナはクーリーフンからまだその話を
聞いてなかった。
「クーリーフン・・・私よりもディアメラの方が好きなの？ねえ、そうなの？そうならそうとはっきり言ってちょうだい」
ダーナは泣きながら訴えていた。
「あなたにとっては私よりもディアメラの方が魅力的なの？」
「ダーナ・・・その・・・僕は別にどっちが魅力的だとかは・・・」
クーリーフンは困った様子で告げた。
「じゃあなんでディアメラを恋人にしちゃったの？」
「え？ディアメラを恋人にしたのか？」
ラーズも驚きのあまり聞いた。
「うーん・・・まあ・・・」
「うわーん・・・・私だってクーリーフンのことが好きなのにー」
ダーナがあんまり悲しげに泣いていたので、クーリーフンは「実は・・・」とそのいきさつを暴露してしまった。
「それじゃあ、恋人といっても別に一緒に夜をすごしたわけじゃないのか」
ラーズがあきれて言った。
「うん。今までと同じでいいんだって」
「だめよ。恋人ってことになると周りはそうかと思ってしまうじゃない。そんなのだめだめ！」
「別に周りはどう思っても僕はいいけど・・・」
「私がいやよーやーよー」
ダーナはいやいやしていた。
「内情はどうであれ、クーリーフンには誰も恋人にしてほしくないわ」
「そういわれても・・・さっきいいって言ったばっかりだし・・・」
ダーナに目で訴えられてクーリーフンも困ってしまった。
ダーナとしてはクーリーフンをとられて悔しいということもあるが、ことは女神の魅力の問題にまでかかわってくる。
ディアメラに負けたということになるといろいろダーナのプライドが傷つくのだろうとラーズは察していた。
「それならダーナも恋人になればいいじゃないか」
とラーズが言い出した。
「え？」
「それならダーナもいいんだろ？一緒に歌歌うだけの恋人なら何人いてもいいだろう」
「でも・・・ダーナには神格の高い恋人がいっぱいいるじゃない。僕怒られちゃうよ」
「大丈夫。私から説明するから。私も恋人にして！」
ダーナはすっかり涙を拭いて言った。
「私もディアメラと一緒でいいから。お願いー」
「うん。いいよ」
「本当？やったあ！ありがとう。クーリーフン！」
ダーナは来た時とは違いルンルンで神殿を出て行った。
「なんで喜ぶのかよくわからないけどなあ？？」
クーリーフンは首をかしげている。
「ようはプライドの問題だ。恋人という肩書きだけでも満足なんだからいいじゃないか」
「？？？」
クーリーフンは首をかしげっぱなしだった。愛の神といっても自分に対する愛にたいしては結構無頓着なようだ。
こうしてクーリーフンには恋人が二人できた。恋人といってもほかの恋人達とは違っていたが、まあ本人らが納得しているのなら
いいだろう。神の国ではまた噂が広まったが、結局体の関係はないらしいとの噂もひそかに広まり、噂も落ち着いたのだった。
だがディアメラとダーナが知らない内にクーリーフンの恋人はどんどん増えていき、結局はみんな同じということに
なってしまったのだった。
「悔しいわ。せっかくダーナを負かしたと思ったのに・・・」
ディアメラは太陽の神殿で唇をかみしめていた。
「結局は同じになっちゃうなんて・・・でも私だってダーナに負けてないってことが自分でもよくわかったわ」
アリアスはやれやれ、という顔つきだった。ダーナは恋人なので妹を応援する、というのもおかしなことだ。
「いつの間に女神対決になっていたんだか・・・」
「成り行きだったけど面白かったわ」
「そうか、よかったな・・・」
「今度はガーベラと何か対決したいわ」
ディアメラはどうやら懲りていないようだ。元々女神にしては戦闘心が強いのか、対決という言葉に心が躍るようだった。
「まあ今回のことでガーベラも内心衝撃を受けたと思うけど」
「そうか？？」
「愛息が奪われれば誰だってショックよ」
ディアメラはガーベラがショックを受けたと思い込んでいるが、当のガーベラは、驚いたりはしたが、ショックを受ける所までは
いってなかった。
その時、月の妖精達を振り切ってでかい図体の男が部屋に乗り込んできた。ライオネルだった。
「よう、最近男に興味がわいたんだって？俺と遊ぼうぜ」
「いやよ！」
ディアメラは即効で断った。
「それで男のどこに興味がわいたんだ？なんなら俺が手取り足取りいろんなことを教えて・・・」
ディアメラは部屋に立てかけてあった弓矢を取った。
「わー冗談冗談！やめてくれー！」
躊躇なく矢がびゅっと放たれてライオネルは逃げて行った。
「お待ち！」
「武器はなし！素手にしてくれー！」
「待ちなさいってば！」
ディアメラは神殿の外までライオネルを追いかけていっていた。
「・・・・結構男に免疫ついたじゃないか」
妹が男を追いかける姿を見たアリアスはそうつぶやき、今回のこともあながち無駄じゃなかったようだな、と
そう思ったのだった。
おわり
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